2010年6月26日土曜日

現代会計入門 第8版(日本経済新聞出版社)

著者:伊藤邦雄 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2010年 本体価格:3500円
 けっして安くはないし、持ち歩きするにも不自由するほどの厚さ738ページだが、それでもやはり面白いこの「現代会計入門」。第8版には「IFRS対応」という帯がつけてあるがこれはこれでしょうがないこととして内容はやはり最新のトピックスを独自の視点で解説していただけるすぐれもの。「研究開発投資の資産性」などトピックスも充実しているほか、昨日(2010年6月25日)の日本経済新聞で報道されていたASBJが「評価・換算差額等」を「その他の包括利益累計額」で表示する「案」を固めた記事などを読むにも下地になる知識を作ってくれる実務性の高い内容。受験簿記などには不向きな内容だが、実務家や営業などビジネスパーソンが読むのには格好の入門書といえるかもしれない。内容的にはかなり高度な部分まで扱っているが…。しばらくはアニュアル・レポートのように頻繁な内容改訂が続くかもしれないが、毎年買い換えるだけの価値はある本だ。「公正価値ってなんだろう」という疑問にも丁寧にこたえてくれる文章と索引検索の充実ぶり。最初はぶあつさに圧倒されるかもしれないが、半分くらいまで読むと一気に最後まで読みたくなるのが不思議なほど。

2010年6月22日火曜日

大事なことはすべて記録しなさい(ダイヤモンド社)

著者:鹿田尚樹 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2009年 本体価格:1429円
 一種のハウツーものだが、データはそろえればそろえるほどスッキリしてくる…という経験則からも、「ある程度」はマメに記録しておいたほうが、いろいろと後日役立つことも多いということは確実にいえる。「記録」しておいて一定期間経過後には捨てることも必要だが、ICレコーダーにせよなんにせよ、検索可能な状態にさえしておけば、有用な記録はかなり多い。とはいってもこの本の著者のようにまではなかなかなれないが…。プロフィールシートという独特の履歴書がけっこう気になった。プライベートでは自分個人の名刺を使用しているが、そうしたオリジナルの名刺はかなり役に立つことは間違いない。またICレコーダーも利用方法によってはかなり面白い使い方もできる。そしてデータベースとしてはやはりブログが一番使えるっていうのも間違いない。一応公共のスペースではあるのでそれなりの配慮が必要だが、一定の礼儀さえわきまえていれば個人のデータベースとしてはかなり使えるスペースがこのブログ。特にgoogleのブロッガーはやはり相当なものだと思う。このブログがあるおかげで自分個人はかなり大胆に本を捨てることができるようになったが、それは入手可能な本であれば、いったん捨てて必要であればまた買えばいいというアナログへの「郷愁」を断ち切ることができるからだ。なんいせよ「色で記憶」とかあれこれ工夫している著者の姿は自分自身にも励みになる。ただしこれをこのまま取り入れるのではなく、私の場合にはジャンルを限定していくなど、さらに「範囲」を絞り込んでいく必要性があるが…。

2010年6月21日月曜日

遺伝子が解く!男の指のひみつ(文藝春秋)

著者:竹内久美子 出版社:文藝春秋 発行年:2004年 本体価格:514円
 世間的に一番この本が騒がれたのは数年前とのことだが、遅れてやってきた、マイブームで竹内久美子さんの本。遺伝子や生物学の観点から、「独断と偏見」(?)でずばっと物事を解説してみせる。ご本人もちらっと書いているが、「これだけがすべてではない」。しかし、こうした生物学の観点で人間社会のモヤモヤを見ていく姿勢は面白い。この本のタイトルにもなっている男性の「指」や「足」などはHOX遺伝子と生殖器の関係から類推されたものだが、実際のところはどうだか…。ただ何気なくみている「指」について、それなりの「根拠」を与えてくれるのは事実で、さらには映画の中でただ「指」だけがなぞめいて撮影されているシーンが奇妙に艶やかである理由もそこはかとなく見えてくる。男性は「普通っぽいタレントが好き」なのは「守備範囲を広げておくための生殖戦略」ということになるし、体がシンメトリーになっているほど寄生虫のリスクから解放されている…など面白いことこのうえない。信じるのも自由、信じないのも自由。あ、男性だからもちろん守備範囲を広げておくことが何よりもやはり大事…。

2010年6月20日日曜日

東大読書法(中経出版)

著者:吉永賢一 出版社:中経出版 発行年:2009年 本体価格:1300円
 たしか発行は2009年だったと思うが、カバーの袖の部分に印刷されている著者紹介で「専任講師」と印刷されるべき箇所が「選任講師」と間違って印刷されていた。あまりにもわかりやすいミスだったのでおそらくカバーはその後交換したのではないだろうか。
 さて内容的には「読書」をひとつの技として確立していこうとする著者の努力が伝わってくる力作。「本を解体する」「書き込みをする」といったテクは私と共通でなにかしらの知識や理論をモノにするためには本をバラバラにしたり、何かの資料をはりつけたりといった作業は必要不可欠。同じようにしている人がここにもいる、というのを知ってちょっと安心。人によって本の読み方はそれぞれだが、書かれた文字を血肉にして別のアウトプットに活用していこうという趣旨は共通している。装丁やページを美術的観点から保存するというのは国会図書館や美術関係の仕事だが、基本的に一般人にとっては「読んでなんぼ」のもの。古書店に売ろうなどとは考えずにあれこれ本を汚したりハサミで切ったりしていくのがやはり一番頭に残る作業ではないかと思う。三部作だが実はこの本の前の2冊は読んでいない。今度ちょっと読んで、また自分に取り込めそうな部分を取り込んでいこうかな、と思う。

歌舞伎町・ヤバさの真相(文藝春秋)

著者:溝口敦 出版社:文藝春秋 発行年:2009年 本体価格:770円
 江戸時代から鉄砲組の宿舎がおかれ、武力とかかわりのある土地柄であったことから、さらにその後、歌舞伎座誘致や各種組織暴力団の抗争の歴史をへて現在に至るまでの流れを圧縮して紹介。歴史と地図の変遷から、この街が終始暴力という危険と「危なさの中の快楽」に彩られてきたことがわかる。そして新しい東京の街が歌舞伎町から秋葉原に移行しつつある現状も紹介されている。やはりこの本でも三国人の果たした役割について言及されているのだが、中心部からはじきだされてアイデンティティを故郷にもとめることができなくなった人間の一部はこうしたアウトローの世界に足を踏み入れてのしあがっていくしかなかったのかもしれない。そしてそうしたリスキーな匂いにつられて集まる人々もいる…。そして東声会とキャノン機関との結びつき…。この街の歴史は江戸時代から現在に至るまで脈々とつながっているが、権利関係の乱れた土地や建物と大幅立替も出来ていない雑居ビルの集積。ネオン街の下側には消防法など無視されたあれはてた雑居ビル群がむらがるように立っているイメージが残る。最終的には著者はこの街に「新しい未来」を見出すことはできなかったようなのだが、実は新宿にいっても歌舞伎町にはもはや一歩も足を踏み入れない私も同じ未来像を予想する…。

「在日」としてのコリアン(講談社)

著者:原尻 英樹 出版社:講談社 発行年:1998年 本体価格:700円
 「三国人」というのが戦勝国でもなく敗戦国でもなく「植民地から編入された日本人」という意味である…。それに気がついたのは実は最近で、「三国人」という用語に差別的な意味合いをかぎとったからだが、1945年当時の在日韓国・挑戦人の扱いについては日本国政府も連合国もかなり頭を悩ませたようだ。戦後まもないころには日本共産党との結びつきもあったようだが、これがかえって事態を悪化させてしまったように思う。できうるかぎりかつての植民地、戦後独立した韓国・朝鮮にすっきり戻せるような国際情勢であればよかったのだが、朝鮮戦争をはさんでかえって在日に対する状況は複雑化していく。「文化をすてて日本に帰化しろ」というのも簡単だし、「文化を捨てないのであれば帰れ」というのも簡単だが、簡単な議論は複雑な現実の前にはまるっきり「空議論」となってしまう。その一方で在日と日本人との結婚も続いているが、これ、実は問題の解決にはなっていないことを著者は論じる。実際、成人してから親の片方が在日で片方が日本人というケースの場合、アイデンティティをどこにもとめるのか…という苦境に陥った知人がいる。第三者があれこれいえない個人の問題だが本当に難しい問題だ。左翼的でもなく、かといって国粋主義的でもない現実の存在としての「在日」を語る新書。「嫌韓流」シリーズとあわせて読むと、また両者それぞれが抱える難しさもみえてくる。「左」とか「右」とかの問題ではなく、これ、「生活観」とか「故郷」とかもっと人間くさいものが根底にありそうだ。

2010年6月19日土曜日

地下室の箱(扶桑社)

著者:ジャック・ケッチャム 出版社:扶桑社 発行年:2001年 本体価格:619円
 最近はまっているジャック・ケッチャム。どうしても「隣の家の少女」との抱き合わせ販売になっているが、実際にはまったく別のストーリー。しかも主人公は40代の女性で、中絶手術を受けにいこうとしたところを誘拐されるというシーンから始まる。
 これ…。もちろん好き嫌いが大きく分かれそうな小説だが、物語の底辺にどうしてもキリスト教批判みたいな低音がずっと奏でられているような気がする。「組織」という架空の「圧力」で誘拐者は被害者をだまそうとするのだが、この「組織」と「被害者」の関係は「最後の審判」と「信者」との関係にも似ている。ブラム・ストーカー最優秀中篇賞受賞作品だがけっして「長い」という感じではなく、むしろ短編に近いぐらいあっけなくストーリーは終了する。予定調和的に終わるこの物語はこれまでとはまた違うケッチャムの作品だが…。動機や必然性といったものとはまったく無縁で、しかも伏線も「種」もない珍しい鬼畜系のミステリー。

名画で読み解くブルボン王朝12の物語(光文社)

著者:中野京子 出版社:講談社 発行年:2010年 本体価格:980円
 すでにハプスブルグ家の物語が発刊されているが、同時代にハプスブルグ家を覇権を争ったブルボン王朝の物語を絵画で読み解いていく。時系列にエピソードが並んでいるので、ヴァロワ王朝からフランス革命までの通史としても読めるほか、絵画のトーンがじょじょに変化していっているのもわかる。写真ではなく絵画ならではの時代の「空気」が漂っているのもわかる。ブルボン家のあ家系図が巻頭に掲載されているほか、巻末には画家のプロフィールや年表なども付属。受験勉強のテキストとしても使えるだろうし、やや混乱気味のフランス世界史を整理しておきたいという社会人にとってもいい書籍。さらには絵画の奥深さにも触れることができる。
 これまであまり注目していなかったアンヌ・ドートリッシュというブルボン王朝の隠れた女性(フェリペ4世の姉でマリー・ド・メディシスの政略結婚によってルイ13世に嫁いでくる)の存在も知る。三銃士にも登場するアンヌ・ドートリッシュだが、英国チャールズ1世がフランスにやってきたときに傍にいたのがバッキンガム公。このバッキンガム公とアンヌ・ドートリッシュの間には世界史的な「恋愛」があったとかなかったとか…。また優秀なリシュリュー、イタリア人マザランといった側近にも支えられ、フロンドの乱を乗り切ったあとは余計な権力闘争からも身をひいて静かな余生を暮らした…。やや激動の部分はもちろんあるにしても、大胆不敵なフランス朝廷を無事に乗り切れる精神の強さとやさしさを兼ね備えたルーベンス作の肖像画も掲載されている。

サラ金殲滅(宝島社)

著者:須田慎一郎 出版社:宝島社 発行年:2010年 本体価格:1400円
 2010年6月18日に総量規制を含めた完全施行となる改正貸金業法。市場原理からするとヤミ金融の利用者が増えそうな気もするが、著者はこれまでの多重債務者の現実をみるとこの改正貸金業法の施行は必要という立場にたつ。クレジットカードのリボルビング払いからじょじょに消費者金融の借入金が増加していく様子のルポから始まり、三菱UFJ銀行とアコムの関係、グレーゾーン金利の問題、旧富士銀行の「生活ローン」や全情連へのアクセス、アイフルの事業再生ADR、錦糸町界隈におけるギャンブル融資、過払い金返還請求訴訟とアイフルの子会社シティズの過払い金返還訴訟をめぐってだされたグレーゾーン金利完全無効の最高裁判決、N振興銀行をめぐる金融庁の検査妨害疑惑や個人ローン債権の買取、流通系カードのポイント制度の落とし穴など、過去の団地金融や金融の再編前の事件などから現在に至るまでの小口金融、個人金融の歴史と問題点を総まとめにしてくれている。個人的には「総量規制」がヤミ金融の発達を促すリスクは否定しきれないのでいいことばかりともいえないという考えだが、それでも一読して種々のエピソードと隠れたリンク(関連)に驚くばかり。個々の事件は知っていても、それが具体的にどういう関連で別の事件とつながっているのか、という視点は欠けていた。金融リテラシーとは、こういう本で展開されている個別の金融事件の底辺を見抜く力ともいえる。2010年の今だからこそオススメの1冊。なにより面白い。

2010年6月14日月曜日

トウモロコシから読む世界経済(光文社)

著者:江藤 隆司 出版社:光文社 発行年:2002年 本体価格:680円
評価:☆☆☆☆
 元総合商社マンだった著者が「トウモロコシ」の相場や育成状況から世界経済を読む方法をコンパクトに説明してくれる。トウモロコシの食用需要よりも飼料用需要のほうがはるかに大きく、またさらに近年では工業用途も拡大している。需給相場の見方も現場を数多く積んできた著者ならではの独特の世界観が披露されるとともに、アメリカのトウモロコシの物流の態様、アメリカの食糧法の制定内容の厳しさなどがつまびらかにされていく。
 大豆の相場がトウモロコシの相場の先触れとになるとか、おそらく総合商社にとっては常識レベルの話かもしれないが一般にはあまり知られていないエピソードも満載。購入してから数年間は放置しておいた本なのだがあらためて読み直し始めるとページをめくる速度が増していく。工業製品の市場とはまた異なる様相を示す穀物市場の説明がとにかくユニーク。経済学、とりわけ資源経済学や農業経済学を専攻している学生には特にオススメの新書だ。

2010年6月13日日曜日

導入前に知っておくべきIFRSと包括利益の考え方(日本実業出版社)

著者:高田橋 範充 出版社:日本実業出版社 発行年:2010年
本体価格:1,700円 評価:☆☆☆☆☆
 活字が大きいわりには値段がやや高いが、内容は英国会計基準と米国会計基準の違い、複式簿記重視のFASBと将来の予測情報提供重視のIFRSの違い。そしてアメリカSECがIFRSのアドプションをおこなう場合にはかぎりなくFASBに近い内容になる可能性などが述べられている。当期純利益を重視するアメリカ、日本と、そうでもないIFRSとの違いはやはり大きく、また規則主義と原則主義の違いは訴訟における証拠能力の違いを生み出す。IFRS自体が変化していくのでIFRSに完全に適応する会計基準や細かい論点や会計処理の違いについて考えるのはあまり得策ではないという指摘が有用。少なくとも、「考え方」をある程度理解したあとに、大きな論点を理解しておくというスタンスが一番よいようだ。複式簿記にかわるツールとしてIFRSが想定しているのはXBRLのようだが、かといって中小企業レベルで、あるいは大企業であっても内部管理の面で複式簿記が消滅することはないだろう。あくまでここで議論されている会計基準は、国際資本市場を利用する可能性がある規模の企業を前提としている。個人商店でXBRLを利用することは想定されていないので、日本の株式会社の全部がいきなりIFRSに切り替わるというようなニュアンスではない。歴史的な沿革やIFRSの影響を与えたASOBATの質的特性の解説など、会計学のテキストだけでは知ることができない流れを理解できる。やや割高なのは差し引いて、さらに日商簿記1級を取得していない読者には難しい話もあることもさておいて、一読する価値はあり。「公正価値会計」の弱点は「固定資産」にあり、という鋭い指摘にも納得。

課長になったらクビにはならない(朝日新聞出版)

著者:海老原嗣生 出版社:朝日新聞出版 発行年:2010年 本体価格:1,200円
 「日本型雇用におけるキャリア成功の秘訣」というサブタイトルがついているが、おそらくサブタイトルのほうがコンテンツの概念に近い。日本では35歳転職限界説があるが、それは別に日本に限ったことではなく海外でもそうであること。またそれは日本とは異なる職務給制度によるものではあるが、日本固有の現象ではないことが説明される。また「外交的な性格だから営業」といった発想では現場は動いておらず、内向的な性格でも営業スキルが向上していくにつれて営業職務はかなりこなせるようになる。性格テストなどではキャリアの適性や将来性は把握できないという論理も展開されている。これ、私も感じる。性格的には内向的で口下手であってもそれと職務はまったく別のもの。性格がこうだから、仕事はこうだ…という考え方ほど危険なものはない。
 で、最終的な結論は「目の前の仕事をたんたんとこなしていくこと」だったりする。これ、わかるなあ。もちろん10年、20年先を見越したスキルアップは必要なことだけれど、やはり目の前のことをちゃちゃっとこなしていくことで蓄積していくものはある。で、課長になったらクビにはならない…う~ん。いい話ばっかりではやはりないなあ…。

2010年6月12日土曜日

フランス革命の肖像(集英社)

著者:佐藤賢一 出版社:集英社 発行年:2010年 本体価格:1,000円
評価:☆☆☆☆
 「肖像画」にこだわってフランス革命の登場人物を時系列でとらえていった作品。ジロンド派が失速してジャコバン派が隆盛をほこり、そして王政復古へ…。フランス革命そのものよりも「その後」の「血の粛清」の嵐が、肖像画があることによってかえってしみじみ伝わってくる。歴史の本というよりも、やはり絵画を織り込んだ文芸書と考えるべきだろう。ロラン夫人の肖像画は初めて見たのだが、サロンを経営している「おかみさん」といった感じで、こういうコンパクトな解説で4色でしかも場所をとらない新書サイズの本という企画がいい。展覧会などで購入するパンフレットも資料は充実しているのだが、あまりにも重くて厚く、必要なときにさっと取り出せないが、新書サイズだと「あの人は…」と思い立ったときに検索もできる。やや単価が高いが紙がわりと高価なコート紙で4色印刷ということでいたしかたがない。携帯性に優れているというメリットを考慮すればやはりお買い得な感じである。

野村の「監督ミーティング」(日本文芸社)

著者:橋上秀樹 出版社:日本文芸社 発行年:2010年 本体価格:743円
 著者の橋上秀樹氏はヤクルト時代には、内野も外野も守れて左打者に強いバッターという印象の名バイプレイヤー。その後日本ハムに移籍したが、日本シリーズで守備固めで外野に入り、その後堅実に外野フライを捕球したシーンが個人的には印象深い。まさか阪神タイガースに移籍して、それから楽天ゴールデンイーグルスでヘッドコーチを務めることになるとは想像していなかった。ID野球の申し子はたくさんいると思うが(たとえば現横浜監督の尾花高男など)、そのなかでも橋上秀樹氏に託されたのにはそれなりの意味合いがあったに違いない。おそらくそれは、性格的なものではないかと想像するのだが…。池山選手も楽天では打撃コーチを務めていたが、ブンブン丸といわれた池山がコーチに就任するとは当時は想像もしていなかった。「考えても損はしないだろ」という実利的な考え方は、1970年代~90年代の野球選手にとってもビジネスパーソンにとっても画期的な発想だったと思う。いや、「熱血」も大事なことだが、その前にそれが「正しい方向の熱血」なのかどうかというチェックは大事なことではないかと思うのだ。そうした「舞台裏」がこの本で明らかになり、ピッチングの分業体制を築いた野村監督が、指導者の役割分担という面でも分業体制を築き上げていったプロセスが判明する。財産や名誉を残すよりも「人を残す」という最大の仕事を成し遂げたひとつの成果でもあるだろう。実際に、荒木大輔氏はヤクルトのピッチングコーチ、伊勢孝雄氏は古巣ヤクルトの打撃コーチ、尾花氏は横浜監督など野村ID野球は日本シリーズの優勝以上に継続的に人材を輩出している。こうした「人の財産」は将来にわたり日本野球界に発展をもたらすことだろう。個人的には野村克也監督が重視したという「超2流選手」という概念が興味深い。人間だれしも「一流」を夢見るが99パーセントは残念ながら自分自身の凡庸さに気がつく。その凡庸さをいかに「超二流」としてたたき上げていくのかが、諦めるかさらに努力を続けるのかの境目のような気がする。「超二流」の人間として学ぶべき点は、「自分自身の凡庸さに気がつく」→「その特性を活用して伸ばしていく」という自己発見と自己開発の2段階プロセス。「自己開発」については種々のハウツーが出版されているが、「自分自身に気がつく」という作業、なかなか人に教えられて学べるものではない。この本はそうした「自分の凡庸さ」に気がつくスキルを教えてくれている。

2010年6月11日金曜日

最高のリーダー、マネジャーがいつも考えているたったひとつのこと(日本経済新聞社)

著者:マーカス・バッキンガム 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2006年 本体価格:1900円
 ビジネス書はどうしても新刊メインの品揃えになってしまう。この本もamazonを利用して購入したが、2006年発行の名著が2010年には書店で入手できないというのも考え物だ。マーカス・バッキンガムの「さあ、才能をみつけよう」を読んだときには「訳がわからん」状態だったが、その後、「6つのステップ」とこの本を読むと「強み」をいかに活用していくか、自分自身の強みを発見することがいかに難しいか、通常の管理職はもともとの強みを活用できるシステムになっていないなど種々の論点がっくっきりうかびあがってくる。この本も「唯一」イイタイコトは「強み」を発見してそれを活用していくのがベストという1点につきる。「期待する仕事の内容をはっきり」させるというのもあたりまえのようでいて実は難しい。目標が具体化していないと、目標を達成させるプロセスが不明確になるが、そうしたプロセス重視の思考もあちこちにみてとれる。
 「結びつきを作るのはわれわれの本能だ」という言葉に著者の「人間」を見る目があるように思う。孤独を愛する人間はいるが、他の人間の手助けを必要としない人間はいない。そしてどうせ結びつくのであれば相互に強みが発見できる前向きのチームや組織にしていきたいものだ。

2010年6月9日水曜日

嫌韓流(普遊舎)

著者:山野車輪 出版社:普遊舎 発行年:2005年 本体価格:952円
 あれほど話題になったこのマンガ、名前は知っていたが実際に読むのは初めてだ。タイトルが過激な割には、「なるほど」と思う部分も多々あり、日韓基本条約をめぐる諸議論についてはむしろかなりまっとうな論理を展開している。「?」がつくのはむしろ文化論だが、これは条約や法律が客観的に見れるのに対して、文化論はやはりよってたつ立場によって見え方がぜんぜん異なる。いわゆる「プロ市民」は感情的にはかなり私も嫌いな連中だが、かといって全員が全員漫画に描かれているような悪質なタイプではない。純粋に「プロ」として市民活動に準じている方々もいらっしゃるわけで、「アンチ」であればなんでもかんでも「陰湿」なイメージでとらえるのもどうかな、と。
 「反日」と「嫌韓」。合い受け入れないこの両国だが北朝鮮という脅威の前には実は連帯していかないとたちいかない部分もある。またヨーロッパ経済やアメリカ経済(NAFTAなど)、地域保護主義が台頭しつつある現在、足元のアジアでまたまたまた決まりきった争いを繰り返すことにどれだけの意義があるのかは不明。こういうマンガに思い入れをいれる世代って結局、昭和の世代、特に高度経済成長期にかかわりのある世代で、平成生まれの世代にとってはあまりシンパシーの沸かない話のような気もする。これは日本国内の世代間格差の問題にもつながるが…。おそらくバブル経済の時代に思春期を過ごした現在の35歳~45歳の世代と22歳~34歳の世代とでは国際問題やアジア論など各種の論点でズレがでてきているだろう。「嫌昭和世代」みたいなマンガが今後日本国内で出てくる可能性もあるのではないかと個人的には思っている。「好き」も「嫌い」も実は重層的な構図になっており、韓国内部でも「あんまし反日反日でもりあげんなよ」という声もあれば、日本国内でも「韓国や中国との外交関係を良好にしないと貿易収支の黒字が稼げないだろ」という声もあるだろう。ま、いろいろな意味で議論をかもし出していくのにはいい作品だ。ただここに展開されているような議論、別に目新しくもない…というのが唯一最大の弱点か。

「激安」のからくり(中央公論新社)

著者:金子哲雄 出版社:中央公論新社 発行年:2010年 本体価格:740円
 グローバリズムとデフレ(激安)のリンケージをわかりやすく説明した本。百貨店の凋落を「対面販売がうっとおしい」という消費者の心理に原因をもとめたり、ナショナルブランドからプライベートブランドへの長期的移動を予測したりと現実的な場面で応用可能な著述が満載。100円ショップの賢い利用方法などもコラムで特集されていたりする。デフレの原因は世界各国から資材や労働力が調達できるグローバリゼーションにあり、それだからゆえ物財の値下げ傾向には歯止めが利かないというものの見方やフェアトレードの見直しなど耳を傾ける提言が多い。流通産業に興味がない読者にも身近な生活を見直す手がかりになるかもしれない。商品のオーバークオリティについても言及されている。ドンキホーテやユニクロ、ダイエーなど実在の企業の経営戦略や経営者の紹介コラムもある。面白い。

2010年6月6日日曜日

警官の紋章(角川春樹事務所)

著者:佐々木譲 出版社:角川春樹事務所 発行年:2010年 本体価格:686円
 北海道警察シリーズ第3弾。第1弾と第2弾ともリンクしつつ、さらにストーリーが膨らみ始め、登場人物の活躍する舞台もだんだん拡大していく。パソコンのセキュリティもかなり高度になり、連絡方法も「なるほど…」というようなものに。「人間のやることはたいてい履歴のなかに予兆がある」という警務部のベテランの発言が興味深い。行方不明となった警官の逃亡先をつきとめるのに、まず着手したのは本人の履歴を仔細に分析してその方向性を見極めるのだ。このプロセスが非常に興味深い。
 「履歴書」とか「経歴」は確かに表面的な事象以上に「その後」を予測しうるものかもしれない。となるとこの小説の中ですでにファイル観察対象となっている中年一匹狼の佐伯宏一警部補もあまりこのシリーズのラストではハッピーエンドにはなりそうもないのだが…。

襲撃者の夜(扶桑社)

著者:ジャック・ケッチャム 出版社:扶桑社 発行年:2007年 本体価格:762円
 「オフシーズン」の11年後の続編。1992年をむかえ、また再発する謎の殺人事件や傷害事件…。前作と同様に「自宅に迎え入れたばかりに発生する悲劇」の再現は、ひょっとすると「招きいれられないと中に入れない吸血鬼」と同じ源の神話だろうか。「襲撃者」は実は続々と増えていって、最後には登場人物のほとんどが何らかの形で「襲撃」するという形に。原題は「offspring」。前作の「襲撃者」の末裔が異なるパターンで増殖して意図せずに11年前の惨劇が起きた場所に舞い戻ってくる。独特の神話を頭の中に宿しつつ…。B級ホラーといって切り捨てることができないのは、やはり8歳の少年が、異常な状態のなかで「襲撃者」とは異なる形で「家族」を再現しようとしていく成長の過程がみられるからだろうか。あるいは、前作から11歳年老いた元警察官ジョージ・ピータースの正義感にうたれるからだろうか。その二人も倫理枠にとらわれないジャック・ケッチャムによっていつなんどき不条理な偶然で物語から排除されるかはわからないという不安定さの中、この作品のなかで必死に「倫理的に」動こうとするのだが…。「オフシーズン」より劣るという声もあるが、「オフシーズン」あっての期待できる続編。互いに敵どおしであるはずの「ウーマン」と「カウ」が最後は「対」になって高い場所から回転しつつ落下していく描写と「落下感覚」がすばらしい。

2010年6月5日土曜日

最高の成果を生み出す6つのステップ(日本経済新聞出版社)

著者:マーカス・バッキンガム 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2008年 本体価格:1800円 評価:☆☆☆☆
 人間の「強み」「才能」に焦点をあてた書籍が多いマーカス・バッキンガム。すでに2冊を読んでいるが、「強みを伸ばせ」「「弱点を抑制せよ」という論理の根拠がくっきり見える1冊。経営学でいうとおそらくリーダーシップ論に属する本になるかもしれない。「明確にせよ」とは数値化せよ、とほぼ同義で、明確にしなければ測定できないという当たり前のことを当たり前にやろう…という趣旨だろう。性格はほとんど終生かわらないが、性格の現れ方はそれぞれ違ってくるという趣旨が面白い。「気弱な性格」もその強みを理解すれば、「臆病」ではなく「慎重さ」「つつましさ」という長所に転換できる。
 人間の「思い込み」を打破して、「弱み」を「強み」に転換するとともに、その「強み」をさらに強化して伸ばしていこうという著者の意図、なかなかのものである。本来は、ワークノート的に実行しながら書籍に書き込むようになっているが、特にそれにこだわる必要はないだろう。なにかしら目標を立案したあと、その目標を具体化して6つのステップに分けて実行していくというプロセスを明確にしてくれるので、「なにをどうやったらわからない」という状況のときには少なくとも「いかにすべきか」という論点には解決の指針を与えてくれるはずだ。書籍の装丁としてはもう少し工夫が必要かも。赤のグラデだけではちょっと著者にかわいそうな気が…。

ポジショニング戦略(新版)(海と月社)

著者:アル・ライズ ジャック・トラウト 出版社:海と月社 発行年:2008年 本体価格:1800円 評価:☆☆☆☆☆
 270ページ、46版で1800円はやや割高だが、それでも「消費者の頭の中にどうやっていすわるか」戦略(ポジショニング戦略)は非常にユニークかつ今でも有効なマーケティング戦略だ。巻頭にフィリップ・コトラーの序文がよせられており、影響力の大きさを物語る。「優位性のほとんどはリーダーに集まる」(業界トップの優位性)は確かにこの本の指摘どおり。しかしそれでは2位以下にとるべきポジショニング戦略はないのかというとそれが具体的に説明されている部分もあるのでちょっと一安心…。そのほか地域密着戦略や安易なライン拡大戦略への戒めなど、「ポジション」という観点からさまざまな具体例が著述されている。
 マーケティング総論の本もたくさん読み込めばそれなりに得られるものは大きいだろうが、やはり「原典」を着実によみこなしていくのも大事なこと。読みやすい翻訳文で今では手に入りやすくもなっている。マーケティングのみならず経営戦略の立案という観点からも得るものが大きいだろう。

警官の血 上巻・下巻(新潮社)

著者:佐々木譲 出版社:新潮社 発行年:2010年 本体価格:629円 評価:☆☆☆☆☆
 戦後昭和28年から平成の時代まで親子3代の警官人生を、谷中の天王寺駐在所を舞台に描写。警察小説の最高峰といわれるのは伊達ではなく、戦後民主警察が軌道に乗り始めてから、左翼運動との対峙、地域住民の生活の保護、そして組織暴力対策と3つの時代それぞれの警察官の「生活」が描かれ、その底辺には戦後未解決のまま時効を迎えた2つの殺人事件がある。
 警察学校を卒業してから北海道大学に入学し、学生運動の「エス」として働き始める2代目の姿や、自ら情報を切り売りして組織暴力団と渡り合う3代目の姿が痛々しい。「インファナル・アフェア」「フェイク」などで描かれた二重生活だが、そのそれぞれの時代にそれぞれの警官が心のバランスを失っていく。最後になりひびくホイッスルは「誇り」「矜持」といった意味合いか。ノンキャリアと「駐在」にこだわり続けた親子3代だが、その背後にある「うしろめたさ」「秘密」といった暗いトーンがやるせない。

オフシーズン(扶桑社)

著者:ジャック・ケッチャム 出版社:扶桑社 発行年:2000年 本体価格:629円
 海外ミステリーの売れ方というのは素人にはわからない。日本国内で翻訳されて発行されたのが2000年で「隣の家の少女」が映画化されるとなった2010年に第5刷が発売されている…。かなり変わった小説であることは間違いなく、「ナイト・オブ・ザ・リビング・デッド」など70年代末から80年代初頭にかけての一連のホラー映画の要素をかなり取り込んでいる。家の周囲を取り囲まれて脱出を図るという定番の図式だが、ゾンビ映画とはまた違う刹那的な展開で衝撃のラストへと物語は進む。米国で最初に出版したバランタイン社はあまりの衝撃の描写にかなり赤字をいれ、ラストにも変更を加えたが、日本の扶桑社のバージョンはオリジナルに近い展開になっている。気力と知力と体力で「自分が認知できない不可思議なもの」と戦う男女6人の集団だが一人また一人と「食べられて」いく。この作品がただのスプラッタ小説にとどまらずその後も読み継がれていったのは、底辺に「絶望」「不条理」といった予測不可能な世界観があったためではないか。名作という気はないし、読後感も悪いのだが、現実の世界には、救出される割合が6人中1人以下のケースだって当然ある。「季節はずれ」の観光地と行方不明の少女の間によこたわる年月はわずか数十年。携帯電話が存在しない1981年の青春が瓦解していく様子がせつない(このミステリーは携帯電話があれば正直成立しないのだ…)