2007年11月17日土曜日

生と死の解剖学

著者名;養老孟司 発行年(西暦);1993 出版社;マドラ出版
 アリエルの「第1人称の死、第2人称の死、第3人称の死」から始まり、「死」というものが冷静に語ることが出来るのは第3人称の死だけだとする。意識の有無が生きている状態なのかどうかもはっきりしないことも指摘され、解剖学を通じて実は生死とか男女とかそうした言葉がもつ断言をひたすらに疑う姿勢をくずさない。そして最後は文明論に入るが、未来予測のための情報化などではなく、むしろそうしたグローバルなところとは無縁な辺境から何か新しいモードがでてくることを予測している。
 人間はデジタルではない。生死、男女といった概念すらもデジタルで処理はできるが、実際に他の動物のオスメスといった分類と人間の男女とを比較してみると、そう簡単に「男性であること」「女性であること」も規定できないことにきづかされる。
 「規範」からはずれること。決まりきった分類から逃れてみること。第三者の視点とはもしかすると解剖という作業から、何か別のものをみつけだす筆者のような姿勢のことをいうのだろう。

0 件のコメント: