2011年12月31日土曜日

どうやらオレたちいずれ死ぬつーじゃないですか(扶桑社)

著者:みうらじゅん リリー・フランキー 出版社:扶桑社 発行年:2011年 本体価格:1200円
 個性あるアーチストや場合によってはビジネスパーソンも数多く生み出す武蔵野美術大学OG2人による対談集。脱力系といいつつも、病気や老化といった苦難を前にして「死」を考える。ただし考え方としては「いずれくる死」を逆算して、今を楽しもうという姿勢で、これ、非常にいいことではないか、と。お金の上手な使い方から、よりよく生きることまでぜんぶ逆算して考えていくと、スキルの習得によるプロセス重視の姿勢とはまた違う生き方が見えてくる。とはいえこのお二人はやはり一種の天才で、だれもが真似できる生き方ではやはりない。実際には、プロセス重視と逆算志向の両方を足して2で割るのが一番ありうるべき生き方かな、と。巻末に二人のおじさんがギターをひいている写真がさらっと載せられているのだけれど、楽しそうにひいているその姿がなんともかっこいい。

人間関係は感情で動く(新講社)

著者:和田秀樹 出版社:新講社 発行年:2011年 本体価格:800円
 喜怒哀楽によって人生を豊かにもし、貧しくもするというテーマで一貫。感情は情報の認知体系にも影響を与えるので、当然知識や推論にも影響をあたえる。そう考えると巷で流行のポジティブシンキングも、あながち迷信とは思えない。24ページあたりには「喜怒哀楽」の「哀」については他人に向けなくていいというアドバイスがのっていたが、確かに野球の監督がピッチャー交代を告げるときに哀しそうだと先発投手の今後の活動にも影響を与える。また精神的治療においては当然のことながら暖かさが優先されるので、たとえば統合失調病の患者さんなども暖かく接することで妄想などが消えるケースなどもあるようだ。小さな達成感を大事にして大きな目標を達成していこうとする感情管理も大切なスキルだろう。ただ逆に言うと、感情コントロールは一定の年齢以上になれば誰しも大事なことであるというのは気づくことなので、より具体的なスキルが紹介されているともっと読者は応用できる素地がえられたかもしれない。

2011年12月29日木曜日

からゆきさん(朝日新聞社)

著者:森崎和江 出版社:朝日新聞社 発行年:1976年 本体価格:780円
 ルポタージュの名作も月日が流れ、朝日新聞社は廃刊にした模様。ただしamazonなどでわりと迅速に入手は可能。1976年当時の著者の友人とその母をめぐるエピソードから、明治時代~昭和の初めに海外へ働きに出た女性のエピソードとデータを収集、再構成された作品。21世紀の日本では当時とは逆にロシアや韓国から女性が出稼ぎにきているようだが、戦後の高度経済成長期を乗り越えるまでは日本女性が海外にでかけていた。「サンダカン八番娼館」と同様に島原地方や天草地方の出身者が多い理由も、人口の増加と土地の生産力の弱さに大きな理由があると思われる。今ではこうしたルポを書くことも難しい時代になったのと同時に、生き残った女性の数も少なくなったのだろう。清国や韓国の男性と日本男性の「比較像」や、明治時代の村落共同体の様子などもうかがうことができる。この本はやはり今だからこそ読み直されるべき本かもしれない。「貧困」がもし当時の「からゆきさん」を生んだのであれば、長期の不況が続くいまだからこそ「国内のからゆきさん」も眼に見えない形で大量生産されているかもしれないからだ。

聖の青春(講談社)

著者:大崎善生 出版社:講談社 発行年:2000年 本体価格:695円
 幼少のころにネフローゼをわずらい、腎臓病をかかえた村山聖。その後将棋にめざめ、ベッドの上で生活しながら将棋をさし、奨励会に入会する。将棋を知っている人には周知の事実だが、この奨励会に入会するだけでも大変なことで、現在は制度改革もあるとは思うが、さらに年齢によって選別がおこなわれる。師匠となった森は食事を村山とともにしながら、自転車の練習などもともにおこない、さらには弟子の下着も洗って将棋の道を教える。その師匠と弟子の関係がなんともいい。そして登場する谷川浩司と羽生善生。勝負にこだわりさらには名人の座も視野にいれる途中で村山は最高級A級に在籍しながら膀胱癌の宣告を受ける…。手術の傷口と尿の排出口を手でおさえながらの対局などは涙なしには読み進めることができない。短く、さらにはかなり個性的な人生を生きて死んだ天才の人生がある。定期預金の通帳と印鑑をまるごと他人に預けたりといった濃密な人間関係もまた魅力的。

恐怖の誕生パーティ(新潮社)

著者:ウィリアム・カッツ 出版社:新潮社 発行年:1985年 本体価格:480円
 現在は絶版のこのミステリー、ちょっと前なら神田か早稲田の古本屋を探索しなければならなかったのが、今ではamazonで簡単に入手できる時代になった。そして読みたくてたまらないときに本が購入しえるのであれば、食事よりも贅沢よりもまず最初に優先すべきは本である…というのは個人的な経験則。さてこのミステリーでは一番最初から「犯人」は明示されている。とび色の髪の毛の女性に執着し、12月5日という日付に執着する連続殺人犯。そしてその妻は12月5日の誕生パーティを企画するが、夫の小学校も高等学校も大学も、そして前の勤め先にも在籍していた痕跡がない…。友人の助言をえつつも、問題の12月5日まで時がせまる…。たわいがないといえばたわいもないストーリーだが、人間の「アイデンティティ」について考えるには非常に興味深いテキスト。

2011年12月26日月曜日

秘密(講談社)

著者:重信メイ 出版社:講談社 発行年:2002年 本体価格:1500円
 著者の母親は日本赤軍の重信房子。そして著者は生まれてから28年間アラブ諸国を転々とし、無国籍の子供として育つ。日本赤軍という言葉からイメージできるのは、「国際共産主義」というイデオロギーなのだが、この本を読むと重信房子は、アラブ社会のなかできわめて日本的な生き方を志向していたことに気づく(たとえば90ページで両親は著者を日本人としてきちんとやらなければならない」と育てたことが紹介されている)。リッダ闘争(テルアビブ闘争)で、銃を乱射し100数十人ともいわれる死傷者を出した「テロリスト」であるにもかかわらず、自らの娘には、「(知人の集めていたコインを失敬した娘に)それは泥棒の恥じ入りでしょう」と叱り、母娘で謝罪にいったことが紹介されている(66ページ)。そしてアラブで育ったにもかかわらず日本人として日本国籍を取得し、早稲田の外国語学校で日本語を学習しはじめる著者は、アラブ人と日本人のハーフではあるが、まさしく日本人としてのアイデンティティを獲得していく。政治的スタンスとしては、ニュートラルであろうとしている意欲はかえるが、明らかにアラブより、反イスラエルといったところか。下町を歩く姿を表紙にしたのは、そうした日本人としてのアイデンティティを獲得していく著者を見事に描ききったものといえるだろう。
 著者がジャーナリストをなのることについて批判的な向きもあるようだが、私個人は、母親の「罪」は「罪」として認め、「共存」を模索していこうとする著者の姿勢には賛同できる。日本には、国家主義にずぶずぶ寄っているジャーナリストもいれば、共産主義者すれすれのジャーナリストもいる。やや反イスラエル的で、「テロリスト」の娘として育ったジャーナリストが活躍しても、その多様性を誇るべきであって、けっして排斥すべきものではない。むしろ、母親とのつながりを強く意識し、母親に面会しにいく姿こそ、実はきわめて日本的すぎるシーンではないかと思う。ブントで共産主義活動、アラブでパレスチナ解放を叫んだ母親は、日本で逮捕され、娘はアラブから日本に「帰国」して日本国籍を取得した。これって、すごいことだと思う。

用心棒日月抄(新潮社)

著者:藤沢周平 出版社:新潮社 発行年:1981年 本体価格:705円
 司馬遼太郎さんの本は、会社の経営者が読むことが多いという。一方藤沢周平さんの本は、従業員側の人がよく読むという。一種の都市伝説みたいなもので、実際にはどちらも時代劇ファンは読むのだろうが、国家とは何か、時代の変遷とは何かといったマクロな視点を司馬遼太郎さんの本は常に内包しているのに対して藤沢周平さんの本は、その時代のその人はどうしたかといったミクロな視点が多いとはいえると思う。この本では、とある北の藩にて内部抗争が持ち上がり、江戸に逃げてきた青江又八郎28歳が、口入れ屋の口利きであちこちの用心棒を引き受けて日銭を稼ぐという話。伏線として、赤穂浪士の討ち入りがはられている。身を裏長屋にやつせども、主人公は常に自分のモラルを維持するとともに、故郷に支えられているというのがいいんだなあ…。これ、日本の会社に置き換えると、個人の倫理はどこかで犠牲にして、しかも家庭も親族も打ち捨てて…という企業戦士になっちゃうと、なかなか青江又八郎のようにすらっと生きることができなくなる…ということの裏返しかもしれない。村の論理に制約されていると、村以外の論理が働く世界では無機能化する(役立たず化する)っていうのと、どこか似ている。

2011年12月25日日曜日

ジャッカルの日(角川書店)

著者:フレデリック・フォーサイス 出版社:角川書店 発行年:1979年 本体価格:819円
 エジプト神話では「アヌビス」として壁画にも描かれる死の神ジャッカル。ブロンドで長身で銃の扱いにたけたプロが、アルジェリア紛争にゆれるフランスに姿をあらわす。それを迎え撃つのは、小柄で恐妻家のクロード・ルベル警視。味方であるはずの大統領府の大佐などから足をひっぱられつつも、姿をみせないジャッカルを次第に追い詰めていく…。この本を読むと携帯電話やウェブの発達はスパイモノの世界をずいぶん狭くしたものだと実感。ビザやパスポートの偽造なども、当時のアナログ世界と比較すれば、今のほうが偽造そのものは非常にやりづいらいはず。追う側のフランス司法警察のルベル警視も魅力的だが、負われる側のジャッカルの知恵の働き具合も見事。世相はインドシナから撤退し、第四共和制からドゴールの復帰による第五共和制をむかえた時代。英国とフランスとの間もぎくしゃく(今でもぎくしゃくしていると思うが…)し、レジスタンス活動がフランスでは何よりもの誇りとされていた時代にむかえたドゴール暗殺計画。一時の熱狂では行動しないと断言するジャッカルは、「ゴルゴ13」のプロトタイプか。奥付は2008年5月30日で45刷。翻訳ものではやや弱いと思える角川書店文庫のなかでは圧倒的に稼ぎ頭の文庫本ではないかと推測する。活字の級数がやや小さい。判型がやや大きめなので、機会があるときに写植データを別のモリサワのデータで打ちかえれば、もっと新しい読者が獲得できるような気が。

黒いスイス(新潮社)

著者:福原直樹 出版社:新潮社 発行年:2004年 本体価格:680円
 永世中立国スイス。小国といえどもかっちりした国の個性と気品を持つ国だが、日本がめざす将来像としてはなじまないのかもしれない。オーソン・ウェルズが「第三の男」のなかで「スイス100年の歴史は鳩時計しかうまなかった」という名言を残しているが、この本を読むとどうしてどうして。小国であるがゆえかもしれないが、第二次世界大戦中には、ユダヤ系オーストリア人などの入国を拒み、入国させてもビザに「J」のマークをつけたり、ロマ民族を隔離したりと、けっこうな差別政策。さらには、犯罪収益にまつわるスイスの金融機関の歴史や、現在もつづくネオナチの影などが紹介されている。これがもし地理的にも面積が広い国であれば、こうした人種差別的な政策はとりえなかったのかもしれないが、小国のなかに四方八方から移民がはいってくると、スイス国民の失業率が増加していくというジレンマと、シャドーソサエティができることで治安の悪化が懸念されていたのではないかと思う。日本についても移民もしくは不法移民が数が多いと思うが、人道的な見地からの移民許可と不法移民の問題はきっちり分けて議論すべきだし、国内の「シャドーソサエティ」と多様な価値観とは別個に分けて議論していくべきなのだろう。EUにスイスが加盟する可能性が少ないことも、この本を読んで納得。

さくら(小学館)

著者:西加奈子 出版社:小学館 発行年:2007年 本体価格:600円
 1977年生まれの天才作家、西加奈子さんの「さくら」ベストセラーではないが、20万冊を超えるロングセラーとなり、今もなお読者を地道に増加させているのがこの作品。物語は東京で一人暮らしをしている「僕」が2年前に突如家をでた父親から手紙をもらう場面から始まる。故郷にかえった「僕」を取り巻く家族は、もちろん仲はいいのだけれど、どこか空気があいたような雰囲気。そしてそれは、とある事件がもとで20歳でこの世を去った兄が生まれてきたときから始まった家族の「死滅」と「再生」の物語の始まり…。「さくら」は尻尾に桜の花びらをつけていた犬の名前。きわめて退屈な日常の生活のなかに、次第にしのびよる「死」「別れ」「事故」「破滅」の影。そして、ある瞬間から死んだも同然だった家族のそれぞれが再び生きる力を取り戻す。やや「仕掛け」が長いのは、ラストで一気に盛り上げるための作者の伏線で、時間軸を過去・未来・現在と行き来する移動の手法や、キャラクターがそれぞれ違う兄妹のキャラクター造りも見事。著者はこの作品を20代で執筆したことになるが、20代でなければ書き得なかった子供時代と青春時代のモロい雰囲気が満ち溢れている。人生と神様を野球ボールにたとえて、それでも踏みとどまって人生頑張ろう的な作者のメッセージがとても素敵である。新しい一年をむかえる「僕」とその家族の物語、この年末に読めてとても素敵な気分になれた。

2011年12月23日金曜日

深夜プラス1(早川書房)

著者:ギャビン・ライアル 出版社:早川書房 発行年:1967年 本体価格:840円 評価:☆☆☆☆☆☆☆☆
 飯田橋には昔「深夜プラス1」という本屋さんがあった。眼がねをかけていつも本を読んでいる商売っ気があまりない店主がいたが、今思えばそれがミステリー評論家の茶本さんだったのかもしれない。その後、その本屋さんは居抜きで別の経営者が経営するようになり、さらに現在は日高屋となって近くの大学生や会社員が食事をしている。
 深夜プラス1の名前の由来がこの小説。映画に「トランスポーター」という運び屋を主役にした作品があるが、ネタモトはこの本だろう。フランスのレジスタンス活動に従事していたルイス・ケインは、マガンハルトという婦女暴行容疑の容疑がかけられている男を定刻までにふらんす北西部からリヒテンシュタインまで届けなければならない。アルコール中毒のガンマンとマガンハルトの秘書も連れて4人の疾走が始まる…。裏稼業に生きているのに、高いモラルと謙虚なふるまい。そして大胆な銃撃戦と突破口と推理や知能の発揮。ということで冒険小説のトップをいく作品。2011年の年末にこの小説を一気に読み通すことができて幸せ。

2011年12月20日火曜日

流れる星は生きている(中央公論新社)

著者:藤原てい 出版社:中央公論新社 発行年:1976年 本体価格:686円 評価:☆☆☆☆☆☆☆
 かつての日本での大ベストセラーで、今では書店の片隅にひっそりと並べられているが、それでも読者がいないわけではないようだ。2011年6月15日付けで改訂15刷。一部創作も混じっているというが、現在エッセイストとしても活躍している藤原正彦氏の母にして、作家新田次郎の奥様が著者。日本の敗戦とともに満州から日本へ帰る道程を描いたノンフィクションベースの物語で、今の高校生や中学生からすると想像もできない世界かもしれない。だがしかし、中国東北部に日本人一家が多数住み、そして敗戦前から自らの力で日本へ戻らざるを得ないという苦痛の歴史があった。実際の体験をベースにしているからだろうか。映画などで描かれているようなソビエト連邦の一方的な軍事行使という場面も、中国人や朝鮮・韓国人などによる被害なども直接的には描写されていない。むしろ藤原一家をめぐっておそってきたのは同じ日本人家族同士のいがみあいだった…。携帯電話もウェブもない時代に必死で情報を集め、そして人生の意思決定をくだすそれぞれの家族がいる。数百円のお金をだましとる人もいれば、正気を失う人もいる。大岡昇平の「野火」「レイテ戦記」も衝撃的な内容とイメージだったが、同じ時期の満州一帯もフィリピン諸島をうわまわる悲劇。一刀両断のイデオロギーや国家論などが浅薄にも思える内容だ。

2011年12月19日月曜日

聖者の戦い(集英社)

著者:佐藤賢一 出版社:佐藤賢一 発行年:2011年 本体価格:495円
 歴史の大河小説を分割発行していくという手法は新潮社の「ローマ人の物語」シリーズが最初か。このフランス革命シリーズも1月1冊のペースで刊行予定だが、だいたい新刊コーナーに最新作が並ぶのを心待ち。「聖者の物語」では、カソリックの聖職者階級の財産が国有化され、議員内閣制をめぐってロベスピエールとミラボーが決別する状況を描く。ジャコバンクラブの筆頭として頭角をあらわしたロベスピエールはダントンらの支持を受けて、普通選挙を制限するマルク銀貨法の撤廃に動く…。ルイ16世やマリー・アントワネットをベルサイユからパリに拉致するところまでは、芝居や小説にも取り上げられることが多いが、さらにその後の聖職者と市民、市民のなかの有産市民と無産市民との対立まで描いたのは、この本が初めてではなかろうか。武力闘争などもなく、陰湿な「かけひき」がメインになってくるが、この後やってくるのがジャコバン派によっておこなわれる恐怖政治。純粋であるがゆえに恐怖政治をおこなうことになったロベスピエールの怖さがひたひたとおしせまる。

佐賀のがばいばあちゃん(徳間書店)

著者:島田洋七 出版社:徳間書店 発行年:2004年 本体価格:514円
 ベストセラーものが好きではない、著者がコメディアンである…といった理由で食わず嫌いをしていたこの「佐賀のがばいばあちゃん」。実際に手にとって読むと、まるっきり忘れていた昭和の時代の「良さ」が香りたつ。川下で川上で洗っている野菜を待ち受けたり、磁石で道路の鉄くずを集めて販売したりと工夫をこらして貧乏を乗り越え、使うべきときにお金を使う…。必ずしも昭和のすべてが良かったわけではないが、それでもすべてを捨て去るにはもったいない時代の雰囲気というのはある。生活のために新聞配達などで働く中学生や高校生もいたはずだが、今は別の理由で禁止というのもなんだか不可思議な気持ちがする。平成大不況の時代だからこそ昭和の高度経済成長期に乗り遅れた世相には学ぶところは大きいはずだが。

2011年12月17日土曜日

利益思考(東洋経済新報社)

著者:グロービス著・嶋田毅 出版社:東洋経済新報社 発行年:2010年 本体価格:1,600円
 付加価値の高い商品が売れるとはかぎらないという、一見あたりまえのようでいて仕事をしているとつい忘れがちになりそうなテーマから始まる。経営者の視点で利益を考える、発想力の重要性など興味深く読めるビジネス本。利益構造を考えるという点でいえば、おそらくはこの本の印税で収入を稼ぐという目的よりも、○○○○○大学院に社会人を呼び寄せることによって利益を獲得するという作戦かな、とも思える。それが悪いということではなくて、まさにそうしたビジネスモデルこそが、優れた経営のあり方(利益思考)といえるのかもしれない。いろいろな事例が紹介されており、それがまたページをめくるスピードをあげる。「経営学入門」とか「経営戦略入門」などでは書店で手に取る読者も少ないだろうから、ネーミングとしても優れていると思う。

2011年12月15日木曜日

ボロボロになった人へ(幻冬舎)

著者:リリー・フランキー 出版社:幻冬舎 発行年:2009年 本体価格:495円
 筋金入りの「職業左翼」やら「労働組合」やら「革新系政党」などの主張には、今一つ共感できる部分が少ない。「まあまあ悪いようにはしないから…そのかわり俺たちのいうことをキケヨ」的な押し付けガマシサが非常にイヤだ、というのがある。経済的にボロボロになった人や都会に疲れた人や良心の呵責に苦しむ人や過去と現在に縛られている人や失踪したくなる人などは、一種ボロボロになった人たちだ。そういう人たちに向けるメッセージって、たぶん、「最低賃金をあげろ」的な言い分ではなくて、こういう本のような斜に構えたメッセージではないかな、と思う。きわめて日常的にすぎる毎日を過ごすなかで、ふとした瞬間に誰しもが思い出す「ボロボロ」だったとき。人は何度も「死んで」、何度も「再生」する。リリー・フランキーの描いたこの短編集は、いっけん動物的な世界のようで、実は冬に枯れてまた春に花を咲かすきわめて植物的な強さの世界なのだと思う。

2011年12月14日水曜日

サンダカン八番娼館(文藝春秋)

著者:山崎朋子 出版社:文藝春秋 発行年:2008年(文庫新装版) 本体価格:714円
 年間200冊のノルマを自分に課しているが、どうやら9年連続で目標は達成できそうだ。2011年の200冊目は山崎朋子のこの本。初版は筑摩書房から1972年に単行本で発刊され、現在もなお読者が増加中。天草で偶然であった老婆に関心をもち、その「自宅」に赴く著者。昔話に聞く鬼婆の家としか思えない廃屋に住まう老女こそ、「からゆきさん」だった…。辛く思い出したくない記憶を語ってもらおうと著者はその老婆の家に住み込み、ボルネオ島にわたった「「おサキさん」の話を記録にとり、そして戸籍そのほかでその話の内容を検証していく。苦労して取得したと思われる写真の数々が表紙や章とびらに掲載されており、本文とあわせて読むと、「真実」の重さがのしかかってくる…。ノンフィクションだからといってすべてが「事実」というわけにもいかないだろうが、取材される側と取材する側のコミュニケーションと、日本が思い出したくなかった過去の歴史がつぶさに聞き取られ、取材する著者の心のうちでさえ、「公正さ」から偏り、ついには他人の家から写真を無断で持ち出す心境までもがつづられていく。文庫本で約440ページ。今はもう史上最高値の円高が更新されていこうとする時代には考えられないほど外貨蓄積が欠乏していた日本。その日本を底辺でささえ、しかも実の息子からも邪険にされつつも、前向きに生きていこうとする「おサキさん」の生き方に心うたれる。

2011年12月13日火曜日

知らないと恥をかく世界の大問題2(角川書店)

著者:池上彰 出版社:角川書店 発行年:2011年 本体価格:780円
 世界のリーダーがいれかわるという「2012年問題」。オバマ大統領も中間選挙で惨敗しているが共和党の候補者も弱含みである。中国は共産党大会の動向から習近平へ。ロシアはメドベージェフからプーチンに大統領がかわる可能性が。この2012年問題からギリシア問題、そして為替介入の解説へと見事な流れ。そしてアメリカ、中国問題へと筆が進み、資源問題へ。池上氏の「わかりやすさ」とはもちろん博学な知識と語り口にあるのだろうが、根本的なところに眼をむけると「構成」の力というべきテーマの配列方法にあるのではなかろうか。扱っている項目が他の著者とそう変化があるわけではない。地がつとすれば項目の配列方法。そしてその「接続」だ。構成と接続がしっかりしていれば、多少アヤフヤなところがあっても大方のところは読者には把握できる。詳細で正確な情報よりもある程度おおづかみで、多少厳密ではなくてもたとえ話などでイメージをつかませてもらえるほうがこの手の本の読者ニーズには対応している。細切れのニュース報道ではつかみにくい個々のニュースのつながりも、この本を読むとある程度流れが読めるというのもメリット。「顧客満足」とは、時事問題に興味をもつ読者にてらせば、この本のことをいうのだろう。後は地図など視覚情報がもっとあればいいのだが。

封印再度(講談社)

著者:森博嗣 出版社:講談社 発行年:2000年 本体価格:781円
 講談社文庫は森博嗣の文庫本の想定を新しくし、「新しいカバーで森博嗣を読み直す」キャンペーンをしている。内容はもちろん同じとして、新しい装丁で、しかも新しい紙で本を手に取ると、また新たな気持ちで本を読むことができる。内容としては2000年当時のIT世相を反映して、今読み直すとちょっと古い気もするが、ミステリーの謎解きには影響はない。「密室」たりうる必然性と、納得のいく「動機」で傾きかけた旧家の殺人事件に大学助教授と女子大生のコンビがいどむ。「不完全そのものが完全の形になる」という鈴木大拙の言葉が巻頭に引用されているが、まさか「禅と日本文化」の言葉が謎解きに関係してこようとは。

2011年12月9日金曜日

フランス革命の肖像(集英社)

著者:佐藤賢一 出版社:集英社 発行年:2010年 本体価格:1000円
 現在集英社文庫から毎月1冊のペースで刊行されている「小説フランス革命」シリーズ。もちろんこのシリーズだけ読んでもオモシロいのだが、想像力を刺激してくれるのはやはり実際の歴史上の人物の顔。そこでこの本ではフランス革命の歴史をおいつつ主要な人物の多彩な肖像画を一気に掲載。それを著者が解説していくという構成をとる。コート紙に4色印刷ということで176ページの新書ながら本体価格は1,000円。ただし1,000円の投資分は十分に回収できるほど内容は面白い。フランス革命自体、マルキシズムの唯物史観ではいまひとつすっきり説明できない複雑な進行をとる。登場人物もわずかの間にめまぐるしく入れ替わる(ただしジョゼフ・フーシュは除く)。ちょうど全国三部会が召集される1789年ごろからナポレオンが皇帝になる1904年ごろまでが収録されているが、当初のミラボーやらシェイエスやらといった人物は途中でほとんど全員病死しているかギロチンにかけられている。種々の理想や政治的思惑で多数の人間がそれぞれ動き惑い、そして勝利したのは、フランスという「国家」だった…ともいえるかもしれない。人権とか自由などの言葉が生み出されてもなお、おそらくこのフランスという国が自由を体感できたのは、ナチスドイツの侵攻からフランスが解放される20世紀初頭になるのかもしれない。

2011年12月6日火曜日

知っておきたいお金の世界史(角川書店)

著者:宮崎正勝 出版社:角川書店 発行年:2009年 本体価格:552円
 この手の雑学系書籍には、眉唾ものの知識がたまに羅列されているものだが、宮崎正勝先生の著作物は面白くてしかも信頼性がもてる情報ばかり。北海道教育大学で教鞭をとられて専攻は国際交流史ということで、東洋・西洋の貨幣の歴史を地理別・時間別にみごとに説明。英国のポンドの略語がなぜ「£」なのか、ドルの起源や金本位制の歴史などコンパクトに通貨の歴史をおうことができる。詳細については巻末の参考文献を読むことになるが、一般的に貨幣の歴史について知るならばこの本だけで十分だろう。鉄道業がアメリカで生み出した産業モデルなどについても言及されており、アメリカの西部開拓と鉄道業の歴史的功績(影響?)の説明もコンパクトでわかりやすい。

透明人間の告白 下巻(新潮社)

著者:H.F.セイント 出版社:新潮社 発行年:1997年 本体価格:667円
 追われて追われて、さらに追われて…の透明人間は、つかの間の安住の地をみつける。ただしそこも永遠の安住を保証してくれる場所ではなく…という展開は映画「ブレードランナー」のラストを連想させる。物理的実験から生み出されるモンスターというのは産業革命以後数多くリフレインされてきたテーマではあるものの、「フランケンシュタイン」のような予定調和的な悲劇でもなく、「タイムトラベル」のようなある意味底抜けに明るい未来像でもなく、地に足がついた日常生活を極限まで推し進めて、最後はそれを人生哲学にしてしまう「透明人間」。これって現代人のもっとも理想的な生き方ではあるまいか。SFの古典とするにはまだ時間の経過が浅いものの、21世紀初頭の現時点では類作なしの近現代SF古典間違いなし。

クラウド「超」仕事法(講談社)

著者:野口悠紀夫 出版社:講談社 発行年:2011年 本体価格:1500円
 来年土曜の超整理手帳からA7サイズのメモ帳とto doリストが消えた。代わりにスマートフォンがはいるようなスペースが用意され、ジラフという縦長のノートが付着したが、その背後にある思想はこの本にあったのだときづく。スマートフォンを活用すれば確かにto doリストがなくても大丈夫だし、メモはそれこそクラウドかgmailで活用できる。どっちにせよこれまで自分も書き込んだメモは時間があるときにgmailに送信していたので、スマートフォンを所有している現在となってはその場ですぐgmailに送信してしまえばよい。evernoteも便利でそこそこ使っているが、セキュリティにまだ不安が残るので重要度二番目程度のものしか蓄積していない。極限に重要なものは紙のみで管理するしかないが、それ以外はたとえば流出してもさほど影響はない。だとすればもうgmailに送信するだけ送信して必要があれば検索して取り出すというのが合理的ではないかと思う。evernoteやdropboxがこれだけ一般化していてもgmailの検索機能の高さは捨てがたいものがあるが…。でこの本ではクラウドの基盤となる民主主義や相互の信頼性など、クラウドが可能になるインフラについて論じている。行政の電子政府の「すさまじさ」については著者自信の紹介もあるが、政府統計の検索などをしたことがある人にとってはおなじみのものだろう(とにかく検索しにくい)。クラウドに一番のっかっているのは個人的にみると主婦層、学生、そしてビジネスパーソンという順序で、一番乗り遅れているのは行政ではないか、と思う。

2011年12月4日日曜日

透明人間の告白 上巻(新潮社)

著者:H・F・セイント 出版社:新潮社 発行年:1997年 本体価格:667円
 地道なSFのロングセラー。ニュンヘン大学で哲学を学んだというニューヨーカーが著者。「透明人間になったら…」という仮想を現実に置き換えてみるとおそらくこういう本になるのだろう。実際には見えない人間に扮して、日常生活の困難さと、おそらくありうるであろう秘密諜報機関に追われる日々。上巻では、いかにして透明人間になったか、といかにして生活していくかがリアルに描写される。やや俗悪的にすぎる描写もあるものの、これ以上は考えられない困難のなかにあって、意思決定を的確に下して動いていく主人公の姿はまさしくニューヨーカー。そしてその行動の背後にひそむ思索は確かに哲学者の香り。フェンスに閉じ込められた主人公の「まずフェンス全体の観察だ。それから打つ手を決めればいい。そもそも打つ手があるかどうかを見極めればいい」という独白は近代合理主義にうらづけられた主人公の冷静さと「もし…」が現実になったときの行動原理を教えてくれる。いや、「透明人間になったら…」がたとえば「帰宅できなくなったら…」「宇宙人が攻めてきたら…」「失業したら…」「日本経済が破綻したら…」であってもなんでもかまわないわけだ。そのとき近代合理主義の人間であればどうするべきか。そんな行動原理をこの上巻は教えてくれる。

2011年12月3日土曜日

地名でわかるオモシロ世界史(角川書店)

著者:宮崎正勝 出版社:角川書店 発行年:2011年 本体価格:667円
 世界史は歴史の「一分類」ではあるけれど、ある程度地図など参考文献が文章とともにないと素人にはまるで理解ができない人名と地名の連続となる。特に19世紀以降の国民国家主体の現在では、昔の「フランク王国」やら「神聖ローマ帝国」といった「国」と現在の国連加盟の「国」の違いはわかりにくい。「はじめに」で著者は歴史を「積み重なるもの」と定義しているがまさしくそのとおりだと思う。地名は同じ地域に蓄積した歴史の残存なのだ。地中海の歴史(フェニキア人)から始まり、イスラム、モンゴル帝国、中国と五大陸の地名を取り扱い、しかもそのほとんどすべてが「時系列」にそっているという構成がすごい。実際にかなり面白く読めるのだが、45ページに記載されているオクシデント帝国とオリエント帝国の分析地図、65ページの「イア地方とランド地方の分布図」などなかなかオモシロい地図が豊富に掲載されており、著者のコメントも簡潔にして、しかも通説にそった内容。社会人の一般教養の書籍としてももちろんだが、受験勉強にも使える本だと思う。

芸のためなら亭主も泣かす(文藝春秋)

著者:中村うさぎ 出版社:文藝春秋 発行年:2008年 本体価格:495円
 どこまでも「実践」してしまう中村うさぎさん。遅れて読み始めたが、ブランド物への浪費やらホストクラブ通いやら…と家計は火の車のご様子。でもってダンナハンはゲイで…。不思議と嫌悪感もなく、むしろ「いけいけ」と応援している自分はたぶん多数派ではないかと思う。特に興味がひかれたのは中村うさぎさん御用達のアイランドタワークリニックにておこなわれているという植毛手術の描写。QHRシステムとよばれる植毛手術は後頭部の毛根を薄くなった額のところに1本1本田植えのように植毛していき、中村さんの知人は約2000本の毛根を植毛した。その様子が126ページから描写されているのだが、整形手術については賛否両論あるが、男性だって確かに植毛したい。いや私だってまだまだ髪はあるが、うすくなればやはり植毛したい。で、この植毛手術から導き出される著者の「哲学」は、恋愛と結婚は別で、結婚はずっと一緒に暮らす相手とだから性格や相性など内面的なもので選ぶ。であるからして外見至上主義は一瞬隆盛をきわめてもそれほど盛り上がることはないという妥当な結論で…。反省することはあっても後悔するようなことはしたくないと主張する著者。ちょっと真似はできないが、その志がしっかり伝わってくる名エッセイ。

2011年12月1日木曜日

クラウド「超」活用術(C&R研究所)

著者:北真也 出版社:C&R研究所 発行年:2011年 本体価格:1500円
 「クラウド」という言葉で思いつくのは、「おそらく外付けHDDは3年前ほど売れなくなっているだろうな」ということ。現時点ではテキストでも写真でもevernoteやskydriveにあげておいたほうが、汎用性もあるし、データのっ保守性も確実だ。大手IT企業のサーバに格納されているデータまでが破損するような事態が生じれば、個人宅にあるような外付けHDDなどひとたまりもないだろう。で、この本ではevernoteやタスク管理のソフトウェアなどをいろいろと解説してくれている。googleカレンダーやドキュメントなどはiphoneを持つ前から活用していたが、…。正直、この本の筆者ほどクラウドにどっぷりつかるところまでは現時点では想像もできない。iphoneがすごく便利なアイテムであることは実際に使い始めてみて実感した。クラウドコンピュータとの相性は携帯電話などとは比較にもならない。ただし、クラウドにあまりにも依存しすぎても、知的レベルは活性化しないような気がした。スマホの画面に入力するよりも「まずはやってしまえ」という勢いのほうが大事な局面はいくらでもある。あくまでもクラウドは「従」で手書きのメモや論文などが「主」。記憶するのであれば、やはり手書きで反復演習が一番で、本当に重要な情報であれば、evernoteなどに記録しなくても自然に頭に入り込んでくる。クラウドに向いている情報、それって結局、「さほど現時点では重要ではないけれど、いつかは重要になるかもしれない」という微妙なtipsではないか、という気がする。