2011年1月31日月曜日

ローマから日本が見える(集英社インターナショナル)

著者:塩野七生 出版社:集英社インターナショナル 発行年:2005年(単行本) 本体価格:1300円
すでに2008年から文庫版も出版されている(680円)。もともとはムック形式での出版だったが、単行本、文庫本と形態を変えても人気を根強くもつローマ論。新潮社から発刊されているローマ人の歴史は今年最後の文庫版が発刊される予定だが、それをコンパクトにまとめて日本論も述べられているのがこの本の特徴。ローマ人の歴史シリーズも面白いが、こうしたダイジェスト版も非常に面白い。いわゆる通史ではないが著者が一番関心を持っている時代や人物があぶり出しになるのと同時に、通史では得られない簡潔明快なコメントが読める。時間がない人にはこの本をまず読むことをオススメしたい。もちろん新潮社から発刊されているローマ人の歴史も面白いが、いかんせん長い。通勤時間を利用するにしても相当な時間を要するが、ローマについて白紙の状態で読むよりも、まずこの本を読んでから通史を読むというのもありだろう。多神教でしかも大陸の一部から地中海全体を支配するに到ったローマ帝国と日本とでは一見共通するものがなさそうで、実は人と人との相互関係ということでは共通点が多い。ローマが滅亡した原因はローマが発展した中にこそあったのだが、発展のその背景をみていくと日本のこれからの社会形成にも有用なポイントがいくつも見て取れる。それは異文化に対する寛容さや多民族国家をたくみに一つの国家にまとめあげていく手法などにも読み取れる。「歴史って面白い」というのは、たとえいわゆる「インテリ」がどれだけバカにしようとこの塩野七生氏の著作物をおいて他にはなかなかみあたらないというのが実感。

2011年1月30日日曜日

3分でわかる問題解決の基本(日本実業出版社)

著者:大石哲之 出版社:日本実業出版社 発行年:2010年9月10日 本体価格:1400円
頭の中でグルグル考え事をするよりも、まず何か紙に書き出して比較していけばいい…というのは個人的な経験則。それをMBA仕込の理論で体系化すると昨今の「問題解決」本になる。この本はそれらの問題解決セオリーをさらにかみくだいて説明してくれている本。あるべき姿と現実の姿のギャップが「問題」、それをいかに解決していくべきか…という非常にわかりやすい構成だ。売上高が落ちた場合には「売上高を伸ばせ」では「オウム返し」になってしまい、問題解決とならない。売上高が落ちた要因を分析してその要因を克服するのが妥当ということになる。こういう考え方はけっこう大事で「なぜ?」を繰り返していくとそれまでにでてきた考え方では思いつかない要因がでてきたりする。「体力がない」「なぜ?」「食生活に気を遣わないから」「なぜ?」…みたいな。最終的に現実的に解決できるレベルまで細かくブレイクダウンしていくと大きな問題点の解決に結びつく。最後にはJAH法などやや高度なセオリーまで紹介してあるが前半部分だけでも読んでおくと非常に役に立つ場面が増えるかも。

2011年1月29日土曜日

野村の実践「論語」(小学館)

著者:野村克也 出版社:小学館 発行年:2010年 本体価格:1400円
野村監督の本は確実に役に立つ。正しいかどうかというのは実際に読者が「実践」しなくては意味がない。最初は「なんとなく正しいのではないか」では、「実際にやってみるとどうなるか」と検証を続けてみて、「結果がでる」。仮説、実践、検証という定番サイクルをへて、それぞれの文章に実践に裏付けられた「英知」があることを感じる。
この本では「論語」と野村監督の文章を比較対象させて、それぞれ意味づけをおこなっているのだが、昔の中国の戦国時代の英知よりもやはり近代野球でその成果を試された野村監督の文章のほうがわかりやすく、さらに応用しやすいという印象をもった。もちろんこの手の本などは相手にもしないというスーパーエリート層には必要のない中身かもしれないが、それぞれに「弱点」や「欠点」を持つ凡人にとっては凡人なりにベストを尽くすにはどうすればいいのか、といった工夫と改善の「種」があちこちに仕組まれている。野球選手のみならずビジネスパーソンにも応用できる文章がてんこもり。

2011年1月23日日曜日

最小の努力で結果を出す超合格法(ダイヤモンド社)

著者:荘司雅彦 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2010年 本体価格:1300円
一種の「勉強」ブームも盛りをすぎて、バブル部分は別の方向へと向かい、真水の需要だけが勉強本の購買を支える。あれこれ勉強法と銘打たれた本は出たが、本当に使える勉強法の本は少ない。まず除外すべきなのは本当に一部の天才のみしか使えない勉強法で、次は学者やジャーナリストなど特殊な職業の人たちの勉強方法。一番汎用性があるのはやはり実務や実際の受験から編み出された経験原則か、心理学関係の研究から生まれた理論的な方法だろう。和田秀樹の著作が認知心理学の研究成果を取り入れたものであれば、この荘司雅彦の本は東京大学卒業と司法試験合格という実体験から編み出された方法といえる。ただし和田秀樹とこの本に共通する事柄は多く、和田が「過去問は一種のデータベース」としているのに対して、荘司は「北極星のようなもの」として一種の方向付けとして過去問を位置づけているぐらい。結局両者ともに過去問題を分析したり反復演習することが重要といっているわけで、受験生はどちらの本を読んでも同じ効果がえられるだろう。過去問題と基礎を固める重要さは何回繰り返し説かれてもさらにいろいろな形で受験生には刷り込むべきだが、「理解」と「興味」がともなわなければ意味がない「過去問題分析」も、自分自身の経験からいえば7割程度の得点。合格ラインが7割であれば過去問題だけでも合格できるわけだが、おそらく8割が合格ラインになるのであれば、「だれもが入手できる予想問題」の出題も過去問題にはプラスされるべきだろう。おそらく過去問題分析だけで勉強の7割までを費やしてもいいぐらいの重要さはある。さらに積み増しをするのであれば、一般的な予想問題の分析。この本の著者は模擬問題や直前テキストの繰り返しで得点を短期間にあげているが、この成果は、直前テキストの内容が「過去問題+予想問題」であったとするならば、ある意味では当然の結果だったといえると思う。実体験から編み出された勉強法の本としては、これまでの勉強方法の書籍を抜きさる簡潔明瞭な文章と図版。おすすめ。

競争と公平感(中央公論新社)

著者:大竹文雄 出版社:中央公論新社 発行年:2010年 本体価格:780円
若手というには失礼かも。もはやベテランさらには新聞などでもコメントをもとめられることが多い大竹文雄教授の経済学の新書。2010年度のベスト1にも選出された本だけあって、内容的にはかなり難しいことをわかりやすく説明してくれている。これがもし方程式だのなんだのが羅列してある本だとここまで話題になったかどうか。市場競争による質の向上と格差の拡大があったとして、その次にくる「所得の再分配」という問題をバランスよく説明。現在の政府では大きな政府でもなく、かといって市場競争に特化しているわけでもなく、さらには所得の再分配システムすら機能していない事情をわかりやすく説明。日本人は市場にたいして期待を多くもっているわけでもなく、かといって大きな政府についても警戒感をもっているというバックボーンもわかりやすく説明してくれる。「統計による違い」についても(そういえば学生時代に統計のクセという授業を受けた記憶はあったが)この新書サイズでさらっと説明してくれている。この手の本で平積みになっているケースはきわめて稀であろう。労働者派遣法や正社員の解雇濫用法理などについても、説明されている。労働市場をいびつにさせている原因は、正社員に簡単になれたうえに解雇そのものもめったにできないという判例の積み重ねと法改正ではないかという結論になっている。通常、失業が発生すれば実質賃金が低下して労働者需要が増加する…ただ賃金市場だけは下方硬直性があるというのが古来からの理論。日本の場合には既得権益となっている正社員の賃金硬直性がさらに労働者派遣の問題を複雑にさせている。正社員が既得権益である解雇法理を作り変え、さらにスキルなどをマスターできる技能講習の場が設定され、日本社会の全員がいわば「労働契約」であれこれ自由に移動できるのであれば、現在の5パーセント以上の失業率も緩和されると思う。既得権益が強すぎて経営者も正社員の増加にはなかなかふみきれないというのが実際のところではないのか。これはいわゆる経営者の問題だけにとどまらず、労働者の既得権益を必要以上に守ろうとする労働組合の取り組み方にも問題があると思う。自分たちは安全圏で、自分たち以外の派遣労働者を組織に取り込んで労働運動を展開していこうとする試み。すでに若年労働者には底がみすかされているような気がするのだが。

2011年1月22日土曜日

温泉に入ると病気にならない(PHP研究所)

著者:松田忠徳  出版社:PHP研究所 発行年:2010年 本体価格:760円
温泉に入ると確かに体調が良くなる上に、翌日の体調までもがいいケースが多い。科学的理由は実は不明。個人的には、ある健康センターの「天然温泉」を利用しているが、これはもちろん人口集積なので本物の天然温泉ほどの効果は望めない(著者はあまり源泉から排水まで距離がある温泉は良くないといっている。理由は酸素にあまり鉱泉が触れてはならないためとか)。それでもわりと体調がいいのはそれなりに理由があるのではなかろうか、という疑問。結果よければすべてよしという考え方もあるが、やはり理由があるのであればそれが知りたい。で、結論からすると白血球などの活動を適正化したり温熱効果がいい、ということではあるが西洋科学的な原因分析まではやはり難しそう。温泉法の規定が甘いとか、循環風呂はよくないとか露天風呂信仰はやめたほうがいいとか、そうしたサブ知識はそれなりに理屈が通るが、トータルでは「東洋医学」というところに原因がもとめられそう。なかなか「暖めれば身体にいい」というその科学的理由までは解明するのは難しいようだ。結果オーライで日本でも縄文時代から温泉が楽しまれてはきたようだが…。「かけ湯」のかけかたやマナーなども紹介されている。科学的な理由の探索はまあほどほどにしておいて、それ以外の豆知識を蓄えるのにはちょうどいい本。巻末には名湯のガイドブックも付属。

2011年1月17日月曜日

大失業時代(祥伝社)

著者:門倉貴史 出版社:祥伝社 発行年:2009年 本体価格:760円
リーマン・ブラザースが破綻したときは、どこかの百貨店のフロアにいた記憶がある。そのニュースを携帯電話かなにかで知ったときには「まさか」と思ったが、その後背筋が寒くなるような思いがした。アメリカ金融資本のなかでは老舗でバブルの時期に日本からも就職者がいた。入社2年目で年収1000万円、2000万円という金額が取りざたされていたが、実際、外資系金融機関となるとそれぐらい利益を上げている高収益産業というイメージだったのだ。その後、いわゆる構造改革の時代になると貯蓄を貸付金にまわす旧来型の金融資本よりも、貯蓄をさらに貸付以外の投資にまわす「投資銀行」「投資企業」が収益性が高いといわれていた。リーマンブラザースはまさにこの投資銀行で、バブル崩壊後も高い収益率をほこっていたと信じられていた。それだけにその巨大金融機関が破綻した影響は大きい。なぜゆえにアメリカ合衆国がこの巨大企業を破綻までおいやったのかは不明だ。その後の財政投入の金額や世界に与えた影響を考えると民事再生法でもなんでも生きながらえさせるほうが今となっては良かったように思える。ただしその後はやはり「信用縮小」のスパイラル現象が起こり、日本でも各種企業が縮小経営に乗り出した。この縮小経営はけっきょくは給料の削減→消費の減少→企業の売上高の減少→給料の削減→…というデフレスパイラルを描いていく。この本ではその「リストラ」を著述しているのだが、ある程度著者の予想どおり失業率は5パーセント前半で2010年は推移。さらに各種企業の負債も削減された傾向になったがこれは負債を抱えてまで投資しようという企業の投資マインドが縮小した状態を示している。この数値の実態を各種論じ、政府紙幣発行の問題点や政府の雇用対策への提言をおこなったのがこの新書。ただ農業や福祉産業で雇用調整を…とはいってももともと低収益産業(場合によってはボランティア産業)のため、工業やサービス業からの労働移動がスムースに行われるかはかなり微妙。エンプロイアビリティについてもページが割かれているが、雇用されるための能力を磨くにはやはりそれなりの時間と周囲の「認知」の時間がかかる。それほど即効性がある対策が呈示されないところに今回の不景気の根の深さを感じる。

超ヤバい経済学(東洋経済新報社)

著者:スティーヴン・D・レヴィット、スティーヴン・J・ダブナー
出版社:東洋経済新報社 発行年:2010年 本体価格:1900円
前作「ヤバい経済学」が非常に面白かったので続編も購入。とはいえ前作よりも面白さは半減。もしかするとすでに「結婚」や「犯罪」などを経済学的に研究したベッカーについていくらかはわかってきていたからかもしれないし、論議を呼んだ環境問題についての「章」もマイケル・クライトンの名作「恐怖の存在」(早川書店)を読んだあとだと衝撃も少ない。二酸化炭素だけが必ずしも地球温暖化の「原因」ではないことはある程度知れ渡ってきている(ただし地球温暖化そのものは避けなくてはまずい。最大の原因は水蒸気やそのほかの化学物質であるにせよ)。で、ちょっと面白いなと思ったのは銀行預金のデータの動きからテロリストを見つけ出す方法。まだ完全なデータ分析ではないらしいのだが、登録されている住所が私書箱だとか、一度に大きな金額を預金して小額で引き出すとか、水道光熱費やローンなどの引き出しがないとか…などを組み合わせていくと特定の犯罪集団に結びついていくというアルゴリズム。面白い。日本でも犯罪収益移転防止法が施行されていることもあり、形式的な窓口確認よりもアルゴリズムで犯罪収益をあぶりだしていくという手法、すでに科捜研あたりで開発されているのかもしれない。また経済学では実験ができない、という思い込みをすてたエピソード(サルにオカネの価値を教えたらどうなるか、など)も興味深い。人間の行動は「インセンティブによる」という結論だが、それが一回限りのゲームなのか、あるいは継続的なゲームなのかでもインセンティブは変化してくる。あるいは「見られている」のか「見られていないのか」でインセンティブそのものが変化するっていうことも。そう考えると人間は経済的に合理的な存在と考えるよりも、まずは「交換ゲーム」という枠組みで人間行動をとらえてルールとインセンティブで経済行動を解明していくっていう方法、それなりに今後の発展が見込めるのではないかと思う。おもえば無差別曲線と予算制約式でなんらかの選考が行われるという非常識なモデルでミクロ経済学は終了した記憶があるが、そこからすればより現実に役立つ学問になってきたものだ。

2011年1月16日日曜日

最短で成果☆超仕事術(中経出版)

著者:荘司雅彦 出版社:中経出版 発行年:2010年 本体価格:571円 評価:☆☆☆☆
いわゆる勉強ものの本では①実行可能な内容の本と②特殊な環境でないと不可能な内容の本の2種類に大別できる。書店で立ち読みして②の内容であれば当然購入せず、まずこの実行可能かどうかでパラパラと立ち読みして購入するかどうかを決める。この本は明らかに実行可能な内容でしかもわりと普遍性が高い。著者がサラリーマン出身ということもあるかもしれないが、一日の大半を別の業務にとられながらさらに別の業務を同時進行させなければならないというようなときには特に使える。基本的にはやはり効率性ということになるが、「肩の力を抜く」など凡人向けのアドバイスが豊富なのも好感がもてる。一部の天才ならともかく大半の人間は天才ではないし、時間がありあまっているわけでもない。また仕事を人生の重要課題にしていない人だっているだろう。そういう人には時間術、人脈、勉強法、発想法と各種に分類されたこの本は役に立つに違いない。すべてのアイデアを「足し算」(個人的には掛け算ではないかと思うが趣旨は同じ)でとらえていくという考え方などはメモやノートの取り方などにも通じる面があるだろう。

2011年1月15日土曜日

助けてと言えない(文藝春秋)

編著者:NHKクローズアップ現代取材班 出版社:文藝春秋 発行年:2010年 本体価格:1200円
2011年をむかえたが、いつも通っている文教堂飯田橋店では昨年10月発売から未だ平積みとなっているこの本。完全失業率は昨年10月時点で5.1%とやはり高く、自殺者は平成21年で31,560人とされている。この本は北九州市で一人暮らしの男性が餓死しているところを発見され、それをさらに追跡取材した番組にもとづいて構成されている。その当時に比較すると有効求人倍率も多少は上昇したがやはり不景気。自分自身も「いつかは、もしかすると」と共感を覚えつつ考え込まされる事件だ。
なにが「普通」なのかはわからない。市の生活保護課の窓口でも生活保護の申請はついに行わず、大阪の肉親にも支援は求めなかったこの男性の心のうちは結局だれにもたどりつけない。 ただ自分自身がまた個別的に抱えている環境から脱落し、所持金が9円になったと仮定したときに素直に「助けて」といえるかどうか。たぶん言えないんじゃないだろうか。それは「自己実現」と「社会の現実」との矛盾…というようなものではなく、「助けて」というよりもむしろ社会から脱落していきたい、というような墜落願望に近いものかもしれない。頑張れば確かにまたあれこれできることもあるだろうけれど、場合によってはそのまま消えてしまったほうが楽かもしれない、というような感情ではないかと思う。「助けて」といえるうちはまだ「希望」があるのだろうけれど「希望」がなくなればむしろ支援を求めるよりも「孤独」を選択することもありうる。

社会が市場化していくとどうしても「その意思決定をしたのは自分自身だ」という 「自己責任」についてはある程度考えざるを得なくなってくる。が、この「自己責任」をある意味では必要以上につきつめていくと「自己」をどっか遠くへ飛ばしてしまいたい…という考え方もでてくるだろう。「自己責任ではあるけれど、今はまだ途中であって最終結果ではない」と考えることができる雰囲気があれば、もう少し孤独死や希望喪失という事態は避けられるのではないかと思う。成果主義やら市場主義やらがある程度浸透しはじめてもう10年以上。なのに社会全体の失業率も自殺者数も高止まりということは、自己が責任をとるまえに社会全体の仕組みがうまく働いていないということを前提にして考えなければならないだろう。「最終結果」。それはもしかすると今から10年後かも20年後かも、あるいは30年後にでてくるかもしれない。ただ、自然に「死」が訪れてくるまでまだ自分は、あれこれ試行錯誤してみようと思う。もちろん将来なんらかの拍子に、自分自身が路上で生活をするようなことになっても。生きるためには、体面もへったくれもなくハローワークにも生活保護課にもNPOにも日参して「助けて」のメッセージは発信するつもりだ。自己責任もおそらく10パーセントぐらいはあるだろうが、少なくとも他者責任も90%はある。

「紫の牛」を売れ!(ダイヤモンド社)

著者:セス・ゴーディン 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2004年 本体価格:1400円 評価:☆☆☆☆☆
タイトルがそもそも奇抜だが実はマーケティングの本。しかも日本では現在入手がなかなか難しいが、MBAなどでは指定テキストにもなっていたりする。「弱小ブランドにはだれも興味がない」「目立たないのは存在しないのと同じ」「宣伝は特定の人のためにする」といった定番のセオリーから独特の論理まで幅広く展開。コトラーのマーケティングが①市場をセグメンテーションに分けて②特定のセグメントにマーケティング・ミックスをかけるという2段階で構成されているものだとすると、①により重点がかかっている本といえようか。人が話題にしそうなものを売れというのはある意味では水島ヒロさんの最近の本などが相当するだろうか。話題にならなければ中身で勝負するといっても時間と宣伝広告費がかかる。まずは話題先行で本をうっちゃうっていうのも一つの戦略ではある…。特に著者はアーリーアダプターといわれる先駆消費者を重視しているが、マスを相手にするにしても一番重要な消費者層はどこか、といえばやはり先駆消費者。iphoneの売れ行きなどもこのアーリーアダプターにターゲットを合わせたのが正解ではなかったろうか。タイトルそのものは奇抜だが読めば読むほど内容が深くなる妙な本。ただし現在では入手そのものが難しい情勢になっている模様。

2011年1月11日火曜日

西洋美術史から日本が見える(PHP研究所)

著者:木村泰司 出版社:PHP研究所 発行年:2009年 本体価格:700円
内容的には西洋美術というよりも「西洋的なもろもろ」から日本独特の文化をあぶりだしていくというもの。ボージョレ・ヌーボーをありがたがるのも日本特有の文化らしいのだが、初鰹をありがたるようなもので、別にこれはこれで個人的にはいいのではないかな、とは思うが著者はけっこう厳しい見方をする。映画「アメリカン・ビューティー」で前庭に赤い薔薇を植え込む主婦を評して「それだけで俗物性がわかる」という分析には感服。確かにヒトに見せるべき花とそうでない花とは確かに違う。ブランド品のロゴなどもこの赤い薔薇と同様の構図がみえてくるのかもしれない。存外金持ちほどブランド品はブランドとはわからぬように着こなしているし、花もTPOに適した花を植えているような気がする。ルネサンス以降の自由な絵画のなかでもフィロソフィーがある作品が「上質」とされる文化の土壌があることは初めてしった。歴史絵画はもともと上位に位置するものとはしっていたが、それは画家も鑑賞者も一種のフィロソフィーをもっていなければ鑑賞しえないから「上質」それにひきかえて「人物の絵画はねえ…」という一種格落ちの時代が続いていた模様。日本はもともとそういう文化ではないし、茶の湯などで千利休が使っていたお茶碗という生活用具そのものが美術品となる。さて、こうした構図。日本のほうが美的センスの幅が広いのではないかと思うのは私だけか。タイトルは非常に固いが、内容はきわめて読みやすく、ワイン通やフランス通には相当の罵詈罵倒があびせられている面もあるが、それはそれで面白い。「総体として楽しむ」ということはつまり特定の個人への罵詈罵倒は悪趣味だが、不特定多数への皮肉はむしろブラック・ユーモアにもなりうるということを身をもって示した新書でもある。

2011年1月10日月曜日

警察の誕生(集英社)

著者:菊池良生 出版社:集英社 発行年:2010年 本体価格:700円
江戸時代の「警察」は奉行以下、与力、同心南北の町奉行所をあわせて約250人で大江戸50万人の行政・司法・警察関係をうけもっていたという。これにはもちろん非公式捜査員など表にでてこないプライベート警察官(岡っ引きなど)がいたためだがそれでも少ない。江戸時代独特の「五人組制度」など相互監視の制度も治安に貢献していたとみていいのだろう。この本ではそうした江戸のエピソードから、ローマ時代、中世ゲルマン民族の警察、中世都市の警察へと焦点が絞られていく。いずれもボランティア中心の警察や市警備隊として薄給の警察業務の兼務ということで「質」の高い警察組織にはまだなっていない。16世紀パリの時代となり、バロア王朝からブルボン王朝に変化したばかりのパリはすぐに30年戦争に巻き込まれる。そこで登場したルイ14世と財務総監コルベールが、警察条例を発布。警察長官の職も新設する。この次期のパリの警察は言論統制、経済活動の監視・都市計画・保健衛生など都市行政をつかさどる広範な権限を有していたというから、今でいえば、「公安警察+公正取引委員会+国土交通省+保健所」という4つの役割を1つでまかなっていたということになる。初代長官ラ・レニーは行政面を重視し、二代目のルネ・ダルジャルソンは犯罪捜査の組織作りを重視した。このルネ・ダルジャルソンが作り上げた情報収集組織こそが後に共和制の時代にもナポレオンの時代にもさらに王政復古の時代にも生き延びたジョセウ・フーシュというきわめて息の長い警察官僚出身の政治家を生み出すことになる。フランスは以上のようなどちらかといえば中央集権体制的な警察組織を作り上げていったが、英国は、地方分権的な警察組織を作り上げていく。そして日本からフランスに留学していた川路利路は、フランスの中央集権的警察組織を日本に輸入していこうとするのだ。
民法については司馬遼太郎の「歳月」が江藤新平が輸入しようとした民法の体系(フランス)の様子などをことこまかく著述しており、民法を学習するものは「歳月」を読め、とまでいわれたりもするが、日本の警察の源流をたどっていくのであればやはりこの本と、さらにフランスの警察誕生のゆわれと変遷を調べ行くことになるだろう。えぴそードがあちこちにちりばめられており、非常に面白い。

2011年1月5日水曜日

江戸の下半身事情(祥伝社)

著者:永井義男 出版社:祥伝社 発行年:2008年 本体価格:760円
評価:☆☆☆☆☆
江戸時代というと、平和でしかも実直で…という牧歌的な印象しか思い浮かばないが、著者は「下半身」から江戸時代のもう一つの側面に切り込んでいく。人間が営んできた歴史だから本来だったら教科書にでてくるような歴史ばっかりではないはず。江戸時代をあたかも「理想」のようにとらえるは間違いではなかろうか、という問題提起もこの本は含んでいる。まずは日本家屋特有の防音設備のなさ。出合茶屋の実態など。上野不忍池の出合茶屋の著述は今なおあの周辺に多数残存するラブホテルにもその系譜が残っているのではないかと思う。33ページに掲載されている「江戸名所図会・巻五」のうえの不忍池の中島の様子は今とさほど変わらない風景だ。風景のみならずそこを歩いている人々の生活もテクノロジーをのぞいていけばさほど江戸時代と変わりはないかもしれない。当時の戯作「田舎談義」は現在の東京都足立区の様子を描写したものだが、この描写も日暮里や鶯谷北口周辺の現在の状況とオーバーラップしてみえてくる。当時の吉原と夜鷹の「料金」の違いが343倍と試算されているのも興味深い。客観的なデータがなかなか得にくい(しかも現在の日本では吉原のような政府公認の場所がない)が、80ページに原田伴彦大阪市立大学名誉教授の「売春価格を時価の算定基準に」という仮説も興味をそそる。いわゆる勤番武士がこうした場所では「金払い」が悪いほか「口だけは達者」ということで「武士道」もけっこう差異があったように思える(実際にそうだったろうが…)。そのほか吉原の「廻し」という一種の掛け持ち制度や性病、違法営業の風俗店の取り締まりや「妾」「性同一性障害」「男娼」「心中」なども万遍なく取り扱っている。煩悩は人間の一種の「業」だが結局21世紀をむかえてもインターネットは一種の「業」の集積となっている現状からすると、テクノロジーは変化して進歩しても、人間の「煩悩」自体はさして変化していないと感じる。だからこそ歴史をまたさかのぼってあれこれ検証してみることが大事なのだとは思うが。テクノロジーは無意識に集積して分析、検証されるが、この手のアナログで人間くさい部分というのは、ともすれば「めの届かないところ」に隠されているうちに陳腐化してまた同じ過ちをおかす。こういう新書がもう少し世の中で売れて、多くの人間の目にふれるような時代が逆に健全なのではないかと思う。

2011年1月4日火曜日

知らないと恥をかく世界の大問題(角川書店)

著者:池上彰 出版社:角川書店 発行年:2009年 本体価格:760円
なんだかんだといいつつ、けっこう買って読んでる池上彰さんの本。世界の勢力地図、アメリカの経済覇権主義の転落、基軸通貨SDR、地域紛争、日本の政権交替などが論点。2010年の第15刷を購入して年末に読んだのだが、予想に反して世界の動きの基本的な部分には変更がなかったみたいだ。北朝鮮の砲撃事件などもあったが、中国が距離感をおいた「有効」関係で韓国は強硬路線。アメリカの第7艦隊はあくまで南太平洋上に存在という構図には変わりはないから、「ここらで突破口を開こう」という北朝鮮の思惑があったのかもしれない。EUの抱える問題も明らかにされる一方で、イスラム教のトルコの加盟問題もくすぶるほか、中国の新疆ウイグル地区の思想弾圧問題なども変わりがない(尖閣諸島の問題から類推するとチベットや新疆ウイグル地区への中国共産党の思想弾圧は2011年はもっと激しいものになるのではなかろうか)。一定の基礎知識をこの本でさーっと流してあとは新聞記事で補強する、というのが合理的なニュースの接し方になるだろうか。テレビのニュースは最近見なくなり、新聞記事もあまり目を通さなくなってきたが、逆に新書サイズでテーマごとにコンパクトに解説されている形式だと時間もかけずに一定の理解も得られる。気になるニュースのみ、youtubeやMSNでチェックする。案外こういうニュースの接し方は、ただテレビのニュースを受動的に見ているよりも効率的かもしれない。

2011年1月3日月曜日

知らないではすまない中国の大問題(アスキーメディアワークス)

著者:サーチナ総合研究所 出版社:アスキー・メディアワークス 発行年:2010年 本体価格:743円
中国の政策金利が上昇した。理由として考えられるのは、インフレーションの過熱化の鎮圧。土地と株式の時価が考えられないくらい高騰している一方で内陸部ではまだ所得水準が低い。共産主義国家なのに、格差社会になっているという不可思議。西欧の論理でもなく、また儒教の論理でもなく、さらにはマルクス主義の論理でもないこの経済大国は、20年後には世界一位の経済大国にのしあがる可能性がある。現在は生活必需品をメインにした輸出貿易に特化しているが、パソコン(レノボ)や自動車(ボルボなど)をメインとした高付加価値商品の輸出に切り替えるとともに内需メインの経済体制に持ち込むつもりのようだ。そのためには技術開発と研究の蓄積が必要だが、イデオロギー統制のきびしいこの国ではたしてソニーやホンダのようなオリジナリティのある商品が作り出せるものかどうか。この本ではそうした経済成長をどこへ舵取りしていくのかを簡潔に説明してくれると同時に、中国の女性に資生堂の化粧品が人気を集める理由や、農民工のストライキの理由、ネット世論が中国共産党幹部に影響力を与える度合いと外交政策、太平洋西部への軍事力覇権を急ぐ理由(空母の開発)、環境問題への取り組みやアフリカ大陸諸国への経済支援の思惑などが解説されている。中国共産党幹部が先日天皇陛下との会見をごり押し(?)したのが話題となったが、中国共産党は国家のさらに上に位置する存在で、しかも現在のトップのうち5人が退任することを考えるとあながち「ごり押し」ではなく、国家元首と次期国家元首との対談ということでそれほど問題になることもなかったのではないかという考え方もでてくる(日本の「元首」は内閣総理大臣ではなく、天皇陛下となる…というのが国際外交上の通念)。体制が異なるためなんともいえないが中国の国家主席は軍事のトップであり、中国共産党のトップであり、さらに中華人民共和国のトップの3役職を兼任しており、日本の内閣総理大臣はあくまで行政のトップという位置づけからすると、格としては天皇陛下と会談するのが同等という考え方だ。だとすると、先日の管首相と中国国家主席が廊下の長いすで非公式に会談した、というのも、行政職のトップと国家主席とでは「対等ではない」と中国側が考えていたフシがある(実際、日本の内閣総理大臣は日本のすべてのジャンルのトップというわけではない。日常流れ出るニュースの数々を一つの「流れ」「つながり」で理解していくのにはこうした新書が理解の手助けにもなる。新聞では散発的にしかでてこない中国の動向だが、確かに2020年をみすえてみると、まるっきしムシできる存在ではなく、かといって過大評価するべきでもないという等身大の国家像がみえてくる。