2013年4月25日木曜日

快感回路(河出書房新社)

著者:デイヴィッド・J・リンデン 訳:岩坂 彰 出版社:河出書房新社 発行年:2012年 本体価格:1900円
 いわゆる報酬系(本書では快感回路)を生物学的な側面から著述していこうとした本。タバコやアルコール、薬物はもちろんのこと、「知的好奇心による快楽」まで含む「報酬系」の反応について、わかりやすく解説してくれる。科学者らしい抑制のきいた著述で、極端な結論や証明や実験結果のともなわない仮説は述べていない。著者本人の持論について客観的証拠がない場合には、文章中にちゃんとその旨銘記されている。生物学的、あるいは化学的な見地の著述がほとんどだが、たとえばローマ時代のアヘン、19世紀アイルランドのエーテルペルーの「アヤワスカ」といった歴史的なエピソードについても語られ、人類の歴史のある側面に、薬物やアルコールによる「快楽」追求が存在したことがわかるようになっている。
 これが社会規範にのっとっている場合には個人の趣味だが、それが依存症に傾斜していくことも少なくない。著者は、依存症を「持続増強」「長期増殖」の観点から分析する。日本では、受験勉強のノウハウとして語られることが多かった「持続増強」「長期増殖」(長期記憶はなかなか忘れられることがない)だが、快楽を追求する結果、人間の記憶に快楽追求が刷り込まれていくという面が興味深い。自分にも経験がないわけではないが、「勉強そのものが快楽」ということ、実際にありうる。こうした依存症もしくは依存症的な行動についての著者の倫理観は明確だ。人間はなにかの「働きかけ」で、何かの依存症に陥ることはありうる。そのこと自体は必ずしも本人の責任ではない。ただし依存症に陥ってから、そこから脱出することができるかできないかは、本人個人の責任である、という哲学である。「パチンコ依存症」は、たまたまパチンコを始めたら、それが快楽となり、すべてパチンコ優先になってしまう現象といえる。そのこと自体は、さまざまな要因に囲まれて生活している人間生活を考慮すると、必ずしも個人の責任ではない。ただし生活に支障をきたすほどのパチンコ依存となり、そこから立ち直れない場合には、本人の全面的責任になるという考え方だ。生物学者の倫理観は明確でシンプルだが、きわめてわかりやすく、そして正しい。

2013年4月23日火曜日

印刷技術基本ポイント 枚葉オフセット印刷編(印刷学会出版部)

著者:日本印刷産業連合会 出版社:印刷学会出版部 発行年:2010年 本体価格:1,000円
 表紙からして印刷関係の世界に飛び込んだ新入社員用のリーフレットだが、隣接する編集の世界の人間にとっては、これまであやふやだった用語や分類が明確になって読んでいて得るところ大。構成内容は以下のとおり。
Ⅰ「印刷」の概要
Ⅱ「印刷方式」の種類
Ⅲ色とカラー印刷
Ⅳ枚葉オフセット印刷の主な印刷資材
Ⅴ印刷物製作までの流れ
Ⅵプレス(1)~(3)
Ⅶプリプレスとポストプレス
 ところどころ掲載されているオフセット印刷のきっかけや可視光線と色、米坪と連量といったコラムがまた楽しい。たまに新聞で報道されている「水なし平版」(環境問題とリンクしているので経済新聞でも取り上げられる)の説明なども充実。本を読むときに「内容」以外にインクや印刷方式なども楽しめるようになれる本だ。

2013年4月22日月曜日

アベノミクス大論争(文藝春秋)

文藝春秋編 出版社:文藝春秋 発行年:2013年 本体価格:750円
 インターネットが発達した結果、ある程度経済学的な論争の結果がみえた段階で評論家の責任も追求可能となった。民主党政権の是非についても3年前の論評と現在の論評とは、ウェブ上で簡単に相互検証できる。その分、経済評論家の責任もアナログ時代よりはるかに重くなったといえる。
 この本はわずか750円の価格で、アベノミクスの金融政策の是非、リフレ政策の有効性、財政政策の問題点、領土問題、憲法改正について概略を知ることができる利便性の高い内容となっている。金融緩和によって(予想を超える規模の金融緩和によって)、期待インフレ率が上昇し、消費や投資が促進される結果、賃金も上昇していくだろう…というのがアベノミクスの主な論調だが、これに対する批判としては、①金融緩和によって期待インフレ率が上昇するか、またそれが維持されるかは不明②国債価格が暴落するリスクがあるといった批判がある。意外に思った以上にアベノミクスに懐疑的な経済学の先生方が多いのと,財政政策は一定規模にとどめておかないと財政赤字がさらに膨らむ可能性があるという懸念が多い。
 4月21日の日本経済新聞でもG20で日本の財政問題を懸念する他国のコメントが紹介されていた(名指しではないがいきすぎた通貨安誘導を憂慮する声もある)。他の先進諸国やG20かたりからすでに金融緩和が近隣窮乏化につながりかねない懸念や国債価格の下落への懸念がでており、アベノミクスの3つの柱のうち①金融政策と②財政政策については、一定のストップがどこかでかかりそうな気配である。さらに③成長戦略はかつての小泉内閣のような規制緩和路線がメインになりそうだが、この効果がでてくるのには10年ぐらいかかりそうだ。また規制緩和した事業分野が必ずしも成長分野になるかどうかはわからないというリスクもある。とはいえ、ここ数年、あまり代わり映えのしない経済政策が続いていた。二度目の安倍内閣で小泉内閣を超える成長戦略が描けるかどうかは、ちょっと楽しみだ。

脳を創る読書(実業之日本社)

著者:酒井邦嘉 出版社:実業之日本社 発行年:2011年 本体価格:1,200円
 活字は脳で「音」に変換されて言語野に送られ,その言語野で初めて「読む」という行為がおこなわれる。もともと「音」のほうが文字による伝達よりもはるか昔に発達したことと、活字を視覚情報としていったんとらえたあとに「音」に変換するのとは無関係ではあるまい。情報量としては圧倒的に映像が多く、次に音声、最後に活字という順番になるのだという(18ページ)。ただし情報量が不足している分だけ、脳は想像力でその不足を補おうとし、想像力が働く余地としては「活字、音声、映像」という順序になる。著者はここからチョムスキーの理論を紹介し,言葉の再帰性やフラクタル構造の解説をし、そこから「行間を読む」「想像力を働かせて読む」といった実際の現象を解説してくれている。
 さらに電子書籍と紙の書籍を比較し、電子書籍による「脳の進化」(想像力が働く余地)やマーキングなどについてコメントが加えられていく。一見読みやすそうな内容構成だが、テーマの「起承転結」のうち「転」が多く、「結」が慎重に表現されているが、私なりの「結」は「電子書籍と紙の書籍を使い分ける」「電子書籍の使い方に注意する」といった2つに凝縮されるだろうか。
 電子書籍のメリットはすべてを2進法的に表現するため、たとえばひとつの用語を特定の分野に限定するだけではなく、さまざまな分野で相互参照することができる。たとえば個人の蔵書をすべてPDFにして個人のパソコンのなかで所有している書籍に共通する事項を、LANで検索できるようにすると、ほかの読者にはない特定の読者の世界観が浮かび上がってくる…といった効果が期待できる。一人の作者の世界観にどっぷり浸るには紙の書籍だが、複数の著者の世界観を相互参照するには電子化のほうがおそらく適している。で、おそらくそうした個人のアーカイブを創るという作業そのものは「脳を創る」という点で、それほどマイナスの影響があるとは思えない。
 さまざまな著者による様々な言語の根底にチョムスキーの理論や再帰性という概念が潜むという指摘は、この本を読むまで意識したこともなかった。あとはここの読者が想像力でこの本の世界観をさらに押し広げて、電子書籍と紙の本のそれぞれのメリットを追求していくことが大事なのだろう。

2013年4月18日木曜日

独自性の発見(海と月社)

著者:ジャック・トラウト 出版社:海と月社 発行年:2011年 本体価格:1800円
 タイトルだけでは内容がわかりにくいが、著者は実務的マーケティングの草分けジャック・トラウト。コトラーが理論派マーケティングの泰斗とするとジャック・トラウトは実践マーケティングの現役マーケター。統計学的要素はほとんど書籍には登場せず、事例分析を中心に、製品のラインを絞込み、いかに差別化をなしとげていくべきか、その具体的方法を探る。
 戦略論の定石として、マイケル・ポーターのとなえた低価格戦略・差別化戦略・焦点化戦略の3つがそれぞれトレードオフで成立するという説が有名だ。だがマイケル・ポーターの書籍を読んでもいかに差別化していくか、といった手順は何も書いていない。ジャック・トラウトは図式化された戦略論に種々のケーススタディで肉付けし、製品の種類の絞込みとトップシェアそのものがすでに差別化のひとつの要因であることを指摘する。そして「何か」を諦めることで特定の目的に絞り込むことができると説く(たとえばフェデラル・エクスプレスはなんでも運ぶというサービスではなく、小貨物の翌日配達に絞り込んで成功した)。
 さまざまな要因がからみあう現実のなかで、どれか一つに的を絞り込んでそこに資源を傾注するというのは、リスクも分散ができないのである意味では勇気が必要だ。現在では小売商から製造業まですべてがリスク分散を図ろうとしているが、ときには特定のターゲットに絞り込んでいくことも必要になる、というのが著者の提言である。
 ただ残念なのは著者の「どこに焦点を絞り込むべきなのか、その根拠」があまり明示されておらず、さらにリスクの分散とターゲットの絞込みのトレードオフの関係が明確でないのが残念。もっともそれすら理論化できてしまうと、起業家が失敗することもゼロに近い確率になってしまうが。

2013年4月12日金曜日

フランス革命(岩波書店)

著者:遅塚忠躬 出版社:岩波書店 発行年:1997年 本体価格:820円
 「フランス革命はブルジョワ革命である」…とよく聞いたものだが、「ブルジョワ革命」が具体的にどのようなものだったのかは、この本を読むまではイメージできなかった(ちなみにこの本では「市民革命」という用語を用いない理由なども説明してくれている)。
 昔はフランス革命というと、明るく希望にもえた歴史的出来事といったイメージが流布していたが、最近ではロベスピエールの恐怖政治や、ナポレオンによる独裁政治などもひとつの流れとしてとらえ、明暗をきっちり客観的に評価するようになってきている。この本でも、フランス革命の歴史的な捉え方を2つ紹介したあと、貧しい農民の増加や貧富の格差、国家財政の破綻などの要因を検討して「フランス革命は劇薬説」をとる(そのほかの可能性にも言及しているところが好ましい)。
 フランス革命が世界史の教科書のなかでも重要な事項として説明をさかれているのは、単なる歴史的事実というだけではなく、たとえばロベスピエールがとなえた生存権の優位という考え方が、日本国憲法25条と深い関わりをもっていたり、あるいはアッシニャという紙幣の乱発によるインフレーションが食料価格の高騰を招いた事象が1985年の金融緩和によるバブル景気とオーバーラップしたりといった現代に通じる問題点と解決策の材料提供にもなっているからだ。またフランス革命の暗いネガティブな部分をロシア革命がなぞっていったことも想起されるべきだろう。このジュナイブルの本、わかりやすい語り口でかなり高度な内容を平易に解説してくれている。社会人が読んでも学ぶところ大で、しかもなおかつ面白いこと間違いなし。

2013年4月9日火曜日

評価と贈与の経済学(徳間書店)

著者:内田樹 岡田斗司夫 出版社:徳間書店 発行年:2013年 本体価格:952円
 この二人の対談を読んで思ったこと。感性の優れた著者は、「なんとなくこうじゃないかなあ」と日頃感じていたことをスパッと言語化してくれる。この本のなかにも引用されているトリブロアンド諸島の「クラ」という貝殻の交換を通じた社会構成だが、この貝殻の贈与という取引はその形が貨幣による売買取引に変化しても本質は変わらない。しっかり貯蓄するよりも貨幣をぐるぐるまわしていったほうが実は情報も質のいい情報が入手でき、社会構成の上位に位置することができる。その点で現在の不況は売買取引(贈与取引)が停滞しているわけだから、社会全体としても厚生が著しく低くなる。で、この流れを現在の生活にひきつけていくと、「人間の働く意味は誰かを養うため」という命題にいきつくわけだ(159ページ)。
 吉本興行の大物タレントは、無償で売れていないコメディアン志望の若者を飲みに連れて行ったり、あるいは生活の面倒をみた
りする。これ、だれかに強制されているわけではなく、なんとなく慣習として続いていることのようだ(芸能界ではほかのジャンルでもこうした飲みコミュニケーションはあるようだ)。これは大物タレントの慈善事業のようで実は「情は人のためならず」的な考えが根底にあると思う。それもまた贈与の経済学のひとつのあらわれだ。
 こういう贈与をめぐる体系というのは昔の日本でもお大尽様の豪遊や徒弟制度、書生制度という形で日本でもけっこうさまざまな形態でみられていたと思う。このお二人はそのうしなわれた贈与の体系を昔の日本とは違う形で現代に持ち込もうとしており、そしてそれはおそらく「成功」するんじゃなかろうか、と私などは思ってしまう。この段階で、「なんとなく思っていたことをきっちり言葉にしてくれたなあ」という満足感を抱くこと必定。
 ニートという生き方は、この本を読むと贈与の体系に一方的に「受ける側」でしか参加できないという点で「つまらない生き方」だということもわかるようになる。一見、そうは読めないかもしれないが、この本は「働けよ」というメッセージをひめた勤労感謝の本でもあるのだ。ある程度年齢のいった人間よりもむしろ20代前半の若者が読むとさらに得るところ大であろう。

2013年4月7日日曜日

日本人のための世界史入門(新潮社)

著者:小谷野敦 出版社:新潮社 発行年:2013年 本体価格:780円
 奇書「もてない男」を執筆された小谷野さんの新作。世界史のコンパクトな通史入門という捉え方もできるが、むしろサブカルチャーを含む世界史にまつわる書籍ガイドブックというとらえかたもできる。別に書籍リストがまとめられているわけではないのだが、あれっというとことで思わぬコミックや小説が著者の感想とともに著述されていて興味深い。歴史には科学法則性といったものはなく、偶然として発生した「要因」が「年号」などとともに記されている。一応通説として語られる原因と結果も、歴史研究が進むと覆されたりすることがある。フランス革命のルイ16世も30年前までは非常に評価が低いフランス国王だったが、最近ではむしろ自然科学や啓蒙思想などに敏感に対応していた業績が再評価されつつある。
 東大の教員が新入生に進める本のなかなどには、いきなりヘーゲルだの司馬遷だのといった原典が示されているケースがあるが、一部の大学を除いては、こうした新書から世界史にはいって、それから興味のある時代の原典に次第に進んでいくという方向性があっていい。「イーリアス」などいきなり岩波文庫で読むより、ブラッド・ピット主演の映画「トロイ」をまず見てみる、という方法だって当然ある。その点でこの本で、トロイの木馬とガンダムのホワイトベースを関連付けて「読ませる」展開に持ち込む著者の技法も高く評価されてよい。
 というのを前提として、以下の点は改善を望みたいのだが、やはり複数の映画や関連書籍を文中に示している場合には巻末にインデックスをつけるべきだろう。単行本はもちろんのこと新書でもそうした手間はやはり要したほうがよい。また表組がないので、名称の言語による対照なども非常によみにくい。新書だから、というよりも新書だからこそ図版にはある程度手をかけるべきだ。

2013年4月4日木曜日

日本経済を創造的に破壊せよ!(ダイヤモンド社)

著者:伊藤元重 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2013年 本体価格:1500円
 市場競争を重視する伊藤先生の最新の著書。いわゆる「アベノミクス」の金融緩和政策・財政刺激策、そして成長戦略について分析し、成長戦略においては既存のシステムを破壊するような創造性が必要とする。インフレターゲティングについては著者は賛成の立場だが、「金融政策だけでデフレ脱却ができるかどうかはわからない」とする。成長戦略とは規制緩和などを含む広い意味での構造改革、もっといえば供給サイドの長期的な成長政策という意味合いで用いられているようだ。エネルギー問題と医療問題が例にとられているが、たとえば電力についても小売の全面自由化や発送電分離などのシステム的な政策がエネルギーの供給形態や供給量を変えるというお立場だ。
 珍しくあえてチャレンジングに、TPPに反対する立場の学者を「保護主義」的な立場と位置づけての批判が展開されたり部分もある。が、経済学的には市場原理で社会的な厚生が最大化されるのは証明されており、あとはいかに現実をモデルの最適値までもっていくかがポイントとなる。明示されているわけではないが、タイトルにも「破壊」とあるように成長戦略として供給構造をさせると、それなりに生活に打撃を受ける会社や人も増加する。理屈では確かに正しい、と思うものの、実際の政治は、TPPによってそれなりに安定している兼業農家のメリットや衰退産業の企業や従業員の声も反映していかなければならない(人や会社によっては今のデフレ安定期のほうが物価上昇率2%の社会よりも快適だ、とすることもあるだろう)。デフレによって実質債務の負担がまして企業収益を悪化させるということは認識されつつあり、「アベノミクス」がこれから実施される段階では、インフレターゲティングだけではデフレからは脱却できないという「リスク」と、成長政策を適用することでそれなりに「痛み」をしょうじることの説明が必要になってくるだろう。

2013年4月2日火曜日

立花隆の書棚(中央公論新社)

著者:立花隆 出版社:中央公論新社 発行年:2013年 本体価格:3000円
 650ページを超える単行本でしかも4色ページを豊富にとりそろえ、しかも一部は「観音折り」という製本手法が用いられている。中央部分から外(小口)にむけてページを開く製本で、単純な二つ折りよりも手が込んでいる。しかもジャバラ折りで立花隆の書棚の写真をみせるあたりはもはや圧巻で、これで3,000円は正直安い。4,000円から5,000円の価格設定も「あり」だと思うが書店は発売と同時に平積みでしかも私が購入したときには残り2部となっていたので、やはり立花隆の新刊というだけで一定の売れ行きはもう確実ということか。
 プロのカメラマンが書棚を1つ1つ何日もかけて撮影を重ね、それにコメントを加えていく方式だが、カメラマンへの謝礼だけでも相当なコストになるはずなのだが。
 もちろんこの書棚の写真をみえて「じゃあ、自分も」というのは一般人には無理。文筆専門のプロでないとなかなかビルごと建てて書籍を管理するということはできない。ではこの本が何に有益かというとガイドブックとしてもっとも使い出がある。書店でこれだけのラインナップの装丁や背を見るだけでも何日もかかるが、この本1つあれば気になる本の装丁や内容を一定程度知ることができる。アマゾンなどでも中古本は取り扱っているが、神田の古書店などではネットには出てこない書籍も多数あり(そうでないと店の経営が成立しない)、掘り出し物をぱっとみつけるときには装丁や背をみるだけでもかなりの手がかりとなる。
 それにしてもこの本の造本だけで相当にこっており、よくもまあ、この価格でこのページ数の書籍を出せたものだ。背の裏側のブルーの花ぎれとよばれるアクセントもおしゃれて、カバーはもちろん表紙も4色。ちゃんと「栞」も織り込まれているのだが、これだって1冊あたりコストが上乗せされる。中央公論新社、さすが伝統の会社の仕事である。

2013年4月1日月曜日

重版出来!第1巻(小学館)

著者:松田奈緒子 出版社:小学館 発行年:2013年 本体価格:552円
 けっこう本屋さんなどにも「重版出来」と貼り紙がしてあることはある。ただし読み方は「じゅうはんしゅったい」が正しく、「じゅうはんでき」は誤り。本文の版面を初版のまま奥付など一部のみ変更して増刷する。とある名門出版社に入社した柔道部出身の「黒沢」が一応主人公となる。ただ物語そのものは、黒沢は「入社」する前も後も変化しないので、けっこうくたびれ加減のおっさんたちの「変化」を中心に展開していく。
 「オワコン」(終わったコンテンツ)というネットスラングに衝撃をうけるベテラン漫画家やら、かつて発刊されていた雑誌が廃刊になったことを受けてフリーで活躍するある編集者など、リアリティ満載の設定。営業部や書店店員をまきこんだ販売促進など、実際に昔も今もおこなわれているプロモーションが描かれる。「船を編む」という地味な作品が映画化されるようになったのも、もともとは書店を基盤にした地味な販売促進が実を結んだ結果ではなかったか。かつての「編集王」は、ボクシングを途中で諦めて漫画編集者をめざす男が主人公で、最初から最後までどことなく哀愁が漂う展開だったが、この「重版出来!」は新人女性編集者が希望に燃えて最初から明るい展開。どっちがどうということではなくて、合わせて読むとさらに面白い。