2008年7月27日日曜日

スローグッドバイ(集英社)

著者:石田衣良 出版社:集英社 発行年:2005年 評価:☆☆
 購入したのは文庫本で単行本は2002年に発行されている。10の恋愛短編小説がおさめられており,どこにでもありそうな,そしておそらく誰にでも記憶がありそうな恋愛の風景を切り取って描写。あんまり恋愛小説は好きではないのだが,「振り返ってみると…」とだれしもが思い当たるフシについて鋭い文章や描写が書かれていたりして,女性読者にも男性読者にも読んでいるうちにしんみりさせてくれる世界が展開する。個人的にはメールから始まる思いがけない展開を描いた「ローマンホリデイ」が一番好きな小説だが,これは人によっていろいろ好みがでてくるところかも。
 自分だけ特別に存在したかもしれないような出来事は実はだれにでも存在した出来事だった…。そんなことも実感させてくれる。だれもが主人公になりきれるのが10代,20代の恋愛の特権だが,実はそれは錯覚にすぎず,それなりにだれしもいろいろな想い出を抱えていることも実感。この本の中ではわりと一貫してビジネスパーソンについては「石垣の中の石」とか「疲れた表情で…」というような描写が多いのだけれど,その疲れた働く人々もだれしも必ずいろいろな想い出を抱えているのだ…とも感じる。どちらかというと青春まっさかりの人よりも青春過ぎちゃったカナ,という読者のほうが「思いだし笑い」「もらい泣き」などできるかも。

2008年7月26日土曜日

上級原価計算第2版(中央経済社)

著者:清水 孝 出版社:中央経済社 発行年:2006年 評価:☆☆☆☆☆
 初版が2004年。姉妹編の「入門原価計算」(中央経済社)も入門書としても応用から基礎の確認としても使える名著だったが,この本も素晴らしい。純粋先入先出法や短期的マネジメント,設備投資の意思決定まで基礎から応用まできめこまやかに論点が著述され,非常に読みやすい。受験本ではなく大学の学部のテキストとして用いられるケースが多いようだが,妙な受験本よりもずっとわかりやすくて,しかも面白い。補助部門の数が増えてくると単純総合原価計算や単純個別原価計算では正確な製品原価の計算ができないので,原価部門が設置されるといったなにげない「一行」たらずの文章が,大きな意味を持っていることにあらためて気づく。原価計算の名著としてはもちろん国元書房の「原価計算」(岡本清著)があるわけだが,名著の常としてどうしてもページ数が半端でなく多くなり,持ち運びにも不便なケースが多い。しかしこの本では,356ページ。A5サイズなのでブックカバーにいれて電車の中でも持ち歩くことができるのが嬉しい。どうしても細かい部分まで調べたいというときには国元書房の「原価計算」が一番だと思うが,日常生活で原価計算にかかわる疑問点がでてきたときにさっと取り出せるハンディさがまた魅力だ。大きすぎず,かといって小さすぎもしないのがメリット。個人的には部門別個別原価計算の章が非常にわかりやすく,しかもいろいろな意味でマネジメント的にも使える著述が多かった。人によってはそれが活動基準原価計算だったり,意思決定の部分であったりするかもしれないが,多目的な利用もできるというのがまた魅力のテキスト。

カネをかけずにお客をつかむ!(PHP研究所)

著者:神田昌典 出版社:PHP研究所 発行年:2004年 評価:☆☆
 顧客獲得方法について面白いアイデア。現在では著者はビジネス書籍の第一人者となっているが,はじめての著作物がこの本だというが,小予算でいかに大きな広告宣伝効果をあげるか,という点について見識がしめされている。実際に著者が商売をしながら編み出した哲学だけに説得力がある。「見込み客」がいないところに広告宣伝をかけても無駄だとか興味のない客に商品の説明は無駄とかいわれてみればあたりまえのことではあるが,その無駄をずいぶんしているのが現在の公告宣伝のあり方でもある。とはいえ肝心の品質に限界が発生すれば,いくら見込み客が集まってきてももちろんダメなことはダメなんだと思われるが。一方で既存顧客の流出防止の重要性も説かれており,顧客サービスや商品品質の向上は新規顧客の獲得よりも既存顧客の流出防止に役立つという視点は新鮮。どんな商品であってもreviseしなくては,顧客は離れて行ってしまうのは確か…。また提案営業や心理テクニックなどは,見込み客が存在するのが前提というのも言われて見ればあたりまえだが,一定の情報があって,見込みをとらえた上での「提案営業」ということになる。「見込み客を現金化する」という表現はあざといことはあざといが,見込み客に継続的にフォローして顧客獲得システムを確立させるという視点は重要。マーケティングの本を読むときにも前提条件を明確にしながら本の内容を自分に取り込むことができると同時に,実際に販売活動に携わっている方々にも有益な内容だろう。特に広告宣伝などの業務にたずさわる人にとっては,かなり重要な指摘を含んでいる内容だと思う。

半落ち(講談社)

著者名:横山秀夫 出版社:講談社 発行年:2005年 評価:☆☆☆
 話の中身がとても重たい。この本を読んでアルツハイマー病の発症年齢が52歳が平均ということもはじめて知った。予想以上に若く,この病気の深刻さを知る。ミステリーなのだが,ある現職警察官が「妻を殺しました…」と自首してくるところから,話が始まる。県警本部と地方検察庁との探りあい。新聞記者と県警の関係。さらに裁判官のプライベートな事。そして刑務官の定年間際におぼえた不思議な倫理感。「立場」を超えてそれぞれがそれぞれにやるべきことをやろうとした結果,最終的には法定義務を超えたところで人間の魂が救済される過程がみえてくる。リアリティがあるのは,一つの事件を取り巻く関係者の思惑。1つの組織内での対立と協調が思わぬ影響を外部に与えていく様子が面白い。「だれかのために生きている」…ある程度年齢をへればきっとそういう思いは誰しももつはずだが,家族や「愛人」といったことではなく,被疑者が守ろうとしていたのは,まったく別の「だれか」だった。医療や福祉のテーマに切り込むと同時に,元新聞記者独自の描写がまたリアリティがある。
 もちろん読んでいて「ちょっとこれはどうかなあ…」と思う部分がないではない(どうして短期間にこの人があの人を発見できたのか,など)が,そうした多少の瑕疵は問題にならないほど面白い。最後はもちろん「救い」だ。「罪と罰」でラスコリニコフがソーニャに見せた謝罪と同様の光景が展開する…。

2008年7月20日日曜日

下流社会第2章~なぜ男は女に負けたのか~(光文社)

著者:三浦展 出版社:光文社 発行年:2007年
評価:☆☆☆☆
 前作には「統計データが少ない」という批判が多かったが,今回の第2章ではそうした声を受けてか,かなり統計データを掲載している。面白さは第1作以上。上流社会:中流社会:下流社会の比率が(あくまでも階層意識として)15:45:40という比率になっていることを紹介。女性が男性にもとめる年収は600万円以上が一番多いというデータを紹介しつつ,男女雇用機会均等法が施行されてから女性の進出にともない,競争原理ではじきとばされた男性社員について焦点を当てる。統計データにもとづく分析なのであくまでも「分類上」の話ではあるが,たとえば「SPA系統」の男性は,下流意識の強い正社員男性の読者が多いという結論になる。なるほど。雑誌のテーマもそれっぽいし,これは感覚的には正しい。さらに「経済情報よりもファッションとエロと右翼に感心がある男性はパラサイトしやすい」という大胆な仮説が…。下流の度合いが高い読者層は「R25]次に「週刊アスキー」…(自分では下流意識はないつもりだったが週刊アスキーは毎週購入している。でも確かに気分はわかる…)。さらに週刊現代と週刊東洋経済の読者層には自民党支持者よりも民主党支持者のほうが多いという統計データも。紹介されている記事自体が確かにそうだよなあ…。「日経パソコン」などでは自由民主党の支持率が高く,著者は消費好きな男性ほど自由民主党支持という大胆な結論を…。秋葉原そのほかで潜在的な自由民主党の支持者層があるということで麻生太郎先生が秋葉原で演説するのは,正しい戦略と言うことになる。第3章からが面白く,格差社会と言う以上,非正社員が正社員になりたがっている…という仮説を前提に何某新聞社がアンケートをとったところ違う結果が出た。正社員には必ずしもなりたくないが,福利厚生面をあげてほしいと考えている人たちのほうが多いと言う結果だ。正社員はむしろ束縛が多くて嫌われているといってもいい形になっており,必ずしもメディアや野党,労働組合が考えるような形での「不満」は少ない(考えて見れば当初は正社員で働いていた人が束縛を嫌って派遣社員になるケースもかなり多くあったので,この結論は正しいと考えられる)。著者がそこで高い評価をしているのはユニクロの地域限定社員なのだが,これは確かにそのとおりだ…。ナショナリズムと所得などの関係をみていくと,反中・反韓・反米というナショナリズムが強いのは下流でネガティブな方向(アンチと言う意味で)の愛国心が多く,そうなると「美しい日本」というようなアファーマティブなナショナリズムには反応しにくいとの事。なるほどなあ…。この女性バージョンも展開されているのだが,「かまやつ系」と分類される女性はわりと身近にも多いのでなんとなくよくわかる。個人的には私はロハス系の男性ということになるだろう…。前作以上に面白い…しかもいろいろこれらのデータは有効活用ができそうだ…。

2008年7月19日土曜日

小説ドラゴン桜~魂のエンジン編~

著者:里見蘭 原作:三田紀房 出版社:講談社 発行年:2007年
評価:☆☆☆☆
 発行元の講談社のサイトをみてみると在庫なし,となっている。まさか増刷しないということではないと思うが,漫画とは違う面白さと深みがあるので是非残して欲しい文庫版。簡単な作業でもチェックは必ず2回,大事な局面でミスをしない人間をめざせ,という指摘は教育指導者としてはあるべき姿。小説の中には25年分の過去問題を研究している受験生も登場してくるが,これもあるべき姿だろう。過去問題の研究は資格や受験にはつきものではあるが,25年分もやっておけば確かに間違いは少ない。成功する人間はあまりごちゃごちゃ考えずに利用できるものは利用して結果を出す…というシンプルさが好ましい。個性も自主性も規律と統制の中から生まれるとする「桜木弁護士」の立場はある意味正しい。
 最終的には二人とも10数年後の話になるのだが,いずれもあるべき姿になっている。中央官庁の官僚ではなくそれぞれボランティア団体や弁護士として活動しているのだが,個人的にはこうした社会的活動に身を投じている東大生のほうが多数派なのではないかと思う。優れた研究設備と図書館,教官に囲まれた4年間の中でもまれているうちにまた高校時代とは違う目標が発見され,目標にむかって正しい努力を続ける。もちろん利用するべきものは利用するというプラグマティズムも必要だが,そうした実学的な努力がまた「哲学的な活動」にも結びつきそうだ。漫画とはまたおそらくぜんぜん違うであろうラストにまた一つの感慨を覚える。この5巻は5巻でまた別個の独立した世界が構築されていて非常に面白い。

ドラゴン桜 メンタル超革命編(講談社)


著者名:里見蘭 原作:三田紀房 出版社:講談社
発行年:2007年
評価:☆☆☆☆
 漫画のシリーズはまだなお連載中と聞くが小説のほうは5冊で完結。この本はそのうちの4冊目に相当する。この本では集中力についての解説がメインとなってくる。すでに知識の下地がメモリーツリーなどで出来上がってきており,あとはアウトプットの練習をこなす段階。人間の集中力は90分が限界とされる中,どこまで問題作成者の意図を見抜き,適格に解答していくか。そのプロセスを小説仕立てで紹介。また「名門都立高校」の「彼氏」が目標が決定したらいかに適格にそのプロセスを達成していくかというノウハウも語る。まずは情報を集めて「面倒なことは避けてから」プロセスを組み立てる。他人が考えたアイデアを実行していくことにまずは効率的な道のりがあるとする考え方はある意味では合理的。自分個人の頭で考えることには限界がある,という前提で物事を考えていくと,確かにメンタルプロセス以外に,そのほかの作業工程を組み立てていく上でもかなり有効なツールが紹介されている。「好きなことを深めていく過程で調べ方は洗練されていく」「目標をたてるときには二重に目標をたてる」「知識と経験のある人間にきけば早い」「自分が何を望んでいるかを明確にしなければ脳は働かない」…覚えれば使えるメソッド満載の人気コミックのノベライズ第4弾。漫画以上に内容が凝縮されている。

偽善エコロジー(幻冬舎)

著者:武田邦彦 出版社:幻冬舎 発行年:2008年
評価:☆☆☆☆
 石油を本当に大事に使うためにはどうすればよいか,といった視点から,たとえばレジ袋は石油を精製するさいにこれまで燃やされていた部分を有効活用していたいわば廃棄物を利用したものなのでむしろ積極的に利用すべきことなどを説く。実際に容器包装リサイクル法が改正されて以後,レジ袋の削減に取り組む小売商が増加したが,それは法律でレジ袋などの削減措置について国に報告する義務が一部の小売商にでてきたためだ。もしレジ袋が使われなくなれば,それはまた燃やすこととなり,環境問題の本来の趣旨から逸脱してしまう。バイオエタノールについても筆者は強い疑問を呈しており,トウモロコシなどがもし石油などの代替エネルギーになれば,食糧としても販売できるし,エネルギー源としても販売できるという一種の売り上げ安定効果が出てくる。バイオエタノールを推奨したのはブッシュ大統領。石油関連企業との関係の深さが指摘されている大統領だが,その人物が推進者ということであるとやはりバイオエタノールについてもシンプルに環境にいいとは断言するわけには行くまい。紙のリサイクルなど他の諸問題についても著者はとりあげているが,「環境にいい」というのはつきつめていくとどういうことが「いい」のか,という根源的な問題に立ち向かうことになる。けっしてエコロジーや環境問題を軽視しているわけではなく,本当にバランスのとれた環境問題対策はいかにあるべきかをわかりやすく解説してくれた本と言えるだろう。わかりやすさと筆者自身がまだ結論がでていないことについては率直にその旨が記されているので非常に良心的な書籍だ。

2008年7月14日月曜日

できる人の上手な手帳の使い方(中経文庫)

著者:梅澤庄亮 出版社:中経文庫 発行年:2006年
評価:☆☆
 見開き2ページ構成の文庫本で,特定のメーカーには依存しない形でのメモ論。「丈夫なものを選ぶ」「いったん決めたらもうあれこれいじらない」というのが個人的には参考になる。ある程度高価なメモを購入したほうが「その気持ちになる」というのにも賛成。現在A5サイズの牛革のノートパッドを使用してロディアのA5サイズと無印良品のノートを併用する形式,さらに超整理手帳のリフィルを利用という形に落ち着いているが,この形式が自分にあっているようなので,この方式を継続していこうと思う。あとはこの手の本を読んで,略式記号や情報の削除は転記してからといったチップスを活用していくべきなのだろう。文房具やメモの本は非常に楽しいのだが,最終的にはやはり個人個人ですでに確立している方式に,自分にあいそうなチューンアップを取り込んでいく,というのが一番妥当な形のようだ。

反転~闇社会の守護神と呼ばれて~(幻冬舎)

著者名:田中森一 出版社:幻冬舎 発行年:2007年
評価:☆☆☆
 著者の田中森一氏はすでに最高裁への上告が棄却され,実刑判決3年が確定。すでに弁護士資格も喪失したようだが,それでもなお,この本は興味深い内容だ。主に前半が大阪地検,東京地検に在職中の回顧談,後半が弁護士になってからの活動がメインとなるが,自らのプライバシーも明らかにしつつ,政治的判断と検事のあり方をめぐる前半が非常に面白い。また実名で登場する政治家の中でもY氏の行動はきわめて興味深く,仕手筋そのほかの行動形態も興味深いの一言に尽きる。M重工CB事件についても実際に捜査を手がけていたのがこの田中元検事だったということで,当時は非常に不透明な印象をいだいていたのだがある程度この本を読んで裏事情が判明したような気もする。もちろん一方的にこの本の内容を信じるわけにはいかないが,これまで不透明だった種々の事件に一種のリアリティというか別の側面から光があたるのは好ましい。もともと相当に力量がある上に,エスタプリッシュメントともアウトローとも親交があったということで,後に一つの歴史資料としても役にたつ本になるだろう。「いろいろな思惑が交錯」する世界の中で,一つの考え方が明示されたともいえる。もちろん編集者がかなりうまく章立てそのほかを勘案したのだとは思うが,幼少期や学生時代の想い出と,フラッシュバックするように「検察庁時代」「アウトローの時代」と巧みにおありまぜた構成は,エンターテイメント小説以上の面白さ。原稿用紙820枚の大部だが一気に読み終わってしまう面白さである。

2008年7月13日日曜日

創価学会(新潮社)

著者名:島田裕巳 出版社:新潮社 発行年:2004年
評価;☆☆☆
 「創価学会は,日本の社会のなかで,もっともアクティブな巨大組織である」とまず著者は生協や連合などの組合組織,神社本庁や既成仏教集団との違いを説明する。統計的には日本では7人に1人が創価学会員である可能性を指摘した上で,創価学会誕生から歴史をたどり,この巨大宗教団体の「現在」にせまっていく。あくまでも客観的状況を分析するという立場に終始し,主観的な価値観にはよらないというスタンス。そして当初教育団体として設立されてから現在に至る歴史の中から今後を展望する。
 高度経済成長期と創価学会をリンクさせて分析し,農村から都市部にでてきた集団を信者に取り込むプロセス。そして仮説として,もし創価学会がそうした農村出身者をとりこまなかった場合には組合の加盟人数が増加していた可能性も示唆する。社会主義について,あるいは学生運動に対してこの宗教団体は傍観者に徹していたので保守主義者からも「容認」されるポジションを獲得するとともに,日本共産党との対立もある意味では必然だったことがわかる。
 ただし今後の展開についての著者の見方は厳しい。一つは在家仏教として,日蓮正宗とは別個の路線を歩むことと,カリスマ性のある指導者がいないとなかなか巨大組織を率いていくのは並大抵のことではないという見方だ。確かに,いまや「都会にでてきた農村出身者」という色分けではなく,職業も学歴もかなり多様化している上に,所得階層もかなりばらつきがでてきているはずだ。これを一つにまとめていくというのはリーダーシップが相当要求される。そして政党としての「公明党」と創価学会の関係も微妙な関係になってきている。ただ一つの宗教団体として分類するだけにとどまるには,あまりにも巨大すぎて日本社会に与える影響を無視できないというのが他の宗教団体と大きく違うところだ。PTAや商店街の自治会といったところを新しく掘り起こすといった活動もあるらしいが,拡大路線を歩みつつ,その拡大した先の「目標」というのは今後,外部の人間との広報や内部の人間を統制するリーダーによって大きく左右される可能性が示唆されている。新書サイズでこの濃密さは,やはり宗教学者としての島田裕己氏の力量を示す。不幸な「巻き込まれ方」で大学の教授職を追われた…という形になっているが,大学の予算や設備を利用して研究活動を進めることができていれば,よりダイナミックな研究成果も期待できたのかもしれない。ただ,新書サイズで島田氏の研究成果などを濃縮して知ることができるのはやはり嬉しい時代である。

2008年7月12日土曜日

入門原価計算第2版(中央経済社)

著者:清水孝/長谷川恵一/奥村雅史 出版社:中央経済社 発行年:2008年3月25日第2版20刷
評価;☆☆☆☆
 奥付をみると2004年に第2版が刊行されて、今年で20刷。入門書として定着した人気を得ている本といえそうだ。そもそも大規模店ではなくわりと中小規模のお店でも原価計算関係の本としてこの本が棚に並んでいるところからして、原価計算に興味をもつ社会人向けとしても需要が見込める本になってきたのだろう。著者はいずれも早稲田大学商学部の教授でもともとは学部の授業用のテキストとして編集されたようだが、緻密でわかりやすい説明は社会人向けにも各種検定試験の副読本としても利用できる。原価計算の意義・目的→原価の分類→原価計算の手続きと進む流れもわかりやすい。ただし個別の費用項目に入る前に個別原価計算の説明が入ったり、材料費でいきなり材料副費の予定配賦の問題が出てきたりと、やはり入門書として個性のある配列となっている。個別原価計算と総合原価計算の基本的なところをおさえてから、費目別原価計算の細かい論点を学習していこうという趣旨のようだが、これはこれで独特の教育方針がみえて面白い。やや直接原価計算の部分は最後の章で「上級原価計算」の橋わたし的な内容で終了しているが、日本商工会議所の簿記検定2級の対策資料としても十分使える内容。略式の勘定図などは下書用紙にも使えるので受験生にとっても便利だろう。2,800円だが、価格以上の「ベネフィット」は十分。

2008年7月8日火曜日

美容院と1,000円カットでは,どちらが儲かるか?(ダイヤモンド社)

著者:林總 出版社:ダイヤモンド社 発行年:2008年
評価:☆☆☆
 管理会計入門を物語で紹介。ただしレベルは非常に高く,まず既存の管理会計(製造間接被の配賦計算など)を理解していないと途中で何が間違っていて何があるべき姿なのかがわからなくなる可能性も。ERPパッケージという会計情報システムも目的意識をしっかりもたないと役に立たないということを丁寧に説明している。コストをかければいい製品ができるという神話をくつがえすとともに,ビジネスプロセスをしっかり会社側で把握することが大事という原理を丁寧に解説。また売上高だけで営業のインデックスにすると,売上高のために販売促進費が増大したり,値引き合戦が始まるという欠点も指摘されている。このあたりは営業関係の仕事についている人にも耳が痛い話が続くのではないだろうか。そのための解決策として限界利益や貢献利益など,直接原価計算の手法や責任会計,予算制度といった話につながっていく。確かに一定の手間がかかるが,ある程度自由なビジネス活動を保持しつつ責任とモチベーションを維持するためには,責任会計や予算制度は重要なツールになるだろう。テーマは「美容院と1,000円カット」となっているが,実際には衣類品メーカーがいかにしてERPパッケージを活用していくか(またその導入にあたってのアドオンにも注意が必要なことなど)のケーススタディとなっている。ハイレベルでなおかつ面白い内容の書籍。

2008年7月7日月曜日

代行返上(小学館文庫)

著者名:幸田真音 出版社:小学館 発行年度:2005年
評価☆☆☆
 年金問題の予兆をすでに2005年段階でこの本は予言している。厚生年金基金の解散が一時集中した時期があったが,社会保険庁の記録と厚生年金基金の記録が食い違ったり,ひどい場合には被保険者の性別までもがいい加減に入力されていて,年金担当者が憤懣やるかたなく「間違っているのは国のほうなのに,間違っている記録にあわせないと許可がおりない…」と嘆くシーンが描写されている。
 遠い先の話であるためにどうしても年金問題については「面倒だ」と思いがちだが,この本では会話の端々に「PBOとは…年金の仕組みとは…」と解説が入っているので,一種の入門書としても使える。エンターテイメントとしても面白いので経済小説のファンのみならず,エンターテイメントのファンの方にもお勧めだ。年金の構図は俗に2段階,3段階とされているが,この小説で重視しているのはとくに3段階構成となる企業年金の話。退職一時金などの変わりに企業年金を支給しようとする場合には,国の厚生年金に加えて企業年金の運用・管理をする厚生年金基金という団体を設立。この厚生年金基金という団体が企業年金の管理をするとともに,2階建て部分の厚生年金の一部も国に代わって管理して給付まで行う。この2階建て部分の本来国がやるべき業務を厚生年金基金が「代行」することを代行業務という。ただし,退職給付会計が導入されると,積み立て不足は退職給付債務として(実際には退職給付引当金として)貸借対照表に計上しなければならない。もともと退職給付会計はかなり不安定なものだから,リスク(変動)をきらう会社としては代行部分も含めて国に返上し,厚生年金基金そのものも解散することが多くなった。代行業務を返上する場合には,株式を売却して現金納付が原則となる(物納もありうるが)。そうした場合株式市場に売りが多くなり日本の株価が下がる…それははたして国益にかなうことなのか…といった問題提起がこの本でなされている。年金記録の加入記録が手作業入力でデータの信頼性にかなり疑問があることも2005年文庫本ですでに指摘されている,他。確定拠出年金(ポータブルで運用は社員そのものが行う年金)も運用がうまくいかず社員にとってはマイナスが多いということも指摘されている。年金の「今」は社会保険庁が解体されて,民間組織に準じた組織に移行することになっているが,根本的な解決策はいまだ見えておらず,この本で指摘された内容は2008年現在もなお未解決のままだ。日経平均株価の動きなど経済情勢は必ずしも予測どおりには動いていないが,そうした架空の状況設定以上に「年金はだれのためにあるのか」という筆者の問題提起と豊富な金融知識が紹介される本書は今あらためて再評価されるべき経済小説だろう。