2012年11月15日木曜日

ここがおかしい日本の社会保障(文藝春秋)

著者:山田昌弘 出版社:文藝春秋 発行年:2012年(文庫本) 本体価格:533円
 今日も大卒初任給の額面が20万円以下というニュースが報道されていた。物価が下落しているので実質賃金(貨幣でどれだけの商品やサービスを買えるか)はさほど下がってはいないはずだが、ただでさえも落ち込み気味の民間消費をさらに冷え込ませるのに十分なニュース。すでに20代、30代の貯蓄志向は一定程度統計にもでているということだが、おそらく日本銀行がなんらかの手をうたないかぎり、下手な消費よりも貯蓄で将来に備えるという家計は増加していくだろう。
 この本では最低賃金法や生活保護といったセーフティネットの前提が正社員で夫婦のうち片方が育児や家事に専念しているというモデルを想定しており、現状の労働提供の多様化には即していないことを指摘。そのうえで、著者なりのモデルを提案する。
 規制緩和と市場主義がセットで導入され、その一方でセーフティネットは整備する…ということだったが、現在は規制緩和もまだ中途半端でセーフティネットは「元」正社員に有利。労働市場の市場原理だけは急速に進展中という状況にある。2chなどでも「生活保護」(ナマポ)がもらえるのであれば働くよりマシという声が多く(で、実際に中途半端に貯金したり働くよりも生活保護を受給したまま働かない方が経済合理性にかなうという現実に)、このままでは本当に生活が苦しい家計のセーフティネットは機能せず、生活保護が既得権みたいになっているおかしい現実がうまれている。
 著者は給付金システムの新しい形を提案し、「学者の空理空論」と「自己批判」されているのだが、こういう逼塞状況になると、むしろダイナミックな「国家的モデル」のほうが救いが持てる。その意味では、まだ制度設計を新しく組み替えれば社会保障制度が健全に働く余地があることがわかる。
 ただしその過程でうまれる社会的コストもすさまじく、まずは税率はどの所得層も飛躍的に負担がます。さらに旧制度設計から新制度設計に移行するさいの人件費や資金の利子率、システム構築コストなども莫大なものになる。それをふまえてでもミニマム・インカムの制度にもっていくのか、あるいは中央銀行によるデフレ不況の改善を先行して、ある程度落ち着いてからセーフティネットを模索するのかといった議論は当然ありうるだろう(不況のときの大改革は必ずしも景気浮揚策につながるわけではない。好況時に大きな社会システムは構築して、不景気に新しい社会システムを運用するという考え方もある)。
 いずれにせよ読者はページをめくるごとに「自分ならこう考える」「この論理にはこうしたメリットとデメリットがある」といった思考を展開させてくれる「力」「素材」がつまっている本で、最低賃金法などのもともと期待されていた機能など社会保障制度の基本を学ぶにもいい書籍だ。問題提起だけでなく著者独自の解決案が呈示されている点も好感がもてる。

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