著者名;北原みのり 発行年(西暦);1999 出版社;祥伝社
主に女性読者を対象としていると思う。ただし男性読者にとっても面白いかもしれない。1999年当時の内容とすると、やはりこの日本は1980年代以後2~3年単位で大きく社会全体の雰囲気が変化しているような気もする。おそらく当時の日本では、ある種の「偏見」みたいなものが日本社会に残存していたのかもしれないが、今では当時とは予測もつかない形で変化しているようにも思う。性文化についてもだいぶ事情が変わってきたかもしれない。男性の女性に対する妙な思い込みはだいぶ減少してきたように思うし、いわゆるその手の性文化のあり方も80年代当時のようなバイオレンスや「無理強い」するようなものは避けられるようになってきた。倫理規定が整備されてきたのもあるが、早稲田大学のスーパーフリー事件など犯罪行為として社会に拒否感が出てきたことも多い。またセクシャルハラスメントが犯罪行為であるという見識も拡大してきてるし女性専門のアダルトショップが営利企業として成立しているのに対して男性のそれはむしろ客が減少してきてるようにも思う。事実、いくつかの書店からは男性専用のポルノなどは置かないようになってきたが、内容云々の問題ではなく現在ではウェブでほとんどの映像は入手できるほか海外のウェブにアクセスできるという事情もある。そしてまた、性のハザマにある「思い込み」もコミュニケーションによって隔たりが埋まってきたこともあるかもしれない。少なくとも性=結婚だのなんだのといった図式はもはやないし、男性側の妙な自分自身に対する「思い込み」も減ってきたのかもしれない。ただしもっと「努力」は必要なのだろうけれども。
ただし「結婚」についてはだいぶ事情が変化してきた。「勝ち組」「負け組」という言葉がでてきたように、30代で結婚した女性とそうでない女性、あるいは男性と男性のハザマにあらたな階級が出てきたように思う。結婚自体が階級のメルクマールになるのはおかしいのだが、30代過ぎると40代。女性も男性も新たに子どもを作って育てるというのはしんどい年代だし、わずか10年後には40代後半へ突入。少なくとも30代後半から男性も女性も「らしさ」みたいなものがともに消えていき、それぞれオッサン、オバハン文化へ大量に突入していくわけだから、性差よりも階級差異がうまれてくるのはしょうがないかもしれない。持たざるもの、持てるものより貧しい。持てるものは男性であれ女性であれお金で大半はどうにでもなるが、持たざるものは「生きること」自体もあやしい時代でもある。世代によって読み解く内容や感想は変化してくるのだろうし、10代、20代の悩み多き世代には参考になる部分も多いと思う。30代以上にはおそらく、「そういう問題も」「こういう問題も」といった多様な観点でとられることができるかもしれない。
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