2009年4月29日水曜日

世界悪女物語(河出書房新社)

著者:渋澤澁澤龍彦 出版社:河出書房新社 発行年:1982年 評価:☆☆☆☆
 文庫本で購入したのが2007年9月20日発行の61刷というすごいロングセラーである。澁澤の選んだ「悪女」はもちろんただものではない悪女ばかり。ルクレチア・ボルジア、エリザバート・バートリ、ブランヴィリエ公爵夫人、カトリーヌ・ド・メディチといった定番組に加えて、エリザベス女王やメアリ・スチュワート、マグダ・ゲッベルスという珍しい顔ぶれも加えられている。「ヒトラー最後の12日間」(映画)ではゲッベルスとその家族の様子も描写されていたが、確かにその奥さんのマグダ・ゲッベルスもきわめて重要な役割を演じていた。その背後に澁澤が紹介するようなエピソードがあったと知ると、なるほど映画でも「ああいう演出になるなあ」といまさらながらに納得できる。付属のエピソードとしてリシュリューがネコをたくさん飼っていた本当の理由などさまざまな含蓄が魅力的な文体でつづられる。21世紀になってもなお固定読者がはなれない理由であろう。

デッドライン仕事術(祥伝社)

著者:吉越浩一郎 出版社:祥伝社 発行年:2007年 評価:☆☆
 近所のセブンイレブンではずっとベストセラー街道を突っ走っていた新書。トリンプ・インターナショナルの元社長吉越氏の仕事術・仕事観を凝縮した一冊だ。効率性と時間を積で能率を示し、残業時間を少なくして集中させていくという方式は賛成。能力の差を効率で補うという考え方も悪くはないが、人によって取り入れることができる部分とできない部分がはっきりしているスキルも紹介されており、読者は自分自身で「これは使える」「これは使えない」と判断しながら使える部分を取り込んで業務に活用していくというのが正しいありかただろう。会議のあり方などについても説明されているが「情報の共有化」にメリットをもとめるのには賛成。なるべく情報の共有化を進めてコンセンサスを整えるというのがやはり会議の最大のメリットで、何か新しいコンセンサスを作り出すことよりもむしろまず情報の共有化を最優先すべきだろう。そうすれば時間も少なくてすむ。また「現場」を大事にするというその姿勢にも共感。どうしても紙のプリントアウトされたデータだけで現実を切り取って意思決定してしまいそうになるが、それだけでは企業の経営活動の全貌を把握することはできないだろう。MBAタイプの経営者ではなく現場たたき上げの経営者ならではの経営哲学はやはりそれなりに興味深い。

お金の思い出(新潮社)

著者:石坂啓 出版社:新潮社 発行年:2000年 評価:☆☆☆
 文庫本の盛衰は激しいのでもう新刊書店では入手しにくい本かもしれない。しかし漫画家として成功する前の石坂啓さんの青春ぎゅっと凝縮されているきわめて面白い本である。石坂さんが手塚治虫プロダクションで働いていたことは有名だが、当時のアニメーション部と漫画部の様子や、マクドナルドでのバイト体験、セールス体験、70年代のファッション感覚、イラストで図解されているかつての住まいの様子、新しい仕事をはじめて30歳目前までの仕事中心の生活への変換の様子が活き活きと描写されている。だれにでもある「お金がない」という状態。そしてその中でも楽しく過ごせた時代というものを思い出させてくれる。人間関係のあり方や社会生活の基本にも役にたつ部分が多いと思う。
 携帯電話がなくてもコミュニケーションが深くつながっていた時代はまた今の時代とは異なる人間関係の深さがあったのだと思う。最近、下北沢の芝居のパンフレットに石坂さんのイラストが印刷されていたが、「その理由」のこの本を読んで氷解。おそらく演劇好きの石坂さんは今でもきっと下北沢に頻繁に出没されているのだろう。

2009年4月24日金曜日

獄窓記(新潮社)

著者;山本譲司 出版社:新潮社 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
 単行本はポプラ社、この文庫本は新潮社からの出版となる。30代で国会議員に当選した著者は秘書給与詐取事件で実刑有罪となり服役。そして服役中の刑務所の中でみた光景を淡々とつづったのがこの「獄窓記」。監獄もの、刑務所ものは非常に好きなジャンルで、しかもこの著者の場合、国会議員から犯罪者へといった極端なコースでの実刑判決。そして刑務所の中では障害を負った同じ服役囚の介助役を務める。有罪を有罪と受け止めて、さらに淡々と俗世界をみつめるような書き方が心地よい。ただ著者の人徳をしのばせるのは弁護士や奥さんなどの身内がしっかりと脇を固めていること。地位ではなく人格で人と人とのつながりを築いてきた著者だからこそこの逆境にあっても問題点を発見し、さらに改善につとめようという意欲にもえたのだろう。刑務所の「福祉施設化問題」といった鋭い指摘もあり、矯正施設とはいかなるように構築すべきか…といった問題点も浮かび上がる。そしてなによりもノンフィクション作品としてもエンターテイメントとしても優れた語りぶりが魅力的だ。政治家として再復活する気持ちは著者にはないようだが、その代わりNPO法人そのほかでの社会活動家として新たな人生を切り開いている様子である。文筆業としてもさらにこの作品を超えるノンフィクション作品が期待される。

2009年4月23日木曜日

ウィニーー~情報流出との闘い~(宝島社新書)

著者:湯浅顕人 出版社:宝島社 発行年:2006年 評価:☆☆☆
 発行年がやや2006年と古いことは古いのだが、それでも未だにファイル交換ソフトを使った情報流出事件は発生している。P2P方式のファイル交換では一つのパソコンがウイルスに感染するとファイル交換と一緒にウイルスも増殖していく。流出事件が後を絶たないのはこうしたP2P方式によるファイル交換の特性を生かしたウイルス考案者の頭のよさを物語る。情報セキュリティのレベルが今後の企業取引に大きく影響する…という著者の読みは正しかった。クラウドコンピューティングとよばれる現在の状況ではパソコン内部にデータを保管するよりも他のプロバイダなどが提供するサーバにデータを保管することが増えてきている。利用者にとってはそのデータ保管者の情報セキュリティ能力がアクセスするかしないかの判断水準となる。これは企業取引でも同じだろう。この本ではウィニーを導入していないパソコンでもウィニーウイルスに感染するリスクが説明されており、自分はファイル交換ソフトを入れていないから安心…というわけにはいかない実情も説明されている。著作権についてもポイントを「複製権」と「公衆送信権」にしぼりこんだ説明は非常にわかりやすい(164~166ページ)。firewallでも防げないウィニーの怖さ。その怖さは2009年を迎えた今かなり多くの人間に認識されてはいるが、それでも別のファイル交換ソフトshareの事件なども発生しており、システムとしては優れているファイル交換ソフトのもう少し完全合理的な使い方をこれから考えていくべきだろう。もう少しバグやウイルスさえなければこのファイル交換という考え方はもしかすると別の展開をみせていたのかもしれない…とそんな気さえしてくる。

2009年4月22日水曜日

はじめての死海写本(講談社現代新書)

著者:土岐健治 出版社:講談社 発行年:2003年 評価:☆☆☆☆
 わかりやすい内容とは思えないが、学術的にかなり精緻に「死海写本」を説明、さらに巻末に「補遺」、参考文献・略号表、人名・固有名詞一覧が付されている。これで索引が詳細につけられていたら文句なしだが新書サイズでここまでこだわりの内容が追及できるあたりが、さすが講談社現代新書というべきだろうか。クムラン宗団を中心に、写本が作成されたであろう歴史を概観した上で、クムラン集団の教義などを事細かに明らかにし、著者自身の考えは「私の考えでは…」と限定つきで紹介されている。いわゆる死海写本がイエス・キリストがどうこうといった小さな問題ではなく、古代ユダヤ教のあり方やキリスト教との関連性、新約聖書や旧約聖書の分析にかなり多くのデータを提供する書籍であることが解明されていく。説明もされているが課題も説明されており、エッセネ派の一派であったクムラン宗団の残した文書から原始キリスト教やユダヤ教の流れを解明する手がかりが紹介。厳密な一神教と二元対立の世界観は今でも世界の思想の底流をなしており、過去の解明と同時に今と今後のあり方もかえる内容を秘めている。控えめな著述で写真や図版、年表などがもう少しあればわかりやすい本ではなかったかとは思うが、すでに新書としてはページ数もかなりの分量となっておりこれが限界だったのだろう。新書サイズでも「ここまでのハイクオリティ」を追及できる…といった一種の見本ともなりうる名著である。著者の控えめな断定もまた歴史学者としてのあり方を示しているようで好ましい。

2009年4月16日木曜日

若者のための政治マニュアル(講談社現代新書)

著者;山口二郎 出版社;講談社 発行年:2008年
 サブタイトルが「民主主義を使いこなすための10のルール」となっており、50歳を迎える著者が「若手」に向けた政治メッセージというスタイルになっている。一応形式的に読むこともできるが、民主主義を使いこなすための「ルール」の一つに「頭の良い政治家を信用するな」という項目がある。おそらく著者自身もこの本を書きながら、「自分のいうことをすべて真に受けてしまう人がいたらそれも怖いなあ」という感想を盛ったに違いない。ところどころに理想主義と現実主義の微妙なバランスが描写されているのだが、形式的なメッセージを発しつつも、「それにまどわされるな」「自分自身の考えをさらに構築せよ」という深いメッセージを感じる。抽象的な用語を嫌い、「責任」という言葉よりもまず権利行使を考えようとする態度は、民主主義では「言わないと始まらない」という面がある以上当然だ。だが、「無責任でもいいじゃないか」とも著者は説いているわけで、要は一定の「思考停止」さえしなければ形式的な投票だとか意思表示などは二の次ではなかろうか…などとも思ったりもする。30代で北海道大学に政治学の天才がいると大評判だった山口先生が、学者としては中堅というか大家の世代ともいうべき50代へ。時代の流れと変化は1960年代から50年を切り取ってみるととてつもなく激しいが、表層的なマークはあれこれ変わっても人間の中身や考え方というのは深くみていけばいくほど時代の変化ほどには変わらないものなのかもしれない。箇条書きを逐条的に読むのではなく、むしろ変則的に読みこなしていくべき書籍ではないかと思う。

2009年4月12日日曜日

特上カバチ!!第6巻・第13巻・第14巻・第15巻

原作:田島 隆 漫画:東風孝広 出版社:講談社 発行年:2006年~2008年
 コミックもかつてほどではないが読む。とはいえシリーズを巻ごとに順序良く読むというよりはよくいく書店においてあれば買うという方法ではあるのだが。第6巻ではセクハラ騒動を扱う。セクハラ防止措置をめぐる行政書士の争いだが、「いかにもありそう」という泥沼からいかに解決へもっていくかが面白い。結局は問題意識の欠けていた「法律屋」にツケがまわることになるが…。第13巻と第14巻は成年任意後見人をめぐる騒動でこれも高齢社会の現在、さしせまった課題だ。これをすべて弁護士でまかなうのは無理だろうから行政書士の出番となるが、かなりの信用を顧客関係と築いていないとトラブルも多々発生するであろうことはこの漫画で想像がつく。そして第15巻では夫婦間の不貞行為と損害賠償。裁判になれば不貞の相手方は約300万円、和解で150万円が相場というのはこの漫画で知る。現在のウェブ社会の「影」を扱う漫画でもあるが、一応行政書士という職種を描いてはいるものの一種のコンサルタント的な役割とネゴシエーターとしての精神力のほうが重要かな、とも思う。有資格者になった主人公の「田村」だが、やっていることは行政書士になる前とさして変わりがない。行動範囲は広がり、スキルとしての法律知識も重要だが、巻が進行していくほど、法律以外のジャンルのスキル(メンタルな部分や倫理的な部分など)が重要になっていくのが印象深い。

2009年4月9日木曜日

クラウド・コンピューティング(朝日新聞出版)

著者:西田宗千佳 出版社:朝日新聞出版 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆
 サブタイトルが「web2.0の先にくるもの」とあるのだが、気がつかないままにweb2.0は日常生活の中に溶け込んでしまった。技術の進歩とその利便性をすぐ生活に取り入れてしまうそのスピードの速さ。それはVISTAがあまり人気を博していない状況と早くもメモリ1Gでも軽やかにうごく新しいOS「ウインドウズ7」の発表を急ぐマイクロソフトと動きが重なる。パッケージ型ソフトウェアの魅力が乏しくなってきているのは事実で、すでにやりたいことのほとんどはウェブアプリで可能な時代。何もパッケージ型ソフトウェアをあえて購入したり、そのバージョンアップにつきあう必要性はない。むしろウェブに常にリンクして、ネットの中にデータもすべて保存し、ネットの中でデータも編集してしまう…そうした時代に個人も突入したのだと思う。どこからでもいつでもネットからデータを取り出せる…そうした「クモ」のようにはりめぐされたウェブの世界がクラウド・コンピューティングだ。マイクロソフトは2010年にもオフィス2007の次のオフィスセットの発売を予告しているが、従来のパッケージソフトウェアのほかに無償のソフトウェアの発売も予告している。これはgoogle documentをライバルとしてみたてた戦略だろう。ajaxといった新しい技術も実際にgoogle mapを使っていると「なるほど」とすぐわかるように内容が構成されているほか、従来とは比較にならないほどの容量をそなえたgmailやskydriveなどの様子をみていると、なるほどこれが企業バージョンになればsaasになるのか…とうなづける次第。現状分析をきわめてバランスよく著述しているほか、データの確実な保存こそがビジネスとして成立する未来も予測してくれている。mixiを実際にはじめている人がweb2.0をまっすぐ理解したのと同じで、外付けHDDではなく、無料のギガストレージサービスを普通に使っている日常生活を送っている人ほど、著者のいわんとすることがすぐ理解できるような造りになっている。難しい専門用語も適切に説明されているため、「今」を理解するにはきわめて有用な新書だ。

2009年4月7日火曜日

模倣犯 上・下巻(小学館)

著者:宮部みゆき 出版社:小学館 発行年:2001年
 映画化・ドラマ化もされたこのミステリーの名作かつロングセラー作品をこれまで読んだことがなかった。が、やはり一気に最後まで読み通してしまう。ストーリーの巧みな構築や社会現象の取り込みはやはりさすが。そして伝統的な推理小説によくある「名探偵」がすべてを解決するという推理小説ではなく、いずれも現実の目の前の世界に苦しむ平凡でかつ善良な人々の集まりだ。その中に突然出現してくる「悪」。ドラマの枠組みは「あくまで平凡な人たち」が時には対立し、時には協調しながらラストに向かってひたすら行き続けるというプロセスを描く。登場人物はいずれも「何か」を探求しているのだが、だれも独自ではその「探求」の対象をみつけることができない。最終的には人々の「集合知識」がすべてをラストにまで導く。一応の「解決」というかラストにはたどり着くのだが、読者が茫漠たる思いにかられるのは、必ずしも「悪対善」といった二元対立ではすまない人間関係が凝縮されているからだろう。「解決」といえばとりあえずは「解決」しているのだが、「未解決」になっている部分も多い。この登場人物はこの先の人生をどうするのだろう?他の残された遺族はどうなるのだろう?…。ここに描写された凡庸で一般的な登場人物の中に超然とあらわれるのが、冒頭から明らかにされている「犯人」だ。完全とも思えるその手法と冒頭では不可解な「動機」は、ラストに向かうに連れて徐々に明らかになっていく。そしてタイトルの理由も。社会の枠組みの中で精一杯生きようとしている平凡な生活の前にもし凶悪な犯罪者があらわれて、その生活を壊されたならば…。だれもがもつそうした不安を掬い取り、それでも「なお再生して生きながらえなければならない」という著者のメッセージをラストに感じる。生きるエネルギーが弱ったときこそこの推理小説はお勧めだ。未解決なことは未解決なこととして、それでも一つの区切りは迎える。そして一定の探究心と寂しさを抱えつつも登場人物も読者もその翌日をまた生きていかなければならない。推理小説というよりは一種の哲学的な小説のような雰囲気すら漂う名作。

2009年4月4日土曜日

アンボス・ムンドス(文藝春秋)

著者:桐野夏生 出版社:文藝春秋 発行年:2008年
 7つの短編が収められた短編集。いずれも「悪意」「恨み」が渦巻く世界を深く濃く描いており、しかもリアリティある描写が巧みな著者なので読んでいるうちに気分が悪くなってくるほど。お金がないのでコンタクトレンズの片方がなくなっても買いなおせない若い女性の描写がのっけからあるのだが、夏の熱い日に片目をつぶりながらじっとねめつけられた「若い男性」が、さらにその視線の奥の心理描写まで読むとちょっと気持ち悪くてたまらない…という感じになるのは間違いない。「植林」という冒頭の短編はいわば「悪意」と「恨み」が時間の経過を超えて伝播していく様子が描写されているのだが、これは読んでいるうちに「不快感」が次第に恐怖へ変わっていく。いずれもネガティブな読後感であることには違いないが、「不快」という気分は「恐怖」の一歩手前なのだな、両者は違うのだな…とふと思う。男性が主人公の短編もあるのだが、やはり女性の視点で淡々とつづられる心理描写の「絡み合い」が面白い。7つの短編のうち6つが女性が主人公でいずれも表面的には日常生活でも遭遇することは当然ありうる話。特に「怪物たちの夜会」に描写されているような「二号」が「一号」の家庭に乗り込んでいくという場面はまあしょっちゅうあるわけではないだろうが、それでもニュースでも街中のどこかでもありふれているエピソードが「描写」をするだけでこれだけ怖くなる。小説家の「技」がこれでもかこれでもかと展開され、野球でいえば、ストレートもあればカーブやホーク、シュートといった描写と深い読みの技が次々と繰り出されてくる印象の短編集だ。