2012年3月30日金曜日

岳物語(集英社)

著者:椎名誠 出版社:集英社 発行年:1989年 本体価格:429円
 学生時代に三宅島を旅行したことがある。芝桟橋から一昼夜をかけてフェリーに乗り込み、早朝に三宅島に到着。当時は米軍記事を三宅島に作るか作らないかで三宅島を二分する議論が行われていた。その夕方、とある民宿に飛び込みで「部屋はありませんか」とお願いして、ここちよくとめてもらったのが、この「岳物語」にでてくる民宿「さざなみ」の玉城長之助さん。晩御飯のお刺身は美味しかったが、この民宿に椎名誠親子も泊まっていたのだ。
 手持ち無沙汰に部屋で横になっていると玉城長之助さんが、当時の「岳物語」を手にもって、
「椎名誠という作家は知っているか」
「その椎名誠さんがこの民宿に泊まったのだ」
「そしてここに私も登場しているのだ」
と嬉しそうに話しかけてきた。椎名誠さん、単に民宿に泊まったというだけではなく、単行本を登場した人に献本もされていたのだ。当時は三宅島の噴火もまだおさまったばかりで、その後の島民の避難が始まる前のこと。数冊の本だけもって民宿にとまっていた私は相当に「うろん」な客だったと思うのだが、なんの関係もない宿泊客で記念写真をとったりするなど、案外楽しい思い出だ。1980年代にこの本の存在を知って、きっちり最後まで読んだのは2012年。25年以上が経過しているのだが、それでも三宅島で食べた味噌汁やお刺身の味を思い出す。時間が4分の1世紀、タイムスリップしたかのようだ。

2012年3月28日水曜日

日本人が知らない「怖いビジネス」(角川書店)

著者:門倉貴史 出版社:角川書店 発行年:2012年 本体価格:724円
 ワシントン条約違反の象牙売買、人間の臓器売買、そして世界の紛争地で莫大な利益をあげる「死の商人」。さらに未承認のボトックス注射、不法滞在者向けの地下病院などやや「重たい怖いビジネス」から笑える「軽い怖いビジネス」まで幅広く収録。体系的な面はあまりないが新書サイズでこれだけテーマが盛り込んであれば十分楽しめる内容。後ろのほうでは中国の偽札ビジネスや知的財産権の侵害などが特集されていて、知的財産権の保護を環太平洋地域で徹底するだけで、確かに日本の貿易収支はさらに黒字が増しそう。偽札が多く貨幣価値も無理無理「元安」に誘導している中国政府だが、そうした通貨政策でしかも偽札が一定程度あるのであれば基軸通貨になるのは難しそう。経済の王道っていうわけではないが、かといって無視もできない人間の「負のビジネス」の最先端がわかる。

2012年3月26日月曜日

聖☆高校生 1巻~11巻(少年画報社)

著者:小池田マヤ 出版社:少年画報社 発行年:1999年~2010年 本体価格:667円~705円
 第1巻から最終巻まで11年をかけた知る人ぞ知る名作とされている漫画。独自の漫画シリーズを発行している少年画報社からの出版だが、「よくぞここまで」というエゲツナサと理想への渇望が混在。漫画そのものも四コマありストーリー漫画ありと自由闊達なコマ割で進行する。主役はいずれも「高校生」だが、「いじめられっ子」だった「神保」がひたすら逃げまくるというストーリーで、「いじめっ子」からも物理的に逃げるほか、初恋の相手への罪悪感から人生そのものからも「逃亡」。そしてまた「復帰」。という「逃亡」と「復帰」の連續劇。主に扱っている題材は「性」そのものだが、これ「人生」「社会」「職業」「趣味」…別になんでもあてはまることではないかと思う。「逃げて逃げて逃げて」…の究極の果てにまた「スタートポジション」に立ち返る物語構造だが、同じようでいて実は微妙にその前の状況とは違っているというのが味噌。第2巻から最終巻まで読後感はあまりいいとはいえないのだが、「またスタート地点に立ち返って、でもまた逃亡して…」という循環構図、おおかたの普通の「社会人」でも身に覚えがあるのでは。「逃亡したことにも意味がある」っていう意味深なセリフも出てくるのだけれど、逆に「意味がある」って再確認しなければならないほど、「逃亡」がもたらす罪悪感は大きい。単純な円循環だと直線的な思考になれている人には耐え難い状況になるのかも。でもグルグル円を描きながら、その振幅がどんどん広がっていくという拡大思考で考えることができれば、こういう漫画、実はけっこう「巨大教養漫画」ということが理解してもらえるのでは。

2012年3月24日土曜日

ローマはなぜ滅んだか(講談社)

著者:弓削達 出版社:講談社 発行年:1989年 本体価格:740円
 学生時代に読んだ本を読み直し。当時も「読みにくい。しかもわかりにくい」と思った記憶があるが、あれから20年が経過してもやはり「読みにくい。わかりにくい」。しかもタイトルにあるようなローマ帝国の滅亡についての分析が書かれているわけでもない。あらためて現在面白かったといえるのはローマ帝国の物流で、陸上輸送は金がかかるうえにリスクが高く、海上輸送はお金も安く盗賊などのリスクは低かったという点。それと商業は一定程度盛んだったが帝国全体でみればやはり農業の生産力が高かったということ。これが後のベネチア共和国やジェノバなどとローマ帝国の違いになるだろう。非常に文化的には自由奔放で、キリスト教が国教とされるまではさまざまな信仰が許されており、ローマ帝国の繁栄の源はやはり多様性や多元性。そして、ローマ帝国が衰亡したとすれば、それはやはりキリスト教による文化の単一性と、ゲルマン人アレルギーによる文化の許容性がせばまったことではないか。著者も明示こそはしていないが、文化もしくは人種の「許容性」が末期にはきわめて小さな器になっていたことを指摘している。人間の器が「どれだけ自分と違う人間を許容できるか」であるとすると、帝国の器とは「どれだけ文化・人種そして言語が異なる人民を国民としてあるいは市民として認めうるか」ということになるのかもしれない。ローマ帝国は初期もしくは中期にはあったそうした器をどんどん小さくしてしまったようだ。

老人性うつ(PHP研究所)

著者:和田秀樹 出版社:PHP研究所 発行年:2012年 本体価格:740円
 いずれ「老化」はだれにもくるものだが、「老化」に対する備えとか予備知識があると、おそらく対処方法もそうでない人に比べて容易ではないかと思う。身体的な老化(調べてみたが80歳ぐらいと20歳ぐらいとでは7割ぐらいで済みそう)はさほど致命的な差異ではなさそうだ。むしろ精神的もしくは知的な面での老化のほうが深刻で、自分がどこで何をしているのかも判断がつかなくなっては、いかに身体が健康であってもすぐだめになってしまうだろう。これまで認知症と診断される患者が多かった老人患者のなかでは老人性うつの患者が多数混じりこんでおり、診察を受けるさいには老人性うつも考慮しておくという調査と、運動不足や日光不足を解消してセロトニンの減少を防ぐ予防法などが紹介されている。またヨーグルトやオリーブオイルの摂取など食生活についての指南のページもある。アルコールについてはほどほどにしておかないと、高齢者のアルコール依存症もけっこう多いという紹介があり、けっこう老人性うつ以外にも高齢者を取り巻く落とし穴の多さにきづく。

2012年3月21日水曜日

銀行員のキミョーな世界(中央公論新社)

著者:津田倫男 出版社:中央公論新社 発行年:2012年 本体価格:780円
 バブル世代の大学生にとっては、あるいはバブル崩壊直後の大学生にとっては金融機関への就職というのはラスト・オプションだったような気がする。人気企業ランキングでも一時期都市銀行の名前がすべてランクインしなかった時代もあったはずだが、最近また一部の巨大グループが人気企業になってきているらしい。ただ銀行の職員の顔ぶれもパートタイマーあり派遣社員ありで多様化してきているのは事実。それはまあ一時の正社員オンリーの組織形態よりも健全な姿であるような気はするが、給与面は本書36ページにもあるように報道各社や総合商社と比較してもとりわけ高給というわけでもなくなったらしい。まず金融機関への就職を考える学生にとっては「どういう人間が選抜されるか」など将来のためになる内容が盛りだくさん。そしてほかの業種の社会人にとっては、融資を受けたりするうえで「金融機関の思考回路」を理解しておくうえできわめて有用。途中融資を断られるエピソードも挿入されているのだが、金融機関が融資で利息分を稼ぐというのは一部のホールセールのみが対象で、あとはカードローンなどで儲けたいんだな。ただしカードローンなど利用した客には本来の融資を実行する可能性は少ないだろうな、と理解できてくる。

少年にわが子を殺された親たち(文藝春秋)

著者:黒沼克史 出版社:文藝春秋 発行年:2003年 本体価格:686円
 少年法は2007年に改正され、現在では12歳前後の「少年」であっても少年院送致がありうる制度になっている。ただこの本がもともと執筆されたのは1999年。旧少年法のもとでは、刑法が14歳未満の少年を「刑事未成年者」として取り扱っていたことから、14歳未満の少年の行為は「犯罪」とはみなされず児童福祉法の適用を受けることになっていた。被害者は加害者の両親を含めた民事訴訟をおこして事実関係を確定するより他になかったが、民事訴訟にかっても相手方が自己破産などを申請するば賠償金もとれない。少年法の理念はともかくも、犯罪の被害者やその家族にはやや納得のいかない法体系となっていた。戦後に制定された少年法がそのまま1990年代まで適用され続けたのがひとつの理由だと推定されるが、いわば弱者保護の理念が過剰になりすぎたということではないか。現在はさらに法改正が進んだが、それでも加害者保護に納得がいかない被害者の家族もいるはずだ。犯罪というものが、犯罪者の人生のみならず被害者やその家族の人生も歪めてしまうものだということ。6つの家族の事例を通して著者が丹念にルポをつづっている。

2012年3月20日火曜日

王の逃亡(集英社)

著者:佐藤賢一 出版社:集英社 発行年:2012年 本体価格:495円
 1791年6月。立憲王制度にソフトランディングしようとする勢いがあったこの時期にルイ16世一家が国外逃亡を図りヴァレンヌで「逮捕」される。これ以後、フランス革命は「後期」に入り、暗く陰惨な時代に入っていくことになる。逃亡の原因はいまだ不明ではあるものの、この本を読むと、確かにルイ16世という人であれば自分自身を啓蒙君主と規定し、さらには自分自身の民衆の人気も過信しすぎていた面はあるかもしれないと思う。またフェルセンは「ベルサイユのばら」ではわりとスマートな男性として描写されていたが、この本では地図も読めない「見掛け倒し」という扱いに。こっちのほうがなんとなく説得力があるような。計画がうまくいっていれば国外脱出も可能になっており、その後のジャコバンクラブの独裁政治やテルミドールの反乱、そしてナポレオンの登場なども夢と消えていたかもしれない。この小説フランス革命もこの7巻までは、まだまだ微笑できるシーンがいくつかあった。8巻以降はシャンヌ・ド・マルスの虐殺も取り扱われるという。暗い時代に突入である。

アホ大学のバカ学生(光文社)

著者:石渡嶺司 山内太地 出版社:光文社 発行年:2012年 本体価格:820円
 日本語では一般に重要なことがら後ろにくる。ということでタイトルだけからすると「バカ学生」に重点が置かれているように見えるが、実際には「アホ大学の」という限定条件がある。つまり「アホ大学」でない「バカ学生」については論じていないことになる。で、その「アホ大学」というのは端的に要約するとマーケティングができていない「頭でっかち」の大学ということになりそうだ。単に偏差値が高いとか低いとかいうことではない。マスコミを活用するのではなく「避ける」という体質では広報の役割を果たしていないし、入学させた学生が加減乗除ができないのであれば、もう一度加減乗除からやり直すのがむしろ求められている教育なのにそれをしない、というような大学が「アホ大学」ということになる。ちょっと唖然とするような教育機関もないわけではないが、こういう大学の「設立」を認可した監督省庁も監督省庁で、理念がいくら立派でも現実妥当性がない理念は「空想」であるという認識が足らなかったようだ。経営難に陥る大学が続出しているというのは、安易な設立認可を乱発しすぎたせいではないか、と思う。とまれ、そうしたFランであっても「キャンプ」を通じてマナーを教える大学や、少人数教育で実績を上げた秋田県の大学などの例も挙げられている。努力と工夫で入学希望者数を増加させ、就職実績もあげている国際教養大学や武庫川女子大学といった教育機関は「頭脳」を駆使して努力を積み重ねた教育機関といえるだろう。教育機関であってもマーケティングやQCが必要な時代となっている。経済学部が設置されているのであれば、もう少し営利主義のメリットを教育機関に取り込んでもいい時代になっていると思うのだが。

2012年3月19日月曜日

日本の1/2革命(集英社)

著者:池上彰 佐藤賢一 出版社:集英社 発行年:2011年 本体価格:760円 評価:☆☆☆☆☆
 佐藤賢一がまずフランス革命を前半と後半にわけ、前半は人権宣言など一種の「公約」を起草し、着地点としても立憲王制度などマイルドな着地点が目指されていたのに対して、1792年以後から王制打倒といった過激な「革命」が進行していったと指摘する。これがタイトルにもなっているわけだ。2分の1とはたとえばそうした将軍の死刑などは絶対におこなわなかった明治維新や自由民主党から民主党への政権移動など、微温的に進行していく日本の「革新」のことをさす。それがいい悪いというよりも少なくともフランス人がフランス革命に対してもつ「うしろめたさ」みたいなものは背負わなくても住むようになったという指摘は大きい。フランス革命については一部は日本国憲法など日米に流れ、もう片方の「粛清」的な暗い部分はソビエト連邦など東欧や北朝鮮などに流れていった。功罪両方含む近代の大事件だからこそ「ベルサイユのばら」も含め、さまざまなテーマでたびたび取り上げられるのだろう。ひと昔まえにはフランス革命バンザイというトーンだったが、1792年以降の粛清政治の歴史からすると現時点では必ずしもフランス革命のすべてが肯定されているわけではないことがわかる。そして巻末に池上彰が書いているが、歴史を学ぶことによって人間を学ぶことができるという指摘も大きい。すでに起こってしまったことだからこそ、また同じような環境になれば再び人間は同じような行動をとる可能性がある。チュニジアなど北アフリカ(その多くはフランスの旧植民地)でもまず旧政権を倒したあとに、ロベスピエールのような独裁政治がしかれないかどうかが懸念される。今またフランス革命の暗い歴史をフィルターにして現在の世界政治を読み解くこともできる。歴史の意義あるいはもっといえば「功利」みたいなことについても教えてくれる新書の名著。

2012年3月18日日曜日

ジェノサイド(角川書店)

著者:高野和明 出版社:角川書店 発行年:2011年 本体価格:1800円
 書店で買うにはなかなか手にとりにくいハードカバー。しかも600ページ近い厚さだが、それが気にならないほどの面白さ。時間的・物理的制約条件が明示されたうえで「いかにミッションを達成するか」という「物語」が展開。アメリカ、ワシントン。イラク、バグダット。そして日本の東京。最初はぜんぜん違う地点で始まる物語がその後舞台をコンゴ民主共和国に移して時間が経過していくたびに結びつきを増していく。達成すべき「ミッション」そのものが最初は「謎」とされているが、ストーリーにはさまれる「公開鍵暗証方式」など、数学や薬学にまつわる現時点での「予備知識」が次第にミッションを明らかにしてくれる。ルワンダも副次的に物語に登場するが、フツ族とツチ族との間で抗争が始まり、ツチ族やそのシンパが虐殺された時間は、現代史に記録され、しかもかたちを変えて継続中。アドベンチャー小説というのにとどまらず、現代の国際紛争も物語に取り込んでおり、ベストセラーになるのもうなづける。これずっと読んでいると「イエス・キリストの現代への再来?」というようにも感じる。今から2000年前にパレスチナにあらわれたイエス・キリストは当時の歴史文化からすると「辺境」。この物語のアフリカは紛争中の「辺境」。そして同時代の人間には理解しえない概念を駆使するところや一部の人間が「保護」にたちがるあたりもイエス・キリストの再臨といったイメージがわく。いったん手にとってこの世界にはまったら、ちょっと眠れない。この本、映画化するにも適したストーリーだと思うが、これ日本映画でなくてハリウッドで見たい。主役はトム・ベレンジャーあたりで。

2012年3月15日木曜日

13階段(講談社)

著者:高野和明 出版社:講談社 発行年:2004年 本体価格:648円
 「グレイブディッガー」が面白く、さらに遡って本作品。ページをめくっていきなり小説の世界に引き込まれる。犯行時刻の記憶をなくした死刑囚と死刑に反対する刑務官。そして傷害致死で服役していた青年。保護司というあまり知られていない聖職のありようや刑務官の世界も垣間見ることができる。恩赦という制度についても理解できるなどのメリットも。「グレイブディッガー」と同じく後ろめたい過去や社会に対する引け目を負う男が、見知らぬ人を救おうとして限定された時間を駆け抜ける。やはり超人的な体力も資力もない主人公だが、「知恵」と「根性」だけはあるという設定。やはり小説の主役には「影」のある主人公がいいなあ。この本設定がまあ純和風で世界的なストーリーではないのかもしれないが、その分、日本家屋的な怖さがぷんぷん。社会の「湿った空気」みたいなものがあちこちから漂っていてそれが良い。著者の主義主張からか、「そんなの聞いていなかった」というような設定はない。読者のほうで注意深く読んでいれば、何が切迫していて切り抜ける条件としては何がそろっているのかはフェアに物語に呈示されている。

2012年3月13日火曜日

グレイヴディッガー(角川書店)

著者:高野和明 出版社:角川書店 発行年:2012年(文庫版) 本体価格:667円
 「ジェノサイド」がすさまじい勢いで売れているなか、単行本でヒットを飛ばした作品が文庫本で登場。主人公は、チンケな犯罪歴をもつ八神。しかし骨髄ドナーとなって名前もしらない「誰か」を救うためにとある病院をめざそうとしていた。そこで知り合いが思いもかけない死をとげる。そして別の事件をおいかける監察係の剣崎と古寺巡査長。
 超人的な身体能力をもつわけでもなく、またとてつもない知性をもっているわけでもない。パソコンの操作もできない犯罪者が、ただひたすら骨髄を提供するべく逃げ回る。そしてじりじりと目的地に近づこうとする様が面白い。映画「ザ・ロック」(ニコラス・ケイジ主演)もFBIの化学捜査班研究員でアクションはまるでダメ…というのがかえってサスペンスをあおっていたが、この小説もまるでダメダメだが動物的本能で危機を回避していくというリアリティのある様が面白い。夜中に読み始めて途中でやめるつもりが一気にラストまで読み終わってしまう。娯楽作品ではあるのだけれど、「観察力」と瞬時の判断。そして「根性」がサバイバルには大事なのだなとしみじみ納得。で、この3つの能力、普通の人間でも集中力さえあればけっして無理なことではないというのが味噌。

2012年3月12日月曜日

論文をどう書くか(講談社)

著者:佐藤忠男 出版社:講談社 発行年:1980年 本体価格:480円
ポストモダンの映画評論が一世風靡をきわめるなか、佐藤忠男さんの濃色騒然とした映画評論はいまひとつ80年代では人気がなかった。個人的には好きだったが。映画雑誌の投稿欄から評論を書き始め、その後編集者をへて映画評論家にいたる。競争が激しい映画評論でプロとして生き抜いた著者の「文章論」。かなり参考になる。最初は自分自身の「経験」から始まり、その後経験だけでは「行き詰まり」を感じ始め、さてどこにネタをみつけていくべきか…というのが興味深い。近代バンザイから始まった映画評論がそのうち「泣き顔」の回数やらちょっとした疑問点やらから着想を得るにいたる。「なんでもないこと」が実は「宝の山」だと看破するあたりがやはりプロ。また「模倣」から始まる…ということで先輩たちの文章論を研究したあたりがプロ。さらにはモンきりがたの「結論ありき」では論文を書かなかったのもプロのなかのプロ。さらにはさらには短い文章だけではなく結果として駄作であっても「長い文章を書く事」に挑戦したのがそのあとの著者の成功を約束したのだろう。いまはやりの箇条書き式やチャート式の「論文の書き方」ではないものの、「論文」へのヒントはあちこちに散りばめられている。数多の文章論の本に加えていまや絶版になってしまったこの本、amazonでは十分入手可能である。少なくとも2012年3月時点では。

IFRSの会計(光文社)

著者:深見浩一郎 出版社:光文社 発行年:2012年 本体価格:820円
 元銀行員で現役の公認会計士による国際財務報告基準/国際会計基準の解説書。逐条解説の本というよりも、2011年内に発生した日米欧の経済事象を軸にして、60年来の国際会計基準の歴史も追う。現在進行形のIFRSであるため、実際には「最新」とか「網羅」することは不可能。よく書店に出回っている「最新」「逐条」というのはIFRSに関するかぎりは誇大宣伝にあたる。この本ではそうした「誇大宣伝」に陥ることなく、「2011年末」時点で将来を予測するというアプローチと「将来あるべき」モデルを示す。資産負債アプローチについては文言は出てくるが、その説明はまったくない。会計理論を追う本ではないのでそれは妥当な取捨選択だろう。これまでIASBは各国の会計基準設定主体は政府組織や企業の肝いりではなく、純粋な民間団体であることを求めていると考えていたが、この本を読むとフランスの会計基準設定団体は経済財務省の一部となっており、日本の企業会計審議会よりも一歩政府に近く踏み込んだ組織であることがわかった(79ページ)。また、1999年頃のレジェンド問題についても、日本の会計基準がローカル化していたから…という程度の理解にとどまっていたが、実際には1997年のアジア通貨危機で監査法人のビッグファイブにG7が厳しい要求を突きつけた結果であることも初めて知る(73ページ)。FASBの沿革なども詳細に著述されており、アメリカの財務報告基準については会計学の書籍ではいきなり「FASB」という言葉がでてくるだけに、専門書を読むときにもレファランスとしてこの本は役に立つだろう。
 疑問点もないわけではない。122ページから後入先出法はIFRSでは排除されているが、日本基準では「○」という著述がある。日本でもすでに棚卸資産会計基準により後入先出法は排除されているため、この点ではIFRSと日本基準とで齟齬があるわけではない。ただまあ、そうした個別論点についても理論や計算は専門書で学習するとして、実際に会計基準設定諸団体の沿革や日米欧の政策などを学ぶうえでは値段といい分量といい、ちょうど手頃な本ではないかと思う。

2012年3月11日日曜日

ベーシック金融入門第7版(日本経済新聞出版社)

著者:日本経済新聞社編 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2011年 本体価格:1000円
 定番のベーシック入門シリーズ。228ページの小さな本だが日本の金融をめぐる代表的なトピックはほぼ網羅されており、流動性の罠や通貨発行益(シニョレッジ)など金融論のテーマもおさらいできる。IS-LM曲線などはでてこず文章による説明がメインというのも好ましい。1980年代と21世紀の現在を比較してみると、規制行政から自由裁量になった金融業界の激変ぶりには目をみはる。高度経済成長期には金融システムの安定は不可欠だったと思うが、インターネットがこれだけ発達して流通業界も生まれ変わろうとしている現在、当局の指導による金融サービスから、自由裁量の金融システムに生まれ変わったタイミングとしては、まずまずだったのではなかろうか。個人的にはまだネット銀行や流通系の銀行を利用したことはないが、決済業務に特化した銀行というのもかなり便利であることはわかる。そしてそういう発想はやはり既存の銀行からは出てこなかっただろう。今後どうなるのか…というと、おそらく今すでにでている業態の銀行ではなく、思いもつかない業態(たとえば総合商社とか通信業界とか)から別の形態の銀行が生まれてくるような予感。2時間もあれば読める本だが、内容は最新で、図版なども多いので使い勝手がよい。索引が4ページ分付属。

ビジネス書を読んでもデキる人にはなれない(マイナビ)

著者:漆原直行 出版社:マイナビ 発行年:2012年 本体価格:830円
 最近書店ではビジネス書がやまほど積まれているが、その並べ方にも変化があるように思える。一時期流行した「自己啓発」系統の本が減り、経済や経営系統のまっとうな書籍の比重が増えてきたように思う。この本でも槍玉にあがっているのは「自己啓発」系統や「ハック」系統の書籍で、会計・経営・経済系統の書籍は、「ビジネス書籍」というジャンルとは区分けされている。自己啓発系統書籍のなかには、オカルト系統や新興宗教系の内容のものも混在しており、それが書店によってはまっとうな書籍の横に並べられていたりするから油断ならない。また「10日間でわかるビジネス理論」だとか「一夜漬けの~」といった参考書的なタイトルになってくると相当中身はやばいと認識するべき。ビジネス書であっても読まないよりは読んだほうがいいはずだが、もっと大事なのは書かれていた内容を実際に実行してみて、自分にあう部分については取り込んでいくという姿勢ではないかと思う。読んだだけで効果が上がるようなことは、読書という行為からするとありえないわけで。最近では会計系統のビジネス書には相当にわかりやすくて、しかも専門書にいざなってくれる良書が増えてきたように思う。「ビジネス書」は一概に「これこれ」というように内容を具体的に羅列することはできないジャンルだが(脳科学もビジネス書籍に位置づけられるケースもあったりする)、読者の側で取捨選択していかないと、出版社の場当たり的なタイトルとマーケティングにおされっぱなしということにもなりかねない。ちょっと読者のほうで取捨選択をしはじめている傾向が見られるようになってはきているが…。

2012年3月10日土曜日

ラーメン屋の看板娘が経営コンサルタントと手を組んだら(幻冬舎)

著者:木村康宏 出版社:幻冬舎 発行年:2011年 本体価格:1300円
 「もしドラ」のベストセラー以後、「女子大生」が「マーケター」になったり、「キャバクラ嬢」が「行政書士」になったりとあれこれ同工異曲の本が書店に出回ったが、そのなかでも内容で高い評価を受けているのがこの本。老舗のラーメン屋だが、客の入りが悪くなってきているところに娘の大学のマーケティングコンサルタントがアドバイスにやってくる…という寸法。チェーンストアのラーメン屋や新規出店のラーメン屋、あるいは牛丼屋などを敵情視察して戦略を決めていくあたりは、他の事業分野でも再現性がある。コストをかけるべきかべきでないかというあたりの論拠もしっかりしている。圧倒的な差をつけるには「1.3倍」が基準というのも、この本を読んで初めてしった。1.3×1.3の約1.7倍で圧倒的な「差」になるというのにも納得。こうした数字の使い方もうまい。同工異曲ではあれど、ドラッカーの「顧客創造」といった概念よりももっと身近なマーケティング理論の入門になっているので、読みやすいし参考にもなる。ただ、もうこの路線、さすがに頭打ちになってきたのは事実で、さすがに別の切り口で経営学なりマーケティングなりの紹介をしていく切り口を見つけないと、出版社の「志」そのものが疑われることにもなりかねないかも。

2012年3月9日金曜日

プラチナデータ(幻冬舎)

著者:東の圭吾 出版社:幻冬舎 発行年:2010年 本体価格:1600円
 二宮和也主演で映画化されるこの作品。日本人の遺伝子は登録制となり、犯行現場に残された遺留品のDNAさえたぐれれば、有力な容疑者逮捕に結びつけられる時代を迎えた。だがそうしたDNAデータシステムには、ひとつの大きな欠陥があった…。うんうん。情報コントロール社会とそれに反発するアナログな捜査官という設定、いいなあ。主人公が全国の警察から追われる身の上になるあたりはヒチコックとか、「ゴールデンスランバー」を思わせる。こういう逃亡劇は非常に面白い。で、ラストはだいたい予想がつく終わり方ではあるのだが、これはこれで予定調和的で、しかもカタルシスもあってよい。映画化されたときの配役も原作を読むとだいたい想像がつく。だからこそ、ではないのだけれど、「エンディング」や逃亡シーンには、物語をただ追うのではなく、なんでもない日本の風景をあらためてこの風景が情報コントロールされたら…という新しい視点でみつめなおせるようなタンタンとした映像を期待したい。
 ただこの小説読んでるだけではDNAがデータ管理されたら、それがとてつもなく怖いこと、とは思わなかった。監視カメラだって今や必要悪な面、ある。DNAのデータベースだって、運用次第ではそれほど悪い結果をうむとはちょっと考えられない。データベースが悪いのではなくて、データの解釈を間違ったら…ていうのなら、理解できなくもないのだけれど。

2012年3月7日水曜日

シスマの危機(集英社)

著者:佐藤賢一 出版社:集英社 発行年:2012年 本体価格:476円
 フランス革命は1789年からさらに継続して進行中。憲法と宗教との問題で、国民議会は聖職者民事基本法を「可決」。ローマ法王は不快感を示し、国民の総意をかかげるジャコバンクラブとカソリックとの対立が激化。教会大分裂(シスマ)の危機をむかえる。議会制民主主義と王制との妥協点をさぐっていたミラボーはそのさなかに死去。その意思を現実主義者のタレーランと理想主義のロベスピエールに託そうとするが…。これ史実に100%基づいている話ではもちろんない。ただタレーランの恐るべき現実路線とロベスピエールの恐怖政治の「結果」を知る21世紀の読者としては、おそらく「こうした会話があっても確かにおかしくない」と感じるだけの世界観が呈示されている。憲法と宗教の適度な距離感も18世紀フランスの問題であって、さらに21世紀の日本の問題でもある。フランスの場合にはフランク国王クローヴィス、メロヴィング王朝、カロリング王朝とキリスト教、カソリックの影響を多大に受けていただけにその「問題」が先鋭化してあらわれたのだろう。今更ながら綺麗事ばかりではすまなかったフランス革命。まだバスティーユ陥落から「物語」は2年が経過したばかり。ルイ16世はまだテュルイリ宮殿に「軟禁状態」のままで、有名な逃亡事件まであともう少しという「革命の革命の革命」のまだ冒頭の段階でこの面白さ。

2012年3月6日火曜日

アカデミー賞の女優たち(新人物往来社)

著者:新人物往来社編 出版社:新人物往来社 発行年:2012年 本体価格:1400円
 赤と黒の2色分解の本というのがやや残念。ただそうした2色で「古めかしい感じ」は逆に醸し出されているかもしれない。第1回から第84回までのアカデミー主演女優賞を受賞した女優を一気に写真入りで配列。簡単な略歴のほか、キャサリン・ヘップバーン、イングリッド・バーグマン、ヴィヴィアン・リー、オードリー・ヘップバーン、グレース・ケリー、エリザベス・テーラーは特別コラムで紹介という趣向。トップはキャサリン・ヘップバーンで、これはまあ順当なところだろう。今からみると「なんでこの映画が」という疑問もなくはないが、第8回のベティ・デイビスや第28回のアンナ・マニヤーニ、第32回のシモーヌ・シニョレ、第34回のソフィア・ローレン、第38回のジュリー・クリスティ、第42回のマギー・スミス、と個々の作品はともかくとして順当な顔ぶれ。ヘレン・ミレンの受賞は当然だけどヒラリー・スワンクは好きになれない、とか個人の趣向丸出しで読み進めることができる。正直、女優さんによってはより深刻なプライベートの事情も抱えていた様子も別の書籍では紹介されているが、そうした部分は穏やかな語り口でオブラートに包まれているのも好印象。ともすればこの手の本では女優さんに対するファンの夢をこわすようなイントロダクションもあったりしたので。映画ズキには手に入れておいても良いかな、という値段の手頃感も。

2012年3月5日月曜日

クマムシ?!(岩波書店)

著者:鈴木忠 出版社:岩波書店 発行年:2006年 本体価格:1400円
 高校時代の「生物」などではゾウリムシやミドリムシはあまり受けが良くなかったような気がする。ただこの「クマムシ」はネーミングどおり「クマみたいなムシ」。微生物といえば微生物なのだが、拡大写真をみるとクマそっくりで非常にかあいい。巻頭の口絵のなかには顕微鏡にむかって視線があっているクマムシなども掲載されていて非常にかあいい。大きいもので1ミリ、ほとんどものは0.1ミリから0.8ミリというからやはり微生物だが、その種類は2005年2月時点で960種類(12ページ)。著者は勤務先の慶應義塾大学の建物のコケを水にひたしてクマムシの観察を初めて論文発表や書籍をものしてしまうのだから、人生を楽しんでいる様子が文章のなかから漂ってきて読んでいる読者も楽しくなる。文章がうまいというのもあるのだと思うが、通常であれば「きも」となるところが産卵の描写やワムシを食べてしまう描写も普通のお産や食事の光景のように思えてしまうから不思議。このクマムシ乾燥してもまた水に浸すと蘇ってしまうという特性(すべての種類にそれがあるわけではない)もあったり、海のなかに住んでいる種類(それがもともとのクマムシ)もいたりする。この1冊読んだだけでクマムシについてはちょっと詳しくなれると同時に、身の回りの環境をまた別の視点で見つめ直すことができるというメリットも。

100円のコーラを1000円で売る方法(中経出版)

著者:永井孝尚 出版社:中経出版 発行年:2011年 本体価格:1400円
 まさしくネーミングと表紙カバーのセンスの良さの勝利。もともとは、「朝のカフェで鍛える実践的マーケティング力」という書籍で秀和システムから発売されていた本。タイトルを変えることで、内容がほぼ同じであっても顧客に対する訴求力がアップした。また装丁も某ボトリングの実際の商品を彷彿とさせていて、しかし意匠法などには触れない見事な装飾。赤と黒のバランスで書店の棚に並んでいても読者の目をひく装丁となっている。そして内容は、まあ伝統的なマーケティング理論のうち、代表的なものを章ごとに分けて、さらにストーリーじたてにするという「読みやすさ」優先。巻末にはコトラーやセオドア・レビットなど代表的な学者の著作物が参考文献として並んでいる。「キャズム」も並んでいるが、キャズム理論をこういう風に説明するとは思わなかった…という著者の手腕に読みふけるという楽しさも。「顧客の声に耳を傾けることが最悪の結果を招くことも」という「カスタマー・マイオピア」という概念が個人的には新鮮。どうしてもミクロ的にクレーム対応の結果を改善していけばそれが良い商品になると思い込んでしまうが、そういうシンプルなものでは商品開発はないようだ。

2012年3月2日金曜日

私、社長ではなくなりました(プレジデント社)

著者:安田佳生 出版社:プレジデント社 発行年:2012年 本体価格:1400円
 ページ数や本の造りだけみると、やや割高な本だ。ただし実際に経営していた会社が民事再生法を適用され、さらにご本人は自己破産され、しかも経営していた会社は社内にバーラウンジなどがあったわりと有名なワイキューブだった…となると話は別だ。著者には「千円札は拾うな」というベストセラーもある。いわば経営破綻を招いた過去の要因を元経営者が自ら語るというものだが、外側から見ていたよりもかなり無茶な投資拡大を続けていった様子が垣間見えて痛々しい。著者と私は同世代になるが、同じ世代に生きていてどうしてこれほど人生の過ごし方が違ってきたのかを考える上でも興味深いし、無担保で40億を肥える借入ができたこと自体も驚きだ。人材採用サービスやコンサルティング、会社のブランディング事業などを手がけていた会社だが、有形のモノとは違う無形のサービスを売るというのは厳しいビジネスだと思う。モノの場合には一定の品質とブランド、しかも定型的な便益がある程度見込めるが、サービスについては生活必需品というわけでもないし、提供する側の都合や提供される顧客の都合でもその品質は変化する。いわば不定形な商品なので、時代の流れが「不況」になれば、そのあおりを受けるのも早い。借入金の利子率よりも高い収益率が維持できていれば、著者のかたる借入による拡大戦略も有効だったとは思う。ただ、サービスは場合によっては支払利息よりもかなり低い水準の収益率しかあげられないときもある。そのときには、ある程度の貯蓄が必要になるということを忘れがちだったのではあるまいか。中学生時代からの半生が語られているが、経営社独自の理念と時代の経済環境がかみあわなかった例になるのかもしれない。ただ社員を大事にしようとしていたことや、大多数の経営理念とは異なるものの独自の美学を追求しようとした点は評価できるのではあるまいか。必ずしもこの内容に100%賛同はできないが、かといって100%否定もできない。成功哲学がわりと多く語られる現代にあっては、むしろ「失敗」の要因を探り出そうというときには貴重な資料となりうる。ベンチャーという言葉が一種「美学」のように語られることもあるが、この本を読むと会社の経営はやはり綺麗事ではすまないし、この不安定な時代では商品を一定の利益率で販売していても、いつ会社そのものがなくなるのかがわからないという自らを振り返る種にもなることがわかる。