2007年12月22日土曜日

新 コンピュータと教育

著者名;佐伯 胖  発行年(西暦);1997 出版社;岩波新書
適応教育の観点からすると人間の適応能力はかなり高いのでわざわざ学校に情報教育を持ち込む意義はないとしていている。いちおう,情報選択能力や情報倫理といった
必要性は重視されるものの具体案となるととたんにアイデアはでてこない。そうしてみるとパソコンの操作などについてわざわざ学校で時間をとり必要性はこの観点から
は薄い。
 予想される力に対抗力をつけるための道具として情報教育を活用するという視点もある。ただし人間はかなりしたたかな生物なのでこれもあまた対抗力はある程度育つ
ものと著者はしている。学校改革として情報を利用するというのもおかしい。教育というものがテクノロジーの進歩で変化するものなのか,といった疑問を著者は提出す
る。アフォーダンス(ある種の余裕)やわかりやすさといったものを備えて道具は機能し,パソコンは道具に過ぎないといったさめた観点も著者にはみえる。
 しかし道具としてのパソコンを活用して「知識」のあり方をかえようという姿勢は認知科学ご専門の著者らしい。その一例としてCSILEというオンタリオ教育研究
所のシステムを紹介されているが,子供同士で知識を共有する場を学校にもちこもうというシステムは相当面白い発想ではある。認知科学自体がまだ「情報」というスキ
ルの活用の方向性にとまどっているフシがみえなくもないが,教育の場におけるパソコンのありかたを考えるには良い書籍だ。

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