2008年10月31日金曜日

まぐれ~投資家はなぜ運を実力と勘違いするのか~(ダイヤモンド社)

著者:ナシーム・ニコラス・タレブ 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2008年 評価:☆☆☆
 不確実性と統計確率の話をかなり辛らつに、そして面白く書いた本。「カリスマ・トレーダー」がいかなる経緯をへて作り上げられ、そしてその成功要因がいかにあてにならないのかを説明してくれる。最終的には、統計的な平準値に収益率が落ち着くのであれば、発生しうる最大の損失を回避できるような行動や意思決定がトレーダーにとってはないよりもの武器になる。いいかにリターンを積み上げていても、発生しうる最大のリスクが実際に発生した場合に、そのトレーダーは「行方不明」にならざるをえない…。短い動きから短時間に何かを読み取るよりも長期的なトレンドを重視することも著者は説明してくれる。短期的な現象はノイズであり情報に値しないケースが多いからだ。そして個人的に興味深かったのは241ページの「二重思考」。システム2といいうのはいわば定型的なアルゴリズム的処理の学習だが、そのうち自然発生的な情緒的な部分(システム2)が経験などによって研ぎ澄まされていくケースがあるという。実際、オプショントレーダーには数値的な分析以外のシステム2的な要素も強くなってくるらしい。確率やオプション取引などに興味がなくとも、実際に生活をしていく面で、「使える考え方」が満載。ノイズにまどわされない意思決定についても学習することができる。2008年1月31日発売で4月23日ですでに5刷の売れ行きを示している。やや分厚い本ではあるが、読んだだけの価値は十分あり。

2008年10月25日土曜日

なくしてしまった魔法の時間(偕成社)

著者:安房直子 出版社:偕成社 発行年:2004年3月 評価:☆☆☆☆☆
 大人になってからあらためて読み直すと、その素晴らしさがまた心に伝わってくる。文章を読んでいるうちに心に色彩が浮かんでくるのだが、著者自身もこの全集のエッセイに記されているように「青」や「赤」といった色彩を意識して執筆されたようだ。中でも「空色のゆりいす」という名作は著者が日本女子大学在学中の20歳のときの作品。空を見ることが出来ない少女が心に空のイメージを膨らませていく様子が素晴らしい…
 「さんしょっ子」では、「さんしょっ子」が三太郎を、三太郎が「すずな」を思い続けて声をかけても相手が応えないという場面が切ない(24ページ)。時代は違うが「めぞん一刻」の世界をこの1ページに凝縮したような印象も受ける。すべてが片思いでしかも「すずな」の心の中については著者はあえて描写していないのが、大人になってからはその理由がよくわかる…。
 もうお亡くなりになった安房直子さんの作品集は偕成社からコレクション第1巻~第7巻に編集されて再発売。本の装丁も白地にイラスト入りのとても素敵なデザイン。手にとった感触がまた素晴らしく、定価も2,000円とお買い得。

2008年10月22日水曜日

3年で辞めた若者はどこへ行ったのか~アウトサイダーの時代~(筑摩書房)

著者:城繁幸 出版社:筑摩書房 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
 「世代間闘争」について非常に敏感に反応している著者だと思うし、限られた経済資源をどのように配分していくかは、経済学の重要なテーマである。国の財政も企業の福利厚生も一種の経済資源だが、それが特定の世代が集中して享受している時代。それが現在であり、この本で最大の問題点として設定されているところだろう。したがって206ページ以降において、既存の労働運動や社会民主党、日本共産党のあり方について著者が疑念を呈しているのも無理なからぬところである。すべては、構造改革路線を推進してきた自由民主党が悪い…という論理展開は今ではあまり意味も説得力もない。現在では、経済資源のかなりの部分を享受している中高年の労働者層、特に年金も含めて団塊世代優遇の時代だから、若年層とは必然的に対立構造が起こる。非正規雇用者と正社員の対立構図に持ち込みたがるケースもあるが、広くみれば、これまで獲得してきた経済資源の積分値が異常に高い団塊の世代と、これからも低い積分値しか予測できない若年世代との構図で、労働者政党もそのトップは50代以上の団塊の世代とあっては、若年の加入者が減少するのも当然だし、インディペンデンス系統のメーデーが開催されるのも当然の現象になるだろう。「真の改革とは既得権にメスを入れること」という著者の主張は正しい。ただこの著者の主張は実は、経営者や自由民主党だけではなく、既存の労働組合や団塊の世代の年金受給の問題もはらむ。与党の批判だけはいせいがいいが、かといって自分たちの受給金額を減少させてそれを若い世代に配分する、もしくは自分たちの月給の切り下げをしてその分若年層の基本給に反映させていく…といった同じ雇用者の中での配分の差異についても切り込める労働団体がでてこないかぎり、おそらくネット難民やニートの問題だけ拾い上げてもあまり大きな支持を若い世代から受けることはないに違いない。かなりの部分は著者の主張に賛成で昭和的価値観と平成的価値観の2分対立軸でこの本は構成されている。「老人は弱者ではない」などと挑発的な文章もある一方で、冷静な観察力と、そしてなによりも実際に売れているという事実が著者への共感が多いことを示している。「既得権」といえばどうしても官僚、と短絡的な連想にうごきがちだが、はたしてそうなのかどうなのかは自分たちの周囲をみてみればすぐ答えはでてくる問題だ。非常に面白い新書本でぜひ一読のお勧め。

週刊ダイヤモンド給料全比較(2008年9月13日号)


出版社:ダイヤモンド社 発行年:2008年
 「恒例」といえるかどうか…ただこの手の特集はダイヤモンドは大好きみたいで、わりと頻繁にお目にかかる。ちょうど福田首相が辞任会見をした直後の特集だが、ダイヤモンド社の「独自調査」ということで、家計調査年報などの公式的な出版物などとはまた違う面白さも。建設業や不動産業の落ち込みが目立つのはやはり建築基準法の厳格化の影響と、マンション契約率の低下による部分が多いだろう。市議会議員の平均年収が777万円と意外に低いのは地方自治体の財政状態を反映しているような気がする。東日本高速道路などかつての日本道路公団が民営化・3分割された企業についてはいずれもかなりの高収入。日本高速道路保有・債務返済機構の職員の年収もかなり高く(具体的にどのような数字なのかはぜひこの雑誌で)、旧日本道路公団の債務返済をどこまで真面目にやる気なのかはこのデータからは不明。給料とあわせて平均的な残業時間なども表にまとめられているが、金融機関、特に銀行がさまがわりしている。投資銀行がやや多いかな、という感じがする程度で「持ち帰り」は個人情報保護法に、残業は労働基準法に触れる可能性が高いという時代を反映したものだろう。万が一、融資を依頼してきた顧客情報が漏出などでもしたら、その銀行全体のイメージが大打撃を受けるためと推察される。生産ラインの適正化などをはかるプロセスエンジニアの残業もやや多い。さらに2008年4月に改正されたいわゆる改正パート法についても特集。何某通信会社の国際オペレータ業務のエピソードが紹介されているが、本来は、正社員なみに働くパート社員への差別的待遇が禁止されたもの。流通業ではパート比率が高いといわれており、何某では正社員とパートとの職務等級が統一されている。さらに東京大学卒業生の就職希望もグラフ化されており、右肩下がりが公務員で、その受け皿が金融・保険業。総合商社の人気が相変わらず高いという指摘にも納得できるものがある。
 そのほか、この号では「サクセスフルエイジング」で定期的な運動による肥満や心臓病の防止について、知的能力を落とさない努力、東京大学文学部卒業の石上和敬住職のインタビュー(港区光明寺)、グルジア紛争におけるアメリカの役割、成城石井やクイーンズ伊勢丹のような高級スーパーと総合スーパーのヨーカ堂の新業態の模索(ザ・プライスなどのディスカウント業態)、野口悠紀夫先生の70年代の英国経済と日本経済の比較など、670円の雑誌にしてはかなりのお買い得な一冊で、しかも充実の内容。こういう特集や報道記事ばかりであればさらに経済雑誌の需要ももっと高まるのだろうが…。

2008年10月15日水曜日

性のアウトサイダー(青土社)


著者:コリン・ウィルソン 出版社:青土社 発行年:1989年
 図式的にすぎるという批判はあれど非常に面白いコリン・ウィルソン。常識の枠内ですべて分類・解決してくれるので、読者はあまり違和感を覚えずに、これまでの「アウトサイダー」を分類・検索できるという魅力がある。実際にその世界に足を踏み入れている人には逆に「ぜんぜんわかっていないだろう」という反論は予想されるが…。入手したのは単行本だが、文庫本でもすでに発刊されている。また「アウトサイダー」も集英社文庫からすでに発刊。
 シャーロット・バッハという謎の「女性」とのその独自の哲学の分析から、マルキ・ド・サド、ルソー、ゲーテ、バイロン、プーシキン、レールモントフ、ゴーゴリ、ロートレアモン、フロイト、ジョイス、ロレンス、ヘンリー・ミラー、ユング、アラビアのロレンス、ヴィトゲンシュタイン、三島由紀夫とoutsaiderの分析を一通り終える。人間の進化を「想像力の発展」にもとめるコリン・ウィルソンは、加熱した想像力はマズローの欲求段階を下にひきさげるとともに、現実感との間を産むとする。クライシスによってより高見にある「鳥の目」に達することもできるが多くの場合、クライシスに直面しないかぎりは人間は「虫の目」でしか現実を生きることができない。過去の辛さの経験、生活感現実感を人間は進化の過程で想像力で「鳥の目」まで高めようという努力をしてきた。そしてそれには幾分かは成功している。自ら切迫感をよぼこして、虫の目から鳥の目へ視点を移動させる。脆弱な想像力しかもたないもののみが、実際にはアウトサイダーになってしまう…という単純明快な論理は、やや過去に名声をはくした世の有名人には気の毒な結論だ。だがしかし多くの人間は「アブノーマル」な世界に陥ることなく、現実の世界に生きている。現実の世界の中でさらに高見をめざして「進化」していくことにこそ想像力革命がある(ある意味19世紀のロマン派についてはコリン・ウィルソンは否定的な立場であるともいえるだろう)。失望や絶望すらも想像力と現実感覚とでのりきれることがある…とするコリン・ウィルソンの哲学は楽観的に過ぎるかもしれない。しかし多くの人間は悲惨な状況にあっても必死で生きようとしている。それは楽観的すぎるからかもしれないけれど、近未来もしくはトータルな死後の世界も含めて、きわめて倫理的な想像力の進化によるものというのが著者の結論でもあり、私の個人的解釈でもある。

2008年10月14日火曜日

40代からの勉強法(PHP研究所)

著者:和田秀樹 出版社:PHP研究所 発行年:2008年
 すでに勉強法の「権威」というよりも一種のカリスマとなっている和田秀樹先生。中高年にも「諦めるな」と激励の言葉を著作物で常に投げかけているが、おそらくその激励の言葉にはげまされて、知的活動にいそしむ人間も少なくないと思われる。目標設定を工夫するなど現実的なアドバイスにとんだ本の内容はやはり40代向けに相応しい内容だ。結果が読めることを先に重点的にこなしていくというやり方は特に中高年にふさわしい。法科大学院の入学希望者は個人的にはこれから減少していくと予想しているが(中高年に限定しての話だが)、かりに卒業して司法試験に合格しても今の情勢だと手元に入るキャッシュ・フローはおそらく会社をやめてまで挑戦するほどの金額にはならない可能性のほうが高い。だとすればすでに弁護士資格を有している人間を代理人として雇用するほうが現実的な対策となる。自分でやるより、他人の力をうまく使え…という発想にたてば、勉強方法も発展して現実に生きる生活の術ともなる。特に無味乾燥な勉強よりもまずその根底にある「意欲の減退を防止せよ」というのは使えるアドバイスだ。やはり意欲なくして知的活動はできないのだから、まずは知的生産の大前提としてはやはり意欲の活性化の方法を自分なりにいろいろ工夫していくべきだろう。単なる勉強術の本というよりも40代をいかに効率的に、かつ戦略的に生きていくべきかを説いた本。特に意欲が減退気味の方々にはお勧め。

金融商品にだまされるな(ダイヤモンド社)

著者:吉本佳生 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2007年 評価:☆☆☆☆
 金融商品は現在多数存在するがその「本質」みたいなところまで解説してくれている本は少ない。だがこの本では定期預金がいかに有利な金融商品で、仕組預金がいかに不利な金融商品なのかを丁寧に解説してくれている。元本保証型の投資型の年金保険についてもその不利な点を丁寧に解説。特にこの円高基調の時期には外貨建定期預金を組んでいる人には為替の動向がきになるはずだが、その不利な点も解説。特に二重通貨預金のケースだと現在の円高では、顧客はオプションの売り手となる。当然銀行は損をしないように円ではなくドルで満期日に払い戻すため、顧客はそのドルを円に戻さなければならず、現在の相場では為替差損をこうむることになる(さらに為替手数料も支払わなければならない)。さらに円高のさいにこうむる損失は本来はオプション料として受け取れるはずだがそれを銀行側がサヤ抜きしているため、もともと不利な仕組預金がさらに不利であることもわかってくる。逆にシンプルな定期預金ほど金利の情勢を的確に反映してかなり有利な金融商品であることも理解できる。若干、専門用語は出てくるが、明らかに金融機関が配賦するパンフレットなどよりも懇切丁寧な解説だ。営業の説明にまどわされずに的確な資産運用をするためには、この本はかなりのお勧めである。

フリーランスのジタバタな舞台裏(幻冬舎)

著者:きたみりゅうじ 出版社:幻冬舎 発行年:2007年
 ウェブサイトでの連載をきっかけにSEからフリーのライターへと転職を果たした筆者。会社に対する帰属意識がもともと薄かったという著述があるがSEとしてはやはりそれなりの技術を有していたのは間違いなく、ネットワーク関係の用語集などでもスマッシュヒットを飛ばしている。SEの生態などを面白おかしく、さらに悲哀をまじえてエッセイにした書籍もいずれも名作揃いでSEに限定されず、一般の会社員が読んでも勉強になること多し。この本も最初はわりと面白おかしく…と展開していくが、最後のあたりで会社員とフリーとの微妙なすれ違いなども著述されていて、そのあたりは妙に生々しい著述が印象的。さらに人脈を通じてどんどこどんどこ仕事が拡大していく様子や、書き直しを続けていくうちに「あ、これからな」というイメージを体感していくあたりが面白い。何かを創造していくという作業をそのまま文章にしたような感じがAHA体験みたいにつづられており、オリジナルな作品を作る、あるいは造りたいという人にも参考になる書籍だろう。「造りこみ」「修正作業」のあたりも面白いし…とはいえこの著者はまだ現在フリーのライターとして現実と格闘中。さらにこの続編も無事に出版してくれればよいが…。

2008年10月8日水曜日

野口悠紀夫の「超」経済脳で考える(東洋経済新報社)

著者:野口悠紀夫 出版社:東洋経済新報社 発行年:2007年
 経済学の入門の話からさらに具体的な経済事象までかなり高度なレベルの論点が展開される。たとえば格差是正をどうするべきか、といったテーマに対してはオプションがまず税・社会保障政策と補助・価格・規制政策があることが明示され、市場に直接関与しない税・社会保障政策のほうが望ましい経済学的理由が展開される。キーワードがタイトルの下に展開されているのも読み手への配慮だし、問題提起と論点の所在を明確にしてから理由を記述してくれるのも野口悠紀夫教授の読者への配慮だろう。市場介入については資源の最適配分をゆがめるから…ということになるが、理論と実際のズレの理由まで含めて丁寧に著述されており、ミクロ経済学やマクロ経済学の素養がなくても十分読みこなせるように編集されていると同時に執筆もされている。
 ただ内容がかなり高度な分だけ、まずこの本を読む前に一定程度の近代経済学の入門書を読んでおくとさらに読書の楽しみが倍増するだろう。1回読んだだけでは不十分でおそらく2回目、3回目とことあるごとに読み返すと理論の力と現実の変化の両方をさらに深く理解できるような問題提起と理論的説明の展開がなされている好著。

ララピポ(幻冬舎)

著者:奥田英朗 出版社:幻冬舎 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆
 全部で6つの短編が相互に登場人物をリンクさせながら最後に完結するという手法。やや哀しいトーンを帯びた小説で、しかも性描写がこの作家にしてはやや多いかもしれない。が、かなり面白いことは事実。小説特有のスキルであえて省略して描写しておいて、肝心なことは最後で描写する…というのも登場人物が多彩なだけに効果的。32歳のフリーライター、23歳のスカウトマン、43歳の主婦と20歳の娘、26歳のカラオケボックス店員、52歳の官能作家、28歳のテープリライターなどが織り成す人間模様。関係なさそうで最後にはリングのような円関係になっているがどれもほろ苦い結末だ。特にすべてになげやりな43歳主婦の生活面の描写はリアリティ満載ですごい。腐った大根が廊下に放置されていたりするのだが、なんだかこういう43歳の主婦は実際にこの日本に何人かは存在しそうだ。ダンナは精神科に通っているという設定だが、その設定以外に細かい描写がないというのが逆に存在感の稀薄さを示す効果をあげている。3人ぐらいを仲介すればこの日本では大体全員がなんらかの知人関係にあるという実態。こういう人間群像ものでも奥田英朗は見事な技をみせてくれる。

愛国の作法(朝日新聞社)

著者:姜尚中 出版社:朝日新聞社 発行年:2006年
 非常に難解な書籍なのだが、それでもどうしても手に取りたくなる本。最近の所得分析や社会調査で所得階層の低い人間ほど「愛国心が強い」という統計がでている。これは「下流社会」などでも指摘されていることだが、実際には国策で構造改革が行われ勝ち組・負け組の格差が拡大したにもかかわらず、愛国心は逆に「負け組」のほうが強くなるという現象はどうして起きたのか。「陰影を感じさせない愛国心」に戸惑いを覚えるのは、「実際経験」や質感の違いかもしれないが、戦後の「愛国心」と21世紀の「愛国心」とではおのずとその質感も異なってくるだろう。在日韓国人の著者が、客観的な視点で「愛国の作法」という書籍を出版できるのは、その国籍の違いと日本と世界を社会学的に分析したその結果ではないか。
 たとえば「愛する」という行為自体も厳密な定義がなされておらず、情緒的には確かに「愛する」ということはいえても実際にはどうなのか。橋川文三の言葉などを引用しつつ著者のかしゃくのない分析がこの新書で指摘されていく。国家というものを感性や情緒によりかかって発言していることを立証し、「愛する」というのは「一つの技術」ではないかという問題提起もする。理論的な知識と理解によらずに情緒的に「愛する」といった場合の問題点は明らかで1億3000万人それぞれが情緒的に「愛する」とうことはできるが、実はその1億3000万人で共有すべき知識も理論も共通の体系がない状態でも「愛国心」は存在してしまうというある意味での怖さも感じる。
 端的に個人的な理解でいえば、「愛国心」とは単なる言葉だけでは意味がなく具体化されているものでなければならないはずだ。そしてそれはたとえば国家が財政赤字のときにどれだけ私有財産を国家に提供できるのかできないのか、といったことが指標になるのではないか。「勝ち組」があまり愛国心を情緒的に語らないのは、これを具体化していくと「それではなぜ国家のために私有財産を投げ出さないのか。ビル・ゲイツは何百億もアメリカ合衆国に寄付したのに」…という指摘は当然でてくるはず。情緒に頼っているかぎりには、きっとさまざまな「愛国心」がでてきてその収拾がつかなくなる事態もある。まずは言葉の厳密な定義と歴史的背景を国民(国籍が日本に帰属している人間)で共有化していく努力がこれから必要になるのだろう。

そんな言い方ないだろう(新潮社)

著者:梶原しげる 出版社:新潮社 発行年:2005年 評価:☆☆☆☆
 フリーのアナウンサーにして言葉の魔術師梶原しげるさんの「言い方」にこだわるエッセイ集。ビジネスマナーの本はたくさんあるけれど、言葉遣いにここまでこだわる本というのは、ビジネスにも日常会話にもいろいろ応用が利くと同時に、なにより読んでいて楽しい。「よね」については筆者はかなりの嫌悪感を示しているのだが、そんなことは私は感じないんだよね…。「ちょっといいですか」の「ちょっと」とは実際にはどれくらいかという問いかけや、「い」と「え」の中間の発音などいろいろこだわる視点には賛否両論あれど、自分自身の無意識の言葉遣いも含めて参考になる部分が多い。最終的な人間関係の構築は情報交換だけではなく、情を載せた言葉のやりとり・感情の交流があってこそ、というくだりもただ言葉遣いだけではなく「内容面」「感情面」も重要というフリー・アナウンサーのプロらしい気配りだと思われる(おそらく取材活動もご自身でいろいろされているうちに会得された哲学がおありなのだろう)。「雑談」の効用や「思いつきの効用」なども説かれており、「思いつきもいえない職場は…」という問題提起にも納得。すでにベストセラーといってもいい新書だが、読んでいない方にも一読のお勧め本。

2008年10月6日月曜日

実録 現役サラリーマン言い訳大全(幻冬舎)

著者:伊藤洋介 出版社:幻冬舎 発行年:2007年 評価:☆
 タイトルに期待して購入したのだが、かなりの大ハズレ作品。会社に遅刻してきたときの言い訳とか、自信まんまんで告白したときにふられて言い訳するとかシチュエーションはいろいろ設定されてあるのだが、どれも使えないのが問題。こういう「大全」というからにはバリエーションをもっと設定して、いろいろな職種で応用可能な可変性がないといけないのだが、それがない。もともと証券会社に勤めながら、芸能活動を続け、現在もなおM永製菓で広告宣伝をしているというキャラクターの著者。正直、通常のビジネスパーソンと比較するとかなり特殊な道筋をたどっているわけで、「言い訳」するシチュエーションにバラエティが乏しいのはまあ仕方がないのかもしれない。一応、「実録」となっているわけだし。でもまあ、もう少しひねりを効かせないと、ビジネスパーソンとしても芸能人としても社会人としてもどっちつかずの中途半端になる可能性が「やや」見えてきたようにも思える。いろいろなジャンルに手を伸ばすのは試行錯誤の意欲の現われで高い評価をするべきだと思うのだが、なんだかこのエッセイもいまひとつ中途半端なのが惜しいなあ…。結局、「安全地帯」にいるということは間違いがなく、どうせやるなら、もう少しリスキーな「技」を各方面で見せて欲しいものだ。前に務めていた証券会社も結局リスクを察してか、日用品中心の安全なメーカーに転職したわけだし、過激そうにみえて「セーフティネット」の中にいる…ように見えてしまうあたりが、この著者の伸び悩みの原因かもしれない。

2008年10月5日日曜日

マドンナ(講談社)

著者:奥田英朗 出版社;講談社 発行年:2005年
 解説を酒井順子さんが書かれており、本を読み終わったあとに酒井さんの解説を読むとさらに面白さが倍増。全員40代の課長が主役で、その心理状況を描写しているのだが、目安としては中~大規模クラスの企業だろう。これ、小規模な事業所だとまた違う展開になりそうな気がする。女性の上司につかえることになった「ボス」、社内行事の運動会をめぐる「ダンス」など表題の「マドンナ」よりも、そっちのほうが個人的には面白い。実際、ほとんど全員参加の社内行事に「参加しない」というのはそれなりに理由と度胸が必要になるが、それをポリシーとして貫く人間と説得する人間の友情というかなんというか、しみじみした味わいがなんともいえない。特に上下関係を超えての昼食での会話の描写がまた上手いんだなあ…。不条理はいろいろあれど、その不条理を今の日本企業で吸収しているクッションがこの小説にでてくるような主人公たち。40過ぎで全員「惑う」わけなのだが、「一定のポリシー」にしたがって惑わなくなったような人間ばかりで構成されている企業は、時代の変化には弱いのではないか…とふと思う。

歩兵の本領(講談社)

著者:浅田次郎 出版社:講談社 発行年:2004年 評価:☆☆☆
「アムール河の流血」からタイトル。全部で9つの短編がおさめられているがすべて高度経済成長期の自衛隊員の物語。いわゆる「地連」に勧誘されて入隊した自衛隊員の感じた気持ちをいろいろな角度から描写している。今と違うのは、自衛隊の立場は「国際貢献」という新たな形で展開されてきていることと、国家公務員として人気を得ているということ。そして高度経済成長期にあった「左右対立」が現在では「保守主義の現実路線の対立」に変化してきていること。自衛隊に旧陸軍のOBが存在しないことだろうか。自衛隊内部で温存されていた旧陸軍の「鉄拳制裁」も小説では描写されており、必ずしも自衛隊賛歌という話ばかりではないが、それでも読み終わったあと、これまで一方的に描写されてきた左派学生の物語とはまた違う青春群像が心に残る。ピースマークをつけた学生のゲバルトの中にもいろいろな青春群像があったごとく、自衛隊に入隊するしか他に道がなかった当時の若者の生き様がまた胸をうつ。浅田次郎の作品に最初ふれたのは10年ぐらい前の、「ヤクザ稼業」シリーズだった。インテリ企業舎弟の「手口」を面白おかしく紹介した一連の作品は非常に現実世界の勉強になると同時に、泣き笑いのツボが見事におさえていた。その後、「蒼穹の昴」を読んで天才だと思い、続々と読破。ただ「鉄道員」で直木賞を受賞してからの作品はあまり読まなかったのだが、しばらくぶりに浅田次郎の作品を読んでみて、「やっぱり才能あるなあ…」と思った短編集。人間が構成する集団でしかも日本の自衛隊は過去の他国の軍隊とはまた違うパーソナリティで組織を動かす必要性もある。そんな中で良い伝統を継承していくのは…と自衛隊OBの浅田氏の自問自答もこの短編集の中で繰り返されている思いもする。

2008年10月2日木曜日

図解「超」手帳法

監修:野口悠紀夫 出版社:講談社 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
 「超」整理手帳を使い始めてから1年。まだまだビギナーだが、こうして20人の工夫を書籍にまとめて、さらに野口悠紀夫教授の新たな工夫や「情報を整理しない方法」などのエッセイを読むことができるのは嬉しい。「8割原則」など過去の超整理法からの要約も嬉しいし、「超勉強法」とのリンケージのコーナーもある。人によってこだわる部分に違いがあるが、その中から自分にあうスキルを取り込めるのがまたまたまた嬉しい。定価は1,200円だが、内容の濃さをみると安すぎるぐらいである。個人的に気に入っているのはスケジュールシートを2組用意するという点。この方法だと16週間が一気に「見える化」するので非常に便利。目標までの日程を書き込むというのもけっこうモチベーションの維持には有効だ。最近ようやく個人的にはマインドマップを使い始めたのだが、マインドマップをA3もしくはA4サイズの紙を使って展開すればそれもまた超整理手帳との親和性が高まる。けっこう、記憶に知識を定着させ、キーワードとキーワードの関連性を視覚化して理解するには便利な方法だがこれと超整理法のさらなる親和性を自分内部で構築できれば、携帯性をそなえたオリジナルのメモ世界が展開できる。パソコンとの親和性というよりも、カスタマイズの自由さと手帳をきっかけにした「工夫」の積み重ねがそのまま手帳に反映していくスタイルが面白い。TPOでカバーそのものを変えるというアイデアもけっこういいなあ。こういうところはIPODにも共通するものを感じる…。