2011年10月30日日曜日

革命のライオン(新潮社)

著者:佐藤賢一 出版社:新潮社 発行年:2011年 本体価格:476円
フランス革命を扱った小説で単行本では全10巻の予定が全12巻完結になったというシリーズもの。シリーズものには非常に弱く、だいたい大部のシリーズにかぎって、はずれは少ない(はずれだったら途中で打ち切りになっていたはずだし)。で、この本も1789年のベルサイユ宮殿に財務長官ネッケルがかけつける場面から始まるが非常に面白いのである。この1巻ではまだマリー・アントワネットは三部会に少し登壇するだけで登場人物の重要な役割はしめていない。むしろこれまで脇役的存在だったミラボー、ネッケル、デムーランといった人々が小説のなかで動き出す。ロベスピエールの扱いやルイ16世の扱いも既存のフランス革命の小説や映画とは微妙に異なる。「素材」として狩りや錠前いじりが好きなフランス国王であった…としても、作家の解釈によってはさまざまな人物像が描写されるものだ。で、絶対的な歴史的真実なるものが存在しない以上、こうした解釈の面白さは、必ずや後世の代の歴史的解釈も自由かつ柔軟にするものではないかと思う。本の装丁もお洒落で、さらに解説は池上彰さんという豪華さ。

2011年10月28日金曜日

九月が永遠に続けば(新潮社)

著者:沼田まほかる 出版社:新潮社 発行年:2008年 本体価格:629円
発行されたのが平成20年2月1日(文庫版)で、購入したのが平成23年10月30日第15刷。僧侶や会社経営のすえ、小説家となり賞も受賞したということもあって注目を浴びているようだ。発行から3年がすぎて書店では平積みになっている。売り込みの文句は「エロコワ」。でもなあ。個人的にはエロイともコワイとも思わない。まず主人公は41歳のバツイチ主婦で子供は高校生という設定。こういう主人公がどういう恋愛関係をくりひろげようとそれが「エロイ」とは思わない。少なくとも個人的にはそう。で、「こわいか」というと、これも個人差がでてくるが、ぜんぜん怖くなかった…。さまざまな人間関係が繰り広げられる点で「怖い」と思う人もいるのかもしれないが、「自分だったら」と冷静に考えると、こういうただれた人間関係にはウンザリして逃げ出すだろうな、としか思わない。想像力が欠けているのかもしれないが、小説よりも映画とか演劇に向いているストーリーなのかもしれない。「息子」を喪失した…という喪失感覚がなんか感じ取れないんだなあ…。途中思ったのは第一人称で語られるこの「世界」がもし成立するのであれば、一人の人間の頭の中の妄想ではないか、ということ。こういうのって、怖いっていうよりもえげつないと表現するしかないんじゃあ。

2011年10月24日月曜日

イギリス王室物語(講談社)

著者:小林章夫 出版社:講談社 発行年:1996年 本体価格:650円
昨年のアカデミー賞を受賞した「英国王のスピーチ」を見て、「そういえば、エドワード8世に関する本、どこかにあったようなあ」と書棚をさがして、つい全部よみふけってしまった本。映画ではエドワード8世(ガイ・ピアース)は脇役なのだが、堅苦しいヴィクトリア王朝からエドワード王朝にほんのハザマ切り替わる瞬間の英国王として有名だ。この本ではイタリアやドイツにシンパシーを感じていた点やファッションなどに解説が加えられているが、父親のジョージ5世やドイツと戦争状態におちいったさいのジョージ5世は確かに災難だったろう。このほかにヘンリー8世(「チューダー」という海外ドラマが現在レンタル中)、エリザベス1世、ジェームス1世、チャールズ2世(別の映画でジョン・マルコヴィッチがこのチャールズ2世を演じたことがあった)、ジョージ1世、ジョージ4世、ヴィクトリア女王(これも映画化)が取り上げられている。いずれも何度も映画化されたほどの王侯であるほか、伝記も多数執筆されているが、なにせ逸話にはことかかない英国王室。この新書はまだ書店にも置いてあるぐらいロングセラーとなっているようなので、なにか外国映画やドラマをみているさいに、ちょこっと参照するには非常に便利。自分自身も通読したのは5年ぶりか6年ぶりぐらいだが、なにかのおりには読めるように本棚の手にとりやすいところにおいてある。

2011年10月23日日曜日

平台がおまちかね(東京創元社)

著者:大崎梢 出版社:東京創元社 発行年:2011年 本体価格:700円
発行された2011年9月にはあちこちの書店で平積みだったが、11月になると平積みの書店もかなり減ってきた。文庫本も新書も新刊の山だけに、発刊2ヶ月もたつと次々の競合商品が出版されてくる。書店の平台は面積が限定されているため、どうしても新刊優先になってしまうのはしょうがないが、それだけに書店営業はすでに発刊された既刊本も含めてブックフェアやPOP広告などにまい進。そんな書店営業の業務をからませて日常のちょっとした「ほんわかミステリ」を、新人書店営業が解決していく。版元は東京創元社。ミステリの文庫本を地道に発刊しているという印象の出版社だが、著者は実際に書店営業についてまわって取材をかさねた模様。業種としては書店営業だが、地方書店がかたひじはらずに付き合いができる「吉野」という登場人物のパーソナリティは他の業種業態でも勉強になる点多いかも。実際、大手・都会の「営業が地方の小規模メーカーなどに営業するさい、どうしたって相手側にはいろいろ引け目もでてくる。そんな引け目を柔軟にほぐしてしまうのもやり手の営業のスキルなわけで。なかなか知られることが少ない版元と書店の情報流通や物流を担当する職種で、出版社によっては広告宣伝もかねることが多い部署。読書好きの方はもちろん、販売促進にかかわる方にもおすすめ。

街場の現代思想(文藝春秋)

著者:内田樹 出版社:文藝春秋 発行年:2008年 本体価格:571円
評価:☆☆☆☆☆☆
ある意味では非常にわかりやすい内田先生の本。文化資本による階層社会(これ、実際にはもう到来している)、「勝ち負け論」、社内改革論、転職論など。特に117ページが秀逸で。「決断をせまられた時点で」「選択肢はしぼられている」という、まあ、それはそうなんだけど、当事者にとってはいわれたくないよね的な結論がばっさり書かれている。困難な状況に追い込まれないようにあらかじめ手を打っておくことは普通の人間でもできるが、困難な状況下で最善の選択肢をひきあてる能力は人間には必ずしも備わっていないというのも、まあ…それをいっちゃあ…的な真実で。「バツイチ」が再婚を前に苦悩するのと一緒…てのもそれをいっちゃあ、なのだが、まあ自分自身を知る…っていう目の前の課題ほど先送りにしたがる人間の習性は、常に人間は忘れるってのと同じことの「裏返し」なのかも。そうした意味では意図的に、あるいは無意識に目の前の「課題」を見ないですむようにしよう…としてきた私なんかにとっては「耳の痛い」話の連続。だからこそ、まあこの本オススメ。

45歳からの会社人生に不安を感じたら読む本(日本経済新聞出版社)

著者:植田統 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2011年 本体価格:1400円
「時空を超えて…」てな話に人気が集まり、さらにファンタジー系統では10代の青少年になぜか人気があったりする。「時をかける少女」(筒井康隆)などが何度もリメイクされたり、続編があれこれできるのも、タイムトラベルものの人気のあらわれではないかと思う。「もう一つ別の人生」に魅力がある理由。それはおそらく、「あのときああしておけば」という選択肢をあらためて獲得できる手段が「タイムトラベル」ではないか…と個人的には考えている。一定程度現実にもまれると「あのとき、ああすれば」というのは絵空事であることがわかってくるが、10代や20代では「あのときああすれば」がまだ現実味をもって語れる内容だったりする。人間は失われたはずの選択肢がまた回復できたりすると、それだけで元気がでる生物らしい。
で、45歳。もうあれだな。タイムトラベルとかいう絵空事ではなく、現実性のある選択肢のなかで生きていくしかないうえに、将来の可能性もきわめて乏しい。まして2010年代はリーマン・ショックで世界的大不況。どう考えてもばら色の未来とはいいがたく、原子力エネルギーなど将来にむけても不安材料ばかり。45歳以降に不安をかんじないでいられる人間はそれほどいない。こういう本がでてくるとどうしても手にとって読んでしまう。この本の冒頭は有名大学を卒業して外資系企業につとめたものの、若いときの苦労とマネジメント能力の欠如から最終的には45歳をすぎて失業してしまった人の事例。早期退職制度の事例なども含めると45歳以降50歳までで20,000人近い人間が会社から退職していくのだという。これからの日本の経済事情をみると、事実上の早期退職と子会社への出向などがかなり多く発生すると同時に、年金給付などの時期は後ろにずらされていく時代になるのだろう。ビジネススキルより人格を磨くこと、協調性や自己改造、人間関係のメンテナンスなど非常に地道な努力が必要となるが、まあいってみれば年齢を重ねることでオプションが狭くなってきたことの裏返しでもある。コストの高い人材をわざわざ雇う企業は少なく、自分自身の商品価値をみきわめていけ…という哲学的な部分をこの本は著述しており、けっしてスキルの細かい部分やテクニカルなことを解説したわけではないが、全体をとおして流れるオプションの減少とリスクについて率直に語ってくれているあたりは「時をかける少女」の真逆の現実味あふれる著述でもある。元気がでる内容ではないが、かといって不必要に落ち込む内容でもない。45歳以降にはまだ程遠い人にもすでに達してしまっている人にもいずれ来る未来として、この内容はふまえておいてソンはない。
就職や転職が目的化してしまうと、本当の自分の目標を見失ってしまうこともある。ある種、目の前に就職戦争や転職競争などがあると、それを突破することが目的化してしまう。が、田舎か郊外で、一軒家をもち、そこでほどほどの在宅業務をこなしながら映画と読書を楽しむ…という生活がばら色としている人間には、たとえ望むような職業でなくても、そこそこ目的は達成できてしまったりする。「不安」の内容も個人差があるが、一度立ち止まって人生考えたい人にはこの冷静な著述。けっこう勉強になる。

骸の爪(幻冬舎)

著者:道尾秀介 出版社:幻冬舎 発行年:2009年 本体価格:724円
オカルトシリーズかと思いきや、本作は怪奇現象のようにみえて実はそうでないエピソード。実は科学的ミステリ第2弾。また仏像に関するコネタがちりばめられており、ストーリーに飽きてきたころに適切に仏像や仏教に関するエピソードが展開される。ミステリ関係の本って実は特殊な業界やジャンルのエピソードで興味関心を補強してくれる本が多いが、この本も「ああ、単調だな」というころあいに、小さなエピソードで読むエネルギーを補強してくれる。で、面白さっていうことでいうと、個人的にはつまらなかった。「物語」はどっちかっていうと火曜サスペンスっぽい展開で、閉ざされた空間であるはずの「場所」のイメージがいまひとつ伝わってこない。もう少し自然描写を上手くしてほしかったな、という気分。これ、文字で滋賀県の山間の…といっても、イメージがわきにくいからだと思う。せっかく仏像や寺社を扱っているのだし、ミステリも文芸作品の一つなんだからアイデア以外に読ませる文章がもう少しあってもいい。前半の会話と後半の物語の展開の明暗のコントラストがまた不自然なような気もするし。 シリーズとしては第1作「背の眼」の6掛け程度といった感じ。

2011年10月22日土曜日

ためらいの倫理学(角川書店)

著者:内田樹 出版社:角川書店 発行年:2003年 本体価格:629円
評価:☆☆☆☆☆
「戦争・性・物語」という副題がつく。戦争については日本人全体にただよう「どっちつかず」の美学みたいなものがとりあげられていて、いたく共感。声高にハンセンを訴える人たちもいるが、実際には「まあ、あんまり過度にやってもまずいし、そうでなくてもまずいし…」という微妙な雰囲気が実際にはただよう。国家に対する信認はもちろんあるものの、それでは失業したりしても国家が面倒をみてくれるのかというのは非常にあやういという認識も同時にある。この「どっちつかず」を微妙に表現できる思想家というのは現時点では内田樹が最高峰ではなかろうか。「物語」についてもプロップなどの影響もとりこみつつ、「起源をいつわる物語」の可能性について著者は言及する(209ページ)。一時これも過度にやりすぎたとはいえポストモダンの影響下の試みは有史以前からの「物語のなぞり」を否定しようという動きそのものにあったと思う。これを端的に数ページで解説してしまうこの本は、非常にお買い得だ。ともすれば安易は論理や結論を純粋命題にして、しかも他人におしつけようという前近代的な思考。最近また増加しつつあるのだけれど、左であれ右であれ、男性であれ女性であれ男性でも女性でもない人であれ、他人に自分の「正義」をおしつけようとする人。かなり用心しないとそっちの狭い世界におしこめられて柔軟な考え方が奪われる。内田樹、そういうリスクを排除するのにはもってこいの防御システムである。

官僚の責任(PHP研究所)

著者:古賀英明 出版社:PHP研究所 発行年:2011年 本体価格:720円
経済産業省を退官されたということで元官僚ということになる。ただ「改革派」官僚というレッテルは著者も不本意ではないか。経済産業の健全なる育成を図っていくという視点はむしろ経済産業省官僚の本流ともいえる。天下りについても「後ろぐらいシステム」とはいうものの完全否定はしていない。多少ムダづいかいと不正はありうるかもしれないが、一種の公共事業の変形と考えればわけのわからない財団法人などにも存在意義はあるかもしれない。公益法人からさらに売上をあげる民間事業法人もある。ただ、おそらくこの公益法人は市場原理主義による自由経済をメインにするのであれば、他のシステムに切り替えないと世界に負ける。役人の商売センスはいかにも非効率。天下りではなく別の形で公共事業はおこない、公益事業もなるべく民間事業にまかせていく…というのは穏健な考え方だと思うが、これでは経済産業省の天下り先は減少する(もちろん10年後には天下りはさらに厳しい世界になっていくだろう)。それでもなお、経済産業省が著者を退職においこまなければならなかった理由は、いくら官僚といえども国会議員にさからうというのは憲法違反になる(国会議員に選出された国会議員が行政を統治するというタテマエがあって官僚の権限も正当化される)。特に基礎産業の育成にあたる経済産業省としては国会議員の同意は不可欠だ。圧力は省内というよりもやはり国会議員のほうからが大きかったのではないかと推測する。東京大学法学部卒業でⅠ種キャリアの著者は、もうすこし立ち回りがうまければ別の人生があったのかもしれない。ただおそらくは、このままの経済産業省の方向性ではたちいかなくなる…という展望があったのだろう。この本を読むと改善点は非常にあきらか。ただし逆に「変化」を官僚システムにもちこむのは至難の業であることも逆説的に認識できる。

「野村学校」の男たち(徳間書店)

著者:永谷脩 出版社:徳間書店 発行年:2009年 本体価格:1300円
評価:☆☆☆☆☆
強い選手を集めて優勝することはできても、安くていまひとつクセのある選手ばかりを集めて優勝するのは至難の業だ。それをかなりの確率でなしとげたのが野村監督。この本では「野村学校」とよばれる他球団を解雇された選手を再生させた野村監督の代表的な選手37人をとりあげている。正直厳しい世界だが、問題発見(現状把握)と目標のハザマをいかにして37人が埋めていったのかが非常によくわかる。もちろん活字になるインタビューなのですべてが真実というわけでもないだろうが、現状と目標の距離、そして地力のかけているという自覚のある人間にとっては、ヒントになる事柄がやまもりだ。冒頭は楽天の山崎選手で今年楽天との契約がきれた。楽天はコーチを準備したらしいが、山崎選手は続行希望という。野球をやりたいならば文句をいうな、という一言が重い。また共通して準備とプロセスを重視するという野球がそれぞれの選手にとって大きなヒントになっているのも興味深い。その逆に「選手をほめない」という批判も掲載されている。野村監督の著書だけでは自分の方法に肯定的なことしかもちろん執筆されないが、37人の選手のインタビューでは「野村監督の改善点」も著述される。その「欠点」をさらにとりこんで自分のやり方に応用していけば、野村監督以上の「再生工場」を自分のジャンルで確立することだってできなくはない。そんなヒントをこの本から感じ取ることができる。

やさしく深堀りIFRSの有形固定資産(中央経済社)

著者:中田清穂 出版社:中央経済社 発行年:2011年 本体価格:2600円
「やさしく深堀り」シリーズ、IFRSの条文が網羅されているので、それほどやさしい内容ではないが便利。この有形固定資産も内容はかなり難しいところまで踏み込んでいるが、それはやむをえない。日本ではまだそれほど有形固定資産の公正価値評価はねづいていないが、それもあると思う。IAS16号有形固定資産以外に、IAS23号借入費用、IAS40号投資不動産を扱っている。ひととおり通読したあとに、必要におうじてレファランスする参考資料としても使える。

2011年10月20日木曜日

気にしない技術(PHP研究所)

著者:香山リカ 出版社:PHP研究所 発行年:2011年 本体価格:720円
ある程度人生経験が積み重なると「ああ、多少のことは気にしないでほうっておくと、それなりに何とかなるものだな」ということもわかってくる。10代などはたいていの人間が「自意識過剰」なので、ちょっとしたことが大きなことのように思えてしまうが、世の中みんな忙しいので多少のことはあまりだれも気にしない。で、この本では「あんまりせかせかしているとエネルギー消耗して、かえってよくない結果になるかもよ」的な「柔軟な発想」を提唱。いわゆるビジネスパーソンが「がっつき」傾向を示すのにたいして「過ぎたるは及ばざるが如し」を自らの人生も振り返りながら紹介。グチタイムなど適度な不満もぶちまけていいのだ、とコントロール抑制過多の生き方の見直しを進める。まー、あんまし力を抜きすぎると「手抜き」だが、逆に力を入れすぎて「病的」になっても問題だ。ということで、ほどほどの中間がよろしいようで…。

背の眼 上巻・下巻(幻冬舎)

著者:道尾 秀介 出版社:幻冬舎 発行年:2007年 本体価格:上巻571円 下巻648円
2011年10月中旬現在、幻冬舎文庫は文庫本にてミステリーフェアを展開。秋のこの時期に文庫本でミステリーフェアというのがなかなか心憎い。赤字に白抜きの文字でミステリーフェアとあおられると、固い本を読んでいるハザマで妙に購買意欲がそそられる。IFRSの会計の書籍は、ひとまず横においといて、福島県の某所で発生した「怪奇現象」と自殺者の連続発生を調査しに、作家・道尾と霊現象探求者真備、その助手凛の3人組が調査に入る…。読み終わってみると、一見怪奇現象を扱っているようで、きわめてまっとうなミステリーの佳作。読後感はそれほど悪くはない。怪奇現象も最後にはちゃんと「科学的」説明がついているので、私のような「霊懐疑派」も読み通すことができるような構図になっている。また日本のドロドロした山岳信仰、天狗、「道」の漢字の意味、「東海道五十三次」、金比羅参りといった関連知識の解説も充実。西洋のロジックがんがんのミステリーも面白いけど、日本のドロドロ民俗学がからまるドロドロ連続殺人も非常に面白いのを再発見。

2011年10月17日月曜日

大切なところで迷わない「1分間決断力」(新講社)

著者:和田秀樹 出版社:新講社 発行年:2011年 本体価格:800円
タイトルからすると…あまりグズグズ迷っているよりかはさっさと動いたほうがいい…ということになるのだろうが…。大切なことだからこそ「やりすごす」という選択肢もあるだろう、という気がする。リスクを見込んでたいしたリスクがなければどんどん決断していく…というようにも受け取れる。まあ…確かに…あれこれ優柔不断に悩んだとしても…さして得ることも少ないかもしれないし…でもまあ大きなダメージをくらってから反省するのも大人げないし…まあ…ためらっているよりかは動いたほうがいいという行動重視でいくなら確かに1分間で決断を下したほうがいいのかも…でもそうとも限らないのが人生の難しいところで…。
決断って難しい…だからこそ選択は大事にしたいと思うのは私だけではなく…財産や名誉をかけるような大事な選択は…やはり1年かけても2年かけてもいいんだろうなあ…。

2011年10月16日日曜日

なぜ意志の力はあてにならないのか(NTT出版)

著者:ダニエル・アクスト 出版社:NTT出版 発行年:2011年 本体価格:2800円 評価:☆☆☆☆
自己管理が大事…というのはおそらくキリスト教、わけてもプロテスタントの影響が大きいと思う。最近発刊されるビジネス書籍の多くも「自己管理」の重要さを説き、その手段をディジタル機器などを利用して解説するという構図のものが多い。この本ではそうした「自己管理」の意識の文化をギリシア時代から解き明かしていく。自由を人類は手に入れたかわりに飽食による肥満死や拒食症などの増加を招いた。こうした自由の代償として、世界がアノミーに陥るというデュルケームの議論を引き合いにだし(109ページ)、それは結婚などの法令上の「自己管理」にも話が及んでいく。未来の価値をあまり信じられない人の割引率は高くなり(つまり1年後の100万円よりも目の前の10万円を優先するという行動)、そうでない人は節制など自分の将来割引価値を高く見積もるという傾向など、最新の議論まで展開。一種の「文化史」ということで、著者自身は自己管理がいいとも悪いとも、将来の割引率が高いほうがいいとも低いほうがいいとも断定はしていないのだが、少なくとも有史以前から人類は「自分を管理」しようとして幾分かは失敗して幾分かは成功して、その数少ない成功がそれなりの成果を招いた…というのは本全体から伝わってくる。ビジネス書籍では自己管理ありき、なのだが、自己管理ってそもそも何?という疑問に対して、斜め真向かいから答えてくれる本。

高校生にもわかる「お金」の話(筑摩書房)

著者:内藤忍 出版社:筑摩書房 発行年:2011年 本体価格:740円
実際にある高校で著者が展開した「お金」に関する講義をもとにかきおろされた新書。AKB48のメンバーの推定収入やリスクとリターンの話などが冒頭で展開され、人生全体のおおまかな収入と支出をとらえていくという具体的な話に移行。この手の話ではやはり若ければ若いほど、リスクを減らしてリターンが大きくなるのは当然の話で、今後高校生にお金の話をする本や学校はもっと増加していくかもしれない。投資については著者は「是」とする立場だが、リスクを一定程度認識してリターンをとりにいくという投資家の心構えができていれば投資も当然ありだろうと思う。実際にはこれから証券市場の法令順守の話や情報公開、財務分析といった具体的な話にさらに展開していく必要性があると思われるが、それは大学生以降の「授業」になるだろう。どうにかなる…と考えてどうにもならないこともあるのが、お金の世界。リスクは疾病や大震災などでも発生する。目標設定と現状認識の差異を「戦略」で埋める図などは非常にわかりやすい。

お金の流れが変わった!(PHP研究所)

著者:大前研一 出版社:PHP研究所 発行年:2011年 本体価格:724円
ある意味では不運な本でもある。2011年1月に発行されたため、原子力発電についてはクリーンで安全…という著述があり(大前研一氏は原子力工学をマサチューセッツで専攻)、未来予測については読者に疑義をいだかせる一因にもなっている。ただ、JALの救済をたとえばJR東日本などが子会社化するといったアイデアは豊富。資本を世界中からよびよせていたアメリカの高金利政策についてもローレンス・サマーズやグリーンスパンにその意思があったかどうかは不明なものの、わかりやすく解説されている。中国の経済政策についても貿易主導の総需要政策から内需拡大に移行した経緯などは理解しやすい解説だ。またパキスタンと中国の外交関係に内陸部の重要拠点カシュガルがあることなど、外交政策についても理解しやすい。ギリシアの貿易赤字の問題とEUの問題なども新書にしてはコンパクトにまとめられている。是々非々でいけば、新書である程度アウトラインをつかまえておいて、その後詳細については賛否両論ある専門書に移行していくべき内容だろう。ロシアの半導体部門のエピソードやトルコとフン族大移動の話など、興味深いエピソードも非情に多い。大前氏の著作にはビジネスパーソンが非情に多いと推定されるが、未来予測があたるあたらないということ以外に、興味深いエピソードやいろいろな業種に応用できる仮説などが興味をひいているのかもしれない。

2011年10月14日金曜日

大震災で日本は金持ちになるか、貧乏になるか(幻冬舎)

著者:高橋洋一 三橋貴明 出版社:幻冬舎 発行年:2011年 本体価格:952円
大震災と福島原子力発電所の事故による被害は当初よりもさらに拡大の様相を呈している。当然のことながら復興のための公共支出が必要になるが、その財源として国債か増税かで政治の意見は2分されている。この本の著者は、震災復興の財源は国債でまかない、総需要を高めることでGDPを上昇させるというケインジアン的スタンスをとっている。一方、野田総理大臣の軸足は増税に傾いているようだ。著者は国債整理基金の取り崩しや国債発行の日銀引き受けによる金融緩和政策という総需要刺激策をとる。個人的な実感とすれば、財源は国債の発行と増税の両方でまかなうべきだと考える。まず、国債が増加すれば、国債の市場価格が下がる。したがって市場の長期金利は上昇し、外貨が流れ込んでくるため円高傾向を促進。輸出は減少して輸入が増加し、貿易収支は緩やかに黒字を減少させていく。またマネーが国債に吸収されるので資金需要を逼迫させるだろう。日本銀行引き受けの場合にはマネーは増加するが、今度はインフレーションを起こす可能性が高くなる。ただし、復興に必要な財源としてすべてを国債でまかなうことはできないが、この円高と円安のバランスはだれにも見極めることが難しい。したがって一定の比率で国債を増発し、残りは増税でまかなうという折衷案が一番望ましい。ある意味ではきわめてシンプルなケインズ的政策を著者はうったえているが、おそらくこれはこの二人の確信犯的言動ではないかと推測している。国債の増発で、円高が促進するリスク、日銀引き受けによるインフレのリスクを織り込んでいないわけはない。急速に「増税やむなし」の雰囲気にアンチをとなえる役割をはたしているのがこの本の役割ではないか…と推察している。

2011年10月13日木曜日

虐殺器官(早川書房)

著者:伊藤計劃 出版社:早川書房 発行年:2010年 本体価格:720円
2010年2月に発行されたこの文庫本は、2010年12月には29刷となっている。すでにこの世にはいない作者の「悲痛さ」が伝わってくるSFの名作だ。救いのない戦闘場面から主人公の独白と苦しみが始まる。そして世界を虐殺にむかわせる「仕組み」とは何か…。謎が解き明かされていくに連れて、責任は「神」ではなく人間にあり、テクノロジーではごまかしきれない人間の「良心」と「身体的な痛み」があり、人を虐殺にむかわせるメカニズムがある…。途中、どこかで読んだ論理が展開されるのを感じ、よくよく考えてみれば昔読んだスティーブン・ピンカーの「言語を生み出す本能」(NHK出版)だった。SFの「衣」をまといつつも、そこには核爆弾で家族をなくし、世の中を恨み、そして現罪を引き受けようとしたか細い人間のドラマがある。それは経済の不振という今の世の中に構図は違っても共通するものがあるのだろう。「虐殺器官」という身もふたもないタイトルは見もふたもない生き方をせざるをえない今の人間の悲痛な叫びを訴えているようだ。

ワルツ 上巻・中巻・下巻(角川書店)

著者:花村萬月 出版社:角川書店 発行年:2011年(文庫本) 本体価格:857円(文庫本) 評価:☆☆☆☆☆
単行本で読む花村萬月と文庫本で読む花村萬月は、微妙に読後感が違うような気がする。単行本で一気に読み終わる場合には、大河小説というか一つの別世界を丸呑みしたような充足感がある。文庫本で小分けにして読む花村萬月は、お神酒を3回に分けて少しづつ飲み干すような圧迫感の山が連なっている感じだ。タイトルが「ワルツ」というこの作家にしては妙にハイセンスな感じだが、実際にこの世界にはまると、戦後の日本が目の前にたちあがる。けっして美談などではなく、非情に血なまぐさい世界で、新宿の闇市で煮込んだシチューには人の「前歯」やらコンドームやらが一緒に煮込まれている生臭い世界。そうした世界で、さらに血なまぐさい「極道」の世界が描写し、しかもその中心には、国語学者の美貌の娘が一角を占める。「欝」「二進法の犬」などの主人公がそうであったように、主人公もしくはそれに準じるものは正気の世界を失うか、命を失うのか…とはらはらして下巻まで読み進むと、予想を裏切る「残酷」な世界が…。死の間際までいって生き残った元特攻隊員「城山」、国籍が韓国で日本に対しては複雑な気持ちをもつ「林」、身寄りをすべてなくし、博徒舘岡組に身をよせる「百合子」がかもしだす「ワルツ」の世界。途切れそうで途切れない人間の「縁」が戦後の日本を舞台に醸し出す「血」の物語。昭和20年から昭和23年の世相を舞台に一気に山谷を駆け上り駆け下りた3人の生き様をみよ。

2011年10月11日火曜日

政権交代の悪夢(新潮社)

著者:阿比留瑠比 出版社:新潮社 発行年:2011年 本体価格:720円
産経新聞政治部記者による政権交代の描写。日教組と民主党のつながり、鳩山政権と沖縄問題、尖閣諸島問題などを取り扱う。民主党については今が叩きどき。とはいえ、自由民主党も先日電力会社の接待ぶりが朝日新聞で報道され、やや分が悪い。政党支持率では民主党が自由民主党を上回った。「卑怯」など一刀両断にする筆っぷりがこの本の魅力か〈156ページ)。ただしジャーナリストではあれど、「管首相をなぞらえた替え歌」〈202ページ)など、本当に永田町全体ではやっていたのかどうか、うたがわしい記述もある。感情的な政治家に対しては非情に厳しい書きっぷりだが、新聞記者もあまり特定の政党に対して感情的になるのは、見苦しい。巻末になると、著者がどうやら自由民主党、とりわけ農村型保守政党から都市型保守政党に生まれ変わろうとしていた小泉政権のころの自由民主党に共感しているのがわかってくる。民主党の「まとまり」のない総覧型政策(場当たり的ともいう)が問題なのもよくわかる。ただし、農村をはじめとする日本の既存の産業にどっぷりつかっていた自由民主党については、もっと突っ込んだ筆をみせてほしい。電力業界についても、民主党はまだ旧民社党グループと連合の一部とのコネクションですんだかもしれないが、自由民主党と電力会社だったらもう同じ穴の狢といっていいほど、相互に金と接待がいきかっていたはず。世界史に残る原子力発電所の事故についても、民主党をうわまわる問題解決能力を示せたのかどうか、その検証はこれからじっくり進めるべきだろう。気のせいか、自由民主党の政治家は「実績あふれるわが党」とはいうが、では具体的な政策はというと見事なまでに示せていない。政権交代は確かに悪夢の部分はあった。ただし、旧保守政権のもとでは見ることができなかった「現実」をも大衆は見ることができた。それは数少ない民主党政権のメリットだったとは思う。

毒蛇の園(文藝春秋)

著者:ジャック・カーリイ 出版社:文藝春秋 発行年:2009年 本体価格:857円
新作「ブラッド・ブラザー」に始まり、その後第1作、第2作と迂回してこの第3作目。タイトルはエデンの園でイブを誘惑した「毒蛇」にかけてのことか。アメリカのミステリーなのに、なぜか「八墓村」を連想してしまう内容。サイドストーリーでは主人公と恋人の別れ話が進行するという暗く哀しい低奏音がかなでられている。第1作、第2作とは異なり、連続殺人事件ではなく、散発的に起こる不可思議な事件と南部の地方の暗い歴史の隙間を埋めていく作業が主役の刑事の役目だ。ハリウッドの映画がひたすら現代的で、国際的で、情報活用的で…とすると、このカーソン・ライダーと相棒のハリーの二人組はひたすら80年代的で、ローカル色豊かで、パソコンはほとんど使わなくて…という足を使った捜査重視だ。ちらっとgoogleを活用するシーンもあるが、それはこの二人組がパソコンを使うわけではない。もっともウェブを検索しているうちに謎がすべて解明された…というのでは、昔ながらの「捜査」は必要なくなってしまうわけだが…。登場人物の心理描写は一部はきわめて細かく描写されているが、それ以外はひたすら不可解な行動原理で動く。ただこの大雑把さがジャック・カーリイのいいところかもしれない。ときたま間にはさまるアメリカン・ジョークはけっこう笑える。

2011年10月10日月曜日

デスコレクター(文藝春秋)

著者:ジャック・カーリイ 出版社:文藝春秋 発行年:2006年 本体価格:771円
昔、高円寺にGというお店があり、ちょうどこの本で扱っている「デスコレクター」専門のお店だった。いわゆる犯罪の歴史に名前をとどめるテッド・バンディなどが身につけていた装飾品などを販売していたお店で、もちろん自分自身は何も購入しなかったが、防犯ブザーや護身用アイテムなどを店員さんが装備しているのをみて、「なるほど、こういうお店ではセキュリティが重要なんだな」と思ったことがある。タイトルの「デスコレクター」も有名な犯罪者のアイテムを闇で売買しているコレクターを指しており、不可解な連続殺人事件の影に、この「デスコレクター」の存在が見え隠れする。そしてラストでは、それまでバラバラだった事実が一気につなぎあわされて…という展開。「百番目の男」よりもスムースに物語が進行するとともに、アクション的な見せ場も減少して、その分リアリティが増している。ご都合主義的なつじつまあわせもなくはないが、スピーディな展開のため、さほど気にならない。

ユニット(文藝春秋)

著者:佐々木譲 出版社:文藝春秋 発行年:2005年 本体価格:714円
文庫本は2011年7月5日でなんと第15刷。発行から半年ほどで店頭から消えてしまう本も多い中で異例のロングセラー。内容はそれほど明るい内容ではない。妻と子を虐殺されて心に傷をおい、アルコール中毒になっている男。夫から家庭内暴力を受け家を出た女。妻にでていかれた経営者の男。いわゆる「普通の家族」からは離脱した、もしくは離脱せざるをえなかった男女が、家族ではなく「ユニット」(擬似家族)を結集して「トラブル」に立ち向かおうとする物語。「家族ってなに?」という質問に対して、「助け合わなきゃね」と答えられるような「ユニット」こそが、実は捜し求めていたものだった…。という展開に、出て行った妻を執拗に捜す刑事や、刑務所を出てから職場を探す元少年犯などもからめる。なるほど、これはロングセラーになるのも当然というストーリー展開。

百番目の男(文藝春秋)

著者:ジャック・カーリイ 出版社:文藝春秋 発行年:2005年 本体価格:771円
シリーズ第4作目の「ブラッド・ブラザー」はいろいろな書店に平積みのまま(2011年10月時点)だが、2005年4月10日初版、2010年7月25日4刷の文庫本を入手するのにはけっこう時間がかかった。楽天やセブンネットなどでも入手はできるが、書店で内容を立ち読みしてから購入したい。というわけで池袋リブロの店頭で立ち読みしてから購入。いや、荒削りな展開ではあれど、非情に面白い連続殺人ミステリー。いや~な感じの管理職のもとで新設の部署が捜査を立ち上げていくという話の展開もユニーク。人物展開もやや雑なため、ラストのほうで展開される「実は悪役…」という種明かしにも限界がでているのは事実。ただ、ストーリー展開がユニークなのでぐいっと最後まで読んでしまう。「贈与」と「交換」ということでは、やはり「情報分析」という贈与をしてくれる「兄」の存在が主人公にはある。ミステリーだからして、最後はもちろん「正義」が勝つのだが、勝ち方にもいろいろあるもんだな、と皮肉な微笑で最後のページをめくれる「読者としての喜び」ってものが味わえる。

2011年10月6日木曜日

3週間続ければ一生が変わる(海竜社)

著者:ロビン・シャーマ 出版社:海竜社 発行年:2006年 本体価格:1600円
う~ん…。かなり売れた本で、しかも現在もなお新書サイズでさらに売上を伸ばしているらしい。ただ人によって向き不向きがでてくる内容。習慣が大事という著者の主張は理解はできるが、その潔癖なまでの自己管理の理論がちょっと…。息苦しさすら感じてしまう自分は心が狭いのか、あるいはこの手の自己啓発にはむいていないのか。書き込み式のメモのスペースが確保されているのだが、定価1600円でそうしたスペースが印刷されているのもなんだ腹立たしい。意味を見出すことが何よりも重要…とする著者の立場によれば、この本の意味は…ほとんど何もないに等しい。クリントン元大統領もこのロビン・シャーマのアドバイスを受けていた…というのが事実だとすると、ちょっと怖い気すらしてくる…。

塩野七生『ローマ人の物語」スペシャル・ガイドブック(新潮社)

編:新潮社 出版社:新潮社 発行年:2011年(文庫本) 本体価格:743円
文庫版の「ローマ人の物語」は今年全43巻で完結。第1巻から第43巻まで非情に興味ぶかく読み通すことができたが、いかんせんいずれも白黒。ローマ人のインフラストラクチャーに関する熱意は文章からも感じ取れるが、やはり写真でみたほうがイメージが膨らむ。一応、「ガイドブック」という形だが、実際には全部読み通してから、この本を読んだほうがイメージが膨らむ。随所に『ローマ人の物語』からの引用がちりばめられ、写真も豊富。さらに巻末には塩野七生のインタビューも掲載されている。ローマ建国から西ローマ帝国の滅亡まで、一通り復習できるとともに単行本とのリンケージもはかられている。4色で紙はコート紙と文庫本にしては豪勢な造りで、簡単な年表も付録として掲載されている。またイタリア半島や英国の主だった美術館の入城料や所蔵の美術品などについても紹介されている。通勤途中に読み始めて、ページをめくるのがもったいなくなるほどの面白さである。

2011年10月3日月曜日

難局の思想(角川書店)

著者:西部進 佐高信 出版社:角川書店 発行年:2011年 本体価格:724円
80年代、90年代ならばこの二人の共著というのは想像もできなかったが、時代が変わると「なるほど」とも思う。旧来の図式では「左右」ということになるかもしれないが、今はむしろ「抑圧的な考え方」と「開放的な考え方」で立場を分類したほうがすんなりいくかもしれない。絶対的な正義をとなえるのが「抑圧的」で、「相対的な正義」をとなえる考え方が「開放的」ともいえるかもしれない。そうした分類でいえばお二人とも「開放的」ということになるのだろう。両者ともマルキストでもなく環境主義者でもなくフェミニストでもない。
で、取り扱っているテーマは、田中角栄、毛沢東、三島由紀夫、チェ・ゲバラ、ジョン・F・ケネディ、親鸞、司馬遼太郎と松本清張、マイケル・サンデルといった具合。個人的に一番面白かったのが「親鸞」。西部氏が浄土真宗のお寺の生まれで佐高氏が曹洞宗。奈良時代と平安時代の仏教が真言宗と天台宗で、その後法然の念仏仏教のもとで親鸞は修行。念仏弾圧で親鸞は越後へ島流し。次に禅宗である曹洞宗。そして元寇のときに日蓮の日蓮宗。その中で生活や「堕落に対するまなざし」をもっていたのが親鸞ではないか、という指摘になるほどと納得した。対話の妙で、ルターが「ぎっちりがっちり」でエラスムスが人間の堕落もそりゃしょうがないじゃんというアプローチで親鸞は「エラスムス」的という喩えがでてくる。その上で「総合的理解」(西部)をもとめるというスタンスが心地よい。対話ならではの発想のかけあわせが楽しめる一冊。面白いし、思想史のまとめにもなる。

マネーボール(武田ランダムハウス)

著者:マイケル・ルイス 出版社:武田ランダムハウス 発行年:2011年(文庫本) 本体価格:760円(文庫本)
文庫本の表紙には実際にはブラッド・ピットが微笑んでいる。今秋なんと映画化される本だが、内容は野球を取り扱っているものの、実際にはMBAのテキストもしくは副読本として利用されている。野球の「勝率」と「長打率」「出塁率」との相関関係を見抜き、独自の選手をひっこぬいたアスレチックス。「カン」やそれまでの「慣習」を無視し、独自のデータで選手を「安く」かき集める。従来の固定観念を無視することで、いわば「市場のサヤをぬく」ことができる。市場は不合理だし、感情に左右される。そこにつけいるスキがあるというわけだ。ヒーローよりも埋もれた「変わり者」を集めたいというチーム作りは時には非情な引退勧告すらおこなうこともある。そしてデータを無視した「感動」の「偶然」も。
386ページにはデータではない文章がはさまれている。ぜひ勝利したいと意欲をもつ選手は、勝つ意欲が薄い選手よりも可能性があるであろう…という一節だ。ただしその意欲が空回りすることだってある…という注釈つきだが。「絶対数値」と「相関関係」そして「標準偏差」を重視して、逆に「不可思議で独自のチーム」になったアスレチックス。数学もしくは数字とは不思議なものだ。

2011年10月2日日曜日

暴力団(新潮社)

著者:溝口敦 出版社:新潮社 発行年:2011年 本体価格:700円
大物芸人のS氏が広域暴力団幹部との交際を理由に芸能界から引退した。バブル以後数年間は、企業の総務部と裏社会の「交際」も続いていたと推測されるが、その後、暴力団対策法、組織犯罪処罰法などの適用により、企業と裏社会との「交流」が「薄く」なってきつつある(完全に遮断はまだできていないと思われる)。この本では「暴力団」の定義、組織体系と金のルート(暴力団ではないがかつての暴走族の結集としての関東連合も第1章で扱われている)、第2章で「シノギ」(最近は産業廃棄物と解体作業が大きなシノギになりつつあるようだ)、第3章で「人間関係」、第4章で海外のマフィア、第5章で警察との関係を取り扱う。
おりしもあるウェブでは広域暴力団の幹部が一問一答をウェブで展開し「芸能界とのつきあいにはメリットはない」と答えている。が、この本を読んでからそのインタビューを見るときわめて政治的な受け答えがみえかくれする。一つは芸能人S氏の引退などが社会的に大きな波紋を呼んでおり、ただでさえも厳しい暴力団排除条例がさらに厳しく運用される可能性があること。そして芸能界で関係のある芸能人は今後さらに引退もしくは活動自粛においこまれる可能性が高くなっていることを懸念しているようだ。芸能人との関係でいえば金銭的なメリットは少ないかもしれないが(あまったコンサートのチケットを売りさばくのは暴力団側になる)、非金銭的なメリットはある。組の幹部が大物芸能人と並んで写真にうつるだけでも、組の統率には役にたつだろう。その意味では、S氏の引退は広域暴力団の幹部にも影響を与えるほどの激震だったのではないかと推定される。今後の動向としては著者は海外のマフィアのような組織犯罪の形態と、関東連合のような一種のセミ愚連隊のような形態に二分化していくと推定しているようだ。「構造不況業種」(202ページ)と書かれてしまうと、21世紀はこれまで想定しなかった形に犯罪が拡散していくのではないか…という不安もよぎる。

ブラッド・ブラザー(文藝春秋)

著者:ジャック・カーリー 出版社:文藝春秋 発行年:2011年 本体価格:790円
アラバマ州モビール市警からニューヨーク市警へ出向き、連続殺人犯の捜査にあたるカーソン・ライダー刑事。そして実の兄は過去に連続殺人の容疑でアラバマ行動矯正施設に収監され、そこから脱獄したばかりだった…。「羊たちの沈黙」「ハンニバル」などの影響はモロに受けつつ、ディキシーランドジャズのような騒々しさでエンディングまで進む。ハンニバル・レクター博士が「静」とすると、この小説のニューヨーク市警は「動」。物語の「王」は刑事で、「王女」はニューヨーク市警警部補。それぞれが鬱屈した日常生活もしくは捜査からラストでは解放され、新しい人生を歩み始める。連続殺人の容疑の実の「兄」もだ。そこにいたるまでの伏線はやや苦しい部分を残しつつも、まあ「予想外」の連続。北部と南部の対照も面白い。
翻訳がやや読みづらいのが難点だが、読み始めるとあっという間にラストまでいく。大統領候補となる女性議員の登場がしっくりこないのだが、これはまあストーリーに無理やりはめこんだ印象も。