2011年5月3日火曜日

エネルギー 上巻(講談社)

著者:黒木亮 出版社:講談社 発行年:2010年 本体価格:762円 評価:☆☆☆☆☆
かなり分厚い文庫本。地図があると便利なので表見返しのところに古くなった地図帳から関係する部分を切り抜いて貼り、読みながら必要に応じて地図を見る。電子辞書やモバイルで検索してもいいのだが、一番早いのはやはり紙の媒体だ。
総合商社「五井商事」に入社14年目の金沢がヨルダンを経由してイラク・バグダッドまで陸路で移動する場面から始まる。イラン・イラク戦争当時からテヘランでイランに在住していた亀岡、東京大学文学部を卒業後通産省に入省した十文字、投資銀行で石油デリバティブのトレーダーをつとめる秋月といった主人公が登場する。2012年度の新卒募集はおこなわないアラビア石油が「日の丸油田」としての役目を終えつつある状況で、秋月はデリバティブで原油価格の価格ヘッジの時代になると予測して行動する。その一方でルイジアナ州購入の資金やナポレオン戦争でフランスへ融資をおこなった名門ベアリング・ブラザースが日経平均先物で失敗し、ベアリング・ブラザースを倒産させるとともに、中国系の企業がヘッジ目的主体のデリバティブ取引を展開しようとしていた時代でもある。またその2年後1997年には山一證券が倒産し、京都会議が開催された。現在は独立行政法人石油天然ガス・金属鉱物資源機構となっている旧石油公団の不良資産や天下りが国会で問題にもなった時期だ。当時通産大臣の堀内光雄が実名で登場する。堀内は1兆3000億円にものぼる巨額の不良債権と粉飾決算を明らかにした。そして石油開発事業が一つの時代の転機をむかえようとしているとき、金沢はサハリン開発プロジェクトにたずさわるようになる(実際にはサハリン1プロジェクト、サハリン2プロジェクトといった名称でよばれている。スーパーメジャーのエクソンモービルが現在もなお試掘)。小説では別の名称となっているが何某巨大商社で非鉄金属(銅)の先物売買で巨額の損失を与えたトレーダーもこの上巻で登場する。小説では権利行使すれば利益がでるプットオプション(売る権利)の「売り」でオプション料をえて資金ぐりにあてる日本人トレーダーが登場する。このケースでは最初から権利行使されることがわかりきっている取引なので、このオプションを売る場合のオプション料は高くなるが、その代わり権利行使された場合には売った側は原則としてモノを引き渡す義務を負う。203ページではウルトラヴァイラスの事例も紹介されているが、これは日本の民法でいえば「無権代理」に相当する。行財政改革のなかで国際協力銀行や総合商社のリスク管理チーム、環境団体が動き始め、そして2001年9月11日をむかえる。
もちろん「フィクション」ではあるのだが、ノンフィクションの部分あるいは限りなく事実に近い推定をおこなっている部分があり、1995年から2001年までの約6年間のエネルギー、金融、貿易などの情勢を小説のストーリーと同時に追いかけることができる。架空の総合商社トーニチがリストラクチャリングに取り組み、資産のことごとくを証券化して資金繰りにあてようとしている描写は圧巻だ。そして2011年現在でも情報の隠匿が問題になっている東京電力の1980年代から90年代前半までの自首点検記録改ざん事件などは、すべてこの時代から今に引き継がれてきた遺産であることがわかってくる。3巻全部読むのが辛いという読者もまずは20世紀~21世紀の端境期に日本の総合商社や官庁がどのように考えて行動していたのか、その根拠となる材料や想像力のネタを仕入れるのにこの本はかなり有用。

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