2007年10月31日水曜日

沈まぬ太陽④会長室編(上)

著者名;山崎豊子 発行年(西暦);2002 出版社;新潮社
 大企業神話が崩れ始めた今も、この小説のモデルになっている航空会社への就職希望者は多い。ただしその希望者の多くが見落としている事実は、規制の緩和がおこなわれれば、日本の航空会社でなくても海外の航空会社が日本の空をとび、さらに安全性が確保されれば乗客は移動してしまう…という事実。たしかに国際化の流れは人の流れをあちこちに移動させる必要性をうむが、そこに新たな競争がうまれる。競争の時代に利権や組合関係、複雑な労使関係をかかえた企業はいずれ衰退していくという事実。いずれは国内専門の航空会社に転落しかねない危うさをだれもが認めつつも現在では約40,000人をかかえる大企業は苦悩のリストラと調和をめざさざるをえない。
 この第4編では繊維会社から異質の経営者をむかえ、4つの並存する労働組合の融和を図ろうとする中、職域生協にまつわる不明朗な資金の流れや、さらに運輸省などとの不可解なつながり、さらには日本を代表するある大手新聞と大企業広報部との取引などの様子が描写される。現在ではウェブがあるので大新聞の論調で世間の意見が左右されることは少ないが当時の新聞の影響度は今よりはるかに大きかっただろう。「利権」をめぐる争いの中に会長室がおかれるが、次第にその利権と利権、エゴとエゴの争いは調和どころか激化していく様相を呈して第4巻は終了する。主人公の「実際」が必ずしも清廉潔白な人物像とは思えないが、ここにきてかつての純粋な「労働者」の生き方がそれぞれの保身をかけた争いになる。いずれもがかつて同じ「東都大学」出身でありながらも、ポストと利権をめぐる争いはむしろ「東都大学」出身者を中心として戦国時代の絵巻のようだ。こうした組織の内部抗争はむしろ他の組織体にとっては有利な面があり、超過利潤を横から奪い取るチャンスとなる。特殊法人から民間企業となった大企業のいわばもともとあった問題点が市場主義が発展すればするほどにあらわれてきた矛盾。単に航空問題だけにとどまらない。日本郵政公社もこの本のストーリーにあるような「大企業」になる可能性が現在のところではかなり高い。労働組合が4つに分かれるといった特殊な問題はおそらく生じないだろうが、総務省との天下りの問題や組合と経営者の関係、さらには、特別にみとめられている特権制度などは組織のスリム化を促進するスピードを妨げ、国際競争力を奪う可能性の原因ともなる。「魑魅魍魎」の男たちの醜い保身の争いだが、その争いが「空の安全」に関わる問題だ…という公益性の意識のなさにつながっている点が国民の興味をうんだのだろうし、日本郵政公社についてもいずれ同様の問題が発生する可能性はある。
 第4巻では底がみえない利権と金の奪い合いといった様子が描かれ第5巻につながるが、読んでいくのが本当に怖くて辛い。なぜなら人間だれしも自分が可愛ければ「行天」や「堂本」といった小説の中にでてくる「魑魅魍魎」になりかねない要素をかねそなえているからだ。自意識や美意識をなくせば人間はどこまでも他の人間に対して残酷にも尊大にもなれる。ただし、自意識や美意識を失った結末は、「華麗なる一族」の最後の晩餐のような様子を呈するのだろう。第4巻は第1巻とはまた違った意味での一つの大企業の内幕を合法的にフィクションとして描いた名作だ。

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