2007年12月22日土曜日

渾身、これ一徹

著者名;斉藤孝・坂田信弘   発行年(西暦);2002 出版社;角川書店
 対談形式ということもありきわめて読みやすい本である。ある種の成功・不成功というよりも基本的な公共心について両者の意見は一致する。しかしこうした公共心が現在評価されることは少ない。ムカツク・キレルというのは一種の自己満足だがその段階ですべての人間は「進歩」を忘れる。身体感覚というものを両氏はきわめて重視するが身体で記憶すべきことというものはやはり確かにある。一種の習慣ともいうべきだろうか。基礎・基本の繰り返し、単調な練習に耐えることがその後の応用力につばがる。イレギュラーな展開や応用力はその後の話ということになる。エネルギーを出し切った状態というのは気持ちが良い。そしてエネルギーはつかわなけければ枯渇してくる。
 最近の学校教育は「ゆとり」をきわめて重視しているが実際の企業社会は「ゆとり」がなく、その「溝」はすごく深くなってきている。この溝を飛び越えることができれば別に問題はないが、学校社会と企業社会の論理がこれだけ異なると、今の子供が社会にでるのを嫌がるのは理解できなくはない。
 ただし、だからこそ、基礎・基本を重視した「繰り返し」に耐える力、「習慣」といったものを重視していくことが重要なのだろう。「高校中退」や「転職」というのは実はハイリスク・ローリターンであまりかける意味がない。しかしそうしたひとつの場所でできることをできるだけやっていくことも大人は教えていく必要性があるのではないだろうか。
 この本はもちろん教育書籍といった性格のものだが、社会人が何かの技を習得するときにも使える有意義な本である。お勧めしたい。

0 件のコメント: