2010年2月28日日曜日

論点思考(東洋経済新報社)

 著者:内田和成 出版社:東洋経済新報社 発行年:2010年 本体価格1600円 評価:☆☆☆☆
 間違った論点について問題解決をしてもそれは徒労に終わる。適切な問題を設定してそれを解くことこそが本質とする著者の考え方は、ビジネスや労働争議、政治的課題そのほかにも応用可能。問題設定を間違えた史上最大のポリティカルメッセージはやはり「共産主義」だろう。アフリカ大陸の途上中の国々には本来は食糧問題や民族問題をまず解決するべき課題があったのに、「共産主義」は間違った命題を与えてしまった。その後内乱が終了せず民族問題も解決しないのは、本来であればある程度国力がついてから議論すべき課題を、貧しい国民に間違った形で与えてしまったことにも一因はある。もちろんそれ以外にも多様な原因はあるだろうが。
 こうした間違いのひとつはこの著作物にある「なぜ?」を繰り返すことが共産主義者の組成する組織には一定の段階で許されないということがある(ある一定以上は執行部が決定するという民主集中制の問題)。「論点は動く」のだから絶対不変のテーゼはとてもリスキーなのだが、誰のためのどの時点の論点を解いているのかを明確にしておかなければ、結局は問題解決にはつながらない。「論点は進化」してさらに作業や議論で別の側面も現れてくるが、党派の差異や執行部と違う考えも許容範囲が狭いとそうした論点の進化にはついていけない。「あたりをつける」「白黒つけられそうなところからアプローチする」という方式も採用できない。飢餓問題の根底には「物流問題がありそうだ」とは思ってもアプローチは常に「階級闘争」という一番上からはじまることになる。そして解決できるかできないかを見極める…「なぜを5回繰り返す」…という資本主義の企業であれば当然やるべきことすらできない硬直した思想。それではやはり論点が動いても変化しても問題解決の正しいプロセスは踏めないことに。現象をみてから仮説を構築してそれの妥当性を吟味する。PDSサイクルの変形バージョンと考えればいいのだが、こういう論点思考はパソコンの表計算ソフトが発達すればするほどさらに重要になってくるのだろう。逆に硬直した組織やカンガエだけを維持していると首尾一貫はしていえるが、変化の時代から取り残されていくという事態になることだろう。
                

エッチ産業の経済学(インデックス・コミュニケーションズ)

著者:岩永文夫 出版社:インデックス・コミュニケーションズ 発行年:2008年 本体価格:476円
 「ポン引き」と「客引き」の違い。それは道路にでて客を勧誘できるのが「ポン引き」で、店舗内での呼び込みしかできないのが「客引き」。これは従業員かそうでないか、単に契約を締結しただけかそうでないのかの違いで、たとえば従業員が路上で客引きをした場合には風俗営業法違反で営業停止処分を受けるケースなどがありうる…。いろいろ内幕が書かれているのだが面白いのは求人広告の話。「行広告」と「連合広告」の2種類があるがスポーツ新聞などの場合、「行広告」の相場は1行で5,500円。この行広告を1ヶ月あたりずっと掲載すると求人広告は約80万円となる。平均的なお店では広告宣伝費は50万円から60万円というから、従業員の確保もかなり大変な業界であることはわかる。「店にとっていい客だとサービスも期待できる」「…が場合によってはいい客は扱いやすいバカな客」という矛盾するようだが、こうした表と裏の瀬戸際の世界の様子がうかがいしれる著述もある(45ページ)。「オミヤゲつきの裏返し」も著者は提唱していたりするが、『裏をかえす』は江戸時代の遊郭からの言葉でお店の名札を裏返しにして「お客さんがいますよ」と周知させること。つまり本指名。このケース、なぜゆえに喜ばれるかというと、本指名料はたいていの場合には、指名された女性に全額がいくからだという(他の金銭は4:6から6:4ぐらいの相場らしいが最近では1:9という比率もでてきているとか)。で、著者の分析でさらに面白いのは「指名ナンバー1」には絶世の美女はいなくてむしろ安定感がありソツのない女性が多いとのこと。ただし著者は法令の改正や締め付けから法に適合した優良店舗から、モグリの裏家業への深化が進むことを懸念している。ソープランドがマネーロンダリングに利用された実際の事件なども紹介されており、タイトルとは裏腹に中身はかなりの政治経済的内容。

フーゾク 儲けと遊びの裏事情(KKベストセラーズ)

著者:吉原遊太郎 出版社:KKベストセラーズ 発行年:2009年 本体価格:600円
 最近ビジネス書籍にも進出してきた無店舗型特殊営業の「デリヘル」
という形態。合法的な設立は1999年の風俗営業法改正からとなる。市場規模は約2兆4千億円ともいわれている。店舗型営業の場合には飲食店であれなんであれ、テナント料から敷金、賃借料など毎月かなりの固定費が発生するが、無店舗型だと事務所と待機室さえ確保できれば、あとは特に部屋の構造にこだわりを持つ必要性がない。事務所用と住居用とでは事務所用のほうが賃借料が高いが(多数の人間が使用するため敷金も賃借料も高めになるという事情があると想定される)、普通のマンションの一室を事務所兼マンションにして、後は電話と自動車を確保すれば営業はなんとか開始できる。あとはITにどれだけ投資できるか、というITとの関連性が重要になってくる。メールやウェブなどでマメに宣伝に時間と人、コストをかけられる店舗が生き残れ、そうでないお店はネットでは検索不可能ということで実際には存在しないのと同じという現象。そう、google八分という状況がこの業界では発生する。この本の著者だと初期投資が約500万円という試算になっているが、ウェブコンテンツのまめな更新にはそれなりのスタッフやコンテンツが必要。個人のホムペやブログとは違う…という点を経営者がどれだけ理解しているかで、集客力に差がでてくるようだ。「この世界は人間業」という経営者の言葉が紹介されているが、人間が資本だけにドライバーから電話番から、女性まですべての人間の管理をどれだけできるかがポイントになるようだ。でもそれって普通の事業会社と変わらない…だからそのノウハウがビジネス書籍になる…という流れになるのだろう。読んでいると経営学の「実践版」といった趣すら漂ってくる。業種、業態、ニーズの把握。どれもマーケティングの基本だが、マーケティングの知識と「人間管理」のバランスをどこまでとれるかがポイントのようだ。面白い。

2010年2月24日水曜日

近頃の若者はなぜダメなのか(光文社)

著者:原田曜平 出版社:光文社 発行年:2010年 本体価格:820円
 KYという言葉から「新しい文化」よりも昔の村社会の復活を指摘する著者。キャラを作る…かつてはペルソナ(仮面)という言葉が悪い意味で使われていたが…がある意味人間関係の潤滑油の役目を果たしている部分も指摘。ネット空間もある意味で閉じられた空間になっているというが、確かにそういう面があるかもしれない。共通話題や一体感、そして「村十分」(ネット関係ですべてが把握されるため彼女と別れることも難しくなるという逆現象)などが興味深い。ただこれらも一種の多面的な文化の一側面だとは思う。かなり個性の多様化が進んでいて、かつての70年代の学園ものドラマよりも実際はさらに個性の多様化が進んでおり、ちょっとステレオタイプであれこれ議論する時代ではないのかもしれないとも思ったり。タイトルの割には内容的には過去にさかのぼりつつある若い世代の生活がルポされているが、これって国民性の問題もあるので世代論やデジタルツールの問題のせいにはできない。「昭和的価値観」と総称されるものも、昭和という時代が今思えばさして悪い時代ではなかった(高度経済成長時代もあったわけだし)ということを連想すれば、必ずしも「良い」「悪い」で分割はできないだろう。「ここまで多様化が進んでいるようで、ここまで昭和的な文化が根付いていたのか」というのを再確認する意味では面白い新書。実際、就職面接の時期の「昭和的価値観」(しかもバブル以前の)の雰囲気は、80年代よりも70年代にフィットする様相を呈しているように、個人的には思える。

2010年2月23日火曜日

すべての情報は1冊の手帳にまとめなさい(三笠書房)

著者:蟹瀬誠一 出版社:三笠書房 発行年:2008年 本体価格:1400円
 手帳ってかなり大事なものだが、やはり1冊にすべてをまとめるのは不可能。昔は職場で年末年始にいただく無料の手帳を組み合わせて仕事とプライベートで使い分け、さらにその後、超整理手帳へ移行。オーソドキーなどブランド物の手帳の手入れがけっこう楽しかったが。で、あれこれ試してみた結果、先祖返りして、やはり仕事の手帳はB5サイズの無印良品の手帳へ。プライベートは「ほぼ日手帳」の文庫本サイズ。そして仕事はプロジェクトごとに無印良品のマスメの入った手帳3冊150円B5サイズに資料やメモを貼り付けていくスタイルになっている。アイテムは多少変わってきたが、案外、資料を縮小コピーして貼っておくというのはけっこう便利な方法ではないかと想う。
 この本で印象に残ったのは「習慣化」という言葉。ある程度なんでも書けるようにしておかないと、自分の無意識に訴求してこないものって確かにある。でも高いだけのノートやビジネス書籍のいうとおりのノート作りってあまり身につかない。一定程度オリジナリティというか自分の生活習慣にあったメモや手帳でないとやはり使いこなすわけにもいかないな、というのが実感。

2010年2月21日日曜日

お金の才能(かんき出版)

著者:午堂登紀雄 出版社:かんき出版 発行年:2009年 本体価格:1400円
 マルチプル・インカムという発想が面白い。リスクの分散があるのであればインカムの方法もマルチプル(多様化)するという発想。著者の場合にはこれが不動産投資になっていくわけだが、確定申告を普通徴収にして、あまり派手なことさえしなければ、たぶん普通のビジネスパーソンでもマルチプル・インカムは可能だろう。ただエネルギーが分散されるため本業に影響がでないようなマルチプル・インカムでないと意味がないが。いろいろなノウハウが紹介されているが、それはそれとして一番興味深かったのは自分自身の持論でもある「最大の投資は自己投資」という考え方を著者自身も強調していること。また働くことと遊ぶことをまったく別のものとして区分けをして、社会とのかかわり、人とのかかわりを重視した仕事というものをまた遊びとは違った側面で捕らえなおすという作業を薦めていること。どうしても仕事と遊びは二元対立でとらえられやすいが、実際にはそうでもない。働いている時間帯が遊びの時間帯以上に濃密で楽しいなんていうこと、けっこうある。野球のシーズンオフの例が引き合いにだされているがあまりマスコミなどで放映されない自主練習やキャンプでのすごし方がシーズンを決めるという考え方も大好きな考え方。努力のほとんどは人の目にみえないところで行われいて、孤独な作業というのはどうも普遍的な事実のようだ。
 やや不動産投資に甘い部分があり、賃借人の管理や設備の管理など必ずしも楽なことばかりではないような気もするのだが、それはそれ。自分にとって取り入れられる部分のみを取り入れるというのがおそらくこうしたビジネス本のビジネス本足りうるゆえんだろう。

フロスト気質 上巻・下巻(東京創元社)

著者:R.D.ウィングフィールド 出版社:東京創元社 発行年:2008年
本体価格:上巻・下巻とも1,100円 評価:☆☆☆☆☆
 フロスト警部シリーズが登場したとき、あまりの「いきあたりばったり展開」と人情味あふれるフロスト警部の魅力に圧倒されて一気に読み通してしまった。その後、「フロスト日和」「夜のフロスト」と続編はかなり長いスパンを置いて発刊。版権そのものは東京創元社は獲得していたのだと思うが、おそらく翻訳に手間取ったのだろう。原作の微妙なニュアンスをいかに日本語に適切に置き換えるかといった翻訳者と編集者の苦労の結果がこの名作シリーズをうんだといえる。機械装置的に翻訳するとそれだけ発行は早まるが、おそらくそれでは原作の魅力の半分も読者には伝わらない(「夜のフロスト」の英文を実際に翻訳前に読んでみたが、英文法に忠実に頭の中で翻訳していると確かに物語の流れはわかるがぜんぜん面白くない)。芹澤恵さんが上巻・下巻を翻訳しているが、スラングからなにからまた面白い日本語をばんばん使ってこのミステリーの傑作をさらに面白く読ませてくれている。著者のウィングフィールド氏がお亡くなりになられたため、このフロスト警部シリーズも残り2作。ここまできたらじっくり時間とエネルギーをかけた続編の翻訳を心待ちにするしかない。安易な翻訳で安易に出版されるよりも何年ものスパンがあいても、面白いフロスト警部シリーズを待つほうがよい。こんなすばらしいミステリーの大作。実はいったんその世界に入ると徹夜してでも一気に読み通してしまうのが不可思議。上巻と下巻あわせて2,200円は格安で、続編が出版されたらブックオフなどではなく必ず書店ですぐ購入することにしよう。デントン警察署の今後の行く末や多様な人間像に官僚社会とそのはずれモノ。ミステリーではあるが、ちょっとしたフロスト警部の「心遣い」に登場人物も読者もほろっと泣かされる…。

2010年2月20日土曜日

不良中年の風俗漂流(祥伝社)

著者:日名子暁 出版社:祥伝社 発行年:2009年 本体価格:780円
 永井荷風の紹介から始まり、その跡地をたずねる著者のルポ。60年代~70年代から現在にいたる「買売春」の歴史をたどり、「現代」の一歩手前で「現代」の話が終了。浅草、錦糸町など歴史のある街のレポートがけっこう面白く、現代の風俗紹介はやや「スポーツ新聞」的でわざわざ本を読まなくてもいいかな、という感じも。浄閑寺の写真と新吉原総霊塔の写真が粛然とした感じをかもし出す。永井荷風が何度も訪れた場所であるとともに、吉原で働いていた遊女約2万5千人が「吉原無縁」として埋葬された跡だ。このお寺は遊女の死体が投げ込まれたお寺でそれを悼む場所ということで俗称「投込寺」。そしてその石柱の向かい側に永井荷風の碑がたつ。今はまさか「投込」ということはなかろうが、きれいごとではない過去の「現実」がこの新書の写真には映し出されている。
 経済分析っぽい文章やルポ的な文章、さらに簡単なガイドブックと盛りだくさんだが、これは要は著者の「こころの旅」をそのまま風まかせに書き連ねてそれを編集者が再構成していったという印象。けっして悪い作品ではなく、10年後や20年後にはひとつの風俗歴史資料にもなりうると思う。都電荒川線三ノ輪橋駅にふらっとおりたときにちょっとガイドブック片手に三ノ輪の歴史を振り返りたくなる…苦い歴史と哀しい歴史を積み重ねて、21世紀の今、ふっと過去を現在にだぶらせて考える時間をくれる本。

2010年2月14日日曜日

「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト(光文社)

著者:酒井穣 出版社:講談社 発行年:2010年 本体価格:740円
 この手の自己啓発もしくはビジネス書籍は現在書店であふれるほど販売されているが、一定の基軸で最初から振り分けておかないと、あの本もこの本もと乱雑に読み終えた結果、日常生活にはなんの向上もないまま時間だけが経過していくという結末となる。そういう中で「著者で選ぶ」という方法はけっこう有益で、同じ著者である以上はそれほど相互に矛盾したことは書かないであろうということと、論点につながりがあるので過去の読書経歴とこれからの読書暦に「つながり」を持たせることができる。酒井氏の著作物もそうした一連の流れの中で読み始めたわけで、正規分布の図などをもとにした図解の技術など非常にわかりやすい内容。おそらく現段階では37歳ぐらいのビジネスパーソンのはずだが、物事の見方が非常にクレバーでシャープ。独立経営の道を歩まれた企業家だけのことはあり、既存の学問体系にオリジナルのビジョンを付け加えてさらに豊富な読書の中から引用文を掲載。海外へのアウトソースは正規分布の一番中央に近い分布から行われていくという指摘は日本の格差社会の問題とリンクしていろいろな部分で応用がきくだろう。日本国内で標準スキルで「コピー可能」なものは海外のコストが安い部分に移転していくとなると、国内では「それよりも上」か「下」のスキルで勝負することになる。これを別の産業にあてはめていくと…という発想だ。ヤクルトの野村監督ではないが「使わない機能をたくさん装備した家電」や「なんでもできる平均的な選手」よりも「癖があってもこの場面ではこれに強い」という特技をもったほうが、これからは強いという結論も見えてくるわけだ。標準的なピッチャーよりも、左打者には強い左投げのアンダースローのピッチャーであれば、おそらくスピードやスタミナでは見劣る部分があっても試合の起用回数はトータルで増えていくという考え方など個人的にはあちこちの論点につなげることができた。740円で内容がかなり応用がきくので、電車のなかでなど気軽に、しかし応用可能な部分をあれこれ考えていくと「発想の種」としてさらにメリットが享受できると思う。

スパークする思考(角川書店)

著者:内田和成 出版社:角川書店 発行年:2008年 本体価格:705円
 「異業種競争戦略」を読んでいたく感銘を受けたが、その原点をこの新書にみる思いがする。異なる事業構造をもつ企業がバトルを繰り広げるというアイデアもしくはものの見方はけっこうアナログな手法でスパークしたようだ。電車の中吊りや切抜きなども著者は重視するが、パソコンなどのデジタルツールよりも頭の中などにいかに「情報を刻むか」という点に力点を置いている。実際、自分自身もパソコンの「お気に入り」やコピーは機械的な作業には向いているとは思うが、何か新しいものを作るときにはプリントアウトしたものを糊で切り貼りしていったほうが、効率的ではないかと考える。機械的な作業はデジタルで、なにか新しいものをつくるときにはアナログでというのが正しい使い分けといえようか。「ハイ・コンセプト」などの著作物ではこれから美術的な才能や芸術的な才能が重視される時代になるとされているが、この本の内容と「ハイ・コンセプト」はリンクしているように思える。もれなく完全に選択肢をそろえてから意思決定をするというコンサルタントの手法はやはり「限界がある」か凡人には不可能なワザなので、情報のインデクシングと、アナログな情報の「整理」だけで十分に日常生活は生きていける。完全主義の人には特にオススメの内容ではないかと思う。

数学的にありえない上巻・下巻(文藝春秋)

著者:アダム・ファウアー 出版社:文藝春秋 発行年:2009年 本体価格:上巻733円、下巻733円 評価:☆☆☆☆☆
 タイトルが「数学的にありえない」で中身も数学の話かとおもいきや、確かに一定の確率論やら「ラプラスの魔」(昔、科学史で勉強した…)など数学的な要素も多少はある。が、実際にはアクションあり、ラブロマンスめいたものあり、そしてSF的な要素ありと盛りだくさんの内容。ギャンブル依存症の数学者ケインは確率論にもとづいてポーカーをするが、ありえない「負け」をロシアン・マフィアに背負ってしまう。そして、双子の兄弟は統合失調症をわずらっており…。正直、最初は暗くラストに近づけば近づくほど切ない調子になってくるが、エンターテイメントとはかくあるべしというラストへ。そして登場人物は細密にわたる「過去」のデータが読者に提示されており、「善悪の単純な対立」的な構図はまったくない。「こんなの、ありえねー」というようなことが数学的な確率で「ありうる」のだとしたら…というアイデアと、ユングなどの心理学の用語が結合して、あまり過去には類をみないミステリー・アクション・SF推理小説の誕生となった。1ページをめくりだしたら、そのまま下巻のラストまで読み通してしまうこと間違いなし。

2010年2月13日土曜日

家計破綻に勝つ!(学習研究社)

著者:萩原博子 出版社:学習研究社 発行年:2008年 本体価格:700円
 経済評論家の萩原さんの本はわりと自分の考え方とよく合うので、なにか新刊もしくは既刊の本でも未読のものはなるべく読むようにしている。個人的には合理的と考えていた医療保険の加入についても萩原さんの本を読んでからちょっと慎重に考えるようになった。大数の法則があるので大半の人にとっては保険は、まあ無用の金融商品であることには違いないのだが、医療保険だけは医療費の負担を考えると入っておいたほうがいいのかな…と思っていた。が、高額医療補助制度という公的なシステムの活用があるのであれば、医療保険にそれほどかりかりする必要性もなさそうだ。この本の最終的な結論は実は「価値観」の確立ということになる。具体的な話はもちろんあれこれ親切に説明してくれているのだが、10年スパン、20年スパンで物事を考えていくことで最終的にはどんなライフスタイルを目指すのかといった価値観の問題にいきつくことを著者は教えてくれている。「家計破綻」はなるべくしないほうがいいが、それでもそういうライフスタイルを志向する人に対してはそれは尊重するというのが、著者の思想ではあるまいか。現状認識と目標がはっきりしていれば途中経過は省略できるし掘り下げることもできる。単なるファイナンシングの話ではなく、生き方の問題も考えさてくれる。

天使と悪魔の真実(竹書房)

著者:ダン・バーンスタイン、アーン・デ・カイザー 出版社:竹書房 発行年:2005年 本体価格:1600円
 映画「天使と悪魔」と原作を読んで「なんだか奇妙な話だ…」と思いつつ、思わず衝動買いをしたのがこの解説本。小説だからもちろん事実を利用して虚構の世界を作り上げているわけだが、解説本ではイタリアの遺跡や文化、歴史などをもとにして「虚構」を学説で検証していく。これがまた面白い。生物学者の「遺伝標識」で出エジプト記の著述が正しかったことなども紹介されており、ミステリーを読んだあとにこの本を読むとさらに原作の面白さが際立つ。凡庸な小説だったらここまで解説本が書かれることもないだろうし映画化されることもないわけで、バチカンを舞台にした「天使と悪魔」、やはりすごい小説なんだと思う。
 007の昔のシリーズでは「世界制服」をたくらむ『あくの組織」がよく登場していたが、小説ではイルミナティという実際に存在したであろう秘密結社を利用した「陰謀」がメインテーマとなる。そしてカソリックの特異な世界全体を覆う「組織構造」とイルミナティの関係は「科学対宗教」という構図で描写されていくのだが、やはり実際の歴史は二分対立ではなくより複雑で微妙な関係を保っていたことも明らかに。解説本のこの本から映画を見るという手もあるし、小説→解説本→映画という順序もありうると思う。順序は問わずに「天使と悪魔」の世界に浸るというのも歴史の楽しみ方のひとつではなかろうか。

加藤晋介の商法入門(自由国民社)

著者:加藤晋介 出版社:自由国民社 発行年:2010年 本体価格:1700円
 20代のときに勉強しておいて良かったと思うジャンルに会計とマクロ経済学、そして法律がある。この商法入門では新たに制定された会社法について基本的な考え方から説明してくれているのだが、その基本原理は旧商法の「会社法」の原理とほとんど同じで、そこに新たな国際化や組合企業といった概念が含まれてきたともとらえられる。以前の商法の欠点を克服しようと立法者が考えた結果が今の状況だが、状況そのものが複雑なので会社法もどうしても複雑になるというわけだ。
 株主平等の原則や株式譲渡の自由の原則など旧来の考え方の「いい部分」は残されているわけで、結局法律が改正されてもそれまでの勉強が無駄になるということはない。ただある程度の知識がないと、ベースになるものがないから、どこが新しくてどこが古いのか、そして「権利能力なき社団」の法人性をいかに明確化していくべきかといった課題について理解することが困難になる。今の複雑な状態でいきなり民法や会社法の勉強を始めるのはかなり大変ではないかと。そこでオススメはこのシリーズ。まず商法入門を一気に読み通して、このスペースでここまでダイナミックにわかりやすく説明できるものかと驚いた。ある程度はしょった部分はあっても、エッセンスはしっかりまとめてくれている。実際の弁護士が著者であるため、現実の壁についても説明してくれているし、司法試験受験者でなくても十分役にたつ「考え方」が紹介されている。本体価格が1700円といささか高いのだが、いきなり会社法の逐条解説から勉強するよりも、まずは優れた入門書を手に取ること。それが一番ではないかと思う。

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら(ダイヤモンド社)

著者:岩崎夏海 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2009年 本体価格:1600円 評価:☆☆☆☆
 「萌え」系キャラを使用した本はこれまでにもなかったわけではない。「漫画でわかる高等数学」っぽい本もあったが、イメージ先行で内容はきわめて無味乾燥な数学の説明だったりした。要は「ストーリー」がなかったので、難しい内容をそのまま難しく漫画で説明しただけだった。が、この本ではしっかりしたストーリーとエンターテイメントが盛り込まれており、さらにドラッカーの定義をそのまま引用して弱小野球部に応用。「顧客」の定義から「マネジメント」の定義まで物語が付着しているので楽しく読めてしかもドラッカーの文章をリアルに体感できる。エンターテイメントとしても読めるし、無味乾燥な経営学の本を面白く読める工夫もなされている。「萌え」が強すぎてレジで買いにくいというケースも想定されるが、いやいや、これはドラッカーのファンならずとも「マーケティング」戦略を実地にいった本として長く記憶されるべき本だろう。まず「面白い」というのがなによりだ。そこそこ進学校でそこそこ悪い子もいるという受け入れやすい設定がまた面白い。

2010年2月11日木曜日

超 格差社会・韓国(扶桑社)

著者:九鬼太郎 出版社:扶桑社 発行年:2009年 本体価格:700円 評価:☆☆☆☆☆
 「狐階段」という韓国ゴシックホラーの映画をみたとき、音楽専攻の高校生が集う合宿所が描かれている。高校生なのに楽器そのほかを抱えた高校生が音楽理論などを勉強したりしている場面が出てくるのだが、この本を読んでなるほどと思った。スポーツにしても音楽にしてもかなり早期の段階で選別が始まり、それぞれがそれぞれのジャンルで専攻分野で猛特訓を受けるとともに、普通の勉強ではソウル大学を頂点としたとんでもないヒエラルキー社会が展開している様子がレポートされている。中学生が深夜の午前1時まで塾に通っているというくだりがあるが、それ以外にも先輩を激励する後輩たちの様子なども含めて、往年の日本をはるかに超えた受験勉強の様子が興味深い。さらにソウル大学だけではない、ということでアメリカのハーバード大学など海外留学する韓国人も増加中とのこと。プサンにあるという韓国科学英才学校などもノーベル賞受賞を意識したすさまじい教育カリキュラムがくまれている模様。その一方でかなりの名門大学でも正社員としての就職率が5割をきっているほか、年功序列の廃止による「名誉退職」、能力主義の浸透と給料格差の問題が顕在化している様子もなまなましくレポート。「圧縮成長」とよばれる急激な経済発展を遂げた韓国だが、日本以上にアメリカナイズされた競争原理が浸透しているようだ。これってお隣の国の実情をまるでこれまで気にしていなかった自分も勉強不足を実感するが、ネットカフェ難民やニートといった問題をかんがえるときにケーススタディとして韓国の事例を分析してみることにも意義が深いと思わせる内容になっている。大卒以上の7万円の平均給与(88万ウォン)の問題や金融機関に対する処理など共通している問題も多い。新書サイズではあるが、これまで目に留まっていなかった「フラット化」した世界の一番近い国の生活がよくわかる内容で非常にオススメ。

図解会計コース IFRS(総合法令出版社)

著者:澤田和明 出版社:総合法令出版社 発行年:2010年 本体価格:890円
 通勤大学文庫の会計バージョン。文庫というよりも新書だが、中身が非常に濃い。確かに通勤途中で全部読み終わったが、内容的にはすでに減価償却をはじめとする国内の会計基準や複式簿記をある程度理解している人であれば、さらっと読み終わることができるが、複式簿記の構造をまるで知らない人がいきなり読み始めてもちょっと理解は難しいだろう。実務経験5年以上で日商簿記2級以上の読者だとけっこう面白く読める内容ではないかと思う。経営マネジメントなど企業全体に及ぼす影響についても語られているので、理論よりも実務向けの内容か。フローチャートや図解も掲載されているが、中身の濃い内容をそのまま図解しているので一枚の図の理解にはそれなりに時間がかかる。ただ、内容的には最新の情報が掲載されているしうえ、具体的な会計処理は凝縮して説明されているので、読者によっては「余計な説明がなくていい」という向きもあるだろう。少なくとも平易でわかりやすいという本ではなく、難しい内容をコンパクトにまとめた入門書といった印象。特に第3章や第4章の財政状態変動計算書や包括利益計算書などの項目説明は飛ばして読んで、後日あらためて読み直してもいいのかもしれない。

新ナニワ金融道 6(Bbmfマガジン)

著者:青木雄二プロダクション 出版社:Bbmfマガジン 発行年:2010年
本体価格:552円
 「不倫の慰謝料っていうのはたとえ破産しても免責にはならんらしいのや」と関西弁炸裂の金融漫画。オリジナルのシリーズとは絵柄も微妙に違うし、それぞれのキャラクターも異なる性格の一面をのぞかせるが、これはこれで面白い「ナニワ金融」の世界が広がる。代物弁済予約の怖さやホームレス支援事業などの活動家と政治家といったどろどろした世界が広がる。病院をネタにした「悪巧み」というのはちょっと無理があるとは思ったが、商店街の活性化などについても題材をもとめ、2010年にふさわしい内容ではないかと思う。サービサーといういまどきの商売をネタにしているのもうまい。

60歳までに1億円つくる術(幻冬舎)

著者:内藤忍 出版社:幻冬舎 発行年:2009年 本体価格:780円
 ライフプランをたてていく…長期投資・分散投資を心がける…と内容的にはタイトルとは裏腹にかなり堅実な内容。将来の不安やリスクとはきちんと向き合い、必要な金額を計算しておくというやり方もオーソドックス。要は「普通にやってりゃ普通に生きられる」ということかもしれない。ただ住宅ローンのリスクは証拠金取引に相当するぐらい高いとか個別銘柄投資の株式投資はやめたほうがいい、とか「やめておいたほうがいい」ことについてはかなり詳しい。お金を失うときって考えてみれば「やめておいたほうがいいこと」に手を出すことだから、内容的に「やったほうがいいこと」が定期預金だとしたら、やらないことがいいことのほうが世の中たくさんあふれているのでどうしてもそういう内容構成にならざるをえないのだと思う。少なくとも投資信託についてはパッシブ型のインデックス投資を長期的にやるほうがいかに効果的かということは理解できるので、読んでおいて損はない内容だ。ただ一定の自分のやり方を持っている人は逆にそれで通したほうがいいのかもしれない。無理はしない、無理な倹約もしないという「普通の生き方」がとかれているこの本。もし「普通」じゃないのだとしたら、この過激なタイトルのみか。

まんがハングル入門(光文社)

著者:高信太郎 出版社:光文社 発行年:2009年 本体価格:648円
 ハングルを漫画で学習してしまおうという野心作。著者が工夫した独特のキャラクターでハングル文字を一括して学習できるようになっており、本気で繰り返し読めばかなり読み込めるようになるだろう。最も私はそこまでハングルに興味がないので、「そんなものなのか」という感じで読み終わったが、この本が一定のロングセラーになった理由もよくわかる。著者自身がまったく「素人」の状態から、ハングルの解説をするまでのめりこんだ理由はやはり地理的に近いという要因だろう。表音文字と表意文字の違いのほか、歴史上の論点や差別の問題についてもさらっとふれている。カタカナのルビもふってあるので、身近に韓国人がいればすぐに応用していくことも可能。これってしかし「通常の書籍」よりも安くてしかも漫画で二次元的に理解が進むから、これからの漫画のひとつの可能性をうちだした本といえるかもしれない。

かしこい風俗嬢マニュアル(データハウス)

著者:成合緋砂 出版社:データハウス 発行年:1994年 本体価格:971円
 バブル崩壊後の風俗産業を「風俗を提供する側」からレポートした本。平成不況はこの1994年から2010年の現在まで続いているのだなあということをまず実感。セット価格で客単価を押し下げたり、借金経営で苦しむ経営者といった姿はこの本からするともう15年以上続いてるわけだ。また風俗嬢の「首切り」の話もかなりリアルに描写されており、「出勤待機は風俗の肩たたきだ」という一文にもそうした側面がうかがえる。また男性従業員の退職率が高い理由もそれとなく説明されており、ヒエラルキーがオーナー、店長、女性、男性従業員という形で最底辺に位置づけられているストレスで半年ももたない男性従業員が増加しているのではないかと推察される。また外国人女性の輸入代行をおこなう行政書士も「値崩れ」を起こしているという周辺産業の崩壊ぶりも説明。かなりリアルで説得力のある内容からするとやはり著者は実際に業界に身をおいている人なんだろう。あ、そしてもっとリアルな経験則だが、「客なんで2ヶ月から半年のサイクルで入れ替わる」という妙にシビアな経験則。こういう本での新刊は最近あまり見なくなったが、これって1990年代のサブカルがもはや書籍の形ではなく、ネットで公開されるようになってきたせいかもしれない。ちょっと残念なような気もするが、出版する側としてもペイするかどうかわからないジャンルには新刊を出しにくいという事情があるのだろう。