2007年11月17日土曜日

オルフェウスの窓④~⑤

著者名;池田理代子 発行年(西暦);1995 出版社;集英社
 いよいよ物語は少年時代からはなれて青年時代へと移る。イザークはバイエルンの町レーゲンスブルグからウィーンへと移り、国際的なデビューを飾る。またロシア皇帝の隠し財産をめぐる秘密も明らかとなり、ユリウスは「一種のけり」をつけた後にクラウスを追ってロシアへと渡る。それぞれが少年時代をすごした南ドイツを離れてオーストリアあるいはロシアへと活動の場所を移したわけである。そんな中、オーストリアの皇太子殿下夫妻がセルビアで暗殺。オーストリアはセルビアに宣戦布告、セルビアを支援するロシア、そしてロシアと同盟を結ぶフランスとが戦争へ、さらにオーストリアを支援するドイツがさらに参戦して第一次世界大戦が始まる。そして8月4日にイギリス、8月23日に日本と戦局は拡大して、オーストリアもインフレーションを迎えるとともに、イザークはまたピアノ演奏が不振に。指が動かなくなり、かつてのレーゲンスブルグへといつしか戻る。元娼婦との妻の間に出来た子供を抱えながら…。
 ほろにがさをかもし出す④~⑤という段階となり、戦争そのものが直接には描写はされないが、物価の変動という形で国際的ピアニストの苦境を描く。そして「生活」というものに圧迫されながらも少年時代の純粋さを忘れずにいる大人たちの一群も。売春関係などかなり切迫した状態を描きつつも、なぜか未来志向でいきる主人公たちが切ない。
 ドイツ自身はこの当時ウィルヘルム2世が統治していたわけだが、中近東に着目したいわゆる3B政策(ベルリン・ビザンティウム・バクダッド)を展開するとともに、ロシアとの二重保障条約を破棄。オーストリア、イタリアとの三国同盟を重視する一方で露仏同盟、日英同盟、英仏協商などができあがる。ドミノ的にロシアとオーストリアが戦争となれば、これらの国々がバルカン半島をめぐって世界戦争になるという不安な時期だったわけで、これはしかしナポレオンの時代にべートーベンがピアノソナタ「英雄」を作曲した時期ともだぶるのかもしれない。漫画には実際のピアニスト、バックハウスも登場し、その力強い演奏は現在、日本でもCDを通して聴ける。一回目に読んだときにはわざわざ買いに行ってバックハウスの演奏を聴きながら漫画の世界に入り込んだものだ…。ロシアはセルビアなどにスラブ人だけの統一国家樹立をよびかけて接近(汎スラブ主義)、ドイツ、オーストリアは汎ゲルマン主義だったから国益の問題も絡み非常に微妙な時期。ドイツ自身はフランスを対象にした西部戦線拡大路線に失敗しつづけている…。どちらかといえば、ベルギーを横断しての北フランス侵入などドイツ、オーストリア側のほうが国際世論の前には分が悪いわけだが漫画ではそうした状況は書かれていない。実際に銃弾が飛び交う世界よりもやはり「時間よ、この地域だけはとまっておいておくれ」といいたくなうような南ドイツの世界を中心に世界状況をほんの少しからめる程度だったと想われる。途中、ロシアからオーストリアへスパイ工作にきたバイオリニストなども登場するが、これも演出の一つであろう。音楽学校の中では唯一ピアノに生きるイザークはその後、この2つの巻では他の登場人物の誰よりも日常生活の世界や娼婦の世界、そして国際的な名声といった2つの極端な世界を行き来しつつ、芸術と格闘する「偉大なる魂」を演じ続ける。「ジャン・クリストフ」とか「魅せられたる魂」をどうしても思い出してしまう展開なのだが、これはこれでやはり意識的な演出なのだろう。中年に至るまでの純粋な世界から世俗世界の常識との戦い。物語は文字通り2部に入り不倫、浮気もありありの世界でさらに高みをめざすことを登場人物たちは義務付けられる…。

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