2008年12月31日水曜日

法廷ライブ秋田連続児童殺害事件(産経新聞社)

著者:産経新聞社会部 発行:株式会社産経新聞出版部 発行年:2008年
評価:☆☆☆☆☆
 巻末の「あとがき」を見ると来る裁判員制度への一種の「資料」としてこの法廷ライブの出版が企画されたらしい。ウェブの世界ではすでに法廷ライブは定着しつつあり、数十万のアクセスを誇るという。毎回裁判所に記者を7人から8人派遣。一人15分程度で交代してメモをとり、本社社会部のワークステーション(サーバか?ただのパソコンか?)に「送稿」され、イラスト・写真を添えてMSNにアップロードされるのだという。活字そのものやイラストは出来上がっているので、後はそのテキストデータやファイルデータをそのままウェブに置くのか、あるいは紙媒体に印刷するのかは判断が難しいところかもしれないが、定価1,400円、ページ数640ページの大著として2008年4月10日に刊行された。
 内容的には非常に地味だがしかし着実に造りこみのされた書籍で、刑事事件の傍聴をしているようだ。また担当記者によっておそらく付されたと思われる太字部分による強調や、コメントが裁判記録をわかりやすくしている。法制度の説明も適宜挿入されておりわかりやすい。弁護側が国選弁護人2人だが、かなり苦しい状況を弁論で検察側に反論している。一方、検察側のゆるぎない事実認定、証拠固め、証人への質問はやはりこれもプロ。後は、弁護側と検察側の両方の弁論を読み比べて最後は裁判所の1審判決を最後に読むことになる。確かに精神鑑定にしても、司法制度にしてもいろいろな欠陥はあるが、これだけ慎重な議論を重ね、さらに複数の弁護士と検察官、警察官そのほか関係者が法廷にたち、記録の「突合せ」が行われると、種々の重厚な見解がぶつかりあってバランスのとれた判決が一定の標準偏差の「範囲内」ででてくることは間違いない。またこうして書籍にすることで、後世の歴史家や法律家の資料としても活用しやすくなる(ウェブのアーカイブでも読めるとは思うがこれだけの分量をパソコンの画面で読み込むのはやはり大変だろう。データの一覧性はやはり書籍のほうが優れている)。最終的には報道されたように控訴審にもつれこむのだが、判決のバランスとしてN事件やH市母子殺害事件の最高裁判例(平成18年6月20日)なども引用され、読者また事件発生時にはテレビで被告の「普通でない状態」をリアルタイムで見ていた者にとってもそれなりに納得のいく判決となっている。
 それにしても感情的にどちらかに入れ込むとおそらく検察官も弁護士も裁判官もかなりストレスがたまることは間違いない上、傍聴席のご家族などの視線そのほかも意識するとお酒でも飲まないとやっていられないのではないか…と思うほどの言論のすさまじいやりとりが続く。これから弁護士の数が増えるとはいっても実際にこうした裁判所で判決を受ける段階になって、公判を維持できる検察官や弁護士というのはペーパードライバーではなく、「場数」を踏んだプロでないと務まらないのではないか。貴重な資料であると同時に、刑事裁判の難しさを思い知ることのできる1冊でもある。産経新聞社のこのシリーズはやはり続けて欲しい意欲と意義のある企画だと思う。

本を読む本(講談社)

著者:M.J.アドラー、C.V.ドーレン 訳者:外山滋比古 槇未知子 出版社:講談社 発行年:1997年 評価:☆☆☆☆☆
 講談社学術文庫の1299番。1940年にアメリカで発行。初級読書から分析読書まで「読み方」を体系的に著述。初級読書とはいわば「分理的に」読む方法で、文法や単語などの形式が問われる読書。たとえば日本国憲法の9条を読んで、単純に解釈してしまうようなことだろう。第2レベルが点検読書でジャンルをまず見分けて大局的に解釈を加える。日本国憲法だと、法学の観点から拡大解釈のケース、縮小解釈のケース、類推解釈のケースといろいろな読み方ができるようになるレベル。そしてその点検読書の次に分析読書のレベルとなる。「系統だった読書活動」ということで、本の内容をかみしめながら読む。日本国憲法だと判例六法や種々のコメンタールを参照しながら「読む」ということになるだろう。そして最終レベルが「シントピカル読書」。比較読書法ということで憲法についても比較法学ではどうか、社会学ではどうかといった種々のジャンルにまたがって考察することが可能だ。単に各テキストの比較ではなく、「はっきりとは書かれていない主題」を自ら発見できる水準ということで確かにこのレベルまでくると、「読書」の真髄に達したといえるだろう。そのほか「書き込み」の方法などさまざまな読書技術を伝授してくれる書籍。本当はおそらくこうした「読解法」のようなスキル本は読書の自由なあり方を制限するのかもしれないが、「濫読」すればするほどこうした「ベクトル」にそった分類は有用となる。定価は900円だが、内容と比較すると格段に安い。すぐには必要なくても購入して本棚にそろえておきたい1冊。

特上カバチ!!第1巻・第3巻・第4巻(講談社)

画:東風孝広 原作:田島隆 出版社:講談社
 「カバチタレ」シリーズはずっと読んでいたのだが、part2であるこのシリーズは初めて。大野行政事務所に補助者として入所したがようやく平成16年に行政書士試験に合格。固定給+歩合給でさらに奮闘する姿が描かれる。前シリーズでもいつ勉強しているのかなあと思うほど忙しい日々を漫画の中で送っていたが、試験合格を描写した幻の「0話」も第1巻に収録されているほか、留置権や債権者代位権など民法の難しい話をストーリーの中で再現。実際に「こう法律を使うのか」とまた面白く読める。試験合格だけではどうにもならない行政書士の世界だが、これだけ実務経験をつんでいくと確かに活躍の場は広がる。小型船舶の登記などもできるなど受験生や実務者にも参考になるようなエピソードが満載。

仕事は楽しいかね?(きこ書房)

著者:デイル・ドーテン 出版社:きこ書房 発行年:2001年 評価:☆☆☆
 雪で閉鎖された空港でめぐりあったミリオネアとビジネスパーソン。目標の設定とその実施というPDCサイクル的な仕事を積み上げてきたタイプのビジネスパーソンだが、現実は常に変化しているのだから自分自身も変化し、さらに「試行」の重要性を認識していく…という小説タイプのビジネス書。表紙だけみると児童書のようだが、実際飛行機は飛ばず、給料もあがらず、かといって大きな展望がこれからさらに開ける要素も少ないという「八方ふさがり」状態の人間にとっては「変化する」という具体的なイメージを抱きやすくわかりやすい構成。とはいっても内容的にはかなり高度で、たとえばホーソン実験などが紹介されているがこれは経営学を学習した人にとっては常識レベルの事例だがいきなりこの本でホーソン実験の「別の考え方」を提示されてもその斬新さが伝わるかどうか…。ま、「試してみるのに如くはなし」という基本テーゼからするとまずこの本を読んでさらに「試行錯誤」をくりかえしていく勇気が出てくるかも。面白い。

人が壊れていく職場(光文社)

著者:笹山尚人 出版社:光文社 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆
「自分を守るために何が必要か」という副タイトルがついている。「法令を守らない使用者」と「立場の弱い労働者」の間で労働法にもとづいて解決を図る弁護士が著者。主に著者が実際に扱った労働事件をベースにしたケーススタディ方式で、2008年3月1日施行の労働契約法や労働基準法・労働組合法について学習する教材としても便利。また2006年から施行されている労働審判についても紹介されている。契約内容の変更については申込と承諾が必要という「給与の切下額」のケーススタディが個人的には非常に面白い。「就業規則の変更」によてる適法な切下のケースとそれに関連する最高裁の判例(平成12年9月7日みちのく銀行事件)の紹介である。
 最高裁では労働者の同意なくして労働条件を変更することは許されないという前提を確認、さらに就業規則の変更に合理性が必要、合理性の判断については使用者側の必要性と労働者の不利益との勘案、さらに「賃金給料」については「高度の必要性に基づく合理性」、さらにその合理性の判断には手続きや代償措置なども含むとかなり踏み込んだ判例が示されている。「財務資料に限定されない」という総合的判断の必要性が呈示されているとも考えられ、今後さらにいろいろな裁判例がでてくると最高裁判例の考え方がより精緻化され、余計なトラブルも減少するだろう。「我が国社会におけるい一般的状況」という文言も判例の中に見られ、ヒトと企業との間で発生したトラブルの解決には非常に役に立つ新書。著者の明解な語り口と考え方も好感がもてる。

血と暴力の国(扶桑社)

著者:コーマック・マッカーシー 出版社:扶桑社 発行年:2007年
 1980年代。「激情」型の犯罪が増加傾向を示す中、「古い世代」に属する老保安官ベルが独白を始める。コーエン兄弟によって「ノー・カントリー」というタイトルで映画化された作品の原作。「純粋な悪」のシンボルとして物語の中で動き始めるプロの殺人者アントン・シュガー。メキシコ国境近くで、麻薬の受け渡しの現場に遭遇したベトナム帰還兵のモスは、麻薬と現金を奪って逃避行を始める。そして途中でぶつかりあう「殺す側」の論理と「殺される側の論理」。
 「悪魔がいると考えなくちゃ説明のつかないことがたくさんあるんだ」と語るベルは次第に自分の父親と人生を重複させていく。社会の闇と心の闇を淡々と描く文章スタイルと簡潔な表現で、老保安官は時代の変化ではなく、自分の変化についても悟っていく。いわば一種の「心の成長物語」といえなくはない。犯罪小説ではあるのだが、どこの時代でもどこの国にも起こりうる荒廃した精神の物語。

2008年12月28日日曜日

「経験知」を伝える技術(ランダムハウス講談社)


著者:ドロシー・レナード、ウォルター・スワップ 出版社:ランダムハウス講談社 発行年:2005年 評価:☆☆☆☆☆
 ランダムハウス講談社の翻訳書はやはりどれをとっても秀逸だが、この本も「暗黙知」をいかに他人に伝えるかという一種の心理学的要素も含めてビジネスやそのほかの分野にも応用可能なスキルが紹介されている秀作。経験のレパートリーを拡大して蓄積、さらに蓄積した知識の創造的組み合わせ、さらに知識の移転と興味深いテーゼが多数紹介されている。コーチングを通して自分自身の古い知識をいかにアップデートしていくかもみえるといったメリットも紹介されており、これからさらに読者が増加すること間違いなしの名著だろう。自分自身のディープスマートをいかに構築するべきかといったテーマにも「経験」と「モチベーション」というきわめて明快な解決策が呈示されている点も好ましい。一回読んだだけでは不十分でさらに実践を積み上げつつ、そのたびごとに「暗黙知」を「形式知」に置き換えていくのにも有用なテキスト。

修羅の終わり(講談社)

著者:貫井徳郎 出版社:講談社 発行年:2000年
 キリスト教の影響と「輪廻」(転生)に一貫してこだわりをみせる作家貫井徳郎の文庫本800ページにも及ぶ大作。「叙述ミステリー」というよりも登場人物がそれぞれの「救い」を求めて時間軸や空間軸を超えて必死で生きようとする「因果」の描写がすさまじい。セクシャルな描写は苦手とされている著者が果敢なレイプシーンにも挑戦。物語は1970年代と1990年代の2つに分かれて進行し、登場人物は大きく分けて3つの空間軸で進行していく。ラストにはそれぞれの救いがそれぞれの時間軸と空間軸で展開されるが、あるものは自らの「蟲」に酔い、あるものは復讐に生きる。すべてが終局を迎えたときに読者が抱え込むのはカタルシスよりも、「救い」の多様さに圧倒された一種の虚無感かもしれない。謎解きよりも、「人生」の多様さを楽しむべきか。「物語」ではあるが、リアリティも迫力も十分の大作。

2008年12月24日水曜日

流通戦略の新常識(PHPビジネス新書)

著者:月泉博 出版社:PHP研究所 発行年:2007年 評価:☆☆☆☆
 超成熟社会に勝ち抜ける流通形態とは何か、商品とは何かをデータと豊富な図式で解説してくれた新書。日常規格型商品が国際化の影響で低価格化するのは当然で、コモデティとブランドの「間」が狙い目とする筆者の見解は2008年が暮れようとする現在も非常に参考になる。新書なのに折込の流通業界の勢力図が閉じこまれているのも嬉しい。この新書自体が一種の付加価値をつけた商品となっている。最近の小売商の競争は民間消費支出が大きく落ち込む中、さらに激烈なものになっているが、それでもユニクロのヒートテックなどはやはり大ヒット。低価格よりもちょっと高い水準の価格設定で高付加価値というこの本で書かれているとおりのコンセプトの商品だ。ユニクロのヒートテックで薄着を可能にして、さらに、上にブランドの上着を着てもいいわけで、幅広い消費者の支持を受けたというのもまるでこの筆者が1年後を見通していたかのようだ。
 「ソリューション」と「需要創造」の2つのキーワードをまず示してさらにその詳細を後ろのチャプターで述べていくという構成も読みやすい。流通業界の「今」を知るのにはもっともハンディな新書といえるだろう。

迷宮遡行(新潮社)

著者:貫井徳郎 出版社:新潮社 発行年:2000年 評価:☆☆☆☆
 デビュー作「慟哭」に続く2作目「烙印」を大幅にリライトして書き直された長編小説。平凡かつリストラされた元サラリーマンが主人公で、失踪した妻を追いかけていくうちに「迷宮」の中に入り込む…。ロス・マクドナルドを意識したという作品は、日本の小説というよりもやはりハードボイルド路線の語り口に近く、物語は常に第一人称で語られる。読者は主人公とともに、妻探しのラビリンスにいざなわれるが、ラストはやはり哀しく苦い。
 「迷宮」の中でやはり主人公が求めるのは一種の救済だ。解説で法月倫太郎氏は「巡礼」と表現されているが、キリスト教的な「救済」がどこにみいだされるのかが一連の作品の底流にあるような印象を受ける。物語の設定されている場所は常に「東京」なのだが、この舞台がたとえば仙台であっても、またヨーロッパのどこかの場所であっても十分通じるものだろう。破滅に陥るとわかっていても捜し求める「妻の残像」は、アーサー王物語にもどこか通じるものを感じる。惜しむらくはやはり「妻」のキャラクターがいまひとつ「わかりにくい」「十分でない」「唐突」という点だけか。
 日常生活の中でなんらかの「救い」を求めるビジネスパーソンにこそより高い評価を受ける作品かもしれない。ミステリー小説というよりも切ない片思いの恋愛小説のようだ…。

2008年12月16日火曜日

光と影の誘惑(集英社)

著者:貫井徳郎 出版社:集英社 発行年:2002年
 「長く孤独な誘拐」にまず度肝を抜かれるが、こうした誘拐事件はなさそうでリアリティが相当にある。人によってはお金よりもまず自分の子供が第一と考える人は相当多いわけでこのトリックなかなかのもの。翻訳調の「二十四羽の目撃者」も実験的でユニーク。表題の「光と影の誘惑」は著者が得意とする叙述文体を利用したトリックで、映画化は難しいと思われるが、小説という土俵ではやはり実験的小説といえるだろう。こうした実験がつみあがって独特の貫井ワールドが構築されていく様子と読者の関係は、アイデアの蓄積と発展をリアルタイムで見るようで面白い。
 貫井の小説の表紙もまたどれも写真やイラストが効果的に使用されており、この小説の造本もかなり凝っている。「わが母の教えたまいし歌」はリアルに怖い作品で4つの短編の配列もかなり計算されているとみた。

年収防衛(角川SSコミュニケーションズ)

著者:森永卓郎 出版社:角川SSコミュニケーションズ 発行年:2008年
 「年収300万円時代」の筆者が「年収防衛」をテーマに執筆。かねてから小泉内閣の構造改革路線を批判してきた著者だが、市場経済主義をこの本でもかなり激烈に批判。個人的には地中海資本主義に近い考え方で、ほどほどに働いてほどほどに人生を楽しむワークライフバランスを提案する。会社ののっとりについては「確実に儲かる」と断言し、現在のサブプライムローン問題についてもわかりやすい解説。ルールやお金よりも「曖昧な優しさ」を提唱する筆者の今の時代だから必要なヨーロッパ的な価値観が際立つ。メディチ家と芸術の関係など独特の見方も非常に面白い。現在は大学の教員として活躍する筆者だが、前の職場については「えげつないところが良かった」と断言しており、そうした価値観もまた面白い。ニホンギンコウの最強ビジネスモデルとして、日銀券の印刷と国債の購入、そして政府への日銀納付金までの流れの分析も秀逸(123ページ)。

独身者の科学(河出書房新社)

著者:判田良輔 出版社:河出書房新社 発行年:1988年 評価:最悪
 どういうわけか勤め先の近所の古本屋に大量にあふれていたのがこの本。出版社の老舗である河出書房新社の書籍だけにそれほどはずれはないものと信じて購入したが…。「正しい男女の交際のガイドブック」をめざして作られたというこの本、トンデモ本筆頭の内容で、すべて適当な引用と適当な文章と写真のコラージュで作成されており、それがしかも「笑える内容」であれば文句はないのだが、残念ながらこれっぽっちも笑えない内容で…。「個室と変態」とかいうチャプターもあって、どうせこうしたトンデモ本をつくるのであればもう少しいろいろ工夫できたのではないかと思われる部分も多い。なんなんだろうなあ。アイデアはよく、写真や引用もそれほど悪くはないのだが、アイデアの発展させる方向が間違っていたのではないかと思う。あと一本の工夫が足らない責任ははたして著者一人だけの責任なのかどうか…。

うまくいっている人の考え方(ディスカバー21)

著者:ジェリー・ミンチントン 出版社:株式会社ディスカバー・トゥエンティワン 発行年:1999年
 ある方がこの本を褒めていたのでさっそく購入して読むことにする。一種の自己啓発本というジャンルになるのだろうが、抽象的なことではなくより具体的なことが箇条書き的に記されている。たとえば「いやなことをいう人は相手にしない」とか「自分を他人と比較しない」とか。それが見開き構成になっているので時間がない人や、「宇宙」や「真実」とかいう言葉にやや「?」と思う人には向いていると思う。いや、自分自身もアングロサクソン系統の自己啓発本は苦手で、どうしても宇宙論や世界論にまで話が拡大していってしまうのがどうしても抵抗があり、どちらかというと日常生活のレベルでわかりやすくてしかも実効性のあることが書いてある日本の自己啓発のほうがなじみやすい。ま、それも著者によるのだけれど。他人を変えようとしない、というのは日本ではわりとメジャーな考え方ではないかと思うが、こうして欧米の自己啓発本にあえて活字にしなければならないほどアングロサクソン系では、他人のライフスタイルに干渉しようとする人が案外多いのかもしれない。テーマも結論も日本人には入りやすく、しかも常識的な範囲内で理解可能な自己啓発。確かにこの本のいうとおりに「考える」と結果的に「うまくいく」ことだろうなあと思う…。

慟哭(創元推理文庫)

著者:貫井徳郎 出版社:東京創元社 発行年:1999年
 すでに21刷以上を超えた本作は貫井徳郎のメジャーデビュー作品でもある。連続児童誘拐殺人事件と警視庁捜査一課のキャリア課長、そして謎の「犯人」のモノローグがからみあいつつ、クライマックスをむかえるラストへなだれこんでいく。ミステリーというよりも「娘をもつ父親」ならば…とふと思うほど感情描写が洒脱でしかも深い。警察内部を描写する小説だとどうしても男社会のドロドロがメインになりがちだが、案外貫井のそのあたりの描写はタンパクで、むしろ「救い」を求める「犯人」の心理と、「犯人を追い詰める」キャリア課長の複雑な心理の描き分けが上手い。この構成の上手さがこの小説の評価の高さをさらに押し上げている。
 タイトルどおり、ラストには救いはなく、読者にも救いはない。ただ、底に残るのは「慟哭」と「哀切」のみの暗い展開だが、「謎」を解き明かすことがカタルシスだとばかり一面的に展開する小説よりも、この世にはミステリーはミステリーとして放置したほうがよいという「パンドラの箱」があることがラストに示される。しかしギリシア神話にあるがごとく世界中に災難や苦労がパンドラの箱から飛び散ったあと、一つだけパンドラの箱に残ったものがある。「その一つ」についてはあまり語られることがないのだが、それは「希望」だった。著者があけた「パンドラの箱」は、わずかながらも「救いへの希望」が残っているように思えるのは私だけだろうか。

原因と結果の法則(サンマーク出版)

著者:ジェームス・アレン 出版社:サンマーク出版 発行年:2003年
 聖書の次に売れているといわれる「自己啓発本」の古典。原因は「精神状況」、結果は「リアルな現実」という大雑把なくくりでいいのではなかろうか。「穏やかな心」をいかにして構築していくか、また穏やかな心はどうして大事なのか…といった自己啓発的な文章が並ぶ。この手の読み物は苦手なのだが、ただ「穏やかでないと人は信頼しない」というくだりにはなるほどと思う。動物的な心は最終的には「貧しさ」につながるというくだりも「なるほどなあ」と…。実際、アニマル・スピリットで博打やらそのほかのジャンルにのめりこんだ人って「貧乏」にいたるケース多いし…。1902年に英国で出版されて日本でも自己啓発本の名著として有名に。現在この続編も出版されているがやはりこの第1作を熟読するべきなのだろう。カーネギーなど他の自己啓発本の著者にも大きな影響を与えたとされる古典中の古典。ただし読みやすい文章で書かれており、一気に読み終えることができる。

強欲資本主義~ウォール街の自爆~(文藝春秋)

著者:神谷秀樹 出版社:文藝春秋 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
 現役の投資銀行のバンカーによる日米経済論。アメリカ経済の衰退の原因をドルが基軸通貨であることを利用した借り入れ消費体質であることと、投資銀行の暴走にあると分析。ゴールドマン・サックスなどを例として取り上げて、商業銀行と投資銀行の変質などをわかりやすく説明してくれる。モノ作りに経済の根幹を見出す著者は「バンカーは脇役に徹するべき」との持論を展開。強欲というそのネーミングのいわれを企業の買収や合併などの実態から解読していく。
 サブプライムローンがなぜゆえに不良債権化したのかも、この本で解明されるほか、予想以上に大きな変化を日米の経済体制に与えることも実感。下村治氏の著書を引用しながら、健全な消費や健全な経済といった哲学論にまで展開していく。実際のところ、マネーゲームはパソコンの画面の上で展開されるが「お金」そのものはリアルな実物である。アメリカのバブル崩壊のあとに世界同時不況が到来しつつある今、「基本にかえる」という著者の主張にうなづける部分は多い。「金融立国」ではなく、「ものづくりの原点への回帰」を促す著者の主張はバブル崩壊後に常に説かれる話だが、今度こそ耳を傾けて製造業中心、技術立国中心の経済体制をめざすべきときなのかもしれない。

2008年12月13日土曜日

神のふたつの貌(文藝春秋)

著者:貫井徳郎 出版社:文藝春秋 発行年:2004年
 とある田舎町にある教会に突然闖入者が現れる…。場面設定としては花村萬月の「王国記」などを彷彿とさせるが、著者はプロテスタントの教会という設定で寄宿舎も存在せず、教会の造りは大正時代のもの。12歳、20歳、40歳半ばのそれぞれの時代を切り取って3章立てにしたこの小説。日本語の第三人称や舞台設定の著述を上手にトリミングして読者を不安に陥らせ、最後にカタルシスを迎えるという手法。この長編小説ではかなり効果的に用いられている。もともと書き下ろしではなく、巻末に掲載されているが「別冊文藝春秋」に1999年から2001年にかけて3回に分けて掲載されたものを1冊にまとめたもの。プロテスタント、父と息子、大正時代の教会という「質素」「剛健」「沈黙」といったキーワードが連想される架空のプロテスタントの街で、「悪」や「神」を追求し、独特の「救済」をほどこしながら最後は「高見」に上り詰める親子。結局ラストで「主人公」は神を見るのだが、それは冒頭で主人公がカエルを見ていた構図とちょうど逆の構図で下から上を見上げる形で終了する。地図上の「横」の移動はきわめて少ないが、空間的な縦の視線の移動と時間軸の移動が心地よいミステリー小説というジャンルを超えたミステリー小説。

2008年11月30日日曜日

クチコミはこうしてつくられる(日本経済新聞出版社)

著者:エマニュエル・ローゼン 翻訳:濱岡豊 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2002年 評価:☆☆☆☆
 商品もしくは製品に関する消費者のクチコミなどの情報を総称してbuzzといい、このbuzzを利用したバズ・マーケティングをいかに構築していくか、といった視点でわかりやすく説明がされている。このバズ・マーケティングに向いている製品は「会話型製品」でしかももとの製品の品質は当然よくなくてはならないという前提はある。悪い製品であれば悪いバズが構築され売上はさらに落ちるということも述べられているので、必ずしもすべての商品にすべからくあてはまる方法論ではない。「友達紹介制度」や「情報を徐々に公開」といった方法はすべてこのバズマーケティングの観点からみると合理的に説明できるし、特にハリウッドの映画宣伝などはこのクチコミ効果を相当意識した方法をとっているようだ。「弱い結びつきは驚くほど強い」など、思いもかけぬ指摘が新鮮だし、ネットワークがこれだけ発達してくると、「感情的な反応」「希少性」といった概念がさらに重要になってくる。あくまで原理論なのですでにケーススタディとしてはふさわしくない事例も含まれているが、それでもなお、非常に面白い内容だ。

2008年11月25日火曜日

崩れる(集英社)

著者:貫井徳郎 出版社:集英社 発行年:2000年
 「結婚にまつわる八つの風景」とあるが、結婚生活というより家庭生活そのもの、もしくは日常生活にひそむ「怖さ」を「生活臭」や「音」などの題材を用いて表現した8つのアンソロジー。表題の「崩れる」はもちろん家庭の崩壊と「再生する希望」の両極端が同居している不可思議な短編集だが、読後、なぜかソーメンを夏場に作る苦労って大変なんだよな、と独白したくなる。個人的に一番気持ち悪かったのはやはり「憑かれる」。「男をダメにする女」の同級生の新婚をめぐる話だが、これがリアリティあって怖い。ミステリーというよりも怪奇小説、あるいは学生時代の罪悪感がそのまま現実に表出してきた悪夢小説といった感じだろうか。読み始めると最初の一話から八話まであっという間に読み終わり、さらに桐野夏生氏のまた素晴らしい解説で
本書の魅力にあらためて浸れるという趣向の文庫本。ブルーの表紙もお洒落なこの1冊、計算しつくされた構成が巧い。

急に売れ始めるにはワケがある(ソフトバンク文庫)

著者:マルコム・グラッドウェル 翻訳:高橋啓 出版社:ソフトバンク クリエイティブ株式会社 発行年:2007年 評価:☆☆☆☆
 文庫本で手軽に読めそうな感じにみえるが実は相当に難解な本。書いてある内容はきわめて興味深く、なぜゆえに一部のアーリーアダプタだけが使用していた商品がある瞬間に、爆発的に売れるようになるのかを考察した本だ。もちろん商品そのものの性能や品質には問題はないどころかいずれも素晴らしい商品だがそれは一次的な商品特性としてあたりまえかもしれない。二次的な商品の意味づけがかなり時代やクチコミによって変化し、それが商品の売れ行きを左右しているという見方もできる。「背景の力」というのは自分なりに解釈すると商品を通じてイメージされる二次的な商品特性が特定のタレントなり知人なりによって意味が変化したせいではないかと思う。他人を通じて記憶を蓄えるという概念もいわばキーパーソンがいて(バズを持っている人)、その人が特定分野の商品の二次的特性を変化させる力があるということだろう。ネットワークとはいわば、そうしたクチコミ(バズなど)の相互交流の場であり、そのネットワークで一定の二次的商品特性を与えられた優れた商品のみが、売れていく…と考えられる。こうした分析はある意味ではアナログで、特に商品特性を一次的・二次的に分けて考えるのはちょっと古い分類かもしれない。しかし、商品特性といった場合、いきなりこうしたネットワーク理論をからめた商品分析の本に入るよりもまず商品特性の古典的な分類を下地にひいてから読み始めたほうが、この本の内容を理解するのには便利ではないかと思う。文庫本ではあるがきわめて硬派で、しかもかみくだいて理解していけばきっと役に立つこと間違いなしの本。

空気の読み方(小学館)

著者:神足裕司 出版社:小学館 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
 コラムニストとよばれる職業の中でも一級の取材力と文章力を誇るのがこの神足氏ではないかと個人的には思っている。週刊アスキーに連載をもつが、どの文章も練り上げられた名文章と思いもかけない着眼点。「空気の読み方」というタイトルで取材力について神足氏に本を書かせた編集者もまた凄腕の編集者といえるのではないか。取材力をただ書籍などを作るスキルと限定せずに、「美人」がもつ悩みや限界などを理解してあげようとする努力などにも取材力が必要だとする神足氏の洞察力の深さに頭が下がる。「自分などなにものでもない」という自覚、自分がしゃべるのではなく相手をもって事実をしゃべらせる努力。それは自己愛を抑制して相手を理解しようとする努力から生まれてくる技だ。名刺の渡し方・受け取り方といった細かい作法から、ハナシの「誘い水」の向け方、マニュアルの背後にある理由の洞察など深い話が満載だ。文章に関係のある職業のみならず営業などの販売関係や企画部などのマーケティング担当者などが読んでも得るところが多い書籍だろう。メモも単なる事実の羅列ではなく発言したときの「印象」や「表情」などについても記入するというアドバイスにも感服した。「人というのは自分のことさえ勘違いする動物」という名言がちりばめられたこの新書。定価720円は明らかにお買い得の名著だろう。

2008年11月24日月曜日

裏モノの神様(幻冬舎)

著者:唐沢俊一 出版社:幻冬舎 発行年:2005年
 唐沢俊一さんの本はとても好きで…。とにかく自分が知らない「裏もの」や知っていても新しい視点からみた「裏もの」の楽しみ方などを紹介してくれる。この本でも個人的には大注目している「死霊の盆踊り」について(映画なんだけれど…)ほんの数行だけ著述されていたが、もう少し掘り下げてくれると非常に有難かった。「裏」と「表」は相対的なもの…という著者の発言どおり、この本の一部はすでに「表」化しているような気もする。「生殖こそ男の唯一の必要性」という断定もなかなか鋭い。確かにそれ以外に男性の存在価値ってないしなあ…。アレキサンダー大王やヒトラーの女性恐怖症のエピソードなども興味深いし、日本神話にでてくるサルタノヒコなどの異形の者の話なども面白い(手塚治虫の「火の鳥」にも通じる薀蓄が語られている)。また日本人の興味は外側ではなくて内側に向いたときにオリジナリティが発揮されるという指摘も興味深い。グローバル化しても日本のオリジナリティって結局海外では「内向き」の話のほうが受けるのは間違いなく…。若者言葉辞典の造り方の難しさなど、一過性の用語や用法の違いなどについても考察が深められ、もともとこの本の初出はパソコン雑誌の老舗「週刊アスキー」だった…というのはどことなくうなづけるような雰囲気も。現在は弟さんの唐沢なをきさんが独自の世界を「週刊アスキー」で連載中だが、その流れの源を見るような気がする。いかがわしいけれど、すでにもう立派な表の世界の一部を構築してしまっているレアな話題の数々。好きな人にはたまらない世界が展開。

さあ才能に目覚めよう(日本経済新聞出版社)

著者:マーカス・バッキンガム&ドナルド・O・クリフトン 翻訳:田口俊樹 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2001年 評価:☆☆☆
 2001年発行から入手した2008年版まではなんと23刷。ストレングス・ファインダーという独特のウェブコンテンツへのアクセスもこの本を購入すると可能になる。人間の才能はそれぞれ個人によって異なるので異なる才能に応じて戦略を立てて強みに特化した方向でライフストラテジーを組み立てていく方策を提唱。資源を効率よく運用していくのには弱点よりも「強み」に特化していくべきというのがこの本のスタイルで、さらに人間の「強み」をいくつかのパターンに分類。それぞれのパターンの「運用方法」について示唆を与えてくれている。強みを確立するシステマチックなプロセスとは何か…と経営学の立場から二人の学者が提案してくれており、自己評価で勝手に闇雲にライフストラテジを展開するよりも合理的な展開方法が可能になりそうだ。才能と知識と技術の組み合わせをより合理的にしていくのにはどうすればよいか…あだれもが悩む問題に一つのヒントを与えてくれる本かもしれない。ただ個人的にはあまりこうしたパフォーマンス管理といった手法は好きではなく、アカウントも与えられたがストレングスファインダーにはまだアクセスしていないまま。知識経済に生きていくのに弱点を気にしないでもいい…というわけにもいかないのではないかという考え方もあるだろうし、この本は人によって好き嫌いが分かれそうだ。ちなみに私はあまり「好きではない」という立場…

連合赤軍「あさま山荘」事件(文藝春秋)

著者:佐々淳行 出版社:文藝春秋 発行年:1999年
 警察庁のキャリア組から当時の後藤田正晴長官の命令を受けて「あさま山荘事件」に派遣された佐々淳行氏による事件の回想記録。もちろん一個人の回想録であるから、立場が違えば同じ事件であっても違う見解が存在するであろうことは想像できる。しかし、当時の捜査体制などが実名をあげて述べられており、その20年後、30年後にもいろいろな示唆を与えてくれる著書にはなっている。解説はもとフジテレビのアナウンサーの露木茂氏。現在国民新党を率いる亀井静香氏や狙撃された国松元長官も広報課長として登場。事件の大きさと当時のエース級の人材が投入されたことがわかる。連合赤軍の起こした事件の中でもこの「あさま山荘」事件と数々のリンチ事件を総称した「山岳ベース事件」は、その残虐さゆえに後の世代にも新左翼運動への拒否感を植え付ける事件になるとともに、なぜゆえに人間がそこまで教条的に「残酷になれるか」を考えさせる実録になっている。106発の銃弾を発砲し、3名の死亡者と多数の怪我人を出したこの事件は、21世紀になっても色あせる部分がない。分派主義なる「反執行部」的な言動をとるだけでリンチにあい、凍死させられたメンバーや、罪のない警官に銃撃を繰り返した当時の犯人たちはいずれも10代後半から20代。シンプルな革命理論でシンプルに行動主義に走った結果なのか、あるいは人間一般に状況によってはこうした残虐さを仲間内にも発揮するものなのか。被害者の方々にはまだ御存命の方も多く、この事件に関連した書籍もまだこれから多数出版される可能性はある。もちろんそれはこうした事件を繰り返さないように、ということだが、万が一同じような事件が発生した場合の問題解決方法をさらに練り直していく材料ともなる。実録「危機管理」という副題がついているが、著者もこの著作物の一部に「ベストの選択」ではなかったことを認めるようなニュアンスがラストにある。「次」が起こってはもちろんならないが、同様のアクシデントが万が一発生した場合の管理する側、組織として行動する側が材料にしてよんでいくのに豊富なデータを提供してくれる書籍である。

2008年11月23日日曜日

人間この信じやすきもの~迷信・誤信はどうして生まれるか~(新曜社)

著者:T.ギロビッチ 翻訳:守一雄・守秀子 出版社:新曜社 発行年:1993年 評価:☆☆☆☆☆
 「何もないところに何か見る」…月をみてそこにウサギの模様を見るなど人間がなんらかのパターン付けをしてしまい、間違った考えが補強されてしまうケースなどを考察。また自分に都合のいい情報だけを取り込んでさらに間違いを拡大していくケースなど、「落とし穴」的な人間の「考え方」「信念」のあやふやさを追求した本。翻訳もわかりやすく、「噂」や「超能力」「健康法」など、非科学的なものを信じやすくしてしまう「仕組み」を解読。広くみれば認知心理の本かもしれないが、ビジネス書籍としても学習のノウハウを学ぶ本としても利用することが可能。「信じたい」という思いを「信じた結果」や科学的合理性とはまた違うことをあらためてこの本で実感。また人間の思い込みの怖さなどがよくわかる。「何か」にマインドコントロールされてしまう前に、あらかじめ読んでおくときっと役に立つ場面がでてくるだろう。名著。

2008年11月16日日曜日

読書進化論(小学館)

著者:勝間和代 出版社:小学館 発行年:2008年
 公認会計士の有資格者ということで簿記会計や経済学、経営学などの教養に加えてコンサルタントとしての実績、外資系証券会社、外資系銀行などでも実務経験を積んでいる著者の読書方法ということで興味深々で読み始めた新書。仕事面だけでなく、家庭では二人のお子さんを育てながらの読書方法ということで時間がないビジネスパーソンや育児をしながら勉強している人にも有益な内容を多数含む。本書の内容をまず読み取ってから、自分なりにアレンジメントして活用・応用していくのが正しい利用方法だろう。神田昌典氏やマーカス・バッキンガム、スティーブン・コヴィーなどから受けた影響なども紹介されているが、こうした関連書籍の紹介も読者にとっては嬉しい話。興味のあるテーマがあればその書籍をさらに追加購入して独自の読書体験を構築することが可能となる。個人的には66ページの「ハーバード系の翻訳本」というキーワードに刺激を受ける(確かにハーバード系統の翻訳本ははずれが少ない)。また102ページの「理解、応用、分析、統合、評価のフェーズ」といったフレームワーク。こういったタイトル以外のフレーズからさらに新たな発見がでてくるのとマーカス・バッキンガムの本を実際に読んでみてそのあとにまたこの本に帰ってくるという方法もあるだろう。インターネットと本の比較から本の「物語」が始まるのも時代性を反映していて、本の内容面の構成が上手な造りになっているという印象。

史上最強の人生戦略マニュアル(きこ書房)

著者:フィリップ・マグロー 訳者:勝間和代 出版社:きこ書房 発行年:2008年
 おそらく一種の自己啓発本なのだが、内容的にはplan-do-seeをさらに厳密かつ緻密に煮詰めていくノウハウが紹介されている書籍ではないかという印象をもった。経営管理の原則に忠実にして、人間によくありがちな「自分に甘い部分」を排除すると、こうしたある意味手厳しい自己啓発本になるのだと思う。「すべての人は拒絶されることを恐れる」といった何気ない文章にどきっとする(拒絶されることを恐れない人というのはすでに社会性を一種捨てている人だけだろうから…)。自分のたっている地点と行くべき地点を緻密に緻密においかけて、さらにsee(統制)の部分を「表面」の理由だけでなく、これもまた緻密に緻密に分析していくと、ある意味別の厳しい理由や原因が浮かび上がってくる…。人生の法則が「10」に箇条書きされているのだが、特に7番目の「人生は管理するもの、癒すものではない」というのが手厳しい…。だがしかし、ある程度人生の見取り図がなければ確かに乗り切っていくのにはしんどいほどめまぐるしく変化する時代でもある。この本は今後さらに売れていくことだろう。

裁判官の人情お言葉集(幻冬舎)

著者:長嶺超輝 出版社:幻冬舎 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆
 これからの司法改革ではどうもA4数枚程度の判決文に短縮化・簡素化される可能性が高いようだ。司法については判決と判決にいたる理由を簡潔かつ明解にする方向なのかもしれないが、そうすると判決に関係ないこうした「人情お言葉集」なども少なくなっていく可能性はある。実際に裁判所で判決文を読み上げられるような経験はないのだが(また今後もあまり経験したくないが)、法治国家で犯罪もしくは権利の衝突が発生した場合には、やはり裁判所の判断が最終的な法律的解決の「結果」ということになる。システムとしてはそうなのだが、機械的に割り切っていくとどうしても割り切れない端数の部分がでてきて、その端数の部分を表現するのがこうした人情的なお言葉だったりするのかもしれないのだが。有名な財田川事件の判決文と再審請求による確定判決のひっくりかえしの難しさ、覚せい剤取締法0・03グラムのエピソード、仮釈放という言葉の定義と厳罰化の流れ、リフォーム詐欺師が子供を抱きかかえてなく場面、無理心中を図った青森地裁の事件…いずれも事件そのものがデジタルに処理するのが非常に難しく、かつ人生の転換点にある刑事事件の被告の今後の「改悛」「更正」といった観点からすると、判決文以外のこうした「お言葉」。実は読んでいる読者の心にも響くものが多数ある。

AV女優2(文藝春秋)

著者:永沢光雄 出版社:文藝春秋 発行年:2002年 評価:☆☆☆☆☆
 筆者の永沢光雄さんは、かなりフリーランスのライターとして活躍されるも、その文章が評価されたのはかなり遅咲きの30代後半ではなかったかと記憶している。このシリーズの第1弾「AV女優」の単行本の内容が発行当時に高い評価を受け、その後「風俗の人たち」など、独特のインタビュー構成と文章のトーンで急激に「売れ始めた」方だった。その後、喉頭がんでインタビュアーとしての大事な道具「声帯」を失い、さらに肝機能障害で2006年に47歳でお亡くなりになられている…。この「AV女優2」を読むのも実は辛く、買おうかどうしようか迷った末に購入。一気に読み通す。1996年から1999年にかけてアダルトビデオ界で活躍した女優36人のインタビュー集だが、永沢光雄さんは暖かいまなざし、かつ独特の視点から36の物語を紡ぎだす。途中で「眼球を涙が覆う」女優さんもでてくるのだが、家族の話でしかも父親と兄が暴力をふるう家族の話だった…。きれいごとだけでは済まない話を水平視点で静かに物語る筆者はインタビュー中もしきりにお酒を飲んでいる。あ、また飲んだ…そして書いてる…と思いつつページをめくるとまた筆者はお酒を飲んでいる…。肝機能障害でお酒を飲んだら肝臓が自然治癒することはありえず…。とにかく破滅的にお酒を飲み文章を書き、インタビューをしていた筆者の姿はなにやら鬼気迫るものすら感じる。「ビデオ・ザ・ワールド」「ビデオメイトDX」などに連載されていたこのインタビューはおそらく連載当時からかなり違和感を感じさせるものだったのかもしれないが、それでも連載が続いたのは、筆者がつづる物語の中に、当時の編集者や経営者がなんらかの希少性を見出したこともあるのだろう。そして遠からぬ将来におそらくなにか自滅的に消え去ってしまうのかもしれない危うさと…。1つの時代を切り取ったインタビューというよりも、おそらくこれから10年経過しても20年経過しても変わらない「人間」を描写した名作インタビュー集。文春文庫から定価771円。

2008年11月15日土曜日

超「超」整理法(講談社)

著者:野口悠紀雄 出版社:講談社 発行年:2008年
「分類するな、検索せよ」とテーマを打ち出したかつての名作「超整理法」の21世紀バージョンはgmailを利用したデータの保存と検索だ。画像などはすべてpdfファイルとして保存し、そのまま自分のアカウントに添付して送信するだけ。もちろん情報機密の問題点は残るが、利用価値の大きさと情報漏洩のリスクを比較してもメリットのほうが大きいとして野口先生の「検索重視」のデータ整理方法が述べられている。
 かつての「超整理法」によるA4サイズ標準の書類保存ともリンクさせればスキャナでそのまま保存してpdfファイルで送信すればすべての書類やメモなども保存されるので、パソコンにA4サイズpdfファイル変換機能がついたプリンタさえあれば、だれでも情報の蓄積・加工・保存が楽に設定できる。そのノウハウを公開するとともに、「問題設定」「仮説構築」「モデル活用」の重要性を説く。データの検索そのものがだれにでもできるようになれば、次の時代に重要性をもつのはこの3つの能力というわけだ。けっして超整理手帳の意味がなくなるということではなく、むしろ問題設定を書き残してgmailに送信する「問題」をいかにメモとして保存するか、活用するべきかというところに利用方法の力点が変化してきたといえるだろう。to doリストの重要性はパソコンよりも紙のほうが便利なので変わらず、メモの保存方法がさらに変化してきたということになる。メモは個人的には転記してさらに加工・整理して初めて価値がでてくると考えているが、加工・整理はまずgmailを利用して保存してからでもいいわけだ。さらにその後思わぬ形で知識と知識がgmailの中でリンクする可能性も否定できないわけで。mail機能はもちろんすでにデータ保存として利用している人間も多数表れてきた中、ますます紙媒体としてはA4サイズへの移動が始まるとともに、今度は使い勝手のいいスキャナをもっと探しにいかないと…

誘惑される意志~人はなぜ自滅的行動をするのか~(NTT出版)

著者:ジョージ・エインズリー 翻訳:山形浩生 出版社:NTT出版 発行年:2006年
 とにかく難解でしかもテーマが幅広い本。ページもぶあつくて本紙が384ページ分。価格は2,800円と割安で翻訳者の方の解説も巻末についている。双曲線割引によって遠くの合理的意思決定よりも目の前の「自滅的行動」(タバコなどの不摂生)の現在価値が実際以上に魅力的にみえてしまう…という人間の「不合理性」を丁寧に解説してくれている本。長期的には喫煙は健康に良くない上に、消費行動としても適切ではないが目の前にあるとそれが実際以上に効用が高いようにみえてしまう人間の不可思議さ。ミクロ経済学よりも小さいという意味でもともとの原題は「ピコ経済学」だったともいう。「やる気」や「根性」や「自信」といったものになぜゆえに意味があるのか、そしてそうした目の前の誘惑に対してはいかに克服していくべきか、などが解説されていく。ま、この克服方法こそが「意志」というものであり、しかもその「意志」は人間のそれぞれでいろいろな組み合わせを財として集合化し、たとえば「健康+お金」>「喫煙」といった組み合わせで自分の意思決定をコントロールしようとする。そのプロセスや葛藤こそが人間がもつ「意志」たるゆえんということになる。ただしその調整過程はミクロ経済学のようにすっぱりとは均衡せず、過去の失敗などがあれば短期の利益に負け、過去の成功事例が多ければ将来のメリットの期待値があがるなどさまざまな展開をみせる。そしてそのさまざまな展開の中でどんどん不合理性は排除されていっているがはたして社会全体からするとそれは本当に意味があるのかどうか…といったあたりの話になるが、おそらく禁煙したいとか運動したいとか目先のメリットにすぐつながるような本ではない。しかし読んでもけっして無駄になることはないだろう。正し持ち歩くのには重たい上に内容がとにかく難しい。巻末の25ページにもわたる英語の参考文献もやや気分を重くさせる。が、短期的メリット、目先の誘惑に負けてしまう人間の弱さと神のみぞ知るかもしれないその「合理性」(?)についてしばし考えてみるにはいい材料になるかも。

2008年10月31日金曜日

まぐれ~投資家はなぜ運を実力と勘違いするのか~(ダイヤモンド社)

著者:ナシーム・ニコラス・タレブ 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2008年 評価:☆☆☆
 不確実性と統計確率の話をかなり辛らつに、そして面白く書いた本。「カリスマ・トレーダー」がいかなる経緯をへて作り上げられ、そしてその成功要因がいかにあてにならないのかを説明してくれる。最終的には、統計的な平準値に収益率が落ち着くのであれば、発生しうる最大の損失を回避できるような行動や意思決定がトレーダーにとってはないよりもの武器になる。いいかにリターンを積み上げていても、発生しうる最大のリスクが実際に発生した場合に、そのトレーダーは「行方不明」にならざるをえない…。短い動きから短時間に何かを読み取るよりも長期的なトレンドを重視することも著者は説明してくれる。短期的な現象はノイズであり情報に値しないケースが多いからだ。そして個人的に興味深かったのは241ページの「二重思考」。システム2といいうのはいわば定型的なアルゴリズム的処理の学習だが、そのうち自然発生的な情緒的な部分(システム2)が経験などによって研ぎ澄まされていくケースがあるという。実際、オプショントレーダーには数値的な分析以外のシステム2的な要素も強くなってくるらしい。確率やオプション取引などに興味がなくとも、実際に生活をしていく面で、「使える考え方」が満載。ノイズにまどわされない意思決定についても学習することができる。2008年1月31日発売で4月23日ですでに5刷の売れ行きを示している。やや分厚い本ではあるが、読んだだけの価値は十分あり。

2008年10月25日土曜日

なくしてしまった魔法の時間(偕成社)

著者:安房直子 出版社:偕成社 発行年:2004年3月 評価:☆☆☆☆☆
 大人になってからあらためて読み直すと、その素晴らしさがまた心に伝わってくる。文章を読んでいるうちに心に色彩が浮かんでくるのだが、著者自身もこの全集のエッセイに記されているように「青」や「赤」といった色彩を意識して執筆されたようだ。中でも「空色のゆりいす」という名作は著者が日本女子大学在学中の20歳のときの作品。空を見ることが出来ない少女が心に空のイメージを膨らませていく様子が素晴らしい…
 「さんしょっ子」では、「さんしょっ子」が三太郎を、三太郎が「すずな」を思い続けて声をかけても相手が応えないという場面が切ない(24ページ)。時代は違うが「めぞん一刻」の世界をこの1ページに凝縮したような印象も受ける。すべてが片思いでしかも「すずな」の心の中については著者はあえて描写していないのが、大人になってからはその理由がよくわかる…。
 もうお亡くなりになった安房直子さんの作品集は偕成社からコレクション第1巻~第7巻に編集されて再発売。本の装丁も白地にイラスト入りのとても素敵なデザイン。手にとった感触がまた素晴らしく、定価も2,000円とお買い得。

2008年10月22日水曜日

3年で辞めた若者はどこへ行ったのか~アウトサイダーの時代~(筑摩書房)

著者:城繁幸 出版社:筑摩書房 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
 「世代間闘争」について非常に敏感に反応している著者だと思うし、限られた経済資源をどのように配分していくかは、経済学の重要なテーマである。国の財政も企業の福利厚生も一種の経済資源だが、それが特定の世代が集中して享受している時代。それが現在であり、この本で最大の問題点として設定されているところだろう。したがって206ページ以降において、既存の労働運動や社会民主党、日本共産党のあり方について著者が疑念を呈しているのも無理なからぬところである。すべては、構造改革路線を推進してきた自由民主党が悪い…という論理展開は今ではあまり意味も説得力もない。現在では、経済資源のかなりの部分を享受している中高年の労働者層、特に年金も含めて団塊世代優遇の時代だから、若年層とは必然的に対立構造が起こる。非正規雇用者と正社員の対立構図に持ち込みたがるケースもあるが、広くみれば、これまで獲得してきた経済資源の積分値が異常に高い団塊の世代と、これからも低い積分値しか予測できない若年世代との構図で、労働者政党もそのトップは50代以上の団塊の世代とあっては、若年の加入者が減少するのも当然だし、インディペンデンス系統のメーデーが開催されるのも当然の現象になるだろう。「真の改革とは既得権にメスを入れること」という著者の主張は正しい。ただこの著者の主張は実は、経営者や自由民主党だけではなく、既存の労働組合や団塊の世代の年金受給の問題もはらむ。与党の批判だけはいせいがいいが、かといって自分たちの受給金額を減少させてそれを若い世代に配分する、もしくは自分たちの月給の切り下げをしてその分若年層の基本給に反映させていく…といった同じ雇用者の中での配分の差異についても切り込める労働団体がでてこないかぎり、おそらくネット難民やニートの問題だけ拾い上げてもあまり大きな支持を若い世代から受けることはないに違いない。かなりの部分は著者の主張に賛成で昭和的価値観と平成的価値観の2分対立軸でこの本は構成されている。「老人は弱者ではない」などと挑発的な文章もある一方で、冷静な観察力と、そしてなによりも実際に売れているという事実が著者への共感が多いことを示している。「既得権」といえばどうしても官僚、と短絡的な連想にうごきがちだが、はたしてそうなのかどうなのかは自分たちの周囲をみてみればすぐ答えはでてくる問題だ。非常に面白い新書本でぜひ一読のお勧め。

週刊ダイヤモンド給料全比較(2008年9月13日号)


出版社:ダイヤモンド社 発行年:2008年
 「恒例」といえるかどうか…ただこの手の特集はダイヤモンドは大好きみたいで、わりと頻繁にお目にかかる。ちょうど福田首相が辞任会見をした直後の特集だが、ダイヤモンド社の「独自調査」ということで、家計調査年報などの公式的な出版物などとはまた違う面白さも。建設業や不動産業の落ち込みが目立つのはやはり建築基準法の厳格化の影響と、マンション契約率の低下による部分が多いだろう。市議会議員の平均年収が777万円と意外に低いのは地方自治体の財政状態を反映しているような気がする。東日本高速道路などかつての日本道路公団が民営化・3分割された企業についてはいずれもかなりの高収入。日本高速道路保有・債務返済機構の職員の年収もかなり高く(具体的にどのような数字なのかはぜひこの雑誌で)、旧日本道路公団の債務返済をどこまで真面目にやる気なのかはこのデータからは不明。給料とあわせて平均的な残業時間なども表にまとめられているが、金融機関、特に銀行がさまがわりしている。投資銀行がやや多いかな、という感じがする程度で「持ち帰り」は個人情報保護法に、残業は労働基準法に触れる可能性が高いという時代を反映したものだろう。万が一、融資を依頼してきた顧客情報が漏出などでもしたら、その銀行全体のイメージが大打撃を受けるためと推察される。生産ラインの適正化などをはかるプロセスエンジニアの残業もやや多い。さらに2008年4月に改正されたいわゆる改正パート法についても特集。何某通信会社の国際オペレータ業務のエピソードが紹介されているが、本来は、正社員なみに働くパート社員への差別的待遇が禁止されたもの。流通業ではパート比率が高いといわれており、何某では正社員とパートとの職務等級が統一されている。さらに東京大学卒業生の就職希望もグラフ化されており、右肩下がりが公務員で、その受け皿が金融・保険業。総合商社の人気が相変わらず高いという指摘にも納得できるものがある。
 そのほか、この号では「サクセスフルエイジング」で定期的な運動による肥満や心臓病の防止について、知的能力を落とさない努力、東京大学文学部卒業の石上和敬住職のインタビュー(港区光明寺)、グルジア紛争におけるアメリカの役割、成城石井やクイーンズ伊勢丹のような高級スーパーと総合スーパーのヨーカ堂の新業態の模索(ザ・プライスなどのディスカウント業態)、野口悠紀夫先生の70年代の英国経済と日本経済の比較など、670円の雑誌にしてはかなりのお買い得な一冊で、しかも充実の内容。こういう特集や報道記事ばかりであればさらに経済雑誌の需要ももっと高まるのだろうが…。

2008年10月15日水曜日

性のアウトサイダー(青土社)


著者:コリン・ウィルソン 出版社:青土社 発行年:1989年
 図式的にすぎるという批判はあれど非常に面白いコリン・ウィルソン。常識の枠内ですべて分類・解決してくれるので、読者はあまり違和感を覚えずに、これまでの「アウトサイダー」を分類・検索できるという魅力がある。実際にその世界に足を踏み入れている人には逆に「ぜんぜんわかっていないだろう」という反論は予想されるが…。入手したのは単行本だが、文庫本でもすでに発刊されている。また「アウトサイダー」も集英社文庫からすでに発刊。
 シャーロット・バッハという謎の「女性」とのその独自の哲学の分析から、マルキ・ド・サド、ルソー、ゲーテ、バイロン、プーシキン、レールモントフ、ゴーゴリ、ロートレアモン、フロイト、ジョイス、ロレンス、ヘンリー・ミラー、ユング、アラビアのロレンス、ヴィトゲンシュタイン、三島由紀夫とoutsaiderの分析を一通り終える。人間の進化を「想像力の発展」にもとめるコリン・ウィルソンは、加熱した想像力はマズローの欲求段階を下にひきさげるとともに、現実感との間を産むとする。クライシスによってより高見にある「鳥の目」に達することもできるが多くの場合、クライシスに直面しないかぎりは人間は「虫の目」でしか現実を生きることができない。過去の辛さの経験、生活感現実感を人間は進化の過程で想像力で「鳥の目」まで高めようという努力をしてきた。そしてそれには幾分かは成功している。自ら切迫感をよぼこして、虫の目から鳥の目へ視点を移動させる。脆弱な想像力しかもたないもののみが、実際にはアウトサイダーになってしまう…という単純明快な論理は、やや過去に名声をはくした世の有名人には気の毒な結論だ。だがしかし多くの人間は「アブノーマル」な世界に陥ることなく、現実の世界に生きている。現実の世界の中でさらに高見をめざして「進化」していくことにこそ想像力革命がある(ある意味19世紀のロマン派についてはコリン・ウィルソンは否定的な立場であるともいえるだろう)。失望や絶望すらも想像力と現実感覚とでのりきれることがある…とするコリン・ウィルソンの哲学は楽観的に過ぎるかもしれない。しかし多くの人間は悲惨な状況にあっても必死で生きようとしている。それは楽観的すぎるからかもしれないけれど、近未来もしくはトータルな死後の世界も含めて、きわめて倫理的な想像力の進化によるものというのが著者の結論でもあり、私の個人的解釈でもある。

2008年10月14日火曜日

40代からの勉強法(PHP研究所)

著者:和田秀樹 出版社:PHP研究所 発行年:2008年
 すでに勉強法の「権威」というよりも一種のカリスマとなっている和田秀樹先生。中高年にも「諦めるな」と激励の言葉を著作物で常に投げかけているが、おそらくその激励の言葉にはげまされて、知的活動にいそしむ人間も少なくないと思われる。目標設定を工夫するなど現実的なアドバイスにとんだ本の内容はやはり40代向けに相応しい内容だ。結果が読めることを先に重点的にこなしていくというやり方は特に中高年にふさわしい。法科大学院の入学希望者は個人的にはこれから減少していくと予想しているが(中高年に限定しての話だが)、かりに卒業して司法試験に合格しても今の情勢だと手元に入るキャッシュ・フローはおそらく会社をやめてまで挑戦するほどの金額にはならない可能性のほうが高い。だとすればすでに弁護士資格を有している人間を代理人として雇用するほうが現実的な対策となる。自分でやるより、他人の力をうまく使え…という発想にたてば、勉強方法も発展して現実に生きる生活の術ともなる。特に無味乾燥な勉強よりもまずその根底にある「意欲の減退を防止せよ」というのは使えるアドバイスだ。やはり意欲なくして知的活動はできないのだから、まずは知的生産の大前提としてはやはり意欲の活性化の方法を自分なりにいろいろ工夫していくべきだろう。単なる勉強術の本というよりも40代をいかに効率的に、かつ戦略的に生きていくべきかを説いた本。特に意欲が減退気味の方々にはお勧め。

金融商品にだまされるな(ダイヤモンド社)

著者:吉本佳生 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2007年 評価:☆☆☆☆
 金融商品は現在多数存在するがその「本質」みたいなところまで解説してくれている本は少ない。だがこの本では定期預金がいかに有利な金融商品で、仕組預金がいかに不利な金融商品なのかを丁寧に解説してくれている。元本保証型の投資型の年金保険についてもその不利な点を丁寧に解説。特にこの円高基調の時期には外貨建定期預金を組んでいる人には為替の動向がきになるはずだが、その不利な点も解説。特に二重通貨預金のケースだと現在の円高では、顧客はオプションの売り手となる。当然銀行は損をしないように円ではなくドルで満期日に払い戻すため、顧客はそのドルを円に戻さなければならず、現在の相場では為替差損をこうむることになる(さらに為替手数料も支払わなければならない)。さらに円高のさいにこうむる損失は本来はオプション料として受け取れるはずだがそれを銀行側がサヤ抜きしているため、もともと不利な仕組預金がさらに不利であることもわかってくる。逆にシンプルな定期預金ほど金利の情勢を的確に反映してかなり有利な金融商品であることも理解できる。若干、専門用語は出てくるが、明らかに金融機関が配賦するパンフレットなどよりも懇切丁寧な解説だ。営業の説明にまどわされずに的確な資産運用をするためには、この本はかなりのお勧めである。

フリーランスのジタバタな舞台裏(幻冬舎)

著者:きたみりゅうじ 出版社:幻冬舎 発行年:2007年
 ウェブサイトでの連載をきっかけにSEからフリーのライターへと転職を果たした筆者。会社に対する帰属意識がもともと薄かったという著述があるがSEとしてはやはりそれなりの技術を有していたのは間違いなく、ネットワーク関係の用語集などでもスマッシュヒットを飛ばしている。SEの生態などを面白おかしく、さらに悲哀をまじえてエッセイにした書籍もいずれも名作揃いでSEに限定されず、一般の会社員が読んでも勉強になること多し。この本も最初はわりと面白おかしく…と展開していくが、最後のあたりで会社員とフリーとの微妙なすれ違いなども著述されていて、そのあたりは妙に生々しい著述が印象的。さらに人脈を通じてどんどこどんどこ仕事が拡大していく様子や、書き直しを続けていくうちに「あ、これからな」というイメージを体感していくあたりが面白い。何かを創造していくという作業をそのまま文章にしたような感じがAHA体験みたいにつづられており、オリジナルな作品を作る、あるいは造りたいという人にも参考になる書籍だろう。「造りこみ」「修正作業」のあたりも面白いし…とはいえこの著者はまだ現在フリーのライターとして現実と格闘中。さらにこの続編も無事に出版してくれればよいが…。

2008年10月8日水曜日

野口悠紀夫の「超」経済脳で考える(東洋経済新報社)

著者:野口悠紀夫 出版社:東洋経済新報社 発行年:2007年
 経済学の入門の話からさらに具体的な経済事象までかなり高度なレベルの論点が展開される。たとえば格差是正をどうするべきか、といったテーマに対してはオプションがまず税・社会保障政策と補助・価格・規制政策があることが明示され、市場に直接関与しない税・社会保障政策のほうが望ましい経済学的理由が展開される。キーワードがタイトルの下に展開されているのも読み手への配慮だし、問題提起と論点の所在を明確にしてから理由を記述してくれるのも野口悠紀夫教授の読者への配慮だろう。市場介入については資源の最適配分をゆがめるから…ということになるが、理論と実際のズレの理由まで含めて丁寧に著述されており、ミクロ経済学やマクロ経済学の素養がなくても十分読みこなせるように編集されていると同時に執筆もされている。
 ただ内容がかなり高度な分だけ、まずこの本を読む前に一定程度の近代経済学の入門書を読んでおくとさらに読書の楽しみが倍増するだろう。1回読んだだけでは不十分でおそらく2回目、3回目とことあるごとに読み返すと理論の力と現実の変化の両方をさらに深く理解できるような問題提起と理論的説明の展開がなされている好著。

ララピポ(幻冬舎)

著者:奥田英朗 出版社:幻冬舎 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆
 全部で6つの短編が相互に登場人物をリンクさせながら最後に完結するという手法。やや哀しいトーンを帯びた小説で、しかも性描写がこの作家にしてはやや多いかもしれない。が、かなり面白いことは事実。小説特有のスキルであえて省略して描写しておいて、肝心なことは最後で描写する…というのも登場人物が多彩なだけに効果的。32歳のフリーライター、23歳のスカウトマン、43歳の主婦と20歳の娘、26歳のカラオケボックス店員、52歳の官能作家、28歳のテープリライターなどが織り成す人間模様。関係なさそうで最後にはリングのような円関係になっているがどれもほろ苦い結末だ。特にすべてになげやりな43歳主婦の生活面の描写はリアリティ満載ですごい。腐った大根が廊下に放置されていたりするのだが、なんだかこういう43歳の主婦は実際にこの日本に何人かは存在しそうだ。ダンナは精神科に通っているという設定だが、その設定以外に細かい描写がないというのが逆に存在感の稀薄さを示す効果をあげている。3人ぐらいを仲介すればこの日本では大体全員がなんらかの知人関係にあるという実態。こういう人間群像ものでも奥田英朗は見事な技をみせてくれる。

愛国の作法(朝日新聞社)

著者:姜尚中 出版社:朝日新聞社 発行年:2006年
 非常に難解な書籍なのだが、それでもどうしても手に取りたくなる本。最近の所得分析や社会調査で所得階層の低い人間ほど「愛国心が強い」という統計がでている。これは「下流社会」などでも指摘されていることだが、実際には国策で構造改革が行われ勝ち組・負け組の格差が拡大したにもかかわらず、愛国心は逆に「負け組」のほうが強くなるという現象はどうして起きたのか。「陰影を感じさせない愛国心」に戸惑いを覚えるのは、「実際経験」や質感の違いかもしれないが、戦後の「愛国心」と21世紀の「愛国心」とではおのずとその質感も異なってくるだろう。在日韓国人の著者が、客観的な視点で「愛国の作法」という書籍を出版できるのは、その国籍の違いと日本と世界を社会学的に分析したその結果ではないか。
 たとえば「愛する」という行為自体も厳密な定義がなされておらず、情緒的には確かに「愛する」ということはいえても実際にはどうなのか。橋川文三の言葉などを引用しつつ著者のかしゃくのない分析がこの新書で指摘されていく。国家というものを感性や情緒によりかかって発言していることを立証し、「愛する」というのは「一つの技術」ではないかという問題提起もする。理論的な知識と理解によらずに情緒的に「愛する」といった場合の問題点は明らかで1億3000万人それぞれが情緒的に「愛する」とうことはできるが、実はその1億3000万人で共有すべき知識も理論も共通の体系がない状態でも「愛国心」は存在してしまうというある意味での怖さも感じる。
 端的に個人的な理解でいえば、「愛国心」とは単なる言葉だけでは意味がなく具体化されているものでなければならないはずだ。そしてそれはたとえば国家が財政赤字のときにどれだけ私有財産を国家に提供できるのかできないのか、といったことが指標になるのではないか。「勝ち組」があまり愛国心を情緒的に語らないのは、これを具体化していくと「それではなぜ国家のために私有財産を投げ出さないのか。ビル・ゲイツは何百億もアメリカ合衆国に寄付したのに」…という指摘は当然でてくるはず。情緒に頼っているかぎりには、きっとさまざまな「愛国心」がでてきてその収拾がつかなくなる事態もある。まずは言葉の厳密な定義と歴史的背景を国民(国籍が日本に帰属している人間)で共有化していく努力がこれから必要になるのだろう。

そんな言い方ないだろう(新潮社)

著者:梶原しげる 出版社:新潮社 発行年:2005年 評価:☆☆☆☆
 フリーのアナウンサーにして言葉の魔術師梶原しげるさんの「言い方」にこだわるエッセイ集。ビジネスマナーの本はたくさんあるけれど、言葉遣いにここまでこだわる本というのは、ビジネスにも日常会話にもいろいろ応用が利くと同時に、なにより読んでいて楽しい。「よね」については筆者はかなりの嫌悪感を示しているのだが、そんなことは私は感じないんだよね…。「ちょっといいですか」の「ちょっと」とは実際にはどれくらいかという問いかけや、「い」と「え」の中間の発音などいろいろこだわる視点には賛否両論あれど、自分自身の無意識の言葉遣いも含めて参考になる部分が多い。最終的な人間関係の構築は情報交換だけではなく、情を載せた言葉のやりとり・感情の交流があってこそ、というくだりもただ言葉遣いだけではなく「内容面」「感情面」も重要というフリー・アナウンサーのプロらしい気配りだと思われる(おそらく取材活動もご自身でいろいろされているうちに会得された哲学がおありなのだろう)。「雑談」の効用や「思いつきの効用」なども説かれており、「思いつきもいえない職場は…」という問題提起にも納得。すでにベストセラーといってもいい新書だが、読んでいない方にも一読のお勧め本。

2008年10月6日月曜日

実録 現役サラリーマン言い訳大全(幻冬舎)

著者:伊藤洋介 出版社:幻冬舎 発行年:2007年 評価:☆
 タイトルに期待して購入したのだが、かなりの大ハズレ作品。会社に遅刻してきたときの言い訳とか、自信まんまんで告白したときにふられて言い訳するとかシチュエーションはいろいろ設定されてあるのだが、どれも使えないのが問題。こういう「大全」というからにはバリエーションをもっと設定して、いろいろな職種で応用可能な可変性がないといけないのだが、それがない。もともと証券会社に勤めながら、芸能活動を続け、現在もなおM永製菓で広告宣伝をしているというキャラクターの著者。正直、通常のビジネスパーソンと比較するとかなり特殊な道筋をたどっているわけで、「言い訳」するシチュエーションにバラエティが乏しいのはまあ仕方がないのかもしれない。一応、「実録」となっているわけだし。でもまあ、もう少しひねりを効かせないと、ビジネスパーソンとしても芸能人としても社会人としてもどっちつかずの中途半端になる可能性が「やや」見えてきたようにも思える。いろいろなジャンルに手を伸ばすのは試行錯誤の意欲の現われで高い評価をするべきだと思うのだが、なんだかこのエッセイもいまひとつ中途半端なのが惜しいなあ…。結局、「安全地帯」にいるということは間違いがなく、どうせやるなら、もう少しリスキーな「技」を各方面で見せて欲しいものだ。前に務めていた証券会社も結局リスクを察してか、日用品中心の安全なメーカーに転職したわけだし、過激そうにみえて「セーフティネット」の中にいる…ように見えてしまうあたりが、この著者の伸び悩みの原因かもしれない。

2008年10月5日日曜日

マドンナ(講談社)

著者:奥田英朗 出版社;講談社 発行年:2005年
 解説を酒井順子さんが書かれており、本を読み終わったあとに酒井さんの解説を読むとさらに面白さが倍増。全員40代の課長が主役で、その心理状況を描写しているのだが、目安としては中~大規模クラスの企業だろう。これ、小規模な事業所だとまた違う展開になりそうな気がする。女性の上司につかえることになった「ボス」、社内行事の運動会をめぐる「ダンス」など表題の「マドンナ」よりも、そっちのほうが個人的には面白い。実際、ほとんど全員参加の社内行事に「参加しない」というのはそれなりに理由と度胸が必要になるが、それをポリシーとして貫く人間と説得する人間の友情というかなんというか、しみじみした味わいがなんともいえない。特に上下関係を超えての昼食での会話の描写がまた上手いんだなあ…。不条理はいろいろあれど、その不条理を今の日本企業で吸収しているクッションがこの小説にでてくるような主人公たち。40過ぎで全員「惑う」わけなのだが、「一定のポリシー」にしたがって惑わなくなったような人間ばかりで構成されている企業は、時代の変化には弱いのではないか…とふと思う。

歩兵の本領(講談社)

著者:浅田次郎 出版社:講談社 発行年:2004年 評価:☆☆☆
「アムール河の流血」からタイトル。全部で9つの短編がおさめられているがすべて高度経済成長期の自衛隊員の物語。いわゆる「地連」に勧誘されて入隊した自衛隊員の感じた気持ちをいろいろな角度から描写している。今と違うのは、自衛隊の立場は「国際貢献」という新たな形で展開されてきていることと、国家公務員として人気を得ているということ。そして高度経済成長期にあった「左右対立」が現在では「保守主義の現実路線の対立」に変化してきていること。自衛隊に旧陸軍のOBが存在しないことだろうか。自衛隊内部で温存されていた旧陸軍の「鉄拳制裁」も小説では描写されており、必ずしも自衛隊賛歌という話ばかりではないが、それでも読み終わったあと、これまで一方的に描写されてきた左派学生の物語とはまた違う青春群像が心に残る。ピースマークをつけた学生のゲバルトの中にもいろいろな青春群像があったごとく、自衛隊に入隊するしか他に道がなかった当時の若者の生き様がまた胸をうつ。浅田次郎の作品に最初ふれたのは10年ぐらい前の、「ヤクザ稼業」シリーズだった。インテリ企業舎弟の「手口」を面白おかしく紹介した一連の作品は非常に現実世界の勉強になると同時に、泣き笑いのツボが見事におさえていた。その後、「蒼穹の昴」を読んで天才だと思い、続々と読破。ただ「鉄道員」で直木賞を受賞してからの作品はあまり読まなかったのだが、しばらくぶりに浅田次郎の作品を読んでみて、「やっぱり才能あるなあ…」と思った短編集。人間が構成する集団でしかも日本の自衛隊は過去の他国の軍隊とはまた違うパーソナリティで組織を動かす必要性もある。そんな中で良い伝統を継承していくのは…と自衛隊OBの浅田氏の自問自答もこの短編集の中で繰り返されている思いもする。

2008年10月2日木曜日

図解「超」手帳法

監修:野口悠紀夫 出版社:講談社 発行年:2008年 評価:☆☆☆☆☆
 「超」整理手帳を使い始めてから1年。まだまだビギナーだが、こうして20人の工夫を書籍にまとめて、さらに野口悠紀夫教授の新たな工夫や「情報を整理しない方法」などのエッセイを読むことができるのは嬉しい。「8割原則」など過去の超整理法からの要約も嬉しいし、「超勉強法」とのリンケージのコーナーもある。人によってこだわる部分に違いがあるが、その中から自分にあうスキルを取り込めるのがまたまたまた嬉しい。定価は1,200円だが、内容の濃さをみると安すぎるぐらいである。個人的に気に入っているのはスケジュールシートを2組用意するという点。この方法だと16週間が一気に「見える化」するので非常に便利。目標までの日程を書き込むというのもけっこうモチベーションの維持には有効だ。最近ようやく個人的にはマインドマップを使い始めたのだが、マインドマップをA3もしくはA4サイズの紙を使って展開すればそれもまた超整理手帳との親和性が高まる。けっこう、記憶に知識を定着させ、キーワードとキーワードの関連性を視覚化して理解するには便利な方法だがこれと超整理法のさらなる親和性を自分内部で構築できれば、携帯性をそなえたオリジナルのメモ世界が展開できる。パソコンとの親和性というよりも、カスタマイズの自由さと手帳をきっかけにした「工夫」の積み重ねがそのまま手帳に反映していくスタイルが面白い。TPOでカバーそのものを変えるというアイデアもけっこういいなあ。こういうところはIPODにも共通するものを感じる…。

2008年9月30日火曜日

「婚活」時代(株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン)

著者:山田昌弘・白河桃子 出版社:株式会社ディスカヴァー・トゥエンティワン 発行年:2008年 評価:☆☆☆
 近代社会になっていろいろな「規制」がうまれ、その「規制」があるがゆえに選択に悩む必要性がなかった…。しかしその後規制緩和がなされ、かえって選択に悩む時代になった…という指摘からこの本は始まるのだが、非常に面白い。就職協定があるがゆえに就職に悩むことなく、学歴社会があるがゆえに官僚になることに迷いがなく…という時代から、官僚になってもそれが最適解ではない時代に現在は突入している。結婚も恋愛もおそらく50年前と比較すると目に見えない規制はほとんど消滅しているはずだ。もちろん「家」と「家」との問題というのも存在すると思うがかつての家父長制の時代と比較すれば今の「イエ」というのは解体寸前といえるだろう。統計から1975年を境目に「結婚年齢のバラツキ」が始まったことの指摘や、男性の「諦め組」が増加してきたことから主に女性の読者向けに「婚活」を進める…という論調だ。そんな中、ショッキングなデータがいろいろと出てくるのだが、未婚女性の40パーセントが年収600万円以上の人と結婚したいという結果と未婚男性のうち年収600万円以上の層は3・5%という事実。そうした数値のバランスから結婚は「生活必需品」ではなく「嗜好品」であると喝破する。さらに1980年代以降の出会いの機会の「格差問題」も指摘する。経済的不安の問題やライフスタイルの多様化が必ずしも結婚生活の安定を招かないという実情も紹介。規制緩和があるがゆえの「不安定さ」という指摘。なんだか経済問題や財政政策などにも見られる問題と根底が同じような気がする。さらに追い討ちをかけるようなタイトルが「もともと魅力的な男性は一定数しかいない」という65ページのタイトル。これをみてこの本を購入したのだが、「なるほどなあ」と思ってしまった。それは山田先生の指摘でより具体化すると「経済力とコミュニケーション力の格差」ということにブレイクダウンされてしまうのだが、やや概括的なまとめ方ではあるが1975年、80年代、そして2008年現在の状況をすべて重ねてならべてみると本書のイイタイコト、的を射ていると思う。2分割思考は良くないが、そこを乱暴にまとめてしまうと「幻想をいだくコミュニケーション能力不足の男性」と「現実に立脚したコミュニケーション能力の高い女性」とでは、需要と供給のバランスは確かに崩れている。「量」ではなくて「質」の点で…。
 表紙がキンキラでしかも定価が1,000円と若干高目の新書ではあるが、一度目を通しておいても損はしない本だと思う。読みながら奈落の底に落ちたり納得したりしながらも、最後はそれなりのオリエンテーションもしてくれている本なので絶望的になることはないだろう。ただおそらく出版社は女性読者を主なターゲットにしているのだと思うが、これはむしろ男性読者が読んだほうがおそらく社会的にも大きなメリットになるに違いない。「流される勇気を持たない男性へのメッセージ」がこめられているのだが、ちょっとこのラメの表紙では男性読者がレジに持っていくにはやや「敷居」が高いかもしれない。いずれにせよ、この本からマーケティングなど他のジャンルへの応用も利きそうなフレーズがたくさん学べるのは間違いなし。
 

2008年9月28日日曜日

直撃!裏ビジネス最前線(ぶんか社)

編:バビロン 出版社:ぶんか社 発行年:2005年 評価:☆
 地域通貨発行人、闇のNPO法人、先物取引悪徳業者、地下銀行などの裏ビジネスについてインタビューと取材で構成。地域通貨発行人については類似の「円天」がすでに表の世界で話題になったが、NPO法人についてはまだ課題も多いことは想像がつく。標準課税される金額も株式会社よりは低く、「これから設立するのであればNPO法人」といった発言もこの本で紹介されている。ただやはりデータが古くなってきている印象は否めない。先物取引についてもヘッジ専門でちゃんとした会社もあるのだろうが、電話営業などについては一時かなり強引な勧誘電話が目立った。今はおそらく先物取引を個人でやろうという人は相当レアになってきたのではないか。また両建てのリスクや「向かい玉」といったカラ取引をされたら、先物取引の損失はさらにふくらみ、何処へ流れるかもわからないお金を差金決済で支払うことにもなる。あれこれ手口は公開されているがすでにもう周知になっている部分もあり、おそらく「賢い人」はこの本に書かれている手口とは別個の分野で新しい手法を闇で展開しているのだろう。だがしかし、万が一、「裏ビジネス」の手口を知らない方には一読しておくことを進めたい。きわめてシンプルな図式で利幅の大きい仕事が裏ビジネス。その手口や裏ビジネス展開の「考え方」を知っておくことは生活防衛のためにも必要なことだ。