2010年7月30日金曜日

「また会いたい」と思われる人の38のルール(幻冬舎)

著者:吉原珠央 出版社:幻冬舎 発行年:2009年 本体価格:1300円
 ビジネスにせよプライベートにせよ一回あってそれっきりではなく、一回あってさらに二回目、三回目と積み重ねが続くことで、いわゆる交友関係が拡大する。基本概念は「反応」。無関心は確かに他人との距離をあける。ちょっとした「反応」があるかないかだけで大きな違いを生む…というのが基本理念の本で、あとはその反応の仕方の問題。反応するのであればもちろんネガティブではなくポジティブな反応のほうが望ましいし、不愉快なことがあれば別のオプションをみつけたり、気分転換する。さらには普段から感謝・感動・関心といういわば前頭葉の働きもフル回転しておくと情報のアンテナもはりやすい。相手の価値観にも気を配るというのは対人関係の基本だが、自分自身の価値観の押し付けにならないように配慮するのは当然のことだろう。そしてさらに「反応」のレベルを加工してより高度に繊細にしていくこと…これは刺激を与えられたときにどう反応すれば生物が多様化・活性化していくのかという実験とよく似ている。タイトルとは裏腹に、自分が一個の社会的生物としたとき、なんらかの外部刺激があったときの「反応」によって他の社会生物とのかかわりも変化するのだと実感。ちょっと面白い対人関係の本。

2010年7月27日火曜日

なるほど図解 IFRSのしくみ(中央経済社)

著者:あずさ監査法人IFRS本部 出版社:中央経済社 発行年:2009年 本体価格:1800円
 IFRSの手軽な入門書…のように一見みえて、実は中身を読むと形式こそ見開き構成だがかなり細かい会計処理にまで言及しており、入門書というよりは中級レベルの難易度。右側にテキスト、左側に図版という構成だが、最初はわりとやさしめの内容が、組み込みデリバティブのあたりから一気に難しくなる。日本は差金決済を重視してデリバティブを定義し、IFRSでは将来決済を重視するので現物決済でもデリバティブになりうる、てな説明は面白いが、それからさらに進んだ内容となると実務の読者だけしかついていけない世界へ。書き方も実務を意識した内容にどんどん変化していくので会計学を純粋に勉強しようと思っている読者にとっては敷居が高いかもしれない。内容が実務重視であればもっと仕訳問題や計算問題なども掲載されていてもいいかな、とは思うのだが…。書店にはこれと似た表紙で、逆にやさしすぎる入門書なども陳列されていたりするので、やはり電子商取引で本を購入するのは、立ち読みできないケースとかよっぽど前評判が高い本ということになるのかもしれない。

死刑と無期懲役(筑摩書房)

著者:坂本敏夫 出版社:筑摩書房 発行年:2010年 本体価格:720円
評価:☆☆☆☆☆
 元刑務官の著者が、一生をささげてきた刑事設備の実情もしくは「雰囲気」を新書サイズに凝縮して伝えてくれる貴重なルポタージュ。犯罪傾向の進んだ囚人ばかりのなかにいきなり放り込まれたエピソードや死刑執行の場面の描写など、外側からはなかなかうかがいしれない状況を知ることができる。死刑囚の処遇や保安状況など、刑法の本だけを読んでいては想像することもできない。最近は「囚人側」からみた刑務所の様子を描く本が多かったが、同じ人間が住む刑務所の「管理側」からみたルポというのは少ない。
 死刑執行や終身刑には、刑務所の予算や設備などから反対のスタンスをとる著者だが、その理由や心情もページを詠むにつれてしみじみと理由がよくわかる内容になっている。留置場・拘置所・刑務所の違いもわかりやすく解説されているうえ、法務省・検察庁と刑務所との関係も端的に著述されている。武道の達人というだけではとうてい勤まらないであろう刑務官の仕事や、死刑囚に対する各宗教人の対応や「人気」の理由も興味深い。
 「厳罰化傾向」の昨今では、刑務所から仮釈放される囚人よりも何十年も拘留されている囚人のほうが多いようだ。「冤罪」についてもページがさかれており、拘置所もしくは刑務所のなかで「冤罪」をきせられやすいタイプの人間像なども解説されている。

2010年7月26日月曜日

テルマエ ロマエ①(エンターブレイン)

著者:ヤマザキマリ 出版社:エンターブレイン 発行年:2009年 本体価格:680円
 コミックの世界からはしばらく遠ざかっていたが、ひさかたぶりに読んでみる。いや、面白い。建築技師ルシウスは、建築事務所の親方を喧嘩をしてうさばらしに公衆浴場へ。そこでなぜか昭和の日本の銭湯にタイムスリップ。「奴隷風呂か…」とおもいきや…。という展開なのだが、エピソードの合間には著者のコラムが見開きで掲載され、有名な賢帝ハドリアヌスまで登場。富士山の絵にフルーツジュースに温泉卵に…とこれまであたりまえのように見てきたお風呂のアイテムの数々。確かにこのマンガを読むまで気がつかなかったが、お風呂のなかにはかなりこまごました娯楽アイテムがそろっている。海外ではどうか知らないが、お風呂の中で日本酒飲んだり、テレビみたりipod聞いたり…というこのこだわりよう、はたして諸外国にもあるのかどうか。銭湯の扇風機も考えてみれば別になくてもいいが、やはりあると、ついつい湯上りにはあたってしまう、あれ気持ちいいんだ確かに。
 ということで肩の力を抜いてゆっくり楽しめるこのマンガ、やはりお風呂につかりながら読むのが著者の意向にもそった「正しい読み方」なのかも。

2010年7月25日日曜日

国際会計基準戦争(完結編)(日経BP社)

著者:磯山友幸 出版社:日経BP社 発行年:2010年 本体価格:1800円 評価:☆☆☆☆☆
 2002年に出版された前作も面白く拝見したが、今回の「完結編」も非常に面白い。仮名ではなく実名にこだわったというあたりは、各種の法的配慮もふまえたしっかりした取材にもとづく著述の裏返しでもあるだろう。通常であれば知りえないような会計基準をめぐる経団連や金融庁などの各担当者の考え方などもこの本で知ることができる。もちろんその「是非」を問うのではなく、それぞれの組織や担当者個人がそれぞれの立場でベストと思える意思決定をした結果だ。現在ではIFRSの強制適用が「ほぼ」確定しているといえるが、それは2010年現在から見た後知恵にすぎない。実際には、減損会計基準適用の時期についても当時の日本企業のおかれた状況は、かなり深刻だったと思われるし、2010年現在では、これまで取得原価主義や日本の会計風土にこだわる意見は少数派になってきているが、それも5年ほど前にはまた違う空気が存在していたのは事実。こうした国際的ルールが浸透していくひとつのプロセスがここにはある。今後会計基準のみならず、そのほかのジャンルでも国際ルールの採用が検討される可能性があるが、一番重要なのはどの分野でどの基準がどの団体が中心となって策定されるのかを見極めることであり、見極めたうえでなるべく早くから「基準設定」に日本が積極的に関与していくことだろう。
 大学の教授の先生方や金融庁(大蔵省)のここ10年の変化の激しさと、意見の変化が、経済環境ひいては世界の投資者になにが必要なのかを決める重要な時期だったことを物語る。IFRSの時代になっても税法との問題やIFRSそのものの改訂の問題は引き続き大きな国際問題として課題に上り続ける。思えば会計が外交問題のひとつに数えられる時代になるとはだれも2000年当時は予想していなかったに違いない。

2010年7月24日土曜日

「怖い絵」で読む世界の歴史(三笠書房)

著者:綿引弘 出版社:三笠書房 発行年:2009年 本体価格:752円
 オール4色で東西の絵画を大量に掲載している文庫本。4色でこの価格はかなりお買い得で、しかも絵画に説明文がついているので世界史の流れや歴史上の有名人の意外な側面を絵画のイメージとともに知ることができる。資料集的なものだと逆に図版が多すぎて焦点がぼけるが、この程度の分量だと通勤時などに歴史を概観できる。ハンディサイズで絵画を見ながら世界史の流れを追うというコンセプトが面白い。世界史で受験する高校生にも役立つ部分が多いだろう。
 フランスのオルレアン城が「円形」の理由などあれこれ想像をふくらませるのも楽しい。ヨーロッパで大砲が使用されはじめたのが14世紀はじめ。大砲の弾の破壊力を緩和するために円形になった…というのが理由なのだが、だとすると「カリオストロの城」で出てくるお城も14世紀以降に建設されたものだったんだな…という連想も…。

2010年7月21日水曜日

感染症は世界史を動かす(筑摩書房)

著者:岡田春恵 出版社:筑摩書房 発行年:2006年 本体価格:820円
 最初は世界史の話で最後は「パンデミック(疫病)」の話題へ移り変わる。著者の「熱意」で書籍になった…という感じの書籍だが、過去を振り返り、現在の状況を「感染症」という観点で洗いなおした…という本にもみえなくはない。第6章までで終了してしまえば、それなりにまとまった内容にはなっただろうが、第7章が歴史を振り返って現在を検証したときに浮かび上がってきた論点ということになるのだろう。著者は21世紀は新型インフルエンザの時代と断定しているのだが、ペストや結核、ハンセン氏病と扱ってきて、人類がこれまで扱ったことがない「全身性の重症感染症」という扱いだ。これが歴史を振り返ってさらに7章を付け加えた(ように読める)構成になった理由だろう。これまで歴史的に人類が経験してきたインフルエンザは弱毒性で、今後予想される新型インフルエンザは高病原性。映画「感染列島」でも取り扱われていたような「疫病」として世界中に猛威をふるう可能性があるという。
 世界史をふりかえったあとに、今後の話をもってきたのは、いわれのない差別や隔離政策などで治癒すべき患者がかえっておいこまれてきたケースや、公衆衛生や適切な情報開示などが遅れて、かえって感染症が拡大した歴史上のケースを、現在に対比して考える材料にするためだろう。人やモノ、そして鳥が国境をこえていきかう現在、スペイン風邪とは比較にならないスピードで伝播するのが新型インフルエンザ。必要以上におそれるのは意味がないが、逆に何も準備しておかないのもまずい。予測される脅威にたいして、うてる対策は今のうちにうっておき、また適切な知識をあわせもっておく。著者の熱意はそうしたあたりにありそうな。
 内容的には非常に面白い。図版も新書なのに豊富。ただし第7章では図版が少なく、話題が転換したあとのフォローアップがもう少しあれば、もっと読みやすい本になっていただろう。2009年6月3日で3刷目というロングセラーになっている。

2010年7月19日月曜日

知的生産ワークアウト(ダイヤモンド社)

著者:奥野宣之 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2010年 本体価格:1429円
 独特のノート術を個人的にはかなり参考にさせてもらった。コクヨのドットライナーも奥野氏の本を読んで存在を認知し、使い始めたらやはりこれが便利。ノートに必要な情報を切って貼るっていう作業、かなり便利だし、記憶にも残りやすい。辞書や事典にこだわりをもつという意味をこの本を読んで再確認できる。あまり特定のブランドや商品にこだわりすぎるとかえって肝心の知識やデータの収集がうまくいかなかったりするが、この本では、ツールをどこにでも入手可能なものに限定してくれているのでそれがありがたい。パナソニックのレッツノートは確かに優れもののモバイルだが、一番重要なのは、もっと安いネットブックや携帯電話でも同様にこなせる作業があるかどうか、汎用性があるかどうかといったことが重要な気がする。目標を決めたらそこにいたるまでの課題に落とし込むという従来のブレークダウンの方式をいかに効率的に、かつ具体的にこなしていくかというプロセスがわかりやすく説明されている。オズエディタ、ちょっと欲しくなってきたなあ…。

2010年7月18日日曜日

世界を知る力(PHP研究所)

著者:寺島実郎 出版社:PHP研究所 発行年:2010年 本体価格:720円
 「大中華圏」のイメージを中国だけでなくシンガポール、台湾、香港といった地域に拡大して世界を見る方法や、英国・インド・シンガポールをひとつのラインで見る方法などが紹介されている。国民国家のイメージで世界地図をみているとわからないものがみえてくるようになる新書。
 インドのバンガロール(IT革命の基軸地点)とロンドンのラインなど、複雑な要因でからみあう世界情勢をまずシンプルにとらえ、さらに深い知識とデータの蓄積が必要であることを認識させてくれる。「大人の外交」とはいってもアナログな国境付近の様子などデータにでてこない部分のデータをどうするか、という課題がみえてくる。デジタルデータだと移民の数などはすぐ入手できるが、その内訳や動機などは、アナログな取材でないと入手できない。外交専門のシンクタンクが弱いという著者の指摘はインターネットや白書、外交官外交にプラスした地元密着のデータ入手の重要性を認識させてくれる。新書サイズで文字もやや大きめだが地図がところどころに挿入されていて読みやすい。これからの課題がエネルギー問題(グリーン・ニューディール)であることも明確に指摘されており、世界のみならず日本の今後を考える上でもヒントになる部分が大。

どんな時代もサバイバルする会社の「社長力」養成講座(ディスカヴァー)

著者:小宮慶一 出版社:ディスカヴァー21 発行年:2009年 本体価格:1000円
 「あたりまえのことを ばかになって ちゃんとやる」という小宮氏が紹介されたフレーズが個人的には大好き。本体価格がやや高いのが難点だが、ディスカヴァーの新書シリーズには、ビジネス新書という個性があるので、本屋にいっても他の新書と差別化ができている。ただ簡単には手を出しにくい単価なので、どうしても著者中心に購入することになる。小宮慶一氏の新書であればまずはずれはない。チームワークと多様性を「切磋琢磨」という言葉にまとめあげ(和気藹々とは違うということは本書で解説)、顧客の視点にたった差別化がいかに重要か、価格と品質とサービスのどこに重点をおいて差別化するべきかといったテーマがわかりやすく語られる。内部環境よりも外部環境を重視し、過去と現在のマクロ情勢を自分なりに分析しておくことなど、内容的にはかなり高度なことをわかりやすく著述している。4Pの解説などはマーケティングの入門だが、それをいかに実務にいかしていくべきかという視点で有用。新規事業と既存事業のすみわけも個人的には納得。タイトルからすると「社長」のみが読者対象のようにみえて、なんらかの「組織体」や「部門」の方向性を考えるという視点であれば、普通のビジネスパーソンのほうがむしろ内容的には理解が深いかもしれない。

誇大自己症候群(筑摩書房)

著者:岡田尊司 出版社:筑摩書房 発行年:2005年 本体価格:740円
 自己を実際よりも過大に評価し、しかも現実とファンタジーの区別がつかなくなる…。「世代論」で10代や20代を一括して表現するときには、常にそうした「自我肥大」が指摘される。この本では10代、20代に限定せずに、社会全体にそうした風潮があるとしているが、80年代も90年代にも「自我が肥大」して現実世界のクオリアが欠けているという評論は存在した。理想をもつのは若者の特権だし、それが社会全体に満ち溢れたとしても必ずしも悪いことではなかろう。そうした意味では、なんらかの「誇大自己」は必要悪な部分はある。それが犯罪に結びついてしまってはもちろん問題なのだが…。芸術家などは、おそらく「誇大自己」の塊のようなものだろうし、「異常な事件」の根底にあるのと同じく、優れた作品の根底には「自分の理想」「自分の過大評価」はあるだろう。となると、「誇大自己」の存在を認めつつ、それを「症候群」としてとらえるのではなく、その「誇大自己」を活用できる方法を提案するやり方もあるのではないかと思った。自己を必要以上に過小評価するケースでは、社会全体の活力が弱くなるというデメリットがある。自己を尊重しつつ、さらに他者も尊重できるプロセスさえ確立できれば特別に問題にするようなこともないはず。さらに統計データがほとんどないあたりが社会全体を論じるには説得力に乏しい。疫学的な観点から評論をするのであれば、やはり最低限のデータがないと、必ずしも書籍の内容に「参考になりました」とは言えないあたりが辛い。現実に成就できない誇大な自己評価が、ファンタジーの世界に充足感を求める…てなことが書いてあっても、「それはそうかもしれないなが、そうでない人のほうが実際には多いのでは」という疑問符付ですべてを読んでいかなければならないあたりが、やや読書をしていて苦痛。理想と現実の二元論で語るにしても、もう少し書き手の側に平均以上のファンタジー(想像力)か、あるいは逆にデータ(客観性)がないとちょっと厳しいテーマではないかと思う…。

2010年7月15日木曜日

偶然からモノを見つけだす能力(角川書店)

著者:澤泉重一 出版社:角川書店 発行年:2002年 本体価格:648円
 統計学的思考…でずっと考えていくと息がつまる。情報を集めるにも限界があるし、マメにデータから何らかの法則性を見つけ出すという作業はけっこう面倒だ。そんなときに「あれ?」と思うような情報に偶然でくわすことがある。あるいは偶然から、わき道にそれて違う結論に達することがあったりする。これいわゆるセレンディピティ現象の一種。偶然を楽しむと同時に、偶然と戯れて、偶然を活用していこうという姿勢、この情報洪水のような世界では大事なことではないかと思う。もっとも著者はセレンディピティも普段の地道な努力が必要という注意書きは忘れずに書き添えてあるのだが。
 思わぬ友人や思わぬ助け舟などもセレンディピティのひとつ。そう考えると「必然」ではない「偶然」でけっこう世の中うまくまわっていたりすることに気づく。偶然だけではなくもうひとつ「察知力」も必要な素質になるのだが、目の前にあらわれた「天使」(?)をそこはかとなく気配で察知してしまうような繊細さもセレンディピティのひとつの大事な要素だろう。オカルトではなく、むしろ「感性」とか「偶然を楽しんで別の結果にたどりつくことも是とする態度」みたいなものか。必然や統計的予測だけでは、逼塞してしまう…というようなときに読むと、けっこう別の生き方や考え方ができる「きっかけ」を察知することができるかもしれない本。面白い。

2010年7月13日火曜日

幻夜(集英社)

著者:東野圭吾 出版社:集英社 発行年:2007年 本体価格:952円
 実質的に「白夜行」の続編にあたる長編小説。もちろん著者自身が語るとおり別々の作品としても読めることは読めるが、「続編」として読んだほうが、面白いと思う。主人公はやはり美貌の女性で推定20代後半(ただし必ずしも本当にそうかどうかはわからなくなっていく)。脇役として登場してくる中華料理屋の娘「有子」がいかにもどこかにいそうな純朴な女性で、毒々しいストーリーの中で一服の清涼剤。話の流れとしては、「白夜行」「幻夜」ときて、3部作として、2000年代後半を生き抜く「謎の女性」の生き様を見てみたい。パソコンや美容整形など時代の流れ目をしっかり見極めてビジネスを展開していく主人公だが、2005年ごろに再び世間に現れたときには、いったい誰をどのように犠牲にしながら生きていくのだろうか。あるいは逆に「守り」の姿勢にはいって、別の世代の女性が活躍していくのだろうか。「志を受け継いだ第三者」が別の主人公になる…てな続編は多いが、この作家はそうした逃げはうたないだろう。真っ向勝負でさらに続編が書かれるとしたら、大阪と東京を舞台にしつつ、案外、国際化の時代で海外にも目を向けるのではないか。そしてそれはアメリカではないか…という気がする。サイボーグのように生き延びて、名前も国籍も入れ替えて、三度目の勝負にうってでるとしたらうってつけの舞台ではないかと思うのだが。

2010年7月12日月曜日

情念戦争(集英社インターナショナル)

著者:鹿島茂 出版社:集英社インターナショナル 発行年:2003年 本体価格:2800円 評価:☆☆☆☆☆
 陰謀情念のジョセフ・フーシュ、移り気情念のタレーラン、熱狂情念のbナポレオン。この3つの情念の交錯を軸として、フランス革命からワーテルローの戦いまでのフランスを切り取る。フランスの歴史を再構成して浮かび上がったのが、この3人というわけだが、幾たびもの危機を乗り越えてこの多難な時代を生き抜き、ヨーロッパ全体に影響を与えた3人であることには間違いない。メッテルニヒ(オーストリア)やアレクサンドル1世(ロシア)、マリー・ルイーズ、ルイ18世、オルレアン公などはやはり脇役になってしまう。すでに膨大な書籍がこの時代について書かれているが、それを参考としつつも「情念」という一面で切り取り、再編成した鹿島茂氏の手腕は見事。文庫本でもこの作品は読めるが、かなりぶあつい書籍なので単行本で読むのがベストだろう。サイケな感じのカバーも面白い。ヨーロッパの大陸封鎖などナポレオンのとった政策の細かな実態も調べ上げて描かれているので、受験生にも役立つ部分が大きいだろう。社会人にとっては10年、20年スパンで自分の人生を見ていくのにはかなりいい歴史参考書となるはずだ。

白夜行(集英社)

著者:東野圭吾 出版社:集英社 発行年:2002年 本体価格:1000円
 冒頭から謎をはらんだ殺人事件。そしてその後続く、一連のエピソード。長編小説とよむべきなのだろうが、起承転結の「転」の部分は小さなエピソードで構成され、ラストに近づくと長編化していく。高度経済成長期、オイルショック、黎明期のコンピュータ、ゲームソフトの販売と、アイテムの細かさが時代の変遷を物語る。往年のS銀行オンライン不正操作による横領事件など実際の事件を参考にしたと思しいエピソードも盛り込まれ、その時代を知る読者が一気に感情移入しやすいようにも工夫されている。世代を超えて人気がでるのも当然の19年間ミステリー。貧しさを正面からとらえ、それを生き抜いていこうとする主人公たち。冒頭からラストまで一種の郷愁とともに読んでしまう。100万冊近いベストセラーかつロングセラーになっているのも当然のミステリー。一種の「時代小説」でもあり、時代の暗い部分を拡大した部分もある。その暗い部分を生き抜いていった中には現在もなお、「白夜」のなかを行こうとしている現実の主人公たちが多数存在するような気がする。

2010年7月10日土曜日

ザグを探せ!(実務教育出版)

著者:マーティ・ニューマイヤー 出版社:実務教育出版 発行年:2009年 本体価格:1400円 評価:☆☆☆☆☆
 公務員資格試験の出版社…というイメージが強かった実務教育出版からブランド戦略の名著が発行、しかも翻訳本。装丁以上に中身の図版やデザインもこった造りになっており、「ザグ」=「だれもいないところ」を狙って、ブランド戦略を展開していく手法やテーマが豊富に掲載されている。唯一の正解というのは当然ないのだが、「量ではなくて違い」が重要というシンプルな指摘が有用。これはやはりiphoneなど現在そこにあるユニークなブランドと製品戦略を連想していくと明らかだが、「氾濫」する販売促進活動の中でいかに他社と差別化して、ユニークなポジションをうちたてればいいのかという生産的な目標から企業内での議論を進めることもできるだろう。ブランド以前に顧客ロイヤルティ(多少問題があってもこのブランドであれば何度でも購入する…)をいかに育成していくべきかも課題として「見える化」される。単に商品がいい悪いではなく、長期的に反復して継続購入してくれる「顧客ロイヤルティ」の育成は企業の販売戦略上欠かせないもの。アップルにはそれができているのだから、その手法を他社にも応用可能な形で提出してくれているのがこの本ともいえる。名著。

2010年7月4日日曜日

ガラパゴス化する日本(講談社)

著者:吉川尚宏 出版社:講談社 発行年:2010年 本体価格:760円
 通信機器や会計基準など世界の環境変化のなかで独自の発達をとげた日本の「ガラパゴス化」が論じられる。157ページからの海運業の分析が興味深い。日本経済新聞社でも「商船三井」と「日本郵船」の経営戦略の違いが分析されていたが、コンテナを利用した荷姿の標準化(マルコム・マクリーンの発明によるという)による老舗の船舶会社と新興の船舶会社とで競争力に差がでにくくなったというくだりである。このコンテナ化で海運業者はオープン・アーキテクチャを作り上げ、コスト面での優位性を再構築した…というわけだが、標準化にあえてのっかっていくという方法による脱ガラパゴス化という戦略は当然ありうるだろう。携帯電話も早くオープンアーキテクチャ、標準化の世界になればもっと市場も世界に拡大すると思うのだが。ビジネス書のようでいて実は個人のライフスタイルにも応用できる部分がきわめて多い。日本でデビッドカードがあまり使われていない状況などの理由もよくわかる。

2010年7月3日土曜日

歯と脳の最新科学(朝日新聞出版社)

著者;掘 准一 出版社:朝日新聞出版社 発行年:2010年 本体価格:700円 評価:☆☆☆☆
 ちょっと文字が大きくてさらにページが薄いのが難点。これで700円はやや割高で、用紙代を考慮してもさらに50円ぐらい引いてもいいような気がする。中身は面白く、虫歯や歯槽膿漏の予防など日常生活にすぐ役立つ実務的な知識から豊臣秀吉の歯の分析など歴史的なエピソードまで幅広いテーマがおさえてある。東京大学の教官の「虫歯」についてのエピソードも面白い。実名は記述されていないが、民法の泰斗というだけで「ああ、W先生だな」とだいたい推察できるようになっている。だが書店でいきなりこの本を手にとって価格をみたら、ちょっと読者はひくのじゃないかなあ。なにせ割高感が…。
 オリジナルの図版が掲載されており、人種による口や鼻の分析なども興味深い。

楽園 上巻・下巻(文藝春秋)

著者:宮部みゆき 出版社:文藝春秋 発行年:2010年 本体価格:648円
 名作「模倣犯」では犯人と「相打ち」状態になったフリーランスのライター前畑滋子。心に傷を残しつつ、そのトンネルを抜けたと思った瞬間に、上品な52歳の女性から事故で亡くなった息子の調査を依頼される…。心の奥に分け入り、第三者がここまでしていいのか、と読者ながらに思いながらも、上巻・下巻の最後まで一気に読み通す面白さ。「喪の仕事」を積み重ねていくうちに現在にたどりつき、そしてドラマは「今」の事件解決に向けて動き出す…。「模倣犯」と基調は同じく最初から最後まで暗いトーンと不条理な展開が繰り広げられる。そして人間としての「どこか」が壊れてしまった犯人。人が人に何かを伝えることはこんなにも難しいことなのかと読者も苦しい思いをしながらページをめくる瞬間もある。そしてだれもがわかりあえる楽園のような世界はひょっとしたらないのかもしれない…という暗い世界観を残しつつ、一抹の希望が残る…。ややSF的要素を残しつつも、そうしたことはまったく信じない読者をも納得させる上巻の「物語」が見事。画用紙に描かれた灰色に塗られた少女の「画」のイメージが下巻の最後までのっぺりとつきまとい、タイトルの「楽園」とコントラストをなす。ミステリーというよりもむしろ心に傷を負った人間たちの必死の生き様が展開された物語というべきか。

情報創造の技術(光文社)

著者:三浦展 出版社:光文社 発行年:2010年 本体価格:740円 評価:☆☆
 「下流社会」という思い切ったフレーズで時代に切り込むマーケター。会社を「情報創造体」と切り込むセンスが面白い。統計データについてもざっくりした、かつ限定されたデータで経営計画をたてるケースが多い、と分析しているあたりはさすが。総務省ではないので、実際にはウェブから収集してきたデータをいろいろ加工して仮説を組み立てることが多いわけだが、そうした限られた合理性を前提としているあたりは実務には役立つ。「次の商品」を考える人はあれこれ毎日考える…というくだりにも納得。あれこれ考えて100のうち1つが現実化すればまあいいほう…というのはあまりにも悲観的すぎるだろうか。だが空想に近い企画から現実に製造に入る企画まで数に含めると、おそらく1パーセントでもモノになればいいほうではないかと思う。ノートは1冊にするなど、ツールもかなり限定しているあたりは好ましい。ただ情報を幅広く収集してそのなかから仮説を構築していくタイプの人には逆に精密さを欠けるようにもうつるかもしれない。
 100の現実に対して1つのデータから5や6を生み出す…というのが、「企画」のありかたかもしれない。そしてその5つか6つのうち、どれかひとつでも投下資本の回収し余剰を生み出すものがあれば、それがおそらくビジネスの成功といえるだろう。「直感」を重視する著者の姿勢は、データ重視の時代に一種の「戒め」の役割ももつ。