2011年5月31日火曜日

デスクをメタボにしない理系志向(中央公論新社)

著者:本多弘美 出版社:中央公論新社 発行年:2011年 本体価格:760円
摂取や消化などになぞらえて機能的な収納術について語る本。いや、昔は雑然とすべてを抱え込んでいた私なのだが、ある日気づく。「ためておくだけではなくて、それを整理して加工してはじめて情報が知識になって活用できる」、と。自分なりの整理哲学は一応持っている。「スペースに応じた分は所有し、それ以外は機会あるごとに入れ替えていく」。この本になぞらえれば「新陳代謝」ということになるだろうか。一定の物理的空間の制限までは書籍を購入するが、それを越えそうになったらすべて捨てる。一定程度空間を確保してからまた余剰が出てきたら余分なものから捨てていくというきわめてシンプルな方法だ。
そうした観点からすると無意識のうちに「理系志向」で収納していたことになる。ちなみにこの本の148ページでは「マトリックス」とはもともと「何かを生み出すもの」というラテン語に由来する言葉だとのこと。マトリックスにして情報を整理すると確かに何か新しい情報が生み出されてくる。本を読んでいてこんな知識が頭に入ってくるのもまた楽しい。

野村克也に挑んだ13人のサムライたち(双葉社)

著者:野村克也 出版社:双葉社 発行年:2011年 本体価格:800円
「週刊大衆」を発刊し、たまに骨太な文芸作品なども出版したりする双葉社の新書である。企画がとにかくユニークな出版社だが、この本も日本文芸社から既刊の新書に続く野村克也元監督に関する新書。ヤクルトの黄金時代を支えた西村投手、長島一茂選手、池山、飯田、古田といった選手と阪神時代の今岡選手、楽天時代の一場、岩隈などの選手が取り上げられている。苫篠選手がトップバッターで登場するが、足が速くてスイッチヒッターという特徴をもつユーティリティ・プレイヤーだった。ファンとしても期待を寄せていた選手だったが、いかんせん90年代のヤクルトでは、細かなチームプレーを得意とする選手が数多く、活躍の場がなかったのが残念。広島に移籍した当初はかなりの打率を上げたが、翌年に引退している。自分のセールスポイントをいかに伸ばすか、才能をいかに活用するか、多数のライバルのなかでいかにモチベーションを保ち、自分をみがくべきかといった「実話」があふれている。「人を生かす」「人を生む」という観点からすると野村克也監督がおそらく名監督ということになるが、その裏側では、活用されなかった選手もいる。10年後の「結果論」といえば、そういう面が確かにある本かもしれない。ただ、他のチームに移籍するなどしてもそのまま日の目をみることがなかった選手もいるだけに、確率としては「一芸に秀でる」「謙虚」といった要素が人生のサバイバルゲームに重要な要素をしめることもまた否定できない。さらにこれから10年後、この13人(実際にはセットアッパーを勤めた山田勉投手など他の選手にもページがさかれている)がまたグラウンドとはまた違った世界で、きっと勝負しつづけている姿を見れる思いがする。

2011年5月29日日曜日

累犯障害者(新潮社)

著者:山本譲司 出版社:新潮社 発行年:2009年(文庫本) 本体価格:476円(文庫本) 評価:☆☆☆☆☆
著者はかつて管直人内閣総理大臣の公設秘書、衆議院議員。その後、秘書給与流用事件で実刑判決を受ける。その実刑に服した期間の様子は「獄窓記」として別にルポタージュ化。この本も名作だったが、知的障碍者と犯罪の関係を描写したこの本も名作だ。障害者年金手帳を確保して「搾取」を続けるヤクザなどが描写されている。養子縁組で複数の知的障害者の養子を「確保」しアパートに詰め込んで、その名義で携帯電話などの契約を結んだりもするエピソードが印象的(養父や強要や覚せい剤取締法違反などで実刑判決。養子縁組の無効を求める訴訟でこの被害者は家庭裁判所から養子縁組の無効の判決を獲得している)。また全国に50箇所しかないとされている婦人保護施設、32~60箇所の情緒障害時短期治療施設や偽装結婚のエピソードも興味深い。ここでも偽装結婚(韓国の男性と日本の女性、韓国の女性と日本の男性)に知的障害者が「食い物」にされている実情が記されている。愛知県の浜松ろうあ者殺人事件(かつて日本の刑法40条に聾唖者の刑を軽減するという条文があった。現在は削除)を取り扱った章では、「手話辞典」の日本語文法と実際の文法との差などが紹介されている。また監獄法から受刑者処遇法に改組(法)されるプロセスなど。触法障碍者という分類になるが、この本がきっかけとなって、これまで一種タブーにもなってきた触法障碍者の「矯正」というテーマが表だって取り組まれるようになってきたことが文庫版のあとがきに記されている。セーフティネットという言葉は、イメージとしてはせいぜい低所得者への所得補助といった感じだが、この本の生々しい現実を見ると税金の使い道や福祉のあり方などはそれほど甘いものではないことがわかる。

2011年5月24日火曜日

S式柴田の生講義 入門民法1(自由国民社)

著者:柴田孝之 出版社:自由国民社 発行年:2009年 本体価格:2,000円 評価:☆☆☆☆☆
いろいろ民法の本を読んできたが、初心者にわかりやすく、またある程度法律の知識がついていても新たな発見がある本というと、この本に尽きる。第1版から改訂のたびに拝読しているが、2009年に購入したこの第6版は購入してから約1年半は本棚に。で、手にとって通勤時に読んでいるがやはり面白く、そして深い民法の世界に入れる。もちろん不満がないわけではない。たまに目につく誤字誤植はやはり健在だが、これはもちろん微々たる瑕疵であって、この書籍の価値をそこなうものではない。またこれから増刷されている本ではこうした瑕疵は「治癒」されているはずだ。今回は法律行為の効力発生と効果帰属についてイメージをいだくことができた。この「イメージ」が実はなかなかわきにくいのが法律で、一番最初は「承役地」というイメージがわくまでえらい時間を要した。
問題解決型の学習方法など法律の勉強方法や条文重視の勉強方法なども紹介されており、256ページと見た目以上にぶあつい内容もあいまって本体価格2,000円はむしろお買い得の値段といえるだろう。第7版が出れば、もちろんあらためて購入する。

2011年5月22日日曜日

貸し込み(上)(下)

著者:黒木亮 出版社:角川書店 発行年:2010年(文庫版) 本体価格:629円(上巻)・705円(下巻)
黒木亮氏の著作物には国際金融が多いが、この本は主人公はアメリカの投資銀行家だが、舞台はあくまで日本。しかも登場してくる銀行は日本にかつて実在した関西系の何某都市銀行。エピソードの多くは裁判所にさかれるが、準備書面の内容から証拠書類、口述など臨場感あふれる描写が多数。日本の裁判における偽証罪の扱いの軽さや意思能力の鑑定などが興味深い。金融機関側の人間についてはかなり取材と実際の人物を「あて書き」しているものと推定される。「底なし沼のような目をした二重瞼」の「秘書役」というのは実際のS銀行のなかにいた人物だろうし、多少設定は変えてあるが金融庁に資料を隠蔽した所在を連絡したのは実際の東海地方に営業力をもっていたT銀行。部分部分で実際の人物や組織を想像できるように書き、脚色部分は脚色部分として読める内容で、しかもこの本はミステリーとしても優れた内容だ。事理弁識能力が欠けた顧客に20億を超える融資をおこない、さらには裁判に対しては和解せずに判決まで持ち込むというこのエピソード、最終的にはモデルとなった銀行の「終末」と同様に一定の解決をみるが、実際のモデルがたとえわからない読者にとっても興味深く、面白い内容になっている。さすがに現在ではこういう乱暴な金融機関は減少していると思うが、1980年代~90年代にバブル時代の乱脈融資とその強引な後始末は「金融機関の強引さ」という意味では一貫していたことが窺われる。とはいえ、組織の風土は一定程度は脈々と受け継がれていく。こういう「強引な文化」の遺伝子とそれに反発する一部の金融マンっていう構図、多少は変化しても今でも共通する部分があるのかもしれない。

2011年5月16日月曜日

福島原発メルトダウン(朝日新聞出版)

福島原発メルトダウン(朝日新聞出版) 著者:広瀬隆 出版社:朝日新聞出版社 発行年:2011年 本体価格:740円 評価:☆☆☆☆☆
東京電力と経済産業省の言い分が非常に強くマスコミでも報道されているが、はたしてそれが真実なのかどうか確信がもてない。「想定外」ということを東京電力側が強調するが、マグニチュードの規模が改ざんされていなければ、確かにそうした「想定外」という言い分にも一理あるが、マグニチュードの科学的算定の根拠もこれからしっかり確認しなければならないし、非常用電源の設置方法や津波対策の規模などもはたして予見可能なレベルだったのかどうかも斟酌されなければならないだろう。こうした視点がなかなかテレビなどでは報道されないということ自体が、一種の世論捜査ではないかとも思う。福島原子力発電所では3号機でプルサーマルが始動しており、水や水蒸気の排出にはプルトニウムが含まれている。これが1号機や2号機との違いだが、はたしてそこまで報道してくれたテレビ局や新聞社があったかどうか。東京新聞が一人気をはいてはいるが。
放射性物質の蓄積の問題や浜岡原発の影響力の大きさなどを具体的に指摘しているのはこの本のみ。LNGによる発電で代替するべきという案も提案されている。サハリン計画でLNGを東京電力管内にパルプラインでひいてくるという案も昔あったが、それを断ったのがT電力のK会長だったことを思い出す。今だからこそ注目してその内容を読み込むべき新書。

2011年5月11日水曜日

モチベーションを思うまま高める方法(三笠書房)

著者:小山龍介 出版社:三笠書房 発行年:2011年 本体価格:1300円
モチベーションには内面的な内発的動機と外面的な外発的動機の2種類がある。著者は内発的動機を重視して論理を展開しているが、これはかなりレベルの高い技だと思う。実際には自己実現的な動機で動ける人間はそれほど多くはなく、外面的動機付けで何か物事を始めていくのが一番よい。ただし、一定水準以後は、金儲けや対面といった外発的動機から内面的動機に移行していく必要性は確かにある。自分自身へのご褒美といった外発的動機で刺激付けをすることに限界を感じた段階でこの本のように内発的動機付けを重視していくのが効果的ではないかと思う。自分自身でモチベーションを管理していく時代だが、それは必ずしも報酬を意識しないという意味ではない。必要に応じて報酬を自分自身で用意していくこともまたモチベーション管理の一つだと思う。その意味では「怒り」「屈辱」ですら仕事エネルギーに変えることができる著者の「肝」はたいしたものだと思う。「怒り」が妙な屈折した劣等感に転化していく人が多いが、結局それでは生産的な成果物は生み出せないからだ。また86ページに著述されているような「地味なプロセス」を重視している点については巷のビジネス本のなかでは珍しく、また正論ではないかと思う。「上達」や「自己実現」の内訳は実は地道な努力の結果であることが多い。そうしたあたりまえのことが、あたりまえに、しかも楽しくできるというのがモチベーション管理にふさわしい自己統制のできる人間なのではないかと思う。

2011年5月10日火曜日

もっとも美しい数学 ゲーム理論(文藝春秋)

著者:トム・ジーグフリード 出版社:文藝春秋 発行年:2010年 本体価格:819円 評価:☆☆☆☆☆
資格試験などでもゲーム理論は出題されるようになっているが、この本ではそうした「問題解決型」のテキストではなく、ヒュームやアダム・スミスから説き起こし、ゲーム理論がめざす目標地点は17世紀の近代合理主義から連綿と続く一つの流れにあることを説く。物理学や生物学、経済学との融合、そしてアシモフが描写した「ファウンデーション」シリーズの世界をゲーム理論によって到達しようとする科学者の姿が描かれる。問題解決型のゲーム理論だと「まあ、こんなものか」というあっけない感想しか得ることができないが、この本では、何か可能で何か「できそうもないか」といったことも含めてイメージとしてゲーム理論をとらえることができる。複雑な数式がないというのがまたすごい。こういう文庫本が2010年に発刊され、わずか819円で入手できる時代がすばらしい。

2011年5月8日日曜日

テルマエ・ロマエ Ⅲ(エンターブレイン)

著者:ヤマザキマリ 出版社:エンターブレイン 発行年:2011年 本体価格:680円
ハドリアヌス帝の時代に温泉技師として活躍するルシウスを描く。第Ⅰ巻ですでに手塚治虫賞受賞、さらに映画化も決定下という話題作。このⅢ巻が最新作だが、Ⅱ巻ではややブレが生じていたのが、Ⅲ巻では見事に軌道修正。温泉街という限定付ではあるものの街のなかや日本の山奥でもある程度自由に主人公が動き回れる設定になり、面白さが増した。制約条件はある程度必要だとは思うが、この作品にカギっては温泉にまつわるエピソードをあれこれ書き足していくのには一定の自由さも必要。ギョーザとラーメンを食べるシーンが最高に楽しい。

2011年5月6日金曜日

震災で日本経済はどうなるか(日本経済新聞出版社)

著者:藤田勉 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2011年 本体価格:1000円
3月中旬締め切りだったという「緊急出版」。よくぞ短時間でここまで印刷・製本ができたものだと思う。140ページたらずとやや薄いわりには価格は割高だが、一種の手間賃と考えれば安いかもしれない。逆に言うと5月や6月にはもっと最新のデータや審議会や行政の対応を含めた予測もでてくるので勝負は出版した2011年4月27日から1~2ヶ月だろうか。著者は被害の全体像(損害額の推定)、企業の利益の押し下げ割合、電力不足の期間、自動車業界への影響、原子力政策の変換、復興需要の規模、長期金利、世界の景気、財政危機の有無、為替相場についての見通しを著述している。ただし、それは74ページまでで、それ以降の第3章は緊急出版というよりも長期的な社会論なので、実際には第1章と第2章が当面の見通しということになる。ただそれでも損害の推定方法や内閣府の調査など貴重な情報が述べられているのでこの書籍の意義はある。

エネルギー 下巻(講談社)

著者:黒木亮 出版社:講談社 発行年:2010年 本体価格:762円
つくづく自分はシリーズものに弱い。黒木亮の小説でも分冊構成の本のほうがなんだか楽しい。普通は逆なのだろうけれども。サハリン計画はロシアのプーチン大統領の政策や環境問題などにより、周知の事実で頓挫する。この本はノンフィクションではあるが、サハリン計画という時点ですでに「成功小説」ではないことがあらかじめ読者に通知されている。その結末に向けて、合併吸収された総合商社の人間、環境問題に取り組む妹とオホーツクで漁業を営む兄をもつサハリン計画の担当者、国会議員に転進した元経済産業省の課長といった主要人物の苦闘を描写。物語はラストまで一気に読ませる構成だが、もう一人の主要な登場人物であるコモティティ・トレーダーの「秋月」の結末は、あまり詳細には書かれていない。おそらく続編かもしくは別の作品にも顔を出すのかもしれない。巻末には経済用語の辞典が掲載されており、単行本であれば、参照しながら読み進めることができるように配慮されている。参考資料の膨大さも印象的だ。

モレスキン「伝説のノート」活用術(ダイヤモンド社)

著者:掘正岳 中牟田洋子 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2010年 本体価格:1429円
特定のブランド商品の活用術が本になるなどとは昔は想像していなかった。最近ではロディアの活用術の本もでてきたが、もし書籍になるとしてもコーネル大学方式のノートなどハードよりもソフトに目を向けた書籍が主流だったと思う。ところが東急ハンズのモレスキン売り場でもこの本はモレスキンのノートと一緒に陳列されて販売されているし、書店のビジネス系書籍ではこの本と一緒にモレスキンのノートが販売されている。ちょうどハードとソフトが補完しあうシナジー効果がはたらいて両者ともにメリットがあるようだ。この装丁もかなりいい。モレスキンのノートは実は個人的には苦手にしていた。丈夫で書きやすいというイメージはあったが、幾分にも値段が高い。堅牢さを売りにするモレスキンよりも超整理手帳のような蛇腹式で、A4サイズであればなんでもノートとして活用できる…という発想のほうが新鮮だったのが事実。ただこの本で紹介されている5インチ×3インチの情報カードとの併用や行動メニューの作成などは日常生活にも活用できそうなので、まずは無理なくモレスキンで楽しむ…という発想で使ってみようかと思う。名作ノートだけに逆にこれまで「使い方」については、案外思いつかなかった…それをこの本が補ってくれた…という面がある。1429円出して購入する価値、この本にはあるし、そもそもモレスキンのノートは1890円ぐらい。100円ノート活用術もけっこう面白いが、モレスキンで楽しんでみる方法もあるかな、と。

2011年5月4日水曜日

エネルギー 中巻(講談社)

著者:黒木亮 出版社:講談社 発行年:2010年 本体価格:762円
サハリン資源開発計画はロシアの法律の複雑さと政策に左右されるほか、環境団体も問題にしはじめる。また年金などの運用先として商品市場が注目されはじめ、WTI先物取引の原油価格は値上がりをつづけ、コールオプションの売りをたてていたチェンは苦境に陥る…。2001年からさらに重視されるようになった環境問題と資源開発、商品相場の構造転換、ロシアの民族主義的政策や中国の会計制度などがテーマとして取り上げられる。原価の見積もりなど具体的な場面の描写が興味深い。単位は数十億円の単位だが、計算方式は他の商品やサービスと同じ。ただし為替リスクや利子率などを考慮すると、かなり大雑把な見積もりで事業展開している様子はわかる。それまで環境団体にたいして偏見をもっていた登場人物が「言い分だけでも聞いてみよう」と考え方を変えていく場面も印象深い。

不安な時代の精神病理(講談社)

著者:香山リカ 出版社:講談社 発行年:2011年 本体価格:740円
おそらく福島の原始視力発電所の事故や東日本大震災が発生する3月11日までは、テーマは同一であったものの前書きとあとがきは違うゲラが入っていた可能性が高い。本紙部分の最初の16ページのうち、前書きは8ページ分、あとがきは後ろの32ページ分を差し替えれば緊急出版できる。時代の分析をするにあたり、2011年の3月11日は明らかに今後の日本の経済や文化のあり方までもが変わる大事件となる。著者は近代からポストモダンに切り替わるポイントを「ビッグピクチャー」にもとめているが、今後日本がかかえるビッグピクチャーは「復興」ということになるだろうか。もちろんこうしたビッグピクチャーがあれば、「不安」は軽減されていくはずなのだが。所得や貯蓄のグラフなど一定のデータに依拠しつつ、著者は現在の日本にかかえる「空気」を「細かな差異」にあるとみているようだ。これがポストモダンの特徴の一つともいえる。こうした細かな差異は大きな事件には一定程度無視ができるはずで、であればこそ迷いも不安もなくなるのであれば、それは一つの救いにもなりうる。ただ5月3日時点では福島県はもとよりその近隣、そして国会も行政も混乱がおさまる状況にはなっていない。今後ビッグピクチャーがあらわれるとすれば、政治の場ということにもなるが、本書で指摘されているような格差、複雑さ、不安定要素はまだしばらくは日本全体を覆うような予感がある。このデフレ現象も基本的に解消できるという見込みはない(電力料金があがるという報道もあるが、それとて一般物価指数にはたしてどこまで影響が出るか。もしかすると電力量の節減にともない、東京電力の収益はさらに落ち込む可能性だってあるのだから)。

2011年5月3日火曜日

エネルギー 上巻(講談社)

著者:黒木亮 出版社:講談社 発行年:2010年 本体価格:762円 評価:☆☆☆☆☆
かなり分厚い文庫本。地図があると便利なので表見返しのところに古くなった地図帳から関係する部分を切り抜いて貼り、読みながら必要に応じて地図を見る。電子辞書やモバイルで検索してもいいのだが、一番早いのはやはり紙の媒体だ。
総合商社「五井商事」に入社14年目の金沢がヨルダンを経由してイラク・バグダッドまで陸路で移動する場面から始まる。イラン・イラク戦争当時からテヘランでイランに在住していた亀岡、東京大学文学部を卒業後通産省に入省した十文字、投資銀行で石油デリバティブのトレーダーをつとめる秋月といった主人公が登場する。2012年度の新卒募集はおこなわないアラビア石油が「日の丸油田」としての役目を終えつつある状況で、秋月はデリバティブで原油価格の価格ヘッジの時代になると予測して行動する。その一方でルイジアナ州購入の資金やナポレオン戦争でフランスへ融資をおこなった名門ベアリング・ブラザースが日経平均先物で失敗し、ベアリング・ブラザースを倒産させるとともに、中国系の企業がヘッジ目的主体のデリバティブ取引を展開しようとしていた時代でもある。またその2年後1997年には山一證券が倒産し、京都会議が開催された。現在は独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構となっている旧石油公団の不良資産や天下りが国会で問題にもなった時期だ。当時通産大臣の堀内光雄が実名で登場する。堀内は1兆3000億円にものぼる巨額の不良債権と粉飾決算を明らかにした。そして石油開発事業が一つの時代の転機をむかえようとしているとき、金沢はサハリン開発プロジェクトにたずさわるようになる(実際にはサハリン1プロジェクト、サハリン2プロジェクトといった名称でよばれている。スーパーメジャーのエクソンモービルが現在もなお試掘)。小説では別の名称となっているが何某巨大商社で非鉄金属(銅)の先物売買で巨額の損失を与えたトレーダーもこの上巻で登場する。小説では権利行使すれば利益がでるプットオプション(売る権利)の「売り」でオプション料をえて資金ぐりにあてる日本人トレーダーが登場する。このケースでは最初から権利行使されることがわかりきっている取引なので、このオプションを売る場合のオプション料は高くなるが、その代わり権利行使された場合には売った側は原則としてモノを引き渡す義務を負う。203ページではウルトラヴァイラスの事例も紹介されているが、これは日本の民法でいえば「無権代理」に相当する。行財政改革のなかで国際協力銀行や総合商社のリスク管理チーム、環境団体が動き始め、そして2001年9月11日をむかえる。
もちろん「フィクション」ではあるのだが、ノンフィクションの部分あるいは限りなく事実に近い推定をおこなっている部分があり、1995年から2001年までの約6年間のエネルギー、金融、貿易などの情勢を小説のストーリーと同時に追いかけることができる。架空の総合商社トーニチがリストラクチャリングに取り組み、資産のことごとくを証券化して資金繰りにあてようとしている描写は圧巻だ。そして2011年現在でも情報の隠匿が問題になっている東京電力の1980年代から90年代前半までの自首点検記録改ざん事件などは、すべてこの時代から今に引き継がれてきた遺産であることがわかってくる。3巻全部読むのが辛いという読者もまずは20世紀~21世紀の端境期に日本の総合商社や官庁がどのように考えて行動していたのか、その根拠となる材料や想像力のネタを仕入れるのにこの本はかなり有用。

2011年5月1日日曜日

原発事故残留汚染の危険性(朝日新聞出版社)

著者:武田邦彦 出版社:朝日新聞出版社 発行年:2011年 本体価格:1000円
テレビやネットの報道も迅速性があって頼もしいが、どうしても分散して情報が入ってくるため、体系的なまとめみたいな情報についてはやはり書籍がベスト。で、今年4月30日に緊急出版されたこの本だが早くも2刷で、しかも今日購入した書店では私が買った本が最後の1冊だった。レジの方が「あ…全部売り切れちゃいましたね…」と言っていたので、何冊か注文したものの棚にならべてすぐ購入した読者が多かったのだろう。
この本では福島原子力発電所をおそった地震の規模と津波の高さを検証する。それが1000年に1度の大規模災害に相当するのかどうかといった検証だが、発電所付近の震度は6程度、津波の高さも10メートルということで、1000年に1度ということはなく、むしろ想定してしかるべき範囲の災害だったことをデータで立証。さらに非常用電源が同じ敷地内に設置されていたことを問題視する(この非常用電源の設置場所については素人目にも不可思議な設置方法だった)。日本経団連や金融業関係の会社は、東京電力の損害賠償は1500億円を限度とするのが妥当という見解を多くもっているようだが、いずれこの災害と原子力発電所の事故との関係は裁判所に持ち込まれる。そのさいにまた原子力発電所付近の震度と津波対策、非常用電源の設置場所などの適否が法廷で争われることになるだろう。電源の多重化はリスク回避のためには当然の措置だがそれがなされていなかったとすれば、地震に付随して発生した人災という可能性が高い。となれば、東京電力はやはり政府が主張しているように一義的に債務を弁済する義務を負うことになるだろう。経済団体の思惑とは別個にIAEAなど国際的機関のレビューなども法廷では証拠として採用されることになるだろうから、案外早期にこうした裁判も結審する可能性が高い。エネルギー問題ではとかく反論を呼んだ武田氏だが、この本でも原子力行政にたずさわってきた自らと知人の学者、保安院などに対して「私たちは失敗したのです」と淡々とよびかける文章が切ない。今後10年、20年、30年、そして100年後も検証が続けられるであろうこの原子力発電所の事故についてはまだ未解明の事柄が多い。ただしその失敗も含めて克明に記録し、後世にそのミスの原因を伝えるとともに関係諸国にもデータを提供するのがおそらく日本に課された歴史的、国際的義務だろう。もはや株式会社の取締役の進退などのレベルはとうに過ぎ去った。