2012年5月30日水曜日

フランス王室1000年史(新人物往来社)

新人物往来社編 出版社:新人物往来社 発行年:2012年 本体価格:1800円 
 いまや角川書店グループの新人物往来社によるビジュアル選書シリーズ。A5判で持ち運びはしにくいが、テキストと絵画や写真、年表、地図との組み合わせで書籍を作るという発想が面白い。フランス王室関連系図も搭載されている。文章はゴツゴツしていて読みにくいが、写真や絵画が理解を助けてくれる。個人的には非常に好きなタイプの本だが、社会人向けの本というわけでもなく、学生が資料集代わりに持つには価格がやや高めというポジショニングが難しいタイプの本。四六判よりも大きめなので書店でも置きにくいのではないかと思う。メロヴィング朝からナポレオン3世までを通読できるので、受験勉強に疲れた世界史選択の受験生には程よい読み物になる可能性はあるが…。
 フランス革命後、ナポレオンの第一帝政以後の七月革命や二月革命などはこの本の扱いでちょうどいいのかもしれない。「ヴィドック」というフランス映画がちょうどシャルル10世による七月革命の「栄光の三日間」を舞台背景にしており、「ヴィドック」を鑑賞しながらこの本を読んでみるってのもありかも。

2012年5月29日火曜日

公開会社法を問う(日本経済新聞出版社)

著者:宍戸善一 柳川範行 大崎貞和 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2010年
2009年の衆議院総選挙のさい、民主党が提案していた会社法改正案がいわゆる「公開会社法」。現在の株式会社が多様な利害関係者に取り巻かれていることから、企業統治のあり方や親子会社に関する規制を見直したもの。これに法律と経済の専門家が検討を加えたのがこの本だ。「公開会社」という会社法条文には直接関係はない。で、読み終わって正直面白かった。これまでも民法や刑法などと比較すると、会社法(旧商法)は改正の頻度がきわめて高いが、その改正理由を振り返ると政策理念型の改正が多いとか、労働者代表を監査役に入れるか入れないかといった議論展開が単に民主党提案の会社法を検討するというよりも、現状の会社法を見つめ直す題材にもなって興味深い。現在は民主党とは別個に法務省で会社法改正案が進行しているが、これは大王製紙の巨額不正借り入れ事件やオリンパスの粉飾決算に起因する改正。ただし、民主党案に加えられた本書の意見は、おそらく法務省の改正案にもなんらかの影響は与えていることだろう。議論のなかでうかびあがるのは企業の不祥事が発生したからといって、なぜ会社法でなければならないのか、という問題設定がある(代わりに東京証券取引所の規制などではいけないのか、ということ)。もしかすると法律で規制しなくても市場原理で企業が淘汰されることもあるかもしれない、という問題設定だ。また会社法と金融商品取引法とでは強制力が異なるという議論も提出されている。個別のテーマも後半で特集されており、非常に面白い。

2012年5月28日月曜日

フランス反骨変人列伝(集英社)

著者:安達正勝 出版社:集英社 発行年:2006年 本体価格:700円
 絶対王政の時代にルイ14世にさからったモンテスパン候爵、フランス革命後に将軍となり、ナポレオンに仕えたあとルイ18世に忠誠を誓い、その後再びナポレオンの指揮下にはいるネー元帥、七月革命後に重罪裁判所法廷で裁かれる犯罪者詩人ラスネール、そして死刑執行人の7代目(6代目)サンソン。この4人を特集したのがこの新書で、歴史に名を刻むのはネー元帥のみ。ただしラスネールは「天井桟敷の人々」にも登場したりする。
 客観的状況は遠くフランスのその昔だが、舞台設定を21世紀の日本に移し替えてもそれほど実は違和感はない。価値観が多様化して、しかも固定化していないのは共通しているし、そうしたなかでネー元帥のようにあっちへふらふらこっちへふらふらと意思決定を間違えてもそれは仕方がない。ミクロな戦争にたけてはいても、価値観が変動する時代に生き残るにはタレーランやフーシェといった名うての政治家でなくては無理だったのだろう。ラスネールのようなロマン主義的な犯罪者は、けっこうネットの世界には跋扈している。現実世界が息苦しいときに極端に理想主義に生きるのもまた人間のさがかもしれない。「武士道」などが21世紀になってまた再評価されているのもモンテスパン候爵の奇矯なふるまいと共通する部分はあるだろう。そして死刑執行人サンソン。この著者にはサンソンのみを取り扱った別の新書もあるが、法の定めで死刑執行をおこなう一族が逆に畏怖の対象となるという現象は興味深い。死刑に賛成する人はいて、また死刑を言い渡す司法があっても直接的になんらかの手をくだすのは「いや」という事例、けっこうあるのでは。今は刑務官がその作業をになっているが、これこそ抽選で国民がそれぞれ負担するべき行政執行ではないか…とも思う。少なくとも国会で刑法が定められて、その手続きどおりに執行されているという手続論が優先する場合には。

2012年5月27日日曜日

小売店長の常識(日本経済新聞出版社)

著者:木下安司・竹山芳絵 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2005年 本体価格:830円
 小売店舗の「店長」に焦点をしぼって自己変革力・コミュニケーション・地域コミュニティ・ドメイン戦略・成長戦略・財務管理・プロモーションについて一通り概観できる本。財務分析も入っているため、最初から最後まで読み通すには入門書なのにもかかわらずある程度財務諸表の基礎ができていないと理解できなくなるというのが難点。ただし小売店長が単式簿記だけでなく複式簿記についても理解を深めておくことは確かに重要だろう。最近小売店舗に行くときに気になるのが「客数」と「客単価」だが、ちゃんとそれもレクチャーされている。
 牛丼屋さんにいくとお客さんの数は半端なく多いが、客単価はおそらく1人あたり500円~600円。しかし5分に1人ぐらいは客が入ってきてしかも回転率も高いから、24時間営業でみても1店舗1日数百人の客数はあるのではないか。たとえ客単価が50,000円以上であっても一日の客数が2人とか3人とかのセレクトショップなどよりも牛丼や立ち食いそばのほうがよほど売上も利益も獲得できそうだ。ただし客数を稼ぐというのも難しい技ではあるけれど…。このほかウェザー・マーチャンダイジングなど即効性のある小売店舗の理論がまんべんなく紹介されていて興味深い。

2012年5月26日土曜日

日本銀行は信用できるか(講談社)

著者:岩田規久男 出版社:講談社 発行年:2009年 本体価格:720円
 出張の新幹線の中で読み終えた本。東日本大震災があったが、マネーストック重視の日本銀行の方針は変わらない。タイトルはいささか過激だが「信用経済の基礎」を中央銀行が担うという意味あいがこめられているのだろう。数値目標などを明確化しない日本銀行に対して、中央銀行の自主的な数値目標の設定か政府による目標設定と政策手段の独立性の保持をセットで提案している。またインフレターゲット政策をとっているニュージーランドや英国の中央銀行についても紹介。「通貨価値の安定」はインフレのみならずデフレについても同様に主張されるべきという主張に納得。
 グラフなどはでてこないが簡単なISーLM曲線や総需要曲線などの知識があると、より中身がわかりやすい。ただしマクロ経済学の知識がなくても、かなりわかりやすい文章で解説が付されている。マネーストックがこれ以上過剰になるとハイパーインフレの可能性がでてくるという主張とデフレはマネーストックが供給不足にあるためインフレが2%以内であればむしろ資金を投入すべきという主張とがあるが、震災からの復興需要とデフレ局面を考慮すると、そろそろデフレ政策には限界がきているような印象を受ける。中央銀行の目標の数値化や「総合的判断」の具体化などは、情報公開の観点から日本銀行ももっとす全ていくべきだろう。これまで日本銀行はかなり物価の安定に力を注いできたことは間違いない。政策委員会のメンバーも日本の優秀な頭脳の集積だ。ただ商店街や下請企業の困窮は、このデフレ政策や時間がかかる構造改革などでは救済しきれないのも事実。そろそろ実験的であってもインフレターゲティング導入の時期にきているような印象を受ける。

2012年5月22日火曜日

戦争の足音(集英社)

著者:佐藤賢一 出版社:集英社 発行年:2012年 本体価格:552円
 毎月1冊づつ発行されていたフランス革命シリーズもこれでしばしのお休み…。立憲君主制とブルジョワ階級の温存を考えているフイヤン派は、ルイ16世のヴァレンヌ逃亡を「誘拐」とし、偶発的に始まったシャン・ドゥ・マルスの虐殺でも国民の理解を得る説明はできなかった。ジャコバン派はロベスピエールが率いるが、国内のオーストリアやプロシアに対する戦争モードに対してロベスピエールは反戦論を唱える。
 フランス革命後のフランスは将校だった帰属階級が脱出して、さらにセ性拒否派といわれるカソリックの僧侶がフランス革命に対しては批判的なスタンスをとっていた。主戦論者は国内の鬱屈を戦争ではらして国内統一を図ろうとし、反戦論者は将校が不在のまま戦争状態になれば敗戦はまぬがれないと考えていた。歴史的にはこのあとフランスはヨーロッパ全体を敵にまわして戦争状態に入るわけだが、戦争に傾く一派と反対する一派の考え方の違いが興味深い。恐怖政治をひくロベスピエールとしても戦争論については抑えきれなかったということになるが、そうした政治的弱者だったジャコバン派がいったいいつの時点から多数派を占めるようになるのかが気になる。「理屈づくめの冷たい弁護士」というロベスピエールのイメージは、このシリーズを読むとまったく覆される。

はつ恋(新潮社)

著者:ツルゲーネフ 神西清翻訳 出版社:新潮社 発行年:1952年 本体価格:320円
 初版発行から90刷というとんでもないロングセラー。調子が悪いときには古典の世界や図書館にこもるというのは一つの打開策で、21世紀の自分のことなど古典や書籍の山の中では砂粒みたいなものであることが実感できる。
 ロシア19世紀文学の古典とされているが、実際に読んだ人はおそらく少ない。粗筋自体は「え、これはつ恋なの…」というほど実際には大人の内容。ツルゲーネフが生まれたのが1818年ですでにフランス革命は終了。ただしきたるべきロシア革命の前、ということで地主階級は没落の道を歩んでいる。没落しつつある貴族階級や地主階級の退廃的な雰囲気がこの小説には漂っており、これはさしづめ21世紀でいえば、IT長者みたいなものか。「取れるだけ自分の手でつかめ。人の手にあやつられるな。」と説く父親が出てくるが、42歳で死亡するという設定で、これがこの小説の伏線になっている(21世紀の読者には途中で予測がつかないわけではないが)。自由意思という言葉がでてくるあたりが没落しつつあっても19世紀のロシアの奇妙な思想状態を示すものかもしれない。ラストは19世紀の思春期文学らしく「祈り」で終わる。ロシア革命でもギリシア正教をなくすことはできなかったが、このストーリーでは民主主義も自由意思も最終的には「祈り」で救済されている点が印象的だ。

平林都の接遇道(大和書房)

著者:平林都 出版社:大和書房 発行年:2009年 本体価格:1300円
 ある大学の就職セミナーで「~でございますか、とつければ丁寧になる」というのを教わった学生が「それはマジでございますか」と先生に尋ねたらしい。これは二重の意味で間違っていて、「マジ」は丁寧語ではなくて俗語なので「本当」「真実」などの用語を用いなくてはならない点で「~ございます」は自分の行為をさすもので相手について尋ねるときには「~でらっしゃいますか」といわなければならない。やはり接遇や敬語、マナーが重視される所以はそれなりにありそうだ。
 疑問形で尋ねると(~お待ちいただけますでしょうか、など)、相手に判断の素地を与えるので断定でいうよりも接遇にかなっているという文章がありなるほどと思った。接遇の形式そのものにはそれほどほかの書籍と異なっているわけではないが、理由づけや応用がきくような著述がなされているか否かが売れる本とそうでない本の違いになるのだろう。著者自身がもはやカリスマ化しており、今後もこの著者の本は安定した売れ行きが期待できそう。その意味でカバーを著者の写真にしたのは正解だろう。

うどんの女(祥伝社)

著者:えすとえむ 出版社:祥伝社 発行年:2011年 本体価格:648円
 いまだに生協のすうどんで100円以下なのだろうか。生協の食堂でうどんばかりを注文する油絵科の男子学生と,ひたすらうどんを作る35歳バツイチ女性との出会い…。
 年の差コンがわりと定着してきた昨今、この組み合わせはさして珍しくはない。女性が年上の場合には、だいたい女性の方が仕事をもっていて経済的に安定しており、男性のほうがやや生活の基礎が不安定。逆に男性が年上の場合にはその真逆という構図で説明される。経済不況のおり、男女ともに不安定では最初から安定した生活がのぞめないという事情も関係してくるが、この作品、そういうマルキシズム的な要素も目に見える形では排除(女性の自宅が描写されている場面では、けっこう所得階層が高い家であることはうかがえる)。
 世界がまるで違う二人がであったときにコミュニケーションがどうやって成立するか…をみていくとまず最初に必要なのはフォーマットの統一。ここでは「うどん」という媒介で両者の思考やら行動が初期化されていくのだが、いかんせん人間同士なので初期化に時間がかかっている模様。いずれにせよ関係の安定性はちと望めないというのが現実的な結末で、そもそも「関係」をいかに開始できるか…が見所か。リアリティは満載で非常によくできたストーリー展開。

2012年5月20日日曜日

日銀を知れば経済がわかる(平凡社)

著者:池上彰 出版社:平凡社 発行年:2009年 本体価格:740円
もともとは日本銀行の広報詩「にちぎん」に連載されていた「池上彰のやさしい金融経済教室」を新書化したもの。おそらく連載中にも校閲などは日本銀行が担当していたと推定されるが、独特のわかりやすい文体に加えて正確さも随一。アメリカ連邦準備銀行の歴史や日本銀行設立に至る経緯などもわかりやすい。全部で12章の構成だが、11章のFRBについての説明と第12章の金融グローバル化の日本銀行はちょっと付け足し気味の印象もあるが、この新書だけで「金融論」などのテキストを読む下地ができあがるくらいに内容が濃い。
政府預金は日本銀行に預け入れられるが、これまでこの本を読むまでは全部無利息だとおもっていた。が例外として国内指定預金という財務大臣が運用方針を定めた政府預金には利息がつくとのこと(52ページ)、年金の支払いがいかにして日本銀行に通知され、国庫に納付されるのかといった仕組みも理解できる。IS‐LM曲線でいきなり金融の勉強を始めるよりもまずこの新書の内容をじっくり理解して、それからマクロ経済なり金融論なりの勉強を開始したほうが絶対に効率的ではないかと思う。

2012年5月19日土曜日

崖っぷち「自己啓発修行」突撃記(中央公論新社)

著者:多田文明 出版社:中央公論新社 発行年:2012年 本体価格:760円
 情報量と売りにする本や専門色を売りにする本もあり、そしてこういう突撃ルポなどは最近少なくなってきたが、もっと供給が増えていいジャンルだと思う。「自己啓発」書籍の内容を著者が読んで実際に仕事に活用していくというルポだがこれが面白い。抽象的すぎる自己啓発をまず具体化していく作業が目に見える。で、たいてい一回目はうまくいかないのだが、それを独自に再解釈してまた再挑戦というあたりが、原典にはない面白さか。あまり自分としては役にたたなかった「レバレッジ・リーディング」がこの著者には適合したというのも、個人差があるのかな、と思わせてくれる。
 最大級に役に立つのは第4章にあたる「空間と時間の整理法」で、コピーで縮小書籍を作成したり、「捨てる基準」を立案したりといったあたりか。ルポライターの著者なので捨てる基準にはかなり困っている様子がうかがえて面白い。
 仕事の売り込みの部分も描写されているが実際に書籍を出したりテレビにでていても、新規の企画を出版社に通すのは大変な時代なのだなあとつくづく実感。自己啓発の具体化作業を見る本としても、また自己アピールやアイデアを実際の形にしていくプロセスとしても読める。フリーのライターを職業として志す人にも売り込みや企画立案を知るのにはいい本ではなかろうか。40代を過ぎたかつての担当編集者が会社を辞めたり配置転換されていて…のくだりにどきり。やはり出版って面白いけど大変な仕事なのだなあ…。

死刑執行人サンソン(集英社)

著者:安達正勝 出版社:集英社 発行年:2003年 本体価格:700円
 安達正勝氏の「物語フランス革命」が非常に面白かったので「死刑執行人サンソン」も読破。ルイ16世の首をはねた死刑執行人シャルル・アンリ・サンソンの家系の話だが、当時不可触賤民とされていた死刑執行人は世襲制でサンソンは1代目から起算すると7代続いた。 有名な四代目のシャルル・サンソンになるとルイ15世の寵姫デュ・バリー公爵夫人、ラモット伯爵夫人、恐怖政治のころの幾多の政治家などの死刑執行を担当。死刑執行人ではあるものの平時には医療にたずさわり、さらには家系伝来の解剖学などの書物を読むために教育を施し…というフランス革命当時の死刑執行人の意外な生活面と考え方に触れることができる。民衆は当時も平気で虐殺をしていたはず(フランス革命はかなり生臭い虐殺が多い)だが、死刑執行人には距離をおき、それがまたインテリのサンソンを死刑反対に向かわせたと思われる。立憲君主制度に傾いていたサンソンが、ルイ16世を処刑したあとカソリック(ナポレオンの登場まではカソリックは違法)に救いを求める場面は感動的でもある。フランスでは1981年に死刑が廃止されている。この本では八つ裂きの刑など日本人には想定できないほど残虐な刑罰を実施してきた国だが、死刑廃止に向かわせた理由の一つにこのサンソンの「苦悩」も少しは関係がありそうだ。フランス革命そのものには興味がなくとも、死刑執行に賛成か反対かという視点で読むのも面白いと思う。

日本の黒い霧 上巻(文藝春秋)

著者:松本清張 出版社:文藝春秋 発行年:2004年 本体価格:676円
 下山事件、「もく星」号遭難事件、白鳥事件、ラストヴォロフ事件、伊藤律事件の6つを扱う。個人的には下山事件と日本共産党を除名された伊藤律をめぐる著者の論考が興味深い。下山事件については今でも自殺説と他殺説があるが、「他殺」の可能性はやはり否定できない。ではいかなる動機による他殺かというと著者はアメリカCICによる可能性を示唆している。GHQの内部はマッカーサーによるG2とGS(民政局)の対立が知られているが、その余波を国鉄総裁である下山氏が受けたというもの。
 また伊藤律については、ゾルゲ事件について北林氏をまず情報漏洩し、そこから尾崎秀美氏にいきついたのではなく、最初から尾崎秀美氏をターゲットにしていたのではないか…という独自の推理をうちたてる(その後の研究でこの線の可能性はきわめて低いとされているが、1960年当時の情報で逆にこうした可能性まで考慮していたという著者の推測と知性に逆に驚嘆する)。終戦直後の日本共産党幹部の動向は日本史の教科書などでも言及はされているが今ひとつわかりにくい(謎が多いともいえる)。この政党の動向が外部からはうかがいしれない部分が多いためでもあるが、いったん刑務所から釈放されて、その後合法的に成立したはいいものの、その後は幹部の除名やら路線変更やらが相次ぎ、「なぜゆえに方針変更したのか」が実はさっぱりわからない。1960年に執筆されたこの本でも獄中18年組
として野坂参三の名前がでているが、この野坂参三もソビエト連邦が崩壊したあと公文書が公開された結果、ソビエト連邦のスパイだったことが判明して日本共産党を除名。国際情勢や経済情勢が変化すればおのずと関係者の考え方も変わるものだとは思うが、そうした「考え方の変化」が公開されないかぎりは、外からの推理によるしかない。21世紀の今読めばいろいろ瑕疵はあろうけれど、少なくとも1960年に入手しえた範囲の推測ではこういう考え方ができる…という見本を松本清張が示してくれている。googleや情報公開法などで入手可能な情報は飛躍的に拡大した。が、情報の「解釈」については学ぶべき点が非常に多い。 また歴史の定説というのがそれほど簡単には定まらないというのもわかるようになる。

2012年5月16日水曜日

みずうみ(岩波書店)

著者:シュトルム 出版社:岩波書店 発行年:1953年 本体価格:210円
 ドイツの市民文学とも純文学ともよばれるシュトルムの作品。19世紀前半、デンマーク王国の支配下からプロイセン王国所属の知事に就任。法律を勉強し、実際の仕事は法律畑で暮らすことが多かったシュトルムだが、21世紀の日本人が読んでもおどろくほどのリリカルな内容。行ったこともないデンマーク地方の光景が目の前に浮かぶ。インターネットも携帯電話もないから人間と人間のコミュニケーションは「詩」だった、と考えればなんとなく突拍子もなく散文詩が登場するのかも想像がつく。和歌などと同じようにお互いの知的素養を推し量るには、ある意味当時ではもっともてっとりばやいツールだったのだろう。「老人」の思い出という形式になるが、戦乱が続く当時と今とでは「老人」の意味合いも違ってくる。まだ先がみえない時代に想像する「老人」の懐古的な思い出が「みずうみ」。映像的なイマジネーションは絵画と、そして脳内のイメージだけがただ残る…。

GANTSなSF映画論(集英社)

著者:奥浩哉 出版社:集英社 発行年:2012年 本体価格:700円
 ジョン・カーペンターという秀作もあれば駄作も多数ある監督の作品に「ゼイリブ」というトンデモ映画がある。サングラスをかけると宇宙人かどうかわかるという映画で、これを昔池袋ロサの湿った空気のなか大きなスクリーンで見たことがある。正直「なに考えているのか…」と絶句したのだが案外この映画を評価する人が多い。この本の著者も「アイデアが秀逸」と褒めているのだが、もう一度見てみようか…いやいや…と現在逡巡中。
 著者と同世代のせいかほとんど紹介されている映画は自分も見ている。「インデペンデンス・デイ」とか「プライベートライアン」とかあまり好きになれない映画もほかの人の視点では、やはり面白い部分もあるようだ。自分の視点を一回リセットする意味で、映画関係の書籍を読むのは楽しい。ターセム・シンの「ザ・セル」ってやっぱり面白かったしなあ…。ただ著者も指摘しているように1980年代~90年代と比較すると2000年代の映画はちょっと不振。けっしてレンタルビデオとかインターネットとかの影響ではなく、クリエイターが80年代の枠組みから抜けきれなかったのではないか。CGが発達しても画面そのものの切り込みはやはり人間のイマジネーションの問題と感性の問題だから、技術的なことではなく、なにかしらの切望感みたいなものがなくなっていたせいなのかもしれない。80年代と00年代の不作ぶりの対比もこの本でうかがえる。

2012年5月14日月曜日

接客販売入門(日本経済新聞出版)

著者:北山節子 出版社:日本経済新聞出版 発行年:2004年 本体価格:830円
 著者ご自身が小売商での実務家で、さらには衣料品店などでのユーザーでもある。衣料品を購入するときのセリングポイントや接遇などに非常に詳しい。まあ、最近はこうした接遇やビジネスマナーは自らの「業務」のために固め読みしており、だんだん辛くはなってきているのだが、この本は新書サイズでイラストはおそらくイラストレーターで作成してデジタルな感じで好ましい。接遇に加えて小売商でのオペレーション業務(在庫確認などの業務)にも応用がきくようになっているので、衣料品や食料品店などの従業員には即効力がありそうだ。
 韓国の小売商との比較もちらっとでてきており、なるほどと思う。韓国の小売商はどちらかといえばブッキラボウな感じでその後笑顔になるが最初は「日本人だから距離をおかれているのかな」とあれこれ考え込んでしまう場合も。ただそれは韓国人でも日本人でもわりと共通していて、いったん打ち解けると非常に深いところまで話ができるのが特徴。とはいえその精神は見習うにしても小売商の戦国時代となっている日本では、笑顔は大前提になるだろうが…。クレームの受け渡しなどの書式が個人的には有用だった。

ご挨拶の作法(あさ出版)

著者:林田正光 出版社:あさ出版 発行年:2008年 本体価格:1400円
 リッツカールトンのOBである著者が「あいさつ」について解説。独自のマニュアルが具現化してホスピタリティという形に結びついていったプロセスもうかがえる。また「リッツカールトン」(東京だと六本木にある)自体がこういうOBの本でさらにカリスマ性を増していくという面は意外に大きい。リッツカールトンに宿泊したこともなければテレビなども目にしないが、ほかにも有名なシティホテルはあれどここまで「ホスピタリティ」が行き届いているのかと思うと宿泊するのであればリッツ、などと思ってしまう。
 1色で172ページの本だが内容的にはホテルなどのサービス業のビジネスパーソン向きか。小売商の人にもむいている内容だと思う。本来であれば接遇のテキストなどで解説されるべき内容だが現時点では接遇のマニュアルは箇条書き的であまり「目的」や「趣旨」についてはページがさかれていない。「なんのために」が書かれていない本は結局記憶にも残りにくいという欠点をもつ。なかなか接遇関係で300ページも紙はとれないかもしれないが、もう少し一般常識的な理由付けの接遇の本があってもよい。目下のところリッツカールトン方式の理由付けは、畑違いの自分にも非常にすんなり飲み込める内容になっている。

2012年5月13日日曜日

行儀作法の教科書(岩波書店)

著者:横山験也 出版社:岩波書店 発行年:2010年 本体価格:780円
 ビジネスマナーというよりも歴史的な資料もまじえて日本の礼儀作法について解説した本。参考文献にはチア小2年の「文部省制定 小学校作法教授要領」や明治44年の「文部省調査 師範学校 中学校作法教授要領」などが列挙されており、かつての学校で教授されていた内容を現代風に取捨選択してクイズ形式で解説が加えられている。座っているときには左手を右手の上に置くなどちょっと細かい部分まで記述されているが、逆に昔は作法としてそこまで教えていたのかという歴史的な興味は深い。写真の多くもかつての文部省作成の歴史的な教科書がメインになっており、それも面白い。
 ただこれが今すぐビジネスパーソンに活用できるかどうかというと実学的な面は疑問。逆にホスピタリティなど今ならではの「概念」のほうがずっと使えるという面はあるだろうし。同工異曲のマナーの本が多いなかではかなり珍しい部類の新書である。

高橋是清と井上準之助(文藝春秋)

著者:鈴木隆 出版社:文藝春秋 発行年:2012年 本体価格:830円
 金解禁を断行し、緊縮財政を推し進めた井上準之助とその後赤字国債を発行し金輸出再禁止と財政拡大政策を推し進めた高橋是清。いずれもテロで命を落としているが、その人生を対比させ現在のインフレ政策とデフレ政策についても言及した本。金本位制という今では実施されていない通貨管理制度のためちょっと読みにくい部分はあるが、金輸出解禁政策は金本制度に復帰してデフレ政策を推し進め、物価の下落を利用した貿易収支の拡大をめざした政策、金輸出再禁止は金本制度から離脱し通貨供給量を拡大し財政支出も拡大していこうという政策と位置づけてよいだろう。ほとんど学歴をもたない高橋是清と一高から東大、日本銀行というエリートコースを歩んだ2人の政治家だが、存外協力すべきところは協力しつつ、大蔵大臣や日本銀行総裁をつとめたいた様子。やや井上準之助のデフレ緊縮がやりすぎといったところと高橋是清はインフレ政策ではあっても陸軍の拡大戦略には批判的だったところがいずれも軍部の怒りを招いたようだ。昭和の初期から2.26事件とその後数年の歴史をかいまみるのにはちょうどいい新書で、より詳しい情報は巻末の参考文献を見れるようになっている。日本の財政赤字が1000兆円にもうすぐ達しようとしているが、このまま財政赤字が膨らんでいくとインフレーションの下地ができあがり、一度ハイパーインフレになったらとんでもないことにもなりかねない状況。未だに公共支出論者やマネーストックの緩和論が根強いが、歴史はインフレの怖さも教えてくれている。
 ケインズの乗数効果という概念がおそらくこれまでの財政にはあったのだと思う。が、昨今は財政支出をしても必ずしもその乗数倍の景気拡大には結びついていないという実証研究もある。付加価値のある公共支出ならば問題はないが利用者がほとんどいない第三セクターやらハコモノやらでは、最低限の社会資本インフラにもならないというのが今の実情。経済学のテキストでは想定していない時代にはいったことを痛感する。

「どこでもオフィス」仕事術(ダイヤモンド社)

著者:中谷健一 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2010年 本体価格:1429円
 モバイルパソコンを利用した仕事はすでに個人的には導入している。会議などはテキストに同時に落として後日編集したほうが効率的だし、「書類」などの赤入れも同じ場所で呻吟するよりも図書館やほかの資料がある場所でもう一度見直したほうが成果があがることもある。すでに最近はやりの「ノマド」方式は利用すれど他の人はどうしているのか…というのをこの本で知ることができる。
 物理的なセキュリティについては、チェーンロック。さらにはこの著者は喫茶店や図書館などをすべてゾーニングしているのが興味深い。あまりそういうことを気にしないでいられるのがノマドの長所ではないかと思っていたが。テキストソフトでTABキーでアウトラインを作成したり、コンビニエンスストアのプリントアウトなどはけっこう参考にはなる。
 こういう仕事術関係では抽象的な話よりも具体的で手続き的な話のほうが参考になりそう。

2012年5月10日木曜日

「聞く」基本の基本(オーエス出版社)

著者:志田唯史 出版社:オーエス出版 発行年:2002年 本体価格:1200円
 ビジネスマナーのうち「聞く」に特化した本で、これは非常に珍しい。「話す」のに特化した本は散見されるが‥。読んでみると以外に面白い。「聞く」はもともと神様など宗教的な意味合いのお告げを聞くという意味の漢字だったほか、「聡明」の「聡」は耳ヘンであることなど、これまで気がつかなかったところまで配慮されている。主にビジネスシーンでの会話がメインだが、もう少しプライベートゾーンの聞き方も加えたほうが良かったかもしれない。四六判175ページで1色にしては値段が高いのも気になる。とはいえ共感能力の重要性や現実の会話ではポイントが拡散していく傾向にあるなど現実的なビジネスマナーが展開されているのはありがたい。

蒲生邸事件(文藝春秋)

著者:宮部みゆき 出版社:文藝春秋 発行年:2000年 本体価格:895円
 大学受験に失敗した主人公が、とあるきっかけで2・26事件の直前にタイムスリップした…。タイムスリップものは苦手だが、この本では平成の時代から2・26事件への「移動」ということで、いきなり緊迫した場面にひきこまれる。すでに昭和恐慌や張作霖爆死事件などは発生しており、陸軍が皇道派と統制派に分かれ、陸軍の予算削減に不満が高まっていた時期・2.26事件をきっかけにして、日本は戦争色を一気に強める。この時代がある種の人によっては「生きやすい」というのは不思議な気もするが、ちゃんとそれには裏付けもあった。
 一応「事件」は起きてその謎解きもされるのだが、それが物語の重要な要素ではないところが面白い。雪はふっているが、それにはあまり関係がない「事件」ではあるし。この昭和の前期は平成の今でも大きな問題点を提起している。デフレがいいのか積極財政がいいのか。軍事費はおさえたほうがいいのか、あるいは仮想敵国がある場合には軍事費は増やしたほうがいいのか。「時はすぎ去る時、その痕跡を残す」(タルコフスキー)という言葉が634ページ小扉裏に印字されているが、なるほど「痕跡」は残されそれが物語になるが歴史の流れは変わらないものらしい。

2012年5月9日水曜日

壊れたおねえさんは好きですか?(文藝春秋)

著者:中村うさぎ 出版社:文藝春秋 発行年:2007年 本体価格:467円
「壊れたおねえさんはすきですか?」と聞かれたら、「好きとか嫌いとか言う前に距離をとっておきたい…」という…。
凡庸であるがゆえに人並みはずれて「浪費癖」があり、さらには整形手術にはまってしまう著者は素直にすごいと思う。しかも「書くために」何かを実践するというような悲惨な感じはかけらもなく、「お金は使いたいから使う」「その結果を書く」と物事の順序がプロのライターなのに真逆というのがまたすごい。ウェブで著者の名前を検索してみたら整形手術を録画している動画まででてきた…。で、人並みはずれて「壊れ」ている著者は、当然のことながら人並みの視点とは違う角度で物事を考察してくれる。チマチマ貯金してそこそこ長期的な視野で生きている私にはまるで見当がつかないほど「オヤジとは堕落した父性である」といったものすごい言葉がさらっとでてくる。これぞまさしく読書の醍醐味を最大限に味わえるというわけだ。
 この本では連合赤軍事件について取り上げ、「永田洋子の絶望」について分析してくれている。平成の「壊れ」た女性と高度経済成長期の新左翼の女性とが奇妙にシンクロしてくる絶妙な文章がでてくるので、それは必読だろう。

2012年5月8日火曜日

会社のなかの人間関係(日本生産性本部)

著者:内田政志 出版社:日本生産性本部 発行年:1990年 本体価格777円
 1990年に出版されて入手したのがなんと7刷。内容の改訂は必要なさそうなので、かなり利益率が高くて長い書籍だ。イラストは掲載されてはいるが、イラ
ストに頼らないビジネスマナーの本で著者の主観がかなり色濃くでている。それが息が長い理由かもしれない。「ワースト1は自己中心的な人間だ」など刺激
的なタイトルのあとに箇条書きなどで理由づけをしていく構成だがビジネスマナーの書籍は「理由づけ」がもっとも重要な要素で2色とか4色とか色刷りにあまり安易に頼らないほうが読みやすいかもしれない。そもそも内容に納得できない場合、いくら立派な内容でも頭に入る読者はむしろ少数にとどまるだろう。
他人を利用しないようにするとかある程度損をかぶるなど非常にわかりやすいテーマ設定も魅力か。

2012年5月7日月曜日

大地の子 第1巻~第4巻(文藝春秋)

著者:山崎豊子 出版社:文藝春秋 発行年:1994年 本体価格:581円
 上川隆也主演のテレビ番組は一度も見ていないし、タイトルだけはなんども見ていたがズルズルと読むのを先延ばしにしていた。で、第1巻を書店で立ち読みし始めてみたらこれが案外面白い。文化大革命の「吊るし上げ」の場面から始まるのだが、屁理屈・足上げ取りと残忍な処罰はポル・ポト派も戦前の某革新政党にも共通する場面。「労働改造所」の湿った描写も今時の20代には想像がつきにくいかもしれないが、ソビエト連邦時代のソルジェニーツィンなど読んだことがある人には、すんなり入り込める世界。とかく闘争や対立を好む人の周囲には陰惨な空気が漂うが、「大地の子」の文化大革命終了まではほとんど陰気な雰囲気が全体をおおている。さらに加えて満州開拓団の家族をソビエト連邦国境付近に置き去りにし、戦後補償も不十分だった在中孤児の問題や、日中国交回復前の日本人孤児に対する差別などがからみあい、生きる苦しさが文章の間からほとばしる。
 今の平成の時代が平成大不況で希望がないとする見方もあるが、第二次世界大戦中や1955年までの戦後、さらには1970年代のオイルショックなど、これまで好景気と希望にあふれた時代はきわめてわずか。バブル景気とはいっても実際には1985年から1990年前後までが能天気な時代でそれ以降は悲惨な時代だったといえる。そのなかでいかに「希望」を持てるか、あるいは人生を投げ出すのかは、それぞれ個人の資質による。ラスト間際に「大地の子」というタイトルを主人公がつぶやくが、その瞬間こそ種々の時代の不幸のなかで「時代」の波にのまれずアイデンティティを確立した強さとしぶとさがうかがい知れる。

2012年5月6日日曜日

その「敬語・マナー」は間違いです(こう書房)

著者:久保田正伸 出版社:こう書房 発行年:2003年 本体価格:1200円
 ビジネスマナーの本は法令や客観的事情の変更の影響を受けないので意外に1回作ってしまうと長く緩やかな売上が計上できていいのかもしれない。死筋在庫は文字通り資金の回収のあてがない在庫だが、販売可能性がある在庫は単なる売上の分散計上になる。
 元茨木県の高校の先生によるビジネスマナーの本で、四六判1色200ページ。縦書き二段組で非常に読みやすい。「カラのコーヒーミルクを出してしまった」などビジネスマナー上の失敗が豊富に掲載されているのが独自性で、これはなかなか面白い。面談のときに「言ってはいけない一言」など元高校の先生らしい注意と図解(67ページ)も好感が持てる。
 図解とはいってもビジネスマナーの場合かなりワンパターン化が進んでいて独自性は打ち出しにくいジャンルのようだが、見開き構成でカドマル罫線で囲んでしまうというページレイアウトやちょっと笑えるイラストなど、新しい試みがいくつも見られる。イラストレーターの方の絵がやや「ヘタウマ」系統なのが気になるが、これは好みによるかも。

図解で完璧!ビジネスマナー(グラフ社)

著者:現代ビジネスマナー研究会 出版社:グラフ社 発行年:2008年 本体価格:1200円
 1色新書サイズで192ページ。活字がやや小さいのと脚注がさらに読みにくいのが難点。イラストのなかのネームがさらに小さく、これでは図解とはいっても文章が縦書き中心の非常に読みにくい本という印象がぬぐいされない。内容はそれほどほかの本と異なるわけではないが、やはり1色のイラストは非常によみづらい。156ページで交際費が税金でも「認められている」という微妙な文章があるが、税法上の「損金」ということだと全額損金扱いはされなくなっているのでは…という疑問も。検索は目次でおこなうことになるが、目次の級数も小さいのでリーダビリティが低くなる。
 新書サイズでマナーの本を…というコンセプトはいいと思うし、紙質も悪くない。あとはページの下半分にあいた空白の処理方法に無駄が多いのを注記やイラスト以外でなんとかならなかったものか。たとえば縦書きがどうしても続くのであれば、ここは横に罫線でコラムのほうが読みやすかったのではないか、と思う。表紙が黒と赤と緑の3色に見えるが、色使いももったいない。ここまでくればカバーももっと目立つ4色にすればよかったのに。

知識ゼロからのビジネスマナー入門(幻冬舎)

著者:弘兼憲史 出版社:幻冬舎 発行年:2002年 本体価格:1300円
 ゴールデンウィーク中にビジネスマナー関連の本を10冊読む予定だったが、さすがにだんだんめまいがしてくるようになってきた…。「課長島耕作」のストーリーを一部利用してビジネスマナーを教えるという趣向のこの本。けっしてつまらない本ではない。が、あまりに漫画のコマとチャートにされた図表がいりまじって、かえってわかりにくい本になってしまっている。「あいさつ12の法則」などとテーマ化されているのはいいのだが、現実の世界で「これは12の法則のうち…」と考えている時間はなく、実際には状況に応じて適切に対応するということしか人間にはできない。そしてなぜかワインのテイスティングなどのやり方もまじっているのだが、このご時世、ワインで接待という機会がそれほどあろうはずもなく、またさしてわかりもしないのにテイスティングの作法だけ教わるのもなんだか違和感が…。中身も「島耕作」状態なのが非常に気になる。

2012年5月4日金曜日

帝国のシルクロード(朝日新聞出版)

著者:山内昌之 出版社:朝日新聞出版 発行年:2008年 本体価格:740円
 これまで山内昌之教授があちこちで執筆されてきたエッセイを、シルクロードの東から西にそう形で配列・再構成したもの。かなりの論文やエッセイを読み込んで再編集する必要があり、編集の苦労がしのばれる。切子細工を題材にした「薩摩とエジプト」、篤姫とモールス信号など素人には及びもつかない組み合わせが展開される。
 東洋史が専門とされるが、歴史を通して今をみるというスタンスで中央アジアにも目が向けられる。グルジアやアルメニアといったキリスト教国家ではあるがロシア正教とは折り合いが悪い国々(しかしアルメニアは現在も石油関連そのほかで軍事上も大きな意味をもつ)など西ヨーロッパ中心の論理で物事をみがちな自分にとっても考えさせられる内容が多い。

税務署の復讐(文藝春秋)

著者:中村うさぎ 出版社:文藝春秋 発行年:2011年 本体価格:552円
 昭和前期から昭和30年代の小説家といえば、だいたい酒をのんだくれて喧嘩して借金を積み重ねて…と「火宅の人」だらけのような「偏見」をもっていたが、この本を読んで認識をあらためる。21世紀の平成の時代であっても、借金を積み重ねてむちゃくちゃやる文士がいて、それはやはりこの中村うさぎさんが筆頭。あちこちの出版社から「前借り」して生計をたててる旨は本文のなかにも著述されているが、それってやはり中村うさぎさんの「才能」が担保になっているものと思われる。だって差別をめぐる論考などは「なるほどね」とうなづくしかないほど明晰だ。そして圧巻はやはり渋谷税務署による自宅の差し押さえの様子。「差し押さえ」は債務名義を明らかにする法的手続きで国税徴収法にもとづいておこなわれ、税金がらみは民間の債権に優先する。が、実際にどのように税務署の差し押さえをするのかは、この本を読んで初めて知った。
 遠藤周作の「沈黙」を読んでキリシタンの苦しさに思いをはせ、檀一雄の「火宅の人」を読んで小説家の創作の苦しさを想像…しても自分が江戸時代のキリシタンになることがあろうはずもなく、小説家になれるはずもないが、中村うさぎさんの「自宅の渋谷税務署による差し押さえ」は我が身にも将来ふりかかってこないとはかぎらない事態である。ICレコーダーで記録したという会話の再現やら差し押さえの対象となった物品やら本当にこれは貴重は記録で…。「ネトゲ廃人」と「コスプレ」「性差」にまつわる論考はさらに圧巻…。

牛丼一杯の儲けは9円(幻冬舎)

著者:坂口孝則 出版社:幻冬舎 発行年:2008年 本体価格:720円
 財務諸表などから売上原価率をはじき出し、おおまかな仕入原価などを予測するという内容。市場の関係で今は販売価格をいじることは難しいとされているが、確かに仕入原価や仕入諸掛を削減することは可能。資材購買という部署はここ10数年でその重要性を確かに増している。
 100円ショップは特に販売価格が限定されているが、倒産した会社から仕入れる「倒産便乗」などあまりこれまで知らなかった裏の仕入れルートも紹介されているのが興味深い。商品知識を知り尽くし、商品の流通ルートを知り尽くすという資材購買の常識や、値引交渉のやりとりなどもすぐに役にたつわけではないが、いずれは有用であろうと思われるノウハウがつまっている。
 タイトルが「いかにも」なタイトルなのでそこが誤解を有無かもしれない。サブタイトルに「仕入原価入門」など仕入れや資材購買に関係する本だということをうたっておかないと、最近よくある財務諸表論や管理会計入門の本と勘違いされてしまうかもしれない。会計学の本はけっこう増えてきたので資材購買に関連するこういう本、もう少し増えてもいいかもしれない。

誰にでも選ばれる人の「マナー」マネジメント(マガジンハウス)

著者:正門 律子 出版社:マガジンハウス 発行年:2010年 本体価格:1300円
 名古屋でコンサルタント会社を経営している著者によるビジネスマナー本。自分の仕事に活用するためとはいえ、ビジネスマナーの本を4冊連続して読むとやや疲れもでてくるが…。図版がところどころに挿入されているがいずれもピラミッド型の図版であるところが特徴。経営者相手のビジネスマナー講座ではこうしたピラミッド型で図解したほうが受講生には理解が早いのかもしれない。香水のTPOなど女性向けの内容も多いが、ネクタイやスーツについてもページがさかれており、一応社会人全般向けの内容。やはり、というかマナー関連ではメラビアンの法則はけっこう説得力をもつが、この本でも最初の方にメラビアンの法則をもってきている。後ろでメラビアンの外見で第一印象が決まるというのを紹介するよりも確かに前のほうで紹介してしまったほうが説得力は増すだろう。
 1色四六判で192ページという構成で値段は1300円。やや高いか。しかも最後のほうでシロが4ページあるというのは台割の関係とはいえ、紙ももったいないし情報の伝達も減殺されるのでもったいない。個人的には、立食パーティの食べ方(冷たいもの→温かいもの→炭水化物→デザート)やお寿司の食べ方(ヒラメ・タイなど白身→コハダ・マグロなどの光物や赤身→アナゴなど味の濃いもの)が参考になった。お寿司、確かに最初に味の濃いものから食べると白身の味がまずく感じられるからこの食べ方は合理的だと思う。20代のマナーというよりも30代以上でパーティに参加することもある…といった中堅の人は特に読んでみて損はないかも。

2012年5月2日水曜日

3択100問今日から使えるビジネスマナー(日本能率協会マネジメントセンター)

著者:下条一郎 出版社:日本能率協会マネジメントセンター 発行年:2007年 本体価格:1300円
 業務の関係でビジネスマナー関係の書籍を固め読みしている最中である。どれも同工異曲といった感のあるなか,「3択100問」で構成されているのがこの本。最初から最後まで読み通すのはビジネスマナー関連の書籍だと非常に厳しいが,クイズ形式であればなんとか最後まで読み通せる。奇数ページが問題で偶数ページが解答というのもよくできている。216ページ2色の四六判で価格がやはり割高だが,これ1冊読んでいれば最低限のビジネスマナーについて理解ができるという意味でお買い得か。「遅刻しないように」という常識的な内容から「遅刻した場合,もしくは遅刻しそうなとき」にはどうするべきかといったことまで言及されているのが実務家らしい視点である。欠点はやはり目次以外に「検索機能」がないところ。ビジネス書籍については索引が弱い書籍が多いが,特にビジネスマナーについてはその意味合いが強い。ワンポイントアドバイスで特に個別の場面のマナーについて言及しているところは好感がもてるほか,本文は縦書き構成でコラムは横書き構成という紙面づくりも編集の手が入っている様子がうかがえて良い。

正しいマナー&こんな時どういう事典(高橋書店)


著者:竹内聡美 出版社:高橋書店 発行年:2004年 本体価格:1000
 「事典」というほど厚くはなく,216ページ2色の四六判である。第1章はビジネスシーンのマナー,第2章は日常シーンのマナーとなっており,ビジネスシーンのマナー関連の本が多いなか,公共の場や手紙,親類とのつきあいなどが入っているのが珍しい。「角がたたない苦情のいいかた」や区分所有建物で植物に水をあげたり布団をほしたりといった場面では「マナー」というよりも生活の知恵という感じで役にたつこともあるだろう。
 一般社会で確立しているマナーでは本によって書いてあることが違う‥というようなことはなく,何を取捨選択して限られたスペースに記載するか,さらに「理由づけ」をどこまで深く著述するか‥といったあたりに差異がでてきそうだ。イラストが多いほうが読みやすいが,目次以外に検索しやすい索引などがあればより読みやすくなるジャンルではないだろうか。