2012年9月30日日曜日

うれしなつかし修学旅行(ネスコ)

著者:速水 栄 出版社:ネスコ 発行年:1999年 本体価格:1600円
 もはや新刊書店では入手できないが、とあるところで評判を聞いてamazonで入手。いわゆる「遠足」の歴史からお弁当の定番、修学旅行をめぐるさまざまな事件や事故(敗戦直後の修学旅行では旅館の床が抜けたり集団食中毒なども発生していた)、レクリエーションと枕投げなど夜の遊び、さらに修学旅行から派生してユースホステル全盛期の「若者」という特集も。
 この本では遠足の「きまりごと」が年々バージョンアップして、旧版よりもあたらしいバージョンに追加の規則や取り決めなどが加筆される傾向にあることが指摘されているが、デジタル社会の昨今、改訂作業はさらに楽になっているはずだが、あまりに細密すぎてマグナ・カルタみたいになっていなければいいのだが…。
 どこから読んでも面白いが、そういえばこれあった…というのがレクリエーションの「歌」。中学生のころ某YMCAのキャンプに参加し、当時、感動しながら「シャロム」「今日の日はさようなら」などを歌った記憶が蘇ったが、考えてみればこの本を読むまでは10代のころにキャンプファイアに参加したことすら忘れていた。というよりも忘れようとしていた…。思わず本を横において、「あ~~」とのたうちまわったのだが、キャンプファイアやらフォークダンスやらには20年後、30年後にはとてつもない羞恥心とともに心に細密にわたって記憶をよびおこす力がある…。そのほか観光地のおみやげ「木刀」の歴史まで著者の探求はとどまるところをしらない。まだインターネットもそれほど整備されていない時代で、参考書籍も簡単にはそらわないジャンルで、よくここまで「修学旅行」にまつわるエピソードを収集し、さらに編集してしまったものだと思う。「調査研究」の教科書としても十分通じる丹念な取材がうかがえる名著。

2012年9月27日木曜日

ブランドビジネス(中央公論新社)

著者:高橋克典 出版社:中央公論新社 発行年:2007年 本体価格:760円
 無形資産たる「ブランド」は有形固定資産よりもはるかに大事…というのは種々の本で解説されているが、それではどうやったらそのブランドを獲得できるのか、という方法論はまだ読んだことがない。
 フランスには伝統的に商売に対する嫌悪感があるとか、ブランドには永続性が大事…という話はこの新書でもけっこう取り扱われているが、今ひとつ物足りない。「人と同じことをするな」というソニーに井深氏の言葉はもっともではあるが、それでもマネシタとよばれていたパナソニックは日本を代表する立派なブランドになってるし、成功さえすれば一応有形固定資産や棚卸資産にひきずられて無形資産の価値もあがるものなのか、と思ったりもする。
 ファッションの世界のライセンスフィー・ビジネスなどはわかりやすいが、タイトルはブランドビジネスなので、もう少し(たとえばその仮説が間違っていたにしても)大胆な分析をしているブランド関係の本はないものか。やや期待はずれ。

闇金ウシジマくん 第1巻~第25巻(小学館)

著者:真鍋昌平 出版社:小学館 発行年:2004年~2012年 本体価格:514円
 「ナニワ金融道」は合法の金融業者だが、このシリーズは免許をもっていない「闇金融業者」の話。金銭にまつわる漫画は、ユーモラスな部分が数%であとはだいたい重苦しい話が続くが、初期のエピソードはいずれも借金をした人間が自我崩壊やら行方不明やらと苦しい話が満載。途中からやや救いがみえる展開もでてはくるが、合法の消費者金融で相手にされず、闇金融から借金する人間が主役になると、なかなか救いもみえにくい。このシリーズが累計で600万部売れ、映画化もされるというのは、やはり平成大不況という時代の産物か。「ナニワ金融道」がバブル経済崩壊直後の不動産屋や起業したばかりの運送屋だったのに対して、この漫画では、フリーター、ニート、スーパータクシー運転手、地方のヤンキー、パチンコ中毒の主婦と生活感覚があふれすぎてて、それがまたリアルな筆さばきが描かれるのものだから読後感が悪いことこのうえない。ただ「分を超えた借金はいけないですよ」という理詰めよりも、リアル感あふれる登場人物の「人生オワコン」状態の様子のほうが説得力はある。それがまた、消費離れをしている若者には受けているのかもしれない。
 「救い」はほとんどないのだが、それでもすべての登場人物が薬物にはまったり、やばい業界に売られてしまったりといった展開にならないのは、安易な「転落」はある意味では「救済」にもなりかねないからではないか、と思う。自我が崩壊してしまった人には借金の額やら対面はもう眼中からは消えてしまうわけだし。
 多少救いがみえてきた25巻を読み終わり、自我の崩壊以上の「救いのなさ」はこれから26巻以後で始まるのだろう…と予測。明晰な論理と倫理観を持ちつつの「崩落」。そっちのほうがこれまで以上にきっと救いがない。

2012年9月25日火曜日

生きる悪知恵(文藝春秋)

著者:西原理恵子 出版社:文藝春秋 発行年:2012年 本体価格:800円
 まあ、この著者、T女子高中退から大検、そして美術大学とかなり若いころからはちゃめちゃ。白夜書房のパチンコがらみのころからユニークな生き様だったが、この本では水産会社も経営されているとか。ど根性はやはり座ってる。「ぼくんち」という漫画のなかでも主人公が「商売はコツコツあてて」という絵柄があったのだが、この本ものっけから「コツコツ」あてていく方法を紹介。「横入り」のすすめとかモデルになる人を探せとか意外にまっとうな意見で、それがまた自分の会社やサイドビジネスの水産会社などの成功につながっているのかな、と。
 ま。「生きてるだけで丸儲けだわな」と山谷あるなかでふっきるには良いきっかけになる本だ。まあ、ふっきれるかそれともズルズル後をひいていくのかは個人それぞれの性格もあるが、この著者ほど合理的に考えられる人間であれば多少の失敗やらなんやらは後にはひきずらないだろう。それにしてもページの合間合間に著者直筆と思われる毛筆のネームが印刷されているのだが…非常に字が汚い…うえに漢字、間違ってないかっていう疑念が…。

2012年9月23日日曜日

カラスの親指(講談社)

著者:道尾秀介 出版社:講談社 発行年:2011年 本体価格:743円
 「コンゲーム」(大掛かりな詐欺)の物語。闇金融稼業の「使い走り」をしていた主人公はとある事件をきっかけに裏稼業から足をあらう。しかしそのスジからはずっと追われ続け…。という展開だ。「債務整理屋」「闇金融」とちょっと穏やかではない稼業の話がでてくるが途中、行くあてのない姉妹と姉の彼氏など過去も年齢も異なる数人が共同生活を送る場面が微笑ましい。債務整理屋の手口にはいろいろあるが、基本的には経営者と1対1の関係にもちこんで手形帳や小切手帳から債務を勝手に作り出し、筆頭債権者になる。債権者平等の原則により残余財産のうち債権金額に応じて分配を受けることができる。それ以外にも消費者金融を1つにまとめてより高額な金利をせしめたり手数料だけ受け取って逃げてしまうという手口なども。それぞれこうした裏稼業も専門家・分業化しているという話をきくが、基本的には「利益」にならないことはあまり手がけない(恨みで仕事をしても足がつくだけで、足がついた段階で組織からは切られてしまうリスクが高いようだ)。ずっと追われに追われて執着されてしまう恐怖はストーカー小説「キャリー」にも通じるものがこの本にはある。でもまあラストはわりあいハッピーエンドなのが救いか。金融関係でいえば連帯保証の話などもでてきたりして現代の「落とし穴」は一通り舞台回しに用いられているところが面白い。

日本経済の基本(第4版)(日本経済新聞出版社)

著者:小峰隆夫 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2010年 本体価格:1000円
 日経文庫のビジュアルシリーズは、見開き構成で2色、さらに図式やグラフが充実しているという点ではお買い得アイテムが多い。ただ本体価格はページ数と比較するとやたらに高く、販売実売部数はそれほどないのかな、とも思う。黒と緑の2色のバランスは目にも優しく、国内総支出の内訳が図表にまとめられているので、これよりもっと難解な経済関連の書籍を読むときにもレファランスして理解を深めることができる。しかも版を重ねるごとにテーマが最新のものに差し替えられるとともに文章の著述内容も微妙にバージョンアップされ精度が増して来ている。あとはもう本当に本体価格を2割ほど下げて欲しいところだが…。あるいは現在の本体価格でいくならば索引の充実をのぞみたいところ。

2012年9月22日土曜日

ヘッテルとフェーテル(幻冬舎)

著者:マネー・ヘッタ・チャン 出版社:幻冬舎 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:495円(文庫本)
 中国で反日デモが発生し、日本企業の店舗や工場、商品が破壊された。で、カントリーリスクのある地域に出店する企業は多額の損害保険をかけている。今回のデモの損害は損害保険会社が保険金で補填するが、1つの損害保険会社が1つの企業の損害を填補するケースは少ないだろう。おそらく日本の損害保険会社は世界中の別の損害保険会社に自分の会社が保険金を支払ったときの「保険」(再保険)を分散してかけているはずだ(元の損害保険契約で払い込まれた保険料のうちさらに一部を再保険をかけた損害保険会社に分散して納付する)。さらに再保険を受けた損害保険会社は国内外の損害保険会社に再保険をかけ…。と国際金融の世界は投資リスクを分散している。日本企業が中国でこうむった損害をもしかすると分散された結果、中国の損害保険会社が一部負担していることも考えられる。
 で、投資にあたっては分散が原則ではあるが、そうした原理原則で仮想現実を構築してしまうと思わぬ方向へ人生がころがっていく…というのをこの本は描いてくれている。面白い。
 統計学上は物事は正規分布を描いて発生するが現実は「べき乗分布」を描くことがある。リスク分散を図ったはずのリーマン・ブラザースは統計学上ありえない住宅抵当證券の暴落に直面して破綻した。これは個人でも同様で、第1話から第11話までがだいたい「まさかね…でもありうるね」的なエピソードばかり。「うまい話には必ず裏がある」っていう心構えがおそらく現実の世界に一番妥当な教訓で、「確率的に…統計的に…」という話はかなりの部分眉唾であることが多い、とはいえそうだ。

2012年9月20日木曜日

ストレスフリーの仕事術(二見書房)

著者:デビッド・アレン 出版社:二見書房 発行年:2006年 本体価格:1500円
 数年前に購入して積ん読していた本。MBAの副読本にもなっているというこの本、GTDという名称でウェブでも愛用している方々がいらっしゃる。気になったことややるべきことを全部紙に書いておけ…というシンプルな命題をベースに構成されている。う=ん。確かに気になることは多々あれど、それを全部evernoteやメモにしておくことは果たして可能なものだろうか。iPhoneを使うようになってから、いろいろなデータを持ち歩き、さらにはevernoteにスクラップするようになったけれど、それが何か新しいものを生み出した、ということは現時点ではまだない。ただこれは量と継続する時間によるかもしれない。evernoteも数千のノートで構成して検索できるようになれば、その規模のメリットを享受できるかもしれないし、このGTDも一定期間継続すればもれのないスケジュールと独創的な時間がおくれるかもしれないが…。超整理手帳を使っていた時も感じていたが、GTDにせよ超整理手帳にせよ短時間で効果的な情報整理というのは不可能に等しく、どんなアイテムを用いても一日に一定の時間を費やして「整理・加工」しないと、けっきょく収集したアイテムも宝の持ち腐れになりかねない。とりあえず「なんでも書け」「形にしておけ」ということか。

2012年9月19日水曜日

「通貨と為替」がわかる特別講義(PHP研究所)

著者:伊藤元重+伊藤元重研究室 出版社:PHP研究所 発行年:2012年 本体価格:1500円
 伊藤元重先生の大学のゼミ生がイラストやデータを集め、伊藤先生が原稿執筆という共同作品だが、「わかりやすく」「正しく」という両立しがたい命題を見事に克服。かなり慎重ないいまわしがところどころにみえ、断言はしないが可能性は高いというニュアンスと「ここは断言できる」という文章の差異が役に立つ。通貨相互の競争というハイエクの議論を4ページで解説したり、固定相場制と変動相場制のトリレンマの命題にからめて中国の「元」の切り上げを論じたりとトピック相互が体系的に関連づけられているのも魅力。国際経済学のテキストはミクロ経済学の学習のあとに勉強するわけだが、ともすればグラフと数式でお腹いっぱいということが少なくないが、大雑把に通貨と為替のイメージをつかむには良いテキストだ。
 ただ為替関係の本を読んでいつも思うのだが「予測はあたらない」という命題は「断言できる命題」のようだ。となると為替トレーダーというのは、情報を少しでも早く入手して一般投資家が追いつくころには売り抜けるという情報の非対称を利用して利ざやを稼いでいるだけで、数式やら予測やらで利益を稼いでいるわけではなそうだ、ということ。となると、マスコミの情報に限定されている一般投資家が為替で儲けるというのはバクチに近い。ましてや通貨先物であるFXなどはもう「現金の投げ捨て」に近いのではなかろうか、ということだ。物価上昇率や金利と為替との因果関係は強いといえるが、貿易黒字だから円高という議論は成立しない、などFVやら外貨建預金にまどわされない智恵がつまっている。

2012年9月18日火曜日

電子書籍の衝撃(ディスカヴァー)

著者:佐々木俊尚 出版社:ディスカヴァー・トウェンティワン 発行年:2010年 本体価格:1100円
 キンドルもしくはiPadなどにはある程度汎用性がでてきたように思う。電車のなかでiPadを操作している人もちらほらみかけるようになってきたし、一部のマニアが先行しているだけでは日常生活に定着するかどうかは正直わからない部分はあった。
 iPhoneやiPod nanoなどはすでに価格以上の恩恵を得ているものの、電子書籍についてはまだ判断留保。非常にこの本の内容はフラット化する書籍や著者のネームヴァリューに左右されないコンテンツという魅力的なアイディアにあふれているものの、それでは既存の出版社がだめか…というとそれほどまだ崩壊するにはいたっていないと思う。読書がたとえば受験勉強のような一種の情報収集だけのものであればデジタル化と整合性をもつ。あるいは小説などのエンターテイメントに特化するのであれば、それもまた電子書籍のほうが便利という向きもあるかもしれない。ただしなんとなくページを開いてぼんやりブラウンジングする…あるいは触感や書籍の経年劣化を楽しみながら現実世界とは異なる世界に旅立つというような場合にはアナログな紙の媒体のほうが優勢であろう。逆に会計学や法律の勉強などをするには、分量がかさばるだけの紙媒体よりも電子書籍のほうがむいているかもしれない(iPhoneの六法全書のアプリなどは非常に便利だ)。出版というビジネスがいったん崩壊して新たな装いで再構築されるというビジョンはある意味では魅力的だ。音楽市場が実際にそうなっているが、自分自身でスナップスキャンを用いてPDFファイルを読むという経験をしてみると、はたして本当に紙の媒体と電子書籍はフラットなのか?♯というか「半音」程度は異なるのではないか?という疑問がわく。もしありうるとすれば、市場が半分に分断されて、紙媒体50%、電子書籍50%という住み分けではないかと思う。とはいえ、この本の内容、これから新しいiPadが発売されるたびに出版社や新聞社のビジネスモデルに脅威を与えることになりそうだ。

2012年9月17日月曜日

電子マネーがわかる(日本経済新聞出版社)

著者:岡田仁志 出版社:日本経済新聞出版 発行年:2008年 本体価格:830円
 実物の貨幣から電子マネーへ…という時代をざっくり説明してくれる新書。日本銀行もマネーストックを分析するさいに電子マネーやポイントカードなどを考慮せざるをえない時代に入り、日常的に自分もセブンイレブンでnanacoを使用している。では、その仕組みや歴史はどうか、というといつのまにか、あまりにも自然に日常生活に電子マネーが入ってきたため、その具体的な分析をしてくれている本は少ない(電子マネーという言葉自体は一人歩きであちこちの流通関係の書籍やビジネス書籍で使用されているが)。この本では、日本の電子マネーが交通関係から始まり、流通系に拡大していった歴史と世界の電子マネーについても説明をしてくれている。またICカード型電子マネーのほかに、ややわかりにくいネットワーク型電子マネーについてもわかりやすく説明してくれている。インターネットのウィキペディアでも用語の解説自体は入手できるが具体例と解説のわかりやすさでいえば、やはり書籍の情報のほうが圧倒的な差で有利な時代だ。今後の標準化の国際的動向や電子マネー法をめぐる議論なども最終章に掲載されているので、この本1冊で電子マネーの概観は把握できる。

知の編集工学(朝日新聞出版)

著者:松岡正剛 出版社:朝日新聞出版 発行年:2001年 本体価格:640円
 本を読むときには3色コレト(またはボールペン)か、付箋を必ず用意する。色はあまり気にせず気になったところに線をひいたり付箋をつけたりするためで、これは2回目に読むときに重要なところだけ読み返すためにつける。この本は最初から付箋をつけまくりで読み終わったあとはほとんど前ページに付箋がたってしまった。
 編集業にたずさわる人間に限定されず、「編集的なもの」(工学分野や企画部門やら)にも応用可能な内容で構成されており、書籍を作る…というだけでなく、なんらかの商品開発やらイベントをおこなうさいにも「編集力」は活かせる。逆に言うと狭い意味での「編集」ではなく、かなり幅広く「編集」という作業(考え)を普遍している。編集技法については64に著者が図解してくれており(204ページ)、なにか作業工程でいきづまったときにはこの図表であれこれ個別の場面で発想を外延していくことが可能。つまり1冊を1回読み終わるだけではなく、仕事のかたわらで「辞書的」に活用することができる内容にもなっている。コンピュータや脳科学などにも著者の思考が及び、読み終わるのは非常に大変な本だが、returnは通常の編集技法の数倍見込める。

2012年9月13日木曜日

イラン人は面白すぎる!(光文社)

著者:エマミ・シュン・サラミ 出版社:光文社 発行年:2012年 本体価格:760円
 イラン人の日常生活とシーア派とスンニー派のなんというか根強い対立みたいなものを感じる一冊。日本にきた著者がとんかつ食べたり、モツを食べたりといった著述やブラックジョークが非常に面白い。ただやはりイランに対する愛国心が強い分だけアラブ諸国には辛口になる部分も。
 かなり厳しい戒律で知られるイスラム教だが、そこはやはり蛇の道はヘビで、逃げ道もちゃんとあることなど、固い本では紹介されないエピソードが興味深い。40歳以下の国民が70%という比率や、ホメイニによる革命後とその前との対比など、やはり実際にそこで暮らしていた人間でないと感じ取ることができない内容である。イラン独自の学校制度も面白いし王侯貴族の師弟が優遇されている状況など、これからの近代化に疑問符がつくところもあるが、これから西欧の長所をとりいれながら独自の発展をとげれば、人口比率が若い分だけイランの未来は明るいかもしれない。200ページに地図が示されているが、レバノンがシーア派というのは初めてこの本で知った。オスマントルコやモンゴルの支配などをどんどんさかのぼっていくと、やはりペルシア帝国の伝統を引き継ぐのがこのイラン。親日家も多いというし、読んでてすごく楽しい。

2012年9月11日火曜日

NPOという生き方(PHP研究所)

著者:島田恒 出版社:PHP研究所 発行年:2005年 本体価格:720円
 「業務」(?)の関係でやむなく読み始めた本だが、これが意外に面白い。現在ややNPOは過大評価されすぎており、資金情報やマネジメント情報の開示が株式会社ほど進んでいない。ルーマニアへの留学生を派遣した某団体についてもその杜撰さとマスコミ対応の不足が指摘されているが、法定義務があまり課されていない分だけ問題点は内在していると思われる。それでもなお、行政と営利団体ではカバーしきれない部分をNPOが埋めつつある状況は確かにある。
 また数々のスキャンダルや内紛をまきおこながらも、この本ではドラッカーのマネジメント理論やマーケティング理論の重要さもといており、今後NPO法人がさらに進化していくときに多いに参考になるだろう。
 そしてこの本、いわゆるアメリカ文明論や都市文化論にもつながる論点や災害時のボランティア団体の在り方などにも言及されており、NPOというテーマに限定されない知識を得ることができる。会社法や商法だけでは、どうしても営利社団法人の理解だけにとどまるが、非営利法人の組織のあり方を読むことによって、会社法の理解もまた深まるように思う。

知の編集術(講談社)

著者:松岡正剛 出版社:講談社 発行年:2000年 本体価格:720円
 とにかく訳もわからないまま「表記の統一」をしていた時代から、ある程度さらに先へ進むと「表記の統一」をさらに超えたところでの「統一」や「変化」を模索する…というボンヤリした行動が「編集作業」で、そのアイマイな作業に「なんとなくこういう方向性ではないのか」という指針を与えてくれるのがこの本。
 とはいえ、即効性があるとか急になんらかの「術」が身につくというよりかは、「公共の福祉」という言葉と「権利の濫用」という言葉があれば、それが互いに「共振」して、なにか効果的な配列はないものか、と模索するようになる、という「術」というよりも、「文化継承」とか「大きな過去の遺産の流れ」みたいなものに覚醒するといった感じか。まったくのオリジナルではなくても、ある一定の専門用語であれば、それなりに先人たちの残した数多くの書籍があり、そうした書籍の構成を組みつつも、時代の変化や個別の書籍特有の状況をみていくと、そこそこ落ちつべくべき構成というものが浮かび上がってくる。完全にデジタルではないが、かといって完全にヤマカンというわけでもなくて、大きな全体像のなかで個別の事象の落ち着くべき様子が一定の秩序で定まってくるといった感じ。それが編集なのではないかと思う。コーンポタージュのスープのうえにのっかっているクルトンの個数やのっけ方みたいなものではなかろうか、と思う。ただそうしたイメージを思い浮かべたのは実はこの本を読んでからで、実をいうと、「固い編集」とか「柔らかい編集」といったイメージすら自分にはなかったのだ。本の内容はすべてイマジナリーに認識して個別のことがらはまったく記憶に残っていないのだが、こうしたイメージがなぜか残存する「本」、しかも「ノウハウ関係の本」(?)って貴重だ。

2012年9月10日月曜日

エリザベスⅠ世(講談社)

著者:青木道彦 出版社:講談社 発行年:2000年 本体価格:740円
 ウェブ時代になって当日の為替相場やスポーツの結果、天気予報などの情報はきわめて入手しやすくなった。簡単な漢和辞典や英和辞典などの代わりにもなる。ただし同時にウェブの限界も感じる。たとえば歴史関係の理由や時代背景などは、どれだけウェブの用語辞典を検索しても一面的な歴史かあるいは特定のイデオロギーにいろどられた一面的な歴史観のみが目立つ。そういう意味では書籍もしくは電子書籍の役割はやはりなくならない。
 エリザベスⅠ世の生きた16世紀ヨーロッパの時代背景をベースにジェントリの進出によるエリザベス時代の統治体制や文化、宗教問題、スペインやフランスなどとの外交問題について解説されたのがこの本で、これだけの「情報」をウェブで著述するのにはとてつもない容量が必要になるだろう。英国艦隊がスペイン艦隊をほうむりさるまでのスペインと英国との関係については、どうしてもネーデルランドと英国、そしてネーデルランドとスペイン・ハプスブルグ王朝との宗教的・経済的関係に目をむけざるをえないが、丹念に歴史の流れについて著述されている。ちょっとした地図の挿入も嬉しいかぎり。複雑な内国・外国の状況を読み解いて、生き残りをかけたのがエリザベスⅠ世だが、当時の知的教養レベルをクリアするだけでなく、新しい文化(新大陸関係)の知識も吸収し、さらに周囲に優れた顧問を取り揃えたのが勝ち残りの要因か。それに加えて絶妙のバランス感覚が他の君主と比較するときわだっていたのだろう。ウェブも電子メールもない時代にどうやってそうした知識とバランスを蓄えることができたのか。歴史の一面を知るとさらに質問や疑問がさらに数珠つながりにわいてくる。

2012年9月9日日曜日

印刷に恋して(晶文社)

著者:松田哲夫 出版社:晶文社 発行年:2002年 本体価格:2600円
 今から10年前に発行された本なのにしっかり書店でも入手できる本というのが嬉しい。イラストレーションは内澤旬子さんで、表紙の1ページ目と4ページ目にそれぞれカットが流用されている。黒と緑の2色のイラストだがすべての作品が労作で、本文を読むのと同じぐらいイラストを眺めていても楽しい。10年前の本ということで、活版や電算植字機をめぐる状況は激変し、すでに印刷用のフィルムは在庫のみで、シャケンとよばれていた電算植字の大手の機械を入れる組版所さんも激減した。製版しないで一気に「刷版」までもっていくDTPとよばれる印刷方式は、環境にも優しいということもあり、導入がこの本の時点からみてもかなり進んでいる。
 とはいえ、それではこの本は時代遅れか、というとそうではない。まず活版と電算植字の「非連続性」が指摘されているが、これは電算写植とDTPの「間」にも言えることだ。電算写植が発達してDTPになった…とは単純にはいえず、印刷技術の進歩をめぐるこうした「段差」の現象は興味深い。この考え方を延長していくと、次の進歩はDTPには似ているけれど、そうでない技術というのが出てくる可能性がある(DTPの延長戦で、デジタルデータをそのまま印刷にまわしてしまうというレベルのことではなく、もっと違う次元の進歩)。
 著者は筑摩書房の専務取締役で、出版社は今も秋葉原駅そばのビルで頑張っている晶文社さんという組み合わせも心地よい。アナログではあるけれど、デジタルの今後も見据えている内容というのが、長く愛読されている理由か。自分自身の業務にも役立つ部分が「大」。

モンゴル帝国の興亡 下巻(講談社)

著者:杉山正明 出版社:講談社 発行年:1996年 本体価格:740円
 「世界経営の時代」という副題があり、いわゆる「世界史」の授業ではほとんど触れられない大陸と海を含めた巨大帝国の運用方法についておもに説明がなされる。ローマ帝国もまた巨大帝国の運営として宗教については寛容で、人種的な区別もほとんどなく(皇帝にアフリカ系ローマ人がついた例もある)、さまざまな人種と文化を包摂していたが、モンゴル帝国もまたカーン(ハン)のもとに、ウルス(氏族)ごとに地域を分割して戦争や軍事以外については寛容(または興味をもたないまま)陸と海を支配していく。ローマ帝国の滅亡はローマ的な特徴を失ったゆえの結末だが、モンゴル帝国の場合にもまたカーンの統率力が失われていった結果ともいえる。派生的な問題としては塩や商税の専売が機能しなくなったことや天災、内部抗争、疫病といった要因がありそうだが、おおもとはカーンへの社会的信頼性が失われたことのように読み取れる(さらにそのカーンの信頼性が失墜したのは「暗愚の帝王」イスン・テムルの存在があるが、そうした暗愚の帝王を生み出す要因はまたモンゴルがモンゴルたりえた事柄が失われていった結果と読み取れる)。
 興亡の歴史のなかでは、やはり滅亡の様子が非常に興味深い。ローマと同様に明確な形でモンゴル帝国が滅んだというよりもフェイドアウトに近い形で消滅し、ロシア帝国などにその影響を刻むようになった…というのは、人間と人間が文化を受け渡すものである以上、実に自然な説明だと思う。

2012年9月4日火曜日

特殊清掃会社(角川書店)

著者:竹澤光生 出版社:角川書店 発行年:2012年 本体価格:552円
 「特殊清掃会社」…いわゆる「汚部屋」のみならずゴミ屋敷から遺体発見現場までを「清掃」する会社の話だが、ページをめくっていくごとにその「清掃の度合い」と「汚れの度合い」が進化していくのが味噌。
 ただの不用品回収や解体工事ではなく、遺品や記憶から忘れ去られていたヘソクリなどもきちんと管理して部屋の所有者や遺族に返却し、「究極のサービス業」と「究極の顧客満足」をめざす。
 この本を読むとネコを飼おうかな、という甘い考えは捨ててしまうし、「孤独死」や「自殺」の問題点なども即ぶつ的な感覚で理解ができる。なによりもこうした特殊清掃業者の世界にも新規参入が相次いでおり、著者の会社では一種のホスピタリティをもって差別化しているという点が印象的だ。
 

2012年9月3日月曜日

2015年の食料危機(東洋経済新報社)

著者:斎藤利男 出版社:東洋経済新報社 発行年:2012年 本体価格:1600円
 食料問題の資料として購入。1時間ほどで読了。部分的に有用な著述も多いが、円高が円安に転じて穀物輸入が困難になり牛丼の価格が1000円に…というストーリーはやや悲観的すぎ、かつ実現性が乏しいストーリーと思えた。書店に並べられている経済書籍やビジネス書籍にはやや極端に悲観的な予想をまず呈示して、それから本題に入る構成のものが多いのだが、あまりに楽観的な予測も危険だが悲観的すぎる予測も問題だ。
 バイオエタノール政策がトウモロコシの需給に影響を与えるという根拠もやや疑わしい。バイオエタノールの需要が世界の供給に対して与える影響がそれほどあるのかどうか。ただヘッドファンドマネージャーが執筆しているだけあって、穀物市場における投資マネーに関する解説はわかりやすかった。
 水資源問題と食料問題は密接にリンクしているし、人口問題も農地が住宅地に変換されることになるので微妙にリンクしている。企業レベル、家計レベル、国レベルでみる食料問題については、もはやこれだけ世界経済がボーダーレスになってくるとあまり論議する意味が乏しく、むしろ世界レベルでみた農地の砂漠化や水資源の枯渇といった視点でとらえていかないと、円安になったら日本国内で食料問題が深刻になるかのように流れを読み違えてしまう可能性がある(たとえ牛丼の値段が1000円になっても貨幣価値が暴落していればほかの商品と比較して牛丼だけが大きな問題になるわけではないし)。200ページ近くの本で本体価格が1600円。う~ん。やや割高…。

2012年9月2日日曜日

モンゴル帝国の興亡 上巻(日本経済新聞出版社)

著者:杉山正明 出版社:講談社 発行年:1996年 本体価格:720円
 「元」という国は日本でいえばだいたい鎌倉時代で教科書では「元寇」がおもに取り上げられている。あとフビライ・ハンなどの写真で「元」という国が突如南宋を滅ぼして中国全土を統一したかの「印象」を受けていたが、この本を読むとそうした理解がまったく表面的だったことがわかる。
 13世紀はじめにモンゴル民族が登場。チンギスによって統率されたこの遊牧国家が登場した理由自体がまだ学説的には解明されていないらしい。当初からモンゴルの遊牧民以外にキタン人、女真人、ムスリムなど複数の民族を包含し、まず金をせめてキタン系遊牧民族をモンゴルに取り込み、さらに現在のイランに相当するホラズム・シャー王国を滅ぼす。さらに西夏を傘下におさめる。
 さらに「タタールのくびき」となる西北ユーラシアへの侵攻を深め、ハンガリー、ポーランド方面へ展開。シリア方面には十字軍が遠征していたが、それまでのキリスト教国家対イスラムという図式から、モンゴル対イスラムという図式に変わっていく。バグダッドは陥落し、アッバース朝は滅亡。教科書などではなかなか見れないモンゴル西征の図が理解をさらに促進してくれる(184ページ)。通常一般の歴史ではキリスト教国家からみたモンゴル、あるいはイスラムからみたモンゴルということになるが、この本ではモンゴルからみた南宋やアッバース朝、ルイ9世やローマ教皇という視点になる。210ページにはモンゴルが西へ進んでいった様子が見開きで掲載されている。神聖ローマ帝国やビザンティン帝国という「名ばかり帝国」の面積とモンゴルの面積を比較すると、今でいうヨーロッパという地域は風前の灯火に近い様子であったことがうかがえる。

遊牧民から見た世界史(日本経済新聞出版社)

著者:杉山正明 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2003年 本体価格:857円 評価:☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
 ビジネス雑誌や各種の読書評でとりあげられないほうが珍しいような名著。歴史の専門家でなくてもビジネスパーソンが手にとって、いかにいびつな世界史観を学習して固定化してきたのかがわかる。
 「世界史」とはあるものの実際にはユーラシア大陸の中央部分をメインに遊牧民族と農耕民族(こういう大別化で把握する自分の考え方にも問題はあるが)に大雑把にわけて「歴史」を概観していく。著者の考え方はもっと緻密で、遊牧と農耕も厳密にきっちりわけて考えることすらよしとはしていない。そしてもちろんそうした見方こそが現実的である。
 ローマ帝国の歴史の本を読んでいても中国の三国志の時代であっても常に地図の片隅には大きく取り上げられつつも本文では言及されない「契丹」「スキタイ」「モンゴル」といった国の在り方や歴史をとらえることで、これまでに見たことがない世界史像が脳内に立ち上がる。世界史の基礎知識がなくても本文でかなり丁寧に用語解説がなされているため、「まったくわからない」ということはないだろう。むしろわからなくても読み進めることで、国民国家でもなく民族国家でもない遊牧民の国家という枠組みなどが理解できるようになる。世間一般に名著とされている本はやはり一度は読んでみるもの、と再認識。