2012年5月19日土曜日

日本の黒い霧 上巻(文藝春秋)

著者:松本清張 出版社:文藝春秋 発行年:2004年 本体価格:676円
 下山事件、「もく星」号遭難事件、白鳥事件、ラストヴォロフ事件、伊藤律事件の6つを扱う。個人的には下山事件と日本共産党を除名された伊藤律をめぐる著者の論考が興味深い。下山事件については今でも自殺説と他殺説があるが、「他殺」の可能性はやはり否定できない。ではいかなる動機による他殺かというと著者はアメリカCICによる可能性を示唆している。GHQの内部はマッカーサーによるG2とGS(民政局)の対立が知られているが、その余波を国鉄総裁である下山氏が受けたというもの。
 また伊藤律については、ゾルゲ事件について北林氏をまず情報漏洩し、そこから尾崎秀美氏にいきついたのではなく、最初から尾崎秀美氏をターゲットにしていたのではないか…という独自の推理をうちたてる(その後の研究でこの線の可能性はきわめて低いとされているが、1960年当時の情報で逆にこうした可能性まで考慮していたという著者の推測と知性に逆に驚嘆する)。終戦直後の日本共産党幹部の動向は日本史の教科書などでも言及はされているが今ひとつわかりにくい(謎が多いともいえる)。この政党の動向が外部からはうかがいしれない部分が多いためでもあるが、いったん刑務所から釈放されて、その後合法的に成立したはいいものの、その後は幹部の除名やら路線変更やらが相次ぎ、「なぜゆえに方針変更したのか」が実はさっぱりわからない。1960年に執筆されたこの本でも獄中18年組
として野坂参三の名前がでているが、この野坂参三もソビエト連邦が崩壊したあと公文書が公開された結果、ソビエト連邦のスパイだったことが判明して日本共産党を除名。国際情勢や経済情勢が変化すればおのずと関係者の考え方も変わるものだとは思うが、そうした「考え方の変化」が公開されないかぎりは、外からの推理によるしかない。21世紀の今読めばいろいろ瑕疵はあろうけれど、少なくとも1960年に入手しえた範囲の推測ではこういう考え方ができる…という見本を松本清張が示してくれている。googleや情報公開法などで入手可能な情報は飛躍的に拡大した。が、情報の「解釈」については学ぶべき点が非常に多い。 また歴史の定説というのがそれほど簡単には定まらないというのもわかるようになる。

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