2007年10月31日水曜日

沈まぬ太陽⑤会長室編(下)

著者名 ;山崎豊子 発行年(西暦);2002 出版社;新潮社
 何某巨大航空会社を題材に取ったこの物語も第5巻で結末を迎える。最後には内閣総理大臣や運輸大臣といった閣僚レベルまでの人物を巻き込み、分裂した労働組合問題や不明朗なアメリカホテルの買収といったきなくさい「実話」がエピソードとして盛り込まれる。さらには10年間にわたる為替予約契約というちょっと信じられない話まで出現するほか、荷物を隠して到着を延期させるなどといった「稚拙な労務管理政策」まで飛び出し、この「会社」がいかにボロボロになっていったのかが第三者にもよくわかるような物語になっている。経済小説としては一流の作品で、実名はあがっていないが、ちょっと調べれば誰のどういうエピソードかは読者全員が把握できるという仕掛けになっている。巻末には協力者の名前があがっているが、それがまた皮肉な協力者の羅列状態。10代、20代の若者にはそれでも夢と希望のあふれる職場にみえるのかもしれないが、実際に飛行機を利用している立場からすると、航空会社というのはみかけの華やかさのわりには、あまり割りの会わない職場環境のようにみえてしょうがない。いわゆる客室乗務員の給料も軒並み抑制気味とは聴いているが、あれは端でみていても重労働。さらにテロ防止のための警備員などのストレスもかなりたまるだろうし、整備の人たちの苦労もすごい。パイロットはいうに及ばずで、航空管制官の仕事も秒単位のすさまじいストレスとの戦いだろう。すべての会話がボイスレコーダーで録音されているわけだから一瞬の油断が命取りになるケースもある職場だ。さらに一般の会社でいう営業職も現在では海外の企業との競争もあるのでかつての親方日の丸・特殊法人意識では有利子負債の返済はおぼつかない。今は知名度もあるので金融機関もそれなりの対応だろうが、今以上に規制緩和が進むと金融機関自身の防衛のためにも、融資先の選別は今後さらに強まるものと予測される。ある人に聞くとモデル企業は現在合併した航空会社の組合を加えて9つ存在するということだろうが、これで春闘や労働環境の整備、さらに管理職などの人事政策などを含めるととてもではないが、かなり優秀な人間でなければトップはつとまらない。派閥抗争にあけくれている間にフランスやアメリカの航空会社が覇権を伸ばす可能性もあるだけに、新聞で先日報道されたような事件が続くかぎり消費者の視線はさらに厳しくなるだろう。
 人事の公正、組合統合、財務面の乱脈ぶりといった一連の流れは、規制時代の産物でもあるし、特殊法人という営利主義と国家の覇権という二律背反の目的追及のアンバランスに由来する。整備の人間がパイロットよりも格下に見られるというのは他の企業からするとちょっと想像できないが(メーカーでは工場のほうがおそらく本社よりも力をもつケースは少なくないし、むしろその方が良い製品ができるケースもある)、少なくとも整備に詳しい役員が航空会社に数人いてもおかしくはない。こうしたあたりは論理とか経済性の問題ではなく、社会集団とか人間感情というレベルの問題だから、もうまともな経営学や経済学に詳しいトップではなく、多少泥臭いレベルでの交渉ごとが苦にならないトップや心理学者や社会学者の出番なのかもしれない。いずれにせよ現在の国土交通省も運輸の自由化の重要性と海外資本との競争はすでに織り込んでいると思われるし、労務政策についても厚生労働省自身が10年前とは比較にならないほど労働基準法や労働組合法遵守の姿勢を打ち出しているため、この小説に書かれているようなエピソードは今後は少なくなるだろう(特定の商業雇用人を隔離するというのは他の企業でもおこなわれていたという話は聴いたことがあるが、今の時点でそれを継続した会社は不当労働行為で相当に重い処分になると思う。H銀行に労働基準監督署が先日も立ち入り不払いの残業代の支払い命令を出したがこれも時代の変化に気づかなかった何某地方銀行の経営者の見通しの甘さだろう)。
 これまで、を総括するとともに現在の新聞記事の「裏」を読むようにもさせてくれる経済小説の名作として今後もこの小説は時代を超えて読み継がれていくと思う。大作ではあるが、けっして退屈することはない。

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