著者名;森永卓郎 発行年(西暦);2003 出版社;光文社
森永卓郎氏といえば、日本専売公社や三井情報開発総合研究所などをへて現在UFJ総合研究所に在籍しているユニークな名物アナリストだ。マクロ経済や計量経済学がご専門だからこの手の本はある種の「啓蒙書籍」としてご本人は位置づけられているのだろう。2002年当時の経済分析を基礎に小泉内閣の構造改革路線を批判している。もっともその後当時の株価(8579円)や失業率(5・5%)などは改善しつつあるが、これは大企業に限定されただけの話で現段階では「景気回復の足踏み」といった微妙な段階となっている。その意味ではまだ基本的な経済環境は大きく変化はしていない。ただ当時の内閣の公約は多少ずれこんだとはいえデフレ脱却の目標期間を2005年度においているから、これから半年の間は日本銀行の短観などには要注意なのであろう。
財政収支の改善、つまりプライマリーバランスの黒字転換は2013年とされているが、昨今の日本経済新聞は定率減税の廃止や社会保険料制度の保険料の値上げ、さらに政府関係機関のさらなるリストラを進めようとしている。2013年まで実はそれほど時間はないが、もし公務員のリストラまで手を入れることができたならば、ある程度までのプライマリーバランスの改善は可能な範囲かもしれない。
森永氏はデフレ経済の原因の一つを「供給力過剰」にあるとしている。企業をつぶすことで供給力を下げようとしてる経済政策をまず批判している。シュンペーターの影響による「創造的破壊」によって新事業分野がでてくる‥といったことが想定されていたようだが、森永氏はリフレ政策を支持している。フリーターの増加にも警鐘をならしているが、この呼称は現在ニートという表現になった。ただし20代後半で正社員を希望する人間が増加しているというリクルートによるリサーチは現在でも妥当なところではないかと思う。税制改革により「研究開発減税」というものもあり、相続税の減税もおこなわれているが、これも一時的なものにすぎないかもしれないというのは私の個人的な感想である。現在土地の時価が理論的な時価を下回る‥といった現象を森永氏は指摘しているが個人的にはこれもどうかな、という気がする。この理論時価は収益還元法で算出されるがこれは賃料をもとにしている。つまり「賃料が高すぎる」ので「理論的時価が高くなる」ということは考えられるだろう。実際適正な賃料というのは算定が難しいはずだ。森永氏はしかし逆バブルの解消は外資による土地の買占めが終了した後の2004年3月まで、と予測しているが、シティバンクの個人事業撤退を含め、外資系がそれほど「買占め」に走ったという印象もない。脅威が報じられたフランスのカルフールも撤退しそうだし。森永氏はさらに日本銀行による土地の購入やインフレターゲットまで提唱しているがこれはもう空想の世界に近い。さらに「中高年のリストラ」を企業が断行するとしているがこれも個人的にはどうかと思う。若年層と中高年の差が昔と比較してなくなってきたのは事実でこれからは「若年層でもリストラされる」「中高年でもリストラされない」という時代になるのではないかと思う。もちろん弱者に厳しい日本になるという基調路線については同感である。
今回UFJ銀行の副頭取が検査忌避にて逮捕されたが、それを主席研究員である森永氏がこの本である程度予測していたのはやや皮肉でもある。金融再生プログラムの「責任の明確化」という箇所を批判しているからだ。「有能な銀行員はこの時期の頭取なんて絶対に引き受けない」というくだりもあるがこれは結構あたっていると思う。一時期金融機関にしては珍しく銘柄大学出身ではない人間が頭取になっていたが、そのほとんどは退任か逮捕されている。森永氏は「シャーデンフロイデ」という表現をしているがおそらく銀行内部ではある程度そうした内部事情がオフレコでささやかれていたのだろう。
さてとにもかくにもいずれ「インフレ経済」はやってくる。森永氏は108ページからインフレ到来後の日本経済について「経済格差100倍」という表現を用いている。これはあたる可能性が高いのではないか。市場原理は実際のところマスコミが報道するほど甘いものではない。これは民間企業の人間なら肌身にかんじているはずだ。たとえばs地方公務員を20年間続けてきた人間が転職するとして一体どこの企業がこれからその転職を認めるだろうか。もう現時点でそこまできているのだ。森永氏はヨーロッパ型の経済社会をめざすべきとしているが年金制度も含めて日本はすでにアメリカ型に舵をきっている‥。ただしアメリカでもハーバード大学の授業料が年間300万円ということからもわかるとおり、これから富裕層による学歴占有、階級維持社会というのはあながち的外れではない。日本でも東京大学入学者を輩出する公立高校はもはやベスト10からは消えている。1976年当時の国立大学の授業料は3万円~4万円というレベルだったが独立行政法人化でこれからどこの国立大学も授業料をあげてくるだろうし。それに知的創造分野ではこれまでの第二次産業や第三次産業以上に格差が開きやすい傾向がある。一部の本当の天才には魅力的な世界だが大半の凡才は冷や飯を食べる世界といっても過言ではない。「創造」とはそんなに楽なものではないのだ。
森永氏の予想で141ページの「土地の二極化」という表現には感心した。おそらく地域によってマンションの建築設備のいかんを問わず、スラム化する地域と高級マンションかする地域とに分かれていく傾向は続きそうだ。知的創造の世界は多種多様なニーズにこたえることだから、セーフティな路線も確かに存在しなくなる。景気が回復しても正社員を増やさない企業も増えてくるだろう。
そして156ページからはもっとも人気の高い森永氏特有の「価値観」の変化に対する論説だ。正直いってもうこうした価値観の転換というのは森永氏の最大の功績であって、「勝ち組」「負け組」といった幻想を捨てろ、というメッセージは本当にこれから必要になってくると思う。実際に不透明な時代であるから、何をやっていれば安心というものではない。銀行にいても逮捕される時代であるし、かつては親方日の丸業種だった教員の世界ももうすぐ免許更新制度が導入されるだろう。かつては一回教壇にたてば一生食いはぐれない家業がもうすぐ実力制度になる。となれば地方公務員の世界でまずリストラが始まるのは予想にかたくない。地域密着とはいっても地方税がもし今以上に格差が広がれば移住する人口が増えるだろうからだ。すでに東北の一部は県外流出人口が相当な数になると予想されているが、こうした動きは始まるのだろう。それも予想よりも早く‥。
こうした経済書についてあれこれ語るのはすごく楽しい。だがこの本がベストセラーになったこと自体、すでに「予定調和的に」森永氏の予測が一部あたる可能性を高めているともいえる。
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