2008年10月8日水曜日

愛国の作法(朝日新聞社)

著者:姜尚中 出版社:朝日新聞社 発行年:2006年
 非常に難解な書籍なのだが、それでもどうしても手に取りたくなる本。最近の所得分析や社会調査で所得階層の低い人間ほど「愛国心が強い」という統計がでている。これは「下流社会」などでも指摘されていることだが、実際には国策で構造改革が行われ勝ち組・負け組の格差が拡大したにもかかわらず、愛国心は逆に「負け組」のほうが強くなるという現象はどうして起きたのか。「陰影を感じさせない愛国心」に戸惑いを覚えるのは、「実際経験」や質感の違いかもしれないが、戦後の「愛国心」と21世紀の「愛国心」とではおのずとその質感も異なってくるだろう。在日韓国人の著者が、客観的な視点で「愛国の作法」という書籍を出版できるのは、その国籍の違いと日本と世界を社会学的に分析したその結果ではないか。
 たとえば「愛する」という行為自体も厳密な定義がなされておらず、情緒的には確かに「愛する」ということはいえても実際にはどうなのか。橋川文三の言葉などを引用しつつ著者のかしゃくのない分析がこの新書で指摘されていく。国家というものを感性や情緒によりかかって発言していることを立証し、「愛する」というのは「一つの技術」ではないかという問題提起もする。理論的な知識と理解によらずに情緒的に「愛する」といった場合の問題点は明らかで1億3000万人それぞれが情緒的に「愛する」とうことはできるが、実はその1億3000万人で共有すべき知識も理論も共通の体系がない状態でも「愛国心」は存在してしまうというある意味での怖さも感じる。
 端的に個人的な理解でいえば、「愛国心」とは単なる言葉だけでは意味がなく具体化されているものでなければならないはずだ。そしてそれはたとえば国家が財政赤字のときにどれだけ私有財産を国家に提供できるのかできないのか、といったことが指標になるのではないか。「勝ち組」があまり愛国心を情緒的に語らないのは、これを具体化していくと「それではなぜ国家のために私有財産を投げ出さないのか。ビル・ゲイツは何百億もアメリカ合衆国に寄付したのに」…という指摘は当然でてくるはず。情緒に頼っているかぎりには、きっとさまざまな「愛国心」がでてきてその収拾がつかなくなる事態もある。まずは言葉の厳密な定義と歴史的背景を国民(国籍が日本に帰属している人間)で共有化していく努力がこれから必要になるのだろう。

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