2011年12月4日日曜日

透明人間の告白 上巻(新潮社)

著者:H・F・セイント 出版社:新潮社 発行年:1997年 本体価格:667円
 地道なSFのロングセラー。ニュンヘン大学で哲学を学んだというニューヨーカーが著者。「透明人間になったら…」という仮想を現実に置き換えてみるとおそらくこういう本になるのだろう。実際には見えない人間に扮して、日常生活の困難さと、おそらくありうるであろう秘密諜報機関に追われる日々。上巻では、いかにして透明人間になったか、といかにして生活していくかがリアルに描写される。やや俗悪的にすぎる描写もあるものの、これ以上は考えられない困難のなかにあって、意思決定を的確に下して動いていく主人公の姿はまさしくニューヨーカー。そしてその行動の背後にひそむ思索は確かに哲学者の香り。フェンスに閉じ込められた主人公の「まずフェンス全体の観察だ。それから打つ手を決めればいい。そもそも打つ手があるかどうかを見極めればいい」という独白は近代合理主義にうらづけられた主人公の冷静さと「もし…」が現実になったときの行動原理を教えてくれる。いや、「透明人間になったら…」がたとえば「帰宅できなくなったら…」「宇宙人が攻めてきたら…」「失業したら…」「日本経済が破綻したら…」であってもなんでもかまわないわけだ。そのとき近代合理主義の人間であればどうするべきか。そんな行動原理をこの上巻は教えてくれる。

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