2009年10月17日土曜日

容疑者Xの献身(文藝春秋)

著者:東野圭吾 出版社:文藝春秋 発行年:2008年
 映画のほうは見ていないが、このミステリー、最初から最後までやるせない。登場人物のだれもが哀愁を帯びているのが印象的。最初からどんよりした雰囲気で、しかも駅名が錦糸町駅などあの界隈を知っている人ならわかる「あの雰囲気」で小説の世界も構成されている。同じ大学のOBがそれぞれ学者・刑事・教師として社会人になってから再会したとき、公の立場と私的な思惑とがそれぞれトレード・オフの関係になっていく。最後は司法判断ではなく登場人物がそれぞれ選択した意思決定の結果となって終末を迎えることになるが…。合理的な意思決定をそれぞれが貫いたとすれば、おそらくは小説にはなりようがない。おそらく完全に合理的に行動しているのであれば発端となる殺人事件すら発生しなかったであろうから。アクシデントに巻き込まれて地獄の淵までなだらかに「転落」していく登場人物が最初から物憂げな様相なのは、「場所」の設定と、そしておそらくアパートの描写などからうかがえる「所得のつつましさ」などにもあるのかもしれない。捜査する側にも追われる側にも「理想的な家庭」「生活臭」がまったく漂わないのもまた「哀れさ」の裏返しかもしれない…。

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