2008年12月16日火曜日

慟哭(創元推理文庫)

著者:貫井徳郎 出版社:東京創元社 発行年:1999年
 すでに21刷以上を超えた本作は貫井徳郎のメジャーデビュー作品でもある。連続児童誘拐殺人事件と警視庁捜査一課のキャリア課長、そして謎の「犯人」のモノローグがからみあいつつ、クライマックスをむかえるラストへなだれこんでいく。ミステリーというよりも「娘をもつ父親」ならば…とふと思うほど感情描写が洒脱でしかも深い。警察内部を描写する小説だとどうしても男社会のドロドロがメインになりがちだが、案外貫井のそのあたりの描写はタンパクで、むしろ「救い」を求める「犯人」の心理と、「犯人を追い詰める」キャリア課長の複雑な心理の描き分けが上手い。この構成の上手さがこの小説の評価の高さをさらに押し上げている。
 タイトルどおり、ラストには救いはなく、読者にも救いはない。ただ、底に残るのは「慟哭」と「哀切」のみの暗い展開だが、「謎」を解き明かすことがカタルシスだとばかり一面的に展開する小説よりも、この世にはミステリーはミステリーとして放置したほうがよいという「パンドラの箱」があることがラストに示される。しかしギリシア神話にあるがごとく世界中に災難や苦労がパンドラの箱から飛び散ったあと、一つだけパンドラの箱に残ったものがある。「その一つ」についてはあまり語られることがないのだが、それは「希望」だった。著者があけた「パンドラの箱」は、わずかながらも「救いへの希望」が残っているように思えるのは私だけだろうか。

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