2010年12月12日日曜日

危機と克服(上)(第21巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2005年(文庫版) 本体価格:400円
皇帝ネロが自殺してから直後、ローマを支配する皇帝の力量や正統性が課題として浮上。ヒスパニアの属州総督ガルバはアウグストゥスとの血縁関係はないが、力量という点で欠けるものがあった。まずは自分自身をサポートするスタッフの人選を誤り、さらには財政政策でも誤りをおかす。さらには自分のライバルとなりうる人間を「左遷」し、軍団の支持を失う。その結果、ガルバは暗殺され、オトーが皇帝に就任する。ただしこのオトーも、ヴィテリウスをはじめとするライン軍団の支持がなく、自殺に追い込まれ、ヴィテリウスが就任。しかし負けたオトーの軍団を恥辱にまみれさせたため、深刻な内部分裂の事態を招く。ヴェスパシアヌス皇帝が誕生するが、その政権交代のなかローマ市内で市街戦が発生する。ムキアヌスという人材を得てヴェスパシアヌス皇帝の時代が始まるが、この最中、暗殺されたガルバ、オトーは自殺に追い込まれ、ヴィテリウスは内戦後テベレ河に投げ捨てられるという3人連続の短命政権が続いた。ヴェスパシアヌス皇帝はこの危機と混乱をいかに克服していくのか…、というあたりで見事に文庫版は「続く」となる。実際にはそれぞれの皇帝のエピソードが細かく著述されるほか、タキトゥス史観ともいうべき「五賢帝」時代に著者は疑問も投げかけているのだが、「正統性」「権威」「権力」のバランスがいずれも悪かった3つの帝政。そしてその反省をいかに活かせるかは、実際には世界史の教科書を開くとトライアヌス帝まで待たなくてはならない。ただしデジタルにきっちり五賢帝時代始まる、というわけでなく、皇帝ネロ、もしくはカリグラから始まった暗愚の時代から、いかにして組織が統一性を回復していったか、というモデルケースにはなるはず。平時であれば優れた軍人あるいはリーダーともなりえた人材が、この時代ではすべて失敗したのだが、それは一つには情報の不足や相手に対する敬意、市民の支持といった人間に対する共感能力の欠如があったのかもしれない。実際に発生した政権交替の歴史であるがゆえに、今の時代にも示唆に富む「危機と克服」の第1巻となる。

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