2010年11月30日火曜日

パクス・ロマーナ 上巻(第14巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2004年(文庫版) 本体価格:400円
最近の書店では文庫本でも「売れない」となると1ヶ月ほどで棚が入れ替わる。海外からかなり苦労して翻訳されたと思しき大作であってもあまり固定読者がつかない本だとこれもすぐ返品らしい。この「ローマ人の物語」は1994年ごろから単行本で発刊され、その後文庫化されたシリーズだが、驚くべきことに近くの書店にはすべての巻がほとんど揃っている。つまり単行本の読者以外にさらに文庫化で新しい読者がついているということになる。どこにでもある、ということでどこでも買える。したがって同じシリーズではあるがすでに異なる3つの書店で気が向いたときにこの「ローマ人の物語」シリーズを買い求めて読んでいる。
そして時代は天才カエサルの時代からオクタヴィアヌスの時代へと移る。共和制政治の形をとりつつ帝政へ移行。カエサルとは異なる視点でのガリア地区の再編成、司法権も皇帝に集中させ、皇帝財務官制度を導入して税制度を確立させる。軍事費や道路工事などのインフラ整備、カエサルが途中で暗殺されていたため中断していた通貨制度の改革、そして選挙改革。天才カエサルがまず作り上げた土台の上に「国家」という家の骨組みを着実に積み上げていく様子がこの上巻ではつづられる。

2010年11月28日日曜日

ユリウス・カエサル スビコン以後 下巻(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2004年(文庫版) 本体価格:483円(文庫版)
カエサルが暗殺される3月15日の描写と分析が主体となる。マルクス・ブルータス、カシウス・ロンジヌス、ガイウス・トレボニスそしてデキムス・ブルータスといったカエサルに重用されていた人物らによって暗殺が行われる。「人間ならば誰にでもすべてがみえるわけではない。多くの人は自分が見たいと欲する現実しか見ていない」というカエサルの言葉のごとく暗殺は単にローマ帝国の変化を10数年遅らせるにすぎなかったと分析される。この段階で元老院主体の寡頭制の「共和制」に戻るか、独裁官中心の帝国運営に進むのかといった選択肢がないわけではなかった。が、カエサルなきあとは、オクタヴィアヌスによる巧妙な帝国運営まで時間が空白となる。過渡的にオクタヴィアヌス、アントニウス、レピドゥスの第二次三頭政治をへてクレオパトラを代表都市アントニウスを軍司令官とするエジプト王国とローマ帝国の戦いはあったが…。時代はその後軍事を担当するアグリッパ、文化・外交面を担当するマエケナスを従えたアクタヴィアヌスを中心に展開していくことになる。

ユリウス・カエサル ルビコン以後 中巻(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2006年(文庫版) 本体価格:400円
多民族・多言語・多宗教の「帝国」を作り上げたカエサル。ポリスを超えたコスモポリスをさらに作り上げていこうとする。ポントス王国との戦いでは「来た、見た、勝った」の名言を残す。留守のローマをアントニウスが内政担当するが、ベテラン兵士のコントロールに失敗。軍人としては有能だったアントニウスだが政治面での不安要素を残す。最後のポンペイウス派が北アフリカに渡ったのを追撃。スキピオ、小カトーなどのローマ人軍団とヌミディア王国との連合軍との戦いが始まる。勝利をおさめたカエサルはサルディーニャ島とコルシカ島を視察してから、凱旋式へ、そして暦の改訂(太陰暦から太陽暦へ)、国立造幣所の創設、シチリアへの選挙権を持たないラテン市民権の授与、ガリア人などを元老院議員として認め元老院の定数増加、利子率のコントロール、解放奴隷の登用、福祉政策、失業政策、首都再開発といった内政面でのインフラを進めていく。「寛容」をテーマにした一連の施策は、終身独裁官への就任によりほぼ地盤は固まりつつあった。

2010年11月27日土曜日

ユリウス・カエサル ルビコン以後 上巻(第11巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2004年(文庫版) 本体価格:476円(文庫版)
ルビコンをわたったカエサルは、リミニへ無血入城する。戦闘の準備ができていなかったポンペイウスはローマから脱出。地中海沿岸を勢力下におさめていたポンペイウスとしては、ローマでカエサルと戦うよりも、クリエンテス(後援者)の支持が得られる国外で軍団を整備するほうが有利な展開だった。まずスペインでポンペイウスの軍団とカエサルは戦い(スペイン戦役)、現在のフランスマルセーユを陥落、北アフリカ戦線で部下のクリオが大敗したものの、戦場はギリシアへと移る。ファルサルスの決戦でポンペイウスの騎兵部隊をおさえこみ、ポンペイウスはエジプトへ敗走する。さらにそれを追撃したカエサルはポンペイウスのエジプトによる殺害を知ると同時に、クレオパトラで出会い、アレクサンドル戦役をへてエジプト王国の内紛を平定する。

ユリウス・カエサル ルビコン以前 下巻(第10巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2004年(文庫版) 本体価格:438円
紀元前60年から紀元前49年(カエサル40歳~50歳)の10年を描写する。この本ではガリア地方を縦横無尽にかけめぐるカエサルの姿が地図とともに示される。そのさなか三頭政治を一端を担うクラッススがパルティア王国のスレナスと戦い、全滅。またガリア民族もヴェルチンジェトリックスという優秀なリーダーが統率した反乱が起きる。そしてガリア戦記の事実上のラストをかざるアレシア攻防戦が描かれる。カエサルが配備した独特の防御柵が文庫本126・127ページに示されているが、機械装置や技術、土木工事といったインフラを重視した紀元前のリーダーの先見性が示されている。いっぽう元老院重視の議員たちはポンペイウスの取り込みに成功し、アレシア攻防戦で事実上ガリアを制定したカエサルは護民官にアントニウスを送り込む…。ラストはカエサルとこれまで戦いをともにしてきた副官ラビエヌスに著者は光をあてる。「ガリア戦記」ではあまり触れられていない副将だが、カエサルの背後を常に守り続けてきたベテランの軍人だったが、ポンペイウスにつくのかカエサルにつくのか、その最終決定をこの第10巻で示す。

2010年11月25日木曜日

ユリウス・カエサル ルビコン以前 中巻(第9巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2004年(文庫版) 本体価格:476円
紀元前60年から紀元前49年までのカエサル40歳から50歳までの十年を描く。上巻では「遅咲きの花」といった感のカエサルだが、この紀元前60年ごろから、エリートだったポンペイウスを猛速度で追いかけ始める。パトロンだったクラッススとともに三頭政治体制を組み、キケロや小カトーといった元老院派と対立しつつローマの国防と元老院打破のために走り回る。ローマの公職員がいかにふるまわなければならないかを定めた法律などは600年後の「ローマ法大全」(ユスティニアス帝)にも収められた。またガリア戦記を著し、ドーバー海峡を横断してブリタニアにもわたる。ライン河を越えてゲルマン民族やゲルマン民族と組むガリア人たちと始終戦争を続け、紀元前49年は終わる。カエサルがただの借金漬けで色男ではなかった…というのは現代だからこそわかるわけだが、ただ単に戦争に強いというだけでは、ローマより遠方の地にあって軍団を率いることはかなわなかったはず。ガリアの地図が頭に入っていたに違いないと著者が断定するくだりがあるが、このリーダシップと先見の明はひょっとして若いころの「読書」にあったのではないか…とも思う。ミステリー小説よりも面白いカエサルの一生。まだこの中巻にして50歳である。

2010年11月24日水曜日

ユリウス・カエサル 上巻(第8巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2002年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
話の流れは再びスッラの元老院重視の政治とマリウスの民衆重視の対立の時代にいったん戻る。カエサルの誕生から歴史を語るには、どうしてもローマ全体の歴史を一度逆戻りする必要があるからだ。スッラが独裁官に就任したときにはカエサル自身が処刑名簿に名前が記載されていたということもあるが、民衆派のマリウスも叔父にあたるためである。また著者自身がカエサルの全体像をイメージするには、生まれたときから全体をとおしてみていく必要性があることを書籍のなかで著述している。借金だらけで、しかも女たらしだったが、借金で公共事業をおこなうとともに、女性遍歴は多いものの恨まれることはなかったというカエサル。37歳にしてようやく英雄の片鱗をみせはじめるのだが、アレキサンダー大王や当時の英雄ポンペイウスなどと比較してもかなり遅咲きの英雄だ。しかも「英雄」にしては、お金や女性問題など世間的にいう「英雄」のイメージとはややかけはなれているカエサル。この人物はロードス島への留学をはじめ当時の最高水準の教育を受けていたのは間違いないが、だとしてもその後、ローマ帝国を一気にぎゅうじるほどの才能はまだこの上巻では著述されていない。指導力もカリスマ性もおそらくその後花開いたのではないかと想像するが、「いかに俗物だったか」「俗物ではあったが英雄でもあった」という二律背反の業績を歴史に残す。後にライバルとなる小カトーやキケロのデビューもこの上巻で詳細に知ることができるほか、トーガの着方や、ローマ市内の一戸建ての住居内地図なども掲載されている。

クラッシュ(角川書店)

著者:楡周平 出版社:角川書店 発行年:2009年(角川書店文庫版)本体価格:895円(角川書店文庫版)
フランクフルト空港で新型航空機が着地を誤って事故。飛行プログラムを組んだソフトウェア会社はプログラムのバグを取り除いて新たなバージョンを開発。しかし人間関係のもつれから、バージョンアップされたはずのプログラムには「エボラ」と命名されたウイルスが混入していた…。時代がドッグイヤーとよばれる変化のなかで、世界をシステムダウンさせるほどの威力があるウイルスがフロッピーディスク1枚におさめられ、飛行機のプログラムにもインストールされるといった展開はまあご愛嬌。もはやウイルスセキュリティも新型ウイルスに負けないほど進化したし、1998年当時であっても、なんのチェックもしないでソフトウェアをインストールするようなことはなかったと思う。にもかかわらずこの小説はなかなか読ませる。飛行機パニックストーリーは「出口がない」「登場人物が限定されている」といった密室ミステリーにも似た部分があるうえ、燃料によるタイムリミットもある。どんなに長いミステリーであってもなんらかの解決策を作家は提示しなくてはならない。もちろんこの本も最後はちゃんとしたオチにたどりつくわけだが、今でもなおこのストーリーはデバイスとネット環境をアップデートすると成立する核がある。「未来を予測した…」というような賛辞よりも、デバイスやソフトウェアのバージョンにかかわりなく、「クラッシュ」はいつでもいかなる状況でも想定外の条件で発生しうる…というのが「核」か。

2010年11月23日火曜日

勝者の混迷 下巻(第7巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2002年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
上巻につづき前1世紀のローマ帝国。同盟者戦役に続いて、ミトリダテス戦役、さらに映画化もされた「スパルタカスの反乱」も国内で発生する。元老院の権威と権力を守りたいスッラは次々と体制改革をおこない、平民の権利を守る護民官も巧みな制度改正で優秀な人材が選挙に出ないような仕組みを考え出す。そしてスッラが独裁官から自ら引退したその後、ポンペイウスが影響力を生み出していく。ローマはそして、シリアにも踏み込み、戦闘なくしてセレウコス王朝が滅ぶ。かくして巻末に掲載された地図は上巻からさらに上書きされ、スペイン、ミラノ、イリリア地方、マケドニア、アカイア同盟、ロードス島、ビティニア地方、キリキア地方、シリア地方を属州におさめ、ポントス、アルメニア、カッパドキア、エジプトマウリタニア王国を同盟国へ、そしてヌミディア王国とは引き続き密接な同盟国関係を維持。かくして下巻でシーザーはちらっと顔をだし、地図の白い部分(ガリア地方とトラキア地方)を除く地中海沿岸をすべて支配下・影響下においた「勝者」が混迷の後、さらに拡大していく予感を示して終わる。イタリア半島・ギリシア半島・小アジアの3つはそれぞれ地中海にタテにはみだした形をしているが、陸路だけでなく地中海を中心にしてみると、海2つを越えればローマから小アジアへすぐだと気づく。また地中海貿易を円滑にすすめるためには当時空白地区だったキリキア地方の海賊も平定しなければならないこともすぐわかる。地図が利用にたえうる技術になったのはルネサンスのころと記憶しているが、当時のローマ帝国も不完全ながらも地中海を中心にした独自の地図で、要所要所を落としていくという「知恵の継承」がおそらくなされていたのであろう。

朝倉恭介(角川書店)

著者:楡周平 出版社:角川書店 発行年:2009年(角川書店文庫版) 本体価格:781円(角川書店文庫版)
シリーズ最終作。会社の帰りに喫茶店で「ターゲット」を読み終わり、そのまま駅の近くの本でこの本を購入。もともとシリーズものに弱いというのは自覚していたが、1作目の「Cの福音」が面白くてその続編もなかなかとなるとやっぱり最後まで読み通してしまう。南米で量産されているコカインは中継基地(つまりアメリカ)が必要ということもあって末端価格がはねあがるという特性があった。その流通コストを関税法の盲点をついて削減したのが朝倉恭介。だがその秘密はCIA、警察そしてジャーナリストにも知られるようになってきた…。「善」と「悪」というよりも孤独な魂が最後にぶつかりあうシーンが印象的だ。場所はコロンビア、アメリカと移るが最後はやはり日本の神奈川県警をまきこんだ壮絶なカーチェイスシーン。逃げ切れるわけがないと思う読者は、朝倉恭介のリアルな「逃走」に逆にしびれるにちがいない。

ターゲット(宝島社)

著者:楡周平 出版社:宝島社 発行年:2001年(宝島社文庫版) 本体価格:762円(宝島社文庫版)
シリーズ5作目。再び朝倉恭介が主役となり、北朝鮮の生物テロ攻撃を防ぐ役割をする。中国、北朝鮮、日本、米国の力関係を概括したあと、北朝鮮の南進作戦の前提として在日米軍基地の破壊をもくろむ北朝鮮工作部。それを阻止しようとするCIAとCIAの臨時工作員にやむなくなった朝倉恭介。ちょっとありえない設定のようでいて、日本を攻撃する武器はなにもミサイルだけでなく生物化学兵器の可能性もあり、それを持ち込むのであれば他の国を経由して…という設定はきわめてリアル。この小説が映画化されるのであれば主役はキアヌ・リーブスあたりにやってほしいものだが…。小説なのにスローモーションで銃撃戦を見ているような感覚におそわれるスパイミステリー。

クーデター(角川書店)

著者:楡周平 出版社:角川書店(宝島社) 出版年:2008年(角川書店文庫版) 本体価格:781円
「Cの福音」に続く合計6部作の2作目にあたる作品。東南アジアの外交問題と宗教問題を題材にし、航行不能になったアメリカ原子力潜水艦と能登半島に上陸した謎のテロリスト、そしてその陰謀を阻止しようとするジャーナリスト川瀬雅彦。普通の日常をおくっていた人々のなかに突如現れる重火器攻撃の連続…。タイトルは「クーデター」となっているが、実際にはタイトルから予想されるような展開ではなく、むしろ個人の内面が「大転換」していく心理面が興味深い。
「Cの福音」ではブラウン大学を卒業後マフィアのもとでコカインの輸入にたずさわる朝倉恭介が主人公で、この「クーデター」ではアフガニスタン内戦をきっかけに大手新聞社の国際部記者から報道カメラマンに転進した川瀬雅彦。組織に属さず、それぞれが信頼する個別の人間関係をもとに二人の活躍は別々に第5作まで続き、そして第6作「朝倉恭介」で初めて対決することになる。

2010年11月20日土曜日

職場は感情で変わる(講談社)

著者:高橋克徳 出版社:講談社 発行年:2009年 本体価格:740円 評価:☆
職場の雰囲気あるいは準拠集団の「雰囲気」みたいなものは確かにそれぞれ個人の気の持ちようという面はある。この本で一つ知った概念が「組織感情」だが、組織そのものがもつ気分の上下みたいなものは確かに「組織感情」という言葉で簡潔に表現できる。ただし結論としては「それぞれおもいやりを持ちましょう」「共感しまいましょう」「マネジメントをうまくやりましょう」…というのでは、何か割り切れないものが…。

人と人とが共感しあうというのはけっこう難しい作業で、その人の生い立ちからその後の生育過程も含めて総合的な活動の所産であることが多い。共感能力がある人とそうでない人というのは勉強してどうなるものでもないのだ。「頼りにしています」「感謝しています」というのは態度では示せないから言葉にしろ…というのもビジネスマナーの領域をでない。要は「あたりまえのことをちゃんとやる」ことさえできていれば組織感情がそれほど悪化することはないのではないか。お互いがお互いを尊重するというのは心理学や社会学などを勉強しなくても近代国家のひとつの前提でもある。違うものどうしでうまくやって組織感情を活性化するのは、けっきょく「あたりまえ」にやるっていう結論になるのだが…。

勝者の混迷(上巻)(第6巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2002年(文庫版) 本体価格:400円(文庫版)
ポエニ戦争が終わり、マケドニア、アカイア同盟を滅亡させ、カッパドキアやアルメニアといった小アジア諸国を同盟国とし、さらにエジプト王国も同盟としたローマ帝国はまさに地中海を制覇した。しかしローマ帝国内部には、元老院に対する権力の集中と貧富の格差が生じていた。ローマ帝国では一定程度の財産がなければ兵役には召集されない。兵役は直接税としての役割をはたしていたが、戦地からもどってきてみると一種の上層部が大規模農園を経営し、小規模農家の実家は経済的な困窮状態に陥っていた。その結果、自作農家は壊滅し、農業で生計をたてることができなくなった元兵士などは都市へ流入する。そこへ若き改革者グラックス兄弟が登場する。兄のティベリウスは一種の農地改革法を施行し、元自作農に土地を返却、それによってローマの市民層を健全化しようとしたが、30歳にして撲殺される…。そして弟のガイウスも護民官に就任し、新植民地建設とラテン市民権とローマ市民権との格差を埋めようとするが自殺に追い込まれる。その10年後新たにガイウス・マリウスが歴史に登場する。アフリカ戦線に職業軍人として赴きながら軍団内部の改革に専念するマリウスだったが、心ならずもその軍団改革は職業軍人を誕生させ、兵役を納税とするシステムを変換、さらにアフリカ戦線で外交能力が必要となった場面でスッラが登場する。マリウスがその後ゲルマン民族との戦いを終了したのち「失脚」したころ、その妻の実家ユリウス家にカエサルが誕生する…。そして市民権格差が解決されないことにいらだった同盟諸国から「同盟者戦役」が勃発。この結果ユリウス法が制定されローマ市民権が等しく与えられ、都市国家ローマが帝国ローマとして生まれ変わる契機につながる。
必ずしもこれまで歩んできた勝利の歴史というよりは、一つ一つが試行錯誤の連続といった感じの時代のローマが描写されている。グラックス兄弟の考えは正しかったが、それが実現化されるまでには元老院をはじめとする各種の抵抗を乗り越え、同盟者戦役をへる必要性があった。正しいと思われることが必ずしもスムースには実施されず、幾人かの犠牲と戦争をへてやっとたどりつける道筋も歴史にはあるということだ。

再生巨流(新潮社)

著者:楡周平 出版社:新潮社 発行年:2007年 本体価格:743円
楡周平の作品は物流がからむと格段に面白くなる。この小説では、スパイも武器もでてこず、やり手の営業部次長が左遷された部署で、文具通販の新しいビジネスモデルを思いつき、周囲をまきこんで一つのプロジェクトにまとめていくプロセスが描写されている。実際にビジネスをたちあげていくときというのは、荷物の集荷や仕訳といった細かなところまで目配せをして具体的な形にまとめていくものだろう。架空の経済小説とはいえ小口配送主体の運送会社がいかにして新規ビジネスに取り組んでいくのかが緻密に描写されていて面白い。高い付加価値をもつサービスとはいっても単に丁寧にモノを運ぶとかそうした「気合」だけではニーズに対応できるわけがない。そこからさらに「仕組み」にまでアイデアをもっていく過程と人間模様が実に興味深い。

イマイと申します(新潮社)

著者:日本テレビ「報道特捜プロジェクト」 出版社:新潮社 発行年:2008年 本体価格:400円
今ではさほどでもないが、いっとき「架空請求」事件があちこちで頻出していた。支払った覚えのない請求書が「はがき」などでやってきて「早く払え」というものである。「重要」などと印字されていたりもするが内容証明郵便というわけでもなく、それだけでは法的証拠にはならない。ただし民法では「債務の承認」という制度が用意されており、代金の一部でも弁済してしまえば、「債務を承認」したとみなされて、架空請求が本当の請求になってしまう。そこで悪徳業者はなんとしてでも「債務」の言質をとろうとあれこれ策を弄するのだが、そこにストレート勝負でのりこんでいったのが、この日本テレビのイマイ記者。「ガラをさらう」「腕を折る」という物騒な脅しにも負けず、正面から立ち向かっていく。ある事件ではオーストラリアの何某コールセンターとドイツの架空請求業者とのつながりも明らかにされるのだが、オーストラリアの金融機関はスイスの銀行以上に秘密性が高いとされている。こういうルポでオーストラリアが登場してくるのは偶然ではないだろう。いずれ「振り込め詐欺」についても形をかえたルポがでてくると思うが、金をだましとろうとする悪質業者と警察、そしてこういうジャーナリズムの予想もしない取り組みは、こうした書籍にまとめておくにふさわしい活動といえる。

2010年11月18日木曜日

猛禽の宴(角川書店)

著者:楡周平 出版社:角川書店 発行年:2008年(角川書店、文庫版) 本体価格:705円(角川書店、文庫版)
「Cの福音」で通関法制度を利用したコンテナの一部抜き替え方式で違法輸入のシステムを作り上げた朝倉恭介。台湾マフィアとの抗争はあったもののその後安定した収益を稼ぎ出していたが、ニューヨークで義理の父親といってもよいファルージオが、部下の陰謀とチャイニーズマフィア。ラティーアマフィアの抗争に巻き込まれる。イラク戦争で心と体に傷を負った元軍人と最後には立ち上がるが…。
この手の物語はやはり心に影を持ち、「孤高」のスタイルをつきとおす主人公がふさわしい。同じ「孤高」のスタイルでも「根が善人」では物語に華がなくなる。力と力の抗争に加えて頭脳戦争と「時の運」も登場人物の「その後」を左右する。冷戦終了後の混乱期を舞台にしているということもあり、空軍基地から流出した「フロッピーディスク」もまた物語に華を添える。いや、エンターテイメントは結局主役が「アクシデント」に趣き、そして成長して帰ってくるというパターンだとすると、この物語では朝倉恭介はアメリカ国内の戦地で、前作をしのぐ戦闘に打ち勝ち、しかもチームプレイもこなせるプレイヤーとして成長して最後に生きて帰ってくる。文庫の表紙は戦闘ヘリ「コブラ」。夜の空を飛ぶコブラがめざすその先にあるものは…。

2010年11月17日水曜日

ハンニバル戦記 下巻(第5巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2002年 本体価格:400円
第二次ポエニ戦争からマケドニアとローマの戦い、そしてカルタゴのあっけない滅亡までのBC146年までが描写される。ローマの若き天才軍人スキピオもローマ帝国元老院のなかに敵を作り、隠遁生活へ、そしてハンニバルもまたカルタゴからシリア王国の宮仕えと場所を移していく。一方、ヘレニズム地方ではマケドニア王国とギリシア民族で形成するアエトリア同盟との争いが激化しつつあった。マケドニアを打ち負かしたローマだったが、その後ハンニバルのいるシリア王国との戦い、そしてエーゲ海の制海権を得る。元老院では大カトーが覇権を握り、そしてローマはマケドニアを滅亡させる。かくしてローマは「役者」をかえつつも、現在のスペイン、かつてのカタルゴ(アフリカ州)、マケドニア、旧ギリシア・アカイア同盟地域を傘下におさめ、シリア王国、エジプト王国と同盟関係に、アフリカのヌミディア王国とはより親密な関係を結ぶ。もはや敵はガリア人とトラキア人というヨーロッパ大陸北部だけになった。世界史はいわば敗北の歴史なのだが、ここまで成長したローマがその後ギリシア文化を吸収し、英雄を多数輩出し、いまなお現代に影響を及ぼしている「骨格」はこのBC146年ごろといえるのだろう。

2010年11月15日月曜日

ハンニバル戦記 中巻(第4巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2002年(文庫版) 本体価格:438円(文庫版)
開戦など予想もしていないローマとカルタゴ。そこにハミルカルの息子天才ハンニバルがスペインで動き始める。後にナポレオンが挑戦するアルプス越えで一気にイタリア半島に侵攻。ローマ帝国の執政官率いるレギオンはその天才的戦術の前に敗戦を繰り返す。そしてハンニバルはローマそのものへの入城ではなくローマ同盟の分散を狙い、ガリア人、エルトリア人、ギリシア人など同盟国への働きかけをおこなう。当時にあって指揮官の性格や天候状況、地理的状況など種々の情報収集をおこない誰もが予想もしない軍団編成と指揮をおこなったハンニバル。「多くのことはそれだけは不可能に思える。ただし視点をかえるとそれは可能なことになる」との名言をはき、現在でも欧州の士官学校では教材となるカンネの会戦での勝利。しかし、そこに若きローマの執政官スキピオが立ちはだかる。スキピオは騎馬兵の充実を図ることからこれまでハンニバルと同盟を結んでいたヌミディアに声をかける。そして両者は再び次の戦闘に向けて準備を始める…。

Cの福音(宝島社)

著者:楡周平 出版社:宝島社 発行年:1996年 本体価格:1456年(文庫本は宝島社と角川書店からそれぞれ発刊)
総合商社の社員の息子としてアメリカのミリタリースクールに通学後、ブラウン大学に進学。オールAの成績で前途洋洋だった朝倉恭介に両親の突然の死。朝倉はとある事件をきっかけに外資系名門企業や日本企業への就職ではなく、知人のマフィアを訪ねる。そしてそこでプレゼンした内容は、これまでだれも考えなかった日本の税関システムを利用したコカインの密輸方法だった…。「ラストワンマイル」も「再生巨流」もそうだったが、物流に関する知識が非常に緻密に描写されており、いわば物流ミステリーといった様相を呈している。おそらく著者は外資系の物流関係の会社にいたのではないかと推定されるが…。CYカーゴやCFYカーゴなどコンテナの種類などもさらっと物語に挿入されていて、物流に興味のある人には特にオススメのミステリー。六本木の台湾マフィアの様子などはやはり馳星周のほうがすさまじいバイオレンスだが、バイオレンス描写はあまり得意ではない印象も。むしろ淡々と「モノ」がアメリカから日本へ動いていく描写が怖い。薬物に関する描写もリアリティがあり、著者の相当な取材量がうかがわれる。「ちょっとしたきっかけで」コカインを始めた総合商社の若手社員がどんどん崩壊していく様子がこの本でいう「Cの福音」…。

ハンニバル戦記 上巻(3巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2002年(文庫版) 本体価格:362円(文庫版)
3巻目まで読み進める。やはり単行本よりも読みやすい。ただし地図など図版は面積が小さくなるのでそれは単行本のほうがやはり有利ではあるが。この上巻では主に第一次ポエニ戦争を取り扱う。コルシカ、サルディーニャ、シチリアなどイタリア半島の目と鼻の先の島もカルタゴの支配下にあり、地中海の制海権のほとんどはカルタゴが握っている状態。またローマは背後のイリリア地方やマケドニアにも脅威を抱えている。ハンニバルはまだほんの少ししか登場せず、その父親のハミルカルがカルタゴを率いる。ハミルカルは国外重視派だったため第一次戦役後は現在のスペインに移り、そこでカルタゴの領土を増加する。そして第二次戦役の布石を作る。第一次ポエニ戦争ではカルタゴもローマもシチリアの支配権をめぐる局地戦といってもいい段階で、しかもポエニ戦争の再開をだれもが予想しておらず、ローマはむしろ北部のガリア人(ケルト人)に備えた軍事強化が目標とされていた。そしてまたローマではギリシア文化がはなひらき、同盟国に近くなったシラクサなどへの留学も盛んになっていく。

2010年11月14日日曜日

ローマは一日にしてならず上巻・下巻(1・2巻)(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2002年 本体価格:第1巻400円、第2巻438円
単行本のシリーズは途中まで読んでいたのだが、いかんせん場所をとるうえに重い。通勤電車で読むにはやはり文庫本が適している。ということで文庫版がでたのをきっかけに第1巻と第2巻を文庫本で読書。ローマ、都市国家の範囲をこえて帝国となりえたのはなぜか、ローマの基礎は最初の700年ほどに形成されるといった意味合いでいえばこの第1巻と第2巻は続く40巻までの歴史の「基礎」となる。トロイア戦争で逃げ延びた子孫がロムルスとしてローマ人となった説は「御伽噺」として塩野は面白く扱い、実際にはラテン諸民族の「はぐれもの」が最初ローマに集落を作ったのではないか、そしてそれは北のアルトリア人にとっては守りにくく、南のギリシア諸民族が形成した都市からすると海から離れすぎていたのではなかったかという仮説を提する。学者だとなかなか活字で思い切ったことを書くにはそれなりの証拠が必要とされるのだろうが、塩野の場合には小説という形でさまざまな仮説を大胆に著述する。そしてそれがおそらく学問の進歩を促すのだろうと思う。だれかが思い切った仮説をだし、実証証拠はあとからついてくるというのはまさしく「トロイア戦争」のシェリーマンそのものの生き様だ。ギリシアの文化がローマに流入してくる時代にはまだ早い。前3世紀まで、ポエニ戦争開始直前までの500年間をこの2冊できっちり学び、そして第3巻から地中海西部を支配下におくフェニキア人カタルゴとの戦いが始まる。

2010年11月11日木曜日

荻原式貯金術(イースト・プレス)

著者:荻原博子 出版社:イーストプレス 発行年:2010年 本体価格:952円
新書サイズにしてはやや価格は割高だが、ファイナンシャル・プランナーとしては個人的にはナンバー1ではないかと思っている萩原博子氏の著作。収入に対する貯金割合の目安は10パーセントとか住宅の頭金は20パーセント以上とか定番のセオリーに加えて、税額所得控除のコツなどだれにでも実行可能なスキルが網羅されている。医療費の10万円以上の請求書をきっちりファイルしておくと後日便利とか、大きなマクロ経済の理論を分析することももちろん大事だが家計単位でミクロな可処分所得のやりとりも当然大事。NHK受信料などは利息分も含めて前払いのほうが安いというのも頭に入れておいていいスキルではないかと思う。そしてこの本のやり方を追求していくとお、結局は「整理整頓をしっかりしておく」ということに突き当たる。必要な請求書はしっかりファイル、衣料品についても、もう着ないと思ったら捨てる前に雑巾がけなどに再利用してから捨てるとか、ヤフーオークションを利用してみるとか、いろいろな生活の知恵がこめられている。このデフレ不況のもとで、こういう豆知識、けっこう積もれば大きな意味につながっていく。

2010年11月9日火曜日

異端の大義 下巻(新潮社)

著者:楡周平 出版社:新潮社 発行年:2009年 本体価格:667円
この本を読んでいるとさまざまな実在の企業が念頭をよぎる。サンヨー、アイワ、フィリップス、NEC…といった感じになるが、国内の生産拠点の閉鎖に従事する主人公はとあることから、人事担当の役員ににらまれなれない販売子会社へ出向、さらには外資系企業に突破口を見出すが、その後運命は皮肉な展開をみせる…。おそらく10年前の日本であれば「そんなばかな話」と一笑に付されそうな話だが2010年現在の日本では、頻繁にとはいわないまでも、それなりにありうる話だろうと思う。海外でMBAを取得し、さらには語学も堪能なこの主人公であれば、年齢にかかわりなく日本市場や中国市場にターゲットをしぼる外資系がスカウトされるなんてことは十分ありうる。さらには、 国内企業が経営不振となれば、外資系が株式を購入するケースも当然想定される。日興コーディアルや日産という会社は一例に過ぎないし、中小企業であっても外資系が入り込んでくる例も散見される。この本ではインフラに疑念をもつ中国人の社員と将来の中国の発展を予測する中国人の見方の対立が面白い。おそらくは今の中国の経済発展は共産主義の限界でいずれは衰退をむかえるとは思うが…。「異端」とは同族会社に紛れ込んだ外国文化に慣れ親しむ主人公が、同族会社のなかでいつしか人情味あふれる「日本人」へと変貌していくが、それは気がつくと会社の中では「異端」になっていた…という展開を暗示している。成功物語というよりもリストラ・工場閉鎖物語という必ずしも明るい話題ではないが、逆境にあっても活路を見出したい人にはヒントがあふれているはず。

2010年11月8日月曜日

ラスト・ワン・マイル(新潮社)

著者:楡周平 出版社:新潮社 発行年:2009年(文庫版) 本体価格:629円(文庫版)
単行本の発行は2006年。まだライブドアによるフジテレビ買収活動も楽天によるTBSへの買収活動も起きていない時代に、楡周平は、架空のインターネットモールが小口運送中心の運輸会社に値引き交渉をもちかけるシーンから描写していく。ネットの売買取引も最終的には実際の物流活動によって完遂される。タイトルはその売買活動の最後のリアルな活動という意味で「ラスト・ワン・マイル」となっている。経済小説ではあるが、流通や物流に興味がある読者にとっては、流通論のテキストを読むよりも現実の世界に応用できる内容が盛り込まれているほか、サーバーの維持や出店した顧客の管理などマーケティングの勉強にもつながる著述が多い。おそらく経済小説の場合、時代があまりに変化すると小説としてのエンターテイメント性が失われやすいというデメリットがあるが、著者はそうした陳腐化を避けたかったのではないか…と推察する。「一見ネガティブな情報のように見えても、その裏に隠された真実を掴んだ人間が金を手にできる」(文庫本266ページ)。ビジネス戦争の過酷な競争と人間心理、緻密なプロットが、層をなし、まるでティラミスのように、人間模様と企業のからみあいを描写している見事な経済小説。

2010年11月6日土曜日

悪の教典 上巻・下巻(文藝春秋)


著者:貴志祐介 出版社:文芸春秋社 発行年:2010年 本体価格:上巻・下巻 各1,714円
高等学校を舞台にした「ピカレスク」ロマン。京都大学を中退して、外資系証券会社を経て教育委員会の特別制度を利用して教員となった「蓮実」が主人公。冒頭はきわめて普通の日常生活なのだが、次第にその日常の奥底に隠された陰謀が明らかになっていく…。やや分厚い紙でしかも活字も大きい体裁のため、持ち歩いて読むには不自由するが、その分、紙面に余白が多いので余裕をもって楽に読める。文藝春秋のホームページで「学年名簿」などもダウンロードできるようになっているので、PDFをダウンロードして名簿片手に読むのも面白いかもしれない。
社会学では個人の意思決定に影響を与える集団を「準拠集団」という。これまでのピカレスクロマンでは、「準拠集団」よりも群集を取り扱うケースが多かったように思う。バルザックの「従妹ベッド」もピカレスクロマンだが特定の準拠集団に依拠しているわけではない。この小説では特定の人間関係が持続する「学校」という準拠集団のなかに、知能の高い悪者が混じりこんだらどうなるのか…と描写しているところがユニークだ。その分、もうひとつの準拠集団である「家族」や「近所」といった集団については描写は希薄。もちろん生徒の家族が登場してくる部分もあるのだが,その扱いはあくまで「学校」とのかかわりから描写される。場所は「学校」、主役は「教師」、そして犠牲者は「生徒」とその関係者という構図でPTAなどもちらっと出てくるが小説の大筋には関係してこない。しかも私立学校という設定なので、それまで主役が勤務していた都立高校とのかかわりも驚くほど希薄。結局、インターネットや偶然であった知人による「うわさ」などしか生徒の側は情報が入手できないという構図になっている。こうした準拠集団を場面設定した理由、おそらく「会社」を舞台にして同様のケースを考えると、情報がそれぞれ公開されているうえ、勤務状態などもある程度社内LANなどで共有。さらには、不自然な「うわさ」などはフォーマルな組織であればあるほど抹殺されるため、この小説のような人間関係の操作というのはまず無理。現代のさまざまな準拠集団のなかでも、「学校」という準拠集団だからこそ、完成しえた小説といえるのだろう。