2011年2月23日水曜日

デリバティブ汚染(講談社)

著者:吉野佳生 出版社:講談社 発行年:2009年 本体価格:1700円
評価:☆☆☆☆☆
この本は2009年発刊当時すぐに購入したのだが、2009年というのは個人的にも非常に忙しい一年で、手にとることもないまま2011年になってしまった。で読み始めてみると面白い。満期保有目的の債券にデリバティブを組み合わせた金融商品だが、この満期保有目的というのがポイントで、この保有目的の有価証券は取得原価かもしくは償却原価で評価する。つまり投資が継続されるということで時価評価はされない。地方自治体や財団法人などがそうした「元本保証」で高い利回りが当初は保証されているということでかなり購入したようなのだが、たとえば為替レートや金利差などに連動するデリバティブだとすると、取得者側に損失がでそうになるときには確かに元本保証ではあるものの償還期間が一気に30年以上に引き延ばされるというもの。30年たてば元本保証とはいってもインフレが進行していた場合には、購買力としてはむしろ目減りしている。逆に売却した金融機関が損失をこうむりそうな場合には償還期間が極端に短く切り上げられるが、この償還期間についてのオプションはすべて金融機関が決定するという仕組み。なんらかの仕組みがほどこしてあるという意味で仕組み債券とか仕組み預金というわけだが、これがかなり売れたらしい。実際に損失が表面化するのはひょっとすると今から30年後になるかもしれないが、これに警鐘を鳴らしたのがこの本。もともと時価評価が難しいうえに財務諸表にも投資有価証券と表示されているとそれ以上はなかなか細密に調べるのは難しい。一時期、デリバティブ商品の時価評価が話題になったが、巧みに債券と組み合わせて普通の「満期保有目的債券」と表示できるように工夫してあるところがミソか。この仕組み債券については実は喫茶店で横にある銀行員とその顧客が座ったときに営業トークを聞いて「仕組み債ってのは私は売りたくないんです」というコメントがあった。ということは一部の銀行員でもそのリスクは承知しているし、「売れといわれても売りたくない」という正直なコメントに実は好感をもった。もっとも客のほうは何のことだかよくわかっていなかったようだが…。大部分の営業部員が血眼になって売り歩いたこの仕組み債、かつての変額生命保険並みに今後さらに問題になりそう。しかも円は現在80円台がデフォルトになっており、円安になれば高い利率で円高になれば30年後の元本保証という仕組み債券だとかなり泣きをみる地方自治体や財団法人が続出しそうな予感…。

2011年2月22日火曜日

まさか!?(ダイヤモンド社)

著者:マイケル・J・モープッサン 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2010年 本体価格:1800円
第一次世界大戦の引き金はサラエボでオーストリア皇太子が暗殺された事件だが、この事件は実は偶然によるものだった。運転手が曲がり角を一つ間違えて停車した場所がちょうどテロリストのまん前。これをきっかけにオーストリアとドイツ、ロシア…と参戦国が拡大していく。これぞ「まさか!?」だが、こういう「まさか」の意思決定を体系化しようとしたのがこの本。ちょっとした偶然が大きな結果になるため、慎重な意思決定をしよう…という趣旨だが、日常的な行動ではなく大きな意思決定をするときには確かに役に立つ。「計画錯誤」という言い方が紹介されているが計画を立案するときにはたいていの場合には過小深刻しがちな人間の特性などが紹介されている。だが実際にもっとも重要なのは、「べき乗分布」で動く世界では突如予想もしないことが実現化するという指摘だ。たとえば為替相場や先物取引の市場などがこれに相当する。過去の流れからすれば「ありえない」というような為替相場の変動は正規分布の世界では説明できない。「なにがあるのかわからない」という慎重さが必要というわけだ。まあいろいろ箇条書きにはなっているのが実際の意思決定でこれをすべて遵守するのは不可能に近い。ただ、「負け」が続いたからといってそれがすべてではない(平均への回帰)といった考え方や、計画錯誤といった概念を頭に入れておくときっと意思決定を大きくはずすことはないであろう…ということと、わけのわからない投資話などにはやはり乗らないことが重要ということは確実な模様。

2011年2月21日月曜日

パリ、娼婦の館(角川学芸出版)

著者:鹿島茂 出版社:角川学芸出版 発行年:2010年 本体価格:2500円
社会学の名著としてはアラン・コルバンの「娼婦」があるが素人が手を出すのには難しい。とはいってもこういう社会の歴史を一気に通覧するのはいろいろな意味で興味深い。ということでこの1冊。エミール・ゾラがなぜゆえに「自然主義文学」などと分類されるようになったのかもわかる。第二帝政(ナポレオン3世の時代)から第三共和制の時代にかけてがメインに取り扱われているが、第三共和制のお偉方が利用したという「スフィンクス」というお店については写真なども掲載されている。またエドワード7世が使用したという謎の「椅子」、「鞭打ち」の歴史などもひもとかれる。人間が人間に対してあまりに厳しく接するとそれが逆に倒錯をまねくという不可思議。そして第三共和制の歴史を取り扱うさいにはせまりくるナチス・ドイツの足音というのも見逃せない。第三共和制のすぐあとにナチス・ドイツはフランスにせめこむわけだが、その前に第二帝政と第三共和制を通じて普仏戦争でフランスはドイツに敗北している。政治外交的には暗い時代にパリで営まれていたメゾン・クローズの歴史は19世紀の政治経済と19世紀と21世紀とでさほど違わない人間の営みをあぶりだす。「今」は「昔」とどこが違うのか…というと150年前と現在とでは人間の本性はさほど変わっていない、というのを実感させてくれる。

警視庁情報官(講談社)

著者:濱嘉之 出版社:講談社 発行年:2010年 本体価格:648円
元警察官の著者による架空の「情報官」という設定の小説だが、架空なのにもかかわらず面白いのは、ところどころ「事実なんだろうな、これは」と思わせる部分が各所にちりばめられている点だ。国会想定問答集の作成や国会の経済産業審議会では「与党も野党も同じ電力会社の想定問答」の息がかかっていると「思われる」くだりはなるほどと思う。たとえば関東地方の独占企業であれば経営者側は経営者の連合会から国会議員をたて、組合は連合を通じて小説の時代の「野党」に国会議員をたてているわけだから、二大政党制で政権が交代しても与党と野党が入れ替わっても二大政党制は実質的に機能しないであろう…というようなことが推定できる。また原子力発電所をめぐる「土地」の買収については、もちろん土地収用法など合法的な土地の収用はありうるが、その一方で別の「地上げ」などの行為も昔だったら一定程度の確率であっただろう。スパイの養成となる「タマ」のあたりのつけ方や対象者への調査や観測の手法(通信などの傍受記録、立ち寄り先など)もほぼ事実であろう。あるいは事実でないとしてもそれに近い手法を用いていたに違いない。ストーリーそのものにはあまり興味をそそられなかったが、各所の「描写」のいくつかに突き動かされて最後まで読んでしまう。部分的なリアリティと部分的な「ありえないだろー」という突っ込みのコントラストが印象的なフィクション。

2011年2月20日日曜日

グズを直して人生をリセット(新講社)

著者:和田秀樹 出版社:新講社 発行年:2011年 本体価格:800円
哲学やら人生やらといった次元の話はもちろん大事でその次の階層にくるであろう経営戦略論や社会科学入門的な内容も大事。で、人生の細かな場面場面をしのいでいく「大人の知恵」も非常に大事。ということで2011年に出版されたこの本、非常に使える内容が多い。特に夜の時間を2分割して考えるとか「4時間しか自由な時間がない」ケースにどう対応するべきか、といった具体的な話が役に立つ。高邁な理想論も大事だが実際にはしょーもないことで延々と時間が浪費されていくケースは当然ある。そうしたときに「しょーもない」ことをどうやって具体的に「役に立つ」ことに転換していくのかを考えるのにはベストの本。

2011年2月16日水曜日

戦略の原点(日経BP社)

著者:清水勝彦 出版社:日経BP社 発行年:2007年 本体価格:1600円 評価:☆☆☆☆☆
経営戦略論に関する本はやまほど出版されているが、およし知りうるかぎり基本的な論点をこれだけわかりやすく解説してくれる本はなかった。経営戦略の考え方の「基本」(素振り)に立ち返るという発想とそれを応用させて現実の問題を組み立てていこうという著者の考え方と本の構成がよい。経営資源は有限なので種々の相反する目標のいずれかをそぎおとしてトレードオフの関係を抜け出していく。セグメンテーションをして特定の顧客にターゲットをあわせるということはそれ以外の顧客をそぎおとすということに他ならない。ではなぜその特定のセグメントに集中していくのか…といった理論構成が見事。強みを活かして、必ずしも安売りに転化していかないようにする、という戦略は「自分自身の強みはどこか」という自己認識の問題でもある。差別化をするにはまず「強み」を発見しなければならないという指摘が重要だと思う。そしていったん気づいた強みをスイッチングコストを高めることで顧客維持につなげていくという考え方も基本に忠実だ。事業戦略やM&A戦略、リーダーシップ論などほぼ経営戦略の代表的なジャンルは網羅してあり、この本から経営戦略論をきわめていくという読書方法もありだろう。意思決定論とリーダーシップ論などの考察も見事。

2011年2月13日日曜日

経済学的思考のセンス(中央公論新社)

著者:大竹文雄 出版社:中央公論新社 発行年:2005年 本体価格:780円 評価:☆☆☆☆☆
「競争と公平感」が現在各書店で平積み続出だが、本書はその前編にあたる。経済学とは「インセンティブと因果関係」の学問と位置づけ、「国民栄養調査」など一見経済学とは関係なさそうなアイテムまでも活用して「因果関係」と「インセンティブ」を明らかにしていく。時間割引率が高い人(つまり将来の価値を低く見積もり、現在を重視する人)にとっては、将来の肥満や運動不足などは現在価値に割引計算すると非常に低い便益しかもたらさない。しかし現在価値と割引率が適正である人ならば将来の価値を正しく現在価値に置き換えて、たとえば食欲なども将来への影響を勘案して適切に抑制することができる。アメリカの場合、レトルト食品など調理時間の圧縮が技術革新によって達成されると、おなかがすくとすぐに食事をすることができる。そうなると将来の肥満などを考慮せずにすぐに「食べてしまう」その結果肥満が続出するという「因果関係」になってしまうというわけだ。こういう肥満を抑制するためには「コミットメント」(自分自身への確約)が必要になる。一種の自己抑制装置ともいうべきだろうか。長時間労働が当たり前の社会では食欲を先延ばしにして「食べ過ぎない」というコミットメントは弱まる傾向にあると考えられる。そうすると日本人男性の肥満度が高くなってきたのは長時間労働による「コミットメント」の弱体化で説明は可能になるというわけだ。
日常生活にも少なくとも「経済学的思考」は持ち込めるし、しかもそれを活用することもできる。哲学がわりと「実存的に」日常生活に根をはるように、経済学も「お金」以外の分野で日常的に「考え方」が活用される場面があってもいい。「競争と公平感」も面白いがこの本も非常にユニーク。

2011年2月12日土曜日

感情の整理が上手い人の70の技術(新講社)

著者:和田秀樹 出版社:新講社 発行年:2010年 本体価格:1300円
どんなにクレバーな人でも自分の頭の中だけで考えることには限界がある。そこで内部情報の探索以外に書籍やウェブなどの外部情報を探索することになるわけだが、そうした情報探索のさいに「感情」というのはとても重要だ。あまりに自己評価の高い人ほど「怪しい情報」に振り回される傾向は否めないし、自己に対して否定的な人は悲観的な情報ばかりとりこんでしまう。客観的な意思決定をするには、どうしても判断のまえに「感情」を落ち着かせるというのが大事になる。この本では客観的な意思決定の前に重要な「感情の安定」について実践的な70の方法について紹介。「小さな楽しみ」を予定しておくといったスキルが紹介されており、理屈ではなく、「感情の安定化」に役立つこと」が紹介されている。いわゆる「自己啓発」とも違う種類の本なので、「意思決定」の前に必要な準備段階の本として利用することが可能だろう。

世界の三大宗教(河出書房新社)

著者:歴史の謎を探る会 出版社:河出書房新社 発行年:2005年 本体価格:514円
「三大宗教」と銘打ってあるが、ユダヤ教・イスラム教・キリスト教そして仏教も取り扱っている。空海と最澄の関係など日本史のエピソードもラスト近くには掲載。適宜地図も挿入されており、この手の本としてはかなり読みやすい構成。514円は妥当な価格というべきか。150ページではイスラム教が急速に勢力を伸ばした地図と理由が説明されているが、強制的な布教は禁止されていることと、その一方でイスラム勢力圏では他の宗教の信者よりもイスラム教には税制上の優遇措置がとられていたことが理由としてあげられている。メディナから東西へイスラム教が伝播し、西はジブラルタル海峡をわたってスペインを制服しフランク王国へ、東は現在のイラク、イランからアフガニスタンまで、そして北はエルサレム、ダマスカスをこえてコンスタンティノープルへ…。そしてイスラム教徒は隊商を組んで商売もしていたから布教とビジネスの両方にメリットが得られたという理由。中世ではキリスト教社会は「沈滞気味」だったが、その一方でかつてのローマ、ギリシア文化の蓄積がイスラム文化圏で行われていた理由はこの「商業の合理性」によるものではなかったかと個人的には推測する。

2011年2月10日木曜日

野村ボヤキ語録(角川書店)

著者:野村克也 出版社:角川書店 発行年:2011年 本体価格:724円
人間を動かすのには3つの要素があるという。「論理」「利害」「感情」の3つ。ビジネスパーソンのほとんどは「利害」で動くのではないかと思うが、やり手のコンサルタントや職人などはむしろ「感情」で動くことのほうが多いかもしれない。また学者や研究者は「論理」で動くこともあるだろう。かつての阪神タイガースで新庄選手に対しては野村監督は「感情」にうったえてモチベーションを高めようとしたというエピソードが紹介されている。成功したかどうかはともかく、「論理」や「利害」では動かない選手だ…という洞察はあたっていたようだ。また野球のコーチなどの指導力を高めるのに「過去の成功体験だけではだめ」。ではどうすればいいのかというと「アレンジ力をつけよ」というアドバイスをする。過去の経験をそのまま「解説」「実況」するのではなく、そのエッセンスを角度をかえて現代流にアレンジして選手に伝える。それが選手の感性にフィットして、成功体験を高めていくというプラスの流れだ。目標に向かって努力していくのには、それなりに困難な時代ではある(もっとも楽な時代などはこれまでもなかったわけだが)。今の時代に即した努力の方向性を、今の時代に即したエピソードで語り継ぐ「アレンジメント」がなければ野球の監督やコーチも、そして会社のビジネスパーソンも陳腐化した存在になるのかもしれない。

2011年2月9日水曜日

貧乏人を喰う奴らを暴く!(宝島社)

著者:夏原 武 出版社:宝島社 発行年:2011年 本体価格:457円
人気漫画「クロサギ」の作者が執筆した「貧困ビジネス」の実態。在宅ビジネス詐欺とかカード決済による総量規制の裏道などは容易に想像がつく「ビジネス」(?)だが、生活保護受給者を利用した「組織的なビジネス」にはやや愕然とした。バブル景気の後始末がすんでいない地域には採算性がとれないようなワンルームマンションやアパートが散在するが、そこを生活保護受給者の居住地にして、そのあがりをかすめるという方式。さらにはやや古風ではあるが「名義貸し」もしくは「ネームロンダリング」とよばれる戸籍の売却や他人名義を利用した借金ビジネス。これ、別に貧困ビジネスではなくても、「ちょっと名前貸して」といわれれば普通の人でも名義がししてしまうかもしれないという怖さがある。他人から借りた名義で消費者金融などから借金しまくってしまうということは実際可能だし、その場合相手は善意の第三者だから、その借金を本来の「名義人」が肩代わりして支払うことだってありうるわけだ。ラストには将来的に「一日500円で生活する500円亭主」なる概念まででてくるが…いや、これ、実際にありうるかもしれない。住宅ローンの返済や教育費などのことを考えると現在のデフレでは一日500円で昼食そのほかをまかなわなければ家計が維持できないご夫婦実際にいらっしゃるかも。インタビューは匿名が多く、もしかするとエキセントリックに表現されている部分もあるかもしれないが、信憑性は高いと思った。179ページ前後の「離婚」をめぐる著述は結婚している男性には悪夢かもしれない。


2011年2月7日月曜日

「強いモチベーション」を生み出すプロの方法(新講社)

著者:和田秀樹 出版社:新講社 発行年:2009年 本体価格:800円
「経営戦略」を立案するのと実行するのとには壁がある…。となるとそれを乗り越えるのはやはり個人のモチベーションということになる。では個人レベルでモチベーションを高めていくのには…ということでこの本。小さなことを積み重ねていって達成感を高めつつ、大きなことにまで仕上げていく、という方法。実はこれしかなさそうだ。自分自身はたとえば昨年12月の上旬の体重が65キロで2月上旬現在の今日では60.8キログラム。約5キロの減量に成功したが、これもまた一日50グラム程度の目安と食欲の管理の毎日の積み重ねで2ヶ月たらずで5キロの減量につなげていった…という経験則による。あまりに大きな目標にいきなり立ち向かうよりも小さな目標を少しづつ達成していくしか方法がない。「決意や決心はあてにならない」「打てる手はなるべく全部うっておく」といった実践的な考え方がてんこもり。経営戦略とか大きな話も大事。しかし身近な生活レベルのこうした基本技能も大事なのではないかと最近あらためて生活重視の人生みたいなものを考える日々…。

2011年2月6日日曜日

脱「でぶスモーカー」の仕事術(日本経済新聞出版社)

著者:デービッド・メイスター 出版社:日本経済新聞出版社 発行年:2009年 本体価格:1900円
う~ん…。経営戦略が立案できてもそれが実行されないのはなぜか…という問題点を指摘し、小さな達成目標をクリアしていくこと…という答えめいたものが述べられる。「自ら進んでやる」というのは自ら納得しただけのとき、というのは納得。だがそれを経営層がどれだけ浸透できるかというのはこれまでの経営戦略の本では着目されてこなかった点ではある。日本企業の場合には経営戦略に適合しない社内活動をしていれば組織からはじきだされるだけ…という明白な信賞必罰があるわけだが。「手段より原則が効果を生む」というのも至言だが、原理原則をどうやってうちだすのかというと、意外とレスリスバーガーあたりの研究成果である「社内報」あたりが一番効果的だったりして。原理原則の明確化って何度も同じコトを訓示するか、よりわかりやすい一言で説明するかのどちらかでしかないような気もする。よりこの本の内容を現実に適合させるには、個人個人のモチベーション管理を徹底させるより他ないような気がする。

日教組(新潮社)

著者:森口 朗 出版社:新潮社 発行年:2010年 本体価格:740円
「日教組が全部悪い」というのは飲み屋ばりの教育談義では欠かせないアイテム。だいたい日教組の悪口だけいっていればそれで周囲も丸くおさまるという構図なのだが、それでは過去日教組がどれだけ自分の生育過程に影響があったか…というとさほど思い出がない。たしかに一部マルクス経済学かぶれの先生方もいらっしゃったが、それで自分が影響を受けたかというと影響は受けていない。で、この本だが日教組が戦後文部省主導でできあがり、勤務評定闘争までは管理職も構成メンバーであったこと、その後、職場の穏当なメンバーと執行部の過激なメンバーの2極化と日本共産党シンパの全教メンバーに分裂したこと。現在では社会民主党と民主党支持の団体に近いことなどが説明されているほか、日の丸や君が代問題をめぐる問題点(法律化されたことにより、将来政権交代とともに別の国歌や国旗に変えられる可能性があること)なども指摘されている。メリットとデメリットを穏当に説明してあるほか、現場の指導力という意味では日教組の教員とそうでない教員とで区別されるべきではない、という指摘もされている。特定の主義主張にのっとられた団体が教育の現場に君臨しては確かにまずいが、この労働組合の場合には、文部省や自由民主党なども一定の関与があり、それほどコトは簡単ではない。少なくとも教育の荒廃(?)に手を貸した…という意味では行政や政治も責任をおっており、「シンプルに日教組が悪い」という飲み屋談義を一歩さらに進化させてくれる内容であることは確か。もうこの組合を組織率が低下しており、それほど影響力もないのでは…ともいえるが、民主党がこの組織を無視できない背景についても説明がしっかりなされている。

パリが愛した娼婦(角川学芸出版)

著者:鹿島茂 出版社:角川学芸出版 発行年:2011年 本体価格:2800円 評価:☆☆☆☆
飯田橋の文教堂書店では学芸モノや歴史モノは向かって右側通路側の壁に一箇所にまとめられて陳列されている。まあ大体「ガリア戦記」など定番の書籍が多いのだが、こうして新刊の歴史モノもたまに並べられているから油断ができない。さりげなく「棚差し」になっていたこの1冊をさっそく購入。読み始めたら面白くて一気読みである。フランス資本主義が消費主導型に移行するのがだいたい19世紀。ちょうど百貨店という小売商のスタイルが定着したころだが、このころは奢侈品が増加し陳列されるようになった時代。ただし所得の格差がきわめて大きかった時代ということになる。資本主義の「進化」(?)とパリの公娼や私娼の「家計簿」やエミール・ゾラなどの描写をもとに鹿島茂が見事な世界観をまた打ち出してくれる。兵士用のメゾン・クローズの写真や歴史に名を残すエミリエンヌ・ダランソンの写真(33ページ)、リアーヌ・ド・プージィの写真(51ページ)などがまた興味深い。「ヒモはなぜ必要か」と命題についても鹿島茂氏の見事な考察が述べられている。それもまた資本主義構造の当然の帰結として「ヒモ」というのは必要悪になるわけだ。で、資本主義の進化とともに生物学的な要請ではなく「脳髄から生み出される仮想空間」へと「場所」が変化していく様子も見事に描写。歴史的事件がただ羅列されているのではなく、文芸作品から歴史的背景、そして写真もからませて現在の生活もまた「再修正」して見直すことができるという見事な作品。歴史ってこういうアプローチもまた必要。

2011年2月4日金曜日

神話の力(早川書房)

著者:ジョーゼフ・キャンベル、ビル・モイヤーズ 出版社:早川書房 発行年:2010年 本体価格:1,000円 評価:☆☆☆☆☆
単行本として出版されたのが1992年。それから18年後にこうして文庫化されたのがこの名著。「人生の意味」よりも「人生の経験」を重視し、ユングの影響を強く受けながら文化や人種の差異を乗り越える叡智を兼ね備えた人徳者。けっして自らの学説を押し付けようとするところがなく、淡々と神話の中からメッセージを汲み取るジョーゼフ・キャンベルの語り口がすばらしい。人間の精神的な可能性を追求しようとするそのエネルギーが満ち溢れたこの本は、無宗教である私の心にも訴える「何か」がある。自己の外見ではなく内面に深く浸透していこうとするとき適切なナビゲーターがなければそのまま人間は「個」の中に沈潜してしまう。だがそうした人間の弱さを克服するべく生まれたのが神話であるのかもしれない。身体よりも精神を、そして「生活」というともすれば学識者が無視するような人生の側面にも配慮してくれているジェームズ・キャンベルの「内面」がこの本を名著として成立させている。価格1,000円は安い。そして2010年にこの名著を文庫本として発刊した早川書房の英断にも拍手。