2009年4月4日土曜日

アンボス・ムンドス(文藝春秋)

著者:桐野夏生 出版社:文藝春秋 発行年:2008年
 7つの短編が収められた短編集。いずれも「悪意」「恨み」が渦巻く世界を深く濃く描いており、しかもリアリティある描写が巧みな著者なので読んでいるうちに気分が悪くなってくるほど。お金がないのでコンタクトレンズの片方がなくなっても買いなおせない若い女性の描写がのっけからあるのだが、夏の熱い日に片目をつぶりながらじっとねめつけられた「若い男性」が、さらにその視線の奥の心理描写まで読むとちょっと気持ち悪くてたまらない…という感じになるのは間違いない。「植林」という冒頭の短編はいわば「悪意」と「恨み」が時間の経過を超えて伝播していく様子が描写されているのだが、これは読んでいるうちに「不快感」が次第に恐怖へ変わっていく。いずれもネガティブな読後感であることには違いないが、「不快」という気分は「恐怖」の一歩手前なのだな、両者は違うのだな…とふと思う。男性が主人公の短編もあるのだが、やはり女性の視点で淡々とつづられる心理描写の「絡み合い」が面白い。7つの短編のうち6つが女性が主人公でいずれも表面的には日常生活でも遭遇することは当然ありうる話。特に「怪物たちの夜会」に描写されているような「二号」が「一号」の家庭に乗り込んでいくという場面はまあしょっちゅうあるわけではないだろうが、それでもニュースでも街中のどこかでもありふれているエピソードが「描写」をするだけでこれだけ怖くなる。小説家の「技」がこれでもかこれでもかと展開され、野球でいえば、ストレートもあればカーブやホーク、シュートといった描写と深い読みの技が次々と繰り出されてくる印象の短編集だ。

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