2010年3月30日火曜日

ビジョナリーカンパニー(日経BP出版センター)


著者:ジェームズ・C・コリンズ、ジェリー・I・ポラス 出版社:日経BP出版センター 発行年:2006年 本体価格:1942円
 この手の「会社もの」は食わず嫌いであまり読まなかったが、さすが「名著」といわれるだけあって、いったんこの世界に入ると一気に読み終わってしまう。一部すでに「この会社は…」と思わないわけでもない部分もあるが、個別の企業の問題でなく、ビジョンを持った会社(当時)の共通原則を探った本だから、この本が刊行されたあとに企業文化が変化した可能性も当然ある。カルト宗教にも似た雰囲気をもつという指摘が興味深いが、日本でも会社の墓地があったりするケースなどはかなり特異な感じがする。が、それだけ個性が強いというのが逆に企業文化を浸透させるのには効果的なのかもしれない。事業計画などに左右されずに基本理念を大事にして臨機応変に経済環境に適合していくうちにビジョナリー・カンパニーになった…というケースも紹介されているし、「一貫性」も大事、さらにはカリスマ経営者のよしあし(後継者の問題)など、初版が発行されてからすでに10年以上たつが、「共通原則」には色あせている部分がない。「基本理念は内部にある」というその指摘は、デザイナーの佐藤可士和さんの「問診」という概念にも似たものを感じる。自分自身がきずかない「何か」。それを具現化できたのが、ビジョナリー・カンパニーということになるだろうか。

2010年3月28日日曜日

幸福の方程式(株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン)

著者:山田昌弘 電通チームハピネス 出版社:ディスカヴァー・トゥエンティワン
発行年:2009年 本体価格:1000円
新書サイズなのにかなりの高い価格なのが難点。取次ぎを通さない販売契約のはずだがその分読者に還元するプライシングをなんとか考案してもらえないものだろうか。新しい消費の形を探るということで、消費に物語をつけていく…というのが最近の風潮。その「物語」にはいろいろなバリエーションがありうるが、この本の中ではまず「はまる」消費を分析。時間密度と「手ごたえ実感」で、いわゆるオタクのフィギュアなどへの消費もあればボランティア活動などへの消費といったものも包含される。いずれも手ごたえ実感(こだわり)を重視した消費であって、これまでのミクロ経済学で提唱されてきたような消費形態とは大きく異なる。その中で重要なのは他者との差異化(差別化よりも強い概念)であって、他の人と一緒の消費形態ではなく、それぞれの個性が色濃く反映された消費のほうが幸せにつながる。手間や不便、家事なども消費の対象となり、不便が逆にこだわる消費者にとっては魅力的にうつるケースも増えてきている。その根底には持続可能な社会という概念が基礎にあるという分析だ。で、これけっこう当たっていると思う。土地や投資信託にお金をつぎ込むという投資もあれば自分のこだわりの世界に消費していくというケース、今後も増えて言う可能性が高い。だれしもがエルメスやコーチといったバッグに消費するのではなく、手作りのバッグにこだわったり、あるいはトートバッグにこだわりをみせるといったケースも増えてくるだろう。価値観が多様化しているなかでその多様性の「共通原則」を明らかにしようとした試みで、試み自体は評価できる。ただし内容がいかにも散漫すぎて読みにくいのが難点か。

葬式は、要らない(幻冬舎)

著者:島田裕己 出版社:幻冬舎 発行年:2010年 本体価格:740円
 「お葬式」という伊丹十三監督の映画があったが、ああ、考えてみるとこの「お葬式」ってけっこう業者のいいなりだったりする。かなり大仰なお葬式になることもけっこう多いが、かといって簡素にすぎるとまた「世間」からあれこれ言われる可能性が高いという厄介な代物だ。世界最高のコスト高という日本のお葬式について分析された書籍だが、平均231万円という統計はわりと個人的な実感からしても正しいという印象を受ける。法的な義務は著者がいうようにない行事であるから、宗教的な理由かあるいは「文化」的な理由によるものだろう。著者は「宗教学」の観点から、仏教における「お葬式」の存在意義を問う。古代のお葬式は装飾画からすると「現世と連続した世界」、仏教が日本に浸透してきてからも高松塚古墳などでは仏教の影響があまりみられない、仏教式の葬式が開拓されたのは鎌倉新仏教の曹洞宗という指摘が興味深い。そして、現代の仏寺の収入源がかなり戦前と比較すると限定されてきており、「葬式仏教」というスタイルをとらないと設備の維持もままならないという「状況説明」がある(実際に廃寺はかなり多い)。神道の祖先崇拝などの文化も現代は廃れ気味になっているか、あるいは「形式化」しているわけだが、この本ではやはり神道や他の宗教よりも「仏教のあり方」を主題にすえているとみるべきだろう。特に「戒名」についての著者の批判は痛烈だ。
 今の現実の世界と「死後の世界」との関係性という問題も背後に潜んでいると思われる。タイトルはややスキャンダラスが印象を受けるが、中身は日本の歴史や文化、神道と仏教の対比、今後のお寺のあり方など種々の問題提起をしたかなりハードな内容だ。

2010年3月23日火曜日

KY式日本語(大修館書店)

著者:北原保雄ほか 出版社:大修館書店 発行年:2008年 本体価格:680円
 もうKY以外はローマ字略語はあっという間に廃れてきているが一部のウェブではまだ残存はしている。ただし仲間内での「隠語」と化しており、次のブームははたしていつくるか…(2010年3月時点ではあるが、この時点で略語を使うのはかなりKD=からむのダルイ状態である…)
 ん…これってもともとは中学生、高校生中心だったと思うが、社会人でも無理してKYとかはつかっていたように思う。文字数が少なくなったのはパケット代を節約するためという説も根強いが、別に無理して略語まで使う必要も今はない。ソフトバンク同士であれば一定の時間帯は通話料は無料だし。
 一過性ではあるもののこれだけバリエーションが広がった(地域限定で)という証左にこういう本があるのも悪くはない。ただ古文などで文章の一部をローマ字略語などにすると確かに記憶量があがるかもしんない。

日本の難点(幻冬舎)

著者:宮台真治 出版社:幻冬舎 発行年:2009年 本体価格:800円
 扱っている題材は日本から世界まで「トピックになりそうなもの」。講義形式の文体で、時に社会学の専門用語も混じるものの、平易な日本語で説明がしてある。「社会の包摂原理」っていう言葉がキーワードになりそうだが、セーフティ・ネットのもっと昭和的な感じ…という個人レベルで解読していければ読者なりの理解には達することができる。解釈も価値基準も無理に著者に合わせる必要性などはなく、しかも自分自身が依拠する「今の社会」をどう認識していくか、という切実な欲求があれば、おそらく何らかのヒントを得ることが可能になるだろう。「社会学」という学問の説明ではなく、終始、「今」「これから」「どう生きるのか」という問いかけが著述されており、結局、書籍の内容がわかったかどうかは、個人個人の「今後」で示していくしかない。日本の保守主義の正統性の2本の流れとか農産物の輸入問題などとにかくてんこもりで分析のツールもミクロ経済学やマクロ経済学の技術を援用している。法律制度の説明も法律入門的な扱いではなく、「社会にとってどうなのか」という観点から著述されているので、法解釈だけでは解決できない「難点」を発見することもできるだろう。この厚さと価格でコンパクトな著述、ただし1回読んで「ふ~ん」というわけにはいかないあたりが「社会学」の難しいところか。

ヒトラーの秘密図書館(文藝春秋)

著者:ティモシー・ライバック 出版社:文藝春秋 発行年:2010年 本体価格:1900円 評価:☆☆☆☆☆
 書店で「これは面白そうだ」と手にとったのが始まり。最初から最後まで意外な独裁者の情報源が解き明かされていく。「ディレッタントの書斎」と大雑把に位置づけることになるが、より踏み込んで書き込みなどを検討していく著者はユダヤ人問題の「源泉」、バチカンの司祭が試みようとしたナチスの分断作戦、ポーランド侵攻やスターリングラード侵攻当時のヒトラーの考え方の源、フリードリッヒ大王が救済された「ブランデンブルグの奇跡」などナチス勃興から消滅に至るプロセスを検証していく。この歴史上稀に見る独裁者の情報源は意外なところに潜んでいたわけだが、それはニーチェでもハイデガーでもなかった…というのがポイントかもしれない。イタリアとの同盟についてはその理由が示されているが日本との同盟関係についてはライバックは明らかにしていない。英米との同盟関係が締結できない理由は同時に明らかにされているのだが、第二次世界大戦当時に「北欧人種説」に依拠してアメリカ合衆国を褒め称えていたヒトラーが非北欧人種で構成されている日本との同盟関係について、どう折り合いをつけていたのかは興味深いところだが…。「自己欺瞞」と表現されているヒトラー特有の「自分自身をもだましてしまう口約束と嘘」については、冷静な記述で立証されている。あ、「自己欺瞞」っていうワザ、日常生活でも見ることが多いが、ひとつの国家元首が「自己欺瞞」を行うようになるともはやその国家は破滅に導かれていくというひとつの実例か。「すでに発生した歴史」にさらに緻密に検証を加えていくと同時に、一部に巻き起こる「天才説」を棄却する一種の証拠にもなりうる本。エンターテイメントとしても面白い。

「結果を出す人」の仕事のすすめ方(アスコム)

著者:美崎栄一郎 出版社:アスコム 発行年:2010年 本体価格:1400円
 ビジネス書が一種のブームの領域をこえて書店の定番商品になりつつある現在、現役ビジネスパーソンによるビジネス書って案外数は少ない。もちろん経済評論家とか大学の先生によるビジネス書も役に立つのだが、時間とか他の業務とかの兼ね合いというのはおそらく普通の会社員のほうが制約が多いはずだ。「相手の視点で」などいろいろ注意事項が約200冊のビジネス書から抜きがきされているのだが、自分の時間と環境にあわせて「解読」していくプロセスが興味深い。「プロジェクトの成功は人で決まる」というテーゼから具体的な課題にブレイクダウンしていく様子はおそらく他の環境でも応用がきくことだろう。

2010年3月22日月曜日

筋を通せば道は開ける(PHP研究所)

著者:斉藤孝 出版社:PHP研究所 発行年:2010年 本体価格:700円
 ある程度人生経験を積むと「ああ、自分ってどこにでもいる普通の人間で、特別な存在なんかじゃないなー」と実感する。普通の存在で特別扱いされるわけではない…というのを実感させてくれるのが公教育の大きな役割で、それ以外の課題研究とか授業とかは実は付属物に過ぎない。実際、9年間の義務教育と3年間の高校生活でもっとも有用だったのはクラブ活動だったりする。大学教育は公教育というよりかはやはり個人の任意で行くものだが、それでも授業よりサークル活動の「軋轢」のほうが今は役立っている。
 で、「勤勉と節約」という資本主義の倫理。これって日本社会でも実に重要な概念で、「ああ、この人はお金使いが荒いなあ」と思っているとたいていの人が予想するとおりの破滅的展開に結合していくケース、実に多い。「信用がお金をうむ」というフランクリンの発想はある意味「いやみ」な部分もあるのだけれど、実学的にみていくとフランクリンの生き方、確かに勉強になる。質素な生活を習慣化しておけば、余計な贅沢はしなくなる、てな考え方、窮屈なようでいて長期的にはけっこう楽な考え方にもなるわけで。そうした実学的な根拠がかなりの部分フランクリンに由来してくる…というあたりを斉藤孝がオリジナルにこの新書に集約してくれている。「癖をワザ化する」という斉藤孝の言葉は頭にしみついているのだけれど、フランクリンも個人の考えを「ワザ」にして21世紀の日本に残してくれた。「困難を整理して区分けしていく」というような考え方、アナログ社会からデジタル社会に移行してもけっこう通じる考え方ではないかと思う。

2010年3月19日金曜日

マーケティングマインドのみがき方(東洋経済新報社)

著者:岸田雅裕 出版社:東洋経済新報社 発行年:2010年 本体価格:1500円
 元パルコ出身のコンサルタントによるマーケティング理論。マーケットに依存しすぎても、独自性を貫きすぎてもバランスが悪い。BMWなど具体的な事例を出しつつ、両者のバランスを考察。さらにプライシングがいかに難しいことか、あるいは値下げするのであれば「値段のわりには優れた品質を持っている商品」と消費者に実感させる方法の重要さなどが著述。CRMなど現在の企業が多かれ少なかれ実践している理論を著者なりの視点で分析。顧客重視という概念がマーケティングにいかに貫かれるべきかという商品提供者の倫理にも踏み込んでいる本だ。「エンドゲームシナリオ」とよばれる不毛な競争原理から抜け出す方法も考察されており、現在の百貨店やGMSの関係者も読んで学ぶべき箇所は多いだろう。エルメス、ヴィトンとコーチの比較も非常に面白い。

2010年3月16日火曜日

タリバン(光文社)


著者:田中宇 出版社:光文社 発行年:2001年 本体価格:680円
 「タリバン」のこの新書を購入したのはもうかなり前だが、あまりに続くアフガニスタン戦争とその後の悲惨なアフガニスタン地域の状況になかなか読み進めないでいた。2001年に発行された本だが基本的な状況は2001年からほとんど変化がないといっていいだろう。もともとパキスタン(対インドとの抗争のため地理的に背後に控えるアフガニスタンを親パキスタン政権にしておく必要があった)とアメリカの支援を一時期受けていたタリバン。その後、反米・イスラム原理主義的方向へと舵を切り、それと同時にアメリカとは対決路線へ。この本を読むと中東の歴史に存在するオスマン=トルコの時代が、イスラム原理主義のバックボーンにあることが指摘されており、それもまた興味深い。著者がアムル語の遺跡を発見したくだりなどはさすがジャーナリストというほど客観的な文章で、しかも歴史の重さを感じさせてくれる名文。

完全にヤバイ!韓国経済(彩図社)

著者:三橋貴明 渡邊哲也 出版社:彩図社 発行年:2009年 本体価格:1429円 評価:☆☆☆☆☆
韓国経済について、日本の経済構造と適宜対比しつつわかりやすく、さらに独自の分析。ウォン安という現象は知っていたが、統計データなどから内需の落ち込みと外資の引き上げという事態が継続して今も続いていることから、今後さらにウォンが安くなる可能性も指摘されている。ただし日本よりも資本財(部品など)の輸入割合が高く、完成品輸出の割合が高いという構図で今後外需(輸出)の減少と輸入の減少の縮小均衡の可能性も指摘されている。2009年度の大学卒業生55万人のうち4万人の就職見込みという比率も一部で報道されているが、本書の内容と比較するとおそるべき比率(非正規雇用は含んでいない数値と推定される)。日本以上に非正規雇用者の比率が高い韓国では失業の余波がすぐに若い世代や企業のリストラとして表に現れてくる。その意味では、労働状況の厳しさは日本以上といえるのかもしれない。ただし失業率としてカウントされているのは2010年1月時点では4・8パーセントと日本とほぼ同様の数値になっている(韓国統計庁)。ただし統計庁の比率は表向きで、実質失業率はその4倍とみなす説もある(http://www.labornetjp.org/worldnews/korea/knews/00_2009/1234631667151Staff)。このサイトでは青年失業者が120万人に達するとされており、ただならぬ数字となっている。ウォンの対円比率も2010年3月現在で約12・5ウォン=1円の水準。ウォンの市場が小さいため対ドル比率ほど為替相場が安定しないとはいっても円高ウォン安の動きがここ数年長期的に続いている(さらに続くと著者は指摘)。韓国の超高齢化のスピードも今後の懸念材料になりそうな気配。国民の5割がソウルにほぼ終結しているというのも不動産バブルの一因だったのかもしれないが、外資が投入してそこから撤退することで住宅バブルと株式相場の下落が続いたのも痛い。かつての日本と同じように資産デフレ効果で民間消費支出も相当に落ち込むことが予想される。同じ加工貿易国家とはいってもかなり構図が違うことがこの本を読むとすっきりわかる。近くて遠いお隣の国の経済状況を面白くマスターするにはこの本、かなりオススメ。さらに国際マクロの基本用語もわかりやすく解説してくれているので、国際マクロ経済学などでつまづいた人にはこの本を逆に入門書として読む方法も推奨したい。

一生モノの勉強法(東洋経済新報社)

著者:鎌田浩毅 出版社:東洋経済新報社 発行年:2009年 本体価格:1500円
 「成功術 時間の戦略」(文春)などを読んでその存在を知ったが、火山学の権威にして、過去のビジネス書籍の系譜をおさえて知識と教養の整理術を紹介するという京都大学教授。「投資がなければリターンがない」というビジネス感覚とも共通するセンスがみえかくれすぐが、研究開発費の調達と研究成果が問われる職種だけに、ビジネスに通じるものが実際にあるのかもしれない。
 新聞の切り抜きなどを書籍に集約する方法やクリアフォルダを山ほど使うという方法もどことなく大学教授というよりはビジネスパーソン的な方法だが考えてみると著者は研究室のデータ整理のほかに実際にフィールドワークもこなさざるをえない「火山」の研究がテーマ。場所をとるだけの書籍の保管よりも書籍やデータをいかに効率よく運用していくかという視点がでてくるのも当然なのだろう。
 昨年(2009年8月ごろ)には実は読み終わっていたのだがなんとなく気になって読み終わったあともそのまま机の上にずっとおいておいた。書店では現在も平積みとなっているお店もあり、この単行本はビジネスパーソンはもちろん学生や一般読者までさらに読者層が持続的に拡大している模様。一過性のビジネス書籍はわりと最近多くなってきているが、ロングセラーになるのはごく一部。もしかするとこの本、その珍しいロングセラーの「勉強法本」になる可能性もある。

「あれこれ考えて動けない」をやめる9つの習慣(大和書房)

著者:和田秀樹 出版社:大和書房 発行年:2009年 本体価格:1300円
評価:☆☆☆☆☆
 「試行錯誤」「実行力」「試行力」「共感」「甘え」「過去問題の研究」といった種々の事例をこれまで和田秀樹氏の著作物から教わり、それぞれ現実の場面で実行に移していった。実際に著作物の内容を実践してみて、個人差はあるだろうけれども、対費用効果が最も高いのはやはり和田秀樹氏の著作物だと思う。「効率性」を重視する経済評論家の何某氏の著作物も同様に実践してみようとしたが、あまりにも人間離れした「ワザ」が多くて途中で挫折。やはり適度に人間の弱さや迷いといったものをあらかじめ想定した和田秀樹氏の本は、私のような凡人には実行しやすい。日曜日や土曜日などにどうしても予定をあれこれ積み込みたくなるところだが「何もしないのも行動のひとつ」(139ページ)と断定してもらえるとほっとしたくなる。他人の視線をさらりと流せる人間というフレーズもでてくるのだが、他人の評価や視線をさらっと受け流すことができればやはり日常生活の重荷は相当に減少すると思う。ま、「冷静に考えれば事故にあう確率は0でもなければ1でもない」といった考え方(27ページ)、パソコンや数字による管理体制が強化されていくであろう今後はさらに大事な考え方になっていくだろう。

「手書き」の力(PHP研究所)

著者:和田茂夫 出版社:PHP研究所 発行年:2008年 本体価格:800円
 デジタルツールと手書きの効用の両方を活用する方法を探る。POP広告などは昔から印刷よりも手書きのほうが力が入っているように感じていたが、著者の「世界にひとつしかないメッセージ」という説明でなるほどと腑に落ちる。「手紙は別便で送るのが作法」という簡単なマナーも紹介されていて冷や汗。つい最近もお祝い事があった方に贈り物をしたのだが手紙の別便発送まではしていなかった。これって無作法ということに。昔の人の「文房四宝」という言葉の意味なども個人的にはなるほどという想い。文字を書くというのはそれだけ大事な意味を歴史の中では持っていたのだから、これからデジタルツールの時代になっても文字の重さ、手書きの重さの意味は変わらないだろう。あまり型にはまったメモの方法については著者は賛成ではないらしく、「手書き」で想いをこめるというシンプルだが大事なメッセージがこめられている新書ではないかと思う。ボールペンの種類(油性・水性・ゲル)などちょっとした「ワザ」が紹介されているのも魅力か。ビジネスパーソン向けということで電車の中などで読むにもちょうどいい内容。

創造はシステムである(角川書店)

著者:中尾政之 出版社:角川書店 発行年:2009年 本体価格:705円 評価:☆☆☆☆
 ビジネス書籍が売れているという書店の状況のなかで、ちょっと埋もれがちなのが理工系の先生方が執筆した本。ただしこの本に書かれている要求定義を解決する「設計解」という考え方は理工系のみならずビジネスにも人文系にも応用可能な考え方だと思う。正直いうと経営学関係の抽象的なグラフよりも要求定義を明確にして複数存在する設計解を考えるという説明のほうが個人的にはしっくりくる部分がある。ビジネス書籍の場合にはどうしても執筆した人の個人の主観が大きく入ってくるため、使用されている用語も不統一だし、その紹介されているスキルも必ずしも汎用性があるとは限らないという限界がある。理工系のケースでは数学的に一応汎用性は担保されているので、創造という人文的な用語も「要求定義」「思考演算」「設計解」という用語で統一感をもたして説明してくれると、そこから読者個人の生活に応用することも可能となる。たとえばワンマン社長の思考方法の「思考演算」はパソコンとは違ってブラックボックスではあるのだが、「要求定義」とインプット、「設計解」をアウトプットとして観察をしていると「通常とは逆のことを言っているだけ」という思考演算式が導出されるといった具合。機能を分離させて並行するとか、設計解同士が干渉することがあるとか、無味乾燥にみえてこれだけ応用がきく考え方もないと思う。最終的にはここのモジュラー(個別具体的な解決策)に統一感(インテグリティ)をもたせれば、生活に無理な負担をかけることなく問題解決ができるという仕組みとなる。「仕組み」って結局、一種の「演算式」となるわけで、「これは○○方式」「これは○○」とか人文的なやり方だとインテグリティをもたせるのはかえって大変なことになる。この内容で新書サイズで本体価格705円はかなりお値打ちもの。

セックス格差社会(宝島社新書)

著者:門倉貴史 出版社:宝島社 発行年:2008年 本体価格:667円 評価:☆☆☆☆
 門倉貴史氏の著作物は「アングラ」とよばれる裏社会のお金の流れを一般公開されている統計情報からなるべく客観的に明らかにしていこうという独自の世界を構築している。この本も「所得格差」がどういう影響を生活に与えているのか、政府の政策は子供手当てよりも所得補助のほうを優先するべきではないかという提案になっている。ただしタイトルがいかんせんどぎついため、かえって「レジに持っていくのはどうもなあ」という気後れを生じさせるのも事実であり…。
 所得の高い層の男性についてはセックスレス、所得が低い男性については最初から女性の選択条件を満たしていないので結婚もできず、またいわゆる風俗産業の料金は高めに設定されているため、そうした「サービス」の利用もできなくなっているという状況を説明。生きるか死ぬかといった場面では確かに風俗などに通っている場合ではなくて、食事や寝場所の確保のほうが重要となる。
 その一方で最近は「肌」が綺麗な女性がもてる傾向にあるということで、化粧品の販売市場の拡大があるほか、美容整形市場も拡大の様相を呈するといった経済波及効果も。その一方で30代前半で年収が1500万円を超える男性の9割が既婚者である一方、年収200万円以下だと結婚しているのは3割で7割近くが独身という状況に。話は空想的社会主義者フーリエの「ファランステール」からEUの移民問題まで幅広く展開して非常に面白い内容に。タイトルさえもう少し「まっとう」な形にしておけばもっと売れ行きは良くなると思う。日本ではまだまだどぎついタイトルはあまり好まれないという雰囲気あると思う。あ、ちなみに世の中の84パーセントの女性は年収400万円以下の男性を結婚対象とはみなさないという統計も紹介されている。「年収なんて気にしない」という女性は全体の16パーセントで、需要曲線と供給曲線を描くと均衡点が他の消費財とは異なり安定していない。一定のタテの供給曲線を境にして「結婚できない女性」と「結婚できない男性」の両者が並存する状況がグラフ化されているので(20ページ)、これはなかなか面白い説明だと感心。

2010年3月14日日曜日

戦略の失敗学(東洋経済新報社)

著者:森谷正規 出版社:東洋経済新報社 発行年:2009年 本体価格:1800円
 これまですでに発生した企業のビジネス戦略の失敗例と今後「失敗するであろう」事例の2種類から構成されている。「世の中の大きな流れ」にのれないと失敗する…というきわめてもっともな理屈づけなのだが、「それでは世の中の流れをどうつかむか」「世の中の流れとはなにか」というもう少し細分化した分析がないと応用としては使えない。これは読者の側の作業になるのだろう。電気自動車が失敗してハイブリッド車が伸びてくるといった予想や、中国は経済発展が続くがソフトウェア産業では雇用吸収力が弱いのでインドの今後の経済発展率は弱いのではないかといった推計はけっこうもっともな気がする。東京電力やソニーも「これからの失敗事例」のなかに含まれているのだが、いずれも巨大企業でさらには資本蓄積も相当おこなわれている老舗企業であるため、そう簡単には「失敗」することもなさそう。おそらくこうした大企業が「失敗」するというのは相当大きな科学技術の変化と情報装置の変化がないとちょっとありえないような気がする。現状をよく分析して将来にわたる戦術・戦略をねる。そのとおりだと思うのだが最初に立案した戦略がおうおうにして途中で不具合になるものの組織体が一体性を保つにはその状況にあわなくなった計画をいかに変更するかでまたもめることになる…。成功よりも失敗の事例のほうが学ぶことが多いというが、この本に収録された事例の失敗要因は、さらに別の解釈や要因にもつながりそうだ。

2010年3月13日土曜日

ユダヤ警官同盟 上巻・下巻(新潮社)

ユダヤ警官同盟 上巻(新潮社)
著者:マイケル・シェイボン 出版社:新潮社 発行年:2009年 本体価格:590円

アラスカ・シトカ特別区。流浪の民ユダヤ人居住が認められた地区だが2007年、アメリカ・アラスカ州に編入される直前にある。そんな最中、心に傷をもつシトカ特別地区警察の刑事ランツマン。ホテルで殺害されたヘロイン中毒のユダヤ人とチェスの盤面に心を引かれ捜査に乗り出すという設定。イディッシュ語(ドイツ語の一部でありユダヤ人が用いる言語)やイスラエル領土問題、ディアスポラ(離散)など見慣れた単語が並ぶが、しばらく読んでいるうちに違和感がでてくる。「そんな歴史はあったのか」、と。ハードボイルド調に書かれたこの小説、歴史も一部修正された異なる次元の世界で発生している異なる世界の話だとだんだんわかってくる。この世界では「満州国」という国も存在するのだ。そして物語は安ホテルで惨殺された青年がなにゆえに「その場所で惨殺されなければならなかったのか」という核心にふみこんでいく…。ユダヤの救世主伝説と架空のアラスカのユダヤ人居住区がからみあい、物語はパレスチナへも波及していく。地味な物語だが、SF的要素あり、歴史の面白さありでやはり上巻から下巻まで一気に読み通してしまう面白さ。