2011年11月21日月曜日

原発賠償の行方(新潮社)

著者:井上薫 出版社:新潮社 発行年:2011年 本体価格:680円 評価:☆☆☆☆☆
 3月11日以降どうしても「理解できない」のが原子力発電による事故の損害賠償の枠組みだ。一応、事故前から「原子力損害賠償法」が制定されており、事故後の報道でもこの法律の適用の可否が論じられていた。不可抗力による天変地異以外の原子力の事故は無過失責任で事業者が負うと定めた法律で、今回の東日本大震災が「天変地異」かどうかで東京電力の損害賠償の有無がこの法律では決まってしまう。早い話、10年後か20年後にこの法律で損害賠償をもとめた被害者が、裁判所で「あの地震は天変地異ですから原子力損害賠償法の適用はありません」と言い渡される可能性すら残してしまう法律だ。
 無論この法律によらないで民法の一般原則で損害賠償する条文もある。ただしこの場合には、東京電力の「故意または過失」が立証されなければならない。司法判断で損害賠償を求めるのであれば、民法の規定による可能性が高いだろうと個人的には推測していた。そしておそらく「過失」を立証するのであれば、津波による電源喪失が過失に当たるか否かという点に焦点があたりそうだ。原子力損害賠償法や文部科学省に設置されている紛争審査会の和解などで満足がいかない被害者の方々の中には、おそらくこの民法の規定で裁判に持ち込むケースもあるだろうと思う。ただこれ、かなりの時間と資金を要するのは間違いない。著者は元裁判官で弁護士、さらには理学部出身というキャリアを活かして、今回の原子力発電所の事故と被害、そしてその後政府がおこなった臨時措置について法律的視点から検討を加える。超法規的措置があまりにも多く、今後行政の肥大化が懸念されることや、緊急性がないことについても内閣総理大臣が「要望」を出したことについて疑念を提出。さらに原子力発電事故に関する賠償問題について3つの条約を日本が批准していないことから、海外の被害者の損害賠償が巨額にのぼる可能性があることを指摘。感情的な筆はおさえられ、その分、被害者の方々には冷たくみえる部分もないではないが、東京電力の事業者責任が事実上ナカヌキ(電気料金の値上げなどによって賠償金の財源を捻出するなど)によって電力会社のモラルハザードが発生するリスクなども指摘している(179ページ)。問題が大きすぎて、にわかには想像がつかない事件だが、このまま法律的検討を先延ばしにしていくと、この先さらに行政の適時の対応と司法判断の問題のすりあわせが難しい局面も迎えるだろう。今まさに考えるべき時期に新書サイズで、コンパクトに問題点をまとめてくれた好著。

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