2010年7月3日土曜日

楽園 上巻・下巻(文藝春秋)

著者:宮部みゆき 出版社:文藝春秋 発行年:2010年 本体価格:648円
 名作「模倣犯」では犯人と「相打ち」状態になったフリーランスのライター前畑滋子。心に傷を残しつつ、そのトンネルを抜けたと思った瞬間に、上品な52歳の女性から事故で亡くなった息子の調査を依頼される…。心の奥に分け入り、第三者がここまでしていいのか、と読者ながらに思いながらも、上巻・下巻の最後まで一気に読み通す面白さ。「喪の仕事」を積み重ねていくうちに現在にたどりつき、そしてドラマは「今」の事件解決に向けて動き出す…。「模倣犯」と基調は同じく最初から最後まで暗いトーンと不条理な展開が繰り広げられる。そして人間としての「どこか」が壊れてしまった犯人。人が人に何かを伝えることはこんなにも難しいことなのかと読者も苦しい思いをしながらページをめくる瞬間もある。そしてだれもがわかりあえる楽園のような世界はひょっとしたらないのかもしれない…という暗い世界観を残しつつ、一抹の希望が残る…。ややSF的要素を残しつつも、そうしたことはまったく信じない読者をも納得させる上巻の「物語」が見事。画用紙に描かれた灰色に塗られた少女の「画」のイメージが下巻の最後までのっぺりとつきまとい、タイトルの「楽園」とコントラストをなす。ミステリーというよりもむしろ心に傷を負った人間たちの必死の生き様が展開された物語というべきか。

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