2012年8月17日金曜日

珍妃の井戸(講談社)

著者:浅田次郎 出版社:講談社 発行年:2005年(文庫本) 本体価格:629円
 これも10年ぶりの再読。義和団事件で西太后とその周囲が西安に移動するさい、光緒帝の側室珍妃が何者か(歴史上では西太后)によって井戸に突き落とされて殺害された。この本では7人の「目撃者」が珍妃殺害の様子について調査にあたった列強の外国人に証言をはじめるが…。
 登場人物の幾人かは「蒼穹の昴」と重なる。というよりも「蒼穹の昴 外伝」としたほうが、読者にとってはいいのかもしれない。読む順番を間違えて「珍妃の井戸」から「蒼穹の昴」に進んでしまったら、何がなんだかわからなくなるのでは。これは一種の実験小説で、「蒼穹の昴」のように時系列で物語を進めるのではなく、たゆまずたゆまず同じ時間を違う視点でリフレインしていこうという趣旨なのだろう。カトリック教徒に対して排斥的な姿勢をとり、「大道芸人」に発したなどその出自もあまり明らかではない義和団の事件だが、少なくとも当時の列強が大清帝国の首都にそれぞれ軍隊を進めて紫禁城内部にまでたてこもったのは事実。その義和団を支持もしくは扇動した西太后や政府関係者もこの義和団の事件以後、再び北京に戻ってくるが、ちょうど大清帝国と列強8国との緊張感が高まっている時期の話ということになる。21世紀の今からみると、「列強」のおこなった行為についてはもはや論議の余地なく、この小説にでてくるようなメンタリティの各国貴族も存在は想定できる。が、20世紀初頭の列強諸国でこういう軍人や貴族が果たして存在しえたかどうか。もっと腐敗しきっていた状態であったのかもしれないが、それでもなお「清」という国は中国を「中華民国」という別の政府にたくして、生き延びたのだからやはりたいしたものではある。これだけ列強諸国の標的になりつつも「中国」という歴史そのものは生き延びたのには、それなりの原因がありそうだ。
 こういう難しい時代にそれでもなお日本、英国、米国、ロシアという外国人と国内の西太后、光緒帝(元変法派)、進士と宦官といった対立軸を設定して物語を紡ぎ出すのだからやはり浅田次郎氏は大したもの。

0 件のコメント: