2012年12月21日金曜日

MAKERS(NHK出版)

著者:クリス・アンダーソン 出版社:NHK出版 発行年:2012年 本体価格:1900円
 21世紀の製造業はどうなるか?という問いに対して3Dスキャナなどを用いた小規模製造業者がコミュニティの力を活用してアイディアあふれた生産を展開していくというのがクリス・アンダーソンの答えだ。プリンタやパソコンがこれだけ廉価に各家庭に供給されている時代だから、CADや3Dスキャナが各家庭に普及するのもそれほど遠い話ではないのかもしれない。といって大規模生産も著者は否定はしておらず、それぞれ住み分ける形で製造業が進化していくものとも書いている。
 これを出版業にあてはめると…と考えないでもない。もともと2Dのプリンタで出力したものをホットメルトなどで製本していくだけの生産物だ。もし廉価に少部数でも発行できるのであれば3Dスキャナなどがなくても小規模生産がある程度は可能になる。ただそこまでして製本されたコンテンツにこだわる読者がそれほどいるものとは思えず(そのさいにはデザインや紙の質など別の要素が問題になってくるだろう)、CDやウェブ、もしくは電子書籍で流通していくほうがコストは劇的にやすくなる。ここでも「コミュニティ」がキーワードになるが、特殊なジャンルの個別のコミュニティで必要とされる分野の本であれば、CDであってもダウンロードであっても一定の料金で流通するのだろうけれど、コミュニティがない一般の本の場合には、やはり大手のバーチャルモールや大型書店で不特定多数をターゲットにした一定部数以上の発行をせざるをえないのだろう。音楽業界も同じ問題を抱えているが、こちらはライフハウスやファンクラブなどでコミュニティを作り上げていくことができる。では出版社は、というとマニアックなジャンル以外にはそうしたコミュニティを創りだすところまではいっていない気がする。

2012年12月17日月曜日

むしろ暴落しそうな金融商品を買え!(幻冬舎)

著者:吉本佳生 出版社:幻冬舎 発行年:2012年 本体価格:820円
 投資といえば「長期投資・分散投資」とされてきたが、著者はこの本で、長期投資や分散投資の効果が薄れ、商品相場と株式相場の相関係数が強くなってくるなど分散投資効果が薄れてきていることを実証。以前は「仕組み債」について「デリバティブ汚染」(講談社)でいかに投資家にとって仕組み債が不利な金融商品かと証明した著者が、今度はこの本で長期投資・分散投資の有効性そのものを検証。感覚的にも納得できる話で、2008年のリーマンショックなどではあらゆる金融商品が一気に値を下げたことからすると、リスク分散というのは情報化や国際化が進化した現在、難しいのかもしれない。
 オプション取引の仕組みや為替相場の変動リスクなどについても解説されており、これから投資をしようとする人には有用な内容だろう。個人的には某都市銀行の度重なる営業にも負けず外貨建定期預金やらFXやらには1円たりとも投資しなかったが、これからさらに長期円高傾向にある現在、2009年や2010年に1年もの外貨建定期預金に預金した人はどれだけ為替差損をかぶったことやら…。

2012年12月16日日曜日

シェア(NHK出版)

著者:レイチェル・ボッツマン ルー・ロジャース 出版社:NHK出版 発行年:2010年 本体価格:1900円
 ず~っと「積ん読」だけだった本だが、実際に手にとってみると非常に面白く一気読み。すでに家や車はシェア(共有)して利用する世代が増えてきたし、ある意味介護施設などはすでに「建物」「介護サービス」などのシェアとなっている。超高齢社会で、しかも核家族化が進行していくとなると、介護問題などはシェアの発想で乗り切るのが、少なくともコスト面などでは合理的な気がする。
 そしてソーシャルゲームなどでもコミュニティというキーワードが見え隠れしていたが、このシェアという概念もコミュニティと密接な関係をもっているようだ。ホテル代わりに自宅の一部をレンタルするという発想も、一定の利用回数をへれば利用者たちがコミュニティとなっていくのは想像がつく。というよりもフェイスブックも、また勢いが急速に減退しているmixiなどもコミュニティづくりの道具としての利用価値が高かった。環境負荷を軽減して、しかも所有ではなく利用に重点を置くシェアは、今後想像もつかない形で日常生活に浸透していくのかもしれない(すでにこの本の執筆もシェアによって行われているようだ)。ハードウェアのシェアはわりと企業レベルでは機械設備や工場の共有という形でおこなわれているが、ソフトウェアの部分、特にこれまで知的生産に属するとされてきた音楽や文学、学術論文などもシェアによって、さらに独創的なアウトプットが生まれてくるかもしれない。

リ・ポジショニング戦略(翔泳社)

著者:ジャック・トラウト、スティーブ・リブキン 出版社:翔泳社 発行年:2010年 本体価格:1,680円
 ポジショニングという用語はマーケティングではもう当たり前のように用いられているが、消費者の頭に「意識付ける」という意味でポジショニング戦略を提唱したのは、このジャック・トラウトということになるようだ。「ポジショニング戦略」という本も非常に面白かったが、この「リ・ポジショニング戦略」も面白い。業界2位や3位の企業が1位にとってかわるにはどうすればよいか、という読み方もできるし、新規参入をいかに阻止して利益を確保するべきか、という読み方もできる。また企業戦略ではなく、個人が独自性をいかしていかに今後生き残れば良いか、という読み方すらできる。
 潜在顧客の頭のなかのイメージをいかに上書き保存してもらうか、がリ・ポジショニング戦略なので、「この大事業は、やはり大事業向きのA君だな」というイメージが既定路線だとすると、リ・ポジショニング戦略で「いやいやB君の登用もありうるな」というイメージの上書き保存への変更も可能、ということになる。まあ「本来の位置に回帰する」(=無理しないで自分の本来の特徴をアピールする)というのが一番無難だが、それだけではやはり今後は生き残れないかもしれない。いみじくも著者は「進化が重要」という指摘もしている(58ページ)。これは個人レベルでいえばスキルアップなどに相当するだろう。ポジショニングを小刻みに上書きしていくのは、企業レベルでも個人レベルでも非常に難しい技のようだ。
 既存の商品に新しい用途をみつける、や「人の心はかえづらい」といった解説は,リ・ポジショニングの難しさを物語る。ただ、イメージを上書き保存することが「可能」だし、「必要」というのは、いたずらに諦めるよりもずっと前向きの発想ではあるまいか。なんだか世の中企業も個人も元気がでない世相だけれど、少なくとも対策は可能で後はその対策の方向性の問題だとすれば、この本、マーケティングの本のみならずさらにほかの読み方もできそうである。

2012年12月12日水曜日

人間仮免中(イースト・プレス)

著者:卯月妙子 出版社:イースト・プレス 発行年:2012年 本体価格:1300円
 1971年生まれ。最初の夫は飛び降り自殺し、自らも統合失調症を患い、歩道橋から飛び降りてしまう。「あとがき」には、かなり多数の編集者に賛辞が述べられているが、ここまで完成させるまでの関係者の苦労は並大抵のものではなかったはずだ。だが、自らの幻覚や幻聴までも作品に書き込み、さらには自分自身の服薬状況や「墜落」からの詳細な回復のプロセスまでを細密に描写した歴史的作品がここに完成している。定価1,300円でいいのかしら、と思うぐらいの名作だ。
 「絵」そのものは正直うまくない。ただその「下手さ加減」が、かえって迫真さを増している。「パチンパチン」「プシュー」「じょきっ」と手書きで書かれたネームがまた怖く、リアルだ。ありきたりのオノマトペなのに、なぜにここまで怖いのか。現実と幻覚の境目がわからなくなっている著者と読者である自分自身が妙にかぶさってくるところが、「物語」にひきこまれそうになって、怖くなるのではなかろうか。なにせこの漫画は現在進行中の「物語」で、明日にはまた予想もつかない展開が待ち構えているのかもしれないのだから。ひたすら暗く、しかも激烈なエピソードが連続するなかで、ふと目頭があつ~くなる瞬間が、小さな文字で縦書きに組まれた「ありがとう」という文字。なんでだろう。ひたすら陰惨な話なのに、前向きな気持ちになれる。

2012年12月2日日曜日

映画道楽(角川書店)

著者:鈴木敏夫 出版社:角川書店 発行年:2012年 本体価格:514円
 スタジオ・ジブリの鈴木プロデューサーによる映画評論。片岡千恵蔵や市川雷蔵などの個人的な「映画体験記」と第2部映画製作編、第3部映画宣伝編、第4部映画企画編に分かれる。
 意外に映画製作にまつわるあれこれが面白く、手書きで書かれた工程表などが、読んでいる自分にとっても参考になることが多い。複数の人間が集まって一定の日時までに一つの作品にしていくわけだから、どうしても日程は不足していくと思われる。がそれをシンプルに手書きでまとめてしまうあたりが、今のディジタルな時代とは違う重みを感じる(ディジタル時代だとPERT図に相当するものになるのだろう)。
 企業とのタイアップ秘話なども公開されており、これも各企業の広告宣伝部との駆け引きがすさまじい。作品によってはタイアップの「タ」の字もでてこない場合もあるが、こうした「引き」の強さもスタジオ・ジブリというブランドによるものか。ヒーローと「強い」「弱い」の2つの特性で分類して、あえて「弱いヒーローが必要なのでは」と提言するあたりがやはり時代の先をみすえるプロデューサー独特の視点か。
 「格差社会」で「弱い」っていうとやはり、「フリーター」や「ニート」っていうことになるが、まあたとえていえば「炎のフリーター」とか「沈黙のニート」みたいなタイトルで、国際的陰謀組織の謀略を骨抜きにしてくというような映画になるのかもしれないが、そういう映画って「画面」で演出するのは難しそう。拳銃やらミサイルやらアクションやらに頼らない映画が大多数に支持されるっていうのはやはり今の時代スタジオ・ジブリに期待するしかないのかもしれない。

絞首刑(講談社)

著者:青木理 出版社:講談社 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:648円(文庫本)
 元共同通信記者による死刑囚へのインタビューと事件の総括ルポ。いわゆる「木曽川・長良川連続リンチ殺人事件」を軸にして、「栃木・今市四人殺傷事件」「愛知・半田保険金殺人事件」「埼玉・熊谷拉致殺傷事件」「福岡・飯塚女児殺害事件」の合計5つの事件と犯人を取り扱う。301ページには死刑を控えた囚人の写真も掲載されており、この写真をめぐっての著者と法務省の対立も最終章に収録されている。
 死刑に反対でもなく賛成でもないという著者のスタンスは形式的にはわかるが、読んでいくと特定の死刑囚への思い入れが特に際立ってくる。違和感を覚えるほどの思い入れが、逆にこの本の「特徴」かもしれない。重たいテーマで、しかも日本とアメリカの一部の州に特有の問題ではあるが、インタビューをすることができない「被害者」の視線というのもページの向こう側から見えてくる。リンチで殺害された被害者という立場も考慮すると、「貧しいから「虐待されていたから」「改心したから」という理由での免責は難しい。書籍のうえでの刑罰理論ではなく、絞首刑に用いられるロープの描写や死刑囚の描写というのがこの日本では少なすぎるという点では意味があるルポだ。ただし相当数の読者が「違和感」や「反発」を覚えることは間違いなく、筆者の主観が色濃くでている点では異色すぎるルポだ。
 死刑をめぐる情報開示や議論の透明性もこの本の問題提起だが、法務省や刑務所の内部規定に違反した撮影で、逆にその言い分は通りにくくなったのではないかという疑問もある。著者の言い分もわかるが実際に刑務所の内部統治をしている側にもそれなりの内部秩序の維持という義務があり、また法的に部分社会の法理が認められている以上、死刑囚の写真撮影がまるで肯定されるとは正直思えない。とはいえ、なにからなにまで「お上」の言い分を聞いているばかりでは、ジャーナリズムが死んでしまう。ある意味ではこの癖のあるルポは、著者なりのある死刑囚に捧げた「思い」の現れか。