2011年6月30日木曜日

時代の先を読む経済学(PHP研究所)

著者:伊藤元重 出版社:PHP研究所 発行年:2011年 本体価格:820円
経済学的トピックスを約70にまとめた新書。自由主義経済に基礎を置きつつ、航空行政から農業問題まで幅広く論じられている。この著者の書籍では「吉野家の経済学」(PHP)が非常に面白かったのだが、この新書でもイオンやユニクロ、コンビニエンスストアの深夜営業規制、百貨店再生問題など流通に属するテーマが非常に面白い。独自の流通チャネルの構築が企業の強みにつながるといった論じ方は市場経済に一定の賛同を示す著者でありながら、一種規制や独占にも強みを見出している感じがして興味深い。もともと経済って自由も規制もごった煮状態のなかから、それなりの秩序が生まれてくるものではあろうが。この本を読んでこれまで為替レートをみるさいにアメリカやEUの物価上昇率を考慮していなかった自分を反省。利子率については名目利子率と実質利子率を考慮していたのだが、為替レートについては、ずっと名目値のみに注目していた。が、もちろんアメリカやEUなどの物価上昇率と日本の物価上昇率を比較検討して、アメリカの物価上昇率のほうが高ければ、その分名目為替レートから差し引いて考えなければならない(為替の相手国の相対的な物価上昇はその分自国の貨幣の購買力が減退していることを意味する)。現在80円とはいってもアメリカの物価上昇率が日本よりも40パーセント高ければ、80円の4割を増した数約120円が実質的なレートと考えるべきなのだろう。飛ばし読みもできるし、電車のなかであれこれ考える材料もひろえる新書。特にいったんマクロ経済学もしくはミクロ経済学のスタンダードなテキストを読み込んだあとにこの本を読むと専門書籍のビビッドな表現がより頭にしみこんでくるだろう。

2011年6月28日火曜日

IFRSに異議あり(日本経済新聞出版)

著者:岩井克人 佐藤孝弘 出版社:日本経済新聞社 発行年:2011年 本体価格:850円
つい数日前の日本経済新聞で2015年に全面適用の予定だったIFRSの導入が見送られる公算と報道された。もともと上場企業の連結財務諸表のみという限定つきだったが、すでに一部FASBなどを導入している企業の連結財務諸表もIFRSに移行する予定だったので、これはややインパクトが大きいかもしれない。書籍面でいうと書店ではIFRSの入門書が並び、会計学の本でも国内の会計基準のほかになんらかの形でIFRSに言及されている本が多いという実情がある。まったく無視はできないうえ、IFRSという言葉が独り歩きして一種ブームのようにもなっていた。が、IFRSの原理はどこにあるかといえば複式簿記の歴史よりもむしろ新古典派経済学にあるといえるだろう。資産や負債の割引現在価値が公正価値(時価)として貸借対照表に認識され、その変動分が損益計算書に計上されるという構図となる。デリバティブの評価がまさにそうだが、決算日の時価の変動分がまさしくデリバティブ損益として損益計算書に計上されるわけだが、それは貸借対照表項目の変動部分。資産負債アプローチといわれるのは、資産や負債の認識が先で、その後に損益項目がくるからでもある。だが実際には収益費用アプローチと資産負債アプローチが明確に区分できるわけでもなく、この両者は密接に結びついている。日本の会計基準も資産負債アプローチ的な部分を持ちつつも、実現主義や取得原価については特に事業用資産の測定に明確に収益費用アプローチが残存している。この本では、IFRSの品質の問題、見積もりの問題、自己創設暖簾の問題などを取り上げ、強制適用ではなく選択適用を、連結先行ではなく連結財務諸表と個別財務諸表の分離をおこない、後は市場原理でIFRSの導入をするべきととなえている。タイトルどおりに解釈するとかなり衝撃的だが内容はきわめて穏健だ。いきなり強制適用ではなく選択適用にして、IFRSに対するポジションを定めつつ段階的に導入の道をさぐろうとするスタンスで、まだ明確な指針や国際的に賛同をえているわけでもない指針がある以上、むしろ当然の議論が展開されていると思う。取得原価主義にも欠陥はあるが、公正価値主義にも欠陥はある。どちらがいいのかはまだ決定的な結論がでていない。であればEUなどがそうであるがごとく、個別企業に負担をかけることなく、それぞれの企業環境に応じた会計基準を採用していくべきという議論である。
本書はIFRSに対する特定のスタンスの書籍というよりも、ここ10年の国際会計基準をめぐるさまざまなスタンスを概観するのに有効な書籍といえる。あまり通常の会計の本では触れられないカナダの会計基準の動向などにも触れられており、過熱したIFRSブームを冷静に分析する手がかりになるだろう。

2011年6月27日月曜日

ダメになる会社(筑摩書籍)

著者:高橋伸夫 出版社:筑摩書房 発行年:2010年 本体価格:740円
「企業はなぜ転落するのか?」という副題がついているが、結論は最初に明示されており、「ちゃんとした経営者を選ぶこと」、である。例示としてフランシス・フォード・コッポラの「タッカー」という映画が紹介されているのだが、この「タッカー」(実はこれはかなりの名作である)が株式会社の本質を表しているストーリーで、公開当時は私もこの映画は見ていたが、株式会社というよりもストーリーを解体していくコッポラの手腕に感動していた。筋違いの映画鑑賞だったのかもしれないが、この本で「筋」は「株式会社のありかた」「アメリカンドリーム」といったありきたりな、しかしなかなか実現できない具体的なものに結びついた。「まともな人」というのは「資本主義的な人間」(倫理性を含む)という意味で著者は用いている。単なるお人よしでは経営がつとまらないのは素人でもよくわかるが、「資本主義的にいい人」というのは、自ら責任をとるという精神や自己犠牲、倫理規範などをもちあわせているという意味であって、そう簡単にみつかるわけない。つか、自分自身も「禁欲的じゃないし…倫理的でもないし…」と「よくない部分」を書き上げることができる。そうそういるわけでもない人材を、どこからか(社内など)発掘し、すえるべきポジションでしかるべき仕事をする。会社法そのほかではそうした人間が経営の意思決定をするようにシステム化されているわけだから、そのように機能するように株主総会を機能させればよい…。結論は単純だが、結論を実現させるプロセスがかなり複雑だ。そこで著者はこの本で黎明期のアメリカの鉄道会社、バーリーとミーンズの有名な命題(所有と経営の分離)などを材料にプロセスを論じてくれる。なお個人的には会社更生法を申請したヤオハンのケーススタディが非常に興味深い(154ページ)。株式会社の機関設計の歴史などの学習にも有用だろう。

S式柴田の生講義 入門商法 第4版(自由国民社)

著者:柴田 孝之 出版社:自由国民社 発行年:2008年 本体価格:2600円
入門書としてはかなり分厚い本で、しかも四六版ではなくA5判の単行本。通常の文芸作品よりもやや大きめの判なので実は持ち歩きにくいのだが、それでも増刷が続いているのは、会社法や商法総則などをコンパクトにまとめてくれている点が入門者に受けたからではないだろうか。また法学部ではなく別の学部を卒業した社会人にもオススメできる入門書ではないかと思う。適度な分量の条文の引用で、必要があれば自分で条文を検索していけばよい。この本も改訂が出るたびに読んでいるが、資本金の説明に貯金箱を使うあたりはイメージしやすい説明がされていると思った。時代とともに「わかりやすさ」は変化し、おそらく1990年代に入門書として利用されていた本は相当に改訂しないと2011年には入門書としては通用しないはず。おそらくこの本もこれから改訂を積み重ねていくと思ううが、この内容であれば第7版にも相当に期待がもてそうだ。テクニカルな説明よりも「真正面に法律をわかりやすくとらえたい」という著者の意気込みが伝わってくる。

2011年6月22日水曜日

佐藤可士和のクリエイティブシンキング(日本経済新聞出版社)

著者:佐藤可士和 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2010年 本体価格:1500円 評価:☆☆☆☆☆
前作の「超整理術」も非常に面白い本だったが、この本もやはり読んでみると思考の原点に立ち返る思いがする。人間同士はたやすくわかりあえる存在ではなく、さらには、広告宣伝なども誰も気にしているわけではない…といった前提から、物事を納得がいくまでトコトン突き詰めて、人とコミュニケーションがとれる形に仕立て上げていく。手法はきわめてシンプルだが、そのシンプルさをとことんまで突き止めるその姿勢がある意味ではストイックだ。バランス感覚を大事にするとともに、トコトンまで突き止めいこうという姿勢がありそうでどこにもないオリジナルのデザインを生み出す。デザイナーの本ではあるけれど、こうした物事の捉え方、仕事に対してもレジャーに対しても共通して活用できる手法であるような気がする。シンプルかつ野心に満ちた装丁と内容の本。写真もすばらしく、文庫本よりもやはり四六版の単行本で内容を読み解いていきたいもの。

2011年6月21日火曜日

男も更年期で老化する(小学館新書)

著者:和田秀樹 出版社:小学館 発行年:2011年 本体価格:700円
「いつまでも若い…」とか思い続けるのは実は現実を見ていない人ではないかと思う。男性でも女性でも生物学的に年齢は増えていく。生物学的にも老化が進むが、それぞれの年齢に応じた年の取り方というのはある。で、生物学的老化がいかなるものかを把握したうえで、自分が70歳になっても80歳になっても続けていきたいジャンルとか老後のあり方というものはみすえておかなければならない。で、老後の準備はけっこうはやめのほうがいいのではないかと思っている。定年になってから「さあどうしよう」ではなく、定年になったら○○をしよう…というようにある程度プランニングをしておくことが重要ではないかと思う。「定年後のひきこもりは案外多い」とか「40代に好きだったことは一生好きになる」とかそうした知識をこの本で得られるだけでもけっこう今から準備しておくことはいろいろある。ビタミンEがいい…てなマメ知識も、サプリメントを買ってみようかな、という気持ちにさせてくれる。あまりあせらず、かといってあまりメタボな生活に安住するわけでもない「老後に備えた生き方」、この本ではけっこう教えてくれる。

2011年6月7日火曜日

S式柴田の生講義 民法2(自由国民社)

著者:柴田孝之 出版社:自由国民社 発行年:2010年 本体価格:2200円
やや割高な本ではあるのだが、債権法に関して「考え方」を理解するにはやはり現在最優良のテキスト。各章の扉には講義の流れが図解されているほか、この手の造本では珍しく索引もつけてある。また第2巻の最終章では親族法や相続法を軽く一覧するほか、消滅時効などについても総復習される構成。いきなりスイスイ読めるような本ではないが、そういう風に読んでみようという気を起こさせる本だ。装丁がわりとライトな感覚なので、読み手も気軽に法律の世界にはいっていけると錯覚できる。実際にはかなり奥深いことまで著述されているのがミソだろう。第1巻も面白いが、物権の知識や債権総論の知識をもとに各論の世界にはいっていく。学部レベルの試験であればこの本を読むだけでも十分「B」(良)はとれるのではなかろうか。