2009年12月31日木曜日

犬の力 下巻(角川書店)

著者:ドン・ウィンズロウ 出版社:角川書店 発行年:2009年 本体価格:952円 評価:☆☆☆☆
 淡々と続く描写のはてに突然始まる残虐なシーン。この「突然の流れ」がまたこの本を面白くしている。かなりの長編だが、読者の「飽きがくるかな」というところで「勃発する暴力」。間の取り方がうまく現実に発生したメキシコ大地震やコントラ事件、NAFTAの結成などがうまく架空の物語と直結。途中から「物流ミステリー」と個人的に名づけたが、メキシコ連邦警察、CIA、FBI、DEAなどの各種捜査機関の目をくぐっての麻薬の輸出と金の受け渡し。究極のロジスティクスを構築しようとするメキシコのマフィアとそれを壊滅させようとするケラー捜査官。物語は30数年の両者の戦いをへて最後には…。物語が始まったころには10代後半だったノーラとカランも最後にはもういい大人になっている。そしてケラー捜査官も「老いぼれ捜査官」に位置づけられることに。このひとつの物語の中に登場する人物群はまさしく人間模様。白い麻薬と赤い流血で染まった地獄のような物語の中で「犬の力」(=悪)から逃れだそうとするアート・ケラー捜査官のラストが心にしみる。

2009年12月30日水曜日

犬の力 上巻(角川書店)

著者:ドン・ウィンズロウ 出版社:角川書店 発行年:2009年 本体価格:952円 評価:☆☆☆☆☆
 ドン・ウィンズロウの作品を読むのは久しぶり。ちょっと東洋哲学的な方向に走り始めてからは手にとっていなかったが、メキシコを舞台にしたDEAと麻薬密輸業者との戦いを描くこの作品、国境線をこえてアメリカからお金、メキシコからは麻薬という物流ミステリーの様相を呈している。人間関係はもちろん複雑でしかも時代は1975年から21世紀にまで約30年に及ぶ。「善」であるはずのDEA捜査官と「悪」であるはずの密輸業者の闘争。そしてバチカンからは「解放神学」(異端)とみなされているメキシコのカソリック司祭。舞台設定も見事なら時代設定も見事。「このミス」などで1位、2位を占めた理由もわかる。そしてめまぐるしく変わる政治状況。NAFTAがメキシコの「裏社会」や「表社会」に与えた影響の大きさも実感として伝わってくる。
 上巻では、1975年から1992年までの麻薬戦争が描写され、メキシコ・マグダレナ川が凄惨な殺人現場となる場面で終わる。「人間は変わる」「人間は年をとる」といった当たり前の事実がこのミステリーでは悲しいストーリーでつづられていく。

2009年12月27日日曜日

なぜ社員はやる気をなくしているのか(日本経済新聞出版社)

著者:柴田昌治 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2007年 価格:1,500円 評価:☆☆☆
 株式会社スコラ・コンサルトの代表取締役による社員の「内発的動機」の促進についての本。教育学部のご出身だが、おそらく教育心理学をビジネスの現場に応用した成果をコンサルティングに活用しているのではないだろうか。マネジメントにおける対話が重視され、一方的な上意下達では「知恵」や「各論をつくりこむこと」などは難しいとしている。会社の多くはピラミッド型でそれぞれが上司に不平をいいつつ、命令一元化の原則のもとに「対話」がないままに業務が進行するという形をとる。こうした対話がない場所で、制度を成果制度に変更しても終身雇用制度に変更しても何も機能せず内発的動機を高める効果は薄いとされる。著者は「対話」とは「(解答を)一緒につくっていく能力」としているが、上司の一元的な「解答」があらゆる要素を考慮した問題解決のベストアンサーではありえないのだからそこに「対話」が必要となる。また想定外の状況に陥ったときに「対話」がなければタコツボ状況の専門家がバラバラに勤務している状態では、ベスト・アンサーを得ることはできないだろう。「対話」の次に重視されるのが「情報の共有」でこれは対話のベースとなるシステム化だ。こうした理論ベースの応用編として不満分子の隠れたやる気を引き出すスキルなども紹介されてくるのが、最大のキーワードはやはり「対話」と「情報の共有」であろう(サブタイトルにもなっているスポンサーシップはリーダーシップの変形ともいえるが、要は対話や情報の共有を懐深く受け入れる許容性のことだと個人的には解釈している)。
 コーチングやリーダーシップ論の本はやまほどでてきているが、「場」を作り上げるという観点での著作は非常に珍しい。個人的資質の向上だけでなく、チーム全体での活性化を考えたときに、「情報の共有化」をいかなる形で具体化していくべきか、あるいは「対話」をいかなる形で現場に落とし込んでいくべきかといった応用がそれぞれの会社で可能になるだろう。タイトルはやや「キワモノ」的だが、汎用性の高いコンサルティングの現場から生み出された経験則がふんだんに紹介されているマネジメント系統の書籍。

私という病(新潮社)

著者:中村うさぎ 出版社:新潮社 発行年:2006年 価格:1,200円(単行本) 評価:☆☆☆☆☆
 ホストクラブ、ブランド依存などを実地に体験して、自分の心で感じたことを経験をふまえて掘り下げていく中村うさぎ。そのルポは、読者にとっては痛々しくもあるが、読み始めるとやはり最後まで読み通してしまう「力」を持っている。広いジャンルわけでいくと「フェミニズム」の本というジャンルになるのだろうが、ここで中村うさぎは狭義の「フェミニズム」に対しては拒否感めいたものを文中で示しつつ、男性の「暴力性」「差別性」がぐっさり浮き彫りにされていく。これを単なるデリバリーヘルスの物語とか体験ルポという位置づけで終わらせてしまうのは、むしろ「逃避」だろう。女性読者が多いといわれているが、むしろ読むべきなのは、家庭をもつ男、独身の男、まだ何もしらない男子学生といった「男全般」であるかもしれない。女性を神のようにあがめるのも、逆にDVの対象にするのも「普通の人間」として位置づけることができない男性の問題。さらには妻に「母性」を見出すのも、男性の手前勝手な「妄想」であることが明らかにされていく。
 当時47歳の中村うさぎが31歳と偽って面接を受けに行くコミカルな場面から、次第に「物語」は中村うさぎ本人のモノローグへ、そして男性全般に向けたメッセージへと転化していく。これ、男性は年齢を問わず必読の名著ではないか。

2009年12月26日土曜日

「できる人」の時間の使い方(フォレスト出版)

著者:箱田忠昭 出版社:フォレスト出版 発行年:2005年 本体価格:1,300円 評価:☆☆☆
 時間管理についてはいろいろな本がでているがこの本はその中でも「使える度」が高い。「目標を書いておけ」というのは「根性論」だと決め付けていたが、「書いておかないと明確にならない」という可視化の観点で説明されるとなるほどと思う。著者自身がかなりの苦労をされた人らしく結婚から仕事までかなり細密に目標を設定してそこまでのプロセスを立案、さらに修正というオーソドックスな作業を繰り返しているがこうしたPDSサイクルこそが実は目標達成の基本。書いてある内容はほかの本でも書いてあることとほぼ同じなのだが、おそらく説明がうまいので読みやすく使いやすいということになるのだろう。仕事・自己啓発・経済・健康・家庭・そのほかと6ジャンルでそれぞれ目標を設定するという方法も使える。全体展望から優先順位を決めて具体的課題に落とし込んでいくというオーソドックスでしかも特殊なツールを必要としない内容。それこそ仕事・自己啓発・経済・健康・家庭などそれぞれの分野で応用可能な内容といえるだろう。この手の自己啓発本としては出色のでき具合でしかも本の価格も安い。

2009年12月23日水曜日

小宮一慶の「深掘り」政経塾(プレジデント社)

著者:小宮一慶 出版社:プレジデント社 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆
 いわゆる経済評論家のなかでも「まめ」に購入して読んでいるのがこの小宮氏の書かれた一連の書籍。「貯蓄から投資へ」という推奨のなかで、「デフレのもとでは定期預金が一番」という個人的な考え方と一致する点が多いというのがまずその理由のひとつ。ふたつめは、かなり重い病気を克服されて「残りの時間」をいかにすごすかといった哲学的な要素が感じられることが挙げられる。
 この本の中でも安易な投資を批判し、実質利子率は定期預金のほうが上という考え方で「よほどの自信」がないかぎりは投資をするべきではないという理論を展開。JALとダイエーの共通点から最低賃金法、国際関係まで「深い見方」を展開してくれる。
 基本はやはりオーソドックスなマクロ経済学とミクロ経済学だが、その理論と現在の事実を「つなげて考える」手法が本書の見所。人間には忍耐や向上心がある以上は「理論どおりにいかない」という人間的な見方で理論を修正し、近代経済学の「限界利益ゼロ」の状態であっても市場から退出しない企業が多いことを説明してくれる。オーソドックスな理論がベースにあるからこその現実の深い分析力に説得力が加わる。国連気候変動枠組み条約会議についてもアメリカとロシアの覇権をめぐる動きとからめて非常に説得力のある見方を示してくれている。

2009年12月19日土曜日

出社が楽しい経済学2(NHK出版)

著者:吉本 佳生 出版社;NHK出版 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 ロックイン、コミットメント、ヴェヴレン効果、「心の会計」、スクリーニング、勝者の呪い(オークション)、レントシーキング、規模の経済性といったテーマが扱われた新しい観点からみた経済学入門。これまで「経済学入門」といった場合には、マクロ経済学的な書籍が多かったのだがこの本では、ミクロ経済学とゲーム理論が重複する「行動経済学」で扱われるテーマを中心にわかりやすく解説されている。「レント」についても非常に難しい用語だが、「官僚などへの接待のようなもの」という非常に的確なイメージで理解を促進してくれる。「価格」のもつ合理性については伝統的なミクロ経済学が得意としてきたが、必ずしも現実の人間はその「合理的」な結論にしばられない「非合理性」をもつ。ただし著者はその点についてもミクロ経済学の理論からすれば「非合理的」だがそれ以上の価値観を持ち込むべきではないとして、「合理性」の枠を限定して著述を進めている。そこがさらに好感がもてる。どうしてもゲーム理論など「現実妥当性」に準拠したくなるが、ミクロ経済学の伝統的理論の学習に加えて、本書が扱うような「非合理性」や「人間心理」の問題も理解していくべきだろう。変形サイズの書籍なのでやや持ち運びしにくいが、その分ページ数が圧縮してあり、カバンにいれて通勤・通学の途中で読むには問題ない。価格も1260円と良心的な設定。

2009年12月14日月曜日

3つの原理(ダイヤモンド社)

著者:ローレンス・ストーヴ 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2007年
 「big picture」というか歴史の流れを社会階層や性差、年齢の3つの軸で分析し、さらに将来を予測していく。ヒンズー教の「ユガ」などを題材にして、戦士の世界、商人の世界、労働者の世界、宗教・精神の世界へと世界の軸が変化していく様子を描写。必ずしも納得できるテーマではないのだが、ただ「戦士→商人→労働者」という価値観の移り変わりにはなるほどと思う。日本の場合には武士から財閥、そして現在の「労働」の時代に至るわけだが、現在の日本の首相がとやかくいわれているのも、労働組合から支持をえておきながら、9億円の「贈与」(もしくは借り入れ)を母親から受けることができるという一点に尽きるのではないかと思う。だってそんなの労働者じゃないもの。
 こうした労働者の世界では経済のブロック化が始まるというのもわかるような気がする。マルクス主義者の中でも国際主義者の方たちは「万人の労働者の連帯」をいうのかもしれないが、実際には「地域的な連帯」が軸となり、ほかの地域との経済競争が激化するという予測のほうが真実味がある。それはEUやNAFTAといったブロック経済の高まりが実際に発生している現実もその理論を裏付けている。ただそういうブロック化の中で「儒教文化圏」という枠組みは「?」という感じ。そもそも儒教は宗教ではないし、日本、中国、韓国の地域ブロックというのはEU以上に歴史的な溝が大きいからでもある。アジアでブロック経済圏ができれば確かにEUに対抗しうる将来の「軸」として考えられるが、それぞれの国の民族主義的な気風は、21世紀になってからますます高まっている印象。実際にブロック経済の重要性を認識しつつも、感情的な面で経済的な連携は難しいのではないかと思う。とはいえこういう「big picture」を語るビジネス書籍。最近では珍しいうえに、個々のニュースを関連づけて分析していく上でも有用な内容ではないかと思う。評価は☆☆☆。

2009年12月12日土曜日

ストロベリーナイト(光文社)

著者:誉田哲也 出版社:光文社 発行年:2008年
 60万冊突破という帯にひかれて購入。一気に読み終わる。う==ん。個性豊かな人物が多数登場して、それぞれがそれぞれに面白いのだが、警察モノだとやはり「震度0」みたいなリアリティが感じられず、どうしても「きれいごと」かも…。とふと思ってしまうような場面も。最終的には「みんな、それぞれいい人」というあたりに納得いかない気も。ノンキャリアでたたき上げの女性警部補が猟奇殺人事件の捜査をめぐって走り回るという設定もなんだかなー。この手の捜査で所轄の警察署だけで捜査を担当ということはおそらくないだろうし。捜査本部のIT能力ももっと実際は高いはず。また経歴についての洗い出しはこの小説ほど甘いものではないだろう…という気もする。が、60万冊も売れているということは、「ありそうで実はないだろう」という設定が微妙に読者の購買意欲をそそるのかもしれない。ラストの「落ち」については、途中ですでに個人的に「こういうラストかな?」と想像がついた部分も…。

2009年12月5日土曜日

人を助けるとはどういうことか(英治出版)

著者:エドガー・H・シャイン 出版社:英治出版 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆
 この1週間、出勤途中に読んでいたのはこの本。緑のカバーが非常にきれいでブックカバー好きの私もこの本は、ブックカバーをつけずに持ち歩く。「ヘルピング」という言葉が冠した書籍が増えたが、経営組織学の中の人間に関する部分を取り扱った内容。正直タイトルのわりには内容は難しく、巻末の金井嘉宏氏の解説35ページが非常に役に立つ。エッセンスは解説で要約してくれているが、解説を読んでからもう一度本文を読むぐらいの感覚でないと内容の把握は正直難しいかもしれない。平易でわかりやすい文章だが、だからといって内容がわかりやすいとは限らない。おそらく翻訳者もそのあたりを配慮して、原本の注記のほかに翻訳者による専門用語の注記や解説も付されており、特に学者志望や経営組織の専攻でなくても用語に戸惑いを覚えることが少ないように構成されている。編集者による編集方針もおそらくあったと思うが、装丁も内容もかなりきちんと編集されているので、安心して読み進めることができるほか、書棚に保存しておいて損する可能性はきわめて少ない良書のひとつといえるだろう。296ページのページをフルに使い切った丹精でしかも作り手の意気込みが伝わってくる翻訳書。価格も定価1,900円と良心的な設定である。

重力ピエロ(新潮社)

著者:伊坂幸太郎 出版社:新潮社 発行年:2006年
 伊坂幸太郎といえば現代日本の売れっ子作家の最前線。しかし実は読むのはこの本が個人的には初めて。独自の倫理観を貫く少年というスタイルは花村萬月の大ファンである私にとってはありふれた設定だが、擬似家族でもなく「本物の」家族で、しかも家族という集合体が結成されてから、ここのユニットに分解されつつある状態がこの小説に。「家族」から「親子」「兄弟」というユニットで、最終的には、「親子」というユニットも物理的には解消されて「兄弟」だけが残存する。恋人関係を通じた新たなユニットがでてこないシステムが興味深く、この「兄弟」の関係はどんどん絆を固めていく。そして最終的には地元の「世間」とか社会関係といったものも、「相対化」されてしまうのが面白い。普通であれば「世間体が…」「社会的な見地では…」といった見方をしてしまうような場面でも、彼ら独自の論理でそうした「重力」から解放されたまま自分たちの物語を作り上げていく。ある意味、「軽い」し、おそらく社会をここまで切断してしまうと普通のサラリーマンなどはつとまらないはずだが、だからこそ「ピエロ」ということになるのだろう。芥川龍之介や太宰治といった古典作家への思い入れも随所にちりばめられつつ、「集団」から「個人」」へ極限まで「解放」されてしまう物語。こういう設定の物語が多くに支持されるという現象も興味深い。

2009年12月1日火曜日

ステーショナリーハックス(マガジンハウス)

著者:小山龍介 土橋正 出版社:マガジンハウス 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 文房具へのこだわりが結晶化した一冊。汎用性がどこまであるのかは疑問だが、文房具への愛着が伝わってくる内容となっており、カタログのようにみえてさにあらず。いろいろな文房具を使い倒して「これは便利だ」と思ったものを著者が主観もまじえて紹介してくれている。この本にとらわれる必要性はないが、このすべてを120パーセント活用すればアイデアもわくし、やる気もでてくるだろう。いずれにせよ機能がそなわった文房具には機能美もある。ありきたりのメモではなくてなにか付加価値がついているものを利用したほうが、日常生活にも楽しみが増えるというもの。私自身も文房具にはある程度こだわりはもっているが、ここまでのこだわりは実はもっていない。かといってこの本を読むとすごく楽しく時間が過ごせるので、ちょっとしたウインドウショッピングを楽しんだ気分になる。今の時代、「これがいい」と思ったらパソコンを開いてすぐネットで買い込むこともできるので、もちろんそうした通販にも利用できる。アルティザン&アーティストのPM-091というカバンが非常に気に入ってしまったのだが、何かを持ち運ぶにもなにをするにも非常に便利そう…。

貧困ビジネス(幻冬舎)

著者:門倉貴史 出版社:幻冬舎 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 リーマン・ブラザース不況がさらに日常生活のあちこちになげかける暗い影。それが著者がなづける「貧困ビジネス」である。貧困者を相手にさらに利益を搾取しようとするビジネスを総称するが、多重債務者に養子縁組をさせてさらに借りさせるビジネスや臓器売買、偽装結婚、二重派遣、食品偽装、そして貧困対応型セックスビジネスなど、「知恵」のまわる悪人たちが考え出した貧困ビジネスは行政の想定外の行動で営利を搾り取る。さらに行政の改正割賦販売法が施工された場合(2010年)、クレジット業者が登録制になるほかクレジット会社には個人消費者の与信能力の調査義務が課される。つまり与信能力がないとみなされた消費者はクレジットカードが使えなくなるわけだが…。これが民間消費を冷え込ませることになりはしないか、という著者の疑問は「もっとも」な懸念である。改正貸金業法も2010年6月より貸出上限金利が20・0パーセント、さらに貸し付け金額も収入の3分の1以下までとされる。これで問題がすべて解決すればいいのだが、おそらく著者が想定しているように、ヤミ金融からの借り入れをする消費者が急増するというリスクは高い。新書サイズではあるが内容は非常に濃く、しかも2009年末現在の世相をかなり克明にうつしとっている描写が多い。いくつかの事例は著者自身が取材にあたって価格の相場などを調べたものと思われるが、一読して「景気の余波」について考えてみるには絶好の書籍といえるだろう。また10年後、20年後に経済史の参考文献として利用できる内容でもある。

図解超勉強法(講談社)

野口悠紀雄監修 出版社:講談社 発行年:2009年
 いわゆる8割学習法が提唱されているが個人的には巻末の超整理手帳の利用方法に興味津々。自分自身もホワイトコックスの革の手帳にリフィルを入れているが、ほかの職種の方々がどんなふうに活用しているのかに興味がある。資料やデータをA4サイズで管理するほか図書館などで資料集めをするときにはこの超整理手帳は抜群の使いやすさ。ただし勉強の進捗管理などはむしろ「綴じ込み」の手帳のほうが利用しやすいのではないか…などとも思っていたので、勉強法で超整理手帳がどのように使われているのかに関心があった。が、あまり勉強法とは関係なくスケジューリングや忘れ物チェックといった方向での利用が多く、まだまだ勉強の進捗管理というハードルはこの手のリフィルでは難しそう。
 ただ、持ち運びのしやすさや、A5サイズとのリンケージ、さらに超整理手帳のさらなる母艦としてA4サイズの2穴ホルダーを利用すると、さらにこの手帳の威力は発揮される。突然の会議であっても、この手帳さえもっていけばまず問題はない、というところまで仕事に特化さえしていれば、名刺やペンなど最低限とじこむべきものも確定してくる。実際お客様などがいらっしゃったときに名刺の持ち合わせがない…というのは少々気恥ずかしい感じがするもの。ある程度、手帳にはさみこめるビジネス上の必需品は持ち備えていたいものだ。その意味では整理手帳、勉強の進捗管理以外でも利用価値は十分といえる。

古代ローマ帝国の栄光(小学館)

「NHK世界遺産100」から新たに世界遺産100として編集しなおした映像と説明書がついたDVD付ムック。約70分のDVD映像と説明が楽しめる。価格は1,490円とまあまあの価格だが、さすがにシリーズ全部を見るのは不可能としても自分に興味がある文化遺産についてこうしたブックレットを入手するのはけっこう面白いだろうと思う。全50巻だが、おそらくこれから購入するとしても3巻か4巻程度か…。それを割り引いてもけっこうな面白さである。一応説明もあるのだが、やはり目でみて耳できいて理解できることも多いことを実感。

2009年11月29日日曜日

なぜ、いいことを考えると「いいことが起こる」のか(新講社)

著者:和田秀樹 出版社:新講社 発行年:2008年
 勉強法や自己管理ノウハウの本はあまたあれど、やはり和田秀樹先生の著作物に回帰してくるのが、やはりこの著者と私の相性がいいからだろう。「いい予感」があるといいことが起こるというのを、オカルト的な説明ではなくて、日常生活に即してその理由を説明してくれる。「いいこと」「悪いこと」が一日の中で同居しているケースが多いものの、それを最初から「前向き」に考えられている人は、一日全体をいい一日でとして総括できる。明るく物事を考えられるほうが、仕事も人間関係もうまくいきやすいという理屈ももっともだ。暗くて後ろ向きの発想では、やはり周囲もそんな感じでしたとられることができないわけで…。

2009年11月28日土曜日

小倉昌男 経営学(日経BP社)

著者:小倉昌男 出版社:日経BP 発行年:1999年 評価:☆☆☆☆☆
 宅配便(宅急便)の創始者として名高い小倉昌男氏の名著。現在では信じがたいことだが小口運送はあまりビジネスとして成功する余地はなく、大手百貨店やメーカーの宅配もしくは小口運送をするのがもっとも安定したビジネスだと信じられている時期があった。それを大手百貨店やメーカーとの取引も解消して、小口運送のネットワーク作りをふまえた上で小口運送向けのシステムを作り出し、社会的倫理や責任についてすでに独自の哲学をヤマト運輸にしみこませていった。今でも宅配便サービスを提供している会社は数社あるが、もっとも安定して信頼できるのはヤマト運輸ではないかと思う。
 「経営の真髄は需要を作り出すことにある」という言葉が非常に役に立つ。すでに潜在的に消費者ニーズは昔から存在していたものの実際にそれを商社に呈示でいたのはヤマトだけだった。
 そうした物流活動の原点がこの本で明らかにされていく。

2009年11月23日月曜日

ビジネスシンク(日本経済新聞出版社)

著者:デイブ・マーカム、スティーブ・スミス、マハン・カルサー 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 単行本が出版されたのが2002年だがそれから7年後に文庫化されたものを読了。自己啓発の書籍なのだとは思うが、問題解決の本とも思える。8つのスキルというか枠組みをチェックしていくことで、本当の問題点の「解決」あるいは「問題点の放置」がテーマということになる。チェックテストがついているが、やはり後ろのほうに行けばいくほどテストの評価は低くなる。「原因を見つけろ」というのはいわば「なぜ」を繰り返していくことだが、これってどこかデザイナーの佐藤可知士さんの「問診」に非常に類似しているような気がする。イメージやポリシーを掘り起こしていくために物理的世界をまず整理整頓してから、知性的世界を整理して、最後には独特のデザインをひとつのソリューションとして生み出す。このビジネス・シンクを暗黙のうちに実行していたのはビジネスパーソンではなく、高名なデザイナーであったのかもしれない。波及効果やインパクトも重視しなくてはならない理由が本文では例示とともに著述されているが、ロゴの製作などはまさにこの波及効果やインパクト。佐藤可知士さんの書籍とこの本を組み合わせて読むとその類似点が浮かび上がるとともに、ともすれば抽象的な内容になりがちなこの本を具体的な世界で理解することができるだろう。内容的にはかなり高度なスキルを求めているが、「ソリューション」というのはおそらくこの本が示しているように「その場しのぎの言い訳」とはまた違ったトータルなものではなくてはならないことを自覚。

レジ待ちの行列、進むのが早いのはどちらか(幻冬舎)

著者:内藤誼人 出版社:幻冬舎 発行年:2009年 評価:☆う~ん、待ち行列の話かと思ったらイラストから「情報」を読み取る心理学の本だった…。しかも「どうっかなー????」という疑問も少々というか多々あり…。日常生活の観察がこういう本でバイアスがかかっていると本来読み取るべき情報を間違えて解釈することにもなりかねないのが怖い。だって人間は人それぞれなので、しぐさや服装だけで判断できることにはどうしても限界がある。まあ、タトゥーを入れている人はおそらく自傷性に近いものがあるの「かも」しれないという推測はできるが、それとて断言できることではない。変身願望の現われとか自己顕示欲のあらわれとか分析はできるがそれを証明できるエヴィデンスは皆無に等しい。だからまあ退屈しのぎに読む分には読者の勝手ということになるのだろう…

2009年11月22日日曜日

刑法入門(岩波書店)


著者:山口厚 出版社:岩波書店 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
最初は手にとりにくいかもしれないが、いったん読み始めると一気に読み通してしまいたくなるほど面白い刑法入門となっている。巻末には著者自身の推薦による刑法関連の推薦図書もあげられている。犯罪とは何か、法律とは何か、法治国家としてあるべき刑事のあり方や哲学は何かといったかなり込み入った話を順序立てて整理して著述してあり、法律が苦手な人にも一読をお勧めしたい良書。「わいせつ物犯罪罪」(刑法175条)などを例にあげて犯罪の本質を「利益侵害」と考えるべきなのか「倫理規範に違反する」と考えるべきなのかといった根底についてまで考える材料を提供してくれている。こうしたウェブ時代にはもっともトピカルなテーマになりそうだが、法の趣旨をいかに解釈すれば近代法治国家にふさわしい適用になるのかがよくわかる。そして課題は課題として設定されているので、裁判員制度のあり方も含めて「判例」との整合性や時代の整合性、そして「市民感覚」だけでは司法制度はやはり運用はできなさそうだとの印象を読後にいだく。228ページの充実の新書。

新型インフルエンザの基礎知識(マガジンハウス)

著者:池上彰 出版社:マガジンハウス 発行年:2009年
 この池上彰氏の45分でわかるシリーズは非常にわかりやすくていい本ばかりだと思うが、A5判で96ページで定価840円というのはちょっと高いというのが印象。しかも4ページの倍数にできなかったためか、87ページ目シロ、88~89ページは相談窓口の案内、90ページと91ページは奥付、92~94ページは広告で95ページと96ページは再びシロ。要するに内容著述は、6ページ目から86ページ目までの81ページ分のみ。もう少し広告のページを別のデータ提供にあてるとか、あるいはシロのページを減らすとかいった本作りはできなかったものか。日本で長崎から始まったといわれているインフルエンザなど歴史的な話もでてくるし、Hで細胞に入ってNで出るといった面白い話もあるので、年表を掲載するとか写真を載せるとかなんというか…。ただこうしたやや「割高感」がある本であっても、内容面は非常に面白くRNAだとDNAにはない訂正機能が働かずにコピーミスが発生するといったわかりやすい説明はやはりこの著者一流の「わかりやすさ」。ただ購買意欲をさらに消費者に訴えるためには、「45分でわかる」というサブタイトル以外に情報提供機能ももっと充実させるべきだっただだろう。これは編集サイドの問題ではないかと思う。
 いたずらに「新型インフルエンザ」を恐れているだけでなく、感染ルートやその発生の理由までさかのぼってみると、おそらく当初の「印象」よりはおそれるに足らない、ただし対策はやはり必要という事実を知ることができる。11月からさらに来年2月までは気温が下がる時期。こうした本で知識を身につけておくのも必要ではないかと思う。

2009年11月18日水曜日

異業種競争戦略(日本経済新聞出版社)

著者:内田和成 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 ボストン・コンサルティング・グループのシニア・アドバイザーをへて早稲田大学の教授でもある著者。工学部出身や文学部出身など多様な才能をぶつけあうというBCGの出身らしい研ぎ澄まされた事業連鎖の分析が美しい。図がただ左から右に並んでいるだけなのに、それぞれが統合されていく様子がよくわかる。そしてなぜゆえに統合されていったのか、統合していく必要条件は何かといった事柄がページをめくるごとに明らかになっていく。百貨店のアンチテーゼから生まれたスーパーマーケット、スーパーマーケットからスピンアウトしたコンビニエンストアと流通の歴史がさっとわかる副産物もある。すべては消費者ニーズのためといってしまえば簡単すぎるが、その消費者ニーズを満たすために事業構造や事業連鎖を変化させていった企業はやはり強い。事業構造が違えばコスト構造も異なるのでマイクロソフトとgoogleの競争というのは、同じ市場競争という原理だけでは語れないという理由も説明される。
個人的には高速道路の収益構造で離れた場所にサービスエリアを設定して周辺にビジネスを拡大していくというenlagementという手法に注目。だれもが高速道路の主軸で利益をあげようとするが、その逆に高速道路の周辺で商売をするという考え方も当然ありだ。パソコンの時代だからといってパソコンを作ることだけが利益をあげる手段ではあるまい。もしかするとエレコムやサンワサプライといったパソコン周辺機器のメーカーのほうが利益率が高い可能性だってある。これをたとえば出版業で考えてみると…。おそらくビジネス書籍などが売れているのだからそのenlargementは何か、といったような応用もできるはず。読んでいて読者のフレームワークや想像力も刺激してくれる「ビジネス書籍」というよりも「触発」を招く競争戦略の書。

すごい!整理術(PHP研究所)

著者:坂戸健司 出版社:PHP研究所 発行年:2008年
 元デザイナーという著者。クリエイティブな仕事ではあるが、整理にこだわるところは佐藤知可士さんと共通するものがある。機能性を大事にしていくと「整理」にこだわることになっていくのかもしれない。自分自身でも本棚を整理したり、書類を整理したりを繰り返しているだけでなんとなく「こんな感じかな」というようなコンセプトがでてくることがあるから、整理ってやはりクリエイティブな作業に通じるものがあるのだろう。著者は「メモ」や「書くこと」で頭の中を整理することを提唱しているが、これも「書いているうちに悩み事が目に見えてくる」という効果が期待できるので、部屋の整理と頭の中の整理はあまり変わらないということがわかってくる。整理グッズに投資するべきとかどんどん本の中は具体的になっていくのだが、個人的には前半の「抽象的な部分」のほうが応用がきくような気がする。本棚や手帳を買うのはけっこう隙なのだけれど細かなスキル論は結局個人個人でいろいろやり方が異なるので一番自分自身にあう方法があればそれをとにかく継続するのが一番だ。革の手帳を購入しても中身がまっしろではあまり意味がないし。
 

2009年11月15日日曜日

イヌネコにしか心を開けない人たち(幻冬舎)

著者:香山リカ 出版社:幻冬舎 発行年:2008年 評価:☆☆☆
 最初はホノボノとした出だしとなっているが、ドルフィン・セラピーの紹介あたりから、著者独自の「批判精神」が発揮されはじめ、ラストにくると何某団体や何某団体から猛抗議を受けかねない内容になっているような…。いや、つまり環境問題や動物愛護問題について私自身も考えるにやぶさかではないのだが、「地域猫」をめぐる住民紛争や、2002年に移民制限を提唱した極右政治家ピム・フォルタイン氏の暗殺事件などだんだん運動が過激化していく一方で、一般社会(この場合には多数の人々という意味で)との交流がうまくいかなくなっている事象について著者独自の分析が加えられている。
 イヌは大好きだし、ネコもあの冷たさを除けばまあ好きなほうではあるが、かといって人間の快適な居住空間が侵害された場合の裁判所の判断は最初から決まっている。にもかかわらず動物愛護が先鋭化していく根底には、最大多数の最大幸福の「分母」のなかに自分のペットは…という個別的な愛情がプライオリティを持ちすぎている現実がある。このプライオリティ、個人の空間の中ではまったく個人の問題だが、社会問題として先鋭化すると、社会的摩擦が起きる。これってまるで「逆じゃあない…」ということになるわけだが…。著者自身もイヌとネコを飼う動物愛護の精神の持ち主ではあるが、それでもペット関連市場の伸びとこのバブル崩壊後の最大の不況の中で、何か「ヘン」という気持ちが代弁されているような気がする。あ、けっしてイヌやネコが嫌いなわけではなくて私も大好きなんですからそのあたりは誤読なきように…エコバッグもちゃんと持っていますし…。

ハイ・コンセプト(三笠書房)

著者:ダニエル・ピンク 出版社:三笠書房 発行年:2006年 評価:☆☆☆☆
 う~ん、一番最初に手にとったときには「右脳」「左脳」のところで挫折してしまい、今日あらためて全部読み終えた。左脳が論理性で右脳がユーモアも含む感性の機能…というわかりやすいが、しかし可塑性に満ちた脳ではそう簡単にも二分割で議論できないだろう…という戸惑い。で、最初のこの2分割志向さえ乗り切れば、案外、最後までするっと読むことができる。論理や知識はデジタルになじむが、「デザイン」「物語」「調和」「共感」「遊び」(笑い)「生きがい」といったテーマは確かにデジタルの分野では扱いにくくアナログ的な要素が強くなる。著者は芸術なども包含したアナログ的な要素、トータルに物事が見れる要素や「物語」の全体像が見える要素を重視する。いわば代替がきかないジャンルで、たとえばこれからは「看護師」のような職業でハイ・コンセプトな機能が求められるようになるだろうと予測する。コンピュータで代替できない要素というとやはりまず最初に介護関係、医療関係などが思いつくが、ダニエル・ピンクは英米の病院であっても電子カルテなどを送信すればインドで診察する時代も到来しつつあるといっている。つまり生身の人間を実際に取り扱う医療介護関係こそがハイ・コンセプトな要素で、電子カルテで代替できるジャンルの医療は「ロー・コンセプト」ということになる。
 「夜と霧」など人文関係の書籍が引用されているのも興味深い。結局、デジタルで扱える部分での変動にはもちろん対応をしていかなくてはならないが、代替不可能な部分は芸術やアナログ関係、さらに共感能力など感情面になってしまうという課題設定だ。トレーニングの方法やスキルが紹介されているわけではないから、これは自己啓発というよりもむしろこれからの時代を描写したビジネス書籍という枠内になるのだろう。実際にはダニエル・ゴールドマンなどが提唱する「EQ」などがほぼ「ハイ・コンセプト」に相当するスキルになると思われるが、ダニエル・ピンクは「ハイ・コンセプト」(ハイ・タッチ)を、EQやセリグマンの楽観主義などよりも広い概念で使っているようだ。目的やこれからの方向性をつかむのには面白い一冊。巻末にはダニエル・ピンクから6つの書籍が参考書籍として紹介されているが、「夜と霧」は「生きがい」に関連する書籍として大絶賛されているのも印象的。

思考停止社会(講談社)

著者:郷原信郎 出版社:講談社 発行年:2009年
 「法令順守」と「社会規範」が異なるという事例を食品の偽装表示事件、構造設計偽造事件、経済司法の判例、市民参加、厚生年金記録の「改ざん」、などを事例にとって分析する。法律ではよく「形式」と「実質」という二元分析がよく使われるが、その「形式面」(法令遵守)と「実質面」(社会的な規範など)が乖離しるぎているのではないか、法令の細部の文言に縛られてその段階で思考が停止しているのではないか、という著者の問題提起である。
 個人的にはやはり「経済司法」の判例分析(第3章)が興味深かった。村上ファンドのインサイダー取引による刑事事件が分析されているが、この判決の「投資家の投資判断に重要な影響を及ぼす事実」というのが具体的にはどの段階を指すのかという微妙な判断によるところが指摘されており、むしろこの事件は金融商品取引法の157条(包摂規定)で起訴するべきだったのではないか、という提案は興味深い。インサイダー取引の禁止規定の拡大していくにつれて、「法令順守」を考える投資家は「ある程度ここまで知っているから株式投資はもうできない…」と投資を見送るだろう。その結果、グレーゾーンに存在する投資家は株式市場から離れてしまう。その分需要が減るから、株式の市場価格も下落傾向に陥るという論法だ。むしろ確信犯的なインサイダー取引に相当する投資のほうが増加する可能性もあるわけで、これこそ経済学でいう「レモンの原理」で法令順守を考える投資家が市場から撤退し、悪質な投資家だけが証券市場に残存するという逆選択の状態になってしまう。証券市場の公正さについて検察庁が理解していない、あるいは法廷で説明できないというのはちょっと過激すぎる主張だが、一連のインサイダー疑惑をめぐる司法判断や検察庁の立件の中には、明らかに投資家の投資意欲を阻害するような主張がみられ、それは個人的にも懸念していた(ただし司法判断がすべてに優越するというのは、近代国家の大前提なので、いったんでた判例については、今後かなり大きな影響を持ち続けることになる。方向転換は容易ではないだろう)。ほかにも買収事件をめぐる司法判断も分析されているのだが、個別具体的な案件については一応妥当性はありそうだが、長期にわたる司法判断の一貫性や、市場の安定という観点からすると、判決の趣旨にはちょっと問題点が残ると考えざるを得ない。著者の主張にもかなりの「実質的な正当性」があると思われるし、事実この法令順守の形で日本の制度が運用されるのであれば、善良な投資家が投資しにくい状況はかなり続く。また会社法をかなり柔軟な機関設計ができるように大改正したのに、大型合併や買収がしにくい状況やそれにともなう資金調達にも齟齬が生じかねない問題点も内在している。
 社会的規範をもっと活用する…というのはおそらくそう簡単なことではなく、当面はこの形式的な司法判断や法律の文言どおりに運用していくのが第一段階とすると、最終段階は道徳規範的なものや経済学的に考えられうる判決の「後」のことまで考慮した司法判断というものが「あたりまえ」になる時代となるのだろう。まだ日本は法令順守そのものが始動した段階なので著者の指摘にはかなりの妥当性があるものの、やや制度運用者には厳しすぎる面があることも否めない。ただし「今のまま」では「形式」と「実質」に大きな乖離がさらに生じて、「社会制度」そのものの存在意義が問われる場面がくるだろう。山口県光市の事件をめぐる弁護団と市民の感覚のずれも「形式」と「実質」の大きな「差」の一場面ではないかと考える。

2009年11月13日金曜日

グッド・ラック(ポプラ社)

著者:アレックス・ロビラ、フェルナンド・トリアス・デ・ベス 出版社:ポプラ社
発行年:2004年
 発行された当時の5年前にもこの本を読んだ記憶がある。当時はなんていうことのない「大人の童話」だと思っていた。しかしふと読み直してみると「もしかしてこれは知恵と工夫の物語か」と再認識。二人の騎士がでてきて、アーサー王物語のもう一人の主役マリーンの「お告げ」をもとに、「森」にでかけて「幸運のクローバー」を見つけ出すという宝探しの物語。当然のことながら、態度が悪くて傲岸な騎士には他者はそれなりの対応をし、謙虚に相手の都合を聞いてから物事を聞き出すホワイトナイトは、情報を得る。これってある意味当然で、傲岸な人間にはだれも何も教えようとも思わないが、人の話をいろいろ聞いて参考にしようという姿勢の人にはあれこれ教えたくなる。石やら木やら「無口っぽいキャラ」があれこれしゃべりだすのだが、そこから聞いた情報を活用していった騎士と、額面どおりに受け取った騎士とでは発想がまるで正反対の方向に向かう。一応教訓めいた言葉で「下準備が大事」とかいっているが、下準備そのものはこの二人の騎士の間にそれほどの差があったとは思えない。むしろ「やる気」は両方ともあったし、準備そのものも予備知識もあったが知りえた情報や知りうる情報の範囲に大きな差があった、ということなのだろう。その意味ではこれは「運」ではなくて「情報活用能力」の「物語」なのだと再認識する。どうってことない日常生活もひとつの情報をどういうふうに解釈するか(前向きに解釈するか後ろ向きに解釈するか)でぜんぜん違う結果を招く。「俺様」という考え方よりも「私の考えはまずさておき」という情報収集と分析能力の差がラストの差になってあらわれたのだろう。

2009年11月11日水曜日

ノートは表だけ使いなさい(フォレスト出版)

著者:石川悟司 出版社:フォレスト出版 発行年:2009年
 マルマンで名作「ニーモシネ」を開発した著者。私自身もニーモシネのA4判サイズをマインドマップ作成用ノートして使用してるが取り外しがきくうえに、ちょっとした知識や情報の整理にちょうどいい大きさ、かなり考えて作られたノートであることをユーザーとして実感している。で、この本ではまず情報を整理してノートに書いたときにあとで切ったり貼ったりする可能性があるから「表だけ」使うようにする…という切り出しから、なるべく「見える化」して情報整理や加工に便利なようにしておくという著者の工夫が開示される。人によっていろいろなやり方は確かにあるが、情報伝達としてのメモ(電話の取次ぎなど)については丁寧に書くというような心遣いは確かに必要と実感。とにかく最初はとれるだけメモをとってあとで整理するという必要性も実感している。最終的にはマインドマップで概念や知識を整理するのが一番構造理解には適していると個人的には思っているが、三段階にわけて情報を整理する著者と実際にはさほど変わらない思考方法をとっているのかもしれない。自分で何かの工夫を展開しようとするとき、既存の知識や情報を整理しておくことは大事なことではないかと思う。方法論ではあるけれど、これを各読者がいかに自分自身のやり方に転用・応用できるかがポイントだろう。

弱者の兵法(アスペクト)

著者:野村克也 出版社:アスペクト 発行年:2009年
 実践で役立つデータ収集をこれだけ「地」で活用した野球の指導者は、やはり日本のプロ野球の中では唯一の存在といっていいだろう。もちろん現在ではノートパソコンやデジタルムービーを活用するのはプロの選手では当たり前のことだと思うが、アナログの時代からピッチャーの配球を色分けして分析していたのはやはり野村克也氏がはじめての存在だ。持てる力をすべて出し切るという意味で「野球を楽しむ」というのはいいが、ただ単に面白がるのではだめだ…というかなり厳しい内容になっているのが本書の特徴。「限界」と「未熟」は違うという指摘に首が縮まる…。この厳しさは読者に対してというよりも現役のプロの選手に向けた内容かもしれない。この老指揮官は夏の発行時点ですでに「引退」をある程度は覚悟していたのだろう。「高校野球がなぜあんなに人気があるのか考えてみろ」という問いかけは、ひたすらただ単に働くだけの社会人にとっても答えるのに窮する質問かもしれない。技術的なことではなく「ひたむきさ」という要素だけを取り出してみれば、はたして自分自身が「ひたむきさ」「熱意」だけで人を惹きつけることができているのか…というプロフェッショナルの自覚の問題へとつながるからだ。

2009年11月9日月曜日

戦略の本質(日本経済新聞社)

著者 :野中郁次郎、戸部良一、鎌田伸一、寺本義也、杉之尾宜生、村井友秀
出版社:日本経済新聞社 発行年:2005年 評価:☆☆☆☆☆
 戦略論の古典でもありロング&ベストセラーでもある。これも文庫本になっているがやはり単行本での読書を進めたい。かなりの分量にのぼるため文庫本では厚さと重さで読書が途中で中途半端に終わる可能性も。戦略論の系譜をまず第1章に置いてから、毛沢東、ドイツ空軍と英国防空戦力、スターリングラードの戦い、朝鮮戦争(特に仁川上陸作戦)、第四次中東戦争、ベトナム戦争を検討して最後に10の命題が打ち立てられる。もちろん反論可能な形での命題の提出で、最後はなんと「賢慮」である。アリストテレスの「フロネシス」を「賢慮」としたわけだが、これはおそらく目に見えない無形の力やノウハウといったものすべてを総合した概念になるだろう。きわめてあいまいでしかも膨大な概念を包摂しているが、実際にリアルな戦場と抽象的な机の上の作戦図とのバランスをとりうるのはそうした「暗黙知」もしくは「賢慮」という概念にならざるをえないのかもしれない。経営戦略の本としても読めるが近現代史の歴史の本としても興味深い。現在のエジプトや中国がいかなるプロセスで現在に至ったかを考察していくのには、こうした具体的事例で近現代を振り返ってくれる本書のような書籍が必要だ(ネットではやはり散発的な事象しか掲載されないし、またできない)。毛沢東がいかにして包囲討伐作戦を乗り切っていったかというくだりはちょっとしたスリリングな歴史小説の趣もある。文学や哲学の概念も援用しながら最後まで読者をひきつけてやまないこの構成。理論書でありながらも「読者」というコミュニケーションの相手側の存在も「戦略的に」考慮して作成された書籍といえるだろう。

アイデアのつくり方(TBSブリタニカ)

著者:ジェームス・W・ヤング 出版社:TBSブリタニカ 発行年:1988年 評価:☆☆☆☆☆
 いわゆる古典的名著とされているこの本。実はブックオフで400円で入手できたのだがさっそくセロテープで補強して、耐久性を高め、これから何度も読み返す本として位置づけた。既存の要素をいかに組み合わせるか、そしてその関連性をどう見抜いていくべきかといった方法論が具体的に述べられており、その手法としてカード索引法が紹介されている。一つの事柄を一つのカードにまとめて、最終的には一つのファイルボックスになっていくというこのやり方は、梅沢忠夫氏の「発想法」やKJ法にも通じるものがあるが、資料集めのあとに「関係」を見抜く方法そして音楽や映画で発想をいったん別の方向に転じてみることなど、天才であれば必要ないであろうが凡人であればきっと必要になるノウハウがぎゅっと凝縮されている。世界を組みなおしてみてみるという作業はオリジナリティがもともとある人にとってはきわめて手続き論的な作業かもしれないが、実は90パーセント近くの凡人にとってはそれだけで世界が新しく見える効果もある。わずか102ページの本ながら中身はきわめて実践可能性と示唆に富んだ名著。

未来経済入門(ビジネス社)

著者:小宮一慶 出版社:ビジネス社 発行年:2009年
 貯蓄率が最近大幅に低下している。学生時代の近代経済学では日本の貯蓄性向は20パーセントと教わったのだが、最近では2~3パーセント。消費性向が増大したという見方もあるだろうが、実際には貯蓄に回せるだけの可処分所得がいきとどかなくなったということだろう。こうした疑問にも答えてくれる本書だが、特にこの本ではノルウェーなど北欧型資本主義に解説がさかれているのが興味深い。また中国による供給過剰状態と資源インフレの問題、経済ブロック化の問題、改正食品リサイクル法とバイオエナジー、「水」問題、バイオエタノールのけん引役とされるブラジル、財政再建と特別会計の問題、事業拡大におけるグリーンフィールドなど「今」を知るキーワードと世界の情勢がコンパクトにまとめられている。いわゆる著者独自の理論というものはあまり表に出ていないが、その分、この本から種々の世界経済の本を読み進めていくこともできるだろう。

一流になる力(講談社)

著者:小宮一慶 出版社:講談社 発行年:2009年
 「考え方」おそらくは野村克也氏がその著作で述べている「無形の力」とほぼ同義だろう。形に見える数字ではなく、むしろ形に見えない考え方や論理の方向性などが人生の一つの形を作っていくという発想。まずこの部分が「根」となり、そしてその「考え方」をささえるのが「ワザ」。野球でいえば一つ一つのプレーであり、ビジネスでいえば手紙の書き方やパソコンスキルといった「ワザ」ということになる。112ページ以降が特に個人的には有用で、これからの重点項目として①自分の領域②会社法などの法律分野③マクロ経済学といった3つのジャンルが上げられており、これにはほぼ同感。わずかな差をスコシヅツつけていって、仮説と検証を積み重ねていくという方法。地味だがこれほど確実にフローが資産化できる方法もない。
 巻末には日本経済新聞の月曜日「景気指標」の読み方も解説されており、「考え方」の構築から「ワザ」の一つ(日本経済新聞の読み方)までを一通りマスターできる実践経営入門の本。

社長のためのマキャベリズム(中央公論新社)

著者:鹿島茂 出版社:中央公論新社 発行年:2003年
 経営戦略では菊澤研宗、ビジネス・経営では小島一慶、そしてフランス文学その他ではこの鹿島茂氏の著作物を購入すればまずはずれがない、というのが現在の私の本の買い方だ。新刊本ではなく中古本屋あるいは古本屋でしか入手できないケースもあるのだが、やはりこれらの著者のルーツとなる著作物なので、見つけたときにはなるべくその場で購入して家に持ち帰るようにしている。
 で、この「社長のためのマキャベリズム」。いろいろな意味で自分自身の周囲の実際の人間と対比していくと非常に面白い。合併においては「人はささいな侮辱には仕返ししようとするが、大いなる侮辱には報復しえない」のであるから、徹底的に「大いなる侮辱」で合併してしまえ…さらには同族経営の会社を買収すれば統治はきわめて簡単…ということで東南アジアの市場を狙うSントリーグループと○リングループの経営統合が彷彿としてくる。また社員を味方につけなくては社長は存続しえない、ストックオプション、間接金融などが論じられる。また「恩義の担保よりも恐怖心の担保のほうが効率はいい」といったくだりには「う~ん」とうなってしまう。「慎重であるよりは果敢であるほうがよい」という最後の結論に至るまでフィレンツェ共和国にあてはめられるべきであった君主論が株式会社の社長にも適合されていく。この手腕は独自のフランス文学論や風俗史を書き連ねてきた鹿島茂氏の才能が全開といったところ。まだ文庫化はされていないようだが、2003年発売のこの本、2009年もしくは2010年の社長にも読んで損するところなしといった感。

あたりまえのことをバカになってちゃんとやる(サンマーク出版)

著者:小宮一慶 出版社:サンマーク出版 2009年 評価:☆☆☆☆☆
 経営・ビジネス関連書籍はやまほど出版されており、そのすべてを読むことは当然できない。が、著者で選択するということであればまずこの小宮一慶氏の一連の著作物はまず「買い」だ。日本経済新聞の読み方や一つの事象の観察から多くを類推するという手法は職種がなんであれ有効な方法ではないかと考えるからだし、なによりも著者自身が癌を克服したばかりで「死」を見据えながらビジネスを考えているという真摯な態度で執筆に臨まれているからだ。「死」を前にしてなすべきこと…をビジネスの場面で考えるとこうなるのか、という働き盛りのビジネスパーソンには参考になる著述が多いことだろう。
 運やチャンスだけではなくそれを捕まえる準備をしておくべき、あるいは、小さなことを徹底して大きなことを徹底していくという基本の中の基本。ただし一定の年齢を過ぎると、人間はだれしも小さなことをおろそかにしていく傾向がどうしても出てくる。初心に帰っていくためにはやはりこうした「あたりまえのこと」が何でそれをちゃんとやるというのはどういうことなのか、といった生活の基本部分に立ち返る必要性があるだろう。ちなみに自分勝手な人は失敗するというのはきわめて明快に説明されており、「そんな人は皆から嫌われるから」。考えてみれば当たり前で、自己中心的な人にいつまでも他人はつきあってくれないのは、小学校時代から常にあてはまる人間関係の真実。ことさらに難しく考えるべきではなく、素直に考えれば居丈高な態度や感情が不安定な人には他者に与えるメリットがないのだからいずれ他者から見捨てられていくという当然の結論に…。

精神障害者をどう裁くか(光文社)

著者:岩波明 出版社:光文社 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 精神医学の立場から刑法39条とその運用実態を検証した新書。新書サイズでここまで広く深く刑法39条とその運用実態の問題点を指摘しているのは、著者の筆の力と編集者の編集力がかなり優れているからだろう。刑法39条では精神障害者の責任能力について定めており、心神喪失者の行為は罰せず、もしくは刑を減刑する旨が規定されている。収容と保護の歴史と治療の対立する論理がでてくる。古代ギリシア・ローマから精神障害者への減刑は脈々と現在まで受け継がれてきたが、日本の奈良時代にもその痕跡がみてとれる。現在ではヴィクトリア期のマクノートンルールが一つの基準になっているが、日本ではそれが精神保健福祉法と医療観察法の2つの法律で処理されることになる。いわゆる触法精神障害者についてはこの精神保健福祉法の解釈で運用されており、措置入院制度もこの法律の立法趣旨で運営されてきた。ただしデータが本書で示されており措置入院患者のかなりの部分が早期退院か一般入院に切り替えられている。人権についてのかなりきめ細かい規定が特徴とされているが、医療による強制入院には人権問題がからんでくるというのがややこしい。あのI小学校の事件を境にして制定された医療観察法では指定医療機関による医療が法文に明記されたが、設備がまだ不十分であることを著者は指摘する。つまり精神保健福祉法や医療観察法でも治療体制が整備されているとはいえないわけだ。著者の主張は「人権に配慮しつつも」治療体制を確たるシステムとしてさらに拡充していく必要性を述べているわけだが、ここには予算の問題が次にからんでくる。またアスペルガー症候群といった境界線上の症例の場合にはどうするのか、責任能力はあるのかといった問題が…。多様化する精神疾患と法律上の「責任能力」のすり合わせにはかなりの時間がかかるうえ、刑務所に入れればそれでいいといった発想では問題は解決せず、かといって治療を強制するにはどうすればいいのか、それが人権無視につながらないためにはどうすればいいのかといった種々のサブシステムがさらに構築されていく必要性。さらに予算配分をどの程度増やしてどこの省庁で扱うべきか、行政が担当する場合に裁判所や検察庁との関係はどうなるのか…といった問題点がどんどん膨らんでみえてくる構図となる。問題の提起と一定の解決策も示されているが、一種の「警告」の本としても読むことができるだろう。

組織の不条理(ダイヤモンド社)

著者:菊澤研宗 出版社:ファイヤモンド社 発行年:2000年 評価:☆☆☆☆☆
 この著者の代表作といえばおそらくこの「組織の不条理」。タイトルを変更して日本経済新聞社から文庫本で発刊されたが、内容がかなり凝縮されているので文庫本よりも単行本のほうが読みやすいと思う。本の「判形」は、価格の高い安い以上にreadbilityに関係してくる要素が強いと思う。文庫本だとなかなかメモ書きもできないが、この本だと他の菊澤先生の著作物とリンクさせてページを記入したり、他の経営戦略論や行動経済学の書籍とリンクもできる。別にリンクはウェブだけの特権ではなく、他の書籍の作品名とページ数を相互に関係させるたけでリンクできちゃったりするが、それには書籍にメモをはりつけたり書き込んだりしなくてはならない。単行本のほうがそうした作業には向いているし、単に本を読んだというだけでは発展がないが、それをいかに日常生活に取り込むかは読者の本の活用次第。市場経済では統制しにくい問題を内部化してしまう所有権理論など新しい経済理論はこうやって活用するのか…といった事例がわかりやすく著述されており、経営戦略や経営組織論として読むだけではなく、日常生活のちょっとしたHACKSとしても活用できる著述が多々みられる。名作といってよいだろう。

「命令違反」が組織を伸ばす(光文社)

著者;菊澤研宗 出版社:光文社 発行年:2007年 評価:☆☆☆☆☆
 タイトルだけからすると「キワモノ」に見えてしまうが、中身は新制度経済学派にもとづく「合理的に行動した結果の不合理」をわかりやすく説明してくれる正統派の経営学。人間は限定合理的な存在だからその「枠内」でしか合理的に考えることができない。だからこそ議論風発の組織を作り上げていかなければならない…という流れになるが、理想の組織論がどうあるべきかについては今後の著作物で明らかになっていくだろう。第二次世界大戦中の数々の軍事史を取引コストやエージェンシー理論で読み解き、これまで「非合理」とされてきた戦略が実はそれなりに合理性をもっていたことを明らかにする。プロスペクト理論などは自分自身の日常生活においても「このまま失敗するよりかはダメモトでやってみよう」的な発想でトキに出現する考え方でもある。
 「やってみなきゃわからない」の前に、さらに合理性を高めていく努力があればインパール作戦で多くの兵士が犠牲になることもなかったわけだが、これまで特定の将校の人格的な問題に帰着していた結論がこの本でひっくりかえされる。「なぜ失敗したのか」「非合理だったから」ではその先に議論が展開していかない。ジャワ軍政など成功した事例との対比も見事。760円でこの内容はかなりのお買い得。

2009年10月31日土曜日

使える脳(日本文芸社)

著者:和田秀樹 出版社:日本文芸社 発行年:2009年
 日文新書という日本文芸社から刊行された新書。この日本文芸社という出版社は記憶ではポストモダンの映画論や社会評論の書籍からマアジャン漫画雑誌まで幅広いラインナップをそろえている神田にある出版社…というイメージだったが、どうも新書にも進出していたらしい。しかも和田秀樹先生の「脳」の使い方の新書の刊行。出版社の特徴というか個性が見えにくい出版だが、新書サイズで和田先生の新刊が読めるのは嬉しい。
 知識量を増やすとともに推論力(仮説構築力)も増やせ…という主張が新しい。これまでは知識を増やしてその「組み合わせ」を考えるというスタンスがさらに一歩進化して、推論も加わった。これはフェルミ推定や仮説構築力とほぼ同義と思われる。ベースにはもちろん知識があるわけでそれがなければ話にならないが、限定合理性しかない人間がすべての情報を入手するのは難しい。そこで手許にあるだけの知識と情報に加えて、正しい推論ができる力(仮説構築力)を磨いていこうというのがこの新書の新しい意味づけではないかと思う。観察して仮説を立案して結果を検証するというPDSサイクルの繰り返しがその仮説構築力のトレーニングになるというわけだが、これは仕事のみならず、ニュースやウェブの記事でも同じトレーニングは可能だろう。第一次情報に接する機会が少ないケースでは情報の信頼性そのものを確認することが難しい。ただ多面的な情報の考察で信頼性の程度を把握し、さらに信頼性の程度に応じて仮説をたてていくトレーニングはだれでもできる。
 本を読む場合に同じジャンルの本を固め読みするという方法もあるが、同じ著者の本をずっと読んでいくという方法もある。私の場合にはやはりこの和田秀樹氏の著作、ずっと読んでいって取り込める部分はどんどん日常生活に取り込んでいくつもりだ。

戦略「脳」を鍛える(東洋経済新報社)

著者:御立尚資 出版社:東洋経済新報社 発行年:2003年 評価:☆☆☆☆☆
 わりと浮き沈みの激しいビジネス書籍の中では2003年発行以来のロングセラーかつ名著とされている戦略学の本。文学部出身の著者らしい「脱構築」(デコンストラクション)という概念を競争戦略の中に持ち込んでいる部分が興味深い。理論だけだとどうしても読み手も文字をうわすべりに読んでしまうが実例や文学や歴史などのエピソードが織り込まれていると理解も早い。著者はこの本で「インサイト」(洞察力)という概念も提唱しているが、街のお弁当屋さんにしてもアイスクリーム屋さんにしてもはやっているお店とそうでないお店の両方がある。その違いをさらに自分の業界に転用できないかどうか…といったインサイトこそが重要な考え方だと主張しているように思える。
 ボストンコンサルティンググループの東京事務所には「多様性からの連帯」という言葉が飾ってあるというが文学部、工学部、経済学部とさまざまなジャンルの専門家が多種多様なインサイトをぶつけあってオリジナルのコンサルティングをおこない他のファームと差別化を図っているのだろう。名著といわれるのにふさわしく、一回だけでなく二回、三回と読み直し、さらに日常生活の中でいろいろな形でこの本のエッセンスを活用していきたくなる本だ。

一流の部下力(ソフトバンククリエイティブ)

著者:上村光弼 出版社:ソフトバンククリエイティブ 発行年:2009年
 リーダシップ論は経営学でもよくみるがフォロワーシップ論というのはまだ本が少ない。この本は上司としてではなく「部下」としてなにが最適な行動なのかといった一つの指針を与えてくれる。上司のいうことを100パーセント肯定して「ヨイショ」ばっかりというのでは組織全体をだめにするが、かといって反抗ばかりしていても生産性がない。結局チームワークをどれだけとれるかがポイントなのだから、一定の組織の風土の中で、どれだけ独自性を発揮しつつ、できうるかぎり多数の人間に快適に働いてもらえるかがポイントになるだろう。けっして表舞台の作業ではないが、かといって目に見える形で「反抗」「ヨイショ」するよりも前向きで建設的な姿勢ではないかと思う。感謝・謝罪・愛嬌というあたりが人格的なポイントでその次が「報告・連絡・相談」という実務レベルの話になるだろう。ここらあたりは仕事の基本だが、プラスアルファは、さらに「情報価値」の提供や「アイデアの提供」といった価値提供機能であると本書は説く。仕事は矛盾だらけで理想像はない、という前提を受け止めつつも改善点や価値提供をしていくことが部下の「力」と解釈すれば、酒場で愚痴いったり陰口たたいたりといった時間はだいたい99%がムダな時間だということが本書を通じて判明する。「やるべきこと」をやってから「やりたいこと」「やれること」を増やしていく。年齢をへればだれしもいずれはチームを率いていくことになるが、それはけっして「権力欲」ではなく、逆に情報家血を大多数に提供していくという提供義務範囲の拡大だ。そのためにも実は「部下」であっても「上司」であっても継続的な勉強が大事になってくる…という結論につながっていくのだと思う。新入社員には多分読んでもわからない内容かもしれないが、ある程度組織の中で働いてきた中堅のサラリーマンならばきっと共感できる部分が多数あるはず。

戦略学~立体的戦略の原理~(ダイヤモンド社)

著者:菊澤研宗 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
 カール・ポパーの多元的世界論を軸に、新書サイズの説明よりもより深く、しかもシステマチックに著者の戦略に対する考察がまとめられた本。ピカソのキュービズムの理論を戦略論に持ち込み、3つの視点で過去と現在の企業経営戦略を体系化する。クラウゼヴィッツとリデル・ハートの違い、そして心理的世界に属する行動経済学の論理、取引コストをはじめとする新制度経済学の理論を取り込んだ知性的世界の戦略などこれまでの過去の理論を一気に体系化できるというメリットもある。軍事戦略と経営戦略の相違点についても重要な示唆を与えてくれるだろう。また原価管理の新しい思想であるバランスド・スコア・カードについても、キュービック・グランド・ストラテジーの観点から考察が加えられており、最新の理論についてもこの本で知識と体系を得ることができる。価格は2,400円と標準的な単行本の価格だが中身は価格4,500円でも「買い」であろう。

2009年10月27日火曜日

「周りがチャンスをくれる人」はこんな人!(新講社)

著者:和田秀樹 出版社:新講社 発行年:2006年
 最近いろいろな事柄があり、「チャンス」とか「運」とかいう偶然的なものについて「じゃっかん」考える機会を得た。いろいろなめぐり合わせが確かにあってそれは偶然でもあるし、必然的にそうなったともいえるのだが、「何かやってみないか」と声をかけられたり、あれこれお世話をしていただけるということには、何か「原因」がありそうな気がする。偶然は確かにあるけれど、偶然に出会うための必然的なプロセスってなんだろう…というと、この本に書かれているような声をかけやすいか、かけにくいか。前向きなのか後ろ向きなのか…といった発想のポジションや「雰囲気」って重要だ。松下幸之介さんが「愛嬌は重要」といったとかいうエピソードがあるが、「人工的な愛嬌」はやや見苦しいが、たいして努力もしていないのに「愛嬌のある人」っている。羨ましいかぎりだが、自分自身たいして愛想もよくないし、明るくはないが、わりと「率直過ぎるほど率直に」あれこれいいやすい…という雰囲気があるのは、それなりに得している部分があるような気も。
 不幸の最中で、いろいろな人にお世話になることがあり、「あれこれ言われる」…というのは決してマイナス面だけではないと思った。陰口はちょっとイヤだが、面と向かって「あれこれ」いってもらえるというのは自分のかけがえのない「得する性格」かもしれない。
 今思えば特定の信条などにしばられない、権威主義に毒されない…といった「心がけ」が、そうした「いいやすい雰囲気」に寄与しているのかも。この本は別に難しいことを解いているわけではないのだけれど、「なるほどなあ」という生活レベルで、「チャンスにめぐり合う性格」をわかりやすく解説してくれている。考えてみると「あたりまえ」のことのようにも思えるのだが、でも実は「あたりまえ」のことを「さりげなく」こなせていける人っていうのも、「得な性格」の一つかもしれない。英雄ではなく、生活レベルで役にたつ生活の知恵が満載。タイトルはいまひとつだが、内容としてはすぐにでも実践できるノウハウが紹介されている点に好感が持てる。

2009年10月23日金曜日

見通す力(NHK出版)


見通す力(NHK出版)著者:池上彰 出版社:NHK出版 発行年:2009年 情報の収集と仮説の立案と検証。きわめてオーソドックスな方法だが、だれもがするこうした情報から仮説を構築する「技」というものを著者は具体例で示してくれる。スクラップはA4のコピーの裏を使って、ダンボールに放り込んでおくなど、きわめて情報の収集は乱雑なものの、おそらく世の中のランダムな流れの中から仮説を立案して、将来をある程度見通す「経験」あるいは「インサイト」(洞察力)といったものが継続しているうちに鍛錬されてきたのだろう。イリノイ州の地方議員だったオバマになぜゆえに著者が注目したのかは不明だが、その後の大統領選や、あるいは環境を重視する先進国と低価格を追及する発展途上国の自動車産業のはざまでどうするべきかなど、さらにこの本から発展して「将来のその先」を考える「種」が得られるのは大きい。

2009年10月22日木曜日

戦略の不条理(光文社)

著者:菊澤研宗 発行:光文社 発行年:2009年
 カール・ポパーの世界観をベースに、戦略とその環境を物理的世界・心理的世界・知性的世界に分類し、ロンメル、クラウゼヴィッツなどを論じていく。新書のせいか、おそらくキュービズムな戦略論がやや平板にも見えてしまうが、これは電車の中で本を読まざるを得ないサラリーマンに配慮した結果かもしれない。ただ、二次元的な物理的世界で戦略パワーを論じる本よりも「三次元」の世界に戦略論を持ち込むことでテイラーの科学的管理法やフェイヨールの管理論、フォーディズムまで経営史を一つの世界観でなぞってみせる手法は見事。また戦略資源に満ちた側より、やや弱小とみえる軍隊や企業がときに勝つことがある不可思議さも、この3つの対立軸のいずれかが環境と適合していない、という理由で説明できる汎用性も捨てがたい。
 いずれも事後的な分析には非常に役立つが、ただ事前的な戦略立案などにはまだまだ課題は残るように思える。「後付の理論」のような匂いがしないでもないが、それは読者へのサービスで、未来に役立つ理論展開(たとえば知性的世界にはブランドなどが入るらしいが、それではブランドや風評をどうすればいいのかなどといった理論)の枠組みを次回作で展開してほしい。

2009年10月18日日曜日

実録・闇サイト事件簿(幻冬舎)

著者:渋井哲也 出版社:幻冬舎 発行年:2009年
 いわゆるネットを媒介した犯罪をルポとして伝えながら、「現在の情報モラル」を考えていくという新書。「実態の把握が難しい」とされるのは、リンク、リンクでどんどん飛んでいかないとgoogleですぐ「見つけました」というわけにはいかないあたりが「闇サイト」ではないかと思う。通常、特定の事件についてブログを立ち上げても禁止ワードが混在してくるので、google以外の特殊な検索エンジンか、人海戦術で個別にウェブページをつぶしていくしかないのだろう。いわゆる「隠語」を使われても「実態」の把握には程遠くなるわけだし。
 情報を得るには非常に便利な時代で、通信も楽。そして新しい世界に向けて何かを始めるにも都合がいい時代だが、そうしたツールは「犯罪」にも適用可能。最初に始めた人間はおそらく「次の時代」を見据えて別のことを考えているのだろう。あまり内容が明るいとはいえないが、それでもしかし、読んでおかないと何かとパソコンで検索するのにも支障が生じる時代かもしれない。

医療保険なんていりません!(洋泉社)

著者:萩原博子 出版社:洋泉社 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 生命保険という金融商品には興味は多少あったものの個人的にはかなり「うさんくさい」システムというイメージがぬぐえず…。一般には職場にまわってきた生命保険の営業におしきられるというパターンが多いと思うが、私の場合にはそういう営業もあまり気にならず…。死亡保険は何か金銭的に困ることがありそうなときには入る必要性もあるかもしれないが、子供などが成人に達している場合などにはほとんど意味をなさないだろうし、養老保険など貯蓄性の生命保険よりもやはり銀行の定期預金のほうが安全でしかも利率も国債よりもちょっと下回る程度。今でも入る必要性はまったく感じない。
 しかし「医療保険」だけは関心があり、特に身近なところでいろいろな病気をわずらう方々がでてくると、治療はしないといけないし…とあれこれ考えているところにこの本に出会った。
 結論からすると著者は医療保険の必要性をぜんぜん認めていないわけだが、なぜゆえに認めていないのかを実際の生命保険の約款や利率、掛け金などでシミュレーションしてくれるほか、給付される要件についてもしっかり検証してくれている。「医療保険だけは入っておこうかな」という不安も公的負担医療制度の詳細をこの本で知るとあんまり意味ないのかも、と再考することに。
 こうした批判があってこその金融商品のサービスの高度化が図られる。生命保険会社はむしろ不払いやリストラなどのコストダウンよりも、生保の理念である相互扶助の精神に立ち返ってもらいたいもの。

ぼくらの頭脳の鍛え方(文藝春秋)

著者:立花隆 佐藤優 出版社:文藝春秋 発行年:2009年
 書店にいくといきなり三段の平積み状態。著者がこの二人だから内容にはずれがあるわけがない。立花隆さんの「ネコビル」などをかつて筑紫哲也さんが御存命のこと訪問するテレビ番組があったが、筑紫さんの羨ましそうな顔が印象的だった。よってたつ基盤が違うので、この本にあげられている400冊を全部読もうとは思わないし、ヨーロッパのカルチャー源などまでたどりつく自信も読む気もないが、少なくともこの二人がここまで書籍を読み込んでさらに考えを尽くして執筆にあたっているという気迫が、新書の中からたちのぼってくる感じがある。
 機関銃について二人が語る場面があるが、同時にクリント・イーストウッドの「アウトロー」の一場面を思い出す。この映画の冒頭でクリント・イーストウッドは南軍の残党として機関銃を使用するのだが、実践的に機関銃が投入されたのはやはり南北戦争だという指摘があり、なるほどと思う。機関銃をキーワードに日露戦争や旅順攻略などにも話がおよび、もう一つ「203高地」(あおい輝彦主演)も連想。乃木将軍に対する二人の考え方の違いも興味深い。
 

2009年10月17日土曜日

14歳からの世界金融危機(マガジンハウス)

著者:池上彰 出版社:マガジンハウス 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 サブプライムの信用危機からオバマ大統領就任までの経済の流れをわかりやすく解説。中学2年生以上の読者を想定しているという趣旨だと思うが、社会人が読んでも間違いなくわかりやすいし面白い。これまで自分の中では曖昧にしてきたアメリカの商業銀行と投資銀行の違いや自動車産業の裾野の広さ、そして日本の自動車産業が受けたダメージやサブプライムローンの波及のプロセスなどがさっとわかるように構成されている。
 複雑な事象を一本の筋立てで、しかも字数制限もあったであろうなかでこれだけコンパクトにわかりやすく説明できている本はめったにない。たいていどこかはしょられていたり、あるいは「たとえ話」でやや不正確ではあるけれど「イメージでわからせる」といった手法も用いずに正統派の解説書となっている。さすが元NHKの報道記者という感想。

容疑者Xの献身(文藝春秋)

著者:東野圭吾 出版社:文藝春秋 発行年:2008年
 映画のほうは見ていないが、このミステリー、最初から最後までやるせない。登場人物のだれもが哀愁を帯びているのが印象的。最初からどんよりした雰囲気で、しかも駅名が錦糸町駅などあの界隈を知っている人ならわかる「あの雰囲気」で小説の世界も構成されている。同じ大学のOBがそれぞれ学者・刑事・教師として社会人になってから再会したとき、公の立場と私的な思惑とがそれぞれトレード・オフの関係になっていく。最後は司法判断ではなく登場人物がそれぞれ選択した意思決定の結果となって終末を迎えることになるが…。合理的な意思決定をそれぞれが貫いたとすれば、おそらくは小説にはなりようがない。おそらく完全に合理的に行動しているのであれば発端となる殺人事件すら発生しなかったであろうから。アクシデントに巻き込まれて地獄の淵までなだらかに「転落」していく登場人物が最初から物憂げな様相なのは、「場所」の設定と、そしておそらくアパートの描写などからうかがえる「所得のつつましさ」などにもあるのかもしれない。捜査する側にも追われる側にも「理想的な家庭」「生活臭」がまったく漂わないのもまた「哀れさ」の裏返しかもしれない…。