2012年1月29日日曜日

司馬遼太郎全講演 第5巻(朝日新聞出版)

著者:司馬遼太郎 出版社:朝日新聞出版 発行年:2004年 本体価格:660円
 「近代」って、いわゆる「論理性」とか「合理性」のことをさす。もちろん「論理性」というのも実はフィクションで、実際にはそのあとの「ポストモダン」の時代にまできているけれど、それでも「近代」をくぐりぬけないとポストモダンにも到達できない。で、不可思議なことに日本でもまだ原始アニミズムの残滓が社会のあちこちに残っている。「水子の霊」についても、論理的には、そして仏教の教義からしても、「霊」などは存在しないことになる。が、水子供養にはとてつもない数のお参りがあるという。これ…東アジアにも南アジアにも共通してのこる一種の原始アニミズムだけれど、これ、実は自分自身も「頭でわかって」、「心で怖い」。これはもはや近代以前のさらに昔の自分の遺伝子にも関わる恐怖ではないかと思う。この原始的な文化の下地に司馬遼太郎氏は目をむけ、さらに日露戦争までの日本に高い評価をくだす一方で、日露戦争からノモンハン事件、太平洋戦争に至るまでの軍部の行動様式を批判する。自衛隊の講演会などでもそうした言論を展開しているのだから、ある意味ではたいしたものだ。さらには、イデオロギーについても懐疑の目を向け、たとえばそれはマルクスレーニン主義の「不毛さ」や朱子学の「不毛さ」への批判につながる。想像以上に文化の多様性や多義性を重視した小説家であり、だからこそ国民的作家ともたたえられるのだろう。かつては経営者にもてはやされる小説家という、ややレッテルバリ攻撃も受けていたが、この講演録全5巻を読み通してみると、文化や経営問題一般などについても近代合理主義の基盤となる「懐疑」の心を常に失わず接している。「龍馬がいく」などでは、ちょっと伝わりにくい歴史小説家の文明批評がすっきりまとめて読めるうえで貴重な文献。

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