2007年11月1日木曜日

沈まぬ太陽①アフリカ編(上)

著者名;山崎豊子 発行年(西暦);2000 出版社;新潮社
 「沈まぬ太陽」がベストセラーになり、文庫化されて5年。購入したものの実は読むのが非常に辛そうな分野でためらっていた。主人公は「東都大学」を優秀な成績で卒業後、特殊法人から民間企業化された航空会社へ赴任。とある偶然で組合の委員長に就任し、劣悪な労働条件や縁故採用、幹部の腐敗などをストライキなどの手段を用いて会社側と交渉する。その最中に副委員長を務めていた大学の同期は会社側に篭絡され、片方はパキスタンのカラチ支店、片方はサンフランシスコ支店への人事異動が発令される…。山崎豊子の小説はこれまでにも「白い巨頭」「華麗なる一族」と読んできて類稀な才能をもつ小説家だと思う。おそらくは実在する何某航空会社に対して綿密な取材を行い、あくまで架空の企業という設定で、この小説を書き上げたのだろう。この第1巻では、組合交渉で労働者の権利を訴え続け、空の安全と営利主義の対立を描写しつつ、そこに人間模様をからめて、主人公がテヘラン支店にさらに異動させられる場面まで描く。おそらく「面白い」というよりも「辛い」と思うのは、会社側の論理も実はよくわかるし、労働者の権利や労働条件の改善といった主張を貫く主人公の論理もわかるからだ。当時の経済状況ではおそらく運輸省からの補助金も組合側の主張をくみとるほどはでていなかったであろうし、とはいえ賃金や休暇を抑制して情実人事を繰り返す企業ではいつ「空の事故」が起きても不思議ではない事情ではあったろう。そしてこの対立命題はおそらく「完成された資本主義」の時代になるまで経営者・労働者それぞれの立場で調和を夢見つつも乗り越えられない壁のような問題となる。マルクス主義者であれば「対立が新たな調和へ」といった安易な「アウフヘーベン論」で片付けてしまうが、それほどこの問題は安易な棚上げで終わる問題ではない。相互の歩み寄りと、そしてどうしても人間がからむだけにドロドロしたドラマは当時の日本ではあちこちでくりひろげられていたはずだ。なによりもこの小説がベストセラーになったのは、だれしもが思い当たる「事件」が実際に発生していたからではなかったか。思わぬ赴任先でやる気をなくしているのは、主人公の飾られたストーリーの脇役の役目だが、その脇役にもそれぞれ言い分はおそらくあるという事実。その事実が非常に重たくのしかかる。
 主人公はアフリカで象の狩猟をしつつも、日本での理念を貫いた自分に後悔はしていない。そして労働条件の改善を訴えつつも、無遅刻・無欠席・成績優秀といった仕事ぶりで仕事をかたづけ、アフリカの地にいながらも業界全体の視点にたった発言を展開する。これがなかなかできないのだが、そのできないことを理想像として提出したのがこの小説の功績だろうか。航空便の営業会議などどこの会社でもありそうな議論展開で、ものいえば唇寒しの雰囲気の中でそれぞれの思惑が交錯する場面の描写はあまりにもリアリティにあふれている。
 よくいえば理想主義者、悪く言えば「ものわかりの悪い」人物がカラチから個人的な約束や人間関係を断ち切られつつ、テヘランに赴任する状況ではどうしてもこの次の展開も相当に暗い。酒場で同僚から酒を浴びせられたりといった暗い描写が続く中、それでも「諦めない」「頑張る」といった姿は往年の「少年ジャンプ」のストーリーのようだ。その主張に必ずしも賛同するわけではないが、それでも不思議な魅力のある主人公の「サラリーマン」生活はまだこの後数十年続く…。

0 件のコメント: