2013年10月14日月曜日

国語教科書の闇(新潮社)

著者:川島 幸希 出版社:新潮社 発行年:2013年 本体価格:680円
 国語教科書の題材が画一化してきている。たとえば芥川龍之介の「羅生門」,夏目漱石の「こころ」,森鴎外の「舞姫」などはほとんどの現代国語の教科書で取り上げられている。それはなぜなのか。そしてそうした教材の定番化に問題はないのかを検討したのがこの新書である。
 キーボードの配列方法は昔のタイプライターの配列がそのまま21世紀のパソコンに引き継がれてきたもの…というのが有名だが,国語の定番教材も戦後同じようなプロセスを経て、デファクトスタンダード化してきたものらしい。それで「是」とするわけでなく、もっと良い教材があるのではないか、という著者の指摘はもっともだ。ただその一方で大江健三郎や村上春樹の文体や文章構成が「現代国語」の試験に非常に馴染みにくいのも事実である。現状はこの3作品で保険をかけつつ、徐々に題材を入れ替えて、たとえば「舞姫」の代わりに「高瀬舟」を取り上げるといった試みをしていくのがおそらく現実に妥当するだろう。
 著者が「画一化」の要因として指摘しているのは①著作権の問題②豊富な副教材や過去の授業の実践事例の存在③指導資料の充実といった点である。原典が同じであれば文部科学省の検定意見も類似したものが多くなるだろうから、その意味では定番教材は「保険」にもなりうる。芥川龍之介の小説が検定教科書に登場しはじめたのは大正中期で、芥川自身が「近代日本文藝読本」という国語教育の編集作業に携わっていたらしい(本書52ページ)。芥川自身は「羅生門」ではなく「トロッコ」をこの副教材に入れていた。戦前には「羅生門」は国語教育の題材としては取り上げられることは少なく、著者はそれを「日本の国体や美風」を記し,国民性を発揮するものとしては「羅生門」はふさわしくなかったのではないか、との推論を述べている。本書の中盤は過去の国語の教科書や副教材の歴史を綿密に調査した結果で占められている。これがまた非常に面白い。
 おもえば検定教科書といえば「世界史」「日本史」など歴史関係の教科書に議論が集中していたが,前学習指導要領では「算数」「数学」「理科」が、そしてこの新書では「国語」がこうして話題になっている。「教科書なんで読まないよ」という学生は多いと思われるが、それでも国民共通の文化の下地になりうるのが検定教科書と考えれば、その重要性をここで新書で検討しておくことには意義がある。また同様に教材の定番化や画一化が現代国語のみならず他の教科でも進行している可能性があることも留意しておきたい。