2011年8月15日月曜日

なぜ「改革」は合理的に失敗するのか(朝日新聞出版)

著者:菊澤研宗 出版社:朝日新聞出版 発行年:2011年 本体価格:1500円
行動経済学の本が最近多数出版されているが、この本ではプロスペクロ理論や取引コスト理論、エージェンシー理論などを用いて一見「不条理」に見える現象が、当事者にとってはきわめて合理的な行動であったことを解説してくれる。丁寧な著者によるあとがきも付されており、モデル化によって明らかになる面とそうでない面との区別もきっちりなされている。1500円という値段でこの内容の充実ぶりはお買い得だろう。人望のあつい社長ほどドラスティックな改革がおこないにくいという理由は取引コスト理論で、組織隠蔽工作はエージェンシー理論で、きっちり説明されている。日本人の行動原理は「空気」が支配しているとすればその「空気」とは取引コストにほかならない(57ページ)などは目からうろこが落ちるような思いがする。で、この本の内容から演繹していくと、原子力発電に関する東京電力の事後処理やスタンスなどもある程度推測ができる。安定的な電力供給を目的とした東京電力では特段に改革路線をめざす必要性はない。こうした大会社では大改革路線ではなく「統治」が重視される。したがって原子力発電が事故をおこしたさいに大きな損害賠償問題が発生するリスクを認識していても、その事業から撤退することはできない。撤退にともないリストラクチャリングのコストはすなわち取引コストであり、何よりも現状維持が重視されるからだ。また電力の消費者は各事業会社や消費者(関東地方のほぼ全世帯)であるが、電力料金を払うという意味では消費者はエージェントで、東京電力はプリンシパルだ。消費者と東京電力とでは情報の非対称性があり、利害関係も異なる。こうした条件下でなにかしらの不公正な事象が発生した場合、正確かつ迅速な情報公開は東京電力内部では必ずしも最大のメリットにはならない。社会的には正しいことでも、企業という立場ではリスクが最大化し、場合によっては国有化されるという事態も招く。したがって福島原子力発電所の事故で初期に楽観的な情報が東京電力広報部や経済産業省保安院から提供されていたのは、当事者にとっては合理的な行動だった(ただし社会的にはきわめてまずい行動だった)ということになる。
いろいろなビジネスの現象などをこの本から考察することができるとともに、レファランスポイントなどの概念も実際の事象で「道具」として使えるようにもなる。菊澤氏の著作はどれをとっても読み応えのアル見事なものだが、この本もその一冊。オススメ。


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