2012年2月12日日曜日

十字軍物語 第1巻(新潮社)

著者:塩野七生 出版社:新潮社 発行年:2010年 本体価格:2500円
 イスラム勢力に追い詰められていたビザンティン帝国の「救い」に応えるかたちでクレルモンの公会議にて組織化された第一次十字軍。しかし大義名分とは異なり、ローマ法王ウルバンにはカノッサの屈辱以来勢力が低下してきていたカソリックの事情があった。正式な第一次十字軍のまえに「貧民十字軍」がオリエントにむけて出発し、セルジュクトルコに虐殺されたことや、第一次十字軍のリーダートゥルーズ公サン・ジル、ロレーヌ公ゴドフロア(神聖ローマ帝国の一員で十字軍に参加するとは当初想定されていなかった)、プーリア公ボエモンド(ノルマン民族でこの甥のタンクレディが若いながらも大活躍をはたす)の3人を主軸に第一次十字軍が、エルサレムを「回復」するまでが第1巻で扱われる。第一次十字軍の段階ではむかえうつイスラム側もまさが宗教的大義名分がこの戦争の主目的とは知らず、さらにイスラムの領主たちも内部抗争にあけくれていた様子が描かれる。286ページの大部だが、1ページ目から一気に読み通してしまう面白さで、これは豊富な地図の掲載があるからかもしれない。中近東の地名はベツレヘム、エルサレム、アッコン、アンティオキアといった有名な地名以外は意外に記憶だけでは東西南北の位置関係も怪しくなる。適宜地図が挿入されていないとそこで読書が止まってしまうことも歴史の本では多いのだが、このA5判の書籍ではそうした「ストップ」がかかりにくい。エジプトのファティマ王朝と十字軍との意外な強調関係やビザンティン王国のやや見当違いの外交政策など単純なキリスト教対イスラム教という図式では描けない十字軍初期の歴史が理解できるようになる。なにより人間模様や権力・虚栄心の発露が現代にも通じるものがあり面白い。

0 件のコメント: