2011年11月29日火曜日

暴雪圏(新潮社)

著者:佐々木譲 出版社:新潮社 発行年:2011年 本体価格:710円
 グランドホテル形式で前半はそれぞれの登場人物がそれぞれの状況で「行き場」をなくしてさまよう様子が描写され、後半ではあるペンションに登場人物のほとんどが出揃う。そしてペンションの外は暴雪圏という趣向。会社の帰りに本屋で衝動買いして、読みながらファーストキッチン⇒サイゼリアとハシゴして数時間が読みきる面白さ。まあ、前半は屈折した人生が物語の趣向としても必要になるため、「やめてくれー」といいたくなるような屈辱感を読者も味わうことになるが、傑作長編「ユニット」と同様にラストの直前からすかっとした展開。主人公の駐在さんにはクリント・イーストウッドを彷彿とさせるものがある。筋立ても面白いが、ラストは本当に映画の一場面のような展開で、人気のいない北海道の町道で周囲は銀世界。捜査本部からの応援がこず、ミニ・パトカーを町道に斜めにとめて凶悪犯人が乗る四輪駆動車と真正面で向かい合うという構図。舞台は北海道で銀世界だが、底流はまるで西部劇の最後の果し合いのような場面。いいなあ。

2011年11月28日月曜日

ビジネスの極意はインドの露天商に学べ!(角川書店)

著者:ラム・チャラン 出版社:角川書店 発行年:2001年 本体価格:1200円
 タイトルはキワモノだが、この本そのものはMBAの基本テキストやサブテキストにもなっているようだ。GEをたてなおしたジャック・ウェルチと露天商に共通する在庫管理や販売予測といった概念をわかりやすく説明してくれる。個人的には「在庫管理」が資金繰りに非常に大事というところまではおおかたの人間はたどりつけるのだと思う。たくさん仕入れれば売上高は一定の規模も確保できるうえ、資金管理についても手形や小切手の支払期日の関係もあるので、すぐ意識にのぼることだろう。ただ、だれもがたどりつけるわけでもないのが商品回転率と資産利益率の「感覚」ではなかろうか。利幅が少ない商品については、それだけ商品回転率を多くしなければならないわけだが、100円ショップが一つの例示となる。非常に利幅が薄い商品を薄利多売で回転させているからダイソーなどは優良企業になる。表面的な利幅もしくは利益率だけみていると、2年も3年もかかってやっと資金を回収できるという計算にもなりかねないが、もちろん資金回収にそれだけ時間がかかれば商売としては成立しえない。資産利益率についても、どれだけの固定資産があってそれがどれだけ利益を生み出しているのか、までは理屈としては理解できても、感覚としてはなかなか体現できないものではなかろうか。著者は5つのインデックスを示すのだが、一番のキモは回転率と資産利益率にあるように思った。
 外部環境の変化を感じ取る能力などは一応言及はされているものの、ちょっとこれは一つの本につめこみすぎの印象も。MBAの指定テキスト…としては入門クラスレベルになるのだろうか。

2011年11月26日土曜日

砂糖の世界史(岩波書店)

著者:川北稔 出版社:岩波書店 発行年:1996年 本体価格:820円
 なんと岩波書店のジュナイブルで、この内容。高等学校の世界史の授業では夏休みの課題や副読本に指定している学校も多いというが、納得の内容で地図も豊富。さらに貴重な絵画や写真も掲載されており、「砂糖」という「世界商品」を題材にして、近代の世界史があぶりだしとなる。しかも教科書の世界史ではどうしても大事件中心の著述となるが、「砂糖」という題材を活用することで近代の人間(主にカリブ海、英国、フランスなど)の生活の様子もうかびあがる。さらに地域別の著述が、この本を読むことで関連性をもって理解することができるという効用。これがジュナイブルとして発刊され、さらに2011年で第28刷というのも当然のことかもしれない。一応「砂糖」の世界史ではあるものの毛織物、綿織物などの素材についても言及されており、教科書の説明事項の理解をさらに深めるのに有用だし、社会人にとっても身近な商品の歴史や商品のネットワーク性みたいなものを理解するのに有用だろう。一種の巨大な流通の歴史ともいえる。

2011年11月25日金曜日

夢違(角川書店)

著者:恩田 陸 出版社:角川書店 発行年:2011年 本体価格:1800円
 「霧」に巻き込まれたことがある。あれはもう○○年前、自転車で箱根山を越えようとしていたとき、夜中に気温が低下。そのまま眠っては危険だと思い、自転車を押して箱根山の山頂を超えようとした瞬間、1メートル先も見えないほどの霧に巻き込まれた。この本の中でも「霧」がでてくる。時間も空間もねじれてしまう不思議な空間が奈良県吉野を中心に展開していく。途中、「あれこれユングの集合的無意識的なお話だったらいやだな」と思ったが、幸いなことにそうはならず、しかもある意味ではハッピーエンドにたどり着く。とてもそうはなりそうもないオドロオドロした夢の世界に読者はいざなわれるが…。ストーリーは細かいところでは実は破綻している。ラストもたぶん、男性読者であれば「なるほど」と思い、女性読者は「男のナルシズム」と切り捨てる可能性も。ただベアトリーチェは最後は主人公の前に姿を現さなければ地獄絵図はおさまらない。説明がぜんぶきっちり片付くミステリーではないものの、その不首尾がかえってラストの効果を高めているような気がする。

2011年11月23日水曜日

新しい世界史へ(岩波書店)

著者:羽田 正 出版社:岩波書店 発行年:2011年 本体価格:760円
 歴史学が最近未来への希望を語る力を持たないという、やや自虐的な著述から始まり、「ヨーロッパ」というモデルにとらわれすぎた歴史観で世界史の検定教科書が著述されている現状では、地球全体を包括できるような世界史にはなりえないと説く。地球社会全体を俯瞰するような歴史像がうちたてられれば、確かに21世紀以降の地球市民の歴史はうちたてることができるが…。15ページで指摘されていることだが、今の日本の「歴史」はかなり学習指導要領の著述に左右されているのではないかという指摘が個人的には興味深かった。確かに世界史という科目は現在(2011年)では高等学校の必修科目であるとともに、それ以前の学習指導要領でも「現代社会」とともになにがしかの授業時間はあてられていた。中学校の「歴史」がほとんど日本史であるのと対照的だが、これは大学の教養学部で法律や経済の歴史を学ぶうえでフランス革命や封建制度がなんたるかもしらない大学生が一時期急増したせいもある。その後、50ページまで検定不合格となった「教科書」の内容も含めて学習指導要領が検討されるが、確かになにがしかの歴史にふれるさいに、学習指導要領の枠組みにそって世界史の事件を位置づけていることは多い。しかしさらに第2章(90ページ)までに解き明かされることだが、ヨーロッパ中心の歴史であると同時に、現在の世界史はあくまで日本人にとっての世界史であって、他国の人々とはやはり共有しえない歴史であることも説明され、第4章で著者がうちたてようとしている新しい世界史が紹介される。
 稀有壮大なモデルであると思うと同時に、これまでの世界史は確かに「地理的分析」「ヨーロッパ」「差異分析」に偏っていたのも事実だが、一種のモデルとして理解すれば、それはそれで不都合はなかったのではないかとも思う。地球はすべてアナログに一つの球体で連続しているが、それをいきなりボンと目の前に提出されても大方の人間は途方にくれる。便宜的にある地域に限定し、その後、「他の境界」についてさらにアナログに分析をつめていくという手法は、機械的にすぎるのかもしれないが、それはそれで学習の便宜は図られていたように思う。ただいつまでも、そうしたモデルに依拠するのではなく、さらに包括的なモデルをうちたてていこうという著者の意気込みが、この本に現われたのだと思う。
 

バスティーユの陥落(集英社)

著者:佐藤賢一 出版社:集英社 発行年:2011年 本体価格:495円
 フランス革命シリーズの第3弾。これから毎月文庫本が刊行ということらしいが、なかなかうまい出版計画。気がつくと文庫本の新刊コーナーでこのシリーズの最新刊を探している。3巻目にしてまだ1789年。全国三部会が憲法制定国民会議に衣替えし、人権宣言の発布に到る。フランス革命といえば「ベルサイユのばら」を思い出すが、その晴れの舞台となるバスティーユの陥落がこの文庫本でも最大の山場。ただし西洋史専攻の著者らしく歴史的史実をふまえて、バスティーユのなかにいた囚人はごくわづかで、しかも応戦していたのはスイス傭兵のみなど、冷めているようで熱い人民運動を描写。ルイ16世の一家がベルサイユからパリに移動する場面も非常に淡々と描かれているがそれがまたリアリティがあっていいんだなあ。これから憲法制定、さらにはロベスピエールの恐怖政治など、だんだんフランス革命の暗黒部分にこのシリーズは入っていくはずだが、文章と文章の合間にそうした暗い未来の予感がただよっていて、それがまた楽しい…。

2011年11月21日月曜日

原発賠償の行方(新潮社)

著者:井上薫 出版社:新潮社 発行年:2011年 本体価格:680円 評価:☆☆☆☆☆
 3月11日以降どうしても「理解できない」のが原子力発電による事故の損害賠償の枠組みだ。一応、事故前から「原子力損害賠償法」が制定されており、事故後の報道でもこの法律の適用の可否が論じられていた。不可抗力による天変地異以外の原子力の事故は無過失責任で事業者が負うと定めた法律で、今回の東日本大震災が「天変地異」かどうかで東京電力の損害賠償の有無がこの法律では決まってしまう。早い話、10年後か20年後にこの法律で損害賠償をもとめた被害者が、裁判所で「あの地震は天変地異ですから原子力損害賠償法の適用はありません」と言い渡される可能性すら残してしまう法律だ。
 無論この法律によらないで民法の一般原則で損害賠償する条文もある。ただしこの場合には、東京電力の「故意または過失」が立証されなければならない。司法判断で損害賠償を求めるのであれば、民法の規定による可能性が高いだろうと個人的には推測していた。そしておそらく「過失」を立証するのであれば、津波による電源喪失が過失に当たるか否かという点に焦点があたりそうだ。原子力損害賠償法や文部科学省に設置されている紛争審査会の和解などで満足がいかない被害者の方々の中には、おそらくこの民法の規定で裁判に持ち込むケースもあるだろうと思う。ただこれ、かなりの時間と資金を要するのは間違いない。著者は元裁判官で弁護士、さらには理学部出身というキャリアを活かして、今回の原子力発電所の事故と被害、そしてその後政府がおこなった臨時措置について法律的視点から検討を加える。超法規的措置があまりにも多く、今後行政の肥大化が懸念されることや、緊急性がないことについても内閣総理大臣が「要望」を出したことについて疑念を提出。さらに原子力発電事故に関する賠償問題について3つの条約を日本が批准していないことから、海外の被害者の損害賠償が巨額にのぼる可能性があることを指摘。感情的な筆はおさえられ、その分、被害者の方々には冷たくみえる部分もないではないが、東京電力の事業者責任が事実上ナカヌキ(電気料金の値上げなどによって賠償金の財源を捻出するなど)によって電力会社のモラルハザードが発生するリスクなども指摘している(179ページ)。問題が大きすぎて、にわかには想像がつかない事件だが、このまま法律的検討を先延ばしにしていくと、この先さらに行政の適時の対応と司法判断の問題のすりあわせが難しい局面も迎えるだろう。今まさに考えるべき時期に新書サイズで、コンパクトに問題点をまとめてくれた好著。

2011年11月19日土曜日

婚活したらすごかった(新潮社)

著者:石神賢介 出版社:新潮社 発行年:2011年 本体価格:700円
 日本を代表する老舗の出版社である新潮社からの新刊だ。個人的偏見もあるかもしれないが、他の出版社から出版されると「婚活」真っ最中の若者も手にとって読むかもしれない…という印象がつくかもしれないが、新潮社から出版されると「おっさんがあれこれ論評しながら読む本だろうなあ」てな印象になる。で、内容はわりと生真面目なもので、著者自らのコンカツのルポが前半で、後半が取材による婚活という構成。男性は「癒し」「甘えん坊」「ないスバディ」を好み、女性は「高収入」「海外駐在」を好むという分析が。この本を読むと結婚に対する「幻想」が崩壊するので、現実を直視したい人間には非常におすすめで、特に50歳以下の男性の8割が年収400万円以下という統計もあるこのご時勢、年収1000万とか「身長180センチ以上で医者」とか臆面もなく希望する女性の「非現実さ」を改めるには非常にいいテキスト。著者はけっきょく婚活には成功しなかったようだが、ウェブやら会員制パーティで「成功」(?)するよりもかえってよかったのではないかと思う。

2011年11月15日火曜日

ゼミナール民法入門 第4版(日本経済新聞出版)

著者:道垣内弘人 出版社:日本経済新聞出版 発行年:2011年 本体価格:3200円
 内容がわかりやすく説明が手厚く、さらにはコストパフォーマンスも高い民法入門の本。おそらく第1版を読んだときには理解は半分もできなかったが第4版までくるとうっすらとイメージがわいてくる。けっして初心者用に論点を低く設定しているというわけでなく、むしろかなり高度な議論が展開されているのだが、それを巧みな文章力とテーマ設定で読ませてしまう。専門家が読んでも楽しく読め、これから民法を学習しようとする人間にもモチベーションをかきたててくれる本といえるだろう。いわゆる資格試験などの勉強については即効性はないが、間接的にイメージをかきたてるのには役立つ本。縦書き二段組で文字の大きさもやや大きめ(13級か)。ローマ法の歴史から始まり、不当利得の説明まで突っ走る。また国際化した市場取引と債権法(契約法)についての説明もしっかり冒頭でおさえてある。民法は変わらないのではなく、今まさに変わらなければならず、そしてどの部分をどの方向へ変えていくべきかも暗黙のうちに著者は示しているようだ。

2011年11月14日月曜日

民法改正(筑摩書房)

著者:内田貴 出版社:筑摩書房 発行年:2011年 本体価格:760円
 契約法の改正作業が進行しているのは伝えられていたが、その方向性を立法担当者がわかりやすく解説してくれたのがこの本。新書でしかも平易な文章で著述されており、契約法の改正がまず市民にとって「わかりやすく」しかも判例などですでに暗黙のルールとして機能している理論も条文に盛り込む予定とか。必然的に条文数は現在の1044条よりも増加する可能性が高いが、ドイツやフランスの民法の条文が紹介され、日本の民法の条文がむしろ世界的には少ない部類であることが説明される。取引が拡大すれば契約法も国際化していくという分析から、国際標準に出遅れたIFRSの例なども引き合いに出される。確かに民法については条文に付属して各種の最高裁判例なども引き合いにしなければ現実の取引には対応しきれない面が強かった。ただし、そうした暗黙のルール(解釈や判例などのデータベース)を知らなければ民法を活用するのが難しかったのがこれまで。条文を増やして適用場面を具体的に指示することで確かに市民生活の民法はより使いやすいものになる。ただし、おそらくそれでも現実の変化のほうが多様化していくだろうから10年後20年後はさらに民法の条文は改正が積み重なるとともに近隣諸国や欧米との標準化もっ住んでいくことが予想される。書店では軒並み平積みで、実際にかなり売れているようだ。民法を知らない読者でもおそらく理解が可能な内容に。

統計・確率思考で世の中のカラクリがわかる(光文社)

著者:高橋洋一 出版社:光文社 発行年:2011年 本体価格:740円
 理学部数学科卒業の著者が経済学を学び始め、昔では珍しかったベイズ統計学について語る。アメリカの連続ドラマで「ナンバーズ」という映画があるが、その中に登場してくる数学者もベイズ統計学を使って犯罪者の居住地を割り出していく場面が描かれる。主観的確率から初めて、客観的事象をもとに確率をどんどん変更して「真実」に到るという手法、今では書店でも「ベイズ」の文字を見ることがかなり増えた。で、この本で経済誌などでもよく用いられる「~%」の意味とその分析について、かなりわかりやすく解説されている。タイトルはやや大仰な感じがしないでもないが、これは書店の棚で目立つようにするためにはやむをえない措置ではないかと思う。原子力発電所の事故から始まり、復興政策の財源や震災後のインフレ懸念についても最後は言及する形をとる。一貫して著者は復興財源については、増税ではなく国債で、しかも日銀引き受けによる国債消化で、クラウディングアウトを防止し、さらに足りない部分については国債整理基金などの埋蔵金の取り崩しを提唱。非常にわかりやすい言論なのだが、経済政策については必ずしも「わかりやすい」政策が「正しい政策」とは限らないのが難しいところ。

2011年11月13日日曜日

ヒトラーの側近たち(筑摩書房)

著者:大澤武男 出版社:筑摩書房 発行年:2011年 本体価格:780円
ベルナルド・ベルトリッチ監督の「暗殺の森」という映画を昔みたとき、ファシズムというのは、後の時代になって大衆の責任そのものは忘れ去られるものだ…というようなことを感じた。イタリアにせよドイツにせよ、そして日本にせよ、ファシズムが台頭した場合、ヒトラーやムッソリーニなど印象に残る指導者がファシズムを牽引したように解釈されがちだが、実際には、その周辺でカリスマを持ち上げていった側近や、その側近を支持していった一般市民という存在がある。第一次世界大戦からのヒトラーの歴史を追いつつ、この本ではヒトラーの「周辺」の人々を取り上げているのが興味深い。一枚岩とみられがちなSSと国防軍との関係も微妙な対立関係をはらみ、ナチスの支持基盤は階級的には「下」からのものであったことがわかる。一つの国家や組織をみずからの野望の犠牲にしてもやむないエゴイズムの塊とその追従者。どこの時代にもどこの国にもいる「側近」という立場の倫理は思っていた以上に重いものかもしれない。

2011年11月11日金曜日

僕は君たちに武器を配りたい(講談社)

著者:瀧本哲史 出版社:講談社 発行年:2011年 本体価格:1800円
なるほどね。「何をすればわからない」となげく世代には、方向性を与えてくれる本であることは間違いない。非常に面白く拝読するとともに、一種の違和感も覚える。京都大学の医学部の学生も著者の授業を熱心に聴いているというが、う~ん。医療ビジネスということであれば確かに医学も関係するのかもしれないが、自分が瀕死の重傷に陥ったときには「武器」を兼ね備えた医者よりも、挫折もして苦労もして不器用ではあるけれど信頼のもてる医師に見てもらいたいな、とふと思った。マーケティング技術やコミュニケーションスキルをみがくビジネスパーソンもすごいと思うが、一緒に仕事をしたくなるのは、たいていそういうビジネススキルを磨いている人よりも田舎くさくてドンくさいが誠意のある人だったりして。生き残る究極の秘訣は自分なりの解読をすると「究極の差別化」ということに尽きるのかもしれない。たとえば著者は弁護士の資格も将来的には苦しくなるとしているが、たとえば弁護士の資格をもつアナウンサーや医者という複合タイプが将来的には大量に出現してくる可能性もある。単体ではあまり「武器」にならなくてもニッチをみつけて差別化していけば、おそらく勝てるのだろう。自分自身の「市場価値」もおそらくこうした「組み合わせ」による差別化が今後の時代には最大の武器になると思うが、しかしだからといってそれは種々の試行錯誤のなかで自分自身で立ち位置を決めてきた結果。安易に自分の商品価値や差別化を目的化してはいけないと思う。あ、著者は別にそんなつもりはないと思う。なにせ東大法学部卒業で外資系コンサルタントでしかも現在は大学の先生で。すごいなーという感じだが、でもね。きっと大方の人間にとってはそういう生き方にも縛られる必要性はないと思うよ。

2011年11月9日水曜日

いい奴じゃん(講談社)

著者:清水義範 出版社:講談社 発行年:2011年 本体価格:648円
何某大手メーカーの約20年にわたる粉飾決算が明らかになり、その会社の株価は2日連続でストップ安。さらにイタリアでは財政赤字が懸念されデフォルトすれすれのリスクが高まる国債の利率が7パーセント台へ…。日本のみならず世界中が不景気不景気…。という世相で、この本、運の悪い好青年「鮎太」が、契約社員として運送会社で頑張る。理不尽な解雇にも怒ることなく頑張る。ピアノが足の指の上に落ちてきても頑張る。そして警備員として現場に向かって銃をうたれて意識を失っても頑張る。
著者はこの不景気日本で、20代半ばの人間に「頑張れ」という明朗青春小説を書きたかったのだという。ま、私にしてみれば「そんなご都合主義的な」と独白したくなるシーンもなくはないのだが、それでも喫茶店で一気に読み終わってしまった。なお運送会社の働く場面なども描写されており「養生」という業界用語なども読んでいるうちに頭に入る。

2011年11月8日火曜日

ビジネス「論語」活用法(三笠書房)

著者:小宮一慶 出版社:三笠書房 発行年:2011年 本体価格:1300円
いわゆる「自己啓発」系の書籍には用心しているのだが、その中でも小宮氏の書籍は別枠。「論語」の文言を利用しながら著者の人生哲学が語られるという枠組みの本だが、おそらく自分が20代のときだったならば読まなかったかもしれない。ただ、「正しい生き方」をしていたら、後から「利」や「楽」(楽しさ)がついてくるという考え方は、実務経験を通じて「園通りだな」と実感できる。金儲けを第一に考えるのと現在の株式会社の「営利性」とは似ているようで違う。現在の株式会社は法令順守や社会貢献なども含めて消費者が市場で購買活動を決定している。環境にやさしくない会社の商品はたとえどれだけ安くても購買活動は鈍るわけで、自動車会社やエネルギー産業は社会貢献活動を含めて総体として営利を獲得しているわけで、「ケチに徹する金儲け」とは意味合いが違う。その意味では「正しく生きる」という大道が最初にあって次に当期純利益が算出されるわけで、「金儲け第一主義」と現在の株式会社の当期純利益は必ずしも一致していない。テクニカルなスキルについては、それはそれで大事なことだが「小宮ファン」の多くはスキルは別枠で、ともすれば安易な金儲けに走る自分自身をいさめようとしているのではなかろうか。124ページに紹介されている「之を先んじ、これを労す」といった言葉はどんなリーダーシップ論よりも実践性と「正さ」に満ち溢れている。

海の都の物語 6巻(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2009年 本体価格:400円
17世紀をむかえ、海ですごすベネチア人よりも陸ですごすベネチア人のほう増えてくる。経済合理主義がある程度機能していたベネチアでは、宗教改革の影響もあまり受けずにすんだが、トルコとの戦争が続く。そしてカリスマ的な指導者には警戒を深めていたベネチアもモロシーヌという戦争の英雄を元首にすえる。そしてフランス革命が起こり、ナポレオンがイタリア半島に攻め込んでくる…。直接的にはナポレオンとオーストリアによる戦闘がイタリア半島で発生し、さらにはナポレオンによるベネチアへの不信がベネチア共和国の共和制を崩壊させるにいたる。ただ、ローマ帝国がそうであったように、ベネチア共和国も、戦争による壊滅的な被害によって滅ぶというよりも内部から時間をかけて崩壊していったという印象が強い。著者の筆はベネチア共和国にやや厳しく、そして哀愁も感じさせるタッチになっている。巻末には西暦452年から1797年のベネチア共和国の滅亡までの年表。日本史との対照表も付録されている。

2011年11月7日月曜日

「まじめな人」ほど老化する(PHP研究所)

著者:和田秀樹 出版社:PHP研究所 発行年:2011年 本体価格:552円
「老化」は20歳を超えたら生物学的に進行する。人によっては美容に気を配る人もいるし、人によっては体力維持につとめたりする。で、自分の場合、「老化」で一番怖いのは、理性をなくす、感情の抑制をなくす、果てには記憶力をなくすといった「脳内現象」だ。見た目はどうしたって老化するし、それはまあしょうがないのだが、自分が理性を無くしている状態というのは耐え難い。できれば死ぬ間際まで理性を残していたい。それが老化に対する第一の恐怖心となる。血圧がどうこうとか尿酸値がどうこうという話には直接的には関心は薄いのだが、あまりに高血圧だと脳血管障害が発生しやすいとか足を悪くするとボケやすい…というあたりに「恐怖」がある。ま、本当にボケちゃったら自分自身ではそうした認識すら失ってしまうのだろうけれど。で、この本ではやはり「興味」「関心」で前頭葉を維持しようという点にテーマが集中している。まあ、「ちょっとこれは…」と思うような「興味・関心」もないわけではないが、それもまたいろいろな分野に興味をもって「脳内老化の防止」策を講じようというあらわれ。行き過ぎた我慢や節制は、それまた健康に悪いという著者の言い分には納得。

2011年11月5日土曜日

海の都の物語 5巻(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2009年 本体価格:400円
貿易国家として隆盛をきわめていたベネチア。まずポルトガルが喜望峰をめぐるインド洋への新航路を発見したことで胡椒の貿易が苦しくなる。コロンブスのアメリカ大陸の「発見」はそれほど影響はなかったが、インドへの新航路はこれまでの地中海貿易を前提をくずすためベネチアにショックを与える。イスラムとの交易もおこなうベネチア共和国は聖ヨハネ騎士団などイスラムを反キリスト教国といちづける国々からは反感も招く。さらにトルコ帝国の東地中海への侵攻。貿易だけで対価の獲得が難しくなったベネチアは、毛織物工業、絹織物工業、石鹸、ガラス、めがねといった手工業も開始する。さらに出版業も自由の気風のあるベネチアで発達していく。その一方でキリスト教国とトルコの対立が不可避となり、レパントの海戦でキリスト教側はイスラム勢力をうちまかす。これはイスラム勢力の歯止めになるとともに、スペイン、フランス、ドイツといった君主制国家が小規模な都市国家の時代から勢力を伸ばし始めようとする時代の幕開けともなる。「通商」という一面からベネチア共和国の始まりと隆盛、そしてレパントの海戦からただよう「たそがれ」の時代までを描く。

2011年11月4日金曜日

海の都の物語 4巻(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2009年 本体価格:400円
ベネチア共和国の前におとずれるオスマントルコの脅威の時代。ハンガリー、アルバニアと同盟関係を結び、オスマントルコに対抗しつつ商業国家としての成長をめざすベネチア。率いるマホメッド2世はこれまでベネチアが対抗してきたジェノバやフランク王国のピピンとはまるで違う思想と行動力を示す大敵だった。巻末には当時の聖地巡礼の様子が描写される。著者は別の書籍「コンスタンティノープルの陥落」でもマホメッド2世を描写しているが、冷徹かつ冷酷でありながら確かに人間的魅力にはあふれた人物だったようだ。戦争に勝利した段階で、職人や学者はそのままコンスタンティノープルに連れ帰り、自分の国に役立てた…というあたりもローマの歴史を通読していたイスラムのリーダーらしいふるまいだ。イスラムとの対決が不可避になった時代にこの貿易立国ベネチアはまた変化を余儀なくされる。15世紀後半のこの時代を描く4巻は、イスラムとの攻防を中心に一気に読みきってしまう面白さ。

2011年11月3日木曜日

海の都の物語 3巻(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2009年 本体価格:400円
ジョニー・デップとアンジョリーナ・ジョリーが出演した「ツーリスト」という映画ではちょうどベネチアが舞台となっており、「海」のうえに所在なげにただようこの街の開放的な雰囲気がよくでていた。3巻ではそのベネチアがジェノバとの競争関係から戦闘状態となり、一つ間違えば国家の興亡ともなる戦いになった状態を描く。政治的には表舞台にはでなかったベネチアの女性についても特集。通史的な本というよりも、ジェノバとの争いやピサ、アマルフィといったほかの海洋都市国家とも比較がなされる。黒海への入り口となるコンスタンティノープルとその領主ビザンチンとの関係ではジェノバが有利に進行し、対岸のガラタにジェノバの拠点が築かれるにいたる。アッコンがマムルーク王朝によって陥落したあと、ヴェネチアも黒海に進出しようとするが、それを牽制しようとするジェノバとの争いは必然ともいえるものだった。

海の都の物語 2巻(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2009年(文庫版) 本体価格:362円
ベネチアを舞台にしたシェイクスピアの戯曲「オセロ」と「ヴェニスの商人」が冒頭でとりあげられ、ベネチア共和国における有限会社や定期航路(ムーダ)の始まりなどを解説。また当時の帆船についても図解入りで解説(77ページ)。80ページでは複式簿記についてもふれられている。ベネチアの歴史的事件よりは、むしろ交易商人として成功したそのインフラについて著述があてられ、流通や小売といった現在のビジネスパーソンにもベネチア共和国について関心がもてる内容に。現在の株式会社とは異なる合議制的な運営は当時の意思決定システムとしては、先進的なものだったのだろう。いわゆる産業組合というものもベネチアにはなく、それがまた国家として政治的なブレをなくす一つの要因にもなったようだ。

海の都の物語 1巻(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2009年(文庫版) 本体価格:400円
ローマ帝国末期、アッチラが率いるフン族が乱入し、現在のベネチアに住む人間は海に逃げ場所を求めた…。「水の都」「海の都」ベネチア共和国の始まりだ。学習参考書では「イタリア」と乱暴にくくられてしまうイタリア半島の歴史だが、当時にはそのような国家はない。海洋都市国家であるベネチア共和国は、「貿易」を主たる産業として、東地中海に覇権をのばす。そして海のルートを柔軟に構築していくのだが、それはローマ帝国の陸の「道路」にも匹敵する国家の基本アイテムとなった。第1巻ではフランク王国ピピンの侵略やビザンチン王国と神聖ローマ帝国の間でいかにベネチア共和国の主体性を維持したのかが語られる。そしてまた第4次十字軍においては、フランスの騎士たちととともにビザンチンまでせめていき、ラテン王国を建立するに到るところまで。あまりこの時期のベネチアは評判がいいとはとてもいえないのだが、実利を重視したベネチア共和国として著者はその明るい側面に光をあてる。

映画長話(リトルモア)

著者:蓮実重彦 黒沢清 青山真治 出版社:リトルモア 発行年:2011年 本体価格:1900円
紙の質はやや悪いが、きわめて上質のデザインで、作り手の「意思」が感じられる本。けっしてお金がかかっているわけではないが丁寧な編集の仕事がみえる。索引や注記のつけ方がまず丁寧。さらに章扉がまた丁寧。白黒ではあっても映画の印象的なシーンと鼎談での印象的な一言がさらっと書き添えられている。けっして予算に恵まれて作った本ではないと思うが、映画評論がやや帝帝気味の2011年現在、こうした「映画」に真摯に取り組む作家と評論家の鼎談は、うまれるべくして生まれたのだろう。シネフィユ3人に対して「編集王」が立ち向かうといった構図だろうか。映画について語られているわけだが、もちろんこの3人の意見に「影響」は受けても支配される必要性はない。ただ「とにかく映画を見る」「楽しむ」ということに尽きるわけだし、そもそも映画に扇動する、画面を見る快楽に身をゆだねさせる…というのが、狙いだろうから、その狙いにそのまま読書とともにのっかるのが正当。書店で立ち読みしているうちに、一気に鼎談に引き込まれ、そしてレジに向かい、そのまま深夜まで読みふけり、朝になると文章は忘れているが、印象的な映画の場面がふと脈絡なくよみがえる…そんな映像重視の生活のトリッガーをひいてくれる不可思議な「書籍」。☆☆☆☆☆。

「上から目線」の構造(日本経済新聞出版)

著者:榎本博明 出版社:日本経済新聞出版 発行年:2011年 本体価格:850円
この本かなり売れているらしい。なんとなく理由が分かるのは「なぜゆえにこの人はすべてわかっているような口調なのか?」「なぜゆえにこの人は自信たっぷりなのか?」と不可思議に思う機会が増えると同時に、無意識に自分自身が発した言葉が「上から見てるー」などと反応されることがあったから。一つには未成熟な人格と自信のなさが傲岸さにつながるという昔からの構図。これは別に今に始まったことではなく、ともすれば酒場の酔っ払いと同じで、無責任な場では大きな声になるがフォーマルな場所では小さくなるという構図。これは新しくない視点。ただ、もう一つはかつて以上に「空気」を読まなければ生きていけない雰囲気と市場経済の発達による交換価値の重視の傾向。市場経済重視では価格が「高い」人材が結果的には「価値も高い」とみなされる(傾向がある)。とすれば、イケメンであろうが高学歴であろうが、「市場価値が低い」人材は交換価値も低いとみなされてしまう。そういう構図では周囲との協調性が重視されるが、そうした「空気を読む」ことにたけていない人材というのは、ともすれば「上から目線」にもみえてしまう…。逆にまたそうした市場価値重視のなかでは自分が認識している以上に他人から低く扱われることに「怒り」を感じるものかもしれない。とすれば何気ない一言に「逆切れ」してしまうのもまた自信のなさや市場価値の予想以上の「低さ」に対する怒りの表れともみることはできる。いずれにせよ、「昭和」の時代よりも確実に市場経済は日本社会に定着した(少なくとも雰囲気的にはそうだ)。したがって、人間はまず自分自身の市場価値を高めようとすると同時に、必要以上に自分を低くみられることに過敏なのかもしれない。

2011年11月2日水曜日

パリの蜂起(新潮社)

著者:佐藤賢一 出版社:新潮社 発行年:2011年 本体価格:476円
農産物の不作と物価高に悩むフランス。財政赤字の再建のため貴族階級への課税をねらう財務大臣ネッケルは罷免され、全国三部会もルイ16世とその取り巻きに押し切られる。策士ミラボーはパレ・ロワイヤルに乗り込み、うだつのあがらない弁護士デムーランをたきつけて、民衆の怒りに火をそそがせる…。 名作「ベルサイユのばら」から何度繰り返しても読み飽きないフランス革命の歴史。時にはルイ16世とマリー・アントワネットの視点で、時には民衆の側の視点で。そのたびごとにきれいごとではすまないフランス革命の歴史の「裏」に流れる人間の「情念」の歴史を思う。人権宣言や民主主義といった「キレイゴト」ですまないのは、フランス革命以後も流れる粛清の歴史がある。またいかにマリー・アントワネットの「浪費」が過ぎたとしても、自分の子供とも離縁されてギロチンにかけられるほどの罪があったとも思えない。抑圧からの解放が、逆に抑圧を生むというのは、その後、スターリンが、そしてポル・ポトが歩んでいった道でもある。ロマン的にも見える「物語」だが、それでも冷たいリアリズムも垣間見えるフランス革命絵巻、第2巻。