2012年12月21日金曜日

MAKERS(NHK出版)

著者:クリス・アンダーソン 出版社:NHK出版 発行年:2012年 本体価格:1900円
 21世紀の製造業はどうなるか?という問いに対して3Dスキャナなどを用いた小規模製造業者がコミュニティの力を活用してアイディアあふれた生産を展開していくというのがクリス・アンダーソンの答えだ。プリンタやパソコンがこれだけ廉価に各家庭に供給されている時代だから、CADや3Dスキャナが各家庭に普及するのもそれほど遠い話ではないのかもしれない。といって大規模生産も著者は否定はしておらず、それぞれ住み分ける形で製造業が進化していくものとも書いている。
 これを出版業にあてはめると…と考えないでもない。もともと2Dのプリンタで出力したものをホットメルトなどで製本していくだけの生産物だ。もし廉価に少部数でも発行できるのであれば3Dスキャナなどがなくても小規模生産がある程度は可能になる。ただそこまでして製本されたコンテンツにこだわる読者がそれほどいるものとは思えず(そのさいにはデザインや紙の質など別の要素が問題になってくるだろう)、CDやウェブ、もしくは電子書籍で流通していくほうがコストは劇的にやすくなる。ここでも「コミュニティ」がキーワードになるが、特殊なジャンルの個別のコミュニティで必要とされる分野の本であれば、CDであってもダウンロードであっても一定の料金で流通するのだろうけれど、コミュニティがない一般の本の場合には、やはり大手のバーチャルモールや大型書店で不特定多数をターゲットにした一定部数以上の発行をせざるをえないのだろう。音楽業界も同じ問題を抱えているが、こちらはライフハウスやファンクラブなどでコミュニティを作り上げていくことができる。では出版社は、というとマニアックなジャンル以外にはそうしたコミュニティを創りだすところまではいっていない気がする。

2012年12月17日月曜日

むしろ暴落しそうな金融商品を買え!(幻冬舎)

著者:吉本佳生 出版社:幻冬舎 発行年:2012年 本体価格:820円
 投資といえば「長期投資・分散投資」とされてきたが、著者はこの本で、長期投資や分散投資の効果が薄れ、商品相場と株式相場の相関係数が強くなってくるなど分散投資効果が薄れてきていることを実証。以前は「仕組み債」について「デリバティブ汚染」(講談社)でいかに投資家にとって仕組み債が不利な金融商品かと証明した著者が、今度はこの本で長期投資・分散投資の有効性そのものを検証。感覚的にも納得できる話で、2008年のリーマンショックなどではあらゆる金融商品が一気に値を下げたことからすると、リスク分散というのは情報化や国際化が進化した現在、難しいのかもしれない。
 オプション取引の仕組みや為替相場の変動リスクなどについても解説されており、これから投資をしようとする人には有用な内容だろう。個人的には某都市銀行の度重なる営業にも負けず外貨建定期預金やらFXやらには1円たりとも投資しなかったが、これからさらに長期円高傾向にある現在、2009年や2010年に1年もの外貨建定期預金に預金した人はどれだけ為替差損をかぶったことやら…。

2012年12月16日日曜日

シェア(NHK出版)

著者:レイチェル・ボッツマン ルー・ロジャース 出版社:NHK出版 発行年:2010年 本体価格:1900円
 ず~っと「積ん読」だけだった本だが、実際に手にとってみると非常に面白く一気読み。すでに家や車はシェア(共有)して利用する世代が増えてきたし、ある意味介護施設などはすでに「建物」「介護サービス」などのシェアとなっている。超高齢社会で、しかも核家族化が進行していくとなると、介護問題などはシェアの発想で乗り切るのが、少なくともコスト面などでは合理的な気がする。
 そしてソーシャルゲームなどでもコミュニティというキーワードが見え隠れしていたが、このシェアという概念もコミュニティと密接な関係をもっているようだ。ホテル代わりに自宅の一部をレンタルするという発想も、一定の利用回数をへれば利用者たちがコミュニティとなっていくのは想像がつく。というよりもフェイスブックも、また勢いが急速に減退しているmixiなどもコミュニティづくりの道具としての利用価値が高かった。環境負荷を軽減して、しかも所有ではなく利用に重点を置くシェアは、今後想像もつかない形で日常生活に浸透していくのかもしれない(すでにこの本の執筆もシェアによって行われているようだ)。ハードウェアのシェアはわりと企業レベルでは機械設備や工場の共有という形でおこなわれているが、ソフトウェアの部分、特にこれまで知的生産に属するとされてきた音楽や文学、学術論文などもシェアによって、さらに独創的なアウトプットが生まれてくるかもしれない。

リ・ポジショニング戦略(翔泳社)

著者:ジャック・トラウト、スティーブ・リブキン 出版社:翔泳社 発行年:2010年 本体価格:1,680円
 ポジショニングという用語はマーケティングではもう当たり前のように用いられているが、消費者の頭に「意識付ける」という意味でポジショニング戦略を提唱したのは、このジャック・トラウトということになるようだ。「ポジショニング戦略」という本も非常に面白かったが、この「リ・ポジショニング戦略」も面白い。業界2位や3位の企業が1位にとってかわるにはどうすればよいか、という読み方もできるし、新規参入をいかに阻止して利益を確保するべきか、という読み方もできる。また企業戦略ではなく、個人が独自性をいかしていかに今後生き残れば良いか、という読み方すらできる。
 潜在顧客の頭のなかのイメージをいかに上書き保存してもらうか、がリ・ポジショニング戦略なので、「この大事業は、やはり大事業向きのA君だな」というイメージが既定路線だとすると、リ・ポジショニング戦略で「いやいやB君の登用もありうるな」というイメージの上書き保存への変更も可能、ということになる。まあ「本来の位置に回帰する」(=無理しないで自分の本来の特徴をアピールする)というのが一番無難だが、それだけではやはり今後は生き残れないかもしれない。いみじくも著者は「進化が重要」という指摘もしている(58ページ)。これは個人レベルでいえばスキルアップなどに相当するだろう。ポジショニングを小刻みに上書きしていくのは、企業レベルでも個人レベルでも非常に難しい技のようだ。
 既存の商品に新しい用途をみつける、や「人の心はかえづらい」といった解説は,リ・ポジショニングの難しさを物語る。ただ、イメージを上書き保存することが「可能」だし、「必要」というのは、いたずらに諦めるよりもずっと前向きの発想ではあるまいか。なんだか世の中企業も個人も元気がでない世相だけれど、少なくとも対策は可能で後はその対策の方向性の問題だとすれば、この本、マーケティングの本のみならずさらにほかの読み方もできそうである。

2012年12月12日水曜日

人間仮免中(イースト・プレス)

著者:卯月妙子 出版社:イースト・プレス 発行年:2012年 本体価格:1300円
 1971年生まれ。最初の夫は飛び降り自殺し、自らも統合失調症を患い、歩道橋から飛び降りてしまう。「あとがき」には、かなり多数の編集者に賛辞が述べられているが、ここまで完成させるまでの関係者の苦労は並大抵のものではなかったはずだ。だが、自らの幻覚や幻聴までも作品に書き込み、さらには自分自身の服薬状況や「墜落」からの詳細な回復のプロセスまでを細密に描写した歴史的作品がここに完成している。定価1,300円でいいのかしら、と思うぐらいの名作だ。
 「絵」そのものは正直うまくない。ただその「下手さ加減」が、かえって迫真さを増している。「パチンパチン」「プシュー」「じょきっ」と手書きで書かれたネームがまた怖く、リアルだ。ありきたりのオノマトペなのに、なぜにここまで怖いのか。現実と幻覚の境目がわからなくなっている著者と読者である自分自身が妙にかぶさってくるところが、「物語」にひきこまれそうになって、怖くなるのではなかろうか。なにせこの漫画は現在進行中の「物語」で、明日にはまた予想もつかない展開が待ち構えているのかもしれないのだから。ひたすら暗く、しかも激烈なエピソードが連続するなかで、ふと目頭があつ~くなる瞬間が、小さな文字で縦書きに組まれた「ありがとう」という文字。なんでだろう。ひたすら陰惨な話なのに、前向きな気持ちになれる。

2012年12月2日日曜日

映画道楽(角川書店)

著者:鈴木敏夫 出版社:角川書店 発行年:2012年 本体価格:514円
 スタジオ・ジブリの鈴木プロデューサーによる映画評論。片岡千恵蔵や市川雷蔵などの個人的な「映画体験記」と第2部映画製作編、第3部映画宣伝編、第4部映画企画編に分かれる。
 意外に映画製作にまつわるあれこれが面白く、手書きで書かれた工程表などが、読んでいる自分にとっても参考になることが多い。複数の人間が集まって一定の日時までに一つの作品にしていくわけだから、どうしても日程は不足していくと思われる。がそれをシンプルに手書きでまとめてしまうあたりが、今のディジタルな時代とは違う重みを感じる(ディジタル時代だとPERT図に相当するものになるのだろう)。
 企業とのタイアップ秘話なども公開されており、これも各企業の広告宣伝部との駆け引きがすさまじい。作品によってはタイアップの「タ」の字もでてこない場合もあるが、こうした「引き」の強さもスタジオ・ジブリというブランドによるものか。ヒーローと「強い」「弱い」の2つの特性で分類して、あえて「弱いヒーローが必要なのでは」と提言するあたりがやはり時代の先をみすえるプロデューサー独特の視点か。
 「格差社会」で「弱い」っていうとやはり、「フリーター」や「ニート」っていうことになるが、まあたとえていえば「炎のフリーター」とか「沈黙のニート」みたいなタイトルで、国際的陰謀組織の謀略を骨抜きにしてくというような映画になるのかもしれないが、そういう映画って「画面」で演出するのは難しそう。拳銃やらミサイルやらアクションやらに頼らない映画が大多数に支持されるっていうのはやはり今の時代スタジオ・ジブリに期待するしかないのかもしれない。

絞首刑(講談社)

著者:青木理 出版社:講談社 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:648円(文庫本)
 元共同通信記者による死刑囚へのインタビューと事件の総括ルポ。いわゆる「木曽川・長良川連続リンチ殺人事件」を軸にして、「栃木・今市四人殺傷事件」「愛知・半田保険金殺人事件」「埼玉・熊谷拉致殺傷事件」「福岡・飯塚女児殺害事件」の合計5つの事件と犯人を取り扱う。301ページには死刑を控えた囚人の写真も掲載されており、この写真をめぐっての著者と法務省の対立も最終章に収録されている。
 死刑に反対でもなく賛成でもないという著者のスタンスは形式的にはわかるが、読んでいくと特定の死刑囚への思い入れが特に際立ってくる。違和感を覚えるほどの思い入れが、逆にこの本の「特徴」かもしれない。重たいテーマで、しかも日本とアメリカの一部の州に特有の問題ではあるが、インタビューをすることができない「被害者」の視線というのもページの向こう側から見えてくる。リンチで殺害された被害者という立場も考慮すると、「貧しいから「虐待されていたから」「改心したから」という理由での免責は難しい。書籍のうえでの刑罰理論ではなく、絞首刑に用いられるロープの描写や死刑囚の描写というのがこの日本では少なすぎるという点では意味があるルポだ。ただし相当数の読者が「違和感」や「反発」を覚えることは間違いなく、筆者の主観が色濃くでている点では異色すぎるルポだ。
 死刑をめぐる情報開示や議論の透明性もこの本の問題提起だが、法務省や刑務所の内部規定に違反した撮影で、逆にその言い分は通りにくくなったのではないかという疑問もある。著者の言い分もわかるが実際に刑務所の内部統治をしている側にもそれなりの内部秩序の維持という義務があり、また法的に部分社会の法理が認められている以上、死刑囚の写真撮影がまるで肯定されるとは正直思えない。とはいえ、なにからなにまで「お上」の言い分を聞いているばかりでは、ジャーナリズムが死んでしまう。ある意味ではこの癖のあるルポは、著者なりのある死刑囚に捧げた「思い」の現れか。
 

2012年11月28日水曜日

七つの会議(日本経済新聞出版社)

著者:池井戸潤 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2012年 本体価格:1,500円
 大手電機メーカーの子会社「東京建電」の定例会議は毎週木曜日の午後2時に始まる。やりての営業部長「北川」のもと、営業一課の坂戸信彦課長38歳は華々しい成果をあげていた。しかしある日突然、その部下の八角民夫50歳係長が上司をパワハラ委員会に提訴する…。
 いかにも「「ありそうな人物設定」と「自分でもこの状況になれば」と思わせる迫真の状況設定が1ページ目から最後まで一気に読ませる。とはいえ、途中で我が身も日本企業に勤務する者ながら、「日本の会社だとこうかもしれないが海外では違うのでは‥」という思いもする。
 日本の会社は外部環境に対して強い攻殻をもっていて、さながらカプセルのようだ、という論評を昔どこかで読んだ記憶がある。確かにそういう一面はあれど、この本の舞台となるような大手電機メーカーの中堅子会社という位置づけだと、「子会社だけのカプセルか」「親会社を含む企業グループ全体をカプセルとみるか」「自分の部署だけをカプセルとみるか」というように立場によって「壁」のつくり方が違ってくるようだ(現実もおそらくそうだろう)。で、おそらくこれは、「カプセル」=「胎児にとっての子宮」のようなものではなかろうか、とも感じる。
 「内へ内へ」「内部論理で」という意識は、子供にとっては胎内回帰に相当するもので、「内では」「ここでは」という意識が強い社会は、ある意味では胎内回帰願望が強い社会といえる。この本の登場人物のうち、まず最初にそうした「壁」を打ち破ってしまうのがある女性なのだが、これ、男性の幼児性を揶揄したエピソードのようにも思えた。そして、殻を破っていくもう一人の「英雄」(アレクサンダー大王やナポレオンのように国境やらなんやらをどんどん超えていってしまうような人物)には、意外な登場人物が割り振られる。このへんのキャラクターの割り振りのうまさがこの著者の巧さといえようか。
 後味は非常によい。が、じわじわと「じゃあ、自分だったらどうする」という明確な答えがでてきにくい構図の小説に。今爆発的に売れている理由もわかる。

2012年11月24日土曜日

Study Hacks(講談社)

著者:小山龍介 出版社:講談社 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:733円(文庫本)
 単行本で発行されたときに一度読み、そして文庫本で再読。「ちょっとした工夫」を積み重ねて独自の世界を構築してしまう著者の手腕と感性は見事。「真似してみるか?」といわれると、ちょっと個人的には合わない部分も多かれど、専門誌を定期購読して図を入手するとかevernoteに自分専用の辞書を作成するなどの方法はけっこう使えるかもしれない。
 スキルを増やしたり、あるいは付け加えたりして、たとえば労働市場で新しい価値評価を作り出してくというのは大事なこと。人によってはそれが資格取得だったり海外への留学だったりするが、一番の基礎・基本はやはり「勉強」ということ。その「勉強」の効率性を少しでもましていきたいのであれば、正攻法による勉強以外に、本書のようなハックを活用したやり方も「あり」だろう。どちらにせよ労働市場の「競争原理」はますます厳しくなり、(公務員以外は)スキルアップをはかっていないと、突然首切りにあう時代にもうなってしまった。目標があって、そこに向けた努力を展開していくのであれば、この本の内容にあるような工夫と改善を積み重ねていくことも必要になるのだろう。
 ただ、なんとなく「ハックマニア」みたいな人も増えてきている印象もある。工夫や改善のツールにはやたらに詳しいが肝心の法律やら会計学の知識などについてはお粗末なまま…では本末転倒に。ハックにもこだわりすぎないほうが良さそうな印象。

2012年11月23日金曜日

アド・アストラ Ⅲ(講談社)

著者:カガノミハチ 出版社:講談社 発行年:2012年 本体価格:600円
 ポエニ戦争の英雄といえば、やはりカルタゴのハンニバルとローマのスキピオ。ただその影に隠れてはいるが、「フェビアン戦略」や「フェビアン社会主義」といった言葉に名を残すローマの独裁官ファビウスがこの3巻で登場。歴史的にはナポレオンを壊滅させたロシアのクトゥーゾフ将軍やナチス帝国のスターリングラード侵攻など、「持久戦」はとりうる戦略のなかで、それほど悪い一手ではない(消耗戦にもなるが…)
 ローマの南方カプアにまでせまったカルタゴに対していかなる戦略をとるべきなのか、そのローマの「葛藤」と軍事の天才ハンニバルの飄々としたキャラクターが良い。実際のところ、天才とそれを封じ込めようとするローマの武将のかけひきは、これに近い雰囲気ではなかったか。
 いまだハンニバルは負け知らずの時代で、ローマ帝国はスキピオ・アフリカヌスの登場を待つ焦燥の時代が描かれる。

2012年11月20日火曜日

もうダマされないための経済学講義(光文社)

著者:若田部昌澄 出版社:光文社 発行年:2012年 本体価格:820円
 う~ん…内容はピカ一に面白い。が、タイトルがあまりにも「昭和」過ぎる…。ミクロ経済学(最近は主流派経済学としてミクロとマクロを総称するみたいだが)を知らない読者でもインセンティブの話から市場の効用、通貨政策や中央銀行の役割まで学習できる。トレードオフとインセンティブの関係などもイメージを構築しながら読めるので、グラフや数式に依存せずに感覚的に読み進められるように配慮してあるところが心憎い。ただなあ。やはり内容がある程度「硬い」とタイトルを柔らかくしなければならないという理由はあるにせよ、消費者教育の本とかではないので、もう少しタイトルに工夫があっても…。
 一時期、「タイトルに数字が入っていると売れる」という「神話」がはやっていたのだが、そして実際に売れている新書やビジネス書籍に数字が記載されているケースはあっただのが、これ、因果関係がどうにも怪しい。たまたま売れるような内容の本に数字を冠したタイトルが多かった…という理屈も成り立つ。同じように「柔らかいタイトルでないと読者が購入しませんから」という編集サイドの理屈が先にたって、せっかく21世紀仕様の好著であっても、ダサダサの「昭和枯れすすき」的タイトルをつけられてしまうということは、十分ありうるのかも…。ま、最近はタイトルや装丁に文句をいう著者は減少しているし、内容に自信があれば編集サイドや営業サイドの言い分については大人の対応の大学の先生が「主流派」だから、ということもあるかもしれない。
 アダム・スミスやマルクスなど経済史的なコンテンツも含んでいるので、経済学部の学生や経済学部以外の卒業生の社会人には特に面白い内容になるかも。

オスマン帝国(講談社)

著者:鈴木 薫 出版社:講談社 発行年:1992年 本体価格:740円
 入れ替わりの激しい新書の世界で1992年に初版発行のこの本はいまだに新刊書店の新書の棚の一角を占める。
 イスラム法の体系を調べる目的で購入したのだが当初の目的とは裏腹に全部読み通してしまう。英米法や大陸法の体系を日本の法律は受けているが、イスラム教信者の絶対数が少ないのに比例して、文化的にも法制度としてもイスラム法の影響など皆無に等しい。たまに携帯電話を盗んだ犯罪者が両手を切断されたなどの報道に「ひゃあ」と驚くだけだが、日常生活と宗教生活をまったく分離しないイスラム国家では、犯罪=神への背信行為となるわけだから、表向きの残虐さはともかくも、理屈としては立派に通っている。
 アラブ地域やイスタンブール周辺の地域は民族も入り混じり、商人もいれば武士もいるので、法律の体系を早く構築する必要があった。もともと「シャリーア」とよばれる宗教的道徳の体系があってそれが法律の体系になるわけだから、お仕着せの官僚主義的な法治というよりも、宗教と一体化した生活感覚のある法律となる。そしてこの本ではそのイスラムの法律体系を維持し、法律問題を処理するイスラム法官(カーディー)とオスマントルコにおけるイスラム法官の整備に、新書にしては珍しくページが割かれている。「体系」とはいってもこうなると文化や生活と表裏一体だから、たとえば日本では六法全書とキヨスクでの買い物はダイレクトにはリンクしていないが、イスラムでは直接的にリンクしていることになる。あ、ここまでくるともう英米法や大陸法みたいに何らかの近代意識みたいなもので統一的に把握することはできず、コーランからず~と肌に染み入るようにイスラム文化を理解していかないと、もうイスラム法の体系なんて理解が難しい…ということが理解できる(理解しようとしても理解するまでには何段階かふまえていかねばならない、ということを理解させてくれる新書である)。で、通史的なオスマン・トルコの歴史的事件なども解説してくれているわけで、やはり価格と比してもコストパフォーマンスはやはり高い名著。イラストや地図が豊富に掲載されているので、日本の景気がもう少し良ければ4色で同じ内容をぜひ読みたいもの。

2012年11月18日日曜日

迷って選んだ答えは必ず間違い(竹書房)

著者:西原理恵子 山崎一夫 出版社:竹書房 発行年:2012年 本体価格:952円
 高須クリニック院長との交際が報道された西原さん。亡くなられた鴨さんのご結婚のときもびっくりしたが、収入から性格からご面相から真逆の、しかもなんというかかなり癖のある男性を選ばれるあたりはさすが。一部、「お金目当てじゃん」という声もウェブにあったが、前夫はかなりど底辺の貧乏な戦場カメラマンでしかもアルコール中毒だった方。いずれも中年高年カップルということで個人的にはかなり好感度が高い…。
 で、久方ぶりの「銀玉親方」こと山崎一夫さんとの共著。「ピンチはチャンス」などいろいろな箴言に満ちたなぞのこの本は、自分自身の人生の書ともなりうる可能性が…。まあ、迷う時点でどっち選んでも後悔するわけで、だったらもはや「悩まない」というのがベスト・アンサーなのかも。
 なんだろうなあ、この清々しいほどの博打とお酒に対する「あっけらかん」としたおふたりの著者。いろいろ人間の嫌な面も多々みてきたはずだが、そこを乗り切ってこそのこの「捨て身」の笑いとみた。勢いは「麻雀放浪記」のころとかわらない中高年路線を書籍のほうでも継続中。

2012年11月15日木曜日

ここがおかしい日本の社会保障(文藝春秋)

著者:山田昌弘 出版社:文藝春秋 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:533円
 今日も大卒初任給の額面が20万円以下というニュースが報道されていた。物価が下落しているので実質賃金(貨幣でどれだけの商品やサービスを買えるか)はさほど下がってはいないはずだが、ただでさえも落ち込み気味の民間消費をさらに冷え込ませるのに十分なニュース。すでに20代、30代の貯蓄志向は一定程度統計にもでているということだが、おそらく日本銀行がなんらかの手をうたないかぎり、下手な消費よりも貯蓄で将来に備えるという家計は増加していくだろう。
 この本では最低賃金法や生活保護といったセーフティネットの前提が正社員で夫婦のうち片方が育児や家事に専念しているというモデルを想定しており、現状の労働提供の多様化には即していないことを指摘。そのうえで、著者なりのモデルを提案する。
 規制緩和と市場主義がセットで導入され、その一方でセーフティネットは整備する…ということだったが、現在は規制緩和もまだ中途半端でセーフティネットは「元」正社員に有利。労働市場の市場原理だけは急速に進展中という状況にある。2chなどでも「生活保護」(ナマポ)がもらえるのであれば働くよりマシという声が多く(で、実際に中途半端に貯金したり働くよりも生活保護を受給したまま働かない方が経済合理性にかなうという現実に)、このままでは本当に生活が苦しい家計のセーフティネットは機能せず、生活保護が既得権みたいになっているおかしい現実がうまれている。
 著者は給付金システムの新しい形を提案し、「学者の空理空論」と「自己批判」されているのだが、こういう逼塞状況になると、むしろダイナミックな「国家的モデル」のほうが救いが持てる。その意味では、まだ制度設計を新しく組み替えれば社会保障制度が健全に働く余地があることがわかる。
 ただしその過程でうまれる社会的コストもすさまじく、まずは税率はどの所得層も飛躍的に負担がます。さらに旧制度設計から新制度設計に移行するさいの人件費や資金の利子率、システム構築コストなども莫大なものになる。それをふまえてでもミニマム・インカムの制度にもっていくのか、あるいは中央銀行によるデフレ不況の改善を先行して、ある程度落ち着いてからセーフティネットを模索するのかといった議論は当然ありうるだろう(不況のときの大改革は必ずしも景気浮揚策につながるわけではない。好況時に大きな社会システムは構築して、不景気に新しい社会システムを運用するという考え方もある)。
 いずれにせよ読者はページをめくるごとに「自分ならこう考える」「この論理にはこうしたメリットとデメリットがある」といった思考を展開させてくれる「力」「素材」がつまっている本で、最低賃金法などのもともと期待されていた機能など社会保障制度の基本を学ぶにもいい書籍だ。問題提起だけでなく著者独自の解決案が呈示されている点も好感がもてる。

2012年11月14日水曜日

重原佐千子の驚速!電卓速打ちテクニック&トレーニング(インターブックス)

著者:重原佐千子 出版社:インターブックス 発行年:2010年 本体価格:1360円
 昔ビッグカメラの書店でカシオの電卓とともに販売されていた本を即購入。その後積ん読だったのを業務の関係で至急読むことに。
 テクニカルな話だけかな、と思いきや姿勢や心構えなど意外に(?)基本的なことを重視。この著者、とてつもない計算能力や数字感覚をもってらっしゃるのはテレビなどで見たことがあるが、そのバックボーンはやはり手先のテクニックではなく、基礎・基本の重視にあったようだ。
 日常生活でわりと使う電卓だが、メモリーキーやGT機能などを適切に用いると、わりと事務処理が効率的にすすむことが多い(メモリー機能を使わずに電卓を使うのはある意味もったいない)。この本にはGT(グランドトータル)の練習問題や使い方などが掲載されているので、原価計算などで変動費率と固定費率を計算したあとに合計比率を算定する場合などにはけっこう使えるテクニックものっている。ただそうしたテクニカルさはあまり著者が好んでいないのは明らかで、「電卓にも礼儀を」という一文のほうが個人的にも心に残る。パソコンの操作と同じで個々の機能はまあ1回記憶してしまえば、なんとかそれなりに使えてそれなりに効果もでる(短期的には)。ただ長期的に「電卓」(であれなんであれ)の操作に習熟しようとするのであれば電卓に対する「礼儀」や丁寧な扱い方みたいなものが大事になるのだろう。この本、なんと裏見返しに「お守り」なども付属。

2012年11月13日火曜日

ダイナー(ポプラ社)

著者:平山夢明 出版社:ププラ社 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:740円(文庫本)
 大藪春彦賞を受賞したバイオレンス作品がなんとポプラ社から発行。昔のポプラ社というと児童文学系の地道な出版社というイメージだったが、数年前から自己啓発の書籍やらタレントの小説やらと話題作を提供。一部やや勇み足はあったとはいえ全体的には21世紀の出版社を担う有望株という印象。
 で、この小説もまあ…悪くはない…とはいえ必ずしも良くもない…がまあ面白い実験作品かな…ということで読後感は悪くはない。過激な描写もまあまああるが、ラストはわりと勇気がでる結末。映画「レオン」などを彷彿とさせる場面描写もあり、可愛げはないが物語に花をそえる犬なども登場してある程度楽しめる。
 ウェブ社会を反映して、主人公「オオバカナコ」は闇サイトで募集していたあるアルバイトに応募。車を運転するだけの簡単なバイトと思いきや、拷問されて殺されそうになった寸前に「会員制のダイナー」とウェウイトレスとして一命を得る。「殺し屋」専門のそのダイナーには「オオバカナコ」がウェイトレスになるまえにすでに8人のウエイトレスが「顧客」によって殺害されていた…。
 ミステリーもそうが、このヴァイオレンス小説も「閉ざされた空間」。「バトルロワイヤル」も「脱出不可能な島」という閉ざされた空間だったが、ある程度密度が濃い世界観を打ち出すには物理的に閉鎖された空間が理想形なのかもしれない。これ、地下にあるコンクリートの壁に覆われたダイナーだから緊張感が濃縮されるが、オープンテラスの「会員制ダイナー」ではここまで濃密なヴァイオレンス描写もできなかっただろう、などと思う。

斎藤孝のざっくり!西洋思想(祥伝社)

著者:斎藤孝 出版社:祥伝社 発行年:2011年 本体価格:1500円
 「ざっくり日本史」「ざっくり世界史」がともに面白く、また歴史の新たな視点を与えてくれたので書店に並べられているのをみて衝動買い。で、後悔なしの良著である。
 西洋思想をソクラテスなどギリシア哲学の「山」、デカルトやカントなど近代合理主義の「山」、そしてニーチェやフーコーなど現代思想に連なる系譜を3つめの「山」として書籍を構成。すでに原稿執筆段階で書籍の世界観が明確になっているので読者も「ここはどこの山の話だっけ」と頭のなかに地図を描きながら西洋史の流れを終える。そして随所に関数fや「理性>身体」といったような数学記号が挿入され、そのたびごとにそれぞれの「山」の違いも認識できる。
 西洋思想がなんの役にたつか…というと日本の社会構成も少なからず西洋思想の影響を受けており、たとえばそれは民法や会社法といった法律の随所にうかがわれる。法律の条文1条目にはたいてい立法趣旨なるものが規定されているが、これ、プラトンのイデア論とか理性への探求(カント)みたいな理想への憧れみたいなものが感じられる。現実はたいてい法律の趣旨には適合しないので、そうしたときにどうするか…というと法律では判例がその指針を示すが、西洋思想ではメルロ=ポンティの身体論みたいなものになってくる。文章で構成される法律が実際に解釈されて運用されるときには生身の人間を考慮しなければならない、なんて2つめの「山」と3つめの「山」の関係に近い。思想だけ趣味的にかじっているとどうしても全体像がつかみにくくなってくるが、会計学でも法律でもおそらく西洋思想に日本文化をミックスされた形で現在の規定は作成されているので、「なんかうまく運用がいかない」といったときにはその源に立ち返って考えるのが、おそらく一番の近道になる。
 主観的産物である複式簿記の世界なんて、まさに関係性の世界だから、ひょっとするとソシュールとかレヴィ=ストロースの世界のほうが、ルカ=パチオリの技術的な書籍よりも、ずっと思想的には近いものになるかもしれない。

2012年11月12日月曜日

64(文藝春秋)

著者:横山秀夫 出版社:文藝春秋 発行年:2012年 本体価格:1900円
 平成64年。わずか7日間だけ続いたこの年にD県警をおそった史上最悪の幼女誘拐殺人事件。その未解決事件はD県警関係者にも重荷となり通称「ロクヨン」と称された。そして平成14年、警察庁長官がD県に視察予定。広報官三上はその対策に追われることになる…。
 新聞社の若手は一部の経済専門紙を除いて全国の支局に勤務し、警察周りから修行を始める。一部の例外というのは日本経済新聞で、この新聞社の若手はいきなり検察庁担当や経済部などに所属するが、NHKなども含めて警察周りが原則だ。それだけ将来につながるいろいろなスキルを学べる場所ということだろう。20代の若手新聞記者と刑事部から広報官になったこの主人公「三上」。そして警務関係を司る警務部長や県警本部長といった警察庁のキャリア組。必ずしも広いともいえない建物のなかに、出自が異なるノンキャリア刑事部上がりの広報官とキャリア組、ジャーナリスト。それに警務警察(公安警察)と刑事警察の軋轢なども関わってくるから、話はむちゃくちゃ盛り上がる。「踊る大捜査線」でも描かれていたが、自治体警察で警察庁にモノが言えるのは東京の警視庁ぐらいで、ほかの県警ではたてつくこと自体ありえないはず。ただし隠微なかたちで「争い」はあるから、そこに未解決誘拐事件がからんでくるともう一度ページをめくるととまらない。648ページの大部だが、本当に一気読み。広報部(あるいは広報室)が警務関係に属するとかそうしたエピソードも面白い。開けた空間でのミステリーというのもないではないが、息詰まるミステリー展開の醍醐味はやはり閉ざされた空間にこそあるのではないか。そしてその閉ざされた空間が外部に窓を開いた瞬間こそが「物語」の終わりとなる。まさしく物語のラストにふさわしい終わり方で最初から最後まで完成度の高い緊迫した雰囲気がゆるがないのがすばらしい。

2012年11月7日水曜日

遺品整理屋は見た!(扶桑社)

著者:吉田太一 出版社:扶桑社 発行年:2009年 本体価格:619円
 購入したのは2011年9月20日の3刷。栄枯盛衰の激しい文庫本ではロングセラーの領域に入る。それだけ「死」ということに対して敏感にならざるをえない時代なのかもしれない。単行本段階では「孤独死」という表記だったが、テリー伊藤さんらの「孤独死は悪いことなのか」という疑問を受けて文庫本段階では「孤立死」という表記に改めてあるそうだ。孤立死の場合、遺品の引き取り手がないほか、死亡時から数日、場合によっては数ヶ月経過してから発見されることがある。そうした場合の清掃や遺品整理をおこなうのが著者の仕事で、場合によっては自殺現場や殺人現場などの清掃もおこなわなければならない。描写がとにかく生々しく、こういう描写はやはり現場をふまえた人でなければ書けないだろう。
 高齢社会になって、しかも地方では過疎化、都市部では個人主義が発達すると、おそらくこうした孤立死の事例は増加していくと予想される。著者は遺品整理のビジネスをおこないつつ、孤立死の減少にも取り組んでいるが、自分が死んだあとの「遺品」で自分の人格や人生が推し量れるのだとしたら、いったいあとに何が残せるのか…を考えさせられる。理想としては書籍とパソコンと携帯端末のみ残して、それも全部火葬にしてもらうのがベストだが、それだけでは社会に対してなんだか申し訳もたたないし…。新聞の死亡欄に掲載されるような人は孤立死ではないが、おそらく一年に何万人もの人が孤立死をしている。読み終わったあと峻厳とする文庫本である。

2012年10月29日月曜日

ハッカーの手口(PHP研究所)

著者:岡嶋裕史 出版社:PHP研究所 発行年:2012年 本体価格:760円
 IPアドレスのみを証拠とした操作で無実の人が逮捕・拘留、さらには検察庁から起訴された方もいらっしゃる。IPアドレスは基本的に個別的なネットワーク上の「住所」だが、随分前からプロキシサーバを利用したIPアドレスの取得はできるようになっていたし、IPアドレスそのものでは必ずしも「真犯人」とは断定できない状況は昔から変わっていない。ただ今回の事件の報道によれば2秒で300文字の文章とネームなどを「書き込んだ」ことが確認されており、コメント欄だけならばコピペで書き込めるとしてもそのほかの項目まで埋めてしまうのは物理的に無理。今後「いたずら」目的の掲示板への書き込みも継続して発生するだろうから、IPアドレスに加えて客観的な状況も固めた上での捜査・起訴をのぞみたい。科学技術は進歩するし、知能犯も増えていくが、だからといって科学技術に遅れをとるわけにもいかない。ここは情報通信技術に詳しい専門家をさらにサイバーパトロールに投入していくべき時期なのだろう。
 で、この本はスキャベジングやショルダーハッキングという古典的な、しかしかなり確実性の高いハッキングからパスワード攻撃、誘導攻撃、盗聴攻撃、ボット攻撃、次世代攻撃と現状で考えられる6つのハッキングについて紹介。そして著者自身も認めているようにハッカーの技術水準は相当に高くやはり怖い存在であることがジワジワ感じ取れる内容になっている。優秀なクラッカーは1000万台のボット(操作できるパソコン)をもっているというが、日本だけでみれば13人に1人のパソコンがなんらかのボットに浸食されている可能性がある(実際はそれほどの比率ではないかもしれないが日本の人口を1億3千万人として、ハッカーが日本国内のパソコンのみを標的としたと仮定して)。セキュリティソフトなどはしっかりしておいてアナログなハッキングにも注意しよう…としたうえで、やはり本当に重要な情報というのは、もしかすると手書きのメモで貸金庫というのが一番安全な時代になったのかもしれないというのを実感。

2012年10月28日日曜日

ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか(PHP研究所)

著者:中山淳雄 出版社:PHP研究所 発行年:2012年 本体価格:820円
 コンテンツビジネスについて調査中ということで、この本を読んでみた。mixiやグリーといったあたりで展開されているネットワーク系のゲームをソーシャルゲームと一般にいう。正直、ゲーム素材の部品はそれほどたいしたことはないのだが、特有のハードウェアに依存せず、しかも社交の場になるということで人気がでる。人気がでれば広告宣伝効果も大きくなる…。課金アイテムの購入も収益源になるが、わざわざそうしたアイテムを購入するのも「社交」の一部だと著者は分析する。
 統計が新書なのに明示されているほか、各章に「まとめ」が付属。さらに図版も多いので非常に読みやすい。著者の「イイタイコト」がわりと明確に伝わってくるというのは、やはり著者が経営コンサルタントということも影響しているか。消費活動の変化などもこの本でうっすらとみえてくる部分があり、自動車をあまり若い世代が消費・購入せず、無形の「商品」に消費が振り向けられている理由もみえてくる。「社交」「人間関係」の拡大という意味合いでいえば、「自動車」「麻雀」という昭和の商品は、あまり役にたたないのだ。内容が充実しているだけに新書ではなく、単行本の厚いページでもっと著者の持論を読みたい気がする。

2012年10月16日火曜日

時代の先を読む経済学(PHP研究所)

著者:伊藤元重 出版社:PHP研究所 発行年:2011年 本体価格:820円
 国際経済学者にして流通業界や食品、農業問題にも詳しい伊藤元重氏の著書。1テーマでマクロ経済や流通機構、農業問題などについて解説を加えていく方式だが、(おそらく)、新書ということもあっていろいろ複雑な外部経済的な問題についてはざっくり捨象。それが論点を逆に浮き彫りにしてくれる。消費税増税についても若い世代はあまり反対はいなかったというが、今の年金制度ではかなりの負担が若い世代にほど重くのしかかる。消費税を福祉目的の特定財源にするかしないかは別問題としても、消費税増税で消費意欲がいまだ活発な高齢者にも一定の負担がかかるという意味では、消費税増税にもそれなりの意義はある。
 今の不況が終わっても、少子高齢問題はそのままざっくり残るため、医療介護の財源をどう手当していくのかは大きな問題だ(法人税を軽減して投資意欲を高めて、消費税で広く薄く負担するという意味合いは私も一定程度の理解はできる)。全体を通してみるとやはり市場主義に一定程度医療分野も介護分野も、そして貿易も委ねていくという発想が根強い本だが、高度経済成長期のように公的部門が規制と補助金でがんじがらめにしばっておくには、どの業界が抱える問題も範囲が広くなりすぎた。いろいろ一進一退はあれど、規制緩和と市場主義社会に向かっていかざるをえない時代に突入したようだ。

2012年10月15日月曜日

編集ガール!(祥伝社)

著者:五十嵐貴久 出版社:祥伝社 発行年:2012年 本体価格:1600円
 あまり文藝モノには強くないというイメージの祥伝社から新刊発行された文藝モノ。しかも表紙からして20代20代しているイメージが強い上、表紙にはあまり使われないイエロー系統が強い色。さらには並製ではなく上製本で、しかもカバーの下の表紙には「これでもかっ」というぐらいの気合のはいったデザインが…。目次のデザインもかなりオシャレで、これ、若手のスタッフが意気投合して勢いで創った本なのかなあ…という印象が。
 経理部配属だったOLが突如ある企画書がもとで編集部に配属。しかも編集長としていきなり5人の部下をもつ。その部下の1人はしかも自分の彼氏だった…。という展開で、ある程度年齢がいった世代が読むと面はゆい…。が、専門違いの部署で、年齢も世代も性別も違う人種がコラボレーションする姿はやっぱり面白い。月刊誌で連載されていた関係もあるのか見せ場を作ろうとして登場人物が相互にからみあえない部分が見えるがこれはまあ仕方がない。「台割」も表紙を含めて132ページ(通常は共紙で計算して表1~4、本文128で作成)というのがやや特殊だがそれも些細なことか(箇条書きで書かずにむしろエクセルの表にすれば逆に面白かったかもしれないが)。ストーリー展開は個人的にはかなり物足りないが、造本設計やらデザインやらには相当作り手の意地というか勢いを感じる。文庫本化に際しては中身もさらに加筆してパワーアップを期待。

テキストブック NPO 第2版(東洋経済新報社)

著者:雨森考悦 出版社:東洋経済新報社 発行年:2012年 本体価格:2600円
 NPOについて調べる必要性があり、いろいろ資料を探したがいずれも帯に短したすきに長し。しかも特定非営利活動法にもとづいて俗にNPO法人といわれている団体は、法律的な意味でのNPOではなく、文字通り「非特定営利活動法人」のことのみ定めた内容で、実際には一般社団法人や一般財団法人、社会福祉法人など法人格にかかわらず活動内容にそくしてNPOと表記されているのが現状。ということで、法的な意味合いと一般用語としての意味合いをトータルに解説してくれているのがこの本。新刊書店で入手できる本としては現時点ではこの本がベストではなかろうか。索引・年表・参考書籍などのページも充実しており、今後改訂が続けばさらに内容が整理拡充されるものと思う。NPOのマネジメントなどは株式会社とNPOとで対照表を作成すると(たとえば株式会社の資金調達であれば株式や車載の発行でNPOであれば寄付金、出資金、委託金など)わかりやすくなるのではないか、とも思うが、NPOをめぐる諸状況そのものがまだ流動的。特定の「見方」に偏ることがないようにするためにはこうしたテキストブックの存在は貴重だ。

2012年10月10日水曜日

日本の食料問題を考える(NTT出版)

著者:伊藤元重+伊藤研究室 出版社:NTT出版 発行年:2002年 本体価格:3300円
 中央卸売市場や食料問題の書籍を探索しているときに巡りあったのがこの本。最初は興味のあるページだけ読もうとしていたのだが、ついつい内容に引き込まれA5判452ページの書籍を喫茶店で全部読んでしまった。
 日本の食卓をめぐる輸入農産物(開発輸入による)の今後や中央卸売市場の課題、農業協同組合の抱える問題点や戦後の農林水産省による農業政策の課題などを消費者の視点で、しかも簡単なミクロ経済学の理論を用いてすらっと説明してしまう。伊藤研究室で議論した結果がまとめられているということで、複数の人間の考え方で検討した結果がこの本になっているので部外者ながらゼミのプロセスを結果を短時間で入手できるというメリットも。農産物のEDIや外食産業、遺伝子組み換え食品など2012年の現在も課題となっているテーマがバランスよく構成されている。
 伊藤元重氏の書籍はどれを読んでもかならず現場の描写があり、流通問題がとりあげられているのが興味深い。日常的なテーマとややもすれば無味乾燥になりがちな近代経済学をこういう風に組み合わせると「わかりやすい本」になるのか、という面でも参考になる。

2012年10月8日月曜日

男の隠れ家を持ってみた(新潮社)

著者:北尾トロ 出版社:新潮社 発行年:2008年 本体価格:362円
 知らない街で知らない人と出会う…。学生時代の清貧旅行みたいだが、これを中年男性が一人でアパートを借りてやってみるとどうなるか。「何か起こるかもしれない」という期待は最初だけで、意外に平穏で、しかも取材にはならない日々が続く…。
 6畳和室と2畳キッチン、トイレ共同で一月35,000円。ちょっと割高な気もするが、「別宅」ということであればこんなものか。ワンルームマンションでもう投資家の買いもつかないような物件だと最近では新宿都心のまんなかでも780万ぐらいの物件がでてきているが、固定資産税や修繕費・管理費などを足していくと2万数千円。やはりそうなるとワンルームを購入するよりも一時的な取材であれば賃貸にしたほうが確かに安い。それにしてもこの本の展開がまるでほとんど見られないというのが逆に興味深い。知らない街の知らないバーでお酒を飲む…会社勤めであれば地方の出張のさいにそうした機会はないでもないだろうが、エッセイストとしては人生に一度は挑戦してみたかったのかもしれない。年齢にもよるけれどもしこういう企画を20代前半のルポライターがやったらもう少し艶っぽい話もでてきたのかも。男50歳、もう知らない街でboy meets girlなんていう展開があらかじめ封印されているため、せいぜい出会うとしても居酒屋の同世代くらいしか可能性がないという…。

イスラム文化~その根底にあるもの(岩波書店)

著者:井筒俊彦 出版社:岩波書店 発行年:1991年 本体価格:660円 評価:☆☆☆☆☆☆☆
 イスラム教やイスラム文化についてはビジネス書籍でも取り上げられることが増えてきた。いわゆるジャスミン革命や、あるいはイスラム過激派のテロ、さらにイランの核開発問題やyoutubeにおけるムハンマドを侮辱したかのように受け取れる動画への抗議運動と反米デモ。底流に流れているのはイスラム教だが、ではその「底流」はどのように現在の国際情勢に影響を与えているのか。ビジネス書籍では与えられれない文化の違いや考え方の違いなどをこの本から窺い知ることができる。
 経済団体への講演会を1冊にまとめた本で、学問的にはすっぱり割り切れない部分を理解優先で著者が講演し、それを書籍化するにあたって加筆したとのこと。3時間の講演会がこうして文庫本になり、2012年4月16日でなんと第33刷。イスラム教はユダヤ教やキリスト教などと同じく一神教で、セム系の宗教観という点で共通。アブラハムやモーセ、イエス・キリスト教なども預言者として数えられており、そこまでは対立する必要はない。ただしキリスト教がたとえば現実世界と宗教問題というように世界を二元化して考えるのに対してイスラム教はすべて一元的に物事を考えていこうとする。食事や掃除といった日常生活も宗教生活の一部であるため、ウェブの世界も宗教の一部として考えているのではないか。アメリカや日本などでイエス・キリストをパロディ化したり仏教などについて辛辣な意見を述べても、言論の場と宗教の場が切り分けられているために、それがもとで発言者に対してテロがおこなわれることはめったにない。しかしイスラム教はこの本によるとすべてが宗教生活でイスラム教でいう来世への思いが人間の行動原理となる。そうなるとウェブであろうと小説であろうと、それを放置しておくことはアラーの神に対してイスラム教徒が「真摯」ではない、ということになりかねない。
 表面的な話し合いというのは、神への人間の位置づけに関する考え方がキリスト教やユダヤ教とイスラム教とでは基本的な部分から異なるため、お互いの生活習慣の位置づけが違う、ということから考え直さないとそもそも「話し合い」の前提条件すら成立しないのではないだろうか。新聞にあふれるイスラム関係の記事を読み解く基本中の基本の書籍に本書はあたると思う。すでに名著の誉れが高い本だが、あと10年も20年も30年も増刷が続きそうだ。

2012年10月7日日曜日

ジョゼフ・フーシェ(岩波書店)

著者:シュテファン・ツワイク 出版社:岩波書店 発行年:1979年 本体価格:940円
 いったん廃刊となり古書店でしか出回っていなかった本が復刊。シュテファン・ツワイクの本は面白い面白いといわれているが、「マリー・アントワネット」よりこちらのほうが断然面白い。
 もともとは商人の家に生まれ、数学を教えつつ地方で牧師をしていたジョゼフ・フーシェ。その後フランス革命を期に議員となり、ジロンド党的穏健派から急進的ジャコバン派へ。ルイ16世の死刑の決議には賛成票を投じ、王党派が多かったリヨンでは私有財産を否定し、宗教を否定し、急進主義者、共産主義者としてふるまう。その後ロベスピエールと不和になるが、フーシェはジャコバン・クラブの総裁へ就任。ロベスピエールを策略を用いてギロチン台へ。さらに総裁政府の時代には3年間浪人生活をおくったのちにフランス共和国の警務大臣に就任。5人の総裁の統治のもとで情報網を作り上げる。その後ナポレオンの時代にも警務大臣・内務大臣をつとめ、ルイ18世による王政復古の時代にも大臣として生き流れる…。この間、革命政権によって数々の貴族がギロチン台に送られ、さらにその後ジャコバン派が死刑に処され、さらにはナポレオン王党派が王政復古で処刑され…という血なまぐさい歴史をみると、この変化の激しいフランス革命後をここまで巧みに生き残っていたのはジョセフ・フーシェのみ。最後の最後には失脚するのだが、僧侶出身なのにリヨンでは宗教を否定し、ジャコバン派でルイ16世の死刑に賛成したのに、その弟のルイ18世では入閣を果たすなど、当時のフランス国民も仰天したようだが、21世紀をむかえてもなお仰天動地の生き残り。非常に面白い伝記である。一定程度、フランス革命から王政復古まで歴史の流れがあると、いきなり読むよりさらに楽しめる伝記ではなかろうか。

2012年10月3日水曜日

今日ホームレスになった(彩図社)

著者:増田明利 出版社:彩図社 発行年:2012年 本体価格:619円
 「成功の方程式」なるものは人それぞれだが、「失敗の構図」はなんとなく似ているような気がする。「幸福な家庭は単一で不幸な家庭はさまざま」といったのはトルストイだが、現在では「幸福になるプロセスはわりと複数の要因があって不幸になるプロセスは意外にシンプル」ではないか。市場原理が強い現在では、消費者金融からの借金やリストラ、家庭内の不和といったあたりが主要因で、15人の元会社員のエピソードを読んでいくと、本当の原因は「金銭感覚からの乖離」や「コミュニケーション不全」ではないかと思う。ホームレスになる前にも「家」はとりあえずあるのに、奥さんや家族との不和が原因で失踪や家出にはしる人が複数いる。これ、少なくとも会社のリストラが原因というわけではなくて、むしろ家族とのコミュニケーション不全が原因だったといえるのではないか。就職の口もないわけではなかったのに「手取り10数万円では新卒よりも低い」とかいう理由づけで働かなくなった人が複数見受けられたが、これも発想が足し算と引き算だけで、実際には過去の収入と貯金、さらなる所得というように「積分」で考えていけば、正直、手取10万円でも5万円でもホームレスよりはある意味ではまだ余裕の生活がおくれるという考え方もできたはずではないかと思う。
 う~ん。確かにだれしもホームレスになる可能性はある。ただそうならないように「予防線」をあれこれはっておくこともまたできる。市場原理の過熱化はあまり歓迎できないが、かといってホームレスに至ったプロセスについては万人が万人同情ばかりもできない。

2012年10月1日月曜日

督促OL修行日記(文藝春秋)

著者:榎本まみ 出版社:文藝春秋 発行年:2012年 本体価格:1150円
 昔はたしか金融系の情報ネットワークは銀行系、信販系そして消費者金融系の3つがそれぞれ別個にあったと記憶している。現在は統合化されているが、著者は信販系のコールセンター(債権回収)業務をつとめる。ほとんどの人間が途中で脱落していくなかで、周囲の先輩やら同僚やらの電話のかけかたをみて創意工夫し、さらにセミナーにかよって自己研鑽を積む…なかなかできそうでできる技ではない。しかも入社当初は朝7時出勤夜11時退社って…。
 途中まで読んで「こりゃ、著者は辞めたんだろうな」と思い込んでいたら、なんと今でも債権回収業務をやっている。金融というと、どうしても貸付がメインのように思えるが、実際には利息込みで回収して初めて金融業務が完結する。その意味では、銀行などの2階で稟議書を書いている人やカードの販売をしている人が入口で、ちょうどこの本の内容が「出口」。会計学でいうと金融商品会計基準に「譲渡人が自己の所有する金融資産を譲渡した後も回収サービス業務を引き受ける等、金融資産を財務構成要素に分解して取引することが多くなる」と規定されているが、なるほど、たとえば金融資産(クレジット債権など)を他社に譲渡することはできても、その回収業務は譲渡人が継続することが多いという理由もわかる気がする。クレジット債権そのものを格安で都市銀行や地方銀行が取得してもそれを現金化するノウハウは信販会社などが有している。その意味では、クレジットカードを作ることが容易になってきた時代、債権回収業務にたずさわる著者の業務は、デフレ不況の現在「花形」ともいえなくはない。
 で、このコールセンターでも回収が難しくなった不良債権だが、金額が50万円以下などであれば簡易裁判所から支払督促という法的手段になるのではないかと思う。ただ金額が金額だけに簡易裁判所に申し立てして内容証明郵便を送付して…と手続きが煩雑なわりには、利息分の収益がふっとぶくらいの法的コストがかかりそうだ。「話し合い」でなんとかなるものならば、コールセンターで回収したい、という信販会社の思いが伝わってくるようだ。
 こういう仕事、昔は確かに体育会系の男性がメインだったような気がするが、債務者の感情を忖度して入金までもってくるプロセス。意外に20代の女性のほうが本来的に向いているのかもしれない。

2012年9月30日日曜日

うれしなつかし修学旅行(ネスコ)

著者:速水 栄 出版社:ネスコ 発行年:1999年 本体価格:1600円
 もはや新刊書店では入手できないが、とあるところで評判を聞いてamazonで入手。いわゆる「遠足」の歴史からお弁当の定番、修学旅行をめぐるさまざまな事件や事故(敗戦直後の修学旅行では旅館の床が抜けたり集団食中毒なども発生していた)、レクリエーションと枕投げなど夜の遊び、さらに修学旅行から派生してユースホステル全盛期の「若者」という特集も。
 この本では遠足の「きまりごと」が年々バージョンアップして、旧版よりもあたらしいバージョンに追加の規則や取り決めなどが加筆される傾向にあることが指摘されているが、デジタル社会の昨今、改訂作業はさらに楽になっているはずだが、あまりに細密すぎてマグナ・カルタみたいになっていなければいいのだが…。
 どこから読んでも面白いが、そういえばこれあった…というのがレクリエーションの「歌」。中学生のころ某YMCAのキャンプに参加し、当時、感動しながら「シャロム」「今日の日はさようなら」などを歌った記憶が蘇ったが、考えてみればこの本を読むまでは10代のころにキャンプファイアに参加したことすら忘れていた。というよりも忘れようとしていた…。思わず本を横において、「あ~~」とのたうちまわったのだが、キャンプファイアやらフォークダンスやらには20年後、30年後にはとてつもない羞恥心とともに心に細密にわたって記憶をよびおこす力がある…。そのほか観光地のおみやげ「木刀」の歴史まで著者の探求はとどまるところをしらない。まだインターネットもそれほど整備されていない時代で、参考書籍も簡単にはそらわないジャンルで、よくここまで「修学旅行」にまつわるエピソードを収集し、さらに編集してしまったものだと思う。「調査研究」の教科書としても十分通じる丹念な取材がうかがえる名著。

2012年9月27日木曜日

ブランドビジネス(中央公論新社)

著者:高橋克典 出版社:中央公論新社 発行年:2007年 本体価格:760円
 無形資産たる「ブランド」は有形固定資産よりもはるかに大事…というのは種々の本で解説されているが、それではどうやったらそのブランドを獲得できるのか、という方法論はまだ読んだことがない。
 フランスには伝統的に商売に対する嫌悪感があるとか、ブランドには永続性が大事…という話はこの新書でもけっこう取り扱われているが、今ひとつ物足りない。「人と同じことをするな」というソニーに井深氏の言葉はもっともではあるが、それでもマネシタとよばれていたパナソニックは日本を代表する立派なブランドになってるし、成功さえすれば一応有形固定資産や棚卸資産にひきずられて無形資産の価値もあがるものなのか、と思ったりもする。
 ファッションの世界のライセンスフィー・ビジネスなどはわかりやすいが、タイトルはブランドビジネスなので、もう少し(たとえばその仮説が間違っていたにしても)大胆な分析をしているブランド関係の本はないものか。やや期待はずれ。

闇金ウシジマくん 第1巻~第25巻(小学館)

著者:真鍋昌平 出版社:小学館 発行年:2004年~2012年 本体価格:514円
 「ナニワ金融道」は合法の金融業者だが、このシリーズは免許をもっていない「闇金融業者」の話。金銭にまつわる漫画は、ユーモラスな部分が数%であとはだいたい重苦しい話が続くが、初期のエピソードはいずれも借金をした人間が自我崩壊やら行方不明やらと苦しい話が満載。途中からやや救いがみえる展開もでてはくるが、合法の消費者金融で相手にされず、闇金融から借金する人間が主役になると、なかなか救いもみえにくい。このシリーズが累計で600万部売れ、映画化もされるというのは、やはり平成大不況という時代の産物か。「ナニワ金融道」がバブル経済崩壊直後の不動産屋や起業したばかりの運送屋だったのに対して、この漫画では、フリーター、ニート、スーパータクシー運転手、地方のヤンキー、パチンコ中毒の主婦と生活感覚があふれすぎてて、それがまたリアルな筆さばきが描かれるのものだから読後感が悪いことこのうえない。ただ「分を超えた借金はいけないですよ」という理詰めよりも、リアル感あふれる登場人物の「人生オワコン」状態の様子のほうが説得力はある。それがまた、消費離れをしている若者には受けているのかもしれない。
 「救い」はほとんどないのだが、それでもすべての登場人物が薬物にはまったり、やばい業界に売られてしまったりといった展開にならないのは、安易な「転落」はある意味では「救済」にもなりかねないからではないか、と思う。自我が崩壊してしまった人には借金の額やら対面はもう眼中からは消えてしまうわけだし。
 多少救いがみえてきた25巻を読み終わり、自我の崩壊以上の「救いのなさ」はこれから26巻以後で始まるのだろう…と予測。明晰な論理と倫理観を持ちつつの「崩落」。そっちのほうがこれまで以上にきっと救いがない。

2012年9月25日火曜日

生きる悪知恵(文藝春秋)

著者:西原理恵子 出版社:文藝春秋 発行年:2012年 本体価格:800円
 まあ、この著者、T女子高中退から大検、そして美術大学とかなり若いころからはちゃめちゃ。白夜書房のパチンコがらみのころからユニークな生き様だったが、この本では水産会社も経営されているとか。ど根性はやはり座ってる。「ぼくんち」という漫画のなかでも主人公が「商売はコツコツあてて」という絵柄があったのだが、この本ものっけから「コツコツ」あてていく方法を紹介。「横入り」のすすめとかモデルになる人を探せとか意外にまっとうな意見で、それがまた自分の会社やサイドビジネスの水産会社などの成功につながっているのかな、と。
 ま。「生きてるだけで丸儲けだわな」と山谷あるなかでふっきるには良いきっかけになる本だ。まあ、ふっきれるかそれともズルズル後をひいていくのかは個人それぞれの性格もあるが、この著者ほど合理的に考えられる人間であれば多少の失敗やらなんやらは後にはひきずらないだろう。それにしてもページの合間合間に著者直筆と思われる毛筆のネームが印刷されているのだが…非常に字が汚い…うえに漢字、間違ってないかっていう疑念が…。

2012年9月23日日曜日

カラスの親指(講談社)

著者:道尾秀介 出版社:講談社 発行年:2011年 本体価格:743円
 「コンゲーム」(大掛かりな詐欺)の物語。闇金融稼業の「使い走り」をしていた主人公はとある事件をきっかけに裏稼業から足をあらう。しかしそのスジからはずっと追われ続け…。という展開だ。「債務整理屋」「闇金融」とちょっと穏やかではない稼業の話がでてくるが途中、行くあてのない姉妹と姉の彼氏など過去も年齢も異なる数人が共同生活を送る場面が微笑ましい。債務整理屋の手口にはいろいろあるが、基本的には経営者と1対1の関係にもちこんで手形帳や小切手帳から債務を勝手に作り出し、筆頭債権者になる。債権者平等の原則により残余財産のうち債権金額に応じて分配を受けることができる。それ以外にも消費者金融を1つにまとめてより高額な金利をせしめたり手数料だけ受け取って逃げてしまうという手口なども。それぞれこうした裏稼業も専門家・分業化しているという話をきくが、基本的には「利益」にならないことはあまり手がけない(恨みで仕事をしても足がつくだけで、足がついた段階で組織からは切られてしまうリスクが高いようだ)。ずっと追われに追われて執着されてしまう恐怖はストーカー小説「キャリー」にも通じるものがこの本にはある。でもまあラストはわりあいハッピーエンドなのが救いか。金融関係でいえば連帯保証の話などもでてきたりして現代の「落とし穴」は一通り舞台回しに用いられているところが面白い。

日本経済の基本(第4版)(日本経済新聞出版社)

著者:小峰隆夫 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2010年 本体価格:1000円
 日経文庫のビジュアルシリーズは、見開き構成で2色、さらに図式やグラフが充実しているという点ではお買い得アイテムが多い。ただ本体価格はページ数と比較するとやたらに高く、販売実売部数はそれほどないのかな、とも思う。黒と緑の2色のバランスは目にも優しく、国内総支出の内訳が図表にまとめられているので、これよりもっと難解な経済関連の書籍を読むときにもレファランスして理解を深めることができる。しかも版を重ねるごとにテーマが最新のものに差し替えられるとともに文章の著述内容も微妙にバージョンアップされ精度が増して来ている。あとはもう本当に本体価格を2割ほど下げて欲しいところだが…。あるいは現在の本体価格でいくならば索引の充実をのぞみたいところ。

2012年9月22日土曜日

ヘッテルとフェーテル(幻冬舎)

著者:マネー・ヘッタ・チャン 出版社:幻冬舎 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:495円(文庫本)
 中国で反日デモが発生し、日本企業の店舗や工場、商品が破壊された。で、カントリーリスクのある地域に出店する企業は多額の損害保険をかけている。今回のデモの損害は損害保険会社が保険金で補填するが、1つの損害保険会社が1つの企業の損害を填補するケースは少ないだろう。おそらく日本の損害保険会社は世界中の別の損害保険会社に自分の会社が保険金を支払ったときの「保険」(再保険)を分散してかけているはずだ(元の損害保険契約で払い込まれた保険料のうちさらに一部を再保険をかけた損害保険会社に分散して納付する)。さらに再保険を受けた損害保険会社は国内外の損害保険会社に再保険をかけ…。と国際金融の世界は投資リスクを分散している。日本企業が中国でこうむった損害をもしかすると分散された結果、中国の損害保険会社が一部負担していることも考えられる。
 で、投資にあたっては分散が原則ではあるが、そうした原理原則で仮想現実を構築してしまうと思わぬ方向へ人生がころがっていく…というのをこの本は描いてくれている。面白い。
 統計学上は物事は正規分布を描いて発生するが現実は「べき乗分布」を描くことがある。リスク分散を図ったはずのリーマン・ブラザースは統計学上ありえない住宅抵当證券の暴落に直面して破綻した。これは個人でも同様で、第1話から第11話までがだいたい「まさかね…でもありうるね」的なエピソードばかり。「うまい話には必ず裏がある」っていう心構えがおそらく現実の世界に一番妥当な教訓で、「確率的に…統計的に…」という話はかなりの部分眉唾であることが多い、とはいえそうだ。

2012年9月20日木曜日

ストレスフリーの仕事術(二見書房)

著者:デビッド・アレン 出版社:二見書房 発行年:2006年 本体価格:1500円
 数年前に購入して積ん読していた本。MBAの副読本にもなっているというこの本、GTDという名称でウェブでも愛用している方々がいらっしゃる。気になったことややるべきことを全部紙に書いておけ…というシンプルな命題をベースに構成されている。う=ん。確かに気になることは多々あれど、それを全部evernoteやメモにしておくことは果たして可能なものだろうか。iPhoneを使うようになってから、いろいろなデータを持ち歩き、さらにはevernoteにスクラップするようになったけれど、それが何か新しいものを生み出した、ということは現時点ではまだない。ただこれは量と継続する時間によるかもしれない。evernoteも数千のノートで構成して検索できるようになれば、その規模のメリットを享受できるかもしれないし、このGTDも一定期間継続すればもれのないスケジュールと独創的な時間がおくれるかもしれないが…。超整理手帳を使っていた時も感じていたが、GTDにせよ超整理手帳にせよ短時間で効果的な情報整理というのは不可能に等しく、どんなアイテムを用いても一日に一定の時間を費やして「整理・加工」しないと、けっきょく収集したアイテムも宝の持ち腐れになりかねない。とりあえず「なんでも書け」「形にしておけ」ということか。

2012年9月19日水曜日

「通貨と為替」がわかる特別講義(PHP研究所)

著者:伊藤元重+伊藤元重研究室 出版社:PHP研究所 発行年:2012年 本体価格:1500円
 伊藤元重先生の大学のゼミ生がイラストやデータを集め、伊藤先生が原稿執筆という共同作品だが、「わかりやすく」「正しく」という両立しがたい命題を見事に克服。かなり慎重ないいまわしがところどころにみえ、断言はしないが可能性は高いというニュアンスと「ここは断言できる」という文章の差異が役に立つ。通貨相互の競争というハイエクの議論を4ページで解説したり、固定相場制と変動相場制のトリレンマの命題にからめて中国の「元」の切り上げを論じたりとトピック相互が体系的に関連づけられているのも魅力。国際経済学のテキストはミクロ経済学の学習のあとに勉強するわけだが、ともすればグラフと数式でお腹いっぱいということが少なくないが、大雑把に通貨と為替のイメージをつかむには良いテキストだ。
 ただ為替関係の本を読んでいつも思うのだが「予測はあたらない」という命題は「断言できる命題」のようだ。となると為替トレーダーというのは、情報を少しでも早く入手して一般投資家が追いつくころには売り抜けるという情報の非対称を利用して利ざやを稼いでいるだけで、数式やら予測やらで利益を稼いでいるわけではなそうだ、ということ。となると、マスコミの情報に限定されている一般投資家が為替で儲けるというのはバクチに近い。ましてや通貨先物であるFXなどはもう「現金の投げ捨て」に近いのではなかろうか、ということだ。物価上昇率や金利と為替との因果関係は強いといえるが、貿易黒字だから円高という議論は成立しない、などFVやら外貨建預金にまどわされない智恵がつまっている。

2012年9月18日火曜日

電子書籍の衝撃(ディスカヴァー)

著者:佐々木俊尚 出版社:ディスカヴァー・トウェンティワン 発行年:2010年 本体価格:1100円
 キンドルもしくはiPadなどにはある程度汎用性がでてきたように思う。電車のなかでiPadを操作している人もちらほらみかけるようになってきたし、一部のマニアが先行しているだけでは日常生活に定着するかどうかは正直わからない部分はあった。
 iPhoneやiPod nanoなどはすでに価格以上の恩恵を得ているものの、電子書籍についてはまだ判断留保。非常にこの本の内容はフラット化する書籍や著者のネームヴァリューに左右されないコンテンツという魅力的なアイディアにあふれているものの、それでは既存の出版社がだめか…というとそれほどまだ崩壊するにはいたっていないと思う。読書がたとえば受験勉強のような一種の情報収集だけのものであればデジタル化と整合性をもつ。あるいは小説などのエンターテイメントに特化するのであれば、それもまた電子書籍のほうが便利という向きもあるかもしれない。ただしなんとなくページを開いてぼんやりブラウンジングする…あるいは触感や書籍の経年劣化を楽しみながら現実世界とは異なる世界に旅立つというような場合にはアナログな紙の媒体のほうが優勢であろう。逆に会計学や法律の勉強などをするには、分量がかさばるだけの紙媒体よりも電子書籍のほうがむいているかもしれない(iPhoneの六法全書のアプリなどは非常に便利だ)。出版というビジネスがいったん崩壊して新たな装いで再構築されるというビジョンはある意味では魅力的だ。音楽市場が実際にそうなっているが、自分自身でスナップスキャンを用いてPDFファイルを読むという経験をしてみると、はたして本当に紙の媒体と電子書籍はフラットなのか?♯というか「半音」程度は異なるのではないか?という疑問がわく。もしありうるとすれば、市場が半分に分断されて、紙媒体50%、電子書籍50%という住み分けではないかと思う。とはいえ、この本の内容、これから新しいiPadが発売されるたびに出版社や新聞社のビジネスモデルに脅威を与えることになりそうだ。

2012年9月17日月曜日

電子マネーがわかる(日本経済新聞出版社)

著者:岡田仁志 出版社:日本経済新聞出版 発行年:2008年 本体価格:830円
 実物の貨幣から電子マネーへ…という時代をざっくり説明してくれる新書。日本銀行もマネーストックを分析するさいに電子マネーやポイントカードなどを考慮せざるをえない時代に入り、日常的に自分もセブンイレブンでnanacoを使用している。では、その仕組みや歴史はどうか、というといつのまにか、あまりにも自然に日常生活に電子マネーが入ってきたため、その具体的な分析をしてくれている本は少ない(電子マネーという言葉自体は一人歩きであちこちの流通関係の書籍やビジネス書籍で使用されているが)。この本では、日本の電子マネーが交通関係から始まり、流通系に拡大していった歴史と世界の電子マネーについても説明をしてくれている。またICカード型電子マネーのほかに、ややわかりにくいネットワーク型電子マネーについてもわかりやすく説明してくれている。インターネットのウィキペディアでも用語の解説自体は入手できるが具体例と解説のわかりやすさでいえば、やはり書籍の情報のほうが圧倒的な差で有利な時代だ。今後の標準化の国際的動向や電子マネー法をめぐる議論なども最終章に掲載されているので、この本1冊で電子マネーの概観は把握できる。

知の編集工学(朝日新聞出版)

著者:松岡正剛 出版社:朝日新聞出版 発行年:2001年 本体価格:640円
 本を読むときには3色コレト(またはボールペン)か、付箋を必ず用意する。色はあまり気にせず気になったところに線をひいたり付箋をつけたりするためで、これは2回目に読むときに重要なところだけ読み返すためにつける。この本は最初から付箋をつけまくりで読み終わったあとはほとんど前ページに付箋がたってしまった。
 編集業にたずさわる人間に限定されず、「編集的なもの」(工学分野や企画部門やら)にも応用可能な内容で構成されており、書籍を作る…というだけでなく、なんらかの商品開発やらイベントをおこなうさいにも「編集力」は活かせる。逆に言うと狭い意味での「編集」ではなく、かなり幅広く「編集」という作業(考え)を普遍している。編集技法については64に著者が図解してくれており(204ページ)、なにか作業工程でいきづまったときにはこの図表であれこれ個別の場面で発想を外延していくことが可能。つまり1冊を1回読み終わるだけではなく、仕事のかたわらで「辞書的」に活用することができる内容にもなっている。コンピュータや脳科学などにも著者の思考が及び、読み終わるのは非常に大変な本だが、returnは通常の編集技法の数倍見込める。

2012年9月13日木曜日

イラン人は面白すぎる!(光文社)

著者:エマミ・シュン・サラミ 出版社:光文社 発行年:2012年 本体価格:760円
 イラン人の日常生活とシーア派とスンニー派のなんというか根強い対立みたいなものを感じる一冊。日本にきた著者がとんかつ食べたり、モツを食べたりといった著述やブラックジョークが非常に面白い。ただやはりイランに対する愛国心が強い分だけアラブ諸国には辛口になる部分も。
 かなり厳しい戒律で知られるイスラム教だが、そこはやはり蛇の道はヘビで、逃げ道もちゃんとあることなど、固い本では紹介されないエピソードが興味深い。40歳以下の国民が70%という比率や、ホメイニによる革命後とその前との対比など、やはり実際にそこで暮らしていた人間でないと感じ取ることができない内容である。イラン独自の学校制度も面白いし王侯貴族の師弟が優遇されている状況など、これからの近代化に疑問符がつくところもあるが、これから西欧の長所をとりいれながら独自の発展をとげれば、人口比率が若い分だけイランの未来は明るいかもしれない。200ページに地図が示されているが、レバノンがシーア派というのは初めてこの本で知った。オスマントルコやモンゴルの支配などをどんどんさかのぼっていくと、やはりペルシア帝国の伝統を引き継ぐのがこのイラン。親日家も多いというし、読んでてすごく楽しい。

2012年9月11日火曜日

NPOという生き方(PHP研究所)

著者:島田恒 出版社:PHP研究所 発行年:2005年 本体価格:720円
 「業務」(?)の関係でやむなく読み始めた本だが、これが意外に面白い。現在ややNPOは過大評価されすぎており、資金情報やマネジメント情報の開示が株式会社ほど進んでいない。ルーマニアへの留学生を派遣した某団体についてもその杜撰さとマスコミ対応の不足が指摘されているが、法定義務があまり課されていない分だけ問題点は内在していると思われる。それでもなお、行政と営利団体ではカバーしきれない部分をNPOが埋めつつある状況は確かにある。
 また数々のスキャンダルや内紛をまきおこながらも、この本ではドラッカーのマネジメント理論やマーケティング理論の重要さもといており、今後NPO法人がさらに進化していくときに多いに参考になるだろう。
 そしてこの本、いわゆるアメリカ文明論や都市文化論にもつながる論点や災害時のボランティア団体の在り方などにも言及されており、NPOというテーマに限定されない知識を得ることができる。会社法や商法だけでは、どうしても営利社団法人の理解だけにとどまるが、非営利法人の組織のあり方を読むことによって、会社法の理解もまた深まるように思う。

知の編集術(講談社)

著者:松岡正剛 出版社:講談社 発行年:2000年 本体価格:720円
 とにかく訳もわからないまま「表記の統一」をしていた時代から、ある程度さらに先へ進むと「表記の統一」をさらに超えたところでの「統一」や「変化」を模索する…というボンヤリした行動が「編集作業」で、そのアイマイな作業に「なんとなくこういう方向性ではないのか」という指針を与えてくれるのがこの本。
 とはいえ、即効性があるとか急になんらかの「術」が身につくというよりかは、「公共の福祉」という言葉と「権利の濫用」という言葉があれば、それが互いに「共振」して、なにか効果的な配列はないものか、と模索するようになる、という「術」というよりも、「文化継承」とか「大きな過去の遺産の流れ」みたいなものに覚醒するといった感じか。まったくのオリジナルではなくても、ある一定の専門用語であれば、それなりに先人たちの残した数多くの書籍があり、そうした書籍の構成を組みつつも、時代の変化や個別の書籍特有の状況をみていくと、そこそこ落ちつべくべき構成というものが浮かび上がってくる。完全にデジタルではないが、かといって完全にヤマカンというわけでもなくて、大きな全体像のなかで個別の事象の落ち着くべき様子が一定の秩序で定まってくるといった感じ。それが編集なのではないかと思う。コーンポタージュのスープのうえにのっかっているクルトンの個数やのっけ方みたいなものではなかろうか、と思う。ただそうしたイメージを思い浮かべたのは実はこの本を読んでからで、実をいうと、「固い編集」とか「柔らかい編集」といったイメージすら自分にはなかったのだ。本の内容はすべてイマジナリーに認識して個別のことがらはまったく記憶に残っていないのだが、こうしたイメージがなぜか残存する「本」、しかも「ノウハウ関係の本」(?)って貴重だ。

2012年9月10日月曜日

エリザベスⅠ世(講談社)

著者:青木道彦 出版社:講談社 発行年:2000年 本体価格:740円
 ウェブ時代になって当日の為替相場やスポーツの結果、天気予報などの情報はきわめて入手しやすくなった。簡単な漢和辞典や英和辞典などの代わりにもなる。ただし同時にウェブの限界も感じる。たとえば歴史関係の理由や時代背景などは、どれだけウェブの用語辞典を検索しても一面的な歴史かあるいは特定のイデオロギーにいろどられた一面的な歴史観のみが目立つ。そういう意味では書籍もしくは電子書籍の役割はやはりなくならない。
 エリザベスⅠ世の生きた16世紀ヨーロッパの時代背景をベースにジェントリの進出によるエリザベス時代の統治体制や文化、宗教問題、スペインやフランスなどとの外交問題について解説されたのがこの本で、これだけの「情報」をウェブで著述するのにはとてつもない容量が必要になるだろう。英国艦隊がスペイン艦隊をほうむりさるまでのスペインと英国との関係については、どうしてもネーデルランドと英国、そしてネーデルランドとスペイン・ハプスブルグ王朝との宗教的・経済的関係に目をむけざるをえないが、丹念に歴史の流れについて著述されている。ちょっとした地図の挿入も嬉しいかぎり。複雑な内国・外国の状況を読み解いて、生き残りをかけたのがエリザベスⅠ世だが、当時の知的教養レベルをクリアするだけでなく、新しい文化(新大陸関係)の知識も吸収し、さらに周囲に優れた顧問を取り揃えたのが勝ち残りの要因か。それに加えて絶妙のバランス感覚が他の君主と比較するときわだっていたのだろう。ウェブも電子メールもない時代にどうやってそうした知識とバランスを蓄えることができたのか。歴史の一面を知るとさらに質問や疑問がさらに数珠つながりにわいてくる。

2012年9月9日日曜日

印刷に恋して(晶文社)

著者:松田哲夫 出版社:晶文社 発行年:2002年 本体価格:2600円
 今から10年前に発行された本なのにしっかり書店でも入手できる本というのが嬉しい。イラストレーションは内澤旬子さんで、表紙の1ページ目と4ページ目にそれぞれカットが流用されている。黒と緑の2色のイラストだがすべての作品が労作で、本文を読むのと同じぐらいイラストを眺めていても楽しい。10年前の本ということで、活版や電算植字機をめぐる状況は激変し、すでに印刷用のフィルムは在庫のみで、シャケンとよばれていた電算植字の大手の機械を入れる組版所さんも激減した。製版しないで一気に「刷版」までもっていくDTPとよばれる印刷方式は、環境にも優しいということもあり、導入がこの本の時点からみてもかなり進んでいる。
 とはいえ、それではこの本は時代遅れか、というとそうではない。まず活版と電算植字の「非連続性」が指摘されているが、これは電算写植とDTPの「間」にも言えることだ。電算写植が発達してDTPになった…とは単純にはいえず、印刷技術の進歩をめぐるこうした「段差」の現象は興味深い。この考え方を延長していくと、次の進歩はDTPには似ているけれど、そうでない技術というのが出てくる可能性がある(DTPの延長戦で、デジタルデータをそのまま印刷にまわしてしまうというレベルのことではなく、もっと違う次元の進歩)。
 著者は筑摩書房の専務取締役で、出版社は今も秋葉原駅そばのビルで頑張っている晶文社さんという組み合わせも心地よい。アナログではあるけれど、デジタルの今後も見据えている内容というのが、長く愛読されている理由か。自分自身の業務にも役立つ部分が「大」。

モンゴル帝国の興亡 下巻(講談社)

著者:杉山正明 出版社:講談社 発行年:1996年 本体価格:740円
 「世界経営の時代」という副題があり、いわゆる「世界史」の授業ではほとんど触れられない大陸と海を含めた巨大帝国の運用方法についておもに説明がなされる。ローマ帝国もまた巨大帝国の運営として宗教については寛容で、人種的な区別もほとんどなく(皇帝にアフリカ系ローマ人がついた例もある)、さまざまな人種と文化を包摂していたが、モンゴル帝国もまたカーン(ハン)のもとに、ウルス(氏族)ごとに地域を分割して戦争や軍事以外については寛容(または興味をもたないまま)陸と海を支配していく。ローマ帝国の滅亡はローマ的な特徴を失ったゆえの結末だが、モンゴル帝国の場合にもまたカーンの統率力が失われていった結果ともいえる。派生的な問題としては塩や商税の専売が機能しなくなったことや天災、内部抗争、疫病といった要因がありそうだが、おおもとはカーンへの社会的信頼性が失われたことのように読み取れる(さらにそのカーンの信頼性が失墜したのは「暗愚の帝王」イスン・テムルの存在があるが、そうした暗愚の帝王を生み出す要因はまたモンゴルがモンゴルたりえた事柄が失われていった結果と読み取れる)。
 興亡の歴史のなかでは、やはり滅亡の様子が非常に興味深い。ローマと同様に明確な形でモンゴル帝国が滅んだというよりもフェイドアウトに近い形で消滅し、ロシア帝国などにその影響を刻むようになった…というのは、人間と人間が文化を受け渡すものである以上、実に自然な説明だと思う。

2012年9月4日火曜日

特殊清掃会社(角川書店)

著者:竹澤光生 出版社:角川書店 発行年:2012年 本体価格:552円
 「特殊清掃会社」…いわゆる「汚部屋」のみならずゴミ屋敷から遺体発見現場までを「清掃」する会社の話だが、ページをめくっていくごとにその「清掃の度合い」と「汚れの度合い」が進化していくのが味噌。
 ただの不用品回収や解体工事ではなく、遺品や記憶から忘れ去られていたヘソクリなどもきちんと管理して部屋の所有者や遺族に返却し、「究極のサービス業」と「究極の顧客満足」をめざす。
 この本を読むとネコを飼おうかな、という甘い考えは捨ててしまうし、「孤独死」や「自殺」の問題点なども即ぶつ的な感覚で理解ができる。なによりもこうした特殊清掃業者の世界にも新規参入が相次いでおり、著者の会社では一種のホスピタリティをもって差別化しているという点が印象的だ。
 

2012年9月3日月曜日

2015年の食料危機(東洋経済新報社)

著者:斎藤利男 出版社:東洋経済新報社 発行年:2012年 本体価格:1600円
 食料問題の資料として購入。1時間ほどで読了。部分的に有用な著述も多いが、円高が円安に転じて穀物輸入が困難になり牛丼の価格が1000円に…というストーリーはやや悲観的すぎ、かつ実現性が乏しいストーリーと思えた。書店に並べられている経済書籍やビジネス書籍にはやや極端に悲観的な予想をまず呈示して、それから本題に入る構成のものが多いのだが、あまりに楽観的な予測も危険だが悲観的すぎる予測も問題だ。
 バイオエタノール政策がトウモロコシの需給に影響を与えるという根拠もやや疑わしい。バイオエタノールの需要が世界の供給に対して与える影響がそれほどあるのかどうか。ただヘッドファンドマネージャーが執筆しているだけあって、穀物市場における投資マネーに関する解説はわかりやすかった。
 水資源問題と食料問題は密接にリンクしているし、人口問題も農地が住宅地に変換されることになるので微妙にリンクしている。企業レベル、家計レベル、国レベルでみる食料問題については、もはやこれだけ世界経済がボーダーレスになってくるとあまり論議する意味が乏しく、むしろ世界レベルでみた農地の砂漠化や水資源の枯渇といった視点でとらえていかないと、円安になったら日本国内で食料問題が深刻になるかのように流れを読み違えてしまう可能性がある(たとえ牛丼の値段が1000円になっても貨幣価値が暴落していればほかの商品と比較して牛丼だけが大きな問題になるわけではないし)。200ページ近くの本で本体価格が1600円。う~ん。やや割高…。