2009年11月9日月曜日

精神障害者をどう裁くか(光文社)

著者:岩波明 出版社:光文社 発行年:2009年 評価:☆☆☆☆☆
 精神医学の立場から刑法39条とその運用実態を検証した新書。新書サイズでここまで広く深く刑法39条とその運用実態の問題点を指摘しているのは、著者の筆の力と編集者の編集力がかなり優れているからだろう。刑法39条では精神障害者の責任能力について定めており、心神喪失者の行為は罰せず、もしくは刑を減刑する旨が規定されている。収容と保護の歴史と治療の対立する論理がでてくる。古代ギリシア・ローマから精神障害者への減刑は脈々と現在まで受け継がれてきたが、日本の奈良時代にもその痕跡がみてとれる。現在ではヴィクトリア期のマクノートンルールが一つの基準になっているが、日本ではそれが精神保健福祉法と医療観察法の2つの法律で処理されることになる。いわゆる触法精神障害者についてはこの精神保健福祉法の解釈で運用されており、措置入院制度もこの法律の立法趣旨で運営されてきた。ただしデータが本書で示されており措置入院患者のかなりの部分が早期退院か一般入院に切り替えられている。人権についてのかなりきめ細かい規定が特徴とされているが、医療による強制入院には人権問題がからんでくるというのがややこしい。あのI小学校の事件を境にして制定された医療観察法では指定医療機関による医療が法文に明記されたが、設備がまだ不十分であることを著者は指摘する。つまり精神保健福祉法や医療観察法でも治療体制が整備されているとはいえないわけだ。著者の主張は「人権に配慮しつつも」治療体制を確たるシステムとしてさらに拡充していく必要性を述べているわけだが、ここには予算の問題が次にからんでくる。またアスペルガー症候群といった境界線上の症例の場合にはどうするのか、責任能力はあるのかといった問題が…。多様化する精神疾患と法律上の「責任能力」のすり合わせにはかなりの時間がかかるうえ、刑務所に入れればそれでいいといった発想では問題は解決せず、かといって治療を強制するにはどうすればいいのか、それが人権無視につながらないためにはどうすればいいのかといった種々のサブシステムがさらに構築されていく必要性。さらに予算配分をどの程度増やしてどこの省庁で扱うべきか、行政が担当する場合に裁判所や検察庁との関係はどうなるのか…といった問題点がどんどん膨らんでみえてくる構図となる。問題の提起と一定の解決策も示されているが、一種の「警告」の本としても読むことができるだろう。

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