2012年4月22日日曜日

火の路 上巻・下巻(文藝春秋)

著者:松本清張 出版社:文藝春秋 発行年:2009年(新装版) 本体価格:705円
 シルクロードはどんな歴史の教科書にものっている。が、絹だけでなく人や文化も伝播しており、さらに宗教も伝播したとしていたら…。というアイデアで、日本の斉明天皇とペルシア(イラン)のゾロアスター教を結びつけたのがこの作品。いっときは廃刊だったらしいが、ウェブで調べると新装版として再発行されていた。「ゼロの焦点」「砂の器」などと比較すると知名度は低いが、さすがの内容で、奈良に残る酒船石の奇妙な文様や益田岩船と斉明天皇に関する「日本書紀」の著述、そしてシルクロードとゾロアスター教とのつながりなど、知的好奇心を触発する題材と構想力で一気に上巻と下巻の終わりまで読ませてくれる。あとがきでは同志社大学名誉教授の森浩一宣誓が最新の酒船石に関する研究成果を紹介しており、必ずしも小説の内容と考古学や史学の調査結果が一致していないことが読者にはわかるようになっているが、かといってそれが小説としての面白さや構想力も巧さを減殺するようなものでもない。歴史小説という分類にはなろうが、同時代的な「昭和」の題材も同時進行しており、「平成」かつ21世紀の日本からすると「歴史」が2つ並んで小説の世界を構成していることになる。ただ、人間が織り成す「物語」は飛鳥時代であっても昭和であっても、そして平成であってもさして大きく変わるものでもなく、遠く離れたイランの遺跡も飛鳥時代の遺跡も人間の生きた「跡」というしみじみした実感が読み終わったあとに湧き出てくる。やや難しい内容ではあるけれど、それがゆえに仮想の世界のリアリティが増している。

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